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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第三章
214/219

戻る日常と残る不安1

 体の沈むソファーに腰を掛けた俺は、気に入っていたメガネを手に持ちながら、そのレンズを通して目の前の男を見る。ぐねんぐねんと湾曲する全く笑わない男を目の前に、何だか興醒めてしまった俺はメガネをテーブルの上に置いた。肘置きに体重を乗せて不満と言わんばかりの顔をすると、目の前の男に注視する。髪も瞳も肌も宝石のように輝いて見える彼はやっぱり同じ人間には見えない。


「そう怒るなよ」

「怒ってなどいませんよ」

「じゃあなんだよ?」

「呆れているのです」

「呆れ?」


 目の前の男が少しでも首を傾げると、輝くばかりの黒髪は流れるようにサラサラと動く。俺の癖の強い髪ではああはならん。


「私が良いと言うまでは帝都には戻らないようにと申し上げていた事、もうお忘れになられたのかと」


 さっきまで無表情だった男は少しだけ口角を上げる。俺の背中はヒュッと冷えたのだが、その横からは彼の秘書らしき男性がその顔に恐れることなくお茶を机に静かに置いていく。どうやらカロスの圧には慣れているようだ。

 ……じゃなきゃ、こいつの秘書なんてやってられないよな。

 俺はそれに納得すると、置かれたお茶から視線をカロスへと戻した。


「それは……」

「ライラへ行ってみれば、食堂は(もぬけ)の殻。いえ、代わりがリヴァイア城から来ていましたから、運営はされていましたけれど」


 どうやらライラで指揮官を任されたゲオルグが、影響が出ないようにと食堂に人を派遣してくれたようだ。


「良かったじゃないか」

「良くはありません」


 カロスは隠すのも面倒になったのか、とうとう呆れ顔になる。


「そういやさ、エリーとサリーは? 食堂にまだいるの?」

「エリー? ああ、シェリー嬢達のことですか? 彼女達は家へ帰っていただきました」

「帰った? そういや、エリーの家ってどこなの?」


 俺は目の前のお茶の香りに抗えずに、手を伸ばすと口をつける。


「ポース公爵家です」

「ぶふぅっ!」


 飲み込もうとしたお茶は俺の口の中で反乱を起こす。


「コホコホッ!」

「公爵家のご令嬢なので、長期の留守は出来ませんでした」

「はあ?! エリー、ご令嬢なの??」

「ええ」

「ええ、じゃねぇよ! はっ! まさかサリーも??」

「サマンサはシェリー嬢付きの侍女ですが、ご実家は男爵家です」

「どちらにしても貴族じゃねえか!」

「そうですね」


 驚く俺とは違ってカロスの反応はイマイチだ。

 帝国へ来てからだいぶ経ったためか、貴族というものが何となくわかってきていた。そして公爵家という立場も。彼女達の立場では、アカネさんみたいに食堂で看板娘をしないってことも理解している。


「何でそんな大層な家のご令嬢を食堂の手伝いとして連れてきたんだよ!」

「何を言いますか。この帝国にあなた以上に大層な人間なんていないでしょう?」

「俺はいいのぉ! 俺は!」


 森と村育ちだ。

 そんな土まみれで生活していた人間じゃないのだから、慣れない環境で労働するって大変だったんじゃないかと、俺はここへきてようやくエリーの心配をする。

 確かに俺のせいで人員の補充は必要になったけれど、だからって食堂の人材不足の補充に公爵家令嬢っておかしくないか??

 それなのに目の前のカロスはお茶を一口飲むとクスリと笑った。


「彼女達は良く働きました?」

「あ、……ああ。そりゃ、めちゃくちゃ働いていたけど」

「楽しんでいましたか?」

「………………そりゃ、楽しそうではあったが」


 そう聞かれて思い出してみれば、シャリーはケントと喧嘩をしながらもサリーと一緒に元気に動き回っては良く笑っていた。外へ出れば暑いと文句を言いながらも、道に立ち並ぶ店や露店を珍しそうに覗き込んでは、興味深そうに見ていた。


