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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
30/219

分かれた道1

 翌日、鏡の中の私は目の周りと鼻一帯は赤く腫れ、痛々しい顔をしていた。

 こんな顔で外は歩けないな。

 今日は休んでいるとキツキに伝えると、そうしろと言われた。


 昨日の収穫祭の夜、おじいちゃんが帰ってくるとキツキと三人で話し合いの場を設けられたが、結局私は何も言えずに沈黙を守っていた。

 おじいちゃんが最後に、「セウスの事はどう思っている?」と聞くので「関わりたくない」と私の正直な気持ちを伝えた。

 おじいちゃんは「そうか」と一言言うと、その後は私を自由にしてくれた。

 私は1人、部屋に戻ったがキツキはその後もおじいちゃんと何か話をしていた。



 家の中は静かだ。

 キツキは北の森に行き、おじいちゃんも朝から出掛けている。

 働かないわけにはいかないから、家の掃除でもしていようかな。

 今日は誰にも会いたくない。ただひたすらにそう思う。


 お昼前になると、昼食を作り始める。

 でないと花月亭に連行されてしまうからだ。

 魚の身を切り取り、粉をつけるとバターで焼いて、茹でた卵と野菜を細かくしたものをハーブとオイルと塩で混ぜ合わせ添える。それをパンと豆のスープと共にテーブルに並べ、貰った果物をお皿に乗せて中央に置いた。


 そろそろ二人とも戻ってくるだろうか。

 家にまだ何かあるか台所の棚を調べていると、家の扉が開く。


「ただいま」


 キツキが戻ってきた。

 テーブルの料理を見ると、昼食は家で済ませるのかと理解したようで、剣やら外套やらを取り外し始め、壁の突っ張りに道具一式を引っ掛けていく。

 そろそろおじいちゃんも戻ってくる頃かな。

 お茶を準備するためヤカンに水を入れようとした時、家の外から大声で争う声が聞こえてきた。


 誰だろう?


 そう思っていると、玄関の扉が勢いよく開いた。


「オズワードさん! オズワードさん、お願いです! せめて有った話だけでもヒカリに伝えてあげてください! でないとセウスがあまりにもかわいそうです」


 ノクロスおじさんがおじいちゃんに(まと)わり付く形で何かを強く訴えていた。

 とても珍しい光景に私とキツキの目は釘付けになる。


「もう終わった事だ!」

「セウスの気持ちを無かった事にしないであげてください!」

「しつこいぞっ、ノクロス!」


 キツキと目を合わせる。

 一体何が有ったのか到底予想もできなかった。

 家までついてきたノクロスおじさんに呆れたのか、おじいちゃんは深いため息をついた。


 どこから始まっていたのだろうか。もしや村中、響き渡る声で歩いてきたのだろうか。

 普段、おじいちゃんもノクロスおじさんも落ち着いていて、双方とも性格が穏やかな人達だったから、今のこの状況に度肝を抜かれた。


「どうしたの? おじいちゃん、ノクロスおじさん」

「ああ、ヒカリ」


 ノクロスおじさんは私を見ると、青白い顔をして私の手を握る。初めて見る弱々しい姿に私も戸惑いを隠せないし、キツキも呆然としている。


「お前と言う奴は!」


 おじいちゃんは顔を赤くして怒る。本当にどうしたの、二人とも。


 ノクロスおじさんが手を離してくれず、立ち尽くしているともう一度玄関の扉が開く。


「お邪魔します。何がありました?」


 シキが入ってきた。

 おじいちゃんが驚いてシキの顔を見る。


「家まで声が聞こえたもので、どうしたのかと」


 それを聞くとおじいちゃんは顔に手を当てて怒る事を止め、ようやく落ち着きを取り戻し始めたようだった。


「お恥ずかしいところを見られましたな」

「これは一体? キツキもヒカリも大層驚いている様子ですが」


 おじいちゃんは観念したように、そこにいる全員に椅子に座るように言う。

 私とキツキはおじいちゃんの向かいにある長椅子に横に並んで座り、シキも隣の椅子に腰をかけた。ノクロスおじさんは腕を組み壁に寄り掛かる。





「……さて、どこから話そう」


 おじいちゃんは視線を横にずらす。あまり話をしたくない様子だった。


「ヒカリ、昨日までのヒカリの様子を見て、私が判断をさせてもらった」


 今度は私をじっと見る。




「セウスからの結婚の申し込みを、今朝断ってきた」




 は?

