表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第三章
184/219

帝城騒擾1

騒擾(そうじょう)

 ****




 ー 帝城 カロス ー


 大階段の高階から下層を眺めると、ガラスの割れた窓や倒れされた燭台、更には無惨なまでに壊された飾りが見える。それだけでは飽き足らず、あちこちで魔法音や金属のぶつかる音、そして逃げ惑う声さえ自分のいる上階まで聞こえてきていた。

 騒ぎを収束させようとやってきた兵団の小隊分隊の指揮官の指示は通っていないばかりか、その隊からも反逆者が現れては規律を乱し、隊をいたずらに混乱させている。

 生まれてこの方、見たことのない光景だ。


「……第十三帝城警邏(けいら)小隊、イシドロ・アルベルダ。同じく、マルセロ・モンタルボ。あれは……第八帝城警邏小隊、クロード・アルシェ」


 私の後ろでは秘書数人がその名を手早くメモに書いていく。

 想定していた人間以外にも騒動に加担する人間がいた事には、いささか苛立ちを隠せない。

 彼らをこの騒ぎに引き摺り込んだ人間が、この帝城にいるのは確かだろう。


「後はあなた達に任せます。名前がわからなければ顔を覚えておきなさい。ただ、これだけ騒げば目撃者は多数でしょうから」

「クシフォス宰相補佐官、先程四宝城壁の東側からも三十ほどの賊の侵入が発見されたとの報告がありました」

「そうですか」


 秘書達が先程から、入れ替わり立ち替わりで各所からの報告を上げてくる。


「それにしても、これだけの数をよくもまあ今日まで隠しておいたものですね。なかなかに城壁の倉庫は余っているのでしょうね」


 帝城を囲む四宝城壁は、城壁の上に城が立つぐらいに厚みがある。その城壁の内部全てが石や鋼鉄で組み立てられている訳ではないから、各所に空間があり、貨物倉庫や武器庫として軍が利用している。また、詰め所として兵士の休憩所や仮眠室まであるのだから、生活することも容易い。

 それに一周回れる回廊もあれば、外城内城を見渡せる見張り窓や台もある。四宝城壁は内城を守る丸い要塞と言っても過言ではない。ただ、これを敵側に奪われると。


「帝城を守る城壁を、騒擾(そうじょう)の準備に使おうとは」


 階下に広がる喧騒を目を細めて見つめる。

 軍は城壁の外側への警戒には余念がない。だけど内部への警戒はそう厳しくはされていなかった。それに、見張りが見回る日時も時間も決まっているものだから、使われていない倉庫に数日間賊が潜んでいても、隠れることは容易かっただろう。

 一度回避すれば数日は見回りがやってこない。父の周囲に効率と規律重視の部下が多くなったための弱点でもある。


 その実態をキルギスからの報告で、既に把握していた。数日前から兵士達が荷馬車に乗ってきた賊をそっと城壁の倉庫に匿っているとは知っていたが、今日までそれを()えて取り締まることもせずにいた。

 それをしなくてよかった。

 していれば、まだこちらで把握出来ていなかった反乱分子を、今日この日に炙り出す事が出来なかった。大掛かりな内乱計画に、調子に乗って便乗した罪を後でみっちり教えてやらねばな。


「そろそろ全員出て来たでしょうか。このパーティの主催者に挨拶をしたいところですね」


 彼らは私の思い通りに動いてくれているだろうか。


「た、大変です。クシフォス宰相補佐官!」


 秘書の一人が飛び込んできた。


「北城近くから、火柱と煙が立ち上がっています!」

「……ヒカリか」

「それを追って、賊の大半がそちらに動き出しています」

「しでかしてくれましたね」


 ヒカリはいつも斜め上の行動をしてくれる。だけど、彼女が普通の令嬢のように素直に避難するなんて思ってはいないから、想定範囲ではあった。

 だが、賊が火柱を見て移動したとなると、ヒカリの情報が何処からか賊に流れているのだろうか。

 私は指を中庭の方向へと向ける。高階のここからは見えないが、軍務省へ渡る時に眺めている中庭だから、木がどこに生えているかなんて手に取るようにわかる。勘を働かせて、自分から離れている中庭の木の根本辺りに魔法陣を作りあげると、空高く火柱を上げた。燃えた木から煙が上がるのを、離れた窓から確認する。


