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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第三章
210/219

もう一つの物語8

 皆を引き連れてライラの街へと戻る。

 海に近かった朝日はもう空高く上がり、街は陽に照らされる。食堂へ帰る前に公園に寄ってみたが、もうアベルの露店の姿はなかった。やっぱりダナを連れて北へ旅立ってしまったのだろう。

 俺は目を伏せると、ヴァンニに食堂へ戻るように指示を出した。


「あ〜、今朝の仕事をサボっちまったな。ケント、怒っていると思うか?」

「仕方ありませんよ。状況が状況でしたからね。それに朝ならあの三人だけで回せそうですから大丈夫でしょう」

「だと良いけどな」


 そんなことをヴァンニと言いながら帰路に着く。

 最後の角を曲がり、いよいよ食堂だというところで異変を感じた。

 食堂の前の道に人が群がっていたのだ。


「……なんだ?」

「さあ」


 ヴァンニは食堂の入り口近くで馬を止めて俺を降ろす。人をかき分けて食堂の中に入ったのだが、店には客の一人も入っていない。


「………どうしたんだ?」


 俺とヴァンニは店内を見渡す。食堂は朝の準備のままで綺麗な状態だ。どうして客を入れていない?

 ヴァンニと二人で顔を見合わせていると、厨房の奥からエリーが顔を覗かせた。


「あ、テオ。帰ってきてくれて良かった。大変なのよ!」

「エリー、一体この状況は?」


 そう聞けば、エリーは駆け寄ってくる。


「さっき、食堂の営業停止命令が下ったの」

「営業停止命令?」


 なんだよそれはと、俺の横にいたヴァンニに視線を向けるも、彼も知らなかったようで驚いた表情をした。


「シェリー様…………あ、いやエリー。ケントさんは?」

「ケントなんだけど、それに対して不服申し立てると言って命令書を持った兵士達と領館へ言ってしまったわ」

「兵士?」

「以前、追税を言ってきた兵士達よ」


 俺とヴァンニは顔を合わせる。


「一体何故、そんな命令が?」

「どうやら税金を納めていないから、これ以上この街での営業を許可できないって」

「はぁ?」

「そんなことはありません。書類上の事は全て問題なく処理されています」

「それじゃなくて、多分……」

「追税の件か?」


 エリーは頷く。


「ですが例えそれがあったとしても、営業の停止命令はただの役人の一任で出せるような命令ではありませんよ。それにまずは通告しなければならない決まりです。直ぐに営業を止められるほどの強力な権限を持っているのは統治している領主などの………」

「そうなの。リトス侯爵が命令を出したって兵士達が……」

「……なんだって?」


 俺はその言葉に眉を寄せる。


「この街はそこまで酷いことになっているのか?」


 ヴァンニに視線をやれば、彼は目を伏せてしまった。この様子では実情を把握していたのだろうが、それを知らせなかったのは俺の体調を優先したに違いない。

 自分の情けなさに俺は歯を食いしばる。


「ヴァンニ、俺が行く。支度をしろ」

「テオ、先生に相談もせず勝手には………」

「先生には俺から言っておく。先生の怒りを止める自信はないが、なんとかなるだろ」

「ですが………」

「これ以上野放しになんか出来るか! この街はっ………!!」


 俺は振るった拳の行き場もなく、ゆっくりとおろした。


「……声を荒げてすまない。だが、これ以上の酷いやりようを放置してはおけない」

「………」

「体はだいぶ回復したから大丈夫だ。最近ダナのお陰で楽しかったしな。思っていたより良い療養になったよ」


 俺はググッと体を伸ばす。


「テオ、まさか……」


 心配そうに俺を覗き込むヴァンニに、俺は笑って見せる。


「大丈夫だよ、ヴァンニ。さてエリー。俺達はしばらく出かけるから、お店は休ませておいて。その間の留守を頼める?」

「ええ、任せておいて!」


 エリーの頼もしい返事に俺は頷く。


「ヴァンニ。エリー達にも護衛をつけておいてくれ」

「勿論です」


 ヴァンニは真剣な顔で頷くと、さっきまでダナの護衛に入っていた二人に指示を出し始める。その内の一人は外へと駆けて行った。

 周囲はこれからのことを察したのか、それぞれに動き出す。俺はゆっくりと食堂を見回した。ここへ来て日は浅いのに、なんだか変な寂さが積もる。


「さて……と。ヴァンニ、領館までの案内を頼みたい」

「承知しました」


 ヴァンニは俺の言葉にかしこまった顔で頷くと翻って外へと向かう。食堂の入り口には多くの見物人が塞ぎ、その中には常連の顔もちらほらあった。ヴァンニを先頭に俺達は店の前で(たむろ)する人混みを掻き分けながら進む。

