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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第三章
211/219

交差する時間 ーセウス視点

 窓の外に目を遣れば、青い海を囲うように港と街が広がる。僕はそこからしばらく動けずにいた。


「本当に、ここには何もなかったんですか?」

「ああ。少なくても十年はただの砂漠だったはずだ」

「へえ」


 リヴァイア城の窓からは、そんな話なんて信じ難い光景が広がる。未だ多くの建設中の建物が目につくにせよ、街の中心は豊かな緑で覆われていて、程々に育った木々が夏の強い日差しから道を歩く人々を守っている。とてもじゃないが、砂漠だった場所だなんて思えない。


「本当に生き返らせたようだな」


 僕に説明をしてくれたロッシェルドさんも、腕を組みながら外の景色を訝しそうに眺める。


「どうしたんですか?」

「……未だこの街の景色が信じられん。騙されているようだ」

「スライムを使ったみたいですね」

「本当にそれでここまでになるものなのか?」

「街の近くにスライム牧場があるらしいですよ。そんなに不思議なら後で見に行きましょう」

「牧場、ねぇ………」


 違和感を拭えないのか、僕の言葉にロッシェルドさんは顔を顰める。かといって、目の前は名の通り緑が広がる街だ。証拠があるのに、無駄なほど美麗な顔をしたこの男性はそれを信じようとはしない。


「僕だってスライムを飼うなんて信じられませんが、キツキはそれを最良と考えたのでしょうね」

「私は飼育云々ではなくて、スライムが草木を撒き散らしながら歩くって事が信じられないんだ」

「それなら目の前の街はどうやって出来たと言うのです?」

「…………」


 そう聞けば、目の前の男は黙り込んでしまった。

 全く、素直じゃない。


「まあ、スライムが撒き散らすのは草木の魔素だけじゃ無いですけどね」

「他にも何を撒くんだ?」

「水とか氷とか。時々炎だったり爆発だったり……」

「待て待て、セウス。爆発って何だ?」

「時々ガスと呼ばれる物質を持ち歩いているスライムもいるんです」

「まさか、帝国に来ているスライムにもそんなのがいるのか?!」

「大丈夫です。色は見ながら送っているので」

「色?」

「緑色や青色のスライムのほとんどは草木や水の魔素を多く放つんです。危険なのは濃い赤や紫を含んだ色のスライムですね」

「濃い赤紫色は?」

「今まで数度見た事がありますけど、日中は足元を爆発させながら飛ぶように跳ねていますよ」

「どういう原理だ?」

「うーん。原理までは僕も分かりませんね」


 森には常に様々な色のスライムがいたから、そんなものなのかと僕は大して気にしたことなんて無かった。多分それはキツキだって同じだったとは思う。


「謎な生き物だな」

「百聞一見に()かずです。ですからこれが終わりましたら牧場へ見に行ってみましょう」


 そう誘うけれど、ロッシェルドさんの表情は優れない。


「嫌なんですか?」

「………私に苦手なものなどない」

「………苦手じゃないけど嫌なんですね」

「うるさい……」


 帝国の人からすれば、スライムはまだ奇妙な生き物にしか見えないのだろう。頭の柔らかそうなこの人でさえ、この表情だ。

 僕の表情を読み取ったのか、ロッシェルドさんはコホンと咳払いをする。


「そう言えば、牧場にいるスライムはセウスの住んでいた島から送っているのか?」

「ええ。僕が村から出てきた今も、村の兄さん達に任せて対応してもらっています」

「数匹いれば良さそうなものだが」

「村の負担を考えればそうしたかったのは山々なのですが、どうやらこっちに送ったスライムは魔素を出し切ってしまうようなんです」

「出し切る?」

「ここの砂漠を治すために、持てる魔素を全部吐き出させているみたいですね、魔素を出し切ったスライムは色が薄くなるんですよ。ナナクサ周辺にいるスライムならば、あっという間に魔素を吸収して色が変わるのに、どうやらそれは帝国側では出来ないらしい。だから無色になったスライムは一度ナナクサ村に戻して、その代わりに色の濃いスライムを帝国へ送っているわけです」

