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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
46/219

タイムリミット5

 ****





 ー 工房 シキ ー


 工房に合体させた中サイズのスライムを2体持ち込む。

 外はようやく太陽が空に登ってきたかどうかの明け方の時間帯なのに、鍵の無い工房の扉はすんなりと開いた。

 工房の物音に気がついたコエダさんが、二階から下りてきて笑顔で対応をしてくれた。スライムの引き渡しと一緒に、工房からお借りしていたスライムの革布も返却をした。


 本当は多めにスライムの皮をお土産として持ち込みたかったが、そう簡単にはいかなかった。思っていたよりもスライムの『捕獲』は難しく、ヒカリの言うように軽く見ていたのは確かだ。

 『討伐』ならそう難しくはなかったのだろう。どうやらそれを履き違えていたようだ。

 ただ、それを生業にしているあの二人の能力を再確認出来た事を考えれば、そう無駄な時間でもなかったと思う。


 渡したスライムが檻に入れられる様子を眺めながら、工房の壁に寄りかかって考え事をしていると、スライムを確認していたコエダさんが笑顔で俺の元に戻ってくる。


「大きさは問題なさそうよ。キツキが先日持ち込んだ2体とこの2体で足りるわ。お疲れ様、シキ君」

「そうですか。よろしくお願いします」


 数日前にキツキが持ち込んだ2体の中スライムは、既にスライムの革布として試しに一昨日からスライム合体をしていた空き地で防寒具として使用されていた。三枚お借りした内の一枚は、工房で村用に保管されていたものだった。


 コエダさんはすぐにスライムを皮と塩に分けると、慣れた手つきで鍋を(かまど)に運び、スライムの皮を持ち出して用意していた濃い色の布にアイロンで貼り付け始める。

 その様子をコエダさんと一緒に移動しつつ壁にもたれながら見ていた。かなり無茶な要求をしておきながら、材料だけを渡してすぐに工房を去るのが忍びなかったからだ。


「先日、セウスが来てバレるんじゃないかと思って冷や冷やしたわよ」

「すみません。無理ばかり言って」


 コエダさんはふふふっと笑う。

 キツキ達の伯母(おば)だと聞いているこの人は、常に穏やかで好感が持てていた。

 コエダさんは皮を貼り付けた布に、既に用意されていた型紙をあてて裁断を始める。だいぶ慣れているであろう彼女の手つきには迷いがなく、裁断が終われば最低限に付けた印を頼りにしつけ縫いを始めていく。


「ねえ、シキ君。シキ君はオズワードさん達の国から来たのでしょう?」


 コエダさんは視線を針から逸らす事なく、的を得た話をしてくる。

 その言葉に驚きつつ、おそるおそるコエダさんの顔をのぞき見るが、コエダさんは達観したような穏やかな表情をしていた。

 もう判っていたようだ。

 キツキ達にもバレていたみたいだし脇が甘かったかな。


「よく、わかりましたね」

「服装を見た時にね。小さい頃見たオズワードさんとノクロスさんの服と同じものだったから。シキ君も夢の国から来たんだってすぐにわかったわ」

「夢の国?」

「だって、みんな美形揃いなんですもの」


 コエダさんはころころと笑った。


「ライラさんなんかは本当にお姫様だったわ。顔も姿も。私の永遠の憧れよ」

「覚えていらっしゃるのですね」

「ええ。5歳ぐらいだったけれど忘れるわけがない。本当に何もない村だったのよ、最初」


 コエダさんの話に耳を傾ける。

 食事も防衛もままならず、漂流者が来ては誰かが亡くなる事の繰り返しだった二十人程度の村に漂流してきたオズワード殿達は、周辺の魔物をあっという間に討伐すると、村の問題だった水不足を解消するために北の湖から水を引いてきた。それまで上手く育たなかった農作物が安定的に収穫出来るようになり、また生活用水にも困らなくなる。

 防衛力の無かった村に()ずは木で出来た見張り台を作り、村の敷地を少しずつ増やしては塀や(やぐら)を構え、村の大人達に護身術や武術を教えて魔物に殺される人が減ると、今度は学校を作り、文字や基本武術など様々な知識を村の子供達に教えると共に安全な遊び場を与えてくれた。

