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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
44/219

タイムリミット3


「と、言うわけで昼間までの見張りはヒカリな」

「はい」

「俺たちは家に帰って寝る」


 私は甘んじてキツキの命令を承諾する。


 キツキとシキはフラフラになりながら帰っていく。どうやら見張りだけでは無く、一晩中語り明かしたようだ。

 昨夜は私だけ寝てしまったようで、キツキから日中の間の見張りを任命されたのだ。

 確かに寝た私も悪いわよ。でも一人で見張りって。

 ぶつぶつと小さくなるキツキの背中に向かって文句を言う。


 スライムが入っている穴を覗くと、昨日よりも大きなスライムがそれぞれ二匹ずついた。

 どうやら合体は順調なようだ。



「おはよ、朝ごはんは食べた?」


 朝からスライムを一人で眺める寂しい女に、キツキでさえ気にかけてくれなかった私の朝御飯を誰かが聞いてくる。

 後ろを振り向くと、セウスが手の平よりも大きな正方形の箱を持っていた。

 どうやら美味しそうなものを運んできたようだ。

 見えなかったけれど野生の勘だ。絶対美味しいものだ。


「花月亭の朝御飯?」

「お、よく食べ物だってわかったね」


 セウスは笑いながら私の横に座る。

 私の勘は当たっていて、花月亭で作ってもらった朝食だそうだ。



「さっきキツキ達に丁度会ったからそれぞれ渡しといたよ。だからキツキとオズワードさんの朝御飯の心配はしなくていいよ」


 なんとも出来すぎる村長の息子だ。

 よく見ると、セウスの手にはお弁当の箱が2つある。

 あれ、二人前あるということは。


「セウスもここで食べるの?」

「そのつもりで来た」


 嬉しそうに私に箱を一つ手渡すセウスは、朝から無理を言ったからエレサさんに使われてきたよと笑う。


 エレサさんの朝御飯は美味しそうだ。

 少し冷めてしまったが暖かいスープもついていた。

 二人でいただきますと食べ始める。出来立てで柔らかくて美味しい。

 天気も良いし、村の景色はのどかだ。見張りというお仕事の時間でなければ至福だっただろう。


「しまったな。もう少し厚着をしてくるべきだった。この時期の早朝に体を動かさないのは結構寒く感じるな」


 隣のセウスはブルッと体を震わす。


「それなら半分使う?」


 私は自分の体を包んでいたスライムの革布の片方を開き、はいよっとセウスの肩にかけると、セウスは私に目を向けたまま硬直する。

 何か変だったかな?


「半分だけだとまだ寒い?」

「いや、そうじゃなくて……。君がそういう子だったなと今思い出しただけだよ」


 セウスは額に数本の指を当てて、悩んだ顔で意味不明な事を言うと、(しばら)く私とは反対の方向を向いてぶつぶつ言う。


「まったく……これだから……ほんと………」


 (つぶや)き終えたセウスはため息をつく。

 今日も変な奴だ。

 その間、食いしん坊の私の食事をする手は止まらない。悩んでいるセウスを見学しながらもぐもぐと食べていた。

 セウスに構ってなんかいられない。

 ご飯が逃げる前に食べてしまわないと。


「……スライムの合体は今夜で終わりなの?」

「うん、あと一晩で終わると思うよ。寝ちゃってたから昨夜は見てないけど。今のところ問題はないみたい」

「にしても、こんな寒くなる時期にどうしてこんなことを」

「うーん………詳細は知らないけど大きめのスライムの皮が必要みたい」

「今から? この時期にここまでして?」

「うん? あればあったで困らないから良いじゃない」


 セウスの言葉の意味はわからなかったけど、シキには必要なのだろう。

 セウスは隣で一人難しい顔をして考え事をしていた。

 気がつくと、独り言を言っていたはずのセウスのお弁当箱は私同様空になっている。

 いつの間に。


「ご馳走様。布ありがとう」


 そう言ってセウスはスライムの革布の半分を私に返す。


「ありがとう、ヒカリ。もう一つの夢が叶ったよ」


 そう言ってセウスは立ち上がると、私の手から食べ終わったお弁当箱を回収する。


「夢?」


 セウスは私をじっと見る。

 まっすぐに私を見つめるセウスの目を見たからだろうか、私はふとあの日のことを思い出す。



 ー 朝ごはんだけは必ず一緒に食べて、



 瞬間、顔が赤くなる。セウスは私のその様子を見ると、満足そうな笑顔で去っていった。


「まだじわじわ攻めてくるか、あの悪魔」


 私は独り言を言うと、少しの間落ち着くまで手で顔を隠した。





 美味しいご飯を食べた後、特にやることもなく寝転んでスライムの様子を見る。問題はなさそうだ。

 スライムの足元に少し草が生えてきている。こんな時期なのに草が枯れ色ではなく青々としているところを見ると、スライムが吐き出した魔素でつくられた草だろうか。

 それにしても……暇だ。

 話し相手すらいない。

 私は寝そべりながら昼までは退屈しそうだなと、スライムを眺めながらため息をついていた。



「ねえ、ヒカリ」


 呼ばれて声がする方を振り返る。

 ハナだった。

 この時間に薬局の外にいるなんて珍しい。


「あれ、ハナ。珍しいね。この時間にどうしたの? 薬局は大丈夫?」

「ねえ、ヒカリ。何でまだセウスと一緒にいるの?」


 俯き加減だったハナは私を見る。

 目には涙を溜めて、顔には真っ赤だった。

 ハナ……?