「それはよろしかった。シェリー嬢達はリシェルが連れてきたんですよ」

「リシェルさんが?」


 俺はてっきりカロスが連れてきたのだと思っていたのだが。


「どうしてリシェルさんが?」

「……ポース公爵の名に聞き覚えは?」

「えっと………」


 俺は視線を上げる。


「すぐに答えられないだなんて、まだまだですね。せめて帝国貴族の最たるものは覚えてくださいね」

「……俺、帝国に来てからまだ一年も経ってないけど?」


 しかもその内の数ヶ月は休養だ。人の名前どころか、地理だって怪しい。


「ポース公爵家の祖は先々帝の第二皇子になります」

「先々帝の? じゃあ、おばあさまの?」

「ライラ殿下の兄にあたられる方です。そしてその第二皇子のお子が現ポース公爵とへーリオス侯爵です」

「え?! ヘーリオスってまさかシキさんの?」

「お察しの通りです。現ポース公爵とへーリオス侯爵は御兄弟になります」

「へぇぇぇ〜」


 つまりはシキさんの叔父さんとお父さんってことだ。

 シキさんが関わる話に、俺は前のめりになる。


「ん?? 待てよ。じゃあエリーとシキさんって、……まさか?!」

「ライラから戻られたのですから、エリーではなくシェリー嬢と。そうです、お二人はお従兄妹(いとこ)ですよ。リシェルとも」

「シェリーとシキさんが従兄妹同士ってこと?! 全然似てねぇ!!」


 外身も中身も。

 思いがけない事実に衝撃を受けた俺は、思わず立ち上がりそうになる。ハッとした俺は冷静になると、椅子から浮いてしまった腰をゆっくりと降ろした。


「シェリー嬢には現皇族の特徴が良く現れていましたでしょう? 二人が似ていないのは、ヘーリオスの子息達は皇族よりもクラーディ家の血が色濃く出てしまっているからですよ」

「そういや、確かに」


 シェリーを思い出せば、彼女の特徴は確かに俺との方が近い。


「シェリー嬢は常々家出をしたいとおっしゃっていたそうでして」

「待てよ。まさか、家出を手伝ったって話じゃないだろうな?」

「その通りです」


 カロスは平然と答える。


「……なんで家出に協力しちゃったわけ?」


 衝撃的な話に動揺を見せないカロスに俺だって呆れ顔になってしまう。

 そもそも従兄妹だとはいえ、公爵令嬢であるシェリーを食堂の手伝いに駆り出したリシェルさんの行動も謎だ。


「ポース公爵家はシェリー嬢に対して少々過保護でしてね。特に御嫡男が」

「御嫡男?」

「彼女の兄に当たる男です。シェリー嬢はご性分もあるとは思いますが息苦しい環境が特に嫌で、時々外へ逃げようとなさるのですよ。それならとリシェルがポース家の使用人達を言いくるめてシェリー嬢を連れ出したって訳です」

