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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
43/219

タイムリミット2

 空には月と満面の小さな星々が細々と光り輝く。

 北の森の出口から村の北門に着く頃には、天も地も暗かった。


 私達三人は家に帰宅するなり、居間で(くつろ)いでいたおじいちゃんに事のあらましを説明し、二つ返事でスライムの合体について承諾をもらった。 


 ただし、条件を出された。


 先に家族で花月亭で夕飯をとる事。

 工房で寒さ防止のためのスライムの皮がついた布か毛布を借りてくる事。

 夜の私1人の見張りは言語道断で、必ずキツキかシキとやる事。

 危険回避のため、必ず倉庫で道具を揃えてから作業する事。


 横で見ていたキツキは、巻き込まれてしまい嫌そうな顔をしている。

 時間がかかる上、面倒くさい作業なのは確かなのだ。


 私達はおじいちゃんからの条件を承諾すると、シキとは花月亭で合流することにし、一度家で別れる。スライムの監視は一晩中なので、私達はご飯の前に先にお風呂に入ることにしたからだ。





 身支度が終わり、家族と花月亭に入るとシキはまだ到着していなかった。席に座りしばらく待ったが、来る様子がないので先に料理を注文する事にした。


「アカネさん、今日肉ある?」

「今日はソウさんが獲ってきたシシ肉があるけど」

「じゃあそれでいいや」

「大盛りね。キツキはもう少し太りなさい」

「勝手に決めないでください。普通盛りでいいですよ」


 キツキに「んもう」と不満顔を向けても美人なアカネさんは、おじいちゃんと私の注文も取ると、キツキに睨まれつつもどこか満足そうに厨房に戻って行った。


 それにしても遅い。シキはまだなのだろうか。

 私達は、私とキツキのお風呂が終わってから来ているので、すっかりシキを待たせているとばかり思って急いで来たのだが。


 私とキツキの二人分のお風呂時間よりも長いなんて、シキは長風呂なのだろうか。

 その瞬間、ぽわっと映像が浮かび上がってしまい、慌てて脳内から消していると、それを見ていたキツキに、また変な事を想像していると言われた。

 勝手に私の頭の中を(のぞ)かないで欲しい。



 私達の注文が終わって暫くしてから、三巻の布物を腕に抱えたシキが花月亭に入って来た。

 シキは私達を見ると、遅れましたと空いている椅子に腰をおろし、横隣に空いていた席にくるくる巻かれた布を置く。


「シキ、それは何?」

「これは工房からお借りしてきたスライムの革布だよ。大きいものを借りてきた」


 どうやら花月亭に来る前に、先に工房へ道具を借りに行ってくれていたようだ。


「長風呂ではなかったようだな」


 キツキは頬杖をつきながら私の横で意地悪を言う。

 本人を前に勘弁して欲しい。

 私は赤面して視線を横にずらすが、おじいちゃんとシキは不思議そうにこちらを見ているだけで、キツキの言葉の意味は伝わっていなかったようだ。助かった。


 シキが席に座ると、厨房からアカネさんが軽快な足取りでやってくる。

 私はシキと注文を取るアカネさんを向いの席から眺めていた。


 シキは私の3つ年上、アカネさんも私より3つ年上だ。

 二人は同じ年だということに気が付く。


 アカネさんは上手にシキから話を引き出す。お魚の好きな調理方法とか、お茶はあっさりしたものが好きとか、朝は軽食で済ましてしまうとか。私には到底出来ない。

 二人の間に漂う空気は、私がシキの隣にいるときのそれとは違い、顔を合わせて笑う姿は大人の雰囲気で、夫婦でも通りそうなぐらい砕けていた。


 何故かそれがとても羨ましい。


 私がシキと並んだところでご主人様と番犬にしか見えないのだろう。

 やっぱり私はまだ子供っぽいのだろうか。シキにはアカネさんのように女性としては見てもらえないのだろうか。