 押しのけられてもそこから動かない彼らは、店の騒動と兵士達に連れて行かれた店主の安否を心配していた。彼らの口から出てくる言葉は、この街の領主に対しての不信感で染まっていた。







 ヴァンニに案内された領館は公園の真っ正面と言っても良いほどの立地に建てられていた。大好きな時計台は領館の敷地内に建てられていて、俺は道からそれらを見上げる。周囲を背よりも高い塀に囲まれた、真新しい建物だった。


「ここにあったのか」

「ええ。領館は大勢の人間が申請や手続きにやって来ますので、大抵は街の中央に造ります。ここは少し前に出来上がりまして、城から政務を司る機関が移ってきたばかりです」

「わざわざ移したの?」

「わざわざというよりは、通例と言うべきでしょうか」

「通例、ねぇ……」

「元々は領館が領主の住まいであり政務を司っていた建物です」

「へえ」

「昔にとある領主が領館から居住の機能を別にしたのが領地邸の始まりです。今は別々になっているのが普通ですね」

「なるほどね」


 俺はヴァンニの説明に納得しながら歩みを進める。領地邸を見上げながら近付いたのだが、ふと周囲の違和を感じて足を止めた。


「………ねえ、ヴァンニ。何か聞こえる?」


 俺の質問に一緒に足を止めたヴァンニも耳を澄ませる。ヴァンニもそれが何かわかったのか眉を顰めた。領館の中が騒がしい。


「………一歩遅かったかもしれませんね」

「ケントが一人で行った時点で何となく予想は出来ていたけどな。……まさか、本当に一人で帝国の軍と喧嘩しようとしてないよな?」

「……………否定が出来ません」


 いやーな予感しかしないなと二人で顔を見合わせた。


「………急ぐか」

「はい」


 そう思って領館の敷地へ入ろうとした時だった。門番の二人が開いている門の前に立ちはだかった。


「そこの二人、止まれ。今は誰も通すなと通達されている」

「それは、中で問題が起こっているから?」

「…………部外者には答えられない」

「それなら俺は部外者じゃないから通るよ」

「あ、おい! コラ!!」


 二人の間をスリ抜けようとすれば、門番は俺の肩を掴む。だけど次の瞬間、その門番から悲鳴が上がった。視線を流せば、後ろにいたヴァンニが門番の腕を掴んで捻っていたからだ。兵士達だって護衛術ぐらいは学んでいるだろうが、解くことさえ許さないほど、ヴァンニはしっかりと締め上げる。


「ヴァンニ、ほどほどでやめてあげて」

「……はい」


 俺の言葉にヴァンニは残念そうに兵士の手を離したが、この様子を見ていたもう一人の門番は慌てて警笛を鳴らす。どうやら俺達は侵入者扱いされたようだ。……まあ、あちらから見ればただの侵入者にしか見えないだろうな。

 笛の音に領館の内外から兵士達がわらわらと現れるが、思ったよりも出てきた数は少なかった。おそらくは中での騒ぎに人員が掛かり切りになっていのだろう。その中心にいるのがケントだとは想像に難くない。

 大事になる前に、さっさとケントを静かに退出させたいところだ。……もう無理かもしれないが。


「………突破する」

「はい」

「待て! お前達!!」

「貴様ら! おい、城に応援を依頼しろ! 領館に侵入者だ!!」


 周辺に集まってきた兵士達は騒々しく動き出す。

 その声を背に俺とヴァンニは走り出したが、目前だった領館の扉は兵士達に締められてしまった。


「そこをどけ!」


 俺が手を伸ばすと、目の前の扉は粉々になる。


「ひいぃぃ!」

「な、なんだ一体?!」


 粉々になった扉に驚いた兵士達の間を、俺とヴァンニはすり抜けて領館に入り込んだ。


「新築でしたのに………」

「…………後で謝っておくよ」


 流石のヴァンニでも思うところがあったようで俺を非難する。だけどしょうがないだろ。今は緊急事態だ。ケントを回収しないと大変な事になる予感しかしない。

 人のいるホールを突っ走り、廊下をさらに進むと壁に突き当たった。それでも騒ぎはさっきよりも近付いている。進む方向は間違えていないようだと首を動かせば、そこから廊下が左右に分かれていた。


