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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第三章
183/219

奇妙なお茶会5

 ****





 ー シキ ー


 白の宮殿に辿り着くと、皇后は心労のせいか横になると周囲に伝えて、ユリウス王子を伴って奥の部屋へと行ってしまわれた。

 周囲を見渡すと、白の宮殿らしく内装も調度品もどれもこれも素晴らしい。とはいっても、今はこんな豪奢な部屋を眺めている暇なんて、少しも無いのだけれど。


「あ、あのラシェキス様?」


 か細い女性の声で視線が動く。

 振り向くと、そこには恥ずかしそうにもじもじとしているロレッタ嬢がいた。

 着いた早々、他の護衛達とは別に白の宮殿の客間らしき部屋にロレッタ嬢と二人切りにされてしまった。彼女を長椅子に座らせていたのだが、俺が考え事をしている最中に無言だったのが気に障ったのだろう。いつの間にか立ち上がって距離を詰めていた。


 皇后がお加減が悪いとおっしゃっても、彼女は仲の良い皇后の介抱を手伝いに行こうとはしなかった。けれど、彼女がそんな冷たい女性では無いことは知っている。とすれば、皇后の体調不良は俺とロレッタ嬢を二人きりにさせるための口実だったのだろうか。

 そう考えれば、なおのこと辻褄は合う。


 お茶の席に呼ばれた瞬間から、皇后の目論見(もくろみ)には大方勘付いていた。

 皇后がヒカリを呼んでお茶会だなんて、少し信じられなかったけど、主目的がこっちだと考えれば合点がいく。皇后のお立場を考えれば、自分の息子を皇太子から退位させる原因を作った二人を、皇帝陛下ほどに喜んで迎え入れようだなんて思いは無いだろうが、それでもヒカリを利用したとしても、二人を特段害する気持ちは無い様で安心した。皇帝派出身なのだから、アリアンナ妃のようにもう少し強く出てくると思っていたが。


 そう考えている間にも、目の前の女性は俺をチラチラと見てくる。

 見たことのないドレスを着ているので、きっと今日のために新調されたのだろう。こんな事に巻き込まれるなんてお気の毒だ。

 さて、どうしようか。

 ロレッタ嬢を前にして、下手な事は出来ないなと思うけれど、ここでのんびりと令嬢とお茶をしている訳にはいくまい。


「お怪我はありませんでしたか、ロレッタ嬢?」

「はい、その……。ラシェキス様に守っていただけただけて、とても幸せでしたわ」


 ロレッタ嬢は嬉しそうに頬を染める。

 幸せ、ね。

 今は帝城が攻撃を受けている最中なのだけれど。

 賊がアフトクラートを狙っているのなら、早々にここから立ち去りたい。


 あちらには近衛が三人と上級騎士の分隊。あとはランドルフか。

 護衛の数が少ない訳ではないが、賊の侵入の多さが気になる。何故そこまでに内城への侵入を許したのか。兵士が手引きをしたとしても、警備がいるはずの城壁で続々と現れるのなら何処かに抜け道でもあるのだろうか。

 気にはなるが近衛騎士となった身としては、現場を調べに行くなんて勝手な事は出来ない。


 ()にも角にも、自分の置かれているこの状況が皇后の策だとしても、比較的安全な宮殿まで送って来たのだから、もう十分仕事はしただろう。

 このタイミングで出ないと、本来の仕事に戻れなくなる。

 嬉しそうな顔をするロレッタ嬢に笑顔を向けて、軽く礼をする。


「白の宮殿まで来れば警備は万全ですので安全でしょう。私は殿下の護衛に戻らなくてはなりませんので、ここで失礼いたします」


 ロレッタ嬢にそう伝え、翻ったのだが。


「お、お待ち下さい、ラシェキス様!」


 ロレッタ嬢が俺の背中にしがみついてくる。


「あの、まだ怖いので、もう少しここに一緒にいてくださいませ」

「大丈夫ですよ。周辺は上級騎士が警備をしていますから」

「ですが、その、そう! 窓を破られて入られたら」


 窓か。ここは二階だから、窓から入る前に、外にいる護衛が取り押さえてくれるだろう。上級騎士には近衛騎士と遜色ない能力を持った人間も多くいる。そう簡単には突破なんてされない。