「ご家族は大丈夫なの?」

「リシェルはポース公爵一家からは信用を置かれていますから、大丈夫でしょう」

「そういうものなのか?」

「下手に単独で家出をされるぐらいでしたら、リシェルが関わっていた方が安全でしょう?」

「………そりゃ、そうかもしれないけれど」


 俺は納得しきれはしなかったものの、どこにも被害が出ていないのなら良いのかなと、カロスに説き伏せられてしまう。


「シェリー嬢達についてはご納得いただけましたか?」

「ああ。納得というか、衝撃だったがな」

「では、今度は私から質問をさせてください」

「何だ?」

「どうして私の許可なく陸路で戻ってこられたのですか?」

「………………」


 目の前のカロスは落ち着いているようには見えるが、目は怒りに満ちている。俺の身勝手は知っているはずなのに、それでも今回のことは相当に怒っているようだ。

 俺はそっと視線を横へと逸らすと、後ろに立っていた男に質問した。


「だそうだ、アデル。どうしてカロスに俺の帰宅連絡が届いていなかったんだ?」

「それは私の送った伝令からの返事を待たずして、殿下がライラを出発されたからです」


 俺は視線を上にすると、目の前のカロスに戻した。


「……だそうだ、カロス」

「要はリトス侯爵が周囲の助言を聞かなかっただけということですね」

「次は気をつける」

「次やりましたら、今度こそ私が貴方の行動全てを管理しますので」

「カロスにそんな暇は無いだろう?」

「私の代わりなど、数人充てれば大方回せます」

「良いのかよ?」

「どちらが大事などと比べるに値しません。何度も申し上げておりますが、貴方の代わりはおりません」


 カロスからの強い言葉に俺の視線は横へと逸れる。


 ライラの領館で自分の正体をばらしてしまった俺は、ライラで療養の続きが出来なくなりケントとヴァンニ………もといアデルとバート、それにゲオルグが付けてくれた治安部隊の一部を引き連れて陸路で帝城まで戻ってきた。その間に俺の様子を見に来たカロスと行き違ってしまったようで、ライラではちょっとした騒ぎにもなってしまったようだ。

 その後の始末はライラに残ったゲオルグがしたようだが……。


「だから謝ってるじゃん、先生」

「謝ってなどいませんよ。そしてその名はもう結構です」

「勝手にライラから帰って来た事については悪かったと思ってるよ、先生」

「何度もやかましいですね。私の許可を得てから帝城へ戻るようにと伝えておいたはずです」

「だってさー」

「勝手に帝都に戻られたお陰でどうなりましたか?」


 その質問に、俺の体はソワソワする。


「……城門でちょっとした騒ぎになったぐらいだ」

「………ちょっと?」


 俺からの返答に、カロスの眉はピクリと動く。


「騎士数隊に取り囲まれたり、文官と呼ばれる人達が大勢来たり……」

「どうしてそうなったのでしょうか?」

「………帝城で寝ているはずの俺が、帝都の外からやってきたからか?」

「そこはご理解いただいてるようで何よりです。それでなくても、帝城では貴方の暗殺騒ぎがあったばかりなのに、その対象が官吏達の知らぬ間に外からやって来たのですから、偽物が現れたのか、誘拐されたのかと帝城内は大騒ぎになったのですよ」


 その騒ぎを聞きつけた皇務省の人間が、慌ててカロスに問い合わせに行ったようだ。


「お前だってライラに俺がいない事に気付いたんだろ? 対応してくれれば……」

「ええ。こちらへ戻ってくれば、ライラから送られた伝令が到着した翌日にあなた方が帝都に着いたのです。我々の受け入れ体制を整える前に、貴方達が帝都に着いてしまったのですよ」


 伝令と一日差だったか。確かにアデルに帰ると伝えた翌日に俺は出発した。

 カロスは相当にイラついているのか、黒い髪がフワフワと動く。

 おっかしいなぁ、と考えながら再び後ろに控えていたアデルに俺は視線を向けた。


「止めろよ、アデル」

「貴方を止められるものでしたら、ライラで既に止めています」


 アデルは忖度なしに淡々と答える。

 完全に俺を突き放したな。


「私はせめて、あと2日は待ってくださいと進言いたしました」

「だって……」

「さらに殿下が爆速で帰って来てしまったものですから、早馬に乗った伝令とも差が開かなかった事も、今回の騒ぎの原因です」


 アデルは俺を見る事なく、やっぱり淡々と答える。


「……だってよ、カロス」

「あなたは周囲の助言を無視しすぎです」

「だって、心配だろ?」

「心配?」

「俺が寝ている間に、勝手な事する奴らが出てきたじゃん」


 そう答えると、カロスは小さく息を吐く。


「それはこちらでは想定内です。ついででしたので、そういった輩も全部一掃するつもりでした」

「そいつら油断しすぎだろ?」

「あなたが飲んだのは銀留花の毒ですからね。あなたが元気に復帰されるなどとは思ってもいなかったのかもしれません」

「それって、悪さした奴らは俺が銀留花の毒を飲んだって知っているってことだよね。だって公には“病気”、大貴族院にさえ“毒で倒れた“としか伝えていないんだろう? 解毒剤で回復出来てしまう毒を俺が飲んでいたら、本性なんて現さなかったよな?」


