村の生活7
セウスが去った後、キツキも強張った表情のまま私達を置いて訓練場を去ってしまった。
珍しく、キツキがセウスに対して怒ったのだ。
セウスの何がそこまでキツキを怒らせたのか私にはわからなかったが、その影響でキツキはあれだけやりたがっていたシキとの練習試合もせずに自ら切り上げてしまったのだから、さっきのセウスの行動がキツキの中では相当に許しがたい出来事だったのだろう。
そのため、この後予定していた魔法の訓練も無くなってしまって今日は訓練が早々に終わってしまった。
シキもこの事態を想定していなかったのだろう。急に時間の空いてしまった私とシキはこれからどうしようかと思案していた。
花月亭に夕食を食べに行く時間としては早すぎる。それに空はまだ明るく澄んでいて、風が柔らかく心地がよかった。私の一番好きな時期だ。
このまま屋内に入るのは実に惜しいし、お腹だって減っていない。それに私の足も治ったことだし、足の調子を確認するためにも少し長い距離を歩いてみたかった。
ならばと、私は横にいるシキに視線を向ける。
「ねえ、シキ。花月亭へ行くにはまだ早いから、案内していない場所に行ってみない?」
「行っていない場所?」
「まだ村の北側に行ってないでしょ? 私もどのぐらい歩けるようになったか確認したいし、散歩がてらどうかな?」
そう提案すると、シキの視線は私の足元へと向いた。
「……確かに、それも必要だね。うん」
シキは納得してくれたようだ。
「では、案内をお願いできますか? ヒカリ殿」
「まっかせて!」
私を持ち上げてくれるシキに応じようと、私は自信満々に胸をトンッと叩いてみせた。
私達は自宅より北へ続く道を歩く。途中で横目にシキの家を見ながら、そのままさらに北へと向かった。村の北側は標高が高いから、緩い上り坂が続く。足にも少しの負担はかかるが、それでも杖が無くてもなんとか歩けていた。
よしよし、だいぶ回復しているな。私は自分の足の状態に満足する。
村の北側は畑の他に牧場も広がる。北門手前にある木造の橋まで辿り着けば、私は弾むような気持ちで振り返った。
「シキ、見て!」
そこから村が一望出来た。
シキも振り返って村を臨む。
「綺麗だね」
横に並ぶシキが目を細めて笑う。
ここは村が一番綺麗に見える場所で、村の全容が手に取るようにわかるのだ。そして私が一番好きな場所。
今登ってきた道を目で追うと、自宅の塔や村長の家、それに花月亭など村の中心部があり、その向こう側に訓練所と工房の屋根が見える。花月亭前から南に続く道は南門につながっていて、その途中に倉庫や鍛冶屋、木工所が畑に囲まれながらぽつんと建っているのだ。
やっぱり、中心地以外は村には点々とした建物しかない。
「村には川が二本流れているんだね」
「あれは北の湖から引いた水路でね。北門近くで分流していて、村の東西に水が行き届くように造られたの。畑のための用水路でもあるし、生活用水でもあるわ」
手を後ろで組み、胸を張りながら説明する。魔物が多発する北の森からおじいちゃん達が命懸けで引いてきた水路だから、私はいつ見ても誇らしいのだ。
「そうか。それで村全体に水が行き届いているんだな」
「おじいちゃん達が造ったんだって、小さい頃から飽きずに自慢気に話していたのをよく覚えているの」
シキは少し可笑しそうに吹きだす。
「そうか、それはすごいね」
「何かおかしかった?」
「いや、オズワード殿が自慢気に話されている姿を想像するとね」
変かな? おじいちゃんの自慢話なんて日常茶飯事だけどな。
「そうか、これがオズワード殿達の成果か。」
シキは感嘆したように声を漏らすと、差し込む夕日の光に照らされた村を眩しそうに見る。
優しい眼差しで村を見るシキの横顔の方が、どうしてか私には眩しかった。
