愛憎 ーキツキ視点
「寝ましたね、アイツ」
「寝たな」
シキさんとうつ伏せに並んで、寝始めたヒカリを見る。
俺は巻き添えを喰らっただけなのに、何故ヒカリが安眠しているのかと忌々しくヒカリの顔を見る。
本当は道具さえ借りたら撤退するつもりだったのだが、ヒカリの様子からシキさんと二人きりは難しいだろうと判断して、こんな時間まで付き合っていたのだが。
「今日のヒカリは様子がおかしくなかったか? 森までは何もなかったんだけどな」
「あれ、シキさんも鈍ですか?」
シキさんはヒカリの様子の変化がわかっていたようだ。
「鈍? 何だよそれ。キツキは何でも知っているようですごく嫌だな」
「それこそ何ですか。俺が知ってるのは、シキさんは見た目と違って意外と意地が悪いってことぐらいです」
俺は横目でシキさんを見る。
「それだけ知っていれば十分だ」
シキさんは俺の頭に手を乗せ髪をグシャグシャにする。
「俺に弟がいたらキツキみたいな生意気な奴だったのかな」
「良いですね、俺も弟になりたいですよ」
「よく言うよ、本当」
顔を見合わせて笑い合う。
今まで一人で気負ってきた気持ちが、最近はこの人のおかげで半減しているのは確かなんだ。
本当に兄のように慕っている。
俺はこの人がいい。
朝寝の為に家に戻る途中、丁度花月亭から出て来たセウスさんに出合う。
箱を幾重にも重ねて持って出て来たセウスさんは一瞬俺達を見て立ち止まるものの、近づいて来て両手で持っていた四角い箱を上からそれぞれ取るように言う。
「キツキはオズワードさんの分もだから二箱取って。終わったらそれぞれ箱を花月亭に洗って戻しておいて」
箱の中を覗いてようやく彼が何を持って出て来たのか気がついた。セウスさんがわざわざ朝ご飯を準備してくれていたのだ。
相変わらず気の利く人だ。
本来ならこの人だったはずなのだが、結果はそれを許さなかった。
働き者で温和、人との調整も折り合いの付け方も上手で機転が早い。その上、剣の腕前も右に出る者がいない。
ただ一つだけ、ヒカリの事になると向こう見ずになるところが玉に瑕だが。
ヒカリは惜しい人を逃したと思う。
俺はヒカリの鈍感力に苦労させられる。
セウスさんは俺とシキさんにお弁当を渡すと、俺達が来た方へ足早に去って行った。
シキさんと家の門の前で別れた後、俺は花月亭のお弁当をテーブルに置き、そのままベッドに倒れ込んで寝入ってしまった。
気がつけば日はだいぶ高い。午前の時間はあっという間だ。
仕方なしに身支度を始めて、朝もらったお弁当を食べて忙しく出掛ける。
移動の途中で花月亭に弁当箱を返し、そのまま今日の仕事場所に向かう。
そう、スライムの合体現場だ。
現場に着くと、先に来ていたシキさんとヒカリの様子が少しおかしい。
ヒカリはシキさんの隣ではいつも笑っていたけれど妙な面持ちだ。眠いのだろうか。
「ヒカリ、交代。夕方まで寝てこいよ」
そう言うとヒカリは俺の顔も見ずに立ち上がって去っていった。
やはりなんかおかしい。
俺がヒカリのいた場所に座るとシキさんは困惑した顔をしていた。
理由を聞くとざっくりと説明される。
“ヒカリが女の子にセウスに近づくなと怒鳴られていた”と。
…………またか。
昔からヒカリにはよくある事で、その度に俺は相手に牽制をしてきた。どんな女の子で、相手がどんな主張であろうと。
それは相手の男の行動の問題であって、ヒカリの問題ではない。
なのに、なぜいつもヒカリの問題にすり替えられてしまうのか。理解に苦しむ。
おかげで俺は村のそれらの女の子達に冷めていて、異性の対象として見ることが出来ない。
そして、ヒカリの謎の思考回路は彼女らのおかげだと思っている。
相手がどんなにヒカリを好いていて近づいてきていたとしても、その通りに解釈しない。
俺はそれはヒカリなりの無意識の自己防衛なのだろうとは思っている。
今回の事でまた更に拍車がかかるのだろう。ヒカリの『謎防御力』に。
あのセウスさんの長年の好意さえ受け付けなかった謎防御力の威力は、結婚申し込み解消の件で証明済みだ。
ため息が出てくる。
最近はセウスさんの事件以来、落ち着いているように見えたのだけれど。
ヒカリは少しずつ自分の気持ちを出してきていた。
ちゃんと素直に嫉妬もしていたし、もう少しで自分の恋心に気がつくのだろうと様子を見ていたんだ。
が、ここにきて拗れる原因を作ってくれるとは。どうにも相手が憎い。
「ねえ、シキさん」
「ん?」
俺は足をあぐらに組むと、シキさんを正面に捉え、彼の目を真っ直ぐに見る。
「シキさん、俺がいない時にヒカリを守ってくれますか?」
「何、急に」
シキさんは笑う。
「俺、本気ですよ。本気でシキさんにヒカリをお願いしたいと思っている」
腕も確かでおじいさまからの信頼も厚い。
ヒカリと一定の距離を置いて彼女を尊重してくれているし、甘やかさない。
その上、ヒカリの危険でずぼらな行動にも対応ができる。
誰にでもいい顔はしないから下手に女性達に気を持たせることも少ないだろう。
この人以外に誰がいると言うのだろうか。
離したくない。
シキさんも俺の言わんとすることが理解できたのだろうか。
「あまり期待しすぎないでくれよ?」
彼の口からは肯定とも否定ともとれる返事が返ってきた。
安堵した。
少しの見込みがあっただけでも良しとし、俺はこの話はここまでにした。
「ああ、あの子だ」
シキさんが誰かを見ている。
少し遠くにある南門に続く倉庫近くの道を歩いている小さな人影が見えた。
「さっきヒカリといた子」
シキさんの視線の先にいた女の子を見て俺は目を見開いた。
ああ、そうか。なるほど、確かにな。
いつもの柔らかいあの気持ちとは全く逆の、体の奥からどす黒い感情が込み上げてくる。言うなれば怒りを含んだ感情だった。
「ハッ!」
俺の口元からは投げ捨てるように言葉が漏れる。
思いもよらなかったほどの乾いた笑いが口から出たのだった。
<更新メモ>
2021/08/13 誤変換修正、加筆と修正(ストーリー変更なし)、人物メモ追加
<人物メモ>
キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄。薬屋のハナが気になっていたのだが。。。
ヒカリ・・・・・・・キツキの双子の妹
セウス・・・・・・・ヒカリに結婚の申し込みを断られたがそれでもヒカリの助けになろうとする。村人からの人望の厚い村長の息子
シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。どうやら色々と事情がある様子。
ハナ・・・・・・・・薬局の手伝いをする女の子。セウスが好き。