 俺からの命令だなんて、本人が戻ってくればすぐにバレるような幼稚な嘘だ。それなのに、ライラにいたあの税務官は俺の名を平気で使っていた。

 そう聞けば、珍しくカロスの視線が逸れた。


「貴方は変なところで勘が良くて厄介ですね」

「褒め言葉、変じゃねえ?」

「褒めてません」

「……そうか」


 褒められていないと知った俺はガックリだ。


「その件はこちらにお任せください。少々難航する話になりますので」

「え〜! 俺の名が語られたのに?」

「あなたにやらせたら纏まる話も纏まりません」

「何だよ! 俺だってやる時はやるぞ?」

「側近の話すら聞かない貴方が何を言っていますか!」

「うっ……」


 カロスに一喝された俺は背後にいたアデルに助けを求めるが、そのアデルはツーンとした顔で俺を見ようとはしない。くそう。

 ライラへ行った時からアデルはどこか冷たい。

 俺は気を取り直すと、カロスに向き直った。


「じゃあ、そろそろ本題をさせてくれ」

「本題?」


 カロスは訝し気に俺を見る。


「これ以上の本題がありましたか?」

「とぼけるな! 滅茶苦茶あるわ!!」

「滅茶苦茶……? それは沢山って意味でしょうか?」


 言葉がおかしくないですかと、カロスは要らぬ事を指摘する。


「お前の後ろにいる奴も気になるが、俺が最も聞きたいのは、どうしてナナクサ村に居るはずのセウスさんが帝国に来ているんだよ?」

「ああ、私の後ろにいる彼が気になりますか?」

「気にならないほうがおかしいだろ?」


 俺達が視線を流せば、当然のように茶髪の青年はにこやかに徴笑む。


「なんでエルディがカロス側に立っているんだよ」

「あなたがライラに行っている間、皇務省で仕事をさせていました。彼をライラへ連れて行けば、それこそあなたが帝都にいないことが周囲にバレたでしょうから」

「……なるほど」


 それは一理ある。


「あなたのお戻りが予定よりも大分早まってしまいましたが、仕方ありませんので彼をあなたの補佐に一時的に戻します」

「一時的?」

「ダウタには秋の試験を受けていただく必要があります。その準備をさせないといけません。あなたの帰城の手配やこれからの事がありますので、それらが落ち着くまではしばらく戻すという意味です」

