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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
38/219

冬の準備2

 空にようやく光が差し込み始める頃に私は家を出る。

 地上はまだ薄暗い。

 音が響かないように家の門をそっと開けると、今日一緒に村の人を護衛するシキが丁度そこにいた。


「おはよう」


 待ち構えていたのか、私を見ると朝に相応しいさわやかな笑顔で挨拶をする。


 シキは村で揃えた衣装を身につけてきていた。

 立ち襟と少し着丈が長めの長袖の上に肩まであるベスト調の上着、下はブーツに裾を入れた濃い色のボトムスを履いている。腰につけているベルトは元々シキが持っていたものだろう。それに小さなポーチと短剣を腰に取り付けている。それとは別に左側に帯剣している長剣を、左肩だけにかけたスライム革の外套がその姿を隠していた。

 綺麗な顔はそのままに、衣装を変えただけでもシキはナナクサ村民にぐっと近づいた……気がする。


「あ、ブーツも届いたんだね」

「ああ。本当に軽くて暖かいね」


 片足を上げて、新しく出来たブーツを褒めるシキに「でしょ?」と私は笑いながら同意する。村で作ったものを気に入ってもらって気分が良い。


「忘れ物はないかい?」

「もちろんよ!」


 シキは私の返事を聞くと、では行こうかと歩き出したので、目的地が一緒の私はシキの横に並んで歩く。

 道や村の形が見えるぐらいまでは明るくなってきてはいたが、冬の近い村はまだどこも静まり返っていていた。寝ている人の迷惑にならないように、あまり大きくない声でシキと話し始める。


一昨日(おととい)は家までキツキを運んでくれてありがとう。とっても助かった。」

「キツキはあの後大丈夫だったの?」

「うん、今日はもう大丈夫。昨日は人生初の二日酔いを体験して寝込んでたけどね」

「はは、誰でも通る道だな」


 私は呆れ顔だったけど、シキは軽く笑う。

 シキにもそんなことがあったのか聞くと、相手が悪かったと沈んだ顔で一言だけ答え、その後は黙秘していた。

 お酒の相手が悪いとはどう言う意味なのだろうか。



 まだ太陽は出てきてはいないが、歩く度に空が明るくなっていく。

 西門に着く頃には日の出の時間になっているだろう。

 朝はもう肌寒い。

 収穫祭が終わって冬までもう少しだなと、休耕に入った畑を眺めながら実感する。


 西門に着くとまだ誰も来ていない上、村の方角から人影すら見えない。

 少し早かったのだろうか。


 ……それなら。


「朝ごはんを食べ忘れてきたから、ここで食べて待っててもいい?」

「え」


 私の問いにシキは驚いたのか()頓狂(とんきょう)な声を出す。

 ()頓狂(とんきょう)は私か。

 私は門の上にある(やぐら)に向かって大声をあげる。


「すみませーん! 待ち合わせの人が来るまで上でご飯食べてていいですかー?」


 そう叫ぶと櫓から「いいよっ」という返事をもらったので櫓の梯子(はしご)に向かう。

 先程の問いの意味はどこに行ったのだろうか。結局私はシキからどのような返事を貰ったとしても食べる気でいたのだ。


「シキも行こう。上に休むところがあるから」


 私は慣れた手付きで梯子を登っていく。

 シキは戸惑ったようで少し時間を置いてから登ってきた。


 櫓の上は意外と広く、休憩できる寝床が2床と食事を取れるテーブルが1つある。それに外を見渡せる開口部が四方向にある。

 見張り中の年配の自警団員であるロクさんの足元には火桶が置かれている。そうでもしていないと寒くてやっていられないのだろう。


 使っていない開口部はスライム皮の布を被せてあるが、中は気持ち温かいぐらいの温度かもしれない。スライム皮を使っていても、見張りをする一番大きな西側の開口部を塞ぐことは出来ないからだ。

