二人のスライムハンター2
思っていた以上に遠くまで狩りに出てしまったようで、光る地面を伝いながら早歩きで帰って来たけれど、なかなか森を抜けることが出来なかった。
人の手が入った道まで辿り着くと、ようやく肩から力が抜ける。
「はあ、やっとここまで来た」
太陽が地平線に隠れ始めたのを見ると、早めに切り上げって戻って来てよかったと思う。
切り上げたのはキツキだけど。
「さっさと行くぞ」
ずっと歩いて来たのに、キツキは休もうとはしない。
かよわい妹の為に、少しは休んでくれても良いじゃないと、歩みを止めずにテクテクと進んでいくキツキの背中をチロッと睨むけど、これといった効果は無く、キツキとの距離が開いただけだった。
キツキの背中を追いかけながら、太陽の沈む方角へ道なりに歩く。
夕方の風は夏に比べてだいぶ冷たくなってきていて、見回せば森の木々は幾分か紅葉が始まっている。そんな木々をかき分けるように真っ直ぐに伸びる道の先には、大きな建物が現れた。
私達の村の玄関口になる門と、その真上に数人が入れる横長の櫓。その左右には門と同じ高さの塀が門の付属物のように果てなく伸びる。特に破損していないところを見ると、今日も東門は安穏な一日だったようだ。
門の前で足を止める。
目の前には鉄と木で出来た二枚扉。
身長の倍はあろうかと思うほど高く、そして分厚い。見上げるけれど、その扉はピクリともしない。
この門を開けるには、力業でも、特段何かしらのおまじないを唱える必要があるわけでもない。
「おかえり、今日はどうだった?」
頭上から声が聞こえる。
私とキツキは顔を上げると、門の上の櫓から顔馴染みのおじさんが顔を覗かせていた。
「まぁまぁだったよ」
「最悪だったよ」
おじさんに向かって、合わせたわけでもないのに真反対な感想を同時に答える。
性格は真反対だが、息はぴったりだ。
「ははっ、そうか。待ってな、今開けてやるから」
おじさんが顔を引っ込めてからしばらく。目の前の門がギィっと鳴いて開く。
村の門の開け方は、櫓で見張をしている人が顔を確認してから内側から開ける顔認証仕様の門なのだ。
開いた扉と扉の間からは先程のおじさんの顔が見える。
私達は門の隙間を通り、中へと入った。
「二人とも、怪我はしてないな?」
「うん。大丈夫だよ、ノクロスおじさん。でも、今日は走りすぎてくったくただよ」
「無駄に走るから疲れるんだろうが」
冷ややかな表情のキツキが、私の横から言葉で刺してくるからムキーッと威嚇してやった。まだまだ元気があるなと、おじさんは笑いながら重い扉を閉めると、かんぬきを差し込む。
ノクロスおじさんは私達のおじいちゃんの古い友人であり、剣に長けている人だ。年齢の割には整った体をしているから若く見える。
ノクロスおじさんは私の持っていた揺れる網に気がついたのか、中を覗き込んできた。
「どれどれ。ほぉ、小さいスライムが三匹か」
うぐっ……。
「小さいって言わないで。傷つく!」
「小さいよ」
またしてもキツキは冷ややかな視線を放ち、その寒さで私を凍てつかそうとしている。
「ほんと、ヒカリとの狩りは最悪だよ。無駄に疲れる」
キツキは肩に手を当てると、これ見よがしに首をぐりぐりと回す。今日はそんなに疲れる仕事をキツキはしたのだろうか。
「ははっ、今日の土産話は後で空になるまで聞いてやるよ。コエダさんが待っているから、先にそれを工房に持って行け」
「わかった、行ってくるよ。行くぞ、ヒカリ」
「ふぇーい」
くったくたの私は、気の抜けた声でキツキに返事をする。
もはやそんな私に応答すらも面倒なのか、キツキは眉を顰めた顔で私を一瞥だけすると、さっさと村の中へと進んで行ってしまった。休みたい私を置き去りにするその背中に「むぅっ」と言葉にもならない腑抜けた文句を浴びせるが、キツキがこちらを振り向くことはなかった。
「はぁ。おじさん、行ってくるよ」
「ああ。遅れずについていきな。また夜にな」
「うん」
おじさんに手を振ると歩き出す。
私達がくぐってきた門は、村の東にあるから“東門”と呼ばれている。
村には東西南北それぞれに同じような門と櫓があり、見張りもいる。村は門以外は隙間なく高い塀で囲われ、安全を維持している。
“対獣”でも“対盗賊”でもなく、“対魔物”が一番の目的だ。
キツキがすたすたと歩くのは村の主要道で、東門から村の中心に向けて真っ直ぐに伸び、反対側の西門まで続いている。
東門から続く林を抜ければ、目の前には森に囲まれているとは思えないほどの広々とした景色が広がる。道から南側はなだらかな下り勾配で、視線を遮るものはなく遠くまでよく見える。陽当たり良い村の南側は特に畑が多く、村の木々は夏の濃い緑色から鮮やかな黄金色や紅色に移り変わりつつある今の時期に黄金色に輝く畑は主に陸稲や麦で、麦畑は刈り取りが始まり、畑によっては刈り入れどころか、冬に向けての種まきまで終わっている畑もある。
