帝城騒擾5
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― 帝城 キツキの部屋 ??? ―
遠くからガラスが割れる音や叫ぶような声が聞こえる。それは時間が経つにつれて次第に大きくなり、とうとう帝城の高階にあるキツキ殿下がお休みになられているこの部屋にも、それがはっきりとわかるほどに聞こえてきた。
ハムイ隊長も、一向に治まらないその騒動が気になったようだ。
「……下で何かあったようだな」
「そのようですね、ハムイ隊長。私が様子を見て来ましょうか?」
「いや、お前はこのままキツキ殿下の側にいてくれ。私が廊下にいる騎士に指示を出して来る」
「承知しました」
頷いた俺を見ると、隊長は廊下へと出ていかれた。
「下の様子を………」
廊下からハムイ隊長が周囲に指示を出す声が聞こえてくる。しばらくするとやっぱり気になったのか、ハムイ隊長の声は数人の足音と共に部屋から離れていった。
彼の気配が消えると、俺は扉に背中を向ける。
本当、仕事熱心な人だ。
昔から冷静で、近衛騎士の中でも優れた人だと思う。
だけど、ハムイさんは詰めが甘い。
こんな時に彼の下した甘い判断に、俺の眉間に皺が寄ってしまう。
この部屋にいる近衛騎士は俺一人じゃないか。
部屋には年老いた医師一人と、世話係である腕の細い女官が二人。ここに賊が入ってきたらどうするつもりだったのだろうか。
でもその答えは彼からはもう聞けないし、この先の教訓にもならないだろうな。
どうして俺なんかを、殿下の寝ている部屋に置いていっちゃうかな。
心の中で蠢く笑いが止まらない。それが顔に出ないように、表情を引き締めた。
「殿下のご様子を確認してくる。戻って来たハムイ隊長にはそう伝えておいてくれ」
部屋にいた女官にそう伝えると、カーテンで間仕切りされた部屋の奥へと進む。そこには大きな寝台に横たわる淡い金髪の少年がいた。
死んだように寝ていて、寝返りどころか寝息さえも聞こえない。
近付いて彼の顔を覗き込むと、どうしてかじんわりとした違和感が生まれる。
心なしか、ヒカリ殿下とお顔が似ていないような気もするが………。
途中で担当が変わったから、元気でいらっしゃる時に間近で拝顔したことはそうないが、ほどほど妹に似ていると言えば似ているだろうか。
まあ、双子と言っても男と女だし、顔なんて成長すれば変わるよな。
噂通り意識の戻らない殿下が音もなく横たわっているのを見ると、口元は緩んでしまう。
これでようやく、帝国を元に戻せる。
お前達が現れなければ、この帝国は平和だったのにな。
「はっ、残念だったな。妹に殺されておけば、俺なんかにやられなくて良かったのにな」
スッと剣を鞘から抜くと、おもむろに両手で真上に剣を引き上げる。
「寝ている間に殺されれば、痛みもないだろ? さようなら、殿下」
別れの言葉をかけると、力任せに寝ている少年の胸を目掛けて剣を突き刺した。
ガシャン!