「…………試験?」

「何が何でも受かっていただかないといけない試験です。私もダウタの試験には注力をしていきます」

「お前が、………エルディを?」

「ええ」


 エルディに再び視線を送れば、彼は苦笑いしながら顔を青くさせている。これはカロスから、かなりのプレッシャーをかけられているようだ。


「なあ、あまりエルディを追い込むなよ?」

「今追い込まずにいつ追い込むのですか?」

「……お前なぁ」


 カロスは当然と言った様子で答える。

 エルディに悪いとかこれっぽっちも思っていないようだ。


「彼の事はしばらくは私にお任せください」

「俺が嫌だと言ってもか?」

「これに関しては引けません」

「…………」


 カロスが俺に抵抗を見せる場合は大抵何か理由がある。こりゃ、事情があるんだろうなと心の中で諦めると、前屈みだった体を反らせてソファに預けた。


「あ〜………わかったよ。だけど体にだけは気をつけてやってくれ」

「承知いたしました」


 カロスは俺の返事に満足したのか、手を胸に当てると丁寧に低頭した。


「それと、リトス侯爵お尋ねのセウス殿ですが、あれはバシリッサ公爵についてきただけです」

「ヒカリに?」

「ええ。貴方が倒れたとの連絡を受けたバシリッサ公爵と共にやって来ました」

「ヒカリと? ……そうだったのか」


 そういえば付き合ってたんだなと俺は思い出す。それなら、きっとセウスさんは心配でヒカリについて来たのだろう。


「セウスさんが帝国にいる理由はわかった」

「納得いただけて何よりです」

「何言ってる。納得なんてしてない」

「おや?」

「とぼけるな! ヒカリについてきたのなら、どうしてセウスさんはヒカリのいないライラにいたんだよ??」

「おやおや。セウス殿はライラにいらっしゃいましたか」

「とぼけるなー!」


 珍しく誤魔化そうとするカロスに俺は大声を上げるが、それでもカロスも困りましたねぇと説明を渋る。


「何を隠している。はやく吐け!」

「………少々問題が発生しまして、お父上であるノクロス殿と共にセルゲレン地方でお仕事をお願いしているのですよ」

「問題? お父上? ノクロスさん??」


 ノクロスさんが父とはどういう意味だと困惑していると、カロスは面倒くさそうに今までの経緯を説明してきた。


「はぁっ?! セウスさんが侯爵?? その上で密偵をさせただと??」

「そうです」


 ノクロスさんが賜ったイロニアス侯爵を、養子になったセウスさんが引き継いだのだと言う。

 カロスがセウスさんについて嫌々話した理由がわかった。俺の禁忌に手を出したのだ。

 俺の体はワナワナと震える。


「カロス!! 村を巻き込むなとあれほど言っておいただろう?!」


 俺が帝国に身を置く決心をしたのは、おじいさまの家をお守りしたいという気持ちもあったが、ナナクサ村を巻き込ませないためでもあった。俺が帝国での立場を蹴って村に戻ってしまえば、アフトクラートである俺を取り戻すために、あの手この手で帝国がナナクサ村に手を出すんじゃないかと危惧したからだ。


「私ではありません。セウス殿が勝手に巻き込まれただけです」

「何?」

「そもそもの原因は前イロニアス侯爵のご事情です。それを前イロニアス候の判断で、養子を提案してセウス殿がそれを承諾したまでです。私は助言をしたかもしれませんが、強制などしておりません」

