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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第三章
201/219

不本意な密偵8

 ****





 ― 帝城 カロス ―


 セルゲレン地方から送られてきた小さな報告書に目を通す。

 主要な報告だけが簡素に綴られていた。


「ドーマは無事でしたか」

「ああ、手間をかけさせたな」

「いえ」


 伝書鳥の足に付けられるほどの小さな報告書を机に置くと、目の前に立っていたリシェルは申し訳なさそうに目を伏せる。これが届いてすぐに、私の執務室へと自ら赴いて来ていた。

 無事とは言え、自国の地方統括軍が予告も無しに襲ってきたのだから、無傷だったわけではなかったようだが。

 ドーマの犠牲が多大になる前に、早く動かせて良かった。


「モーラ侯爵に出向いていただいて、やはり良かった様ですね」

「ああ。送り込んでいた調査官達だけでは、大軍相手ではどうしようもなかっただろう。詳細な報告書は数日後に届くはずだ」


 モーラ侯爵を勅使に任命し、そのままリシェルが準備していたポース軍を官軍へと転換させた。事態によっては強行に動けるだろうし、今の帝国軍よりは情報漏れの可能性も低かった。

 結果として、思惑通りに事が動いた。その思惑とは、こちらが想定していた最悪なシナリオの上に成り立っているものだが。


 “前セルゲレン侯爵が軍力を手に入れるために動き出す”、という想定は、帝城でキツキの殺害が出来なかった前セルゲレン侯爵が次にとる行動を予測したがため。そもそもセルゲレン軍の能力はそう高くないし、軍強化に力を入れてはいなかった。

 先日の帝城での奇襲が失敗したのだから、もう一度行動に移すならば再び新しい戦力を集めて蓄えなくてはならないが、それには多くの資金と時間がかかってしまう。

 しかし、それを解消する方法はあった。


 それは協力してくれる貴族に大軍を要請するか、もしくは他所から奪う方法。


 前者の場合、分の悪い前セルゲレン侯爵のために皇帝に反旗を翻してまで協力しそうな貴族はそう多くはなく、いたとしても彼らの所持している軍ではそう脅威にはならない。


 だから余計に気になったのだ。

 セルゲレン地方で指折りの軍を所持している両家が、キツキへの服毒の容疑がかけられているという事に。ドーマ軍もセリーニス軍も、地方どころか全国的にも名高い。


「……本当に、ドーマとセリーニスを狙うとはな」

「モーラ侯爵の判断が的確で幸いでした」

「自分は中隊だけ率いて、残り全部をセリーニス領へ送り込んだとか。知ってはいたが相変わらずの自信家だ」


 リシェルは腰に手を当てながら、どこか諦め顔で小さな報告書に視線を送る。

 モーラ侯爵はこちらの想定以上の働きをしてくれた。

 彼は軍を分けてドーマ領へだけではなく、セリーニス領へもポース軍を動かしている。

 現地で何らかの理由によってそう決断をしたのだろうが、その判断が早かったがためにセリーニス領は中心地へ入り込まれる前に押し返す事が出来たようだ。

 いち早く、セリーニス領からはその報告が上がっている。


「あの説明だけでそんな英断をなさるとは。相変わらず抜け目がありませんね」

「それを本人の前で言えば、喜ぶぞ?」

「遠慮しておきます」


 昔から私はロッシェルド・ポースとは馬が合わない。

 というよりかは、リシェルに近付く私を目で追い払うとしている態度はあからさまで、彼が居る時にはリシェルには近付き難かった。

 そんな面倒臭い彼の性格を知ってか知らずか、リシェルはおかしそうに笑う。


「そういえば、モーラ侯爵はご立腹されていましたか?」

「ロッシェルドか? いや、妻子と離れることは嫌がってはいたが、勅使に関してはあっさりしていたよ。殿下の“彼氏”に会ってみたかったんだと、揚々と出掛けて行った。今頃あちらで仲良くなっているだろう」