「村には最初は何も無かったっておじいちゃんが言ってたのよ? 本当、村に失礼よね」
私が頬を膨らませながら話すと、シキは可笑しそうに笑う。それがおじいちゃんに対してなのか、私に対してなのかはわからなかったけれど、シキが楽しそうに笑ってくれた事がなんだか嬉しかった。
シキの反応に満足すると、私は再び北を向いた。
「じゃ、沿い道から西側へ行ってみよう」
そう言って私は水路に沿っている小道を指さすと歩き出す。用水路に沿っているから“沿い道”と村では呼ばれている道だが、そこを通っていけば西門近くまで行けてしまう。
水のせせらぎを聞きながら、黄金色の景色を眺めるのはまた格別だ。ゆっくりと動く景色を横目に、隣を歩くシキと他愛のない話をする。門と門を繋ぐ見回り用の小道があるとか、村の収穫祭の飾り付けがもう少しで始まるとか、休耕地の畑や川に落ちていた子供時代の話とか…………。最初は村の話だったのに、最終的には自分の話したいことばかりを話していたような気がする。
シキは相槌を打ちながら聞いてくれていたけれど、聞くばかりで自分の話はしてこなかった。
それが私には少し残念だった。
のんびりと歩けば、東門から西門に真っ直ぐ伸びる村の主要道に辿り着いた。沿い道はまだまだ続いているけれど、空の色が変わってきたからここで大人しく曲がって花月亭へ向かうことにした。
「あっちが西門。で、こっちへ行けば村の中心地。日が暮れ出して来たから、そろそろ花月亭へ行こうか?」
シキは私の指さした西門を視認だけすると首肯した。それを確認した私はどこか名残惜しく思いながらも、西門に背を向けて歩き出した。
花月亭に入ると、珍しくコエダおばちゃんがいた。
円卓に座っていたおじいちゃんとキツキと話をしていたのだが、入ってきた私達を見つけると近づいて来た。どうやら私達を待っていたようだ。
「ああ、待っていたよ。はい、シキ君。外套が出来たから確認させて」
そう言っておばちゃんは手に持っていた濃紺色の外套を広げると、シキの両肩に乗せて形や長さをチェックしていた。外套はフード付きで全身を覆い、長さは膝まである。デザインは私たちが使っているのと大方似ている。
「どうかしら。余り短くしちゃうと冬が大変かと思って。ブーツは別の工房で作っているから、もう少し待っていて。ブーツにももちろんスライムの皮を付与するように依頼してあるからね」
「ありがとうございます、コエダさん。こんな短時間で作っていただけるとは」
「あら、私の仕事は早いのよ? それにミネがシキ君の外套だからって、普段はしない手伝いを大喜びでしていたのよ。もう、おかしくって」
コエダおばちゃんが思い出し笑いをすれば、シキの頬は緩んだ。
「じゃあ、これで納品ね。無事に渡せて良かったわ。私はこれで」
外套を畳んでシキに渡したおばちゃんは、笑顔で花月亭を出ていく。私達はその姿を見送った。
「……いいな、シキさん」
私達のやりとりをテーブルから見ていたキツキは、シキの新品の外套に羨望の眼差しを向ける。
「俺の外套なんかもう膝上だよ。今年は冬を越せるかな……」
などと妄言を吐いている。毎年暖炉の前を陣取る奴が何を言っているのか。
それにしても………。
「キツキ、先に来ていたの?」
「何で?」
「だって、さっさとどっかに行っちゃったから……」
「……ああ、少し用事を思い出したんだ」
「………そうなの?」
本当にそうなのだろうかと疑問は残るものの、それでもそのおかげでゆっくりと大好きな景色をシキに見せる事が出来たから私は満足なのだが。
私達は自然とキツキ達のいる円卓に向かって歩き、空いている椅子に腰をかけた。
「あら、キツキは背が伸びたの? 育ち盛りね。あ、ヒカリ達は注文決まってる??」