手に走った痛みのような痺れと共に、大きな音を立てて剣が弾かれる。
驚いて見直すと、寝ている少年の上には、さっきまでは無かった防壁魔法による魔法壁が出現していた。
「なに?!」
「寝ていても、痛いものは痛いと思いますけどね?」
誰もいなかったはずの背中からの声に驚いて振り向くと、俺よりも背の高い黒髪の男がいつの間にか真後ろに立っていた。
「く、黒公爵………」
「そう呼ばれる度に何度も訂正していますが、父が無駄に元気ですから、私はまだ公爵位を継いではいません」
冷ややかな目で淡々と答える。
「何故ここが?」
「何故? ここ以外の騒動の目的がありましたか?」
ギクリとする。
黒公爵のその言葉で、階下の陽動は失敗したのかと思い知らされる。
「あれだけのならず者達がいたのに………」
「あんなもので、帝城が覆る訳が無いでしょう。何年帝国騎士を務めているのですか?」
「兵士だって……」
「兵士? ああ、魔法が少しは使える彼らのことですか? あの程度で、帝国の騎士達よりも勝ったと思いましたか?」
黒公爵の顔色は一つも変わらない。
「……くそっ!」
作戦が失敗し、カーテンを突っ切ろうと黒公爵の横を駆け抜けたが、そこにはハムイ隊長と数人の近衛騎士達が壁のように並んで逃げ道である部屋の扉の前に立ち塞がっていた。
部屋を離れたのは演技だったか。
「もう終わりだ。観念しろ」
「まさか………」
「お前の言動がおかしくてな。見張らせてもらっていた」
「見張り? まさか、担当がハムイ隊長とキツキ殿下直属に変更になったのは………」
「全てこちらの手の内だ。宰相補佐官もご存じの上で、近衛騎士隊の編成にご助力をいただいた」
「なん、だと………。いつからだ?」
「気付いたのは殿下達の故郷から帝国へ戻る船の中だ。お前は事務官から連絡を受けていた私以外は知らないはずの本国の事情を知っていた」
そんなことを口を滑らせただろうかと記憶を辿るが自分の失敗を思い出せない。その間にもハムイ隊長はの目は鋭さを増していく。
「あの時ヒカリ殿下の専属全員はクシフォス宰相補佐官直々に殿下達の故郷まで転移していただいたはずなのに、何故かお前だけは通って来てもいないリヴァイア城に、上級騎士の小隊が来ていることを知っていた。上級騎士の隊は特別な許可が降りない限りは、要請されてもそう簡単に派遣はされない。すぐに動かせるのは皇族ぐらいだ」
「それは………」
「帝国からナナクサ村に送られて来ていた荷物の中に、仲間からの情報を忍び込ませていたのだろう。あちらはリヴァイア城でのキツキ殿下の行動を監視していたのだろうな。その事務官もこちらで既に把握済みだ」
まさかそこまで見抜かれていたとはな。やっぱり隊長は、隊長の器だったか。
「大逆の疑いだ。捕縛しろ」
「はっ」
ハムイ隊長はそう言って俺の捕縛を周囲に指示する。俺は言われるがまま、大人しく腕を後ろに回すと、小石ほどの大きさの魔石がついた手枷をつけられた。
歩けと体を押された時だった。
青ざめた黒公爵の秘書が部屋に飛び込んで来た。
「た、大変です、補佐官!」
「慌ただしいですね」
全ての決着がついたと思っていたクシフォス補佐官は、いささか冷たい対応だ。
「今、帝城の下にトルス皇子が現れまして……」
「トルスが?」
その報告に俺の口からは空気が漏れる。やっと始まったか。
「ふっ」
それを見逃さなかったのか、クシフォス補佐官はこちらに冷やかな視線を流した。
「……報告の続きを」
「トルス皇子が小隊ほどの騎士を引き連れて、こちらへ向かっています」
「騎士? どこのですか?」
「帝国軍に所属している騎士や私兵の集まりのようです」
「………」
驚いたのか、クシフォス補佐官の言葉が途切れる。
「それと、トルス皇子の口からキツキ殿下達の討伐の指示が出されています」
「………すぐに向かいます」
表情を変えたクシフォス補佐官は俺達の横を素通りしていく。
「はははっ!」
常に冷静なクシフォス補佐官の慌てる姿を見ると、我慢が出来ずに笑い声を上げてしまう。そんな俺に周囲は困惑した目を向けてきた。
「ああ、おかしい! まるで俺が罪人のような扱いですが、違いますよね。正義はトルス皇子にある。彼が正当な後継者で、それに歯向かう人間の方が罪人でしょう?!」
「……戯言を」
「補佐官。将軍の子とは言え、あなたはただの文官だ。そんなあなたがトルス皇子に逆らうのですか?」
「私が仕えるべきは、皇帝陛下です。トルス皇子ではありません」
「はっ! 陛下にならお分かりいただける。アフトクラートもどきが現れただけで、優秀なトルス皇子が皇太子から外された事自体が間違えているんだ!」
「トルス皇子を皇太子から外したのは、陛下直々のご意向です。そして、次の皇太子にキツキ殿下を指名されています」
