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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第三章
216/219

戻る日常と残る不安3

 豪華な料理に彩られたテーブルを囲いながら上品な笑い声が聞こえてくる。長細いテーブルの上座には陛下が座られ、俺とヒカリはそれに続くように席が設けられていた。完全なる上座。だって将軍よりも座る席が陛下に近い。


「キツキが回復した事、誠に喜ばしい。そして此度の皆の働き、心より感謝する。キツキの快気を祝して、乾杯」


 陛下からの言葉で始まった食事会は二十人ばかりで、豪華ではあるがそう大きな食事会ではなかった。席を見回せば、俺たち以外に今回の俺のライラ行きを手伝っていた文官や武官達も招待されていて、ほとんどが見知っている顔だ。労いの言葉を(かんが)みれば、ここにいる招待客は俺がライラに居たという事情を知っている人達ばかりなのだろう。

 そして俺の快気祝いでもあるようだが、多くの貴族を呼んでの晩餐会ではなく内輪だけの食事会に留められたのは、今回の対応を大々的に公表する事が出来ないからなのかもしれない。


 目の前にはヒカリ。その隣にはシキさんに似たランドルフと名乗っていた男が座る。

 彼がヒカリに好意を抱いているのは一目で分かった。ナナクサ村で何度もヒカリに向けられていた熱の籠った眼だったから。そんな男が陛下主催の食事会でヒカリの隣に座る。どうしてなのか。

 承諾しかねるこの状況を消化出来ずに、隣に座る男にこっそりと声を掛けた。


「おい、カロス。これは一体どういった席順だ?」

「見ての通り、主賓をお招きしての内輪な食事会ですよ」

「それは知っている。聞きたいのはヒカリの隣にいる男だ」

「彼はリトス卿がお許しになられたバシリッサ公爵の直属の護衛です」

「それも聞いた。どうして関係無さそうな護衛の彼も招待客なんだ?」


 そう聞けばカロスはしばらく押し黙る。


「なんだよ?」

「……彼は名門クラーディ公爵家のご子息ですよ」

「クラーディ?」


 さっきのヒカリとの会談でそんな名を名乗っていた気もする。

 どこかで聞いたことがあるなと考えれば、スライムの証明にいた男性を思い出した。彼は半分は白髪だったが、銀髪でもあった。確かシキさんのお母さんと兄妹だと言っていた。

 と、いうことは……?


「もしや彼はシキさんの?」

「ええ。彼はラシェキスの従兄弟に当たりますね」

「どうりで似てると……」

「性格は全く違いますけどね」


 シェリーとは違い、母方の従兄弟とシキさんは似ている。


「それで、どうしてヒカリの隣に?」

「…………」


 そう聞けばカロスはダンマリだ。そうなれば余計に気になるじゃないか。

 もう一度カロスに問いただそうとすれば、目に付いたのか陛下の視線は俺に向いた。


「キツキ、ライラからは陸路で戻ってきたそうだが、急な席で申し訳なかったな。疲れなどは無いか?」

「あ、……はい。帰城のご報告が遅れまして申し訳ありません」

「よいよい。そう改まってくれるな。キツキが元気であれば、私への報告など後でも良いのだ」

「え?」

「なに、カロスが全部報告してくれるからな」


 陛下は笑顔で俺の疑問に答える。隣を見れば、カロスは素知らぬ顔で食事を再開していた。


「ただ、これ以上の無理はしてくれるな。特に貴殿の皇太子の儀を予定している来年の春までは特段、身体にも周囲にも注意を怠らないで欲しい」

「……はい」

「皇太子の儀だが、それまでに……」


 陛下はご機嫌で話を続ける。

 俺が皇太子になる。ここへ来てから再三言われている現実味のない話に、俺は耳を塞ぎたくなる。

 今日の食事会に皇后陛下の姿はない。そしてその事について、ここにいる参加者は誰一人として口には出さない。

 だけど、陛下の第一子であるトルス皇子が反乱を企てたことにより、皇后陛下は原因である俺との接触を避けているのかもしれないと考えてしまう。

 俺がおばあさまの孫で初代皇帝似(アフトクラート)だという事もあるのかもしれないが、国内が乱れてしまっている今の状態で、どうしてここまで急いで俺を皇太子にしようとされているのか。貴族からの信用だって皇太子としての勉強だって足りていない俺だ。それなのに、あまりにも強引という言葉が相応しいと感じてしまうほどの強い流れに、俺は心のどこかで納得をしていない。

