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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
28/219

収穫祭1

 村は朝から賑やかで、部屋にいてもお祭りの準備をしている大人達の元気な声が聞こえてくる。窓の外からは、収穫祭で飾る黄金色の束ねられた葉を持ちながら、子供達が我先にと村の中心地へと走って行く姿が見えた。建物の窓や玄関には色づいた葉や秋の花、それに木の実などを上手にリボンで纏めた飾りで彩られている。

 すっかり村は収穫祭一色だ。


 あれから。

 あれから数日が経ち、収穫祭である今日も私の気分は晴れずにいた。

 工房にも行けなくなり、かといって家に篭るわけにもいかず、ここ数日はキツキに無理を言って北の森へ連れて行ってもらっていた。一人でいる時に、セウスに会いたくなかったから。

 村ではキツキの背中を盾にして、隠れながら歩く怪しさ満点の私だったけれど、キツキはそんな私に何も聞かずにいてくれた。

 それが本当にありがたかったし、気持ちだって何とか持ち直してきている。


 今日の収穫祭は、昼前から始まって夜中まで続く。

 村人のほとんどがお休みで、持ち寄られた手料理や花月亭で振る舞われる料理を食べながら、今年一年の話に明け暮れる。最低限の警備だけは残すけど、自警団員だって交代でお祭りに参加する。今日は長い冬が来る前に、村人一同に会える最後の日でもある。

 つまりセウスだってお祭りに参加する。収穫祭は私も楽しみにしているお祭りなのに、今日はそれだけが心に引っかかっていた。


 そんな私は台所で朝食の準備をしていた。

 ぼうっと考え事をしていたって、慣れてしまった私の手は勝手に朝食を作り上げていく。

 小麦粉と芋をこねこねっと練り込み、一口サイズにしたら熱湯へ放り込む。茹でている間にツボに漬けておいた野菜の酢漬けを取り出したり、朝から煮込んでいた根野菜のスープをカップに注ぐ。

 気付けばテーブルの上は賑やかになっていた。


「よしよし」


 私はそれを満足気に眺めるが、その一方である事を思い出す。

 もうシキは帰って来ているのだろうか。

 お祭りの日までには戻って来ると言っていたけれど、昨日も北の家には人気もなく明かりは付いていなかった。特に今日はお祭りだから花月亭も朝からは準備が忙しくて開かない。彼は朝ごはんを食べられたのだろうか。

 急に心配になってきた私は目の前の料理を眺めて決心すると、浅い木箱で出来たトレーを持ち出して台所で余っていた料理をよそい始め、並べられた料理の上に紙をそっとかぶせた。

 壁にかけてあった厚手のストールを肩に掛けて家を出る準備をすれば、長椅子でぼうっとしていたキツキが私の動きに気づいたのか、不思議そうな顔をする。


「どこいくの?」

「……ちょっとそこまで」


 キツキに知られれば面倒だなと、目的地は言わずに私は家を出た。







 朝は少し寒かった。

 ストールを持ってきて 本当良かった。

 カチャカチャと鳴るトレーを持ちながら、乾いた風を無防備な頬で受け止める。溢さないように気をつけながら歩いてシキの家に辿り着いたのに、呼んでも家から返事はない。両手に持っていたトレーを片手で持ち上げてノックをしてみても返事はない。