「……っ!」
思わない言葉に、俺の言葉は一瞬詰まる。
そんな話は聞いていない。
それにアフトクラートのような姿だけで、本当はライラ殿下の孫かも怪しいという話だったはずだ。
「嘘だ! 陛下が赤の他人を国の後継者とするはずがないだろう!」
「赤の他人? キツキ殿下は歴とした皇族で、ライラ殿下のお血筋です」
「ご本人がご逝去あそばされている今、ライラ殿下の孫かどうかなんて分かりはしない! 元は皇族の枝分かれであった祖父の血のせいかもしれないでしょう?!」
「……それが、あなたの主張ですか?」
クシフォス補佐官は、綺麗な顔を凍らせて俺を蔑視する。
「は?」
「近衛なのにご存知ありませんでしたか? 不思議なことに、歴代アフトクラートは古くからの帝国の決め事通りの正系もしくは近い血筋以外からは生まれないと」
「いや………」
いや、そうだっただろうか。
「この第一大陸の国全ては元々はプロトス帝国でした。遠い昔の時の皇帝が、兄弟達に領地を分け与えて生まれたのが周辺国の歴史です。いわば他国の王侯は遠い皇族の血縁でもありますが、その中から今までにアフトクラートが生まれ出た事はあったでしょうか? サウンドリア王国は? ノイス王国は?」
「………」
その質問に冷や汗が流れる。
確かに帝国以外からアフトクラートが生まれたという歴史はない。
「では、帝国では?」
「………」
答えは“無い”だった。
「第一大陸にある全ての国々からは一度たりともアフトクラートが生まれ出て来たことはありません。そして帝国でも正系から大きく離れた傍系からは一度も」
「………」
「つまりアフトクラートが生まれた時点で、キツキ殿下とヒカリ殿下こそが、帝国の正系となるお血筋なのです」
彼のその言葉で、背中が次第に冷たくなる。
「古くからの習わしは、初代皇帝の血と力をより強く受け継いだ人間を皇帝に据えるための決め事でもあるのです」
クシフォス補佐官は近くにいたハムイ隊長に、「唆した人間を聞き出しなさい」と告げてこの場を去ろうとするが、納得出来ない俺は補佐官目掛けて叫ぶ。
「あ、あんな何も教育を受けていない子供に、国を任せられるはずがないだろう!」
歩き出していた補佐官は扉の前で足を止めると、振り向いた。
「だから正当な後継者である殿下をお支えするために、我ら官がいるのだ。国が一人の人間だけで回ると思うな、痴れ者が」
補佐官は言葉を吐き出すと、秘書を引き連れてこの場を足早に去った。
「……行くぞ、ロモ」
ハムイ隊長は、絶句していた俺の背中をそっと押した。
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― 帝城大階段 カロス ―
部下を引き連れて、トルスの姿があったとされる階下へと向かおうとするが、大階段手前で私たちの足は止まった。そこには騎士兵士を引き連れて一階の正面ホールから大階段を上がろうとするトルスの姿が見えた。
報告通り、小隊に近い数の騎士兵士で、帝国の現役の騎士さえも多く混じっている。だが、半分以上は見知らぬ奴らだ。
階下では、先程までは大捕物をしていたクラーディ軍も、帝国の第一皇子のお出ましに手が出せないようで、クラーディ公爵が大階段の正面に立ちはだかるものの、トルスは無言で手の出せないクラーディ公爵の横を難なく通り抜ける。公爵と言えど、皇子に剣を向ける事は出来ないのだろう。それを見たクラーディ軍は剣を下ろしてトルス達が進んでいくのをただ眺めていた。
状況は最悪だ。
「お待ちください、トルス皇子」
大階段の上から声をかけると、トルスの顔は上を向く。こんな大勢を自ら引きいてきたとは思えない程、顔色は未だ不健康そのものだった。
こんな状態で、明晰なトルスが反乱を起こすとは思えない。
「……そこを退きなさい、クシフォス宰相補佐官」
トルスの感情のない表情に体がざわつく。
「どちらへ参られるのですか? お答え次第では、トルス皇子といえど、この先へお通しする事は出来ません」
「……随分と偉くなったものだね」
「宰相代理ですから」
「ああ、ラリス侯爵は病床だったかな。それでクシフォス補佐官に全権を渡すなどとは、彼は少々仕事が雑なようだね」
「宰相代理の役は、皇帝陛下が任命されましたので、宰相閣下のご判断ではありません」
「……そう。どちらにせよ、クシフォス補佐官に皆頼りすぎだね。ちょうどいい機会だ。お前はしばらく休暇を取りなさい」
「……今は大事な時期な故、休みを取ることは出来ません」
「素直さもないか。仕方がない。では、……私が引導を渡してやろう」
それは一瞬ことだった。
トルス皇子は剣を抜いたかと思えば、体が浮いた彼は突風が吹いたかのような速さで私の目の前まで迫って来ていた。
カキンッ!