そんな中で点在する野菜畑の色合いは様々で、まだ色変わりしない葉を空に向けながら、その下に秋に採れるカラフルな実を隠していたり、葉物野菜なんかは、いつの間にか花のつぼみのように膨らんで青々しい。そして豆畑は、枯れ色のさやが鈴なりだ。
畑の合間を流れる用水路は、キラキラ光る水が切れる事なく流れていき、頬を撫でる風は夏とは違ってさらっとしている。
今日も村は平和だ。
「おかえり二人とも。今日は収穫あったかい?」
「おお、お疲れ。今日も頑張ったな」
歩いていると、畑作業をしていた村の人から声を掛けられる。
この村で知らぬ顔はない。
産まれた時から家族でこのナナクサ村で暮らしている。
「うん、ただいまー」
川とも思える灌漑用の水路を越えて村の中心まで近付くと、女の子の声が風に乗って聴こえてくる。視線だけを動かすと、離れた場所から三人の女の子がキツキを見ながら頬を染めながら嬉しそうに話しているのが見えた。私の少し前を歩いているのだから、キツキにもそれが聞こえているはずなのに、キツキはいつも通り素知らぬ顔。小さい頃からなので今更反応なんて見せないし、どうやらキツキはああいったことが嫌いなようだ。
主要道から横道に曲がって逸れると、目的の工房に到着する。ちなみに道を真っ直ぐ進めば村の中心地に行けるし、自宅もあるけど、まだ大事な一仕事が残っている。
キツキは工房の正面の扉からではなく、建物の横を進んで庭から入り込む。
庭からは工房の引き戸が全開になっていて、工房の中は丸見えだった。
「ただいま、コエダおばさん」
キツキと二人で工房の中に入るけれど、いつもいるはずの人の姿が見えない。
いくつも並んだ竃の一つに、鉄輪の上に置かれたヤカンがコトコトと音を立てているところを見ると留守では無さそうだ。おかしいなと二人で工房を見回す。
工房の中には色々な道具が並べられている。積み重なった大きな平たい鍋や、何かを引き伸ばすための長い棒と板、それに工房の奥には大人が数人入れるほどの金属で出来た大きな柵籠が天井から吊り下がっている。
その柵籠の下で何やらゴソゴソと動く人影が見えた。
「コエダおばさん!」
キツキが呼ぶと女性はこちらにようやく気が付いて振り向いた。
「おや、二人ともおかえり。そろそろかと思って準備しておいたよ。で、今日は捕まえられたのかい?」
「うん、三匹っ!」
私はえっへんとスライムの入った網を持ち上げて見せると、おばちゃんはまじまじと網の中を見る。
「……あらまあ、そうかいそうかい。次もあるんだから気にせず頑張りなさいな」
おばちゃんは力無くそう言う。どうやらおばちゃんにも獲物が小さいと認定されたらしい。ぐぬぬと網を持った手に力をいれるけれど、コエダおばちゃんにもそう言われてしまうと、そろそろ捕獲した獲物が小さいのだと納得せざるを得なくなってきた。
キツキはやっとわかったかと言わんばかりの視線をこちらに送ってくる。突き返してやりたいが、今の私にはそれを耐える道しかなさそうだ。
「すぐに終わるから待ってて頂戴」
「うん、お願い」
キツキは疲れたとばかりに工房のテーブルにあった椅子を引っ張り出して逆に座ると、背もたれに腕を乗せる。いかにも興味はありませんという顔を更にその上に置いた。
キツキのあからさまな態度にもやもやするけど、私は気を取り直して柵籠の下に配置された平たい鍋の前を陣取ってしゃがみ込む。
おばちゃんは柵籠の前にある数段の踏み台に登り、柵の開口部から中に捕獲してきたスライム一匹をポイッと投げ入れた。入ったスライムに対して柵籠はだいぶ大きく、ここでも小さい獲物なのだという現実を突きつけられ、顔から生気が逃げていく。
スライムが逃げられないことを確認すると、コエダおばちゃんは下側開口部を閉じて近くに吊る下げてあった短剣を持ち出し、スライムの中心を目掛けて刺した。
すると丸かったスライムの身体は、溶けたかのように破れた膜の中から液体が落ちていく。柵籠の下に置かれていた平たい鍋の中に、それは流れ落ちてきた。
「うーん、何もなかったね」
「そうねぇ、塩だけのようだね。体も小さかったからねえ。皮すらも取れなかったわね」
コエダおばちゃんは地味に私の傷を広げてくる。
おばちゃんの言う“塩”とは、スライムの体液の事だ。煮詰めると普通のしょっぱい塩と変わらないので村ではそう呼ばれている。
ただ少し通常の塩と違っていているらしく、スライムの塩にはキラキラと光る『魔素』が含まれている。