 私は頭の中が真っ白になり、思考が停止する。

 結婚、て………?


 横に座っているキツキもおそらく驚きのあまり止まっている。微動だにしない。

 気持ちをどのように表現していいかわからないが「信じられない」ただその一言しか出てこなかった。

 断ったことではなく、セウスから結婚の申し込みをされていたことについてだ。


 しばらく沈黙が続いた。


「え……。なんで断ったのですか?」


 キツキが口を開いた。


「なんで、そうだな。セウスと一緒にいるヒカリが笑うところを1度も見たことがなかったから、と言っておこうか」


 おじいちゃんからの答えを聞いたキツキは押し黙る。きっとキツキもそう思ったのだろう。


「私はヒカリが大切にされ幸せになれる人と結婚して欲しい。ただそれだけだ。しばらく様子を見ていたがな、一向に2人の関係が変わらなかった。その上、昨日のあの騒ぎだ」


 おじいちゃんは深くため息をついて上を向いた。


 ここでようやく昨日お兄さん達に言われたことが少しだけ理解できた。“今まさに結婚の申し込みをしている男の目の前で、他の男と仲良くするな”ということだろう。客観的に見ると確かに傷をえぐる行為だろう。

 客観的になら。


 でも当事者の私はセウスに対してそういう感情や目で見たことはないし、セウスが私に対してそう思っていたなどとは微塵も感じたことがない。

 会えば周囲が唖然(あぜん)とするような騒動しか起こしてこなかった。

 そんな相手にまさか結婚の申し込みをされているなど、どうして思えるのだろうか。


 ……そういえば。

 工房からの帰りに手にキスをしてきたのは、そういう意味だったのだろうか。


 自分には実感がなさすぎて、過去の記憶を探し始める。

 それでも、これといったセウスとの記憶はこれ以上は見つからなかった。





「その話はいつからあったんですか?」


 キツキが私の代わりに質問する。


「ヒカリが16になる半年前から話をもらっていた。16になったからそろそろ答えをくれと急かされていたんだ。まあ、結婚というよりも先に婚約をしておきたかったのだろう」


 以前、村長が花月亭でおじいちゃんに話していたのはこの話のことだったのだろうか。


 ー 息子に聞きましたよ。仲がいいみたいで。

 ー 本当は早めにしたいのですが少し待ってみますか。私も楽しみにしているんですよ。


 村長の笑顔を思い出し、申し訳なさを感じる。

 結婚の申し込み……。

 結婚。


 現実味を帯びない言葉だ。これまでに微塵も考えてこなかった。

 気がつけば自分はそんな年になっていたのか。

 セウスの気持ちを知っていれば、彼に歩み寄っていたのだろか。結果は変わっていただろうか。

 手を思い切り振り払うまではしなかったのだろうか。……今となっては、もはやただの言い訳かもしれない。


 手を振り払った時のセウスの顔を思い出す。

 私は目を伏せ沈黙する。


 何も言えなかった。

 何も考えつかなかった。

 私にはその現実を受け止める事が出来なかった。


 私の様子を見て、ノクロスおじさんはおじいちゃんに礼をして静かに玄関の扉を開けて出て行った。


「だからこの話はこれでおしまいだ。……とは言っても花月亭から戻るまでの間にノクロスと大声を出してしまったから村の人に聞かれているだろう。しばらくは針の(むしろ)かもしれん。辛いなら数日は家で過ごしなさい」


 おじいちゃんはそう言って立ち上がると、塔へ続く扉を開け部屋を出て行く。


 残った三人は動く事が出来ず、しばらくその場は沈黙した。


<人物メモ>

ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹

キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄

セウス・・・・・・・ヒカリにつっかかる村人からの人望が厚い村長の息子

シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。村で暮らすことになった

おじいちゃん・・・・ヒカリとキツキのおじいちゃん

ノクロスおじさん・・おじいちゃんの長年の友人。セウスの剣の師匠でもある


<更新メモ>

2021/06/16 文章の追加、修正

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