「これで誤魔化せると良いですが」


 それでもヒカリが上げた炎よりは良い目印になるだろう。

 何もないところから急に燃え上がった炎に驚いた階下の官達が炎を消そうと試みるが、大階段上にいた私に気付いた途端、手を出すのをやめたようだ。

 だけど反乱に加わった兵士の中に、飛んでくる火の粉を魔法で防ごうとする者がチラホラと見える。


「……魔力使いですね」


 兵士に魔力使いはほぼいない。魔力があれば兵団ではなく、騎士団へ入団するのが常だからだ。

 それに彼らの身辺書にはそのような情報は入っていなかった。けれど彼らのルーツを考えれば、彼らに魔力がある事は不思議では無い。むしろそれを見ると、こちらで想定していた彼らの正体が間違えていないことの証明にも思えるほどだ。

 しかし、意外にもその数が多い。これは収束には少し時間がかかるかもしれないと思っていた矢先のことだった。


 正面の出入り口が一層騒がしくなる。

 視線を移すと、そこには帝国軍とは違う軍服を着た騎士達が(なだ)れ込んで来ていた。


「あの制服は……」


 北の重鎮、クラーディ軍の軍服だ。


狼藉(ろうぜき)者どもめ! 神聖なる帝城でこのような騒ぎを起こしおって! 死にたい(やから)から前へ出ろ!!」


 入ってきた騎士達の間をかき分けるかのように登場した鬼の形相をした人物。キツキとヒカリが現れてから表情が穏やかになっていたから、彼の本性を忘れていた。


「帝国の狂剣がお出ましになったか」


 帝国の狂剣ことクラーディ公爵は片手に剣を携え、既に相手にしたであろう数人の賊の襟首を掴みながら引き摺っている。

 引き摺られている賊の意識は既に無さそうだ。


「公爵の捕まえた賊の身柄は、息の根が止まる前に引き渡して頂きなさい」


 指示を聞いた皇務省の文官数人が、階段を降りて行く。あちらもこちらに気付いたのか、高階を見上げた。帝城のこの惨事に腹を立てているのか、機嫌の悪そうな顔だ。

 私の部下達が近付くと、怒りに任せて賊の身柄を床へと放り投げた。


「お怒りの様ですね」


 それにしても、動きが早い。

 公爵の外城にある邸宅はそう遠くは無いが、それでも敵の第一陣が発見されてから直ぐに軍を率いてきたのだろう。


「流石はクラーディ公爵」


 情報も判断も実行も早い。


「これでは帝国軍の見せ場は無くなりそうですね」


 内城が本拠地のはずの帝国軍は、ようやく騎士をぱらぱらと投入し始めた。状況を確認してから動かしたにしても妙に遅い。あっちはあっちで何かやっているのだろうか。

 階下がクラーディ軍に制圧され始めるのを見ると、翻る。


「私は次へ行きます。ここはクラーディ軍に任せましょう。炎はもう暫く続きますが、時間が経てば消えますので、放っておいてください」

「承知しました」

「任せましたよ、アンディーノ」

「はい。行ってらっしゃいませ、クシフォス宰相補佐官」


 アンディーノ達は軽く礼をして私を見送る。

 帝城の下が犯人の目論見通りに大騒ぎになったのだから、これから真の目的が動き出すだろう。

 私は喧騒が聞こえるその場所を、足早に去った。





 ****





 ー 外城 アレス ー


 店の中は甘い香りが広がり、内装は女性の好みそうな色合いと飾りで整えられている。男である自分はそんな店の中で少し肩身の狭い思いをしている。

 それでもその席を立ち上がらず、周囲からの好奇な視線を受けながらも、なんとか冷静を保ってお茶を飲んでいるのは、目の前の光景に幸せを感じているからだろう。


「アレスお兄様、このお菓子とても美味しいですわ」


 幸せそうな顔を見せるのは従妹であるシャリーズ。その隣に座る兄のクリストフは、妹のその様子を見て、自分も食べようと手を伸ばしている。


「それはよかった。ここの菓子は絶品だと薦められたんだ。女性に人気らしくてね」


 今日は仕事が休みということもあって、シャリーズ達と買い物の為に、外城の商会や商店の並ぶ地域に来ていた。帝都に屋敷のある高位貴族なら、店を家まで呼びつけるものだが、いかんせん、ようやく帝都に家を持てたような新興貴族に近い自分達の家に、大手を振ってやってきてくれる大店や商会などはまだなく。

 実際、軍で働き出した自分の給料も貰い始めてそう間も無い。少なくは無いが、自分の身を立てるにはもう少しといったところだろう。

 将軍閣下に言われているように、上級騎士への編入を考えたほうが良いだろうか。今は当家に対してよく思っていない反対派の圧力を回避するために、将軍閣下はお側に置いてくださっているけれど、そろそろ安心もさせないといけない。