 そう思うと急に胸がムカムカして、気持ちもイライラする。


 アカネさんはシキと談笑しながら注文を取り終えると、手をひらひらさせながら厨房に戻っていく。

 シキもそれに応じてアカネさんに軽く手を振ると体をテーブルの中央に体を向けた。


「で、食事の後は何をするんだい?」

「……内緒」


 私は眉間に皺を寄せ、下を向いて口を(とが)らし、不貞腐(ふてくさ)れた言い方をする。

 私を見ていたシキは目を見開いたまましばらく停止していた。


 瞬間、頭の後頭部を軽く(はた)かれる。

 キツキだった。


 キツキも機嫌が悪そうに私をムスッとした顔で見る。

 キツキに何か言いたそうな目でじっと見られると、気まずくて視線が下がってしまう。

 何が言いたいのか大体の予想ができたので、私は少し心を改めてみた。


「スライムの合体」

「へぇそんなことができるの」

「特定の条件下で」


 心を改めてみたものの大した効果はなかったようだ。


 シキの顔も見れず、抑揚のない言葉しか出てこない。適当に笑うことさえできない。

 何だっていうのだろうか、このもどかしさは。

 隣で私を見ていたキツキは何か諦めたかのように軽く息を吐くと、私の代わりに説明を始めた。


「一つの穴にスライムを夜の間に数体入れておくと、融合しだして合体するんですよ」

「へえ、夜だけなんだ。場所は何処(どこ)でするの?」


 キツキは少し考えておじいちゃんに向く。


「おじいさま、家の北の空き地でいいでしょうか?」

「ふむ。周りに建物があるから、村長かセウスに倉庫の西側にある倉庫用の広場を使わせてもらえるよう許可をもらっておいで」

「わかりました」



 丁度その時、厨房からアカネさんが笑顔でシキの料理を運んでくる。

 彼女は料理をテーブルに置くと、またシキに必要以上に絡む。

 私は上目使いでその様子を一瞥する。


 ………やめて欲しい。


 どうして私はアカネさんに対してこんなにも(いら)ついているのだろうか。

 私は目の前に置かれている自分の食事以外を見ることが出来ず、目を伏せたまま、ただひたすらに料理を口に運んだ。





 コンコンコンコンッ


 キツキが玄関をノックする。

 ドアが開くとセウスが出てきた。セウスは私達三人の顔を確認する。


「どうしたの、こんな時間に」

「すみませんセウスさん。お願いしたいことがありまして」


 キツキは村長宅の玄関先で、花月亭で話をしたスライム合体の説明をする。


「へえ、懐かしな。子供の頃はノクロスさんにお願いして、夏にはそんなことして遊んでいたよね」

「今日はスライムを少し大きくするので安全を(おこた)らないように祖父に言われてきました」

「わかったよ、倉庫を開けるから一緒に行こう」


 セウスはそう言うと一度家に入り倉庫の鍵を持って出てきたが、私に気がつくと歩み出した足を止め、近寄ってきた。


「どうした?」


 どうした、とは。小さいスライム達のことだろうか。

 手に持っている個々の網袋の中でスライム達はわっさわっさと動いている。

 セウスはいぶかしげな顔で私の顔を見る。


「キツキ、先に行ってて。すぐに行くから」


 こっちを見ていたキツキとシキは先に倉庫に向かって歩き出す。


「なんだか顔がおかしい」

「不美人は元々なので」


 セウスの動きが止まる。


「顔だけじゃなくて全てが、だな」

「………」


 沈黙する私にセウスが体を屈めて私の顔を覗きこむ。


「…………私が知りたい」


 さっきから原因不明のイライラに襲われている。

 話したかったわけではなかったけれど、矛先をどこに向けていいのかわからず、セウスにこの感情が始まった花月亭あたりからの話を始めた。


「……見てるとイライラして。言葉が出なくなるし、どうやっても笑えない」

「あとは虚脱感?」


 セウスの顔を見る。なぜわかるのか。


「そうか」


 セウスはそう言うと私の頭におでこをつける。もう一度そうかと言うと、しばらく動かなくなってしまった。