 俺達の存在が帝国に歪みを与えている。

 その不安が拭えずに、俺は目を伏せてしまった


「……キツキ?」

「は、はい」


 考え事をしているのがバレてしまっただろうか。陛下からの呼びかけに俺の意識は戻ってきた。


「キツキが先ほどから気にしている、ヒカリの隣にいる子息だが……」


 俺が気にしているとバレてしまっているようだ。

 俺と目を合わせていた陛下の視線は、俺からランドルフに向いた。


「彼はクラーディ公爵家の三男で名をランドルフという。国内指折りのクラーディ騎士団の副団長であり、そしてヒカリの婚約者候補であるから、キツキには顔を知っておいて欲しい」

「………………はい?」


 俺は頷かなくてはならないところで、思いっきり疑問形で返答する。

 ひかりの婚約者候補という言葉に俺は焦る。だがそれよりも焦るのは、俺よりも反応しそうな話にカロスが何も言わずに淡々と食事をしている事だ。

 もしやこれはカロスが承知している話なのだろうか……。

 あのカロスがか?!

 嘘だろう??

 俺の心臓は爆音を立てる。


「おや。キツキは人の顔を覚えるのは苦手か?」

「い、いえ。顔を覚えるのは問題ありません。ですが、ヒカリの婚約者候補とは一体何の話でしょうか?」


 陛下にそう聞いたのが悪かったのか、周囲は各々の雑談をピタリと止めて、視線を俺達に集中させる。

 俺の快気祝いであるようだが、どうやらこっちも本題のようだ。ヒカリの相手なのだから帝国としては大事な話だろうに、周囲は驚くどころか静かに固唾(かたず)を飲んで俺と陛下の話に聞き耳を立てている。

 そしてカロスは口も挟まずに静かに食事を続けている。それが本当に怖い。

 この様子では俺以外はこの話を知っているってところだろうか。

 当の本人であるヒカリでさえも、俺から目を逸らせはするが、動揺はしていない。

 一体どうなっている?


「本当は早くに私から説明すべき話だったのだがな。キツキは帝都に来てすぐに西へと飛び立ってしまったから、落ち着くまではと説明する機会を逃してしまった。ようやく落ち着くかと思えば過日の事件だ」

「陛下には大変なご心配を……」

「あーよいよい! キツキが謝ることは何一つない。全ては我々の不備と油断からだ」


 心配かけたことを謝ろうとすれば、陛下の強い声に止められてしまった。


「婚約候補の話だが、少し長い話になってしまう。……そうだな、食事をしながら昔話だと思って聞いていてくれ」

「はぁ……」


 昔話?

 不思議に思いながらも、俺は勧められたまま食事を再開し始める。


「その昔、ライラ皇女の婚約者であった彼の父親である………」


 だが陛下の口から語られていく昔話が進むにつれて、次第に俺の手は止まり口も止まる。最終的に俺はカロスのように冷静に食事するどころか、岩のように動くことすら出来なくなってしまっていた。







 翌日、俺はカロスの執務室を訪れた。昨日の話に引っかかる点があったからだ。


「お呼びいただければ、私から伺いましたのに」


 そう言いながら、今日も輝かしいカロスは秘書を伴って部屋に入ってくる。


「お前はいつ会ってもキラキラしてるな」

「魔法は使っておりませんが?」

「そういう意味じゃない。まあいい。昨日の話について確認しに来た」

「確認、ですか……」


 カロスは嫌そうな表情を浮かべる。今ではなくて、昨夜の食事会でそういう顔をしろよと俺は言いたい。

 そんなカロスは側にいた秘書に小声で何かを指示すれば、指示を受けた秘書は翻って部屋から出ていった。


「それで、確認したい事とは?」


 そう言いながら、カロスは向かいの椅子に座る。


「そりゃ、一つしかないだろうよ」

「昨日の密約の件ですか?」

「そうだ」


 カロスは小さなため息をつきながら、眉間を指で摘む。嫌な話なのはわかるが、俺だって嫌な話だ。だけど放っておけば大変なことになりそうだと、確認のためにカロスの執務室へと朝からやってきたわけで。