 幸い、魔力はそう少なくは無い。だけど私の能力と属性的には、治癒部隊か後方の輜重(しちょう)部隊になるだろうか。だからと言って、前線の花形にはなれない、なんて贅沢は言う気なんかこれっぽちも無い。

 ここにいられるだけで、幸せだと思っている。


「薦められたって、誰にですか?」


 シャリーズさえも気にしないことを、考え事をしている俺の目の前に座っているクリストフは真顔で聞いてくる。大人しく菓子を食べていれば良いものを。


「気にするな」


 そう言って、お茶の入ったカップを持ち上げるけれど、クリストフはじっと見つめてくる。


「……何か言いたそうだな、クリストフ」


 シャリーズと違ってクリストフは細かい。シャリーズのようにほんわか笑っていた昔の可愛らしい面影なんて、今はもう無くなってしまった。


「どうせ、女性の同僚でしょう?」


 何故わかるのか。そんなにも顔に出ていたのだろうか。


「男性の同僚が、こんな可愛らしい場所をアレス兄様に教えるとも思えませんからね」

「………」


 確かにな。想像すれば少し気持ちわる……いや、教えてくれた時点で親切なのだから、そこは感謝するだけだ。


「きっとアレス兄様が連れて行ってくださると思って、嬉々として教えて下さったのではないでしょうか?」

「勘ぐり過ぎだ、クリストフ。たまたま勤務中に世間話の一環として俺に話してくれただけだよ」

「絶対に違いますね。その女性は虎視眈々(こしたんたん)と狙っていたはずですよ」

「何をだ?」

「アレス兄様という美味しい獲物に決まっているじゃないですか。教えた店に、よもや従兄弟の弟妹を連れて行くだなんて、教えてくださった女性は夢にも思わなかったでしょうね」

「何で俺が獲物になるんだ?」

「鈍いですね、アレス兄様。ライラ皇女のお孫様達のおかげで、私達は普通の貴族の仲間入りをしましたが、まだまだ新興貴族並みです」

「……そうだな」

「おかげでお祖父様の家系は皇族の血筋でも、他の親族に比べてハードルが低いですからね」

「ハードル?」

「格式が低いってことです!」


 クリストフは得意顔で言う。いや、そんな満足気な顔で言う事でもないだろう。第三皇子だったお爺様にだって失礼だ。


「ですから、今やアレス兄様達は優良物件にしか見えないんじゃ無いですか? お顔だって他の皇族達同様に麗しいですし、足も長いです」


 足の長さは関係ないだろう。

 それに優良物件でもない。中身を(こじ)らせているこの人間のどこか優良物件なのか。


「くだらないことを。そんなこととは関係なしに、人それぞれの良さがあるだろう。足の長さも顔も親から与えられたもので、自分の努力で手に入れたものではない。それに引き換え、クリストフは自らの意志で勉強して、帝城の文官にも引けを取らないほどに賢いだろう」

「ゼノン兄様には敵いませんけどね」

「兄上は別格だ」

「そうおっしゃるアレス兄様は、運動能力だって魔法だって秀でていらっしゃる」

「それは……」

「くすくすくす」


 お菓子を食べていたシャリーズが、突然可笑しそうに笑い始める。領地にいても外で笑う事が滅多に無い子だったけれど、自然と笑っていた。


「お兄様達、お互いを褒め合うことにムキになっていらっしゃって。ふふ、おかしい」

「あ……」


 シャリーズの笑顔に毒気を抜かれると、その時に初めて二人でおかしな言い合いをしている事に気がついた。クリストフと目を合わせて眉を下げる。


「確かにな。二人で可笑しな話をしていたよ」

「ふふ、そうでしょう?」

「シャリーズは帝国に来てから笑うことが多くなったね」

「私ですか?」

「ああ。少し驚いたよ」


 昔のシャリーズは、館の外に出るのも億劫な子供で、外へ出ると表情を出さなかった。今笑ったのだって、少し驚いたほどだ。

 俺とクリストフからの言葉にシャリーズは少し考えると、また柔らかく笑った。


「先日のお茶会で、ヒカリ様がね?」

「ヒカリ殿下?」

「一緒だねって言ってくださったの」

「一緒?」

「ええ。ヒカリ様もお父様側のお婆様似なんですって。私はお父様のお祖母様似」

「………ああ」

「それを一緒だねって言ってくださったの。私、それがとても嬉しかったのです」


 そう言ってシャリーズはほっこりとした顔をする。普通ならば、そんな事でと呆れそうな話だが、その言葉の裏には心覚えがあった。だから、シャリーズのその嬉しそうな顔には少しだけ戸惑ってしまう。それは小さな頃から曽祖母の姿絵を見ながら、悲しそうに見つめているシャリーズの姿を、何度も見てきていたからだ。