「どうでしょうか。あの彼は人の良さそうな顔をしていますが、自分の領域に見知らぬ人が入り込むのは嫌がりますから、押してばかりでは逃げられるかもしれませんね」

「ロッシェルドのしつこさと、どちらが(まさ)っているかな?」

「その予測は難しいですねぇ」


 お互いに首をかしげるが、目が合うとくすっと笑い合う。


「それにしてもセルゲレン地方統括代理が決まったから、前セルゲレン侯爵の名は使えないな」

「ホーシャ子爵で十分でしょう」

「妃のご実家が一気に勢力を失ったな」

「普段の行いが悪いのですよ」


 今回の事で、主要な立場にいたアリアンナ妃派の人間を引きずり下ろす事が出来た。急な人事再編は帝城を混乱させてはいるが、それが終われば役立たずだった彼らのおかげで滞っていた業務が順調に進むだろう。


「はは、違いない」

「それにしても………」


 気になっていた別のメモを拾い上げる。


 ― ホーシャ商会工房内にてサウンドリア王国国章入り武具の製造を確認

 ― 製造資源は国外からの可能性


「ホーシャ商会は工芸品ではなく、サウンドリア王国の武器を製造していましたか」

「ああ。最初見たときは目を疑った。ホーシャ子爵の資金源はこれだったようだな」

「………」


 一方的に巨額の資金が入っていた訳ではなく、武具を生産した対価としての売り上げを貰っていたのなら、アリアンナ妃の父であるホーシャ子爵がやっていたことは外患からの資金提供ではなく、ただ違法な取引となる。

 それは想定していたよりも事態は軽くなるのだが。


「………しっくりしませんね」

「何がだ?」

「この終わり方が、です」

「………他国の国章入り武器製造なら、帝国では重罪だろ?」


 確かに、それで罪に問うことは出来る。


「それはそうなのですが、本当にそれだけだったのか、と」

「それだけ?」


 リシェルは不思議そうに顔を傾げる。


「何が気になっている?」

「……ルイアス商会の正体です」

「………ホーシャ商会の取引先か」


 ルイアス商会はホーシャ商会の取引先だ。これだけの人員を投入したにも(かか)わらず、そのルイアス商会の尻尾を掴むことが出来なかった。

 本当にルイアス商会はただの武器商人で、今度の事はただの裏取引だったのだろうかと疑念が晴れない。


「他国の国章入りの武器ですから、売るにも伝手がなければ難しい。ですから、ホーシャ子爵が当てもなく武器製造をやり始めたとは考えづらい」

「つまり、ルイアス商会が武器製造をさせたと?」

「ええ。書類上はアトミス王国の商会となっていましたが、それは嘘でしょうね」

「自国であるはずのアトミス王国を裏切って、サウンドリア王国の武具を作らせていたのだからな」


 リシェルの言葉に頷く。


「今の情報だけでは、ルイアス商会がホーシャ商会にサウンドリア王国の剣を製造させていた理由がわからないのです」

「………確かに、例えルイアス商会がサウンドリアの隠れ商会だったとしても、自国の武具なら自国内で作った方が、運送コストや人件費は格段に安い。利点など一つも無い取引だ」

「ですから、これをただの違法な武具の裏取引で終わらせるには危険かと。帝国のホーシャ商会で作らなくてはならない理由が、他にあったと考えた方が良いでしょうね」

「その目星は?」

「今はまだ」

「……相手は只者ではなさそうだな」

「ええ」


 手にぐっと力が入る。

 どこの国の手の者かはわからないが、主目的がわからない。ただ、いたずらに錯綜(さくそう)させようとしている事だけは薄っすらと感じる。


 ルイアス商会にアトミス王国とサウンドリア王国は関わっているのだろうか。

 調べたいが、今両国は他国からの依頼や調査団を受け入れるのは難しい状況になっている。


「……アトミス王国の戦況はどうなっていますか?」

「攻め入られた鉱山地域を、必死に守っているようだな」


 アトミス王国は国境沿いの鉱山地域をサウンドリア王国に攻められ、説明もないまま両国は戦争に突入した。

 軍事協定を結んでいない我がプロトス帝国は静観をしているが、前線となっているのは帝国との国境にも近い鉱山地域で、特に帝国はそこから大量に鉱石を買い入れている。サウンドリア軍はどうやらそこを強奪しようとしているようなのだ。