「………本当か?」 

「ええ」

「俺のいない短期間でか?」

「ええ」

「……スムーズ過ぎやしないか?」


 そう聞けばカロスの眉はピクリと動くが、「そうでしょうか?」と知らぬ顔だ。

 俺は訝しがって視線を周囲に流すが、皆俺から視線を逸らす。カロスの秘書だけは正々粛々とした様子で動揺を見せないが。


 …………あやしい。


 怪しいが、今はその証拠はない。

 くそう。


「……わかった。まず一旦はそれで話を収めてやる」

「ありがとうございます」


 カロスは平然とした顔で低頭する。それが余計怪しく見えるのだが。

 だけどカロスとの騙し合いではきっと俺では勝てないだろう。ならば頭を切り替えた方が得策だ。多忙なカロスが目の前にいるのだからと、気になっていたことを聞いた。


「なあ、俺はもうシキさんに会っても良いんだろう?」

「……ラシェキス卿にですか? そうですね。ですがその前に、妹であるバシリッサ公爵にご快癒されたことを報告する方が先でしょう」

「え、ヒカリに??」


 俺は一番大事なことを忘れていた。

 確かにカロスの言うとおり、心配をかけたヒカリに報告をするのが先だろう。

 だがその名前で、俺の心は小動物になったかのようにビクビクする。

 最強に怖い相手だ。


「……ヒカリに説明しないとダメ?」

「ええ」

「カロスからは説明してくれないの?」

「ご本人の元気なお姿をお見せするのが、最も良いご説明かと」

「そうだけどさ、それってやぱり内緒でライラに行っていた事も説明しなきゃ駄目だよな?」

「急に元気になったと説明し切れるのでしたら、お止めはいたしません」

「ん〜〜」


 腕を組んで悩む。普段はドジっ子で鈍臭いくせに、隠し事とかには妙に勘が良いからヒカリは侮れない。特に俺に関しては。バレなかったのはあいつの苦手な色恋関係ぐらいだ。


「バシリッサ公爵に会いに行けば、ラシェキス卿にもお会い出来ましょう」

「それってやっぱり、シキさんはヒカリの専属になったってこと?」


 俺は口を尖らせる。


「……何か?」

「小耳に挟んだんだけど、最初は俺の専属になる予定だったんだろ?」

「……どこでその情報を?」

「………内緒」


 そう答えれば、カロスは俺の後ろに立っていたアデルとバートに冷たい視線を向けた。


「なあ、今回俺をライラへ静養に行かせるために近衛騎士の配属を変更したんだったら、もう帝城に戻ってきたからさ、シキさんの配属を俺に戻せない??」

「そういった個人的事情は受け付けません」

「えーー! どうしてだよ!! 一度決めたことを変えたんだったら、また決め直したって問題はないだろぉ??」

「わがままなら尚更聞きません。彼の配属はそれが帝国の利益として最適だと考えたからです」

「良いじゃん、シキさん以外にだって近衛騎士はいるだろ? ヒカリばかりずるい! 俺だってシキさんに護られたい!!」

「護られる気もない人間が、何を言っているのですか」

「シキさんなら別!」

「ラシェキス卿はあなたの遊び相手じゃありませんよ。それに彼の今の配置は重要です。あなたの子供じみたわがままを聞き通せるほど、軽くはないのですよ」

「ブーブー!!」

「……彼がお気に入りという事はわかりましたので、次回あなたを捕獲する時にでも利用しましょう」

「え?」

「なんでもありません。それで? 妹君であるバシリッサ公爵にはいつお会いになるのですか?」

「え?」

「バシリッサ公爵は本日も明日も、特段のご予定はありません。今すぐにでもお時間をいただいて来ますが?」

「……ええっと」


 カロスの言葉に、俺は現実に一気に引き戻される。

 俺との会話に(らち)が明かないと踏んだのか、カロスはじりじりとヒカリとの面談を突きつけてくる。


「シキさんには会いたいけど、はぁ………ヒカリ、かぁ………」

「こういうことは早くしたほうが良いと思いますよ。きっと彼女の耳にもリトス侯爵が外から帝城に戻ってきた話は届くでしょうから、いずれ偽られていた事も気付くでしょう」

「あ、おい! 俺のライラ静養の計画を立てたのはカロスお前だろ??」

「そうですね」


 ヒカリにも内緒でライラへこっそり移動していたのはカロスの計画のせいなのに、当の本人は清々しいまでの笑顔だ。まるで俺が企てたかのような言い方が気に食わない。


「お前もヒカリに嫌われ………」

「叱られるのはきっと兄であるあなただけでしょうから」

「どうしてだよ?!」


 なんで俺だけ?


