表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
24/219

村の生活5

 花月亭で昼食をとった後、夕方からではなくそのまま魔法の練習をすることになった。

 何よりもキツキからの強い要望である。

 花月亭ではお昼の忙しい時間だったのにも(かかわ)らず、店主であるエレサさんは持ち込んだばかりのスライムの塩を使った料理を振る舞ってくれた。

 最初は食べることに億劫(おっくう)だったシキも、思い切って食べたところただの塩だと言う結論に至ったようだ。

 そもそも既にシキはスライムの塩を使った料理を初日から食べている。そう思ったのだが本人には黙っておいた。

 その事に気づかないシキは空き地に向かう間、スライム素材に感嘆し続けていた。その横でキツキは満足気だったのだが、何が気になったのかポーチを触りだす。


「あ、今日の落とし物を倉庫に置いてくるの忘れた……」


 浮かれていたのか、珍しくキツキがスライムの落とし物を倉庫へ納入し忘れたようだ。ポーチに入っていた魔石を持ち上げるとキツキは顔を顰めながら沈黙する。


「………明日で良いか」


 どうやら引き返して倉庫へ持って行くのが面倒になったようだ。キツキはそのまま手に持っていた魔石をポーチに押し戻してしまった。







 到着した北の空き地は、夏に育ちすぎた雑草に半分以上を占められたままだった。

 誰に言われるまでもなく、私が風の魔素を操りながら雑草を刈って隅へと片すと、シキはそれを満足気に見る。


「魔素も便利で良いね」


 そう言いながら、広がったスペースの中央まで進むと、陣取るように翻った。


「では、この前見せた魔法円を出す練習からしようか」


 早速だ。

 シキは腰に手を当てながらリラックスした体勢で魔法の講習を始めようとする。軽いな。

 私は杖で体を支えながらの講習となりそうだ。シキ先生にはここで私を座らせるという選択肢は無いみたい。軽いくせに厳しい。


「指に魔力を集中して円を描く。すると魔法円が出来る。魔法の起点みたいなものだね」


 シキが指を軽く回せば、先日見た魔法円が光りながらシキの前に現れる。そのまま連続して回すと、更に二つの魔法円がシキの目の間に出現した。


「君たちの扱える魔素とは違い、魔法は実体が無いものだ。それを実体化させるために魔法円などが必要になる。魔法円を数個作り出してから魔力を放出すると……」


 言葉のままにシキの魔力が放出されると、三つの魔法円は同時に大きな稲妻を走らせる。余りの眩しさに私は目を瞑った。

 そっと目を開ければ、魔法円だけがシキの前に残っていた。


「この通り同時に魔法を出せる。あと中級技だけど、片手から同時に複数の魔法円を出して魔力を放出する方法もある」


 先の説明が終わるや否や、シキは続けて次の説明を始める。シキ先生は軽いし、厳しいし、ペースが早い。説明を聞いていた私の眉間は狭まっていくが、隣にいたキツキは苦とも思わないのか、嬉々とした表情でシキの説明を聞き入っていた。

 説明を続けるシキの右手がゆらりと動いたかと思えば、それぞれの指から五つの小さな魔法円が光る。シキがもう一度手を振れば魔法円が少し大きくなってシキの前に並び、さっきみたいに閃光が走ると魔法円だけが残った。

 シキがくるっと手を回して拳を作ると、全ての魔法円は消える。初めて見た現象に、私は呆気に取られるが、隣にいたキツキはそんな現象さえ楽しいのか、やっぱり嬉々としている。


「じゃあ、やってみようか?」


 こんな短い説明だけで、そんなことをやらせようとは。

 おじいちゃんよりも厳しくないか?

 だけどそんなことを不服に思わないのか、キツキは喜々としたまま見よう見まねでやり始める。

 それを見た私も、抵抗するのを諦めて練習を始めた。


「あ、出来た」


 隣にいたキツキが呟く。横を見ると、本当にキツキの前に光る魔法円が出来ていたのだ。

 流石に早くないだろうか?


「……キツキはすぐに出来そうだなとは思っていたけれど、思っていたよりも、もっとずーっと早かったな」


 キツキが成功したのに、どうしてかシキの表情は浮かない。そして彼の目は遠い。 


「俺は魔法円を安定的に出せるのに半年かかったけど、普通は一年かかるからね」


 シキの遠い目の理由が分かった。自分が半年もかかったことを一瞬でされれば、それは確かに目を細めたくなるかもしれない。

 キツキは魔法円を出せたことを喜ぶかと思っていたのだけれど、どうしてか魔法円を出した自分の右手の手の平をじっと見つめる。しばらく静かだったかと思えば、急に「ふふっ」と彼の口から笑いが(こぼ)れたのだ。怖い。


「おばあさま……」


 そう呟くと、キツキは大事そうに手の平を見つめたまま動かなくなる。そのまま彼から()ぐ言葉は出てこなかった。


 さてさてさて。キツキよりも私だ私。

 魔素を出す感覚とは違うのかな。

 “魔力は魔素の化石”………。誰かそんなことを言っていた気がする。

 魔素は体中の血の巡りから出す感覚なのだが、魔力はその奥からなのだろうか。そう仮定すると、体全体ではなく体の真に問うように集中して指に送り込む。しばらくすると私の指先は光り始めた。そのまま円を描けば、宙に光る円が出来上がる。



 もしや私も出来た??!!