 こちらから兵を貸し出そうかと親書を送れば、アトミス王国からは快い返事は返ってこなかった。帝国が軍を出したついでに、アトミス王国の鉱山地帯を手に入れようとしていると、アトミス側の重臣達が王に進言しているようなのだ。

 だけど、臣下としては正しい判断なのかもしれない。


 戦況を変えるほどの軍を動かすとなると、やはりかかる資金は多額で、協定もない他国のために軍を動かしたとなれば、何もしない訳にはいかない。見返りを要求するのは確かで、アトミス王国としては、軍事協定を締結していない帝国に余計な恩を作りたくはないのだろう。

 幸いサウンドリア王国側は国境全体からではなく、一部の地域だけを狙って来ている。そのため、自分達だけで押し返せると考えての返事だったのだろう。


 だから妙なのだ。


 アトミス王国が自分達だけで対処出来ると思わせる規模の戦争に留めて、手出し出来ない帝国が重要視している地域だけを狙っている。

 サウンドリア王国に、そんな頭の回る参謀や家臣がいただろうか。


 ………それとも、自分の知らない新人か?


 ぼうっと考えてしまっていたのか、気付けば目の前には銀色の瞳。それを細めて私の表情を観察する。弟であるラシェキスと似ているものの、リシェルの方がよりクラーディ一族の血を強く受け継いだのがわかる色だ。


「……なんでしょう」

「どうした、ボケッとして」

「考え事です」

「カロスでもわからない事か」

「今は分からない事だらけですね」


 それもそうだなと、リシェルは肘をついていた体を持ち上げる。


「では、忙しいお前の代わりに、ルイアス商会とホーシャ子爵の行方は、このまま俺が追おう」


 その言葉に、目はリシェルを追う。


「……ホーシャ子爵の手がかりが?」

「実はな、子爵とアリアンナ妃だけではなく、二人の妹も行方不明になっているようだ」

「どこで?」

「アナトリィだ」

「アナトリィ……」

「一ヶ月前に急に旅行へ行くと言い、そのまま滞在先から姿を消したようだ」

「いつから?」

「二週間前だ」

「二週間前………」


 アナトリィは帝都から南東に、セルゲレン地方からは東に位置する港街だ。

 貿易船や輸送船が行き来する港町だが、キュアノエイデスほどではなく、代わりに観光用の旅船が頻繁に港に出入りする。そのため若い女性に人気の観光地でもある。

 季節柄、船遊びにでも出かけていたのだろうか。


「………アリアンナ妃が消えた時期に近いですね」

「ああ。急に言い出したのも、何か裏があるのかもな」


 姉のアリアンナ妃は3歳の息子を連れたまま、帝都の裏道で馬車を乗り捨てたまま行方不明となり、トルスは騒動の最中、西へ逃走した姿を目撃されたのち行方知れず。そして父であるホーシャ子爵もこんな大騒ぎを起こしたが、未だに姿を現していない。

 継承権をお持ちのレオス皇子の身が心配だが、トルスに繋がる事だから私は積極的には関われない。軍は地方にも捜索隊を派遣して探しているようだが、まだ手掛かりを掴めていないようだ。

 それにしても。


「上手く隠れているものだ………」


 今回は陛下の指示もあり、高位関係なく貴族の館は全て調査対象となっている。国内にある全ての館や城を調査する前に、軍だってホーシャ子爵と繋がりがあったり、信憑性の高い場所から探してはいるのだろうが、まだ何の報告も上がらない。


 机に肘をついて、親指で強く顎を押す。視界を持ち上げながら可能性を考える。


「………リシェル。とある仮定を元に、部下を動かしていただけませんか?」


 リシェルの部下は体を使う武闘派が多い。それはリシェルが自分並に体力がある部下を欲した結果(ゆえ)だ。だから軍上がりの人間は、リシェル側に雪崩れ込みやすい。さらに冬は上司であるリシェルが実家の仕事で休職するので、その期間彼の部下達の仕事はゆるゆるになる。そのため、寒さ嫌いな部下も集まりやすいという特徴もある。

