村の生活3
シキは言葉少なくなり、私の顔を見なくなった。
横を歩くシキの顔を見上げながら、そんなに変なことを言ったのかなと悩みながら歩く。
特に面白い話も、共通の話題もない社交能力のない私は、ただただ口を閉ざすだけ。
魔素をシキに見せた後、私たちは暫く塀に座って沈黙していたが、夕刻で肌寒くなってきたこともあり、座っていた場所から周回する形でおじいちゃんと待ち合わせをしている花月亭へ向かうことにした。足元は砂利と土で出来た道から次第に石造りの道へと移り変わり、村の中央に位置する花月亭まであと少しという所まで来ていた。
花月亭と隣接する道沿いの家の扉が開くと、見慣れた男性が出て来る。背が高くてスタイルの良いその男性は、どこか暗い表情で視線を下げたままだ。だけど足音に気付いたのか、栗色の瞳は地面から私達に向いた。
セウスだ。
セウスは私達に気がつくと眉を顰める。それを見た私も同様に眉を顰めた。
嫌な奴に会っちゃったなと思うけれど、そもそも花月亭の隣の家は村長の家なのだから、セウスが出て来たところで何ら不思議ではない。そう、ただ偶然出会ってしまった私の運が悪かっただけ。
セウスは渋い顔のまま、こちらへと近付いて来る。
「………村を案内していたの?」
「うん、これから花月亭で夕食」
「そう」
セウスは無愛想な言葉を返すと、シキを一瞥して私達が来た方向である東に向かって歩いて行ってしまった。東門にでも用事なのだろうか。セウスに警戒をしていた私は拍子抜けをしてしまう。
どうしたのだろうか。
まさか今日は新顔さんがいたから珍しく絡んでこなかったとか?
そう考えると、私の顔は見る見る明るくなる。
なんとも平和! 楽ちん!!
今までセウスの厄介さに悩まされてきた私には吉報でしかない。セウスが避けてくれるのならば、しばらく新人さんの案内係をするのも悪くない。
いつもなら、何かしらの一悶着が発生しないと奴はいなくなってくれないのに。
「ああ、彼に嫌われちゃったようだね」
シキは振り返りながら、遠ざかるセウスの姿を目で追う。何故シキが嫌われるのか。
「彼が嫌ってるのは私だから、心配しなくて良いですよ。私以外なら誰にでも愛想が良いですし」
私の扱いだけがとんと違う。そう答えれば、シキは不思議そうな顔で私を見た。
「どうしたの?」
「いや、世の中には俺の知識だけでは理解出来ないことが意外と多いなと思っただけだよ」
さっきの魔素の話だろうか。シキの言葉の意味がわからずに私の足は止まってしまう。
「行こうか?」
止まってしまった私を見ながらシキは花月亭を指差す。
彼の言葉がすっきりとはしないものの、促された私は花月亭に向かって再び歩き出した。
シキは腕組みをしながら、目の前に座るキツキの手をまじまじと見る。もはや睨んでいるようにしか見えないその目を、これでもかってぐらいキツキの手に近付けていた。
時は日没。賑やかになりつつある花月亭のテーブル席で横並びに座る二人だが、あまりの異様な雰囲気に、周囲のお客さんも一体何をしているのかと不思議そうな顔で二人の様子を窺う。
「これ、本当に? 手品じゃなくて?」
「手品とは?」
シキからの疑いに、キツキは不思議そうに呟く。
キツキの右手の指には数種類の花。そして指と指の間には葉や蔓が伸びている。地魔素の一つである植物の要素を取り出してキツキはシキに披露していた。
シキの反応が良かったからなのだろうか、キツキは指に咲かせていた花を消すと、魔素で新たに蔓を作り出し、数本の蔓を編ませていく。その早技にシキも呆気に取られていた。蔓で出来た網をキツキから渡されると、シキは感嘆の声を漏らす。
「うわぁ……」
同席しているおじいちゃんとノクロスおじさんは、そんなシキの様子を生暖かい目で見守る。
「手品ですよ」
手に出した魔素を消しながら、驚いているシキにキツキは適当な事を教える。
「こら、キツキ。シキ殿に適当な事を吹き込むんじゃない」
「すみません、ノクロスさん」
キツキはノクロスおじさんに軽く頭を下げる。
だけどシキは二人のやり取りが聞こえていないのか、キツキから渡された網に夢中だ。
「これがヒカリの言っていた“魔素”か。消えないんだな」
網を触りながらシキは感動する。
どの話かは思い出せないけれど、そうそれが魔素で作った網。
「体にある魔素を溜めて出していると言えばわかる?」
「わかるような、…………わからないような」