「大丈夫です。宮殿の周辺は多くの騎士達が警戒をしています。心細いのでしたら、女性騎士を呼んで参りましょう」

「バシリッサ公爵の元へ戻られるのですか?」

「それが私の仕事ですから」

「あの方には護衛が数多く付いておりました。私にはラシェキス様しかおりません」


 ………おいおい。女性騎士を呼ぶと言っているだろう。

 それに、初代皇帝似(アフトクラート)を標的とされているのなら、あの数では心許(こころもと)ない。


「ロレッタ嬢。私はヒカリ殿下の近衛騎士です。緊急事態に私が殿下の側を離れたというだけでも異常な事なのだとご理解ください」

「でも、……ですが私を護衛せよと皇后の御命令です」


 勘弁してくれ。


「皇后陛下からの御下命で、安全な場所までの護衛を(つかまつ)りました。ここはもう安全です」

「まだ安全ではありません」


 ロレッタ嬢は泣きそうな顔で、俺が去ろうとするのを必死に止めようとする。


「どうか行かないでくださいませ。内城の中にまで入ってくる賊ですもの。只者ではありませんわ。もしもラシェキス様の身に何かあったら私は、私は………」


 ロレッタ嬢の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちる。


「戦火に身を投じる覚悟など、とっくに出来ていますよ、ロレッタ嬢」

「お願いです。賊のいる危険なところになど行かないでくださいませ」


 制服をぎゅっと握ったロレッタ嬢は、手を離す気はないらしい。


「ラシェキス様を愛しているのです。お願いです、どうか私のために行かないでくださいませ」


 愛らしい顔を涙でぐちゃぐちゃにして私を見上げるが、それを見て自分の心が動くことはなかった。


「……ロレッタ嬢。もし私が妻を持つのなら、私の仕事を理解してくれる女性がいい。こうやって引き止めることをせず、私の帰りを信じて待ってくれる、そんな女性を私は選びたい」


 そう言うとロレッタ嬢は、はっとした顔をして制服を握っていた手を離した。


「ですので、申し訳ありません。あなたとの結婚は、どうしても考えられないのです」


 その言葉で足から崩れ落ちたロレッタ嬢は、手で顔を覆ったまま大きな嗚咽(おえつ)を漏らした。そのまま、彼女に優しい言葉をかけることもせずに、俺は部屋の扉を開ける。

 扉を警備していた騎士に、女性騎士を呼ぶ様にと依頼をして、その場を足早に去った。

 あとでユリウス皇子から数発殴られるだろうけれど、甘んじて受けるつもりだ。

 俺が護りたいのは、彼女ではない。

 白の宮殿を出ると、空を見上げて状況を確認する。ここより北側から狼煙(のろし)が上がっているのを見つけると、足は自然と走り出していた。





 ****





 イケルとカロスの秘書を先頭に、皇后と別れた私達は四宝城壁の上に建つ北城を目指す。

 私と皇后の避難場所を別にしたのは、おそらくは狙われているのはアフトクラートの私で、皇后に被害が及ばないようにだろう。

 お茶会の護衛について来た近衛騎士は半分。シキが抜けたから、今は三人しかいない。あとは護衛として来ていた上級騎士の分隊の二十人だった。

 それでなくても帝城の中での皇后のお茶会だったので、私の護衛はいつもよりも少な目だ。こんな危険があるだなんて誰も予想していなかっただろう。もちろん、私もだ。


「足元にお気をつけください」

「あ、横には並ばないで!」

「何故ですか?」

「セウスとの約束なの!」

「今はそのお約束は破っておきましょう。緊急事態です」


 私の隣にピッタリとくっ付いてくるランドルフが手を差し出してくるけれど、どちらにせよ今の私はそれどこではない。

 普段は叱られていたから、ドレスで走る練習なんかしていなくて、ヒラヒラと広がってしまうドレスを両手で持ち上げながら逃げているから、進むのが遅い。

 そして私のもたもたした速度で走っているものだから、必然と私の周囲を囲う一団の動きも鈍る。もどかしい気持ちはあるものの、ドレスを汚してはいけないとの気持ちもあって。だって、これは相当に手のかかった服だと思うの。ミネの側で服作りを見ていた私は、これがどれほどに人の手が掛かっているかなんて見ただけでわかっちゃうんだから。

 だから、尚更傷つけることをしたくはない。

 でも、このままでは。


「このドレス、ここで脱ぎ捨てていっても良いかな?」


 破いてしまうぐらいなら。


「おや、その下に鎧でもお召しになっていましたか?

「そんなわけないでしょ!」

「でしたら、ここではおやめください」

「でも、遅くなっちゃうし」

「エレノア嬢もいらっしゃいますから、気にせずに」


 ランドルフにそう言われて、チラッと後ろを見ると涼しい顔のエレノアが私の後ろにいる。

 エレノアは今日は侍女としてお茶会の近くで控えていた。逃げる事となり、エレノアも私と一緒に逃げているけれど、私と違ってエレノアはドレスを着ながらも軽やかに走っているのだ。何故だ。どうしてだ。