 つまり、リシェルの部下達の力を最大限に使うなら、夏に差し掛かっている今である。


「何をすればいい?」

「お耳を」


 私は立ち上がり、リシェルの耳元に口を近付ける。


「……だが、それでは目立つだろ? こちらの目的が相手に筒抜けになって逃げられないか?」

「わかっています」


 私は立ち上がって棚から一枚の書類を取り出すと、机の上にそれを置く。リシェルは机に置いた書類を持ち上げた。


「………なるほどね。これを利用しようってことか」


 リシェルは舐めるように書類に目を落とすと、ご裁可いただけたかと呟いて、安堵した表情で腰に手を置いた。


「随分と異例の処罰にしましたね。陛下の恩赦で罪を軽減させるなんて」

「ん? ああ。調査に大分骨を………部下達が折ったが、間違う前に進言出来て良かった」

「甘くありませんか?」

「何を言う。これから帝国のために沢山働いてもらうさ」

「それであなたの資産も投入するとか。話を最初聞いたときは耳を疑いましたよ」

「良いだろ?」


 悪気のなさそうなリシェルは書類をパタパタと揺らす。その姿に呆れながら、椅子に座り直した。時々彼の大胆とも豪放とも言える判断に敬服してしまう。


「この準備を部下に任せたら、ヒカリ殿下の所へ寄ってくる」

「……そうですか」


 変わった話題に対して、私はふいっと顔を背ける。そんな私をリシェルが見逃すはずもなく、じっと凝視してくる。何か余計な事を考えていそうな目だ。


「……殿下の彼氏に出掛けてもらっている間に、ランドルフが殿下に手を出し始めているみたいでな。少し牽制に行ってくる」

「………」

「気になるのなら引き離してこようか? 俺の仕事を手伝わせれば、しばらくは戻れなくなるはずだ」

「……何をおっしゃるのやら。あちらもリトス卿の許可をいただいて護衛に入っているのですから、勝手は出来ませんよ」

「護衛としての立場を逸脱しているのなら、その域じゃないだろう?」

「はあ……。その判断はお任せしますよ」

「素直じゃないな」


 リシェルはおかしそうに笑う。その顔に苛ついた私は、立ち上がって冷たい視線をリシェルに返した。


「次の来客がありますので、話が終わりましたら出て行ってくれませんか?」

「はははっ! 悪かったよカロス。じゃあ、後は俺に任せておけ」


 軽やかに翻ったリシェルは肩越しに手をヒラヒラとさせる。そんな男が部屋から出ようとした時、廊下から誰かが早足で近付いてくるのがわかった。リシェルもその音に反応すると、扉を開けて廊下を覗き込む。


「……何かあったみたいだ」


 しばらくすると、扉の隙間からリシェルの部下が息を切らしている姿が見えた。リシェルが小声で何事かと聞くと、部下はこっそりとリシェルの耳元で話し始める。表情を重くしたリシェルは、持っていた書類を部下に渡しながら指示を出すと、もう一度執務室の中に戻って来た。

 その表情から、尋常ではない事が起こったようだ。


「どうしましたか?」

「カロス、落ち着いて聞いてくれ」

「はい」


 私にそう伝えたリシェルは一呼吸すると、強い眼差しで私を見る。


「帝都にあるホーシャ子爵の屋敷の敷地から、銀留花の毒が入った瓶が見つかったそうだ」

「………銀留花がホーシャ子爵邸から?」

「ああ。使用人の立ち入りを禁止していた、小さな倉庫の中にあったそうだ。中瓶ほどの大きさに、まだ半分近く残っているようだ」

「…………」


 リシェルにそう説明されたが、言葉を発する事が出来ず、喉が急に渇いてくる。だけど目だけは異様に見開いて、深刻そうな顔をするリシェルだけが目に映った。

 それは母を殺した犯人を示す証拠とともに、従兄弟であるトルスや子供のレオス皇子の立場を更に危うくさせる報せ。

 既にその可能性を考えていたのに、その報せに動揺している自分に驚いた。


「大丈夫か?」


 リシェルの心配に、無言で頷く。


「アルノルド・キアラを罠にはめた兵士の二人も、セルゲレン……いやアリアンナ妃派からの推薦だったな。これで、罠をしかけた勢力がどこか分かった。決定だろう。あとは飲み物に入れた毒の入れ物が見つかれば、事件の真相に近付ける」

