冬の準備4
「俺、絶対シキさんから離れない!
俺のいないところでシキさんが俺の知らない魔法を使っているなんて考えただけでも耐えられない。
ぜーったい明日から離れないからね!」
倉庫を出た時に夕刻が過ぎようとしていたのでそのまま夕食にしようと花月亭に直接三人で来ていた。
キツキは子供かと思うような駄々を席でこねている。
お前は明日も北の森に仕事に行け。
キツキは花月亭の丸く分厚いテーブルを両手でダンダン叩く。
「キツキ、お行儀が悪いよ」
シキは母親かと思うような口ぶりでキツキを諫めている。
「シキさん、俺を捨てないでよ」
キツキはテーブルに顔を伏せる。
どうやらシキにメロメロにされてしまっているようだ。
こういう時の向上心の塊は面倒くさい。
自分を引き上げる事ができる人や物を簡単に手放そうとしないし、とても敏感だと思う。それ以外は尊敬に値するのだが。
周囲の客もキツキの様子を好奇な目で見ているのがわかる。明日には私の噂と取って代わって、キツキの危ない噂が村中に流れそうだ。
それはそれで良しかもしれない。
「あらやだ、ライバルは女だけじゃないのね。まさかキツキと男を取り合うとは夢にも思ってなかったわ」
注文をとりに来たアカネさんが、キツキの様子を見て睨んでいる。
「は? アカネさんじゃ相手にもならないよ」
キツキとアカネさん両者が睨み合う。
なんだか、どんどんおかしな方向に行ってるようだ。
「あ、アカネさん今日はおすすめ二つと、シキは何にする?」
「俺も二人と同じ物で」
キツキは勝手に注文した事に抗議の目で訴えてきたが、キツキが落ち着くのを待っていたらお腹が空いちゃうのであえて無視する。
アカネさんはシキの側で注文を取り終えると、嬉しそうに厨房に戻っていく。
「シキは人気者ですね」
「俺としてはあまり好ましくない状況だけどね」
二人で出されたコップの水を飲む。
シキはあまり面白くなさそうな顔をしている。隣でシキを睨んでいるキツキを見ると、ため息をついた。
「キツキ、俺はもう君たちには基本は教えたと思っているよ。さっき君が見たのはただの応用だ。気持ちはわかるが少しは自分でも考えてやってごらん」
キツキはそう言われると、わかってはいるけど、と言って机に伏せてしまった。
きっとキツキのこんな姿を見るのは最初で最後だろうな。
昔からなんでも器用にこなして、いつも誰かのお手本だったキツキから見ると、自分の知らない力を持っているシキは新鮮に見えるのだろう。
それにしても、どうしようかね、この駄々っ子。
私とシキが、キツキの扱いに困り果てていると後ろの花月亭の扉が開く。
「ああ、ここでしたかシキ殿」
おじいちゃんが入ってきた。
「今日の仕事は終えられましたか」
そう言ってテーブルに近づいてくるおじいちゃんはふと何かに気がつく。
おじいちゃんの目の前にはテーブルに伏せているキツキの姿が。
「これキツキ、なんという姿だ。やめなさい」
キツキはおじいちゃんにそう言われると、体は起こしたがめちゃくちゃ機嫌が悪いようで、ムスッとした顔を見せる。
キツキがおじいちゃんの前で態度が悪いのを初めて見た。おじいちゃんも見たことのない孫の様子を訝しげに見ていた。
「何かありましたかな?」
「それがね、キツキがシキと離れたくないって駄々をこねてるの」
おじいちゃんは私からの意外な答えに驚く。
「キツキがか? いやはや孫に心酔されましたかシキ殿」
「いや、心酔というわけでは……」
ガタッと急にキツキは席を立ったかと思えば、キツキはこちらを一瞥もせずに無言で花月亭を出ていってしまった。
「キツキ!」
私は驚いて立ち上がる。
「お待たせー。あれ、キツキは?」
「アカネさん、すみません。二人分を包んでもらってもいいですか?」
「いいけど、どうしたのキツキは? おまたせしすぎちゃったかしら」
アカネさんはシキの分だけをテーブルに置き、厨房に引き返すと私とキツキの分の定食を四角いお弁当箱に入れ直してくれた。
「ありがとう、アカネさん」
私はお弁当を受け取ると、急いでキツキを追った。
家に帰るとまだ照明がついていなかった。キツキは家ではなかったのだろうか。誰かが家の中にいる様子は無い。
私は手に持っていた花月亭のお弁当を暗い部屋のテーブルに置いた。
どこに行ったのだろうか。
もう一度家を出る。
もう夜なので村の外に出ることはないだろうし、特段の理由がない限りは門の自警団員に止められるだろう。
と、なると、村の中にはいるはずだ。
家の周辺を見るが庭の稽古場にはいない。
家の門を出て少し考える。
キツキの行きそうな場所……。
その時私の左側から何かが光った。
あれ、もしかしたら?