「そうなのか」

「珍しくキツキからお願いされた事ですから、彼から止められない限りは続けますよ」

「珍しい?」

「キツキが人に頼る事は、滅多にないんですよ」

「へえ」

「キツキは昔から一人で何でも出来てしまう子だったから」


 二人で窓の外を眺めていれば、静かな部屋にノックの音が響いた。


「入ってもらえ」


 ロッシェルドさんがそう言うと、扉近くにいたロッシェルドさんの護衛は扉を開ける。扉の向こうからは、周囲よりも一層華やかな黒い軍服に身を包んだ短髪の男性が入ってきた。年はロッシェルドさんに近そうだ。


「ゲオルグじゃないか。久しぶりだな!」


 顔見知りだったのか、ロッシェルドさんは手を振りながら男性に近付いていく。だけど。


「お久しぶりです、モーラ侯爵」

「……………」


 ゲオルグと呼ばれた男性は淡々と丁寧な帝国式の挨拶をロッシェルドさんに向けた。綺麗に流れる挨拶を見た僕は感動と共に、やっぱりこの人は地位が高いんだなとロッシェルドさんに視線を流したのだが。


「んん?」


 さっきまでのウキウキした様子とは違ってロッシェルドさんの表情は死に、足は止まる。初めて見せた彼の鬱々とした顔に、僕は危険を感じて後ずさりした。


「………このまま他人行儀をするなら、この一帯を雷の海にするがどうする、ゲオルグ?」


 いつも通りと言えばいつも通りだけど、ロッシェルドさんの台詞(セリフ)は今日もおかしい。だけど本気なのはなんとなく伝わってくる。


「ははっ。勘弁してくれよ、ロッシェルド。だけど仕事として会っているのだから、切り分けは大事だ」


 おかしな台詞に動揺するどころか、さっきまで他人行儀だったゲオルグさんは表情を柔らかくすると気さくな笑顔で答える。それなのに上手に切り替えてくれた彼の対応を喜ぶどころか、ロッシェルドさんは口を尖らせてしまった。


「ロッシェルド、綺麗な顔が崩れるぞ?」

「誰のせいだと……」

「あの!!」


 ゲオルグさんに突っかろうとするロッシェルドさんを止めようと、僕はロッシェルドさんの言葉に言葉を被せる。遥々(はるばる)ライラまで来たのに、ロッシェルドさんのせいで脱線なんかさせたくはない。

 早くこの仕事を終えて僕はヒカリの元へ帰るんだ。


「なんだ?」


 止められたのが気に触ったのか、振り向いたいロッシェルドさんの視線は冷たい。普段は何があっても笑っていたこの人のこの表情に、流石の僕も引いた。どうしてこのロッシェルドさんの暴走を誰も止めないのか、何となくわかってきた。

 この温度差は結構心にくる。


「……あ、えっと。……お二人はお知り合いですか?」

「ああ、学校の同期だ」

「へえ」

「友達だと思っていたのは私だけだったようだがな」


 ロッシェルドさんは口を尖らせたまま、悲しそうな目でゲオルグさんを見つめる。それを向けられたゲオルグさんはバツが悪そうに顔を顰めた。


「やめろ、ロシェ」

「お前もやめろ、ジオ」


 ゲオルグさんは諦めたかのように深いため息をつきながら俯く。ロッシェルドさんの相手は友人でもやっぱり大変なんだなって、僕は改めてロッシェルドさんの面倒臭さを痛感した。