私達が入って来たのが見えたのか、アカネさんがひょっこりとテーブルに顔を出す。そのついでにキツキに声をかけたようだけど、当のキツキは面倒臭そうな顔だ。
「ええ、育ち盛りが疾に過ぎたアカネさんにはわからない悩みですよね」
「私はきちんと背が伸びたから良いのよ。大変ね〜、背の高い男性に囲まれると」
キツキの嫌味に、アカネさんはあっけらかんとしている。
アカネさんには悪気はなかったのだろうけれど、アカネさんからの返しにキツキは無言になって頬杖をついてしまった。多分、背の事が気に障ったのだろう。面倒な。
「あらやだ! 私、言い過ぎちゃった? ごめんなさい」
アカネさんは謝るけれど、そっぽを向いたキツキは膨れっ面のまま、アカネさんと目を合わせようともしない。
「そんな子供はほっといて良いよ、アカネさん」
「キツキが言い始めた事だしなぁ」
「…………」
不貞腐れているキツキを尻目に、私とおじいちゃんはアカネさんを庇う。
私どころか、おじいちゃんにも言われたキツキはもう何も言えなくなってしまったようだ。
「えっと、じゃあ注文はこれで良いわね!」
無事に注文を取れたアカネさんは、シキをチラッと見ると笑顔で厨房に戻っていった。
周囲を見渡せば、女性だけではなくて男性陣もシキをチラチラと見ている。新たにやってきた漂流者だけど、理由はそれだけではなさそうだ。これは収穫祭ではお姉様達に囲まれるだろうなと思いながら、周囲の視線に気付かないシキを見る。
「オズワードさん、外套ができたようなので明日からしばらく村の外に出たいと思います。それでお願いなのですが、数日の間、馬をお借りできないでしょうか?」
「数日ですか?」
「ええ。三日は戻らないと思います」
「えっ! シキさん、しばらく村を離れるの?」
「数日だよ。収穫祭が近いんだろ? それまでには戻ってくるよ」
不満そうなキツキの頭に、シキはポンッと手を乗せる。その姿はまるで兄と弟だ。
それでもキツキの顔は不服そうだったが、何か思い出したかのようにポーチを漁ると、取り出したものをテーブルに置いた。
「ヒカリ、これに火魔素を入れてよ」
キツキが取り出したのは割れた魔石。昨日のスライムの落とし物の魔石を四分割したぐらいの大きさだ。よく見ると、昨日の魔石かもしれない。………こやつ、割ったな?
もしや面倒臭がってそのまま倉庫に入れてなかったのだろうか。
気にはなったがキツキが目で急かすので、置かれた魔石を私は握りしめ、入れられるだけの火魔素を魔石に入れた。
「これ、どうするの?」
「シキさんが火の魔素も魔力もなさそうだから。困っているかと思って」
火魔素の入った魔石を私から受け取ると、キツキはそれをシキに差し出した。
「シキさん、これ使ってください。ヒカリが火魔素を入れたから。使い方知っていますか?」
「いや。………魔素が入った魔石は初めてだ」
シキは珍しいのか、目の前に出された魔石をつまむと目の高さまで持ち上げる。そのまま魔石をクルクルと回した。
「衝撃を与えれば火魔素が出て来ます。大きい衝撃なら大きい火が、小さい衝撃なら小さい火が。だから点火ぐらいなら小石をぶつけるだけで十分です。それにヒカリが入れた魔素だから、長く持つと思いますよ」
「へえ」
「止める場合は、魔石全体を握り締めるか、もう一度同じ強さで叩けば止まりますから」
「ふーん………?」
シキはやっぱり気になるのか、またくるくると回しながら魔石を観察する。
「わかった。ありがとうキツキ」
「家で火をつけるのが大変でしたでしょ。この村の人の半分近くは自分達で火をつけるからすっかり忘れていました」
「まあ、暖炉ぐらいなら火打石があったからね」
だけどシキの言う火打石からの火起こしは少し大変で、それに比べれば火魔素は段違いの早さで火を点けることが出来る。