「どっちだ?」

「おそらくケントさんがいるのは建物の奥ですので、どちらからでも行けます。こちらから行きましょう」

「わかった」


 ヴァンニの案内について行こうと走り出したのだが、ふと中庭を映し出す大きな窓に視線が向いた。よくよく見れば綺麗な中庭の一角で、大人数が不自然に動いているのが見える。何だと更に目を凝らせば、その中に兵士達と取っ組み合っているケントの姿が見えたではないか。


「ヴァンニ! ケントがいたぞ!!」


 俺は大声をあげると、急いで目の前の扉を開けて中庭へと入り込んだ。


「ケントー! 何やってんだ!!」


 そう声を掛ければ、両脇に兵士の頭を抱えたケントと目が合う。俺に気づいたケントは抱えていた兵士達を放り投げた。


「あ゛? この俺を牢屋にぶち込むっていうから、やれるものならやって見ろと相手をしてやっていたんだ」

「…………お前、素直に従わなかったのか?」

「これが正式な通達ならな。だが、リトス侯爵の命令だと言うんだ。どう考えたってそんな命令になんて従えないだろ?」


 つまりケントはその侯爵の命令にブチギレて抵抗したって事か。俺はケントの言い分に納得する。


「…………確かに、それは従えないな」

「だろ?」


 ケントはニヤリと笑う。


「そのリトス侯爵様とやらを引き摺り出さなきゃ、腹の虫が(おさま)らんだろ??」

「ケント。先生に目立つなと言われていたの、忘れていないよな?」

「それをのこのこと、こんな所へやって来たテオドールが言うか?」

「…………お前のせいだろ」


 ジロッと睨みつけるけれど、ケントは反省するどころか吹っ切れたかのような晴れ晴れとした表情で俺を見る。これではどっちが保護者かわかったもんじゃない。



「おい! まだ捕まえられないのか?!」



 この騒然とした雰囲気を壊すような声に視線を流せば、建物の中から文官らしき男が大声を上げながら中庭に入ってきた。いかにも上位の人間という口ぶりで、自ら動きはしないものの、周囲にこれでもかってぐらい強い口調で命令をする。


「あれだよ、テオ」

「何が?」

「違法な追税を課していた税務官………ガーウルフ・ダグラスだ」


 ケントの言葉にもう一度見やれば、その男と目が合った。俺を見ると、苦々しい顔をして睨みつけてくる。

 そんな男に俺は目を細めた。

 …………あの男か。


「ケント、俺もお前に付き合うよ」

「お、良いねえ! そうこなくちゃ!!」


 意気投合した俺達の横でヴァンニは深いため息をつく。どうやら俺の同調でヴァンニはケントを止めることを諦めたようだ。


「モタモタしているから汚らしいガキ共が増えたじゃないか! 仲間ともども牢屋へ入れろ!!」


 ダグラス税務官は周囲に大声をあげる。

 汚いとは失礼だな。昨日もちゃんとお風呂には入ったぞ?


「ねえ、税務官って兵士達に命令出来るほど偉いの?」

「あ? あいつは後盾が強力なだけの無能だ」

「強力?」

「ああ」

「どのぐらい?」

「公爵家だからそれなりだな」

「クシフォスよりも?」

「あそこは別格だ」

「約一名のせいだな」

「……二名だけどな。カスタニア公爵家は国内で指折りと言えばお前にもわかるか?」


 それなら五本指に入るぐらい上位って事か?