 厄介なロッシェルドさんの対応に苦慮していたゲオルグさんだったが、ロッシェルドさんの背中に隠れていた僕を見つけると表情を変えた。


「ロッシェルド、そちらの方は…………まさかセウス様ですか?」


 ゲオルグさんにそう聞かれて僕は驚く。

 顔を見ただけで僕が誰かわかるだなんて、ゲオルグさんとどこかで会っていただろうか。


「えっと……」

「ゲオルグと会った事があるのか、セウス?」


 僕はなんで答えて良いのか分からずに口籠っていると、ゲオルグさんは何か勘付いたのか体を整えて僕に低頭をする。


「これはご挨拶が遅れ、失礼いたしました。私、キツキ殿下の護衛をしていたゲオルグ・アレグリーニと申します。キツキ殿下がナナクサ村へ戻られた日に同行しておりました」

「そうでしたか……」


 キツキが村に戻って来ていた時に会っていたのか。

 あの時の僕はヒカリに気を取られていたし、キツキはすぐに帰ってしまったから、周囲の人間なんてあまり覚えてはいない。

 相手は僕を覚えていたのに、僕は全く覚えていなくてバツが悪くなる。それが相手に伝わってしまったのだろうか、それ以上は触れてはこなかった。


「遠くからいらっしゃってくださったのです。まずはお掛けください。こちらへいらした事情もお伺いしたい」


 ゲオルグさんは質の良いソファへ座るように促す。その流れにロッシェルドさんは仕方ないなといった顔で、渋々僕に座るようにと言った。


「あれ。僕が先?」

「今の私はセウスの補佐だ。セウスが座らなければ私も座らない」

「あ、じゃあ……」


 気後れしつつも、彼らの立場を考えて促されるままソファに座る。思った以上の柔らかさで僕は体幹を崩すまいと体に力を入れた。

 この沈む感じが未だに慣れない。村の木と綿だけで作ったソファとは全く座り心地が違う。ヒカリならば、僕とは違ってきっと素直にソファに体を預けるのだろう。

 そんな彼女を思い浮かべると、僕の顔は少しだけ緩む。

 僕達が座り終えると、向かいにゲオルグさんも座った。


「それで………ロシェ。モーラ侯爵の名を使ってまで、どのような用件で街の最高責任者を呼びつけたのだ?」

「地方侯爵ではさして大した効果は無かろう?」

「そんな訳あるか。モーラ侯爵といえばただの地方統括に留まらず、皇族の血を引くポース公爵の嫡男なんてことは、ここへ派遣されている役人なら誰でも知っていることだぞ?」

「おや、そうだったのか?」


 ロッシェルドさんは意味ありげに笑う。


「お陰で話は早かったよ」

「お前なぁ……」

「まさか、ライラの街に“統制官”がお出ましになっているとはな」

「…………」


 さっきまでは子供のような事を言って周囲を困らせていたロッシェルドさんだったが、ソファで仰け反っていた体を前屈みにすると、次第にゲオルグさんとの間に妙な空気が流れ始める。


「………用件はなんだ?」

「私は陛下からの命で、今はセルゲレン地方にいる」

「……セルゲレン地方?」

「統制官ならもう耳に入っているだろう。前セルゲレン侯爵の行いを」

「……帝城での事件を言っているのか?」

「そうだ。知っているのなら話は早い。その事件によって、今はここにいるセウスがセルゲレン地方統括代理として陛下から任命された」

「……セウス様が?」

「そうだ。私は彼を補佐している」

「え?」


 ゲオルグさんは驚いた顔で僕とロッシェルドさんを交互に見る。


「ロッシェルド・ポースが…………補佐?」

「なんだ、おかしいか?」

「おかしいだろう! あのロッ…………ああ、いや。コホン。……意外で取り乱した、失礼」

「……まあいい。それでセルゲレン地方へ来て蓋を開けて見れば、潤っていたと思われていたセルゲレン地方はそんなのは中心地の一部で、北部は砂漠化のために領民の生活は随分と困窮していた。中には放棄された集落もあった」