トルスの剣は目の前にできた固い魔法壁に当たる。
「……やはり、カロス相手に一人は無謀か」
軽く息を吐き出したトルスは数歩後退すると、スッと片手を上げた。それを見たトルス側の騎士兵士達は一斉に剣を抜くと階段を駆け上がり始めるが、先頭にいた十人程の騎士だけがトルスのように体を浮かせて一気に階段を上がってきた。
彼らの足元には浮遊魔法陣。どうやら風使いが多くいるようだ。
「下がっていなさい」
私の後ろにいた秘書達にそう指示をした瞬間、近くまで来た騎士は各々襲いかかってくる。
哀れな。
「ぐっ?!」
飛びかかろうとしていたトルス軍の足元には大きな魔法陣。大階段を覆うほどの魔法陣は第一陣で飛び込んできた騎士達の動きを止める。急に足元が動かなくなりトルス軍は動揺するものの、私を睨みつけると各々魔法を放ってくる。
目の前に魔法壁を立てて、多種多様な魔法を遮る。
「本当、カロスにかかれば、騎士が束になっても形無しだな」
「そろそろお引きください、トルス皇子」
「そうもいかなくてね」
そうもいかなくて?
そんなやりとりをしている間にも、平常心を保つトルスの顔色は悪くなっていく。そんな顔をした“煽動者”がいるわけがないだろう。
ここまで大掛かりな騒擾なら、体調を崩しているトルスに計画も準備も出来る筈がない。
「では、全容を教えていただけませんか?」
私からの質問に、トルスの視線はスッと冷える。
「ぜん…よう? ははは……私は私を皇太子から引き摺り下ろした……アフトクラートの討伐に来た…のだ」
トルスは息も切れ切れに語る。そんな身体の状態でこんな計画を立てる程、お前は愚かではなかった筈だろう?
それに、自分の立場……正統な血筋が現れたら、位を退く事ぐらい、幼い頃からきちんと理解していた筈だ。キツキ達の登場でこんな騒ぎを起こすだなんて、トルスの今までの考えではまずあり得ない。
だから何処かにいる筈なのだ。不調のトルスをここまで引き摺り上げた人間が。
「……アリアンナ妃はお元気ですか?」
「カロスは急におかしな事を聞くね」
「……」
お互いの黄金色の瞳と瞳を見交わす。
「……アリアンナ……アリアンナはアフトクラートのいるこの帝城の空気が嫌だといって、養生すると地方へ出掛けて行ったよ」
「……どちらへ?」
「さあ、実家の領地だろうか?」
「………今、私に出来る事は?」
「そこを退いてもらうことぐらいだ」
「それは聞き入れられません」
「困った奴だ!」
そう言ってトルスは持っていた剣を私目掛けて投げつける。
飛んできた剣を魔法壁が弾いたが、次の瞬間、トルス皇子は腰にあった小剣を抜いて私の目の前まで入り込んでいた。
ガッ!