『魔素』とは簡単に言うと、スライムが生きている間に吸収した自然の養分の事。
キツキがスライム捕縛の際に作り出した蔓はこの魔素から出来ていて、魔素を体内に溜めることで、自分の意志で魔素を引き出せるようになる。
私達の持つ魔素量は、何故か村の人達に比べて規格外だけど。
スライムには自然の力を吸収したり発散したりする力があると言われている。森に周囲とは違う植物が円状に生えていたり、あるはずのない場所にあり得ない素材が落ちていた場合は、その場所をスライムが通過したという目印にもなる。
以前にじわじわと暑い真夏の森で、巨大な氷塊が地面から空に向かって突き出ていたのを見たことがあるけど、それもスライムがどこからか運んできた氷の魔素を、地面に発散させて出来上がったものだと思っている。そうでなければ説明がつかない。
それにしても、一体どこからやってきたスライムだったのだろうか。
魔素とは別に『魔力』と言うものも、この世には存在するらしい。
『魔力』とは魔素の化石みたいなものだとおじいちゃんは言っていた。
魔力は子供に引き継がれる能力のようで、親が魔力持ちだと子供も似通ったような魔力を持って生まれてくるそうだ。
だからおじいちゃんの故郷では魔力持ちで産まれてくる人間は限られていて、魔力が高い人は高位の役職につけていたと言う話を聞いたことがある。
知っている限り、この村では私とキツキ、例外として村長の息子は懇意にしていた人から魔力の継承を受けて持っているが、本人達がいまいち使い方をよくわかっていないから結果として、魔素と同じような使い方をしている。
魔素も魔力も60歳の『満齢』を境に次第に使えなくなってしまう。
そのため、村のご老人達は危険だからと塀の外へは滅多に行かない。うちのおじいちゃんだって、武術は達者な方なのに「魔力がないと、いざという時にな」と、滅多に森には行かなくなってしまった。
おばちゃんは先程までスライムだった液体の鍋を抱えて火の付いている竃まで持っていく。それを火にかけるとすぐに戻ってきて、さっきと同じようにスライムを柵籠に投げ込むと、流れるような動作でスライムを液体化していく。
零れ落ちた液体の中から『カツッ』と小さな音が聞こえた。
「あ、何か出てきた」
「おや、良かったね」
鍋に落ちてきた小さな固形を私は摘んで拾い上げる。小さいスライムからこれまた小さい種が出てきた。私は親指と人差し指で摘んだ種を、目を細めて見る。
「うーん。これは何かの種かな」
「種なら後で倉庫に持っていきなさいね」
スライムを解体して出てきたものを『スライムの落とし物』と呼んでいる。時々たまげるような物も落としていくが、大抵はこんな程度の落とし物しか出ない。
考え込む私を尻目に、おばちゃんは鍋に残った液体をまた竈に持って行く。
「倉庫………」
種を摘んだままの私の顔が澱む。
考えるだけで気分が悪くなるからだ。
村の倉庫には悪魔がいる。
「今日は塩だけのようだねぇ」
私が考えごとをしている間にも、おばちゃんはスライム解体の作業を全て終わらせていた。
「おばさん、ありがとう」
キツキはそう言って椅子から立ち上がり、既に結果を知っていたかのように興味なさ気に玄関へ向かう。
「え、ちょっと待ってキツキ! 種を倉庫に持っていかなきゃ」
「いや、今日のはヒカリの手柄だから、ヒカリが持っていきなよ。じゃ、おつかれ」
無表情な顔で私にそう言うと、キツキはさっさと工房から姿を消してしまう。
あの野郎、兄とも思えん所業。
一人で悪魔のいる倉庫に行かせようとは。私が暴走したら誰が止められると言うのだ。
キツキの消えた扉を見ながら、一人ぶつくさ言っていると、おばちゃんが小袋を片手にやってきた。
「ほらほら、一匹目の塩が出来たわよ。量が少なかったからすぐに終わったわね。少量だから倉庫に回さず持って帰って家で使いなさいな。さ、今日はもう工房は閉めるから出てった出てった」
おばさんは塩の入った小袋を私に渡すと、悩んでいる私の背中を押して工房から追い出す。せめて倉庫へ行く覚悟が出来てから追い出して欲しかった。
暗くなってきた空の下で、片手に種、片手に塩の小袋を持った私は愕然とし、現実の厳しさにしばらく動けずにいた。
<用語メモ>
・満齢=造語。60歳の事。魔力が使えなくなり始める年齢。
・魔素=造語。自然の要素の集まりで、スライムはそれを吸収出来る。体内に溜まると自分の意思で水や炎を作り出せるようになる。
<人物メモ>
【ノクロスおじさん】
おじいちゃんの長年の友人。
【コエダおばちゃん】
キツキとヒカリの伯母さんで、工房を任されている。
<更新メモ>
2024/01/13 人物メモの更新
2022/09/01 加筆、用語メモの修正