どちらかと言えばわからないと、シキは網をテーブルに置くと再び腕を組んで上を向いてしまった。そのまま悩まし気に目を閉じて考え込んでしまう。
「魔力で作ったものは、魔法円や魔法陣を通して一時的に実体化させるだけで、円や陣を消すと消えてしまいますが、魔素は実体がある物質を作り出すのです。魔素で作ったものは術者が壊すまでは実体が残りますし、もしくはそのまま残ります。残した場合はもう自然の一部と言っても過言では無いほど見分けが付かなくなるのですよ」
悩んでいるシキに助け舟を出すかのように、おじいちゃんが説明を入れる。
それでもまだ消化出来ないのか、シキはぼうっと周囲を見回していると、丁度エレサさんが料理をしようとしてコンロ下の炉に魔素で火をつけているところだった。その様子にシキは眉間に皺を寄せる。
「……本当にこの村の人は、魔素というものを持っているのですね」
「ええ。この子達ほどではないのですが、さまざまな属性を少しずつ持っていますね。生まれて来る時には持っていない子が多いのですが」
おじいちゃんとシキの話している意味はあまりわからなかったけど、大人しく話を聞いていた。そろそろ魔素について理解してくれたかな、なんて思っていたけれど。
「衝撃的すぎる」
シキは現実逃避するが如く、また上を向いて目を瞑ってしまった。
どうやら理解はしつつあるが、まだまだ納得は出来ないようだ。
「じゃあ、シキさんの言う魔力と魔法って何?」
キツキが質問すると、上を向いていたシキは気がついたかのようにキツキの顔を見る。
「シキでいいよ、キツキ。魔法っていうのはね……」
シキは姿勢を正すと、顔の前あたりに指で小さい円を描く。
何もなかったそこには模様の入った光り輝く円が現れると同時に、円の全面にバチバチと稲妻が走っているのが見える。
「こういった魔法円や陣……陣と言うのは大きい魔法円のことなんだけど、それに魔力を入れて実体化させる方法のことだよ」
「面白い」
淡白なキツキが珍しく人の話に喰らいつく。
「こうやって魔法円があると………」
今度は連続して数個の小さな円を描くと、描いただけの魔法円が出来上がり、横一列にシキの前に並ぶ。細かい雷に前方を守られているように見える。
「同時に多方に魔法を出せる。戦闘の上では大切な戦術だ。それぞれが持つ魔力の大小で一度に出せる魔法円の大きさや数は変わるけどね」
「すごい………」
キツキは子供のように目を輝かせながらシキの出した魔法円に魅入る。珍しい。キツキが何かに夢中になるなんて最近はなかった。色々出来すぎるせいか、何事にも淡白でつまらなさそうだったのに、残りの人生でこんなにも可愛いキツキを見ることはもうないかもしれない。
シキが手をクルッと回して握り拳を作ると、目の前にあった魔法円は消えてしまった。
「と、いうわけさ。魔法を作り出す魔力は生まれつきのものだし、継承など特例が無い限りは変わることはない力だ。これで魔法のことを少しは分かったかな?」
キツキはコクコクと満足気に頷く。どうやら納得したようだ。
そんな折、アカネさんが「お待ちどおさまー」と元気に料理を運んで来た。
今日はみんなが勢揃いのうえにシキもいるからか、取り分け用の大皿料理をいくつか頼んだようだ。
アカネさんが手際良く料理やら取り皿やらを配っていく。
アカネさんはシキの近くに行くと嬉しそうにじっとシキを見入る。私はその視線にどうしてか少しだけもやっとした。
「アカネさん。あとは俺がやりますから、料理を置いたらさっさと戻ってください」
「あら、キツキ。珍しく気が利くわね」
「何を言っているんですか。俺はいつでもどこでも気が利きますよ」
「そうねぇ。料理が出来ないんだから、気ぐらい利かないと駄目よね。ヒカリもそう思うでしょ?」
アカネさんは私にウインクするが、二人の謎な小競り合いに私を巻き込まないで欲しい。
「ああ、だからアカネさんはとても気が利くんですね」
「むっ!」
キツキがアカネさんに横槍を入れる。それはアカネさんも料理が出来ないって隠語。
キツキからの反撃に、アカネさんの顔は強張る。周囲から見れば料理が出来ない者同士がいがみ合っているだけの図だ。
今日も仲良が良いな、この2人は。
そう思っていると、二人を眺めていたシキが不思議そうな顔で私に身体を近づける。
「仲良いんだね、この二人」
「あー………、そうですねぇ」
見たそのままなのに、言葉にされた私はどこか気まずさを感じて、苦笑いをしながら返事を濁す。