「………」


 陛下にご報告してくると、険しい顔のリシェルは翻る。扉が閉まった音を聞いた私は、力もなく椅子に腰を下ろした。

 少し離れて私達のやり取りを見ていた秘書のバルトロスは、そっと私に近付く。


「クシフォス宰相補佐官。次の方をお連れする準備を始めてよろしいですか?」

「……少し、遅らせてくれ」

「かしこまりました」


 バルトロスは頭を下げると、それ以上何も言わずに彼もまた部屋から静かに出て行く。

 湧き上がる慨嘆(がいたん)に耐え切れず、私は手を顔に押し当てると、震える視界を力一杯消した。







 目の前には黒い布で目隠しをされた青年。

 その周辺には彼を連れてきた皇務省の文官が囲むように立っている。

 部屋の中には第二秘書までが待機し、執務室の雰囲気は重々しい。

 刃物を持たせる事は出来なかったから、青年の口元にはうっすらと無精髭が見える。

 顔色も少々悪く、体が時々ふらつくが、それでも気丈としている。


「取れ」

「はっ」


 指示された文官が青年から目隠しを外すと、布の下に隠れていた茶色の瞳が現れた。

 その瞳は光を得るや否や、私を刺さんとする刃のように鋭くなる。


「………クシフォス宰相補佐官?」

「久しぶりですね、エルディ・ダウタ。今までお疲れ様でした」


 その言葉に反応したダウタは、急に声を荒げる。


「お疲れ様って…………。まさかキツキ様の側近をクビという意味ですか?! 何度も言いますが、私は毒なんか………」


 勢いよく無罪を主張してきた青年は、とても貴族の子弟らしからぬ姿なのに、それを気にするどころか私に屈する様子を一切見せない。

 その様子に目を細める。


「貴方に必要なのは、あと少しの冷静さですね」

「何をっ!」

「貴方はリトス侯爵の側近です。リトス侯爵を害そうとすれば、簡単に出来る位置にいる」

「ですから、私は毒など盛ってはいません!!」

「ええ、わかっています。牢に入れた疑惑はでっち上げですので」

「何がでっちあ……………で、でっち上げ?」


 ダウタの目は、夢から目覚めたかのように何度も瞬きする。先程までの鋭さはなくなり、目は丸くなる。


「貴方には、今まで皇務省の研修を受けていただいていました」

「け、研修??」

「リトス侯爵の側近という地位はとても重要です。リトス侯爵の全てを知り、リトス侯爵に信用される。そんな側近はリトス侯爵を害そうとする輩に(そそのか)されたり、誘拐されて彼の情報を探られる事もありえる訳です。つまり貴方も常に危険で、リトス侯爵の弱点にもなり得る」

「そんなことは百も承知です!!」

「地位に縋りたいがために、言葉では誰でもそう簡単に言います。ですが実際には尻込みしたり裏切る人間がほとんどなのですよ」

「私は………!」

「そう、貴方は違った。皇位継承権一位の人間の毒殺を疑われ、証拠も無しに牢に入れられても宰相補佐官という地位のある人間に屈せず、牢から出たいがために嘘も言わず、情報も出さなかった」

「それは」

「その当然が出来ないのですよ、追い込まれた人間は」

「………」

「更には急に賊がやって来て、命の危険があっても貴方は誰にも屈せず泣き言も言わなかった。悲鳴は上げたみたいですがね。まあ、魔法も武器もないのですから、そこは目を瞑りましょうか。賊についてはついででしたので、研修と囮に利用させてもらったのですがね」