 まだ寝てるのか、それともまだ戻っていないのか。

 朝食を運んで来たけれど、玄関前に置いて帰っても大丈夫か悩んでしまう。帰ってなければ鳥の餌か生ゴミになりかねない。

 うーんと悩んでもう一度と扉をノックをした。


「おはよう、何か御用?」


 声が聞こえた。後ろから。

 驚いて振り向けばシキがいた。髪はくしゃくしゃで服も所々汚れている。そんなことは気にもならないのか、荷物の入った袋を肩にかけて気楽な格好で立っていた。


「今帰ってきたところ。ギリギリ祭に間に合ったよ」


 笑顔のシキを見るとほっとした。疲れた顔はしているけど、怪我はしてなさそう。

 シキは首を傾げると、私が手に持っている木箱を気にする。


「どうしたのそれ?」

「これ? 今日お祭りの時間まで花月亭はやってないから、朝ご飯どうしたのか気になって持ってきたの」


 シキに我が家の朝食セットをトレーごと差し出せば、シキは上に乗っている紙をペラっとめくる。


「お茶っ葉をネットに入れておいたから、コップにそのままお湯を入れれば飲めるようになってる」

「ありがとう、美味しそうだ」


 シキは家の扉を開けて自分の持っていた荷物を部屋に置くと、私から朝食の入ったトレーを受け取った。


「朝食を頂いたら、これから睡眠を取るよ。お祭りはお昼からだよね。寝過ごしたら少し遅れるかもしれない」


 シキはどこか眠そうにそう言う。それを見て今帰ってきたんだと少しずつ実感する。


「わかった。キツキにも伝えておくね」


 私は頷くと、欠伸をするシキと玄関で別れて家に戻った。







 人が(あふ)れる花月亭の庭の隅で、キツキと並んで壁に寄りかかっている。貰った果実ジュースを飲みながら、コップの隙間から周囲を覗いていた。

 花月亭の庭は子供達の笑い声や大人達のおしゃべりでとても賑やかだ。遠くから笛の音も聞こえる。きっと楽器好きな人が路上で演奏しているのだろう。花月亭もさることながら、庭に置かれていたテーブルセットにも飾り付けはされていた。そして花月亭の庭に隣接する公園にも。ここから見えるもの全てが収穫祭色で、例年通りの風景で私はちょっと安心した。

 動き回る子供達と違って、大人達はテーブルに並べられた鮮やかな料理に舌鼓を打ちながら、今年の収穫について花を咲かせる。例年通りの収穫量だったようで、あちこちから安堵の声が聞こえた。天候被害や大きな病気などがなくて良かった。


 花月亭の中では庭以上の盛り上がりを見せている。花月亭では村長の音頭を皮切りに収穫祭が始まった。だから今は花月亭の中は酔っ払った大人達で賑わい真っ最中である。ちなみに飲みすぎて酔い潰れたり喧嘩した場合は家に強制送還される。

 セウスとはまだ接点はない。今日は花月亭と倉庫との連絡係のようで、時々花月亭で姿が見え隠れするけれど、こっちに近付いてくる様子はなかった。


 果実ジュースを飲み終えたキツキは思い立ったかのように急に移動をし始める。私は慌ててコップにまだ残る果実ジュースを持ちながら後ろをついていく。キツキが速度を落とせば私も速度を落とし、キツキが速度を上げれば私も速度を上げる。ピタリと急に立ち止まったキツキは勢いよく振り向いた。


「ねぇ、この前から何なの? 鬱陶しいんだけど」


 キツキは離れようとしない私を厄介な物を見るような目で睨む。だけど逃げられたくない私はキツキの服の裾をぎゅっと握った。一人にされたくない。


「……何、喧嘩でもしたの?」

「喧嘩……じゃないと思う」

「じゃあ何?」

「…………」


 喧嘩………。私がこの村で喧嘩をするのは一人しかいない。

 どうしてキツキはセウスのことで悩んでいるとわかったのだろうか。

 あれが一体何だったのか私だって知りたい。キツキにこの状況を説明したくても、途中で言葉が詰まってしまって目が下を向いてしまう。

 諦めたのか小さなため息をついたキツキは、わかったよと言って私の頭に手を置いた。


(すみ)っこを陣取るか」


 そう言って私の手を引いて、公園の隅に空いていた席に私を座らせる。

 中心地である花月亭から離れたせいか周囲は遊具で遊ぶ子供数人だけで、人通りもなくて静かだ。


「ここで待ってろ。何か持ってくるから」


 キツキは花月亭へ向かって走り出す。途中何人かに声を掛けられていたけれど、軽くかわしてそのまま花月亭の中へ消えた。


 せっかくのお祭りなのに面倒かけちゃったな。

 私はテーブルに頬を乗せて目を(つむ)る。自分の心の状態も、何に混乱しているのかさえよくわからないんだ。人になんて説明すればいいかなんて更にわからない。事実だけ説明すればいいのだろうか。手にキスをされたって………?