 ロクさんに今日同行する採集者が見えたら教えて欲しいと依頼すると、あいよと快諾し立ち上がって半分塞いでいた東側のスライム皮をくるくると上まで巻き上げてくれた。



 さて、ご飯だ。

 私がテーブルの椅子に座るとシキも空いている椅子に腰を下ろした。


「シキ、ご飯食べてきた?」

「いや、朝はあまり食べないから」

「お昼ご飯を多めに持ってきたから半分こしない?」


 私はシキの返事を待たずに、多めに持って来たパンを半分にして渡す。

 戸惑っているシキを尻目に私はパンにかぶりつく。


 うん、美味しい。さすがは私だ。


 パンも挟んだ具材のハムも野菜も卵も生産者が作ってくれたもので、私はただ切って入れただけなのだが、自分を称えながら食べると美味しいので、全ては自分の手柄とした。

 シキは頬張る私の顔を見てくすっと笑うと、私に釣られたのか無理やり渡されたパンを食べ始める。


「ああ、美味しいね」

「でしょー」


 滅多に褒められない料理を褒められ、ご満悦する私。

 それを見ていた見張り中のロクさんはこっちを見ながら意外な事を言った。


「セウスと別れた原因が新しくきた人だって噂は本当だったんだな」


 シキと二人で固まる。

 一瞬、喉にパンが詰まるかと思った。


 何故そうなってる?!

 シキも目をパチクリさせている。そもそもセウスとは付き合ってさえいない。


「違うー! 全然違うからーー!」


 私の声で寝床で休んでいた仮眠中の自警団員を飛び起こしたのは大変申し訳なかった。





「え、違うのかい?」


 麦農家のおばちゃんは真顔だ。

 は? 何言ってるのあんたっていう顔が固定されピクリとも動かなくなった。

 おばちゃんは背中に背負った大きなカゴにイガがついた木の実を、竹製のトングを使って上手にぽいぽい投げ入れていく。顔は動かなくても手と口が動くのはナナクサ村農家のおばちゃん達の特徴だ。


 近くにいたおばちゃん二人が更に話に入ってくる。


「いや、私は一時的な喧嘩でセウスとは別れてないって聞いたわ」

「私は昨日婚約して、来年中には結婚するって聞いたけど」


 全て違う。

 光の(ごと)く噂が広がるならせめて正しく伝わってほしい。次第に顔に青筋ができていく。


「どれも違います」


 真顔で答える。


「おかしいねぇ。一昨日(おととい)、村長宅前で事件を目撃した人が、婚約を破棄されたセウスと新しく来た人がヒカリちゃんを取り合って喧嘩になって、倉庫番の子たちが巻き込まれて大怪我をしたって言っていたわよ」


 おお、現実がねじり曲がってる。

 その時にシキはそこにいなかったし、見ただけで判断しないで欲しかったが、関係のない通行人から見たら確かに衝撃の流血事件だったと思うし、私も衝撃的だったけど早とちりしすぎ!


 みんなからどう見られているかわかって恥ずかしくて倒れそうだ。 


「セウスとはお付き合いも婚約もしていません。シキともお付き合いはしていません」


 きっぱりと断言するが、意外だわ〜とおばちゃんみんなに言われたが、それ以上口を出すと長くなりそうなのでおばちゃん達から向けられる疑惑の視線にとにかく耐えた。


 きちんとセウスと話をして、けじめをつけておいてよかった。

 混乱している時にこんな話を聞いたら二度と家から出れなくなっているところだった。


「最初ヒカリちゃんだけって聞いていたのに、その後にシキさんだっけ? 一緒に護衛に来るっていうからやっぱりそういう関係なのかしらぁって思って。あらー、そうなのー?」