 村の恩人であるとコエダさんの作業を見ながら、長い時間聞き入っていた。


 柔らかい声で懐かしそうに話すコエダさんの話は、私の胸に長年つっかえていた硬く醜いものを溶かしてくれた。


 時々ミネが顔を出したが話の間は口を出さず、コエダさんと私をそっとしておいてくれた。彼女は思っていたよりも思慮深い女性のようだ。


「だからオズワードさん達の頼みは断れないわ。知っている人ならみんなね」


 話終えたコエダさんは、手に持っていた布と針を机に置くとこちらを見る。


「ねえ、シキ君はキツキとヒカリを連れ帰るつもりなの?」


 驚いた目でコエダさんを見るが、何一つ言葉が出てこない。それは心を見透かされたような質問だった。


「だって、あの子達はあの時のライラさんみたいに輝くばかりの王子様とお姫様になってしまったんですもの。いずれライラさん達の国のお城に戻るのかと思っていたわ。お姫様の出てくる物語はいつもそうでしょ? だからシキ君が村に来た時に、理由はないけれど『ああ、あの子達のお迎えが来たのか』って何となく思っていたわ」


 違うと答えられない俺を見てコエダさんは少し涙ぐむ。


「時々は会わせて頂戴ね。かわいい甥っ子と姪っ子なのよ」





 ****





 ようやくスライムの合体を見届けた。

 スライムはシキが工房に運ぶという事で、フラフラになったキツキと共に家に帰ってくると二人して朝から無言でベッドに(すべ)り込む。

 二日連続はキツイ。

 無理を言ったシキと、スライム合体を提案した自分を恨む。

 キツキなんかただの巻き添えだったなと、寝息の聞こえる衝立(ついたて)の先を見つめる。


 天井を見上げると、数日の間の事柄(ことがら)が頭の中を(めぐ)る。

 シキとアカネさんと、それにセウスとハナ。

 私の頭の中は四人の顔が代わる代わる入り混じって、頭の中がグチャグチャだ。

 それぞれに正体のわからない感情が心の中に渦巻く。一体これは何なのだろうか。

 その正体を探そうとするものの疲労に負けたのだろう、いつの間にか意識を失うように眠っていた。





 ……赤い。

 目が覚めると日は落ちかけ、窓から見える空は既に赤く染まっていた。


 ガバッと起き上がる。

 え、もうそんな時間?

 窓の前に立って外を見る。村の所々には明かりがつき始めていた。

 うげ、だいぶ寝てしまった。

 疲れていたのだろうけれど、何もせずに一日を無駄に終わらせてしまったのかと悔しさが込み上げてくる。立ち上がって部屋を出ようとすると、キツキのベッドは使っていないのでは無いかと思うほどに綺麗に整えられ、既にもぬけの殻になっていた。


