収穫祭2
「お待たせ。シキさん、お酒はこれでいい?」
キツキがお酒とシキ用の取り皿を持ってきた。シキはお酒を受け取ると何のお酒かとキツキに聞いていたがキツキは知らぬと答えていた。
何かぐらい確認してきてあげなよ。
「じゃ、今年もお疲れ様」
キツキが音頭をとって3人で飲み物の入ったコップを頭の高さぐらいにあげると、ぐいっと飲む。
「あ、美味しい」
シキはそう言って再びコップに口をつけていた。
「シキさんこの数日はどこ行ってたんですか?」
「うーん、1周回って北東かな」
「何してきたの?」
「オズワード殿のお遣い」
おじいちゃんのお遣い。
はて、なんだろうと思ったけど、おじいちゃんの事だからきっと魔物の出現エリアのチェックか、周辺の採集が出来そうな素材の確認とかなんだろうと思い、勝手に自己完結した。
最初、キツキはシキを質問攻めにしていたのだが、気がつけばいつの間にかシキがキツキを質問攻めにしていた。好きな子はあの子か、とか。流せばいいものを、キツキは顔を赤くする。
「ばっ!そんなんじゃないです」
「へえ、さっきから目が追いかけてるからてっきりそうかと」
シキは薄ら笑いを浮かべてお酒に口をつける。
どうやら、やり返されたようだ。
おっと。
「ちょっと席外すね」
暖かい日とはいえ、長い間風が冷たい外にいたので催してきた。
私は花月亭の中のトイレを借りようと、庭側の出入り口からお店に入るとすぐ右手に曲がる。厨房の近くにトイレへの扉がある。きちんと手洗い所も備わっている。
トイレから出てくると、じっと私を見つめる集団がいた。
花月亭の丸テーブルに倉庫番のお兄さん達が纏って座っていたのだ。交代で祭りに参加しているのだろうか。そんな彼等とばっちり目が合う。
「ヒカリちゃん、ちょっと」
チョイチョイと手招きで呼ばれたので、なんでしょうかと席に近づく。
「ねぇ、セウスと何かあった? 最近ヒカリちゃんは倉庫に来ないし、セウスは不機嫌で帰ってくる事が多くなっているし。聞いても誤魔化すだけで何も言わないくせにずっと顔色が悪い。俺達ちょっと気になって」
なぜ私が関係してると思われているのだろうか。
「いえ、私は全く関係ないですよ」
うん、関係ない。そもそも会う事も少ない。
そう言うとお兄さん達は一様に困った顔をそれぞれに見合わせる。
「セウスには口止めされてるけど、本当に関係ないって思ってる?」
どういうことだろう。なにも関係はないと思うが。
おかしいと言えば数日前のアレぐらいだけど、それしか心当たりがない。
「どういう意味でしょうか」
わからないので素直に聞いてみる。
するとお兄さん達からも困惑した顔が帰って来た。
本当、何なんだろう。
「いや、二人が喧嘩したのかと思って」
喧嘩? いつも喧嘩しかしてこなかったので、それの何が問題かわからない。
更に意味が分からなくなり困惑する。双方が困惑顔で睨み合う。睨むは言い過ぎかもしれないけれど、このテーブル席一帯だけが気まずい空気なのは間違いない。
奥に座っていた倉庫番のベテランのお兄さん二人が難しい顔をして顔を見合わせると、私に向き直る。
「最近、新しく来た男と一緒に居すぎやしないか? さすがにセウスが可哀想だ」
「ヒカリちゃん、今セウスの家から話が来てるでしょ? もう少し考えてあげてよ」
なんの話だ。
新しく来た男? シキのことだろうか。
可哀想とか考えろとかどう言う意味?
そもそもお兄さん達に責められるような事を私はしたのだろうか。
「兄さん達!」
横を向くと怒った顔のセウスが花月亭に入ってきていた。
瞬間、私はセウスと反対方向を向く。顔をまだ直視出来ない。
「ヒカリを捕まえて何をしているんですか!」
「いや、すまん。首を突っ込むつもりはなかったんだが、どうも気になってな」
隣で話が聞こえるが、やっぱり何の話なのか全くわからない。
沈黙がしばらく続く。
「ヒカリ、行って良いよ。お祭りなのにごめん」
そうセウスに言われたので、私は顔を伏せたままセウスの背中を通って庭に逃げる。
遠くからセウスとお兄さん達の会話が聞こえてきたが逃げるのに必死で内容は聞かなかった。
「遅かったな」
キツキが私の顔を覗き込む。
「どうした?」
話の意図はわからなかったが、さっきのお兄さん達の顔が頭から離れない。私はここにいてはいけない気がして椅子に座れなかった。
「ごめん、疲れたからそろそろ家に帰る」
わからないけど泣きそうだった。子供時代に悪さをして叱られた事以外は村の人に非難されるのは初めての経験だった。
セウスとの喧嘩の時は、非難ではなく呆れた顔で見られていたが。
「あまり早く帰ると、家に迎えに来られるぞ」
そう、この村は祭りの日は暗くなるまでいないと、誰かしら家まで迎えが来るという迷惑この上ない仕様付きなのだ。
でも帰ると言うと、キツキは立ち上がり私の腕を掴む。
「俺も帰るから少し待ってろ」
キツキはテーブルを片付け始めた。それを見たシキも俺も帰るかと片付け始める。
「二人はまだ居て良いよ。家ぐらい一人で帰れる」
考えると涙が溢れそうになるので、キツキの静止を無視して家まで早足で戻る。
私はまた何かしたのだろうか。昔から同年代の女の子達からも遠巻きにヒソヒソと話されているのは知っていたし、その度に不安になっていたがそのうち慣れてしまっていた。でも今日は初めて年上の男性に、理由はわからないが咎められた。
やっぱり私が何かいけない事をしたのだろうか。
戻る途中に村のおじさんやおばさんたちから声をかけられたが、見せられる顔がなかった。
お祭りの日に心配なんかされたくない。
家に着くと、すぐ部屋に戻りベッドの中に潜り込んだ。
ただただ不安だけが私の体を覆っていた。
「おーい、ヒカリ」
キツキが部屋の扉を開けてから扉をノックする。
どうやらキツキも家に戻ってきたようだ。
私が返事をしないと、ベッドに近づいて布団を持ち上げ、私から剥がす。
許可もなく勝手に布団という結界を破らないで欲しい。
キツキは私の顔を見ると、私の上半身を持ち上げてベッドに座らせる。キツキは両膝を曲げ、片膝をついた。
「戻ってくる途中、花月亭の中で騒ぎがあったようだけど、それと関係してるのか?」
私は顔を下に向けたまま返事ができなかった。
キツキは服の袖で私の顔を拭く。
「わからない」
精一杯の答えだった。
それ以上聞かれても私に答えられる返事は持ち合わせていなかった。
悔し涙が溢れる。
周りを怒らせた理由を私が知りたかった。
「こりゃ、おじいさまを待つしか無さそうだな」
キツキはしゃがんだまま片手で頭を抱えると視線を私からずらした。
それから私たちの言葉は出ることなく、時間が過ぎるのをひたすら待った。
<人物メモ>
ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹
キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄
セウス・・・・・・・ヒカリにつっかかる村人からの人望が厚い村長の息子
シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。村で暮らすことになった。
<更新メモ>
2021/06/16 文章の追加、修正