「つ、ついで?」

「いえ、こちらの話です。つまり、貴方は合格をしたという事です」

「合格とは、何にでしょうか?」

「次期皇太子の補佐官候補にです」

「……はい?」


 理解の追いつかないダウタは眉を顰めるが、私が引き出しから取り出した一枚の書状に目をやると、表情を変えた。


「これが私からの推薦状です」

「“エルディ・ダウタをキツキ・リトス皇太子の補佐官に推薦する“?」


 推薦状を机に置くと、ダウタの目の前でサインと印章を押した。


「リトス侯爵の皇太子の儀を来年の春に定めています。日程が決まり次第、陛下へ進言させていただくつもりですので、貴方もそのつもりでいなさい」

「………」


 呆然としたダウタからは、さっきまでの勢いも返事もない。


「呆けている暇はありませんよ。皇太子の正補佐官は公職ですので、今度の上級試験を受けていただきます」

「こ、今度?」

「秋にある試験です」

「あ、秋ですか?」

「ええ、そうです。これでも、あなたの資料を実家から取り寄せて、それ以下の試験は今までのあなたの実績と私からの推薦で免除させたのですよ。ですが、上級試験を推薦だけでは回避する事は出来なかったので、実力で入ってください」

「上級って……」

「武官で言うところの近衛騎士試験ですね」

「……ですよね」

「皇太子御自ら指名する私補佐官もありますが、高官である正補佐官のほうが発言権は強いですから。まあ、今まで貴族の子弟らしく一通りの教育を受けているのなら、そう難しくはないはずです」

「………ひぇ」

「あまり時間はありませんが、試験まで私の秘書をつけます。何が何でも受かりなさい。万が一落ちたら、皇太子の儀式には間に合わなくなりますよ。そうなれば、キツキ殿下の側近は別の人間が付くことになります。どうしますか?」

「や、やります!」

「では、秋までは勉強がてら私の秘書としても働いていただきます。バシリッサ公爵には貴方は皇務省で研修を受けていると伝えてありますので、丁度良いでしょう。これから覚える事は沢山ありますが、先ずは貴方が牢に入っている間に発生した事を説明しましょう」

「そ、そう言えばキツキ様は?」

「……皆の者、外へ」


 執務室にいた者達は、私からの指示に部屋から出ていく。

 全員が廊下前から消えたのを感じると、視線はダウタへと向いた。


「ここから先の話は機密になりますが、貴方なら大丈夫でしょう。時期が来るまで口外は許されません。当然、バシリッサ公爵にもです」

「承知しました」

「リトス侯爵ですが、今は…………」

「………え?」


 私の説明を聞くダウタの顔は、ゆっくりと歪んでいった。


<独り言メモ>

(´・ω・)フッ。

コロナの次は右手小指の負傷(原因不明)。

箸が持てないぐらいには痛く、遅れを巻き返せません orz。


200話突破したし、3章も次のセクションから後半だし、ちょうど10月だし(イミフ)、

作者名を変えようと思っています。パッパラパッパーァ ( ゜Д゜)ドヤァ。

ヨモギさんって多いので、苗字をつけようかと。

「笹餅 よもぎ(ササモチ ヨモギ)」です。 美味しそう??

タグには従来の「よもぎぃ」で検索出来るようにしておきます。


今後とも、ご愛読いただけますよう、お願い申し上げます orz。



<人物メモ>

【ホーシャ子爵】

前セルゲレン侯爵のこと。

帝城の騒動を企てたとして、地方統括(侯爵)の地位を剥奪されたがために、元の子爵へと呼び名が変わった。


【アルノルド・キアラ】

セルゲレン地方にあるセリーニス伯爵の次男。

キツキの専属近衛騎士だったが、キツキへの服毒関係者と疑われて牢屋へ。

すでに疑いは晴れてはいるが、命を狙う勢力がいたために身を守る為に未だ牢に入っている。



<更新メモ>

2023/09/22 加筆(抜け字、読みづらい箇所等の修正。ストーリー変更なし)

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