 部屋を出て階下を見下ろすと、居間で長椅子に座ってお茶をすすっているキツキと目が合った。


「ああ、起きたか」


 私はキツキの姿を確認しながら階段を降りる。


「起こしてくれても良かったのに」

「疲れていそうだったからそのままにした。どちらにしろ俺もさっきまで寝ていたから」

「巻き込んじゃってゴメンね。今日一日、仕事が出来なかったね」

「明日にまとめてやるから心配するな」


 キツキは無駄に疲れさせられて仕事の時間を潰されたはずなのに、私を責めることはしなかった。

 いつもとは様子が違うキツキの隣に丸まって座る。椅子が他にもあるにも(かかわ)らず、同じ長椅子に横並び座ったのだ。

 キツキは何故ここに座るのかという顔で私を見たが無視した。何となくキツキの横がよかったからだ。ただそれだけだ。


「なあ、この村は辛いか?」


 昨夜の話の続きなのだろうか。

 キツキは視線を下に落としたまま、私に質問をした。

 私は(うなず)きながらうんと答えると、キツキはそうかと(つぶや)く。


「ヒカリがシキさんの国に行くのなら俺も一緒に行くよ。絶対に独りにはしない」


 いつもと違う言葉に驚いてキツキを見上げると目が合う。

 それは冗談でも気負ったわけでもない、やんわりと澄んだキツキの迷いのない瞳だった。

 いつもは冷たい事しか言わないくせに、こういう時ばかり優しい兄になる。


 本当にむかつく。

 本当に……。


 気がつくと私の目はボロボロと涙をこぼし、手はキツキの服を握り締め、顔はキツキの体に(うず)めていた。


 ………むかつく。





 キツキに誘われて花月亭に向かう。

 本当は外には行きたくは無かったのだが、()()()()でそうなってしまった。

 外はもうすっかり夜で、街明かりが道を照らしていた。空には月も星も出ているし風も冷たい。

 私は人の目が怖くて断ったのだけれど、何を思ったのかキツキに「お前に文句言う奴がいたら、言う前に凍らせるから安心しろ。何なら全員凍らせてこようか」と脅迫にしか聞こえない事を言われたので渋々行くことになった。冗談だよねとキツキの顔を見るも、どう見ても真剣な顔で本気でやりかねなかった。