「セウス?」


 セウスは頭を上げると両手で私の顔の両端を押さえ、上にあげる。

 真顔のセウスと視線が合う。 


「頑張れとしか言えないな」

「全然わからない」

「教えたくない」


 真剣な目で答えられる。

 一体どうしたのだろうか。自分の事もわからないけれどセウスの事もわからない。

 セウスは目を閉じ、ため息混じりの息を吐く。


「さ、行こう。キツキ達が待っている」


 セウスは顔から手を離すと私の空いている手を取って歩き出す。


「それ、治る薬ないから」


 セウスはそう言うと倉庫まで無言になった。





 倉庫に着くと南側に回り込み、セウスは鍵を使ってレンガの壁に囲まれた資材置き場の扉を開けた。

 木材や石材が積まれて、ピッケルや斧などの道具も置かれている。


「網と杭、あとは何が必要?何体やるの?」


 セウスは手際良く道具を出してくる。

 キツキが必要そうな道具を指定していく。


「これでいい?」


 キツキは出された道具をチェックする。


「ありがとうございます、セウスさん。あと場所なんですが」


 セウスはそうだねと言って資材置き場を出て鍵をかけると歩き出す。キツキもそれに続く。

 私も付いて行こうとするが、こちらを見るシキと目が合った。


「先程から目を合わせてもらえないようだけど、何か気に触ることでもしてしまったかい?」


 顔を覗き込まれると、胸が一瞬叩かれたように痛い。


 シキと話はしたい。でも、アカネさんのように笑顔で上手に話は出来ない。

 イライラの理由も原因もわからない。

 頭の中を整理出来ていないのだ。それが体で都合よく実行なんてするわけがない。


「…………気のせいじゃない?」


 これが今の私の精一杯の返事だった。



 私達は倉庫の北側に回り、そのまま沿いの道を歩く。西へ進むと木も畑もない駄々広い空き地に出た。倉庫が管理している空き地だ。周りには家もなく、西側を流れる水路に近い。


「ここを使っていいよ。穴も掘ったら戻しといてくれればいい。何か問題が出れば夜中でもいいから家に来て」


 セウスはキツキにそう言うと、私を一瞥して戻って行った。


 キツキはスタスタと歩いて空き地の真ん中辺りまで進むと、手を前に出す。ボコっと土が飛び出し丁度良い大きさの穴が開く。そこから少し離れてもう一つ穴を開ける。

 説明をしておくと、キツキが不思議なパワーで土を動かしたのではなく、土と土の間にキツキの魔素で作った程よい厚みの丸い石を差し込み、それを持ち上げて、上に乗っていた土が一緒に動かされただけである。石のスコップと言ったところだろうか。


「便利だね」


 シキが感嘆の声をあげて穴の中を覗く。

 穴は程良く深く、スライムが跳ねたとしても出られない位の深さまで掘られていた。

 キツキはさっき借りた道具の中からランタンを取り出すと火をつけ穴の近くに置く。

 私はそれぞれの穴に4匹ずつのスライムを入れ、キツキはその上から網をかけてると、穴の周りに魔素で作った石の杭を打ちこむ。よく考えてみたらキツキが作り出せるものなのになぜ道具を借りたのか。



 シキがスライムの革布を私とキツキに渡してくる。

 私達はそれに(くる)まると、スライムの様子を見る。


「これ、どのくらいかかるの?」

「小さい物なら一体と一体が合体するのには、今からなら一晩有れば十分だと思います。そのあと大きくなったもの同士の合体は、夕方すぐからなら一晩有れば合体できそうですが今からだと難しいでしょうね」


 シキはへえと感心する。

 キツキは地面に座り込む。それを見たシキと私も座った。


「普通は2匹を足した大きさになるのですが、時々変な融合をするのがいるんですよね」

「変な?」

「急に巨大化したり変化したりするのがいるそうです。それを朝までほっとくと村が破壊されかねないので、やる時は必ず見張りをつけるというのが村での条件になってます。まぁ、こんな寒くなった時期にやるとは思いませんでしたけどね」