「彼女の素直で直球な性格を考えれば、何処にお怒りが向くかなんて考えなくてもわかりましょう?」

「あ“ーー! お前、俺に全部の責任を擦りつける気だな?!」

「私に責任があるとして、それが妹君に伝わらなければ結果は変わりません」

「じゃあお前から先に説明を……」

「おや、私からしてよろしいのですか?」

「うっ!」


 カロスに説明を任せれば、俺の望む伝わり方をするとは限らない。きっと上手にヒカリの矛先を俺に向けてくるだろう。そう考えると、俺の視線は上に上がり、下に下がる。

 落ち着かない視線を止めようと目を瞑り腕を組んだが、大した案なんて浮かばない。

 ヒカリの事だ。変に隠そうとすればするほど、あいつの勘は冴え渡る。

 こりゃ、もう覚悟を決めたほうが良いかもしれない。


「………自分でする」

「ええ、ええ。それがよろしいでしょう。早速本日の午後にでもバシリッサ公爵のお時間を調整していただきましょう」

「くっそぉ!」


 悔しがる俺とは対照的に、カロスは満足気に頷く。


「では、午後までにバシリッサ公爵が納得する説明を考えておいてくださいね」

「カロス!! 絶対楽しんでいるだろ??」

「楽しむ? 私にそんな余裕なんてありませんが、もし午後に時間が空けば、こっそりお二人の様子を見に行きますので」

「こっそりじゃなくて、堂々と入ってこい!」

「会場には壊されないように前もって魔法壁を張っておきます。心ゆくまでお二人で話し合いをなさってください」

「その時点で、俺達が平和的な話し合いをするとは思ってないじゃないか!」

「兄妹の再会が楽しみですね」

「カロス、さては勝手にライラから帰ってきた俺への仕返しのつもりか?!」

「さあ、なんの事でしょうか? ライラから自力で戻られるほど体力が回復されたのですから、それは喜ぶべきことでしょう。ではダウタ、今後については追って秘書から」

「承知しました、宰相補佐官」


 悶絶する俺をよそに、エルディにそう伝えるとカロスは立ち上がる。


「午後は手の空いてる近衛騎士全て投入すれば足りますか?」

「いらん!」


 意地の悪いカロスの言葉に、俺はそっぽを向く。


「そうそう。そのメガネは差し上げます。気に入られたのでしょう?」


 カロスのその言葉に、俺の視線は机に置いておいたメガネに向いた。

 そりゃ、目の色を変えて見せるメガネだ。つけている間は正直楽しかったさ。

 俺の苦手な事も好きな事も、何でもお見通しだと言わんばかりのカロスの態度に俺はムスッとする。

 俺の悔しそうな顔を見たカロスは、満足気に部屋から出ていった。


<連絡メモ>

明けましておめでとうございます。

今年中には3章を終わらせたい所存ですorz。

また過去の修正加筆もしていますので、纏めてアップしていきます。


<人物メモ>

【キツキ/リトス侯爵(キツキ・リトス)】

 過去に皇太子になるはずだった祖母を持つ。ヒカリの双子の兄。祖父の家の爵位を継いでリトス侯爵となる。

 人々を招いていた宴で毒を盛られ、一時は命を落としかけていたが周囲の助けで復活を果たす。


【ヒカリ/バシリッサ公爵(ヒカリ・リトス)】

 キツキの妹。キツキの魔素が主に水/氷に対して、ヒカリの魔素は炎と風。

 兄妹喧嘩で一度城を半焼させている。

 普段はドジっ子で、恋愛関係に疎い。

 

【カロス/クシフォス宰相補佐官(カロス・クシフォス)】

 魔力が異次元な筆頭宰相補佐官。将軍の愚息で皇帝の甥っ子。

 キツキの妹であるヒカリに想いを寄せていた。

 倒れたキツキのために、あの手この手で護ろうとしているが、それをガン無視してくるキツキに堪忍袋の緒が切れそうになることはしばしば。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 へーリオス侯爵家の次男で、銀髪の近衛騎士。キツキとヒカリの住んでいた村に漂流してきてからの仲。


【リシェル(リシェル・へーリオス)】

 シキの兄。4人の宰相補佐官の内の一人で、カロスとは小さい頃からの間柄。

 優しそうに見えて、時々何を考えているかわからないところもある。


【エルディ(エルディ・ダウタ)】

 キツキの側近であったが、キツキが倒れて以降は皇務省に誘拐(?)されていた。アトミス王国と戦争中であるサウンドリア王国と隣接するダウタ領ダウタ伯爵の息子。


【エリー(シェリー・ポース】

 本名はシェリーだが、ケントのせいで名前を変えられる。ケントと喧嘩しながらも、ライラの食堂を手伝っていた女の子。リシェルの計らいで、息苦しかった公爵家からライラへと家出(?)する。

 シキの従兄妹に当たる。


【サリー(サマンサ)】

 シェリーの侍女。本名はサマンサ。シェリーと共にライラへ来ていた。


【ゲオルグ(ゲオルグ・アレグリーニ)】

 キツキの専属近衛騎士だったが、腰を痛めて近衛騎士を辞した。

 だがそのまま統制官を任命され、ライラでアデル達を補佐することとなった。


【アデル(アデル・ポートラー)】

 極秘任務を命じられ、ライラではキツキの静養と護衛を目的とし、“ケント”と名乗って食堂の店主をしていた。

 (「数日前の変革 ーカロス回想」でも少し触れています)

 ライラから戻ってきても素っ気ない態度を取られる。


【バート(バート・ルアーブル)】

 アデルと共に極秘任務を命じられていた。ライラでは“ヴァンニ”と呼ばれていた。食堂へ食材の納入をしながらも、リヴァイアにいたゲオルグの部下達と情報交換をしていた。こちらもキツキの静養と護衛を目的としていた。


※添え名は省略


<更新メモ>

2025/03/10 加筆(誤変換修正)

2025/03/09 加筆

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