私は空き地へ向かった。
「くそっ!」
そこには一人で魔法陣を操っているキツキの姿があった。
何個も魔法陣を出しては消している。
おそらくシキが森で見せた、魔法陣の上を伝って歩く魔法を練習しているのだろう。
見ているとキツキは魔法陣を足元より上に出しているが、その上に乗ることが出来無いでいた。歩くたびに足が魔法陣を突き抜けてしまう。キツキは試行錯誤していて、魔法陣の大きさを変えたりしているが、一向に状況は変わる事は無かった。見ていると、複数の魔法陣をまっすぐに並べる事にも高い集中力が必要そうだ。
何かが出来なくて苛立っているキツキを初めて見る。
放っておくべきだろうか。
「キツキ、先にご飯食べよ。包んでもらってきたからさ」
私はキツキを休憩に誘ったが、キツキは私を一瞥するといらないと答え、すぐに私から目を逸らせた。
このままキツキを放っておくわけにもいかず、仕方ないと私はそのまま見学する事にし、両膝を曲げる。
ちなみに私は全く練習する気はない。
成せばなる、成せないなら放っておこうというのが私の信条である。
キツキとは真反対の双子だ。
ボーッと眺めていた。
キツキは小さい頃からなんでも出来ていた気がしたけれど、意外と努力家なのだろか。男の子でおじいちゃんの期待が大きかったのも確かにあったかもしれない。そういえばおじいちゃんもおばあちゃまも私には甘かったな。
……キツキには甘やかされている私はどんな風に見えていたのだろうか。
そんな事を考えていた。
あれ、そういえば。
私は立ち上がり集中して魔法陣を足元に出す。そのまま風を魔法陣を伝って陣の下側に出力すると私の体は浮かんだ。そのまま、するするとキツキの前に出ていく。キツキは一瞬ポカンとしていたけれどすぐにその意味が分かったようだった。
魔法円や魔法陣は、魔法を出すときに使う“実態のない幻の出口”みたいなものだと思っていた。だが、魔力を使って出した雷や炎などは一時的に物体化する。
しつこいようだが魔素で出した炎や氷は消えない。最初から現存するものだ。
瞬間的でも魔力で作り出した雷や炎が実体化できるのであれば、幻である魔法陣も実体化できるのではないかと思った。
つまりはシキが見せた宙を歩く魔法は、魔法陣そのものを実体化させたそれではないかと考えたのだ。
でなければ、今使っている私の風の魔力を使って体を浮かばせている魔法陣を説明できない。
キツキを見ていると少し浮かせた魔法陣自体に魔力を入れ実体化させたようだ。その上にそっと乗る。そして目の前に同じように魔法陣を作り出すと、もう片方の足を乗せた。それをゆっくりゆっくりと繰り返す。
キツキが魔法陣の上を歩いていた。
キツキは急に私の方に振り向くと、魔法陣から飛び降りて駆け寄り、私を持ち上げた。
「ありがとう、ヒカリ!」
キツキは十年ぶりに私に満面の笑顔を向けた。
魔法陣の光に照らされた笑顔だった。
「そうか、一時的な魔法陣の実体化か。魔法円も同じ事が出来るのかな」
キツキはそうかそうかと一人で納得をする。
「そうなるとシキさんが見せた俺の氷弾を粉々にした防御魔法も同じ仕組みかな。結構、集中力も要るな」
キツキは自分の右手を眺める。
「あれ、もう出来た?」
二人で声がする方を向く。
「はは、さすが早いな。な、俺は必要ないだろ?」
月の光に照らされたシキがいた。
彼は腕を組み、嬉しそうにキツキを見ていた。
キツキはシキに飛びつくと思っていたが、視線を下げると、頭だけシキに下げて家に帰って行ってしまった。
先程の事で素直になれないのかもしれない。
私はシキに近づきつつ、シキとキツキの背中を見送る。
「キツキに避けられると少し寂しいな」
「また明日には元に戻ってるよ」
「戻りすぎても困るけどね」
シキは苦笑した。
私は少し疑問に思っていた事を聞いてみた。
「シキはどうしてここまで私たちの面倒を見るの?」
「どうしてか。オズワード殿にお願いされたから、かな」
本当にそれだけだろうか。私は納得できずにいた。
「あれ、この答えでは納得できなかった?」
「まだ理由がありそうで」
じっとシキを見る。シキも暫く無言で私を見ていたが目を閉じる。
「あまり真剣に男性を見つめるものじゃないよ」
そう言って私の頭にポンと手を置き、シキもそのまま家に帰っていってしまった。
あれ、もしかしたら質問を無視された?
シキらしからぬ行動に少し驚いてしまったが、答えたくなかったのか答えが無かったのかわからないが、これ以上詮索する気もなく、私もキツキを追う様にそのまま家に向かって歩いた。
<人物メモ>
ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹
キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄
シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。村で暮らすことになった
<更新メモ>
2021/07/02 改行、文章修正 など