村の生活2
「お待たせ、シキさん。お酒はこれでいい?」
キツキの手には食器とお酒の入ったコップが。
取り皿だけではなく、シキの飲み物も貰ってきたようだ。
「お、気がきくね」
「当然!」
自慢気なキツキからお酒を受け取れば、シキはコップに入っていたお酒の匂いを嗅ぐ。
「これは何のお酒?」
「知らない」
「何のお酒かぐらい確認してきてあげなよ」
「俺が聞いたってよくわからん。パドックさん達が美味しいって言って飲んでたから同じのを貰ってきた」
不安そうなシキを他所に、キツキは座ると自分のコップを手に取る。それを高く掲げたから、乾杯したいのだと察した私も自分のコップを持ち上げた。
「じゃ、今年もお疲れ様!」
「お疲れ様ー」
私達の様子を見ていたシキも同じようにコップを高く持ち上げると、そのまま倣うようにシキもお酒を飲んだ。
「あ、美味しい」
シキはそう言って再びコップに口をつける。想像していたよりも口に合ったようで良かった。
「シキさん。この数日はどこへ行っていたんですか?」
「うーん、………一周回って北東かな?」
どうして疑問形なのか。
「何してきたの?」
「オズワード殿のおつかい」
「おつかい?」
おじいちゃんのおつかい。
はて。それはなんだろうと考えるけれど、おじいちゃんの事だから魔物の出現エリアのチェックか、採集エリアの新規開拓とかかなと勝手に自己完結した。
始めのうちはキツキがシキを質問攻めにしていたけれど、気がつけばいつの間にか形成逆転していて、シキがキツキを質問攻めにしていた。好きな子はあの子か、とか。流せばいいものを、キツキは顔を赤くする。
「ばっ! そんなんじゃないです」
「へえ、さっきから目が追いかけてるからてっきりそうかと」
「ぐぅぅ、シキさん!!」
「悪い悪い。キツキの反応が面白くてな」
悔しがるキツキの姿を酒のつまみに、シキは薄ら笑いを浮かべる。珍しく悪そうな顔だ。
シキを揶揄おうとしたら、どうやらシキにやり返されたようだ。私ではこうも鮮やかにキツキには勝てないな。
二人のやりとりを横目に、ジュースを飲んだのだが。
………おっと。
「ちょっと席外すね」
暖かい日とはいえ、冷たい風を遮るものが無いテーブルで長い間飲み食いしていたから少し催してきた。椅子から立ち上がればキツキが声をかけてきたけれど「ちょっと」と断れば理由を察したようだ。
私は花月亭のトイレを借りようと庭側の出入り口から中へ入り込む。お店に入ればすぐ右手に男女の別れたトイレの扉が見えた。さらに中へ入ると数個の扉があって、運良く空いていた。
手を洗ってトイレから出ると、私をじーーーーっと凝視している集団と目が合ってしまった。
それは倉庫番のお兄さん達。花月亭の丸テーブルに休憩中のお兄さん達が纏って座っていた。そこにいる誰もが私に視線を向けているのだ。いつもと違ってお兄さん達の目が怖い。本能的にこれは避けれそうにないと悟る。
「ヒカリちゃん、ちょっと」
そんな事を考えていればチョイチョイと手招きされた。やっぱり。
何か失敗でもしたかなとお兄さん達にゆっくりと近付く。
「何ですか?」
「ねぇ、セウスと何かあった?」
「セウス?」
「そう。最近ヒカリちゃんは倉庫に来ないし、セウスに聞いても誤魔化すだけで何も言わないくせにずっと表情が暗い。俺達ちょっと気になっててさ」
あれから倉庫に行っていないのは確かだけど、どうしてセウスの調子に私の出没率が関わると思われているのか。切り離して欲しいなと、心の中で愚痴る。
「いえ、私は全く関係ないですよ」
うん、関係ない関係ない。そもそも私は普段からセウスと関わりたく無い。悪魔と関わると私の平穏な生活が脅かされてしまうから。奴のせいで火柱を上げて怒られるのは常に私。本当、昔からセウスが近くにいると………。薄暗い記憶が浮かんでこないようにグッと口を結ぶ。この際、綺麗にご縁を切りたいほどだ。
私の答えに、質問をしてきたお兄さんは顔を顰める。
「セウスには口止めされてるけど、本当に関係ないって思ってる?」
「どういう意味でしょうか?」
お兄さん達の言葉の意味がわからないから素直に聞いてみる。
本当、何なのだろう。
「二人が喧嘩したのかと思っているんだけど」
「………いつもしていますけど?」
「いや、そうじゃなくて…………」
お兄さん達の言いたいことがわからない。だけどどうやらあちらも私の返事に困惑しているようだ。
これは会話が噛み合っていないようだ。
お兄さん達は一体何を私に言いたいのか。お兄さん達からの質問も途切れてしまい、かといって用事は済んでいないようで解放はしてもらえない。無言の時間がただ重い。周りはお祭りの楽しい雰囲気の中、このテーブル席だけが気まずい空気だった。
時間が止まったかのようにお互いに顔を見合わせていると、奥に座っていたベテランのお兄さん二人が難しい顔で私に視線を向けた。いつもは笑顔で迎えてくれるお兄さん達だ。本当、どうしたのか。
「ヒカリちゃん。最近、新しく来た男と一緒に居すぎやしないか? さすがにセウスが可哀想だ」
「ヒカリちゃん、今セウスの家から話が来てるでしょ? もう少し考えてあげてよ」
「……………考えて?」
何の話だろうか。
新しく来た男?