 キツキが横目でチラッと見ると、シキは少しバツの悪そうな顔になる。


「何でそんなに急いでスライムの素材が必要なんですか?」


 驚いた様子のシキはキツキの目を見ると、目を閉じゆっくりと目を開けた。


「もうバレていたのか。理由はそのうち話すよ」


 シキはそれ以上は話そうとはしなかった。その様子を見てキツキもそれ以上の詮索は諦めたようで、シキの答えに対して何も言わなかった。


「それにしても、スライムの皮は暖かいね。こんなに薄いのに冷たい風が入ってこないよ」

「真冬に野宿すればその効果は一目瞭然ですよ」

「それは試すのが怖いな」


 シキとキツキは可笑しそうに笑うと、再び視線を穴の中のスライムに移した。

 キツキはランタンを掲げて穴の状態を確認する。


「シキさん、そろそろくっつき始めていますよ」

「どれ」


 シキも覗き込む。

 二人はお腹を地面にくっつけて寝そべって見始めた。その姿は川を覗き込む少年達のようだ。



 今日の夜空は月も星も澄み渡って見え、とても綺麗だ。

 顔をかすめる風だけが少し冷たい。私は外套のフードを頭にかぶせる。



「スライム同士がくっついている部分の皮がなくなってきているでしょ。少しずつスライムのコアとコアが近づいて行ってコア同士が融合されるとお互いの細胞を混ぜ合わせた一体のスライムになるんですよ」

「ほお。面白い生態だな。何で夜だけなんだろうな」

「確実な話ではないのですが、自然にいるスライムは太陽が出ている間に体に蓄えている養分を吐き出すそうです。昼でも冬など雲に覆われている時期はあまり養分を吐き出さないそうですよ。そして夜には養分を吸収する。だから夜はスライム同士を一つの穴に入れておくとお互いを吸収して一つに合体してしまうという仮説です。仮説の段階ですけどね」

「誰からの話なの?」

「……父だそうです。父もスライムハンターだったようですが。実際には祖父から聞きました」


 キツキの言葉はそれ以上は続かなかった。シキも何かを悟った様子でそれ以上を聞こうとはしなかった。

 二人は目を少し伏せ、口を閉し、しばしの間沈黙が続く。





 かたや一方。

 目の前では二人で真剣な顔で話をしているところだが、攻撃を受けたかのように私の体はふらついていた。

 ふざけているのではない。戦っているのだ。


 そう、眠気と。


 一瞬頭がくらっと反り返り、重力に負けそうになる。

 スライムの布に包まれると、その中は自分の体温の温度を保ってくれていて、とにかく心地が良い。

 疲れも相まり、知らず知らずに眠気に襲われ始めていたのだ。


 でも、まだ寝れない。

 寝てはいけない。

 スライム合体は私が言い出した事だ。せめて朝まで見届けなくては。

 そう思い、腕でぎゅっと自分の足を抱え、反り返った頭をぐっと膝の間に(うず)めた。


 だが、村の中の上、キツキとシキが近くにいるという安心感、それにスライム合体の監視という暇な時間が多い状況下で、膝に埋めた顔は次第に目蓋(まぶた)を落とし、私の決意は灰燼(かいじん)と化す。

 体がふわふわする。


「寝ましたね、アイツ」

「寝たな」


 遠くからキツキとシキが何か言っている気がする。

 でももう駄目そうだ。私の意識は夢の中に落ちていってしまった。


<人物メモ>

ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹

キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄

シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。村で暮らすことになった

セウス・・・・・・・ヒカリに結婚の申し込みを断られたがそれでもヒカリの助けになろうとする。村人からの人望の厚い村長の息子

おじいちゃん・・・・ヒカリとキツキのおじいちゃん

アカネ・・・・・・・花月亭の元気な看板娘。


<更新メモ>

2021/07/05  文章の修正、加筆

2021/07/02 文章の修正、人物メモの追加、改行修正

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