 私ほどカサのあるドレスではないけれど、それでも足のくるぶしが隠れる程の丈だ。


「ドレスで走る練習も必要でしたわね」


 エレノアは片手を頬に添えながら、申し訳なさそうに私の後ろをピッタリと付き従う。


「なんで息が切れていないの、エレノア?」

「普段から着慣れておりますから」


 なるほど。

 普段から着慣れているものだから、動くのは容易いと。

 確かに今までの私は狩りのしやすい身軽な服装だったから、こんなに重量もあって自然と裾が広がってしまうドレスの布の動きにさっきから翻弄されている。それなのに、エレノアのドレスは裾の先まで神経でも通っているかのように、エレノアの思うがままに動くし、足を邪魔していない。同じように持ち上げているのに、何故だ。


「エレノア嬢を基準とされない方が良いですよ。クラーディ家の古参の侍女でさえ、ドレスを着ながらここまで身軽に走れる者はおりません」

「え、それって」

「エレノア嬢は別格ってことです。ドレスの裾(さば)きが絶妙です」

「まあ、おはずかしい」


 エレノアはこんな時にでも上品に笑う。


「それに、肝も座っていらっしゃる」


 確かにこんな事態なのに、怖気付くこともしないエレノアは何者なのだろうかと考えてしまう。


「よくこのような逸材を探し当ててきましたね」

「私じゃなくて、キツキに言って」

「では目覚められましたら、人材を発掘する方法でも御指南(ごしなん)いただきましょう」

「そうして」


 エレノアどころか、ランドルフも落ち着いている。


「ねえ、今のところ大丈夫なの?」

「そのようですね。追手の姿も見えませんから」

「よかった」


 本当に良かったのだろうか。

 ここまで騒ぎは聞こえないけれど、私一人で逃げているみたいで。賊の目的は私なのに。

 帝城は大丈夫だろうか、中にいる人達は怪我をしていないだろうかと心配になってしまう。


「ねえ、やっぱり賊退治してきちゃダメ?」


 私の質問にイケルが驚いて振り向く。


「なりません!」

「えー、でも海賊退治したことあるし」

「数が数です。秘書官の話では、これから数が増えることが予想されるそうです」


 増えたって、まとめて魔素でぶっ飛ばすもん。


「あなたが戦えても、エレノア嬢に戦地は危ないでしょう?」


 ランドルフの冷静な言葉に、そうだと振り返ってちょこんと小柄なエレノアを凝視する。私の行動を(なら)うように護衛達もエレノアをじっと見る。

 小動物みたいに目がクリクリした女の子。ほっぺはツルリンとして、こんな玉のような肌に傷なんて付けさせちゃいけない。


「確かに、エレノアに怪我をさせる訳にはいかないわね」


 みんなでごくりと唾を飲む。


「そうです。まずはエレノア嬢を安全な北城に送り届けるのが先決ではないでしょうか?」

「そうね、私が間違えていたわ」


 ランドルフに(さと)されて間違いを自覚した私は、再び前進を始めたイケルの背中を追いかける。


「まあまあ、ランドルフ様。見事でございます」

「扱い易くて、こういう時は助かりますね」

「まあ、おほほほほ」


 なんか後ろからランドルフとエレノアの会話が聞こえた気がするけれど、ドレスを持ち上げて走るのに必死で、二人の内容までは聞き取れない。


「北城の階段が見えてきました」


 白の宮殿からさらに北側にある北城の階段がようやく見えて来た。

 北城は四宝城壁の上に建っているだけあって、内城の敷地よりも若干高い位置にある。だから北城の入り口までは階段で上がる。その階段の一段目から北城の入り口近くの最上段までを、目だけじゃなくて首も上下させながら私は眺める。……百段で済めば良いな。

 途中に踊り場のある湾曲した緩い階段だから、たとえ足を踏み外しても下までは転げ落ちないだろうけれど。

 でも、これをこのドレスで上がるのか。

 北城まで馬車で上がる為の道はあるものの、それはゆっくりと馬車が登れる程の勾配の緩い坂道。つまりは距離が長く、その道の入り口は城壁の北西か北東まで行かないと辿り着けないし、ここからではかなり遠い。だからイケルはその遠回りな坂道には頼らずに、最短で北城に辿り着けるこの階段を目指したのだろう。