だってキツキには違うって怒られそうだから。
「あ………」
油断をしていたのか、普段通りの姿をシキに見られてしまったアカネさんは、キツキに反撃もせずに恥ずかしそうに顔を隠しながら厨房へと戻って行った。そんな彼女の姿をキツキはどこか勝ち誇った顔で見送ると、満足気に食事を取り分け始めた。本当、この二人は毎回毎回何の勝負をしているのだろうか。
「ねえヒカリ。訓練所での話の続きだけど、足が動かなくても手が動けば魔法は使えるからさ。まずは魔法の練習から始めてみる? 明日は俺は村の外に行ってくるから、明後日から練習しようか?」
シキから急に話を振られた私はビクッとする。
「え?! 練習ってさっき見せてもらった魔法の練習??」
「そう」
どうして急にそんなことをシキが言い出したのかと考えを巡らせれば、訓練所で無駄な使い方をしているとか何とかと指摘されたなと思い出した。
私は魔素だけで問題ないと思っているのに。
助けを求めるかのように視線をおじいちゃん達に向ければ、どうしてか二人して知らん振りだ。
「えっ?! それはヒカリだけ魔法をシキさんから教えてもらえるってこと? ズルイ!」
そっぽを向いた二人とは打って変わり、サラダを食べようとしていたキツキは急に私達の会話に入り込んでくると、かまってもらえない子犬みたいな表情をシキに向ける。シキはそれに一瞬戸惑った様子だったが、急に好都合かなと態度を変えた。
「キツキもやりたいのなら、時間を決めようか」
「うん!」
キツキは大きく頷く。
「キツキは毎日昼過ぎまで北の森にいかなきゃいけないんだろ? それなら借りている家の前が空いているから、夕方そこで一緒に勉強するかい? 君たちの家からも近いし」
シキが練習場所に指定したのは、家の北側にある空き地。そこを挟んでシキの住む家までの間には何もない。つまり、シキとは距離のあるお隣さんということでもある。
シキが勉強会の条件を提案すると、キツキは目を輝かせる。ここまで反応がわかりやすいキツキは珍しい。
私に対しては素知らぬ顔をしていたおじいちゃんとノクロスおじさんも、珍しいものを見るような目でそんなキツキを見ていた。
お酒を飲む大人達を花月亭に置いて、私とキツキは家へと帰って来ていた。
すでに就寝準備も済ませてベッドに横になろうとしている。
「ねぇ、キツキ」
「…………」
部屋を区切っている衝立越しにキツキに話かける。
キツキからの返事はなかったが、寝た様子はなかったので話を続けた。
今日あった出来事でどうも腑に落ちないことがあったのだ。
「どうしておじいちゃんは、魔法円とか魔法陣のことを知っていたのかな?」
「…………」
待ってみたがキツキからの返事がない。寝てしまったのかな。
諦めて寝ようかと思った時に、隣から声が聞こえた。
「おじいさまとノクロスさんとシキさんが同郷だからだろ」
同郷。
同じ地域の出身という意味だ。
「え、同郷?!」
思わず上半身を動かしてしまい、足も一緒に動く。不意に動いたが足がまだ痛いことを思い知らされ、苦悶の表情でベッドに引き戻される。
「なんで知っているの?」
「あの三人が初めて会った時を見ていたか? 三人して同じ作法で挨拶をしていたのを。この村では全く見たことがないだろ」
そういえば、手を前にして頭を下げていた。ナナクサ村だと握手をする。
「もしかしたら、ここ以外はそういう挨拶なのかもしれないよ」
「ここ以外が何処にあるかは知らないがな」
「そうだねぇ」
確かにおじいちゃんとノクロスおじさんは、シキが理解出来ないと言う度に補足を入れていた。シキの“わからない”の何がわからないのかを理解出来ていたということか。ややこしい。
同郷なら常識的知識を共有できているのかもしれない。そう考えるとおじいちゃん達もここに来たときは相当困惑したのだろうか。
「なんでそれを私とキツキに教えてくれなかったんだろう?」
「さあな。言う必要がなかったか、言えない理由があったか、だろ?」
言えない理由……。って何だろう。
「必要があれば、そのうちおじいさま達から教えてくれるだろう。だから聞くなよ、そんなこと」
キツキはもう寝ると言うと、それから声は聞こえなくなってしまった。
言えない事、ねぇ。
私は薄暗い部屋でしばらく考えると、眠気に負けてゆっくりと目蓋を閉じた。
<更新メモ>
2025/05/13 全体的な加筆、人物メモの削除
2021/06/14 文章修正