小剣は私の魔法壁にぶつかると、動かなくなる。目前にいるトルスの顔は悔しそうだ。そんな彼に、魔法壁を挟んだまま顔を近付ける。
「……アリアンナ妃の行方は?」
極力口を動かさず、小声でトルスに問う。
「………一昨日にはもう姿がなかった」
トルスも体勢を変えずにボソッと呟く。
「レオス様は?」
「……レオスの姿も……ない」
トルスは握っていた小剣をさらにグッと握りしめる。
彼を無謀なまでに突き動かした原動力はわかった。後は誰が彼を操ったのかを突き止めなくては。
トルスの周囲をアリアンナ妃派の人間で固めた結果がこれだ。私に連絡が届いていないのだから、アリアンナ妃の外出を周囲は宮廷省に報告をしていない。母であるアリアンナ妃と言えど、トルスの子供で継承権もあるレオス様を勝手に連れ出したのに、周囲は止めなかったのか。それとも全員が共犯なのか。……もしくは、事件に巻き込まれてしまったか。
どちらにせよ、これ以上聡明だった従兄を食い物にされてはたまらない。
「……では、私にお任せを」
「お前に……そんな時間が……あるのかい?」
息が切れ切れのトルスはニヒルに笑う。
「それも、私の仕事ゆえ」
再びトルスと目を見交わす。トルスの体は弱りきっているが、彼の目だけは力強かった。
「カロ……」
トルスが言いかけた時だった。
「そこまでです。トルス皇子!」
勇ましい大声を上げながら、大勢の軍を率いて帝城の正面のホールに現れたのは将軍。その将軍の近くには側近達の姿が見える。
「タイミングの悪い人だ」
苦虫をすり潰したかのような顰めた顔で、父である将軍を睨みつける。まだ大事な事を聞いていないのに、将軍の率いてきた軍は大階段周辺にいた賊やトルスが率いてきた軍を鎮静させていく。
これは、部が悪いな。
そっとトルス軍の足元に張っていた魔法陣を弱めていくと、トルスの騎士達の脚は動き出す。それを好機と捉えたトルス軍は、一斉に退散を始めた。
「トルス様、こちらへ!!」
トルス軍の騎士の一人が、トルスの足元に魔法陣を作って私から一気に引き離すと、近くにいた騎士達はトルスを守るかのようにそのままバルコニーへと繋がる窓から逃走を図る。
「ああ、補佐官! 皇子達が!!」
「……そうですね」
トルス達が帝城から脱出した事を確認すると、視線を大階段の下へと向ける。階段を上ってくる帝国軍を率いる将軍と目が合った。
「カロス、キツキ殿はご無事か?」
「遅いお出ましですね」
「……少しな」
将軍は口を濁す。
四方八方賊が現れて帝城の中が大騒動になっても帝国軍の動きは鈍かったが、トルスが現れてから将軍が軍を引きいて登場するまでの時間が妙に短い。
「ご存じでしたね?」
「ぬ?」
「トルス皇子の件」
私は軍から何も報告を受けていない。
将軍は視線を逸らすと、一呼吸置いて口を開いた。
「………それについては後で話をしよう」
「………」
階段を上がってきた将軍はそう言って私の横をすり抜ける。
「どちらへ?」
「キツキ殿の安否の確認だ」
安否、ね。
その言葉に思わず失笑すると、将軍は冷ややかな視線を私に向けてきた。
「何がおかしい」
「いえ、失礼。全てをご存じだったあなたの口からその言葉を聞いたら、つい……笑いが」
こちらを睨みつける将軍に、返すように睨みつける。
「お前に謝ることは何一つしていない。私は仕事をしたまでだ」
「ええ。当然です」
私の返事を聞くと、将軍は側近を引き連れてキツキの部屋へと向かっていく。
……知っていたのなら、何故トルスが動き出す前に止めなかったのか。
将軍の後ろ姿を睨みながら、侮蔑的な気持ちが止むことは無かった。
<人物メモ>
【ロモ(ロモ・ベレンゼ)】
キツキが倒れた後の編成で、ハムイと一緒にキツキの専属へと変更になっていた。
以前はヒカリの専属で、ナナクサ村から一緒に戻ってきていたが船の中で彼は失言をしてハムイに疑われていた。
【ハムイ・ロンバース】
キツキ専属の護衛分隊長。ロモを警戒するためにカロスと相談してあえてヒカリから離した。
【トルス皇子】
現皇帝の第一皇子。皇太子だったが、キツキ達の登場でやもなく退位となった。
妻のアリアンナ妃と三歳になる息子のレオスがどうやら行方不明のようだ。
※添え名は省略
<更新メモ>
2023/02/10 加筆(トルスのセリフ変更あり。“昨日から”→“一昨日にはもう”に変更。他修正)、独り言メモの削除