「上級騎士隊の半分はここで階段の入り口を守れ! 残りは引き続きヒカリ殿下の護衛を続けろ。行くぞ!」

「はっ!」


 イケルの言葉で皆が前進しようとした時だった。左手側から帝国軍の灰色の制服を着た兵士の一団が見えてきた。二十人程の数だ。


「内城警衛の奴らだよな。なんだ、あいつら。持ち場を離れて」


 近衛騎士の一人であるリカルド・グロリアスは足を留めてそっちが気になるのか目を細める。


「なんか、様子が変だ………。隊長!」


 リカルドのその声でイケルの足も止まる。イケルはリカルドの視線の先を確認すると、彼も眉を(しか)めた。


「秘書官、兵士に反逆者が紛れ込んでいたと言いましたよね?」


 イケルの横にいたカロスの秘書は頷く。


「彼らも怪しいな」

「怪しいというか、何故か既に剣が抜かれているしな」


 ランドルフの言葉に私も目を細めて見てしまう。確かに手に剣を持っていた。


「帝国軍も質が落ちたな。うちにだってここまであからさまな傭兵なんて雇っていないぜ?」

「帝国軍ではありません。他所者です」


 剣を抜いたイケルが答える。


「奴らが来ているのは帝国兵の制服じゃないのか?」

「……どこかで流れている様ですね」

「はっ! 備品の管理も出来ていないか。帝国軍はなかなかに面白い」


 ランドルフのその皮肉にイケルは言い返せないようで、視線を前にしたまま動かさない。


「止まれ! 所属を名乗れ!!」


 イケルのその制止に彼らの足は止まった。


「帝城警備隊、北西第六班」


 先頭にいた男の言葉に、イケルの眉がピクリと動く。


「……知っているか? 帝国の騎士団も兵団も班は最大で五人までだ」

「後ろの奴らは別の班ですよ」

「何処の所属だ?」

「……さあ? 俺達も初めて見た顔ですので」

「お前達!!」

「そこにいるのが、アフトクラートって奴ですか?」


 兵士の先頭にいる男性が私を見る。もう敵だって隠そうともしない態度だ。すかさずランドルフが私の前に立ちはだかったが、ちゃっかり姿は見られてしまったとは思う。


「本当にここに賞金首がいたな」


 嬉しそうに私をニタニタと見る。何だか薄気味悪い。


「ねえ、賞金首って?」

「殿下の首にお金がかけられているんですよ」

「首?」

「獲物ってことです。懸賞金をかけている人間のところに殿下を連れていけば大金がもらえるのでしょうね」


 ランドルフは庇う様に私を背中に隠す。だけどスカートが広がり過ぎて、きっと隠れてなどいないのだろう。


「そうさ。生死は問わないって言われててね。連れて行かなくても、アフトクラートが死んだことが分かれば全員に報奨金を配るそうだ。太っ腹だよな。はっはっ!」


 何だって?


「誰にだ?」

「さあ? 前金貰ったら忘れちまったな。御貴族様の名前は長ったらしくて覚えてられないね。見事な金髪の男さ。おいっ!」


 兵士もどきのおじさんは後ろに何か指示をしている。

 向こう側の兵士達の行動に反応したイケルは、コソッとランドルフに私を連れて北城へ向かってくださいと伝える。なんでランドルフにと思っていると、彼らの一団の背後から天へと伸びる白い煙が見えた。


「あれって………」

狼煙(のろし)です。細い煙だから、簡易玉でも隠し持っていたのでしょう」

「ということは」

「殿下の居場所が敵側にバレたということです」

「バレたのはこの場所です。リカルドは殿下についていけ。上級騎士の半分も予定通りだ。私とニキアスはここに残って敵を喰い止める」

「はあ、こんな時に近衛騎士が三人て何の冗談だよ。ラシェキスの奴め、易々と皇后についていきやがって」


 いや、誰だって命令されちゃえば皇后についていくでしょうよ。


「そんな時だから、ランドルフがいるんじゃないの?」


 自分で決めて護衛に来たんじゃなかったのか。

 ランドルフは私の言葉に驚いた顔をする。なによ。


「そうですね」


 不意に笑ったランドルフの顔にドキッとするが、これは別にランドルフにときめいているわけではない。そうだ、絶対に違う。

 シキの笑顔と重なったからだ。信じたくはないが、やっぱり二人は従兄弟なのか。


「では、彼らにここを任せて、我々は先を急ぎましょう」

「でも、イケル達が」


 話をしている間にも、後ろから続々と現れ始めたのは、私達の倍以上の数の兵士だった。皆それぞれに剣やら弓を持っている。これを全部相手にするのだろうかと思うと、冷や汗が流れる。