 キツキの『本気』の無謀さは私がよく知っている。

 私事で大惨事を引き起こす訳にはいかないと、私は諦めてキツキに従うことにしたのだ。

 こんな重大な時におじいちゃんは他所(よそ)の家にお呼ばれされていない。



 花月亭に入ると、出入り口先でキツキは大きな声で厨房に向かって叫ぶ。


「エレサさん! 集会席使ってもいいですかー?」


 厨房にいたエレサさんに聞こえたようで、両腕で丸を作ってくれたのを見ると、キツキは私を集会席に連れて行き店が見えない席に私を座らせた。


「何がいい? 持ってくるから」


 食欲は無かったけれど、ジト目で見てくるキツキに「食べない」と言っても許してはくれなさそうだったので、仕方なしに今日のオススメを選ぶとキツキは厨房へ向かう。


 しばらくすると階段を上がって来る足音がする。

 キツキかと思って横を向くとキツキよりも背の高い男の人だった。


「……シキ…」


 私の頭が見えてしまっていたのだろうか。

 シキと二人きりになってしまったこの状況に混乱するもののすぐに理解すると脈が早くなっていく。その原因は「恐怖」だった。体から血の気が引いていくのがわかる。


「今日はこっちなの?」


 何も言わない私に不思議そうな表情を向けたシキがそう言って私の横に座ろうとする。

 それを不味いと反応した私の手は、シキの体を押し止めてシキを制止する。


「あっ、あの、ちょっと待って」


 心の中は右往左往しているのに体は全く動くことのない私を、シキは怪訝(けげん)な顔で見る。

 とても変な顔をしているのだろうと、私を見るシキの顔で推測できた。

 とにかくシキにここにいられると私は凄く困るのだ。


「シキさーん、今日は集会席に座るの?」


 アカネさんの声が聞こえた。

 シキが来ているのだから、彼女がここに来るのは必然なのだろう。

 早かった脈が更に早くなる。

 アカネさんの足音が次第に近づいてくる。

 まるで処刑でもされるかのように私の手は次第に恐怖で震え始める。

 見開いた目が閉じれない。


 怖い。


 どうしようと焦るものの口が震えて言葉が出ない。それに動くことも出来ない。

 シキに違う席に行ってもらうことも、私が逃げることも出来なくなっていた。

 昼間のハナの顔が思い浮かぶ。あんな経験はもうしたくない。

 様子がおかしい私を心配してかシキが私の顔を覗き込む。



「アカネさん、今日は俺が厨房に行くので注文は結構です」



 階段の近くでキツキの声がした。キツキに声をかけられたアカネさんは「わかったわ」と言って集会席からと遠のいていく音が聞こえた。

 その瞬間、ぐちゃぐちゃになっていた頭の中が落ち着いていくのがわかった。

 少しするとキツキが料理を持って階段を登ってくると、私の顔をじっと見る。


「大丈夫だったか?」


 その言葉を聞くと、私は思わずキツキに飛びついた。

 シキが嫌いでも、アカネさんが嫌いでもない。それなのにとても怖かった。

 キツキがそれを分かって助けてくれたことがとても嬉しかったのだ。


「ヒカリは一体どうしたの?」


 不安定な私を見たシキはどうやら戸惑っているようだ。


「だからシキさんは(どん)だって言っているんですよ」


 キツキはシキに向かって「へっ」と笑う。

 キツキは持っていた料理をテーブルの端に置くと私の頭を少し()で、今度は背中を撫でた。


「落ち着いたか?」

「もう少し」

「とりあえず座るか」


 キツキはそう言うと近くにあった椅子に私を座らせて、自分もすぐ隣に椅子を移動させ座ると、私の頭を引き寄せて背中を撫でてくれた。

 その様子を見ていたシキは「君たちは本当に兄妹なのか」と当たり前のことを聞く。


「なに、嫉妬ですか? シキさん」


 キツキがそう言うとシキは答えもなく少し横を向いた。

 落ち着きを取り戻した頃、キツキにここは店が見えるからと元の席に戻された。何故かシキの隣にだ。

 キツキは出来立ての今日のオススメ料理を私の目の前に置くと、食べていてと今度はシキの注文を伝えに厨房に行ってしまった。


 湯気の立つ料理を眺めながら、私の心は次第次第に落ち着きを取り戻していった。

 そういえばシキは何か用事があってこの席に来たのだろうか。自分の事で一生懸命でシキの用事も何も聞いていなかった事に気がついたけれど、今の私にシキに話しかける勇気もなく、そのまま私はテーブルを見つめ沈黙を貫いていた。

 シキは私の横顔をしばらく眺めるとその場の沈黙を破る。



「本当に、連れて帰っていいんだね?」



 昨日の確認なのだろうか。

 村を離れることに抵抗が無いわけではない。けれども今は村の何処にいても気が気じゃなくなる私は、村にいなくてはいけない理由も見つけられずに、気がつけば(うなず)いていた。


「……そうか」


 私の反応を見たシキは呟いた。

 丁度その時にシキの料理を持って戻ってきたキツキは、私の顔を見て何か感じたのだろうか。


「シキさん、ヒカリをいじめたらシキさんでも容赦しませんからね」


 キツキはシキを睨む。どうして私をいじめていたと思ったのか聞きたいところではある。


「君を敵に回すほど愚かではないよ」


 冗談半分にシキは答えるが、キツキは「本当に?」とシキを睨みつつも彼の料理を置いた。

 三人の夕食が揃ったところで二人は食べ始めたので私もそれに倣い少しずつ食べ始めた。

 キツキとシキは食事の間、他愛のない話をしながら笑う。私はまだその中に入ることは出来なかった。


 三人が食事を終える頃、キツキが真面目な顔でシキに聞く。


「で、シキさん何で俺達を探していたの?」

「おや、よくわかったね」


 シキはそう答えると、先程まで肘をつきながら話をしていた崩れた姿勢を正した。


「ここに来たのは最後の確認の為だ。キツキ、ヒカリ、数日の間に村を出ようと思っている。厳しい旅になるかもしれない。準備をしておいてくれ。荷物は重くなりすぎないように」

「そう、もう出るの」


 キツキも私も驚くことはなかった。その様子を見たシキは顔を緩める。


「君達との旅は楽しそうだ」


 キツキとシキは面白そうな顔でお互いに顔を見合わせている。私はそんな二人を他人事のように傍観していた。

 それではと言ってシキは立ち上がると、何を思ったのかこちらに体を(かが)める。


 そのまま私の左頬に軽くキスをした。


 目を見開きバッとシキの方を向くが、顔が(かす)かに見えたぐらいでシキは(ひるがえ)る。

 表情までは見えなかった。


 目の前のキツキは呆れたような顔でやるなと呟くと、そのまま立ち去ろうとするシキに責任とってくださいよとキツキは言う。シキは背中を向けたまま軽く手を振って階段を降り花月亭を出ていった。