「何となく」

「そりゃ良かった」


 俺は目の前の男を睨みつける。上位の貴族が関わるのなら、尚更このような行いは見過ごせない。

 俺は一歩歩き出す。


「お前が勝手に追税を仕掛けている税務官か?」

「勝手? 何を言う。きちんとリトス侯爵からのご指示だ」


 目の前のダグラス税務官は不敵な笑いを顔に浮かべる。そんな男を横目に俺は周囲を見回した。こちらの騒動に何事かと窓から見ていた文官達を見つけると、声をかける。


「ねえ、リトス侯爵から指示なんて出ているの?」


 そう聞けば、この騒ぎを見物をしていた文官達は俺からの質問に答えずに散り散りに逃げていく。

 目の前の男が怖くて逃げたのか。

 こりゃ、この街は本当に危うい状況のようだな。


「はん! 誰も俺に意見なんか出来ねえよ。こんな辺境にいるのは平民か低位の貴族しかいないからな」

「お前だって似たようなもんだろ?」


 そう睨みつければ、男は一瞬怯んだが。


「ガキ、俺はカスタニア一族の人間だぞ?」

「そうか」

「そうかって………はははは、そうだな。お前のような薄汚い平民のガキがカスタニア公爵家を知っているはずもないな! どれだけ高貴かもなぁ!!」

「そうだな」

「はっ! 俺に逆らえば帝国の大軍が来るんだぞ?」

「それがどうした?」

「何?」

「大軍よりも、家の名を盾に好き勝手してくれているお前の方が俺はよっぽど怖いよ」


 俺は大きく息を吐き出すと、大層な事を叫んでいる男に向けて指をクイクイッと曲げた。


「お前も貴族なら魔法の一つや二つ使えるんだろ? 大貴族の子弟がどんなもんか見てやるよ。たまには自分の実力だけでものを言ってみな」

「この………クソガキが!」


 俺の挑発に乗ったダグラスは手を伸ばす。彼の魔法陣から出てきたのは氷の魔法だった。ケント達は俺を守ろうとしていたが、俺は手を広げて彼らを制止する。

 彼の放った氷塊は光る壁に遮られ俺には当たらない。その様子を背中で見ていたケントはだいぶ回復してきたなと口笛を吹くと、そのまま背後から襲いかかってきた兵士達の相手を始めた。


「この程度か」

「貴様! 人が手加減してやれば調子に乗りやがって!」


 怒声をあげるダグラス官の目の前には一段と大きくなった魔法陣が現れ、大きな氷塊が突出してきた。その衝撃で中庭の建物の一部が破損する。


「はん! 驚いたか!!」

「……………氷魔法ってのは、こうやるんだよ」


 俺は得意気な顔をしたダグラス官の足元に魔法陣を広げると、彼を囲うように巨大な氷塊を足元から出現させた。


「な、何だと?!」


 魔法陣の四方八方から現れた氷塊は地面から続くように現れ氷柱となり、ダグラスを取り囲む。そのままあっという間に空高くまで突き抜けると、ダグラスを閉じ込める氷の檻となった。

 呆気に取られたダグラスは右往左往する。自分の状況がわかってきたのか、青くなった顔で俺を睨んだ。


「き、貴様は何者だ? こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」

「俺? なんだお前は俺を知らないのか?」

「は?」


 ダグラス税務官は俺の言葉の意味がわからなかったようだ。ダグラス税務官は俺を睨みつけたまま口を閉ざしてしまった。そんな俺達の会話が聞こえたのか、ケント達は嫌味っぽく笑う。


「さて………と。そろそろ終わらせるか」


 俺は床に散らばっていたケント捕縛用の縄を拾い上げると、氷の檻から出られないダグラス官に近付く。檻の中に閉じ込められたダグラス税務官は近付いてくる俺を無言のまま睨みつけた。だけど、あともう少しといったところで、急に背後が騒々しくなる。それはケント達が相手をしている兵士のものではなく、別の群勢の足音。振り向けば、三方向から兵士の大軍が中庭を取り囲むように雪崩れ込んできた。彼らの装備からして、領館にいた警備ではなく城の衛兵達のようだ。


「城から応援が来たようだな」


 ケントとヴァンニも一度手を止めると、周囲を見回した。

 国の端っこにある領地なのに、兵士の数が意外と多いのは、ここがリトス侯爵の領地だからと帝城が送り込んできているからなのかもしれない。それが余計に厄介な状況にさせているのだが。


「思ったよりも早かったね」

「ああ、伝令系統はきちんと機能しているようだな」

「それは安心するね」

「良かったな」

「……本当にそう思ってるの?」


 何を言っても嫌味に聞こえるケントをチロッと睨んでいると、この状況が好転したと思ったのか、したり顔になったダグラス官は大声をあげる。


「はははっ! おい、こいつらをさっさと片付けろ!! リトス侯爵の庭を荒らす狼藉者達だ!!」


 何とも他力本願が過ぎる男だ。

 ダグラス税務官の声で兵士達はこちらに向けて武器を構え始める。その中には食堂に追税を課してきた兵士達の顔も見えた。さっきまでいなかったのに、大軍がやって来たらそれに混じって自分達は官軍気取りか。