 シャリーズは曽祖母であるカロリナ妃に似ている事に、罪悪感を持って育ってしまっていた。領地にいても、一族が断罪される原因となった曽祖母に似ているせいもあって、他所の貴族達に「縁起でもない」と陰口のように言われたことだって一度や二度ではない。

 シャリーズが悪いわけでも、曽祖母のカロリナ妃が悪さをしたわけでもない。それは時の悪戯のせいだったのだけれど。


 ライラ殿下が行方不明となって、曽祖母の出身国であるノイス王国と帝国はそのまま絶縁状態になってしまった。

 皇子だった祖父達に与えられたのは、継承権なんてものではなく、国道からも大きく逸れた山間の荒れた領地だけだった。曽祖母達に手を差し伸べようとする貴族達は皆断罪され、助けてくれる貴族は少なくなっていった。


 だけどそんな状態でも、ノイス王国の曽祖母の縁者だけは他所の国を経由してまで何十年もの間、一族の支援を続けてくれていた。それだけは声を大にしては言えない事だが、とても感謝している。


 そして長い年月をかけてようやく無罪となり、日の目を見る事が出来たのだ。


 年が変わる前に、自分達に(そく)されていた規則は数個解除されたが、春になる頃にはほとんどが解消された。帝都への訪問だけではなく、国内のどこにでも自由に家や建物を持つ事も許された。

 気がつけば、今までの軟禁生活に対しての補償金等が支払われ、それを元手に父達は国内の貴族らしく、帝都の外城に邸宅を持つ事が出来た。急遽ということもあり、帝城のある内城からは少し離れた場所にしか空きはなかったが、それでも隣り合う敷地を手に入れる事が出来たのは幸いであった。

 おかげで、シャリーズとクリストフに会うことも、そう大変ではない。


「クリストフは今後の仕事はどうするんだ?」


 ライラ皇女の孫が見つかってから、我々に課されていた枷は消え、能力さえあれば仕事も自由に選べるようになった。

 クリストフにだって、文官になる道は開かれたのだが。


「この機会ですから、帝都で働いて人脈を広げようかと考えています」

「文官にはならないのか?」

「それも考えましたが、いずれは父の跡も継いで領地に戻らなければなりません。ですが父はまだ元気で、代替わりには早いって言っていますし、それならば帝都と領地を行き来している商会で働こうかと。そう大きくはありませんが、幸いその商会との伝手が出来ましたので」

「……そうか」


 予想外のクリストフの返事に、浮ついたような返事をする。いつの間にか、彼は彼なりに領地のことを考えていたようだ。


「帝城で働くと領地へは中々帰れなくなるし、領地の中だけにいると、帝国の貴族に会える機会は少なくなるからな。確かに丁度良いかもしれないね」

「ええ。商会での仕事をバリバリ覚えて、いずれは自分の商会を立ち上げるつもりです」

「ははっ! なんだ、やっぱり野心家だな、クリストフは」

「アレス兄様が大人し過ぎるのですよ。足は長くていらっしゃるのに」

「こら、足の長さは関係ないと、さっきも言っただろう?」


 私とクリストフの会話を横で聞いていたシャリーズは、またもや何かが可笑しかったのかクスクスと口元を手で隠しながら笑う。その様子にクリストフと二人で目を細める。

 カラカラと軽やかな音が聞こえる窓の外に視線を移すと、街道ではひっきりなしに馬車や人が行き来する。農作物だけは潤っている我が領地だが、帝都の景色とは全く違うな。


「やっぱり、帝都の華やかさには負けるな」

「仕方ないですよ、アレス兄様。物流の量がそもそも違います」

「そうだな」


 目の前に置かれたお茶を、納得のいかない顔で飲んだ。

 帝都には地方からの物品が押し寄せるように運ばれて来る。それは陸からでも海からでもだ。海外の物を探すのなら、帝都に勝る都市はない。うちの領地は険しい山に囲まれているから、農産物を外に運び出すにも一苦労だ。