 そう持った矢先、光る円は左右にスライドする。


「ん???」


 一つの円から五つの魔法円が出て来てしまった。いや、そんな仕様は頼んでいない。

 私の目は丸くなる。シキの目も丸い。キツキの視線だけは冷ややかだ。


「ヒカリ。面倒くさいからって一気に出すなよ」

「え、そんなつもりは」

「魔法円には適当な性格も現れるのか。本当ヒカリはどこまでも面倒な性格だな」


 冷ややかな視線のうえに、冷ややかな言葉を投げつけてくるキツキに少しイラっとする。

 信じてもらえないかもしれないが、そんなつもりは全く無い。


「そうか、なるほど。ヒカリの性格では細かい魔法円よりも陣のほうが良いのかもしれないね。小さな調整はまだ出来なさそうだな」


 シキが近付いて私の魔法円をまじまじと見てくる。その台詞からはシキも私がただのズボラな人間だと納得したことが窺える。せっかく魔法円を出せたのに、誰からも褒められない悲しさよ。

 シキはしばらく黙考すると、ついでだなと言って私を見た。


「魔法陣は魔力が弱いと扱えないんだけど、二人は問題はなさそうだからこの際一緒に教えておくよ」


 そう言ってシキは私達二人から少し離れる。


「簡単だよ、さっきの感覚を足元から出すだけさ」


 説明をするシキの足元には両手を広げたほどの魔法陣が薄らと現れ、次第に存在を誇示するかのように浮かび上がった円は光り出す。

 陣の淵からはシキの魔力だろうか、稲光が時々閃光を放つ。

 いとも簡単に魔法陣を出してきたところを(かんが)みれば、シキの言葉を借りると“シキの魔力は弱くない”ということだろうか。


「補足だが、この大きさの陣を足からではなく手から難なく出す人間もいる。そういう相手は魔力が桁外れに強いから、真っ向からやり合うことは避けた方が良い」


 魔法円と魔法陣の違いを聞いたところ、円の大きさと呼び出せる魔力の違いで呼び方を変えているそうだ。

 シキの見本を見たキツキが目を閉じて集中し始めると、魔法円の時のように大した時間も使わずにキツキは足元を光らせた。それは次第に地面に大きな円を描き始める。


「はは。流石だな………」


 褒めながらシキの目は笑っていない。魔法円で半年かかったのなら、魔法陣はどのくらいの練習が必要だったのか。気にはなるがなんだか聞けない。

 キツキには負けていられないと思った私も集中し始める。すると次第に足元が暖かくなる。

 下を向けば陣が浮かび上がっているではないか。出来た! ………と、思い喜ぼうと思ったその瞬間。

 足元に浮かび上がった魔法陣を中心に四方八方に新しい八個の陣が広がる。それだけでもショックなのに、広がった魔法陣は円の端と端が繋がって輪になったかと思えば、足元の魔法陣を中心にクルクルと周り始める。それは踊っているようにさえ見えた。

 それを見たキツキは再び冷たい目で私を見てくる。


「本当にお前は何でも物臭(ものぐさ)なんだな」


 なんでよ。

 冷たい反応の兄が嫌になる。


「なるほど……。ヒカリは本当に力の“調整”が嫌いなんだね」


 シキも腕を組みながら、諦め顔で私の足元にある魔法陣を眺める。

 二人して、私を“考えるのが嫌いなぐうたら”だという結論を出してくれたようだ。


「そうだヒカリ。そのまま足の下に風の魔力を入れてごらんよ」


 風の魔力……? シキからの提案に私にそんな魔力があるのだろうかと悩むが、わからないから魔素でもいっかと思った私は足元に集中する。

 すると、余り力を出したつもりではなかったが、体が簡単に浮いた。


「体全体に風を吹き付けて持ち上げるよりも、魔法陣を敷いてからの方が少ない力で浮いただろう? 体を浮かすのならこっちの方が楽だよ」


 そう言ってシキは笑う。

 キツキは何の話かわからない様子だったけれど、シキは東の森から私を抱えてきた時の話をしているんだろうと自分にはすぐに分かった。体が重いと思われたくなくて、村まで風魔素を細かく放出し続けたのがバレていたという逸話だ。この話はこのままキツキには隠し通したい。


「うん、だいぶ基本を教えられたかな。まだ日が高いから、もう一つだけ説明しておこうか」


 シキは陽が傾き始めた空を見上げてそう言うと、私達から距離を取る。


「魔法円と魔法陣のもう一つの使い道。ヒカリは危なっかしいからキツキ。悪いけど何か魔法でこっちに攻撃してくれるかい? あ、魔力は小さめでね」


 シキがそう言うのならと、キツキはシキに人差し指を向け、言われた通り魔法円から氷塊を出現させてシキ目掛けて飛ばした。

 シキが右手を目の前に出して指を広げると、手よりも二回りは大きい魔法円が出現した。キツキが飛ばした氷弾はシキの魔法円にぶつかるか否かの間合いで、粉々になって消えていった。