 そんな説明をしたら、それこそ返ってくる答えは私だって大体わかる。

 でも私とセウスの関係はそうじゃない。だからこんなにも混乱しているんだ。

 だけど…………。

 このままで良いはずもなく、せめてキツキにだけでも相談してみようかな。


「おい、さっき面白いものを見てきた」


 瞼を上げれば、キツキが料理が盛られたお皿数枚を持って戻って来ていた。早いな。


「面白いもの?」

「花月亭の前の道で、シキさんが女の人達に囲まれて身動き取れなくなっていて相当困っていたよ。あの人でも苦手なものがあるんだな」


 そういえばお祭が始まってからまだ会っていなかった。そうか、やっぱり女の子達に囲まれたか。


「そうだよね。女の子達が放っておきそうにないもんね」

「さっき目が合ったから、こっちに逃げてくるかもな」

「相当困っている人を置いてきたってことだよね?」

「俺もあの中には飛び込みたくはない。大丈夫だ、シキさんだから」

「何それ」


 キツキは面白かったのか顔が緩んでいる。キツキは料理をテーブルに置くと私と対面するように木のベンチに座った。


「今日は天気が良くて良かったな」


 キツキは空を見上げながら果実ジュースの入ったコップを持ち上げる。シキを見捨ててきたのに爽やかな顔をして。

 …………だけど二人きりの今ならあの事について聞けるだろうか。

 周囲に人はいない。チャンスだ。

 キツキがコップに口をつけた瞬間、私は意気込む。


「ね、ねぇ、キツキ。男の人が女の人の手にキスをするってどういう意味?」

「ぶぅっ?!」


 キツキは口に含みかけた果実ジュースを吹き出す。

 汚いなぁ。


「はぁ?! 急に何?!」


 キツキは口元を腕で拭きながら顔を赤くする。動揺するキツキの目をじーーっ見ながら私は返答を待った。


「え、何。されたの? 相手はセウスさん?」


 なんで相手まで(わか)るのか。当たっていてバツは悪いが、それでも私はキツキから目を離さない。


「はぁ、そうか。………急にどうしたんだろうな」


 本当、どうしたんだろうか私が聞きたい。


「ああ、それでね。うん、そうか」

「なんで納得してるのよ」

「なんでって………そりゃぁ………なぁ……?」

「……?」


 理解出来ない私を残念そうに見ながら、キツキは口をもごもごさせていたけれど、次第に口を閉ざしてしまった。そこから何も言ってくれなくなったから、沈黙が続く。


「ごめん、待たせたね!」


 重苦しい雰囲気の中、爽やかな声が舞い込む。

 二人で視線を向ければ、笑顔のシキが若い女性たちを引きつけれて公園までやってきていた。目の合ったキツキをここまで探して追いかけてきたのだろうか。キツキが言うように、確かに面白いぐらい女の子達に囲まれている。想像していた二人三人ではなかった。

 村のお年頃と呼ばれる女性ほとんどを引き連れているのではなかろうか。その中にミネの姿もあった。


「ごめん、先約があるから」


 そう言ってシキは女性たちを追い返すと、「やれやれ」とキツキの隣に座る。追い返された女性たちは残念そうにシキから少し離れると、同席していた私を見ながらヒソヒソと話していたが、諦めたらしく公園から撤退して行った。

 そういえば以前、番犬してねみたいな事を言われていたが、その番犬の効果はどうやらあったようだ。


「面白かったので、もう少し頑張って欲しかったんですが」

「面白くても見る気はなかっただろう。目が合ったのに助けるどころかさっさと背中を見せたんだからな」


 珍しくシキがちょっと怒ってる。


「なんでキツキは追いかけられないんだよ?」


 シキはキツキを睨む。

 俺なんか誰も相手しませんよとキツキは言うが、シキが嘘言うなと噛みつく。逃げられた事を根に持っているようだ。


「俺の愛想がよくない事をみんな知っているし、ヒカリが近くにいるからかな?」


 そう言いながらキツキが私を指差せば、シキはやっぱりと納得した。それって番犬の役割ができてるって話なのかしら? そんなに私は村では猛犬扱いされているのだろうか。……心外だ。確かに最近、倉庫前で火柱を作ったけどあれは悪魔セウスが原因だ。どうして私の評価が下がるのかと一人ふてくされる。