 あまり納得してなさそうな言葉に少し気が抜けてしまった。これ以上妙なことを言いふらさないでほしいところだ。



「ヒカリ、ちょっと」


 シキに呼ばれる。どうしたんだろう。

 おばちゃん達三人は何を勘違いしたのかワクテクな顔でこっちを見ている。

 関係ありませんからっ!とおばちゃん達に向けて顔で意思表示をしてみたけれど私の念は届いただろうか。


「一人、男の子が離れていったんだけど、連れ戻せるか?」


 男の子? ああ、多分ミタキだな。

 ミタキとは私よりも2つ年下の男の子。学校ではしばらくの間一緒だったからお互い名前も知っている。

 丁度大人の言う事を聞かなくなる年頃になっていたな。今日は父親と一緒に来ていたんだろう。父親は芋掘りに夢中で気が付いていない様子だった。


「わかった、見てくる」

「北に向かった。悪いな、何かあれば叫んで」


 私はみんなから離れていったミタキを探しに行く。

 シキが私に頼んだのは五人を同時に見る方が私には難しいと判断したから、と実力不足の私は考える。

 なので文句はない。





 (つた)(つる)が茂る道なき道を歩く。

 山芋を探していたからこの辺りで止まっていても良さそうなんだけど、ミタキの姿はここにも見えない。

 何を見つけたんだろう。わざわざ自分から危険地域の北側にはいかないとは思うんだけど。


 なかなか姿が見当たらない。


「ミタキー」


 呼んでも返事がない。もっと先に進んでしまったのだろうか?


 北の方向に向かう。

 どんどん森は深く鬱蒼(うっそう)としてくる。(しげ)みや蔓だけではなく、木の枝が折れたまま地面に落ちっぱなしで、先が見えづらい場所が多くなる。ここは普段は村の人が来ない場所だ。


 森の状態がこのぐらいになると、例え自分の正面にいたとしても少し離れただけで目視もくしだけでは探し出せなくなる。

 魔物に遭遇していなければいいが。


 声もしない、姿も見えない。

 自分に焦りが出始める。

 あまりにも静かだ。

 何も動かず聞こえない。時々、鳥が羽ばたくような音だけが聞こえる。


 防衛が整ってきている今の村でさえ、採集時に魔物に殺されてしまう村人は数年に一人はいるのだ。

 まさかと不安が膨らむ。


 森を燃やして視界を広げるか?


 そんなことをしたら、冬が近くなった森にあふれている枯れた草や枯れ葉にあっという間に引火して、炎が森を覆い尽くすなんてことは言葉通り火を見るよりも明らかだ。

 焦りが強引な選択肢しか残さなくなる。

 そんな方法では村まで燃えてしまう。

 固くした拳で額を数回小突く。

 落ち着け、他の方法を探せ。


 ……もしかしたら。


 ミタキが動いていればいいが。


 私は手を目の前に出してあたりの魔素を吸い出す。

 吸魔の力だ。

 集中して不自然な動きの魔素を探す。

 ミタキが動いていればどこかに動いている魔素があるはずだ。

 歩いてぶつかれば木々の魔素が、走っていれば風の魔素がミタキに合わせて動いているはず。


 一瞬、風のように一定的でない動きの魔素を掌に感じる。ここよりもう少し北東。


 私は感じた方向に向かって動く。残念ながら走ることができるほど足元の状態は良くない。足に草が絡みつき折れた木の枝は行先を遮る。

 進まない自分の足を恨めしそうに見る。

 足をとられている場合ではないのに!


 はっとする。

 ……また。

 また私は焦って失敗してる事に気が付く。

 こういう時は少しの判断の間違いだって許されない。自分だってわかっているはずだ。人の命がかかっている。森で魔物に殺されていた人の遺体を、おじいちゃんたちが運んできていたのを子供の頃から何度も見てきた。


 私は息を軽く吸い、細く長く息を吐くと、足元に風の魔法陣を出し自分の体を浮かすと屈みながら森の藪を飛び越え移動する。

 目の前に迫ってくる枝や蔓は風魔素で切り落とす。


 茂みが揺れている場所を見つける。

 さらに近づくと、動いている人の頭が見えた。


 追いついた!