「それが彼らの仕事です。少しの時間も無駄になさらないでください」

「だけど!」

「殿下!」


 ランドルフの突然の大声にビクッと肩を震わす。


「彼らはそう弱くない。あなたが自分の護衛を信じなくてどうするんですか。大丈夫です、あなたを無事に逃して、彼らもすぐにあなたと合流します」


 ランドルフにそう諭されて、チラッとイケルに視線を送ると、イケルはランドルフの言葉に頷いていた。


「……わかった。だけど、勝手もさせてもらう!」

「は?!」


 ランドルフの驚いた顔なんか知ったこっちゃない。

 私はブンッと手を大きく振り上げると、イケル達の目の前に壁のような火柱を上げる。


「絶対怪我なんかしないでね、イケル達! 北城で待っているから!」


 ただの時間稼ぎなのはわかっている。

 だけど、何もせずにこの場を去りたくはなかった。


「……結構な火柱ですね」


 ランドロフは呆れ顔で火柱を見上げる。


「庭を燃やしたことを、後で怒られるかな」

「その前に、敵の狼煙よりも目立つ火柱を上げたことに、クシフォス宰相補佐官から大目玉を喰らうでしょうね」

「はっ!」


 私は一体何をしているのか。火の壁ではなくて、火の玉をぶん投げれば良かった。

 ランドルフの言う通り、周囲の植物を燃やし始めた火柱と一緒に、灰色の煙がモクモクと上がり始める。これは絶対に目立つやつだ。


「とりあえず、敵が火柱で怯んでいる隙に急ぎ逃げましょう。エレノア嬢もこちらへ」


 ランドルフはエレノア嬢の手を取る。それを見た私は、良いことを考えついた。


「あ、もしかしたらランドルフがエレノアだけを北城へ避難させれば良いんじゃない? 私はここに残るわ」


 その言葉に、ランドルフの顔色が変わる。


「馬鹿言うな!! 姫を逃そうとみんな必死なのがわからないのか!」


 再びビクッと肩が震えた。


「騎士だけじゃない。エレノア嬢だって、姫と一緒に行動すれば命を落とすかもしれないのに、それでも姫の側を離れずにいるんだ。その意味を少しは考えろ!」


 久しぶりのランドルフの素の怒声だった。怒った顔のランドルフに言い訳なんか出来ない。どうして彼らが私を一生懸命逃そうとしているのか、自分だってその理由をわかっているからだ。だけどそれがとても歯痒くて、心苦しくて。


「ごめんなさい」

「謝っている暇があったら、さっさと動け! 逃げると決めたら逃げるんだよ! 余計な事はするな!」


 むっ!


「余計な事じゃ……」

「姫の頭じゃ防衛は出来ない! さっさと来い!! さらに追手が増えている」

「え、増えてる??」


 もうすでに追手は追いついて来たと思うけれど。


「音だ。更に来るぞ」


 さっきよりも顔が強張ったランドルフは空を見ると、グイッと私の手首を掴みながら、視線をイケル達に流す。


「殿下に付いてくる騎士は先導しろ! エレノア嬢は彼らの後ろを走って。姫は私が運びます」

「はい!」


 ランドルフの指示でエレノアは階段を目指して走り出す。それと同時に私の体は宙を浮いた。


「なっ!」


 ランドルフに横抱きされたのだ。


「リカルドと言ったな? お前は後方で姫の壁になれ」

「はい!」

「え、壁って?」

「階段を登っている間の防御は難しい。あっちは弓を準備している」

「それなら、私が!」


 全部吹っ飛ばしてやる。


「姫は体を小さくしていろ! 余計な事はするな、移動が遅くなる!!」

「ぐぬぬ」


 ランドルフに激怒されて、悔しくも護られている私はこれ以上は邪魔をしちゃいけないと、言われたとおりランドルフの襟元にしがみついて体を丸くする。


「……なんだ、出来るじゃないか」

「は?」

「いえ、行きますよ」


 ランドルフは私を抱えたまま、階段を目指して走り出す。


「あ、こら! その女を置いていけ!! くそ、この炎め! どこから出て来たんだ!」


 火の壁の隙間から私達が見えたのか、兵士……いや、賊が大声を上げる。

 火の壁は少しは役立っているのか、時間稼ぎは出来ていたようだけど、前方を走るエレノア達が階段を上り始めようとする頃には、後ろから剣のぶつかり合う音が聞こえて来た。

 火の壁を迂回されたら、どうしようもない。


「行かせるか!」


 イケル達の声が遠くに聞こえる。それが怖くてランドルフにしがみついた。

 私の心臓はバクバクと高鳴り、先のわからない不安に呑まれていた。







 皆が息を切らしながら、北城の階段の中段辺りまで上ってきた。半円を描くように湾曲しているから、折り返し地点とも思える場所だ。

 優雅な造りの階段のせいか、三歩程歩けそうな奥行きのある階段の踏み(づら)になっていて、段数はもちろんのこと、距離も意外とあった。

 上を見上げると、もう少しと言ったところに北城が見える。


「階段から警備を置いておけよな」


 ランドルフは何が気に入らないのか、北城に向けて文句をこぼす。

 私はランドルフの腕からそろっと顔を出して、階段下を探す。さっきイケル達と別れた場所を見つけたけれど、そこには黒い制服を着た騎士が数名が倒れているのが見えた。そして、護衛達の壁を越えて、数人の兵士が階段を上ろうとしているのも見えた。