 ああ、反吐が出そうだ。


「ケントとヴァンニ。兵士達を頼めるか?」

「ん? ああ、勿論だ」


 武器も何もないケント達は平然とした顔で答える。


「食堂の椅子を蹴り上げた兵士達は、特にとっちめといてくれ」

「………根に持ってるな。それで、テオはそっちをやるのか?」

「最後まで礼を尽くさないとね」

「……そうか。だけどほどほどにしておけよ」

「ケントもね。全滅とかやめてよ?」

「それは何ともな」


 ケントとヴァンニは首や肩を回す。


「それじゃ、行きますか」


 ケントの声と同時に二人は走り出す。ケントの殴りつけた拳は光り、兵士はその光に触れると吹っ飛ばされてしまった。

 ………うわぁ、痛そうだ。

 吹っ飛ばされた兵士達の体の周囲はパチパチと光っている。

 あいつ、雷使いだったんだな。

 ケントはそのまま倒れた兵士の槍を奪い取ると、確かめるかのようにブンブンと振り回した。あれはもう鬼に金棒だろう。心配なんて必要ない。


「ま、魔力使いじゃないか! おい、城にいる治安部隊に連絡を入れろ! 我々では抑えきれない!!」


 どうやら城からやってきた兵士達はこちらが魔力使いだと今知ったようで、混乱した部隊は足並みが狂う。数人が伝令としてこの場を離れ、残りはこちらを睨みながら身構える。

 兵士達は数少ない魔力使いでケント達に対抗を始めた。


「………厄介が増える前にさっさと終わらせるか」


 俺は縄を手にダグラス官へと歩みを進める。


「はっ、ひぃ! く、来るな!!」

「散々勝手をやってくれたようだな。この街はお前の玩具じゃねーんだよ」

「な、何を言っている!!」

「これからお前を帝国軍へ引き渡す。今までやってくれていた所業も全て明るみにしてくれるだろう」

「はっ! 私を引き渡したところで、そんな調査などさせるわけがないだろう!! 何度も言っているが、低階級の役人が私を裁くなんて事が出来るはずがない。触れることさえな! カスタニアの権力は絶対なのだ!」

「何を言っているんだ。お前を引き渡すのはこの街の役人ではない。帝城だ」

「は? ……帝城だと? はっ、ははははは!」


 ダグラス税務官は高笑いをする。


「帝城がお前のような小汚いガキの話を信用するはずがなかろう! そんな事も知らないとはな!!」

「…………はぁ。帝国に、こんなのがウジャウジャいない事を願いたいよ」


 俺はダグラス税務官の言葉を無視して近付いたのだが。

 建物の奥から聞こえる新しい足音に気づいて振り返る。そこには兵士の間から騎士の制服を来た軍団が現れた。騒ぎを聞きつけたのか、さっきの伝令よりも早く到着したようだ。


「ち、治安部隊か! 彼らは帝城から派遣されている精鋭部隊だ。お前らのような小物では相手にならんほどの実力者揃いだぞ?」

「……知ってるよ」

「は?」

「………でも、部隊全員は揃っていないなぁ」

「何だと?」


 まあ、三人の侵入者に手こずるなんて本部も思っていないのかもな。隊の一部だけをこちらへ寄越したようだ。


「ケントー! 大丈夫そう?」

「あー……。大丈夫だとは言いたいところだが、ちとばかし部が悪いかもな」


 雪崩れてくる治安部隊を前にケントは頭をポリポリと掻く。

 それもそうだ。

 治安部隊に揃えられたのは帝国騎士団でも上位の実力者だと聞いている。流石のケントだって、相手の数が多過ぎるだろうな。


「そっち手伝うよ」

「あ〜、いいよいいよ。何とかする」


 そう言ってケントは俺に向かって手を振った。

 何とかって、本当に大丈夫か?


「おい、無茶は………」

「貴殿達は包囲された! 大人しく投降せよ!!」


 治安部隊長らしき人間は俺たちに呼びかける。

 だけど、この騒ぎのそもそもの原因は俺達ではない。


「待て! この騒ぎはそこにいる税務官が発端だ。俺達も無駄な争いをする気はない。統制官を呼んでくれ!」

「……統制官……だと?」


 俺が大声を上げれば、隊長は俺をギロッと睨みつけてきた。一体どうしたのかと分からなくて視線を動かせば、ケントは呆れ顔だ。

 俺は何か失敗をしたのか?