「昨夜は陛下が大層反省されておりましたよ」

「反省?」

「あの話は食事中ではなく、食後に別室ですれば良かったと」

「はは……」


 あの後、衝撃的な話に俺は食事が喉を通らなくなってしまい、珍しくも食事を残してしまったのだ。その後も部屋で悶々と考え続け、今日は少しだけ寝不足である。

 だけど全てが悪い状況ではない。その密約についてはセウスさんの活躍で止まっているとも聞いた。さすがはセウスさんだと、俺は心の中で(こぶし)を高らかにあげてセウスさんを讃える。


「ですが、この話については当事者であるクラーディ公爵からあなたへ説明するよう、再三要請されておりましてね」

「……だから、あの席にその息子がいたって訳か」

「その通りです」


 俺の快気祝いであったあの席で、唯一違和感があった人物だったからな。密約を俺に説明したことを証するために、クラーディ公爵の子息である彼を同席させたのだろう。


「あなたが寝ている間に、この話を止められなかった事については申し訳なく思っておりますよ」

「約束してしまったものは仕方ないだろう。しかも俺たちが生まれるずっと前にだ。カロスのせいじゃない」


 そう答えればカロスは目をぱちくりとさせる。


「おや、ご理解いただいているようですね」

「止められそうにない話だから、余計に確認をしておきたいんだ」

「確認?」

「ああ。あちらはヒカリの相手がクラーディ家の血縁であれば納得するのか?」

「それはご当人であるクラーディ公爵次第にはなりますが、今の状況を考えればそうでしょうね」

「そうか……。密約を反故にすればどうなる?」

「北の守護神であるクラーディ家と帝国が決裂する事態に発展する可能性はあります」

「決裂……」

「表向きは北部の地方統括ですが、彼等は帝国にそのような役職が出来るずっと前よりも大昔から北部を統治し、様々な災難から北を護ってきた一族です。ライラ殿下とクラーディ家の婚約については皇族から持ちかけた話でもありますし、非のないクラーディ家に婚約破棄を突きつけたのもまた皇族です。ご本人からすれば、彼の人格をも歪めたほどの不本意な破棄と密約でした。ここでその密約の履行に乗り気である彼の意思に背けば、北部を掌握しているクラーディ家が反旗を翻す事態になっても不思議はありません」

「………反旗を翻されると?」

「西部南部に広がる砂漠の影響で、北部からの食料に頼っている国内への打撃もさる事ながら、軍事力も帝国軍とは引けを取りませんから、内戦になれば大打撃なんてもんじゃ無いでしょうね」


 おばあさまが関わる話だとしても、ヒカリの相手一人でそんな話になるのかよ……。


「なんて厄介な」

「ええ。厄介であり、とにかく軽視が出来ない」

「それで、お前は黙っているのか?」

「ええ。黙ってはおりますよ」


 あっけらかんとカロスは答える。ヒカリが絡めば建物だって平気で壊すこの男が、ここまで冷静とはなんとも怪しい。これはもしや……。


「黙ってはいるけれど、手は出すってことか?」

「……さあ、どうでしょう」


 ああ、わかったぞ。

 表では静かにするけれど、裏ではそのつもりは無いってことだな?


「………わかった。お前の行動については口を挟む気は無い」


 むしろ、表立たずに状況を荒立たせて欲しいぐらいだ。


「それはありがとうございます」

「ただ、俺としては少し調べたいことがあるから、あとで貸して欲しいものがあるんだ」

「貸して欲しいものとは?」

「それは…………」


 俺の答えに、カロスはあからさまに嫌そーーーーーな顔をした。


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