「……そうか」

「それで我々はここライラに飼われているというスライムを融通してもらいたく来たのだ」


 ロッシェルドさんの目はまっすぐゲオルグさんを見詰める。だけどその先のゲオルグさんはロッシェルドさんの言葉に顔を顰めた。


「スライム………?」

「そうだ」

「……ロシェはスライムが何かわかっているのか?」

「ああ。リトス侯爵が故郷である島から連れてきた生き物で、砂漠を治すのだろう?」

「…………わかっているのか」

「勿論だ。リトス侯爵が街の周りを緑化したことは父であるポース公爵から聞いている。そしてこの街を見ればそれが事実だということも」


 さっきまで信じられないと顔を顰めていた男性の口からは、そんな言葉がスラスラと出てくる。


「……そうだったな。ポース公爵閣下は“スライムの証明”の時にはいらっしゃっていたな」

「ああ。大変驚いていらした。あの淡白な父をあそこまで興奮させるなんてどんなものかと思ったが…………砂漠の中に浮かぶこの街を見れば、それも頷ける」

「……まあな」


 ゲオルグさんは腕を組むと、小さくため息をついた。


「セルゲレン地方の事情は少しなら知っている。一部砂漠化している事も」

「それなら……」

「だが、ここにいるスライムは今や帝国では大事な宝だ。リトス侯爵の力のように、失われた緑を増やしていく」

「そのようだ」

「だから、一度でも私の判断でスライムに関しての安請負をすれば、その噂は瞬く間に全国に広がるだろう。そうなれば侯爵を挟まずに手に入れられると知った貴族達は、侯爵が病に伏せっているのを良いことに、あの手この手でスライムを手に入れようと打診をしてくる。それは今の私が抑えられる力に留まらず、暴走する可能性だってある」

「………」

「わかるだろう? 砂漠化している地域は何処も死活問題だ。私はここへは侯爵の代理として来ている。彼が再びこの街に戻ってくるまで安易な判断は出来ない。それがどんな相手でもだ」

「……………」


 ゲオルグさんは穏やかな口調ではあるが、強い視線をロッシェルドさんに向ける。だけど断れられたはずのロッシェルドさんは、どうしてか顔に笑みを浮かべた。


「……そうか。ならば仕方ない。セウス、我々は出直そう」


 ロッシェルドさんは僕にそう言うと機嫌よく立ち上がる。その行動に僕とゲオルグさんは呆気にとられた。


「え?」

「おい、ロシェ?」

「お話を聞いていただき感謝する、統制官殿。セルゲレン地方代理、我々は出直そうとしよう」

「え、え?? 本当に?」


 呆けている僕達を他所に、スッと立ち上がったロッシェルドさんはゲオルグさんに綺麗に低頭すると、そのまま部屋の扉に向かって歩く。ロッシェルドさんの部下達はいち早く彼の行動に気づき流れるように部屋の扉を開けると、その間からロッシェルドさんは颯爽と出ていってしまった。


「あ、待って……」


 ………僕を置いていくか、普通?

 いや、帝国でナナクサ村の普通を考えてはいけない。特にロッシェルドさんに至っては。


「お、お時間いただきありがとうございました、ゲオルグさん。また」

「あ、はい……」


 焦る僕は呆気に取られたままのゲオルグさんにお礼を伝えると、ロッシェルドさんを追いかけるように部屋から飛び出したのだった。







 僕は街を歩きながら膨れっ面だ。そんな僕の横で原因であるロッシェルドさんは街の観光を楽しんでいる。あちこちを指差ししながら、あれは何のお店だ建物だと楽しそうに僕に教えていた。


「何だセウス、交渉がうまく行かなかったからって拗ねるな」

「上手くいく、いかないを判断する前に勝手に退席したのはロッシェルドさんでしょう?」

「おや、そうだったかな?」

「そうだったかなって………」


 もう、本当にこの人と真面目に話をするのが嫌になってくる。

 何のためのここまで僕たちはやってきたのか。


 そもそもは僕がセルゲレン地方を一時的に統治することになり、ほとんどは簡単に解決できる問題だったが、前セルゲレン侯爵が直接統治していた北側地域は砂漠化もあり、経済面でも生活面でも崩壊スレスレだった。どうやって今まで生きながらえてこられたのか領民に聞けば、時々セルゲレン侯爵から配られる資金で何とか食い繋いできたとのことだった。