「何者だ?」

「え?」

「貴殿らは一体何者だ?」

「何者って………」

「このライラの街にいらしている統制官の存在は表立って公表などされていない。ましてや一般市民には特にだ。それなのに、どうしてこちらの体制を知っているのだ?」

「あ………」


 隊長の言葉に俺は我に返る。

 そうだった。統制官の存在は一部の人間しか知らされていない。ましてや「統制官」という立場は帝国では平常時には無く、皇帝が特別任命をして臨時に発足した役職だった。

 そんなごく一握りの人間しか知らないような情報を、俺みたいな人間が知っていれば警戒されるなんて当然の話だった。

 俺は自分のうっかりに、思わず手で口を塞いだ。


「帝城でもごく一部しか知らされていない情報を知っているなんて怪しいな。隠密でも使われたのか? ……まさか貴殿らは帝城で騒ぎを起こした皇子の仲間ではなかろうな?」

「ち、違う!」


 俺はブンブンと顔を振る。だけどこの状況で一体誰が信じるというのだろうか。

 俺達が平民の格好をしていたとしても、税務官を囲っている氷の檻の下には魔法陣がバッチリ浮かび上がっている。これでただの市民ですなんて信じてもらえないだろう。

 ケントに視線を向ければ、「やっちまったな」と呆れつつもどこか嬉しそうな顔で笑う。


「………ケントめ」


 もしかしたら、あいつにとってこの状況は好機なのかもしれない。

 静かにしていれば防げたかもしれない騒ぎだったのに、不服訴えるためなどともっともらしい言い訳をつけてワザと暴れにきたのか。

 ケントがこの仕事に納得していなかった事は俺も知っている。だからと言って、これは先生の逆鱗に触れるコースだろうよ。


「ケント、俺は庇わないからな?」

「………何の話だ、テオドール?」


 ケントは俺の言葉にニヤリと笑う。

 ちっ、可愛くない。お前なんか先生にぎゅむぎゅむに丸められて、そのまま蹴り玉にされてしまえばいいんだ。


「どうなっても後は知らないからな?」


 俺はキッと前を向く。


「武器を納めろ! 俺達はリトス侯爵の名を語った不届きな人間をとっちめに来ただけだ」

「リトス侯爵の名だと?」

「ここにいる税務官が、リトス侯爵の名を使って商売人から違法な税を取っていた」

「あ、おい! 小僧!! デ、デタラメな事を言うな!!!」


 ダグラス税務官は俺に目くじらを立てながら氷の檻から大声を上げる。


「隊長殿! このような薄汚い子供の話になんか耳を傾ける必要はありません。カスタニア氏族である私に身に覚えのない罪をでっち上げ、それを盾に金品を巻き上げるつもりだったのです!! 私は帝城から信用されてリトス侯爵の領地へ派遣された税務官ですよ?!」


 隊長は俺達とダグラス税務官を見比べる。


「………貴殿らを一時捕縛する」

「なっ!」


 隊長の判断に俺は驚く。

 言葉の真偽も確認せずにそれは横暴だろう。俺を捕縛するなら、あいつも捕縛しろよ。

 聞いてはいたが、この国では家族名や氏族名が強いのだと再度理解した。


「だってよぉ! どうするよテオドール?」


 俺と同じくピンチなはずなのに、ケントは上機嫌で俺に問いかける。さっき庇わないと言った仕返しだろうか。

 くそう、ケントめ。どこもかしこも敵だらけだな。

 ムスッとした顔をケントに向けた時だった。


「隊長殿。貴殿のその判断、後悔しますよ?」


 そう言って治安部隊の前に立ちはだかったのはヴァンニだった。


「何?」

「証拠もないのに、そのような公平性に欠けた考えでテオドールを捕まえるというのなら、私がそれを阻止しましょう」

「ヴァンニ〜」


 くぅ〜。ヴァンニだけだぜ、俺の味方は!