 私はキスされた左側の頬を手で触る。

 なにが起きたのかわからなかった。

 顔は多分…確実に赤面しているハズ。変な顔になってるかもしれない。

 私はどう反応して良いのかわからず固まっていると、目の前のキツキはニヤつく。


「よかったじゃん」

「何が!」

「はっきりさせてもらえて」


 そう言うキツキの顔は少し安心したように見えた。

 熱くなる体を制御できないまま、恥ずかしくて目を伏せる。

 確かに、この時私は安堵していたのかもしれない。他の女の人達と違う扱いをされたのだと。



 (しばら)くして落ち着いた頃、そろそろ帰るかとキツキは立ち上がる。

 私も続いて立ち上がりキツキの後ろをついて行く。


 集会席の階段を降りると厨房側の壁からアカネさんがこちらを覗き込んでいた。何かいいたそうな顔だ。もしかしたら先程のシキからのキスを見られていたのだろうか。

 自然と顔が強張(こわば)る。


「なんですか、アカネさん」


 キツキが不遜な態度でアカネさんに聞く。


「ねえ、私ヒカリに何かしちゃった?」

「え?」

「だってキツキがこういう態度を取る時って、ヒカリがいじめられた時だけだもの。普段は人に興味なさそうな態度の癖に、ヒカリの事になるとやたら敏感になるでしょ。どうやら私が対象のようだから何かしたかしらって思って」


 私にはいつもアカネさんに取る態度と何が違うのか判らなかったが、どうやらアカネさんには違うと感じたようだ。

 キツキの顔を覗くとアカネさんが言うように図星のようで、いつもとは違ってピリピリしている。


「なになにー? ヒカリの気に触る事した? 本当怖いのよ、キツキは。殺しそうな目で見てくるから。気になる事があったら教えてよー」


 いつもキツキに絡んで睨まれ慣れているはずのアカネさんが必死なところをみると、キツキは本当に殺しそうな目でアカネさんを睨んでいるのだろうか。


()ろうとしているのはアカネさんだけですよ」

「余計怖いわ!」


 アカネさんは私の顔をジロジロ見る。


「あら、ヒカリの顔が赤いわね」


 アカネさんは顎に手を当てて視線を横にすると考え出す。

 ポンポンポン、ポーン。


「は! シキさん? シキさんなのね。そういえばシキさんに注文をとりに行ってから、背中にキツキの殺気を感じだしたわ」

「おや、アカネさん。勘だけは良いですね。スライム並だ」

「失礼ね! これでもここの看板娘よ。村の人の変化と噂には敏感よ」


 二人の間に火花が散っている………ように見えるだけかもしれない。


「やだもうこの子ったら。それならそうと言いなさいよ。シキさんはただの『観賞用』よ。恋愛の相手ではないわ。この村のほとんどの子がそうよ」


 アカネさんはドヤ顔で言う。

「観賞用」とは…。

 ダーリンは既にいるのよとアカネさんはクネクネしている。


「キツキはゆっくり鑑賞なんてしようものなら刺してくるし、セウスはいつもせっかちに移動しちゃうでしょ? シキさんだけがゆーっくりとお姿を拝見させてくれるから、ついつい〜? ああ、あとノクロスさんもお年は召してるけど、中々素敵ぃ?」

「その趣味怖いわ」

「キツキに言われたくないわよ!」


 二人は顔に青筋を立てながら言い合いをしているが、やっぱりただの仲良しにしか見えない。

 注文の時によくキツキに絡んでいたのはもしや“鑑賞”したかっただけなのだろうか…。


 なんだ、そうか。そうだったのか。私はなんだかこそばゆい気持ちが込み上げて来てふふっと笑い出してしまった。

 その姿を見たアカネさんは命拾いをしたわと言って満足そうに厨房に戻っていった。





 帰り道、私は体が軽くなっている気がした。

 たったあれだけのことで。

 散々悩んで苦しかったのは一体何だったのだろうか。

 ふと先程のアカネさんに言われた言葉を思い出してキツキを見る。


「今までそうやって守っていてくれてたの?」


 私は気がつかなかったけれど、どうやら今までキツキが私を守っていたらしい。

 思い返してみても、確かに何か言われるのは1回切りで、何度も同じことを同じ人から言われた事はなかったな。

 花月亭からの帰り道にキツキに聞くが応答はない。


「ありがとう」


 私はそう言って無言で前だけを見るキツキの手を勝手に握ると、子供の頃のように二人で手を繋いで家に帰った。


<人物メモ>

ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹

キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄

シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。村で暮らすことになった

アカネ・・・・・・・花月亭の元気な看板娘。綺麗な男を鑑賞するのが趣味


<更新メモ>

2021/08/13 人物メモ追加、改行調整、加筆と修正(ストーリー変更なし、印象変更はあると思われます)

2021/04/23 行の追加。文字の修正。

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