「うそ………」

「数が多過ぎたか」


 ランドルフは舌打ちをする。


「エレノア嬢、まだ走れますか?」

「はい、私は大丈夫です」

「本当、逞しいご令嬢だ」


 ランドルフは額に汗を浮かべながら感心した様に笑う。


「わ、私も走……」

「姫は駄目です」

「ぐぅ」


 間髪入れずにランドルフに却下される。


「後ろ、気をつけろよ。弓矢を持っている奴が上って来た」

「はい」


 後方にいたリカルド達に注意を入れたランドルフは、再び上を向いて進もうとしたのだが。


「きゃあ!」


 先導する騎士達の前から人が下りて来た。それは灰色の制服を着ているけれど、味方ではなくてきっと敵だ。だって、早々に私達に剣を向けている。エレノアを先導していた騎士が応戦を始めた。


「先回りされたか」


 階段の横幅は広いけれど、階段を下りて来た賊達は幅一杯に広がって、行く手を阻もうとする。


「話し合いで解決なんて……」

「これっぽっちも出来ないでしょうね」

「とりあえず、降ろしてよ」

「いいえ。降ろしません」


 この石頭めとランドルフを睨みつける。


「とにかく、エレノアを守らなきゃ」


 エレノアを誰か守ってくれと、私はランドルフの腕の中でジタバタとする。


「私を抱えてたら、ランドルフは戦えないでしょ?」

「お気になさらずに」

「何でよ!」


 キッとランドルフを睨みつけた途端、前方から賊の悲鳴が聞こえた。振り向くと目の前の賊達は足元から首元まで氷漬けになっていた。


「刺してやろうと思いましたけど、ご令嬢達の前で血生臭いことは出来ませんので、とりあえずはこれで」


 そういえば、ランドルフは氷魔法を使うんだっけ。


「あ、でも魔法だから魔法陣を消したら、この氷も消えちゃうんだよね?」

「そうです。ですから足止め程度です。さっさと進みましょう。エレノア嬢、進めますか?」

「はい」


 エレノアは氷漬けの兵士達の間をそーっと進む。


「一度降ろさないと通れないわよ?」

「そのようですね。残念です」


 何が残念なのか。

 ランドルフは私の足をゆっくりと降ろす。

 ランドルフから解放されて少しだけ自由になった私は、ふうっと深呼吸をする。


「早く進んでください。後ろに追いつかれますよ」

「わ、分かっているわよ」


 私もランドルフも凍っている賊達の間を抜けた。だけど。

 前方にまたもや賊達が下りて来る。どうやら坂道から上がって来たか、反対側の階段から上がって来ているようだ。火柱を上げてしまったから言い訳は出来ないが、どうして階段を登っているとバレているのか。


「勘が良すぎだな」


 ランドルフが舌打ちをしながら、魔法陣を前に展開する。

 カロスならともかく、普通の人が同時に魔法陣をあっちにもこっちにも出せるのだろうかなんて考えていると、案の定、後方でランドルフが凍らせた兵士達の氷は溶け出していた。魔法陣が消え始めている。


「ランドルフ、後ろ!」

「大丈夫です」

「何でよ??」


 何故かリカルドもエレノアの前方からやってくる兵士と交戦し始める。

 という事は、後方には上級騎士の数人しかいない。

 溶け始めている賊と、更には階段を上って追いかけて来ている賊も距離を詰めてくる。

 後ろ、後ろ!

 焦っていたけれど、いざとなれば私が丸焼きにしてやれば良いんだと、はっと気がついた。私は手にぐっと力を入れて、もう一度火柱を上げてやろうと構えたのだけれど。


「遅刻だぞ!!」


 ランドルフは横にいた私に向かって怒鳴りつける。ビクッとしたが、私は遅刻などしていない。じゃあ誰にと不思議に思って周囲を見回すけれど私の反対側は階段外で絶壁だ。だけど、何か音が聞こえる。それはステップのように軽快な足音で、どこかで聞いたことがある様な音。私がそれを思い出す前に、下から近付いてくるその音が真横まで来ると、階段外側から黒い物が飛び出て来た。


「ラシェキス!!」

「悪い、ランドルフ!」


 近衛騎士の制服を着た銀髪の男性が私の真横に足を着けると、指を振って数個の魔法円を発生させる。そこからバチバチッと雷が発生したかと思えば、動き出した賊や下から追いかけて来た賊に向けて放たれて行った。それを体に受けた賊達は短い嗚咽を漏らすと、もれなく膝をついて崩れ落ちる。

 動かなくなった賊達を確認した銀髪の男性は、こっちを向いた。


「シキ!」


 その顔を見た私は安堵したせいか、シキの腕にしがみついていた。


「……遅すぎだ、ラシェキス。もう少しで血を撒き散らす大惨事を、姫達に見せるところだったぞ?」

「おしゃべりしている暇はないよ、ランドルフ。前、前」

「言われずとも分かってる」


 ランドルフは前方に向けて魔法陣を展開する。シキはその様子を満足気に見ると、今度は腕にしがみついている私に作り笑顔を向ける。


「それで、殿下達は何でまだこんなところにいらっしゃるのですか? とっくに北城に着いたものだと思っていたのですが?」


 ん? これは怒っている?