 だけど彼の裏の稼業が表だった今、今後それを続ける事は難しい。

 だから残った領民達のためにどうやって建て直すかを考えた末に、まずは緑化して何かしら農産物を生産出来る状況にする、に尽きた。砂漠化していたが、真っさらな土地は広々とある。新たに工房などを作るには時間もお金がかかり過ぎるし、これ以上は元セルゲレン侯爵のお金に頼れないセルゲレン地方では、ゼロから生み出せるものが必要だった。

 それでキツキのスライムを借りれないかと思って僕達はこの街へと戻ってきたのだが、それが甘い考えだったと言うことはさっきのゲオルグさんとの会談でわかったけど。

 賑わっている街中で僕は足を止める。


「それで、どうするんですか?」

「どうするのかと言われてもなぁ〜」


 ロッシェルドさんはどこか他人事のような顔だ。

 僕はもう少し押したかったのだが、それをせずにロッシェルドさんは会場から去ってしまった。

 ロッシェルドさんの足が止まると、彼の部下である騎士達の足も止まる。人が往来している街中を黒服の集団が纏まって歩いているものだから、道行く人達は遠巻きに歩きながらも、そんな僕達を珍しそうに見ていく。

 その中心で僕は一人苛立っているのだが。


「キツキから借りられないのであれば、次の手を………ん? ロッシェルドさん?」


 僕は真面目に話をしているのに、ロッシェルドさんの視線はどうしてか全く違う方向を向いている。意識は僕に向いてはいないのは見ればすぐにわかった。本当にこの人は。


「ロッシェル………」

「しっ!」


 人差し指を口の前に置いて僕を強く制止したロッシェルドさんは、しばらくすると急に街角を曲がって早足で歩き始めた。


「え、え? ロッシェルドさん??」


 この行動に、流石の彼の部下達でも………と思ったのだが、彼が勝手に突き進んでも誰も止めない。それどころか、慣れているのか彼らはその場で待機を始める。ロッシェルドさんの側近だけは追いかけては行ったものの、止める様子はこれっぽっちもない。

 もう、この人達は!