 はて、一緒とは。

 セウスが勝手に来たのだが、とはいえご飯を食べている間は一緒にいたのは確かだ。

 でも、“セウスと一緒”と言われると妙な気分だ。まるで私がセウスと一緒に居ようとでもしたような言い回し。

 なんだか勘違いをされている気がする。


「ハナ、違うよ? セウスが……」

「結婚しないって言ってたじゃない! 何でセウスと一緒の布団に(くる)まっていたのよ? 何でセウスの側にいるの? 何で彼にまだ(まと)わりついてるの!」


 ……纏わりつく?

 誰が、誰に?

 私はハナが放つ言葉を受けつけられずにいた。


「……どうしたの? ハナ」

「セウスを解放してよ」


 でも、ハナの視線は私に向いている。

 いつもは穏やかでしっかり者でみんなに優しいハナが、私に向かって必死に怒っている。

 なんだろう。何を怒らせたのだろう。

 ハナは私とセウスの事を言っているようだ。

 セウス?

 ……ああ、そうか。

 そうだったんだ。


 私は(しばら)くしてようやく()に落ちた。


 私は彼女にここまで言わせてようやく分かったんだ。

 ハナはセウスの事が好きなのだと。


 きっと私のやっていることは、ハナからしたら気分が良いものではなかったのだろう。好きな人がずっと違う女の子といるのだ。

 何故か私の脳裏にはシキとアカネさんの仲の良い姿が思い浮かぶ。


「そうだね、ハナ。私の言ってることとやっていることはチグハグだ。ごめんね、もうセウスには近付かないよ」


 私がそう言うとハナは涙いっぱいの顔を片手で隠して走って戻っていく。


 私はいつも軽率な事をして人に嫌われる。

 優しい彼女にここまで言わせて、怒らせて。

 人の心に傷を付けたかったわけではないという言い訳を抱えて。


 頭が垂れる。

 男女の色恋事にもう巻き込まれたくはない。

 大人になると、なんて面倒なのだ。

 子供の頃はこんなことはなかった。


 ……いや、あったのかもしれない。子供の頃から女の子達が私を遠巻きに見てヒソヒソ話をしているのを思い出す。

 私は知らず知らず嫌われていたのか。

 自分の記憶と合点(がってん)がいく。

 記憶の中の女の子達の私に向ける目が怖い。

 思い出したくもない。

 もう………嫌だ。

 逃げたい。



「大丈夫?」


 顔を上げると日の光に輝く髪のシキが心配そうな面持ちで私を見ていた。先程のやりとりを見られてしまっていたのだろうか。最悪だ。

 シキの顔を見れず、目を伏せる。


 シキの近くにいれば、いずれ先程と同じ事が起きるのだろうか。

 アカネさんとも。


 それは嫌だ。

 アカネさんにも同じ事を言われたらきっと私はこの村から逃げ出したくなる。それでなくても、もうそうなる一歩手前なのに。


 私は表情を隠す。


「何が?」

「今……」

「何でもない。それにシキには関係ない」


 私はシキの顔を見ずにスライムの穴と向き合う。

 シキは無言で私の横に座る。

 しばらくお互い無言でだった。


「よくある事なの? さっきのような事」


 やはり見られていたか。私は何も言わずただひたすら前を向いていた。

 その答えを私は探したくなかった。


 ふと、髪が軽くなる。

 いや、シキが私の髪を一束ほどを手に取っていた。

 驚いてシキを見る。



「この村に居づらいのなら、一緒に俺の国に行くかい?」



 シキからの言葉に私は目を見開く。思いもよらない言葉だった。

 確かに村には居づらいし逃げたい。

 でもシキの国とは?

 どちらにせよ、シキと一緒というのは先程と同じ結果を生むとしか思えない。

 少し息を吐いて自分の膝と(あご)をくっつける。そして先程のシキの言葉を少し考える。


「……村から出る時は一人でいい。誰もいらない」

「それは、つれないな」


 また二人の間に沈黙が訪れる。

 それは昼前にキツキが見張りの交代に来るまで続いた。





 家で一人お昼ご飯を食べる。

 おじいちゃんはすでに花月亭に行った後だった。

 一人での空間はとても気が休まる。誰にも気を使わず、認識されず。

 人としてどうかとも思うが、やっぱり一人になりたい時はある。



 ー この村に居づらいのなら、一緒に俺の国に行くかい?



 先程のシキの言葉を思い出す。

 あれは………どういう意味なんだろう。

 胸をくすぐられるが、すぐにその気持ちを打ち消す。


 俺の国……。

 シキの国………おじいちゃんとおばあちゃまの国でもあるのだろうか。

 少し行ってみたい気持ちもする。


 そんなことを考えている時だった。

 不意に家の玄関が開く。


「ああ、ここだったか。花月亭にオズワードさんが居たけど君は来ていないって聞いて」


 私は入ってきた人間の顔を見て動揺して立ち上がる。

 何で家まで来ているの、セウス。

 さっきの今で、私の顔の血の気が引く。


「倉庫で変な話を聞いて、気になってきたんだ」


 変な話? もしかして倉庫番のお兄さんにもあれを見られていたのだろうか。

 私は下を向く。

 もう、本当勘弁してほしい。


「……ねえ、結婚の話は断ったし、こうやって家まで来るのはもうやめて」

「ヒカリ」


 相手の顔も見れない私の手をセウスは掴もうとするが、振り払う。


「もう来ないで!」


 セウスを睨むと、何かを言いたそうだったがセウスは目を閉じ、また迷惑をかけたと一言だけ言うと家を出て行った。


 これでいい。

 ……これで。


 もう誰も自分の近くになんて居ないほうがいいんだ。


<人物メモ>

ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹

キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄

セウス・・・・・・・ヒカリに結婚の申し込みを断られたがそれでもヒカリの助けになろうとする。村人からの人望の厚い村長の息子

シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。村で暮らすことになった



<更新メモ>

2021/07/13 文節修正

2021/07/06 改行、句点修正、文章の修正、加筆

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