 何故だ、どうしてだ?

 私はそっとシキの腕から手を離す。


「魔法陣のお勉強はもう忘れてしまいましたか?」

「魔法陣の、………お勉強?」


 怖い笑顔を向けるシキの顔を見ながら、私は何のことかと記憶を呼び起こしたのだが。


「はっ!」

「思い出しましたか?」


 私はコクコクと頭を動かす。


「風の魔法陣………浮遊魔法を学びました」

「そうです。何で緊急事態に階段を足で上っていらっしゃっているのか」


 シキは呆れ顔で腕組みをする。


「何のための魔法の勉強だったんですか?」

「えっと………」

「使わないといけないところで使わないなどとは」

「うう………」


 圧の強い笑顔のシキ先生が怖い。


「風使いがいないのなら、ご自分でご自分を運ばねば」

「すみません、先生……」


 ぐっとシキに頭を下げていたら。


「そこ! 何やってる」


 戦っているランドルフに叱られた。


「ラシェキス、下から来てるぞ!」

「大丈夫だよ」


 腕組みをしながらシキは淡々とした顔をしている。そんなに呑気にしていて良いのかなんて考えていると、シキの登場と同じ様に、階段の端からまたもや黒服が飛び込んで来た。


「やっと追いつきました!」

「アトラス?」


 それにエドガーとジルベールも。

 近衛騎士というのは宙から登場するものなのか。

 驚いた私とは反対にシキの顔は冷静だ。


「あとの二人は?」

「イケル隊長のところに置いて来た」

「そうか。それにしても遅かったな」

「騎士舎で寝ていたところに、警鐘が鳴って起こされたんだよ。こっちは夜勤だ」


 アトラス達は、昨夜私が寝ている間と早朝の護衛だった。


「軍はこの事態は把握出来ているのか」

「ああ。不可思議な動きはあったが、内城全体に騎士が派遣されたようだ」

「わかった、詳細は後で。今は後方を任せるよ、アトラス。俺は殿下達と一緒に、このまま北城へ向かう」

「北城?」

「クシフォス宰相補佐官の指示だ」

「なるほど。逆らったら首が飛ぶね。りょーかい、副隊長!」

「その言い方はやめろ」

「今は仕事中だろ?」


 アトラスは可笑しそうにシキの頭にポンポンと手を乗せる。シキよりも背の低いアトラスがいとも簡単にシキの頭に手を当てているものだから、どうしてだろうとアトラスの足元を見ると。


「あ、魔法陣」


 そう大きくない魔法陣が、階段から少し浮いてアトラスの足元を支えている。

 そういえば、村から帝国にくる時に、シキの魔法陣の階段で高い山を登ったことを思い出した。そうか、近衛達はそうやって階段の横から上がって来たのか。


「そうです、これで横から上がって来ました。階段は“とうせんぼ”されていましたので」


 アトラスはこんな状況なのに、いつもどおりの話し方で飄々としている。


「緊張感がないな、近衛は」

「おっと、公子に叱られる前に働くか」

「そうしてくれ」

「じゃ、後でな。ラシェキス」

「しくじるなよ?」

「はっ! 誰に何を言ってるんだよ?」


 シキとアトラスは目を合わせると、お互いの口元は笑う。


「では殿下。ここはアトラス達に任せて北城へ向かいますよ」

「う、うん」

「ラシェキスには素直だな」


 何故かランドルフの機嫌が悪い。

 素直でどこが悪いってのよと、ランドルフを睨みつけたんだけど、当の本人は違うところを見ている。


「あ」

「ん?」

「帝城から煙が出ているな」

「え??」

「……ああ。帝城の中か?」

「そのようだな」


 階段から中央に立つ帝城がよく見えるのだが、確かに大きな帝城の一角から煙が昇っているのが見えた。

 そんな。とうとう帝城の中が燃やされたってことだろうか。賊はそんな大人数なのだろうか。

 ランドルフとシキは冷静な顔で、帝城から上がる煙を見つめる。


「もたもたせずに行くか」

「ああ」


 シキとランドルフは帝城の煙に気を取られていた私をじっと見る。


「さて、殿下。風魔法の応用をしましょうか。覚えていますか?」


 シキはにっーこりと笑う。怖い。


「なんだ、姫は風使いでもあるのかよ?」

「ランドルフ、殿下達に持っている属性を聞かないほうが良い」

「何でだよ?」

「常識に当てはまらないからだ」

「なんだよ、どんな常識だよ?」

「魔法は三属性以上は扱えない」

「ああ、俺たちも二属性………待て。何属性扱えるんだ?」


 ランドルフが恐る恐る私を見るものだから、村に来たシキに見せた時の様に、手を広げて指にそれぞれの魔素を出して見せてやった。

 以前も視察先で見せたはずなんだけど。


「はぁ?! 火使いじゃ無いのかよ??」

「前も見せたでしょうに」


 あの時は「手品」と思ってそのままだったようだけど、シキの言葉でそうじゃないってようやくわかったようだ。というか、本当に手品って思っていたのだろうか。

 ランドルフはもう繕うことも忘れて、ワナワナと震えながらそんな馬鹿なと呟く。村で見たシキと同じ反応を見ながら理解が遅いな、なんてランドルフの動揺している姿に冷たい視線を送る。