「火魔素なら湿った薪でも燃やせますよ」
「それは野宿する身としては心強いな。ありがたくいただくよ」
シキは嬉しそうに火魔素の入った魔石を自分の腰袋にしまう。
「じゃあ、家での火付けは大変だったんじゃないの?」
火が不足したことがない私はシキに同情の目を向ける。
「まあ、夜のほとんどは花月亭で過ごしていたからね。暖炉も使うことも台所を使うこともなかったから、そう不便には感じなかったよ」
確かにシキは毎夜おじいちゃん達と花月亭で話をしていた。家には寝に帰るだけだとシキは笑う。
「じゃあ、お風呂は?」
そう聞けばシキの目は丸くなる。
「お前、そんな質問するなよ」
「はは。実は水風呂」
「「ええ?!」」
シキの回答に私だけでは無くてキツキも驚く。
「お酒飲んで帰るとお風呂の準備が億劫でね。水風呂で済ませていたよ」
「いや、シキさん。風邪ひきますから、今度からその魔石使ってくださいね」
「本当助かるよ、キツキ」
シキとキツキがワイワイと話をする中、私は一人目を閉じた。
「ん? ヒカリ?」
「……」
私はキツキからの問いかけにもスルーする。自分が始めた話なのに、ただただ気まずい。
「えっち」
「ち、違うから…………!」
キツキから何がと言われた訳でもないのに、私は彼の言葉を否定する。だけどキツキには色々気付かれてしまったのか、奴は気味の悪い笑いを浮かべた。
もう、放っておいて欲しい。
私とキツキのくだらない話なんか興味がないのか、おじいちゃんとシキは明日の準備についてまだ話し合っている。シキの準備は私達がスライム狩りに行くよりも重装備で、数日帰ってこないというだけあって野宿出来る準備を整えようとしていた。
「それでしたら、各所への説明が大変でしょうから私が一緒に回りましょう」
どうやらおじいちゃんがシキの準備に同行することで話がつきそうだ。
二人の話を聞けば聞くほど、シキが明日から数日いなくなるという実感が湧いてくる。それに気がつくと視線は下がり、コップの水に映る自分と目が合った。
明日からどうしよう………。
足は治ったし、村の外でも中でも私にはやる事があって、暇というわけでもないのにどうしてか心は迷っている。それはただ少し物寂しいだけなのかもしれない。キツキもそう思っているのか、残念そうな顔で二人の会話に聞き耳を立てていた。
そういえば、何故シキは馬が必要なぐらい遠くまで行くのか。ふとそんな疑問が頭をよぎる。
おじいちゃんの様子から察するに、おじいちゃんは事情を知ってるようだけど、私たちには何も教えてくれないようだ。
「お待たせ〜」
アカネさんが笑顔と共に温かい料理を運んでくると、自然と食卓の話題は今日の訓練の話に移り変わっていった。
キツキがシキの訓練場での様子を興奮気味に話し出すと、おじいちゃんは嬉しそうな顔で聞き入っていた。シキは恥ずかしそうにキツキにもう良いよと話を止めさせようと頑張っていたが、キツキに止まる気配はない。
…………そういえば。
今日のセウスはなんか変だったな。
そう思ったのはきっと私だけでは無いと思うけれど、キツキがシキの話をする一方で、全くセウスの話に触れない。これは話したく無いのかなと思った私は、この場は黙っていることにした。
翌日、私は工房前の道を一人トボトボと歩いていた。
ミネったら酷い!
朝から彼女の糸紡ぎを手伝っていたのに、お昼前にさっさと私を工房から追い出したのだ。
今日は辟易するぐらいに糸を紡がされていたのに。
さらには労うどころか、「あまり進んでないわね」なんて言い出す始末。そりゃ、ミネの作業スピードに比べたら私が遅いのは認める。それでも大籠を二つも空にしたぐらい頑張ったんだから、もっと褒めてくれても良いでしょうに!