「領地はどの国道からも逸れているからな」

「道を整えたいのですが、国道から伸ばすのでしたら、国からの許可も必要になりますね」


 それを今まではすることが出来なかった。

 それを訴える書簡を送っても、何十年も無視をされ続けていたようだ。


「ああ。その辺りに強い人と懇意になりたいところだな」

「ええ」


 クリストフは真剣な顔で頷く。


「そういえば今日は平日ですのに、アレス兄様がお休みだなんて珍しいですね」

「ん? ああ。なんか事務官から休んでいる日が規定よりもだいぶ低いから、休めと無理やり今日は休まされたよ。ちょうど、大した任務もなかったし、あちらで調整するからと言われてね」

「へえ、優しい環境ですね」

「有事があれば、長い期間休みは取れないようだから、平和なうちに休んでおいてくれってことだろう」

「確かにそうですね。大変ですね、軍人も」

「まだ、軍人と呼ばれるほど貢献はしていないよ」

「あまり無茶はなさらないでくださいよ」

「大丈夫だ。二人が幸せになるとこを見ないと、俺も死ねないしな」

「やめてくださいよ、縁起でもない」

「はは、すまない。でも今は本当に何もないから安心してくれ」

「でしたらいいのですが」


 むすっとした顔でクリストフがお茶を飲み始めると同時に、店内の扉が少し乱暴に開けられる。女性の多い店で無粋だなと思っていると、入ってきたのは当家の侍従だった。俺達を見つけるなり近寄ってくるが、この無粋者めと俺の視線は冷ややかだ。


「大変です、アレス様」

「その前に、ここは社交場なのだから、もう少し静かに………」

「ご無礼は承知の上です。それどころではありません!」


 侍従が酷く焦っているものだから、仕方なしに話だけを聞く事にした。


「どうした?」

「帝城が燃えています!」

「はっ?! えっ??」

「入ってきた情報では、内城内に賊が侵入したとか」

「なんだって?!」


 さっきまでは静かにと叱っていた自分は、バンッと机を叩いて立ち上がる。


「急ぎ帝城へ上がる。支度を」

「はい、準備は整えてきました」

「すまない、二人とも。今から帝城へ行ってくる。今日は早めに家に戻りなさい。何があるかわからない」


 どのくらいの規模の騒ぎかはわからないが、帝城がトラブルであれば沈静の為に軍力は内城に向くだろうし、他の騎士兵士もそう判断するだろう。そうなると、街中の警備が薄くなる可能性だってある。


「はい、お兄様。お気をつけください」


 二人の不安そうな顔を見ると、心配しないようにと笑顔を見せた。


「大丈夫だ、すぐに片付けてくるよ」


 そう言って翻ると、甘く優しい香りのする店を早足で出た。


<独り言メモ>

 12月上旬に体のとある場所が腫れてしまって病院でチョチョっと切ってもらってきました。(・∀・;)へへへ。

 だいぶ遅くなりました。

 今年もほどほどに頑張ります。



<人物メモ>

【カロス/クシフォス宰相補佐官(カロス・クシフォス)】

 魔力が異次元な筆頭宰相補佐官。将軍の愚息で皇帝の甥っ子。帝城の騒ぎを前もって感知していた様子。


【バルトロス・アンディーノ】

 カロスの第一秘書。キルギスの親戚で氏族長の家(要は本家)の長男。代々、宮仕えの文官一族。発言力がそこそこあるらしい。


【キルギス(キルギス・ボレアス)】

 カロスが子供の頃に護衛やら遊び相手やらをしていた元近衛騎士。カロスからの依頼でヒカリの直属の護衛をしつつ、空き時間にカロスの手伝いをしていた。氏族名はアンディーノ。


【クラーディ公爵(イオニア・クラーディ)】

 北の領地を任されている名門貴族の当主。キツキとヒカリの祖母であるライラの元婚約者だった。

 ライラが行方不明で荒れていた頃に、“帝国の狂剣”とあだ名される。

 ランドルフの父親。


【アレス(アレス・エレーミア)】

 金の髪と瞳を持つエレーミア侯爵家の次男。将軍のすすめで騎士団に入った。シャリーズの従兄弟で今は帝国軍に勤めている。曽祖母はカロリナ妃。


【シャリーズ(シャリーズ・へロイス)】

 シャリーズの曽祖母はノイス王国出身のカロリナ妃。ヒカリとは再従姉妹同士。カロリナ妃と同じで銀色の髪。


【クリストフ(クリストフ・へロイス)】

 シャリーズの兄。シャリーズとは違って、髪は金色。


※添え名省略



<更新メモ>

2023/01/02 加筆(主に修正)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