「シキ、これ置いていこう?」


 理解が出来なくてしばらく動かなくなるであろうランドルフを置いていくかと、シキを見上げたのだが。


「………やっと顔を見てくれた」

「ん?」


 シキの口から(こぼ)れた小さな言葉が聞こえない。


「あ、いえ。衝撃を与えたのは殿下ですけどね。とにかく、急ぎましょう」

「ラシェキス! 早く北城へお連れしろ! 何遊んでんだよ!!」


 もたもたとしている私達の後方で、下から上がって来た賊と交戦の始まったアトラスからの怒声が響いた。







 私達は北城の入り口前の広場まで辿り着くと、北城を警備していた護衛に保護されながら事情を話して中に入れてもらった。数度北城に来ているから、北城側の受け入れも早かった。

 賊も私達を見失ったのか、北城までは上がってこなかった。護衛達が上の窓から周囲を見渡していたけれど、どうやら中央の帝城へ移動しているのが見えたそうだ。


 そんなこんなでホッとした私達は、北城で少し休ませてもらうことにした。

 私は以前来た時に置いていった比較的楽な服に着替える。置いていったというよりも、カロスが準備しすぎて持ち帰れなかったんだけど。


「ちょうど良いお召し物がありまして、ようございました」


 以前、北城でお世話になったメイドさんが着替えを手伝ってくれて、ぐちゃぐちゃになってしまった髪をすいてくれている。 

 私は以前使っていた客室に通されていた。

 小部屋のようなクローゼットの中はあの時のまま、と言いたいが何故か服が増えていた。持ち帰ったのだから、隙間があったはずなんだけど、そんな隙間はもうなくなっていた。


「カロスの仕業ね」

「ええ。若様がまた来るかもしれないと言って、常に準備をさせておりますよ」


 もう一人のメイドさんが可笑しそうにクスクス笑いながら、お茶の準備をしてくれている。


「あ、エレノアはどうしました?」

「お側付きの女性でしたら別室へ行かれたはずです。お召し物が少し汚れてしまっていましたので」

「そっか」


 あれだけ走って階段を駆け上がったのだから、汚れるよね。

 私も汚しちゃいけないドレスを脱げてホッとしている。そして初夏らしくフワッとした生地の薄い簡単なワンピースのようなドレスに着替えた。花の刺繍がかわいい。やっぱりカロスの選ぶ服は可愛いし動きやすい。私の性格をよく把握しているようだ。

 軽い服に着替えて心も軽くなった私は、長椅子に座って淹れてもらったお茶をすする。

 ほっと落ち着いた頃、部屋がノックされた。

 はーいと返事をすると、扉を開けたのはシキだった。


「お休みのところ失礼します」

「あらまあ。へーリオスのぼっちゃま?」


 お茶を淹れてくれていたメイドさんが驚いたようにポロッと言葉をこぼす。


「はは、フランチェスカさん。今は仕事中なのでぼっちゃんはやめてください」

「まあ、これは失礼を。大変ご立派になられて一瞬わからなかったものですから」

「殿下と仕事の話をしたいので、少し部屋を空けてもらっていいですか?」

「もちろんです、ラシェキスぼっちゃま」


 メイドさんの返事にシキは恥ずかしそうに下を向く。メイドさん達はごまかし笑いをしながら部屋から下がって行った。


「知り合い?」

「あの二人はクシフォス家の古株だ。うちの家族全員の顔を知っているよ」

「……仲良しなんだね」

「将軍とね」

「カロスとは?」

「俺はカロスには嫌われているからな」

「何で?」


 そう聞くとシキの視線は宙を彷徨う。


「その話はいずれ、ね」


 シキはコホンッと喉を鳴らすと、さっきまでの砕けた態度はなくなり、近衛騎士としての顔を見せた。


「今後の予定についてですが、このまま北城で待機をします。クシフォス騎士団本隊が北城に到着していましたので、防衛には問題はないかと。クシフォス宰相補佐官が指示を出されたのなら、彼も殿下がここにいることは百も承知でしょう」

「うん」

「帝城での騒ぎが収まれば、遣いの者が来るでしょうから、それまではここで身を隠れさせていただきましょう。幸い、お召し物も揃っているようですので」


 そういってシキは視線を服へと向ける。


「………変?」

「いえ、大変お似合いでございます」


 では、なんでそんなに機嫌の悪そうな顔