「それと今日はセウスさんがお祭りの係で仕事してるから、シキさんに雪崩(なだ)れこんだんじゃないですか?」

「やはり、彼が防波堤なのか……」


 キツキの話に納得したのか、シキの顔からすこしずつ怒りがおさまっていくのがわかった。

 顔が良いのも大変そうだ。


「あ、シキさんの取り皿がないな。ちょっと取ってきます」


 キツキは勢いよく立ち上がると、颯爽と花月亭へ向かう。二人でキツキの背中を見送ると、自然とシキと目が合った。確かに、女性に囲まれそうな顔をしている。


「シキはヘタレなんですね」

「………女性の扱いは下手でね」


 シキはバツの悪そうな顔で視線を逸らす。

 私の冗談に真面目に返されてしまったのだろうか。私の言葉もちょと意地悪だったとは思うけど、それでもシキの見た事ない反応に少し笑ってしまった。

 笑われたのが悔しかったのか、シキは逸らせていた視線を私に戻すとムッとする。


「そう言っている自分はどうなの?」

「私はシキみたいに異性に囲まれる事なんてないからわかりません!」

「………嘘だろ?」


 どうしてかシキは目を丸くする。


「……ああ、そうか。彼か…………」

「………彼?」

「あ、いや。……気にしないでくれ。そういえば今日、オズワード殿とノクロス殿は?」

「おじいちゃん達は花月亭の中だと思いますよ。村長とか役のある人は最初は花月亭に集められますから皆で楽しく飲んでいるはずです」

「そうか………」


 シキは花月亭に視線を送るが、扉が全開になっている花月亭の中は多くの村人でごった返している。さっき追い返された女性達の姿もそこにはあった。


「……花月亭の中は危険だろうから挨拶に行けそうにないな」

「また囲まれそうですね」

「だな。後で挨拶に行こう」


 残念そうにため息をつくと、シキは視線を流して周囲の祭りの様子を眺めだす。

 料理と酒と飾りを付けたお祭りだ。シキの目にはどう映るのか。


「賑やかだね。思っていたより村人がいるんだね」

「ええ」


 しばらく二人で祭りに興じる村人達の笑顔を眺めていた。

 その時間がとても心地よく感じる。


「ねえ、シキの住んでいた街ってどんな感じなの? ナナクサ村よりも大きかった?」

「ここよりは緑は少ないかな。あとは建物が大きすぎる」


「兄弟はいるの?」

「兄が一人」


「自分の街でも女の人に囲まれていたの?」

「それは答えられないな」


「帰れなくて寂しくない?」

「ここには君達がいるから寂しくはないよ」


 お祭り効果なのだろうか。普段は聞く事もない事を聞いてみた。シキも嫌がらず答えてくれる。

 シキの言葉で胸が少し暖かくなる。

 なんだろう洗練されていると言うのかな。人との距離をちょうどよく取ってくれるというか。不快感がない。


 シキを見る。

 ほら、優しく笑って視線を返してくれる。それがとても心地良いのだ。

 私は暖かい光の中で、(ゆる)やかに流れるお祭りの空気に酔っていた。


<人物メモ>

【ヒカリ】

ナナクサ村のスライムハンター。変わった能力「魔素」を操る。


【キツキ】

スライムハンター。ヒカリの双子の兄で、ヒカリと同様「魔素」を操る。


【おじいちゃん】

キツキとヒカリのおじいちゃん。


【セウス】

ヒカリにちょっかいを出す村長の息子。村人からの人望は厚い。剣が得意。


【シキ】

東の森でヒカリを助けた銀髪の青年。



<更新メモ>

2025/09/16 加筆修正

2021/06/16 文章の追加、修正

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