 普段は温和なヴァンニだったが、軍団を前にして表情が変わる。


「き、貴殿。………どこかでお会いした事があるか?」

「さぁ。どうでしょうか」


 何かを感じ取った隊長は、俺達の前に立ちはだかったヴァンニの顔をまじまじと見つめる。隊長から命令が飛んでこない状況に、兵士や騎士達はどうして良いのか分からずにまごまごし始める。

 その様子を見ていたケントはつまらなさそうな顔だ。………おい、不貞腐れるな。


「ちっ、つまんねえな。理由をつけて帝国軍をぶん殴れると思ったのにな」

「お前はそれしか言えんのか!」


 どさくさに紛れて八つ当たりをする気だったケントを俺は睨みつける。

 どうしてこうも血気盛んなのか。


「隊長殿! どのような理由があったにせよ、リトス侯爵のこの領館を破壊したことは確かです!! それだけでも重罪ですぞ!!」


 ダグラス税務官は戦況の動かなくなったこの状況にヒビを入れるかのように大声を上げる。

 ………確かに、壊したのは俺達だな。俺は視線を上げるとダグラスの言葉に納得してしまう。だけどそれなりの理由があったわけで。

 でも隊長もダグラスの言葉に動かされてしまったのか、迷っていた表情は消えて目が冴え始める。

 うん、これは雲行きが怪しいぞ。


「………全隊、リトス侯爵の庭を荒らす不届き者達を捕縛せよ!!」


 隊長は周囲に命令を下した。

 これは説得しきれなかった俺達の負けかもしれない。

 やはり弁が立つ方が有利だったようで、どうやら俺達は頭脳戦で負けてしまったようだ。


 動き始めた軍隊を前に、ケントはウキウキとする。


「おっ! こりゃ、楽しくなりそうだな」

「この脳筋!!」


 第二の元凶であるケントは嬉々として腕を回すと、突進してきた兵士の軍団を槍一本で薙ぎ倒していく。その姿を見た俺は絶句する。

 …………嘘だろ? これじゃ、まじで脳筋じゃねぇか。

 そんなケント達の姿を呆気に見ていた隊長だったが、我に返ると次々と俺達を包囲しようと各隊に指示を出し始める。前方からやってきた軍隊は、廊下を伝って三方向に分かれると、圧勝していたケントとヴァンニを囲み始める。