 キツキも私も初めての光景に見入ってしまう。


「今のは魔法陣になるかな。魔法(へき)と呼んでいる。対魔法なら相手よりも魔力が強ければ大抵は防げるよ。剣など物理が相手の場合は特段強い魔力が必要になる。ま、この防御魔法は使う場面を選ぶかな」


 シキは自分の手の平を見ながら説明する。


「さ、今日の基本講習はここまでだ。何か質問は?」


 シキは腰に手を当てると、にこやかに先生らしいことを言った。







 日が暮れた後の花月亭は一層活気が増す。

 練習を終えておじいちゃんと合流した私達は、美味しいご飯を口に運んでいた。むぐむぐと食べる私とキツキを尻目に、おじいちゃんとシキはお酒も交えながら今日の魔法の練習について話を咲かせている。


「ええ、おふたりは勘がとても良い。まだ基本ですが、防御魔法まで教えられて良かったです」

「そうですか。シキ殿に見ていただければ安心です」


 目の前で褒められると恥ずかしいけれど、隣にいたキツキはどこか誇らし気だ。

 それにしても………。

 午後の魔法の訓練で気がついたことがあった。


 足が痛くない。


 これがバレたら武術の訓練も始まるのかな。

 魔法の訓練では、シキは畳み掛けるように教えて来たからスパルタな予感がする。集中力の続かない私としては、逃げ出したいタイプの先生だ。


 魔法の訓練のうえ更に武術の訓練とか、逃げる以外私の選択肢は見つからない。

 キツキみたいに向上心が無いのは大変申し訳ないが、かくなる上は足の快癒については極力バレないようにしなければならないだろう。

 出来るだけ引き伸ばすのだ。

 私は一人決意した。


「おい、何考えてるんだ。また変なこと考えてるだろう?」


 キツキは突如として私の心を揺さぶる。


「な、何も」

「その顔は絶対何か企んでる」


 双子って時々嫌になるのは、嘘をついてもすぐにバレることだ。普通の兄妹の比ではない。思考を読み取れる能力でもあるのだろうかと思うほど。私にはキツキの考えている事は時々しかわからないが。


「そういえば、ヒカリ。足は治ったのかい?」


 おじいちゃんと話をしていたシキだったが、私達の会話が気になったのか急に話しかけてきた。しかも外部漏洩をしていないはずの私の極秘情報を指摘しながら。自分の家に泥棒が入ったかのような驚きである。


「ど、どうして……」


 バレてしまったのか。


「魔法陣を使って浮かんだあとに両足でバランスを崩さず着地していただろう? 痛がらなかったから、もう大丈夫なのかなと思って」


 ………良く見ている。本当、怖いぐらい良く見ているわ、この人。


「ううん、まだ痛みがあるよ。まだまだ治ってないよ!」

「そうか、おかしいなぁ」


 私は必死に誤魔化すが、納得をしないシキは視線を落とすと何やら考え込む。


「じゃあ家に帰るにも大変だろうから、同じ方向だし、帰る時にまた抱えて行こうか?」


 シキは満面の笑顔で私に聞いてきた。

 急に何を言い出すのか。抱っこされて帰るとか、ただ恥ずかしいうえに黒歴史として村に語り継がれてしまう。シキは一体何を考えているのか。

 先日のことですら村中に噂が駆け巡って、未だに鎮火されていないのに。

 私の顔は引き攣る。


「いい! 要らない。大丈夫! 本当に必要ないから!!」

「まだ足が痛いんだろう? それなら足は使わないほうが早く治るよ」


 みんなでテンパる私の顔を覗き込む。

 いつから私の周囲はそんなに優しくなったのか。

 私は拳を握りしめ、苦々しい思いで口を開く。


「あ、足はもう痛くないです。………治りました」

「無理しなくて良いよ? そう遠くないし、遠慮しないで?」


 シキの朗らかな笑顔は崩れない。その隣ではキツキが「策士」と呟き、おじいちゃんは可笑しそうに笑っている。私は何かの勝負事で負けたかのように悔しくて、握りしめた手を緩めることが出来ない。


「いえ、治りました。大丈夫です。一人で歩けます………」


 これ以上は誤魔化せないと観念する。

 シキを甘く見ていたのが敗因だ。


「そうか。では、明日は弓の稽古ができそうだね!」


 シキは予想通りグイグイと攻めて来た。

 なぜそこまで私の能力に構うのか。


「わ、分かった………」


 俺も見に行こうかなと、キツキは呑気に見学をするつもりのようだ。おじいちゃんはおじいちゃんで頑張りなさいと私に優しく諭す。

 誰もシキを止めようなんて思ってもいない。

 明日の私の運命は、どうやらこの場で決まってしまったようだ。


<更新メモ>

2025/05/14  修正

2025/05/13 全体的な加筆、人物メモの削除

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