それはシキのことだろうか?
可哀想とか考えろとか、一体どういう意味?
セウスに迷惑をかけられているのは私の方なのに、何故私が倉庫番のお兄さん達に叱られているのか。
そもそもお兄さん達に責められるような事を私はしたのだろうか?
気持ち悪い雰囲気の中、私の頭はぐるぐる回る。
「兄さん達っ!!」
食堂のざわめきを裂くような声と共に、セウスが怒りを露わに花月亭へ駆け込んできた。普段は温和なセウスの見慣れぬ気迫に、花月亭にいた誰もが驚きながら道を開ける。ズカズカとお兄さん達座るテーブルへと近付いてくるセウスとまだ顔を合わせることの出来ない私は顔を背ける。セウスは私とお兄さん達の間に割って入ると、テーブルにバンッと手を置いた。
「ヒカリを捕まえて何をしているんですか!」
「いや、すまん。………首を突っ込むつもりはなかったんだが、どうも気になってな」
「何もするなとあれほど………!!」
近くで双方の話を聞いていても、やっぱり何の話なのか全くわからない。
「ヒカリ、行って良いよ。お祭りの日なのにごめん」
セウスは振り向きもせずに私をお兄さん達から逃がそうとする。私はセウスにお礼どころか何も言えずに翻った。その場から立ち去るのがやっとだったから。
遠くからセウスとお兄さん達の声が聞こえてきたけど、何も聞きたくなかったし逃げるのに必死だった。
走ってキツキ達のいるテーブルまで戻る。
「遅かったな」
キツキは息が上がっている私の顔を覗き込む。
「どうした?」
話の意図はわからなかったけど、さっきのお兄さん達の顔が頭から離れない。私はここにいてはいけない気がして椅子に座れなかった。
「ごめん、疲れたからそろそろ家に帰る」
わからないけど泣きそうだった。子供時代に悪さをした時以外は村の人に非難されるのは初めての経験だった。
私はそれよりも酷い事をしたのだろうか?
「あまり早く帰ると、家に迎えに来られるぞ?」
そう。収穫祭は暗くなり始める夕方まで祭りに参加していないと、誰かしら家まで迎えが来るという迷惑この上ない仕様付きなのだ。
それでも帰ると答えれば、キツキは立ち上がって私の腕を掴んだ。
「俺も帰るから少し待ってろ」
キツキはテーブルを片付け始める。それを見たシキも俺も帰るかと片付け始めた。
「二人はまだ居て良いよ。家ぐらい一人で帰れる」
これ以上ここにとどまれば涙が溢れそうで、私はキツキの静止を無視して家目掛けて早足で帰る。
我慢しても、気を緩めれば視界が滲みそうだ。
私はまた何かしたのだろうか。昔から同年代の女の子達から遠巻きにヒソヒソと煙たがられていた事は知っていたし、その度に不安になっていたけどいつの間にか慣れてしまっていた。でも今日は初めて年上の男性に、理由はわからないが咎められた。
やっぱり私が何かいけない事をしたのだろうか。
戻る途中に村のおじさんやおばさんたちから声をかけられたが、見せられる顔がなかった。
お祭りの日に心配なんかされたくない。
家に着くと、すぐ部屋に戻ってベッドの中に潜り込む。
ただただ不安だけが私の体を覆っていた。
「おーい、ヒカリ」
キツキが部屋の扉を開けてから扉をノックする。
私が帰ってきてしばらくしてからキツキも家に戻ってきたようだ。
私が返事をしないでいると、ベッドに近づいて布団を持ち上げ、私から剥がす。
許可もなく勝手に布団という結界を破らないで欲しい。
キツキは私の顔を見るなり私を持ち上げてベッドに座らせる。キツキは目線を下げると、片膝をついた。
「戻ってくる途中、花月亭の中で騒ぎがあったようだけど、それと関係してるのか?」
私は顔を下に向けたまま返事が出来なかった。
キツキは服の袖で私の顔を拭く。
「わからない」
精一杯の答えだった。
それ以上聞かれても、私に答えられる言葉は持ち合わせていなかった。
悔し涙が溢れる。
周りを怒らせた理由を私が知りたかった。
「こりゃ、おじいさまを待つしか無さそうだな」
キツキはしゃがんだまま片手で頭を抱えると視線を私から逸らす。
私達から継ぐ言葉が出ることはなく、時間が過ぎるのをひたすらに待った。
※日本ではお酒は20歳からです。
<更新メモ>
2025/09/16 加筆修正、人物メモ削除