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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
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昔話 ーヒカリ回想

 パチパチと火が薪を焼く音と匂いがする。

 夕刻といえど外はまだ明るく、夜が来る気配がない。

 工房の中は暑いが、一人の女性が今日も変わらず動き回っている。


 スライムをハントした後、解体のために私とキツキは工房に来ていた。

 忙しく動き回っている女性はコエダおばちゃん。

 愛嬌(あいきょう)があって働き者で私達のお母さんのお姉さんだ。


 お母さん。


 私たちが産まれるのと同時に亡くなった人。

 生きていたらこんな感じの人だったのだろうか。


「ああ、落とし物が出てきたみたいだね」


 そう言ってスライムの液体が入った鍋の中から出てきたものを渡すため、私達のいるテーブルに寄ってきた。


「はいよ、これは倉庫ね」


 鉱石だろうか。少し色の混じった掌大(こぶしだい)ぐらいの石を三つキツキに渡す。


「ねえ、おばちゃん」

「なんだい?」

「私たちのお母さんってコエダおばちゃんに似ていたの?」


 おばちゃんは少し以外そうな顔をしていたが、いつもの笑顔になる。


「はは、私よりも器量がよかったわよ。愛嬌もある子でね」

「じゃあ、おばちゃんと一緒だね」


 おばちゃんは可笑しそうに笑う。


「急にどうしたの」


 そう言われると私は少し照れ臭くて下を向く。

 何かを察したようで、後ろを振り向き今日はもう終わったからと言った。


「何か聞きたくなったのかい?」


 おばちゃんは空いている席に腰をかけた。

 私はうなずく。


「お母さんのこと」


 キツキは頬杖をついてこちらを見ているが、止める様子も席を立つ様子もない。


「なんで死んじゃったの?」


 それを聞くとおばちゃんは一度目を閉じて浅いため息をつくと、愛嬌のある顔はどこか覚悟を決めたような暗い顔になり、私とキツキを見た。


「そうだねぇ。二人も大きくなったし、いずれ私が死んだら教えてくれる人は誰もいなくなるかもしれないから、知りたいのなら今のうちに教えておいた方がいいのかもね」


 そう言っておばちゃんは深呼吸をすると、ゆったりと昔話を話し始めた。



「出産でお母さんが死んだ話は聞いているかい? お産は必ずしも安全ではないし亡くなることだってある。

 それでも出産した経験を持った私から見ても、あの子のお産は特別でね。あなた達のおばあさんのライラさんが毎日のように回復をかけるほどだったんだよ。そうでもしないとすぐにでも息が絶えそうな状態でね。出産だけでなく妊娠の状態から壮絶だったわ。

 初期はまだ良かった。つわりがあっても立つことができたけど。ところが妊娠の中頃からかしらね。体が耐えられないと言って寝込み始めたのよ」


 私とキツキは固唾(かたず)を飲んで聞いていた。


「だから出産までは大変だったわ。大きなお腹で食事も取れるかどうかで。意識も時々途切れてしまって。お腹の中の子供達も心配だった。

 ようやく臨月になって出産まであともう少しって時に、見守っていた私とあなた達のお父さんのロイスさん……ロイさんって呼んでいたんだけど、あの子はこう言ったの。『月の光がキラキラして綺麗。』って。寝ていたベッドから見えたんでしょうね」


 ベッドから月が見える…。

 家の二階にあるおじいちゃんの向かいの部屋は今も空き部屋のままで、ベッドを取り囲むように窓がついている。そこの部屋のことだろうか。

 部屋が空いているのにも関わらず、未だに私とキツキの部屋を分けず、何故その部屋を使わないのか疑問だったけれど、お父さんとお母さんの部屋だったのだろうか。


「それが最後の言葉。陣痛が始まったかと思ったら意識が無くなってしまってね。ライラさんが回復でなんとか生命を維持していたけれど、意識までは回復はできなかった。ライラさんのあの時の必死な顔は今でも忘れることはできないわ。

 その時にはもう妹の意識はなかった。だけど、運よくと言うか少し不思議だったけれど、あなた達は産まれてきたわ。一人、二人と。あの子は命が尽きる最後の最後まで頑張っていたのかもしれない。ただ、あなた達はほんのりと光っていたわ。銀色の光に包まれて。何かの祝福のように」


 おばさんはここまで話続けると深呼吸をして息を整える。


「ロイさんはあの子の最後の言葉からあなた達に名前をつけたの。

 『キツキ』、『ヒカリ』。

 大事にして頂戴、体も名前も」


 コエダおばさんは優しい顔で私たちを見る。





「お父さんは?」


 キツキが聞く。

 私はその言葉に驚き、キツキを見る。

 今までキツキの口から両親に関わることを記憶の範囲では聞いたことがなかった。

 やっぱりキツキも寂しかったのだろうか。不安だったのだろうか。


「ロイさんね……」


 おばちゃんは目を左下にずらし、口籠(くちごも)る。

 その姿に少し不安を覚えた。


「コハナが、ああ妹の名前は知ってたかしら? コハナっていうの」


 キツキはうなずく。


「コハナが亡くなった後、様子がおかしくなって……人が変わったかのように変貌してね。何かに怒っているというか焦っているというか。ある日村を飛び出してしまってそれきりよ。生きているのかさえみんな知らないわ。あの後のオズワードさんとライラさんの落ち込み様は見ていられなかったけれど、あなた達がいたから乱れず生活ができたんじゃないかしら。これはオズワードさんには内緒よ」


 おばさんは眉を下げて少し困った顔をする。


「さあ、私の知っていることはこのぐらいよ。あとはコハナとロイさんの馴れ初めの話ぐらいかしら」


 おばさんは笑って言うけれど、外はいつの間にか暗くなっていた。


「ありがとうおばちゃん、その話はまたそのうち教えて。もう遅くなったみたいだから今日は帰るよ」


 私は立ち上がると、キツキは私を見てから立ち上がる。

 なんだ、両親の馴れ初めを聞きたかったのだろうか。

 おばちゃんも立ち上がると、玄関扉を開けてくれた。


「気をつけて帰るんだよ」


 私達はいつものおばちゃんの笑顔に見送られた。





 帰り道、キツキに親がいなくて寂しいか聞いてみた。今までキツキには問いかけてこなかった言葉だ。

 キツキはこっちを向くとまた前を向いた。


「ヒカリがいるから大丈夫」


 意外な言葉に私は驚く。


「いずれ、おじいさまが亡くなったらヒカリとは二人っきりになるな」


 キツキは私の頭に手を乗せると、頭を少し引き寄せた。


「俺の知らないところで簡単に死んだら許さないからな」

「…うん」


 知らず知らずの間に、私たちはお互いの存在を必要として支え合っていたんだと知る。

 空に浮かぶ細く美しくも儚い光は、私たちの進む道を淡く照らしていた。


<人物メモ>

ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹

キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄

コエダおばちゃん・・キツキとヒカリの母親の姉。工房で働く

オズワード・・・・・ヒカリとキツキの祖父

ライラ・・・・・・・ヒカリとキツキの祖母


<更新メモ>

2021/07/02 改行、文節修正、句読点修正

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