「おう、ヴァンニ。あとどのぐらいこいつらの相手が出来るんだ?」

「……全力でよければ、もう少しなら相手が出来そうですね」

「………これ以上の援軍はヤバそうだな」

「ええ…………」



 豪快に兵士を吹き飛ばしていたケントとヴァンニだったが、兵士に続く治安部隊との交戦が始まると、彼らの動きは鈍っていく。

 これ以上はこちらの戦況が危ういと思った時だった。

 最悪な事に領館入り口側から歓声が聞こえてきた。

 ………嫌な予感がする。

 そう思っていると、やっぱり城からの増援だったようで、制服姿が凛々しい騎士達が割るように入り込んできた。

 こりゃ、静かなる退場はもう無理そうだ。


「追加が来たか…………」


 ケントはジロリとその援軍を睨みつける。

 そんな騎士達の間から、一人の男が前へと進んできた。

 短髪で背は高く、マントを靡かせていかにも他の騎士とは立場が違うとわかるような姿だった。

 そんな男が騒ぎを起こしている俺達を見ると、眉間に皺を寄せた。


「と、統制官!」


 隊長はその男を見ると、敬礼をする。

 とうとうこの街のトップが出てきてしまったようだ。


「……っは……ふははは。お前達はもう終わったな! あの方は近衛騎士だったアレグリーニ統制官様だ。お前らのような雑魚が武力で勝てると思うなよ!!」


 檻の中にいたダグラス税務官は愉悦な表情を浮かべながら俺達に罵声を浴びせる。

 突然の大物に、周囲の視線は一気に統制官へと向いた。


「………これは一体何事だ?」


 荒れた中庭に入ってきた統制官は、静かに隊長に質問をした。


「それが、領館で暴れている男達がいるとの通報を受けまして………」

「暴れているとはあの三名の事か?」

「はい」

「………そうか」


 統制官はこちらから視線を外さない。


「これ以降は私が取り仕切ろう」

「はっ!」


 統制官と呼ばれた男は隊長にそう伝えると、部下らしき数人を引き連れてこちらに歩きながら近づいて来た。


「お前達は下がれ」


 ケント達を取り囲んでいた兵士騎士達にそう命令を下すが、それを聞いた騎士兵士達は納得いかないと言った表情をする。


「統制官、こいつらは大変危険ですので…………」

「言ったはずだ。下がれと」


 有無を言わさないと言った表情で統制官が睨みつけると、ケント達を囲っていた輪は一斉に後退した。

 その間を統制官は進むとケントの前までやってきた。

 ケントは武器を下げると、統制官と向かい合う。


「何がありましたか?」


 統制官はケントにそう聞いた。


「この街で商売やっていたら、追税って言われてな。そこにいる税務官に文句を言いに来たらこの騒ぎだ」


 ケントはクイッと顎を動かしながら、親指で檻の中にいる税務官を指す。


「………追税?」

「らしいぜ?」


 統制官は眉間の皺をさらに深くすると、ダグラス税務官に視線を向けた。


「どういう事ですか?」

「わ、私は忠実にリトス侯爵の財産を守る仕事をしていただけです」

「追税とは?」

「そ、それは彼の店の納税額が足りなくて……」


 統制官はその言葉を聞くと、視線をケントに向ける。その視線に気付いたのか、ケントは手を上に上げて、お手上げポーズを見せた。


「………わかった。では当事者達はリヴァイア城で調査をしよう」

「そ、それは私もですか?」

「勿論だ」

「ど、どうしてですか?」

「それは自分がよくわかっているのではないか?」

「なんですって?」

「統制官さーん。あそこにいる兵士達もお店で暴れたんで関係者です――!」


 俺は店に徴税の紙を持ってきた兵士達に向かって指をさす。まずいと思ったのか兵士達は逃げようとするが、周囲にいた治安部隊に取り押さえられた。


「統制官! わ、私はカスタニアの一族です。そんなことをすれば………」

「カスタニア? 貴殿はここをどこだと思っているのだ。リトス侯爵の御領地だ。カスタニア公爵家が口を出せるとお思いか? それ以前にリトス侯爵領で問題を起こしたとなれば、クシフォス宰相補佐官殿が黙っていないだろう」

「ひっ、クシフォス………」

「話は後でじっくりと聞こう」

「くっ。………くそ!! くそ――!! なんで私がそんな辱めを受けねばならぬのだ!!」


 ダグラス税務官はもう後が無いとわかったのか大声を上げ正体を表す。これが往生際が悪いってやつか。


「どいつもこいつも無能のうえ、市民がここまで野蛮だとはな!!」

「おい、お前!! いい加減にしろよ!!」


 ダグラス官に向かって俺は憤る。


「お前がぁ! お前がこんな檻を作るから、こんな事になったんじゃないか!!」


 そう言って、ダグラス税務官は俺に向かって手を向けると、最後の足掻きか魔法陣を使ってブリザードのように細かい氷塊を発生させた。

 振り向いたと同時に魔法壁を作ったが間に合わず、俺のコメカミに小さな氷塊がぶつかる。

 その瞬間、俺のメガネが吹っ飛んだ。

 それを見ていたケント達の顔は焦る。 


「あ…………」


 その下から出てきたもの。

 それは黄金の中に浮かぶ緋色の瞳だった。


「いってぇ〜」


 コメカミをさするが血は出ていない。かすった程度のようだった。


「ま、まさか」


 ダグラス税務官は俺を見ながら顔を青くする。


「はぁ。もう辞め時だったから良いけどな」


 ため息を吐きながら俺は後頭部にあった小さな金具を外すと、茶色の髪を掴んで引っ張り上げる。その下から出てきたもの。

 それは波打った淡い金色の髪。首を振って、それを広げて見せた。


「リ、リトス侯爵………」

「帝国ではそう呼ばれているな」


 俺がそう答えれば、ダグラス税務官は尻餅をついた。


「悪いが、俺は追税を依頼した覚えはない。それはあそこにいるゲオルグに伝えておく」


 俺は統制官であるゲオルグに視線を向けると、ゲオルグも俺の言いたいことがわかったのか、部下達に指示を出す。その部下達がダグラス税務官を捕縛しに動いたので、俺は魔法陣を消して氷の檻を消した。

 ダグラス税務官達が引っ張られていく様子を見ながら安堵すると、空を仰ぐ。中庭の空は四角く、そして心なしか遠くなっていた。


「もう夏が終わるな。…………そろそろ帝都に帰るか、アデル?」


 肩越しにケントに話しかければ、彼は額に巻いていたタオルを外して俺に低頭した。


「あなたのお心のままに、キツキ殿下」


 ケントに倣うようにヴァンニも帽子を取って緋色の頭を下げる。

 俺は彼らの姿を一瞥すると、領館の出口に向かって歩き出した。


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