「ミタキ!」


 動いている人はこちらを向く。やはりミタキだった。


「ヒカリィ!」


 ミタキの後ろには黒く動く物が。魔物に目をつけられていたようだ。

 鎌風で魔物を斬りつける。魔物は崩れるように黒い粉になりさらさらと消え落ちていった。

 ミタキのもとへ急ぐ。

 魔物からの怪我は負っていないようだが、枝などでかすったであろう擦り傷のようなものが細かく顔などについてしまっていた。


「なんで離れたの!」


 ミタキを叱る。だいぶみんなから離れたところまで来ていた。この辺りは北の森との境だろうか。


「大猪を見つけて狩ってやろうかと…」


 どうやら大きな猪に気を取られて後をつけている間に迷ってしまったようだ。

 一人でなんと無謀な。男の子らしいと言えばそうだが。

 来るまでの間に獣道はなかったと思うから、知らず知らずのうちに全く違う方向に来たに違いない。

 持ってきていた短剣は、魔物に遭遇した時に驚いて落としてしまったようだ。


「んもう。帰るよ」


 そう言ってミタキに手を出そうとした瞬間、足元の藪からもう一体の黒い体の魔物が飛び出てきた。 

 ついてきていたのか、それとも既に隠れていたのか。

 魔物はミタキに狙いを定めていた。

 間に合わない。



 ガガガッ



 敵は足元から突然出てきた氷の刃に串刺しになると同時に黒い粉になって消えた。

 氷の刃はミタキの鼻スレスレで止まる。



「真面目に住民を殺さないでくれよ」  



 声のする方を見るとキツキがいた。

 なんでいるのだ。


「なんでいるの?」

「あ? ここはもう北の管轄だぜ。俺の領地」


 お前の領地ではなかろう、キツキ。


「もう終わったかな?」


 反対側からもう一人の声がする。


 ?!


「シキ! なんでここにいるの! おばさんたちは?」

「遅いから迎えに来てしまったよ。他の人たちは動かなければ大丈夫だよ。ヒカリ、前も教えたけれど、目の前に来た敵には短剣を使わないと。魔素や魔法は発動に少し時間がかかる。頼ってばかりでは間に合わなくなるよ」


 早々にシキ先生から戦闘の注意を受ける。

 と言うか、まさか見ていたのだろうか。


「無事のようだから、とりあえず戻ろうか」


 シキは笑顔で(ひるがえ)ると優雅に森の中を歩く。

 とても優雅だ。そしてとても不自然な感じがする。

 いくら素晴らしい身体能力を持っていたとしても、こんな奥深い森でそんな美しい動きが出来るはずはない。それにもかかわらず、シキは優雅にすたすたと歩いていくのだ。


「あっ、シキさんそれ何! 教えてよ!」


 キツキが何かを見つけたようで、シキに喰らいつく。

 よく見るとシキの足元には数個の魔法陣が光の道のように繋がっていてシキはその上に立っていたのだ。

 シキが歩く度に前に現れ、通りすぎると消えていく魔法陣。

 まるで夜空の星の上を歩く王子様のようだ。


「キツキもやってごらんよ」


 そう言ってにこやかに笑うと、シキは再び光る魔法陣の上を歩いて帰っていく。


「ずーるーいー」


 私は騒ぎ立てるキツキを無視し、ミタキの足元にも風の魔法陣を出して手を繋いでシキの後を追った。





 私たちがシキの後を追って戻るとおばさんたち5人は大きな魔法陣の中に居た。

 陣の淵からは稲光がバチバチと音を立てて光っている。


「お待たせしました。見つかりました」


 シキがそう言うと、おばさんたちから安堵の息が漏れた。

 シキはみんなの足元にあった魔法陣を消す。


 後ろからはぁはぁと息をあげてついてきたキツキは、先程の大きな魔法陣も見て「シキさんー!」と悶絶(もんぜつ)していた。


「さっきの魔法は何ですか。教えてくださいよ!」

「あれは秘密にしようとしていたんだけどね。どうしようかな」


 シキはにこやかな笑顔を見せる。


「シキさんー!」


 森でシキが見せた魔法と、おばちゃん達を覆っていた大きな魔法陣を教えろとキツキが子供のように駄々を()ねる。

 まったくもって (やかま)しい。

 私は今まで見たことのないキツキの姿に、冷たい目線を送りつづけていた。




<人物メモ>

ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹

キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄

セウス・・・・・・・ヒカリに結婚の申し込みを断られたがそれでもヒカリの助けになろうとする。村人からの人望の厚い村長の息子

シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。村で暮らすことになった


<更新メモ>

2021/07/02 人物紹介の修正、漢字の修正、一部加筆

2021/06/18 文章の追加、修正

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