ミネは大好きな染色作業をしたいがために、糸を紡いでいた場所をさっさと解体して、染色用の大鍋や簡易窯を運び入れたかったようなのだ。つまり私は邪魔者。
なんとも勝手なと、私はぐぬぬと拳を振るわせる。
訓練場の前を通りがかると、私は何気に足を止めた。早朝にはいたはずの面影を探すけれど、もう気配すらない。
今朝工房へ向かう途中、おじいちゃんとシキを訓練場で見かけた。
おじいちゃんは私が起きるのと同時に家を出ていったから、相当早くから二人で準備をしていたようだ。その準備をし終えたのか、ちょうどシキが馬に跨がって出発するところに、工房へ向かう私は遭遇していた。
だけど私は声をかけることが出来なかった。
その場で立ち尽くしてしまって、次第に小さくなるシキの後ろ姿をただ見送ったのだ。
しばらく会えなくなるから声をかければ良かった。そう思うのに、あの時はどうしてか出来なかったのだ。
私はおじいちゃんがシキを見送っていた場所で立ち止まっている。ここからシキは東門へ向かっていった。私は振り返って東に視線を流したけれど、もうシキの姿なんてない。乾いた秋の風が枯れ葉を運びながら静かな村を駆け抜けていっただけ。
数日会えないというだけで、心にじわっと広がるこの寂しさは一体何なのだろうか。
ふうっと落ち込んだ自分にため息をついた時だった。
「工房からの帰り?」
不意に背後から声をかけられる。
振り向けば、そこにはセウスが立っていた。考え事をしていたにせよ、いつの間にこんな近くにいたのか。
………全然気付かなかったな。
「うん。そう………」
厄介な奴に会ったなと、セウスから視線を逸らせて地面を見る。助けであった悪魔避けのシキは今や村の外だ。面倒が起こる前に早く家に帰りたい。
「足はもう大丈夫なの? 無理……してない?」
「うん、もう普通に歩ける」
「そうか………」
セウスと普通の会話をしている自分に気がつく。
不思議なぐらいにセウスからはいつもの嫌味が出てこない。
驚いて視線を上げれば、セウスは私をじっと見ていた。
「……………」
どうしたのか、いつもは余計な事しか言わないセウスは無言のまま動かなくなってしまった。だけど視線は私から一向に離れない。
何だろう……。もう用がないのなら、早く帰りたいんだけどな。
セウスはちょうど私が進みたい場所に突っ立ったままだ。そう思っている私も、セウスの進行方向に突っ立っているのだが。
つまりはお互いに邪魔! ということ。
これはもう避けて行こう。最初から素直にそうすれば良いのだ。そう思って迂回するように道の中央から左端へ歩き出す。セウスの横を素通りしようと、真横まで行った時だった。急にセウスは私の腕を掴んだのだ。
嫌がらせかと思って振り向けば、セウスは掴んだ私の右手を持ち上げて、手の平にキスをすると自分の頬に当てた。
一体何が起こったのか。私は自分の目を疑った。
「やっ! 何?!」
振り払おうとしたけれど、セウスの力は強くて簡単には振り解けない。
セウスは私の右手を自分の左頬に当てたまま目を閉じる。
動けない。
目の前の光景が、現実ではないとても異質なものに思えた。
理由のわからない不安を帯びた恐怖が次第に込み上げてくる。
「っやだ!!!」
私が力いっぱい手を振り払うと、セウスは驚いた顔で私の手を離した。一方で振り払った私は異質なものを見るような目でセウスを見てしまう。
一体何が起こったのか。
「だよな………」
セウスは苦しそうな表情を私に向ける。
その瞬間、私は息を呑んだ。
……やめて。
やめて!
目の前のセウスが怖くなった私はその場を振り切ると、一目散に家まで走り、玄関の扉を思い切り閉める。そこから一歩も動けずに玄関扉にもたれると、その場でしゃがみ込んでしまった。
「…………何あれ。…………何なの?」
さっきのセウスを思い出す。
それは私の手を大事そうに頬に当てる姿と、手を振り払った時の顔。あんなセウス、初めて見た。
そんな彼の姿に、私の心臓の音はバクバクと鳴り、呼吸だって乱れる。勝手に涙がハラハラとこぼれ、両手で頭を抱え込むと嗚咽が漏れた。
ただの意地悪な男の子だったセウスが急に激変してしまった事を、私は受け入れることが出来なかった。
<人物メモ>
【アカネ】
村唯一の食堂である花月亭の看板娘。
<更新メモ>
2025/05/20 加筆と変換修正
2025/05/13 加筆(齟齬の修正あり)、人物メモの変更