 僕は慌ててロッシェルドさん達の後を追った。

 追いかけるものの、珍しくロッシェルドさんの歩みは速く、なかなかに追いつけない。


「………どうされましたか?」

「いや、そこから馴染みの声が聞こえてきてね………」


 後ろから追いかける僕のことなんか気にもせずに、前の二人はそんな会話をする。

 一点に向かって突き進むロッシェルドさんだったが、とある建物に近づくと歩みを緩めて建物と建物の隙間を覗き込み始めた。そんなロッシェルドさんに僕はようやく追いつく。

 隙間を覗き込んで固まっているロッシェルドさんの表情は真剣で、そんな珍しい彼の姿に興味を抱いた僕も、一体何があるんだろうと(なら)うように建物の隙間を覗き込んだ。

 見れば人がすれ違えるぐらいの幅しかない裏道で、お店の裏口なのかタルや箱が積み上がってはいたが、それ以外にそこには何も無かった。

 何もないじゃないかとロッシェルドさんを見遣れば、彼は不思議そうに考え込む。


「……誰もいないか」

「こんなところに知り合いでも?」

「……おかしいな。確かだと思ったのだが」

「休み無しでここまで来ましたから、お疲れなのでは?」

「……そうかもしれないな。全く家に帰れないしね」

「それは僕のせいではありませんから」

「わかってるよ。私の気のせいだ。戻ろう」


 そう言ってロッシェルドさんは翻る。


「一体何が気になったのですか?」

「妹の声が聞こえた気がしたんだが、幻聴だったようだ」

「妹?」

「ああ、とても愛らしく花のように可愛らしい妹だ」

「へぇ」

「シェリーと言うのだが、名前からして………」

「あ、僕は興味ありませんので」


 ロッシェルドさんの家族語りが始まりそうだと思った僕は、すぐさま断りを入れる。彼の家族愛はとても重く、言葉にするには長すぎる。


「……セウス、あとで紹介しろと言っても紹介はせんからな?」

「必要ありません。僕はヒカリがいれば十分なので」

「……そうか。……まあお相手がバシリッサ公爵なら仕方あるまい」


 引き合いに出したのが帝国で高貴の身となっているヒカリだったためか、意外にもロッシェルドさんはそれ以上は絡んではこなかった。


「次の作戦を練らないとですね」


 キツキと話が直接出来ない以上は、帝国にいるスライムを借りることは難しそうなのはわかった。となれば…………。


「時間はかかりますが、直接村にスライムの要請をしましょう」

「大丈夫なのか? セウスの村は人が少ないのだろう?」


 そう。村にはスライムを新たに捕まえる人手はこれ以上はない。だから僕はこれ以上捕まえて欲しいなんて言う気はさらさらない。そんなことすれば流石の村人達だって疲弊する。


「ええ。スライムの送り先を半分だけセルゲレン地方に変えてもらえば良いだけです」


 僕はにっこりと答える。


「………送られてくるスライムを横取りをするってことか」

「やだなぁ、人聞きの悪い。そもそも帝国への輸出は僕の采配で行っているんですから、その僕がどこへ送ろうと僕の勝手です」

「そうだが………」


 流石のロッシェルドさんも、僕の言葉に表情を崩した。


「さてさて、問題をさっさと片付けましょう」

「セウス……」

「はい?」

「腹黒いと言われたことはないか?」

「ええー、僕がですか? 腹黒だなんて、あの補佐官さんと同じに見られるだなんて心外だなぁ」


 そんなもの、見せなければ無かったと同じだ。


「油断すればその仮面、いずれ外れるぞ?」

「肝に銘じておきます」


 そんなミスなんかするものか。僕の悪どい一面を見せるかのような笑みを見せれば、ロッシェルドさんも釣られるように笑った。


「ははっ………。これはこれは、殿下の“彼氏“殿は、実に有能なようだ」

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

「……陛下とカロスが気に入るわけだ」

「………僕は遠慮しておきます」


 あの二人に気に入られてたところで、僕にとってはただただ厄介でしかない。


「あっははははは!」


 ロッシェルドさんは何が面白かったのか、人の往来がある道路で急に大笑いする。


「セウス。私もお前が気に入ったぞ!」

「何でですか」


 そのセリフは聞き飽きたし、僕としてはこれ以上の厄介は本当にごめんだ。

 僕はヒカリの傍にいて、彼女を護れればそれで良いんだ。それなのにこんな大事になるだなんて、村を出る時には思いもよらなかった。


「さぁ、まずは帝都に早く帰れる算段を練ろうか」

「……ほんと、お願いしますよ?」


 上機嫌のロッシェルドさんと黒服の集団を引き連れながら、僕は次の作戦を決行するために、港へと向かった。

 これがさらに帰れなくなる一手とも知らずに………。


<人物メモ>

【セウス(セウス・イロニアス)】

 ナナクサ村出身。村長の息子だったが、ノクロスからの要請で彼の養子となりイロニアス侯爵となる。剣の達人。

 帝都でヒカリの恋人役をしていたのだが、カロスに良いように使われて帝都から遠い地であるセルゲレン地方で地方統括代理の仕事を任されてヒカリの元へ帰れなくなる。

 さっさと仕事を終わらせてヒカリの元へ帰ろうと奔走するのだが………。


【ロッシェルド・ポース(ロッシェルド・ポース・ワールジャスティ・モーラ侯爵)】

 巻き毛の金髪に金色の瞳。ポース公爵の嫡男でシキとリシェルの父方の従兄弟。皇帝からの要請で勅使としてセルゲレン地方へと赴いてきた。そこで出会ったセウスがいたく気に入り、彼とよく行動を共にしている。

 家族愛の重たい男で、外見は凛として真面目な青年に見えるのだが、周囲が驚くような破天荒な行動を時々する。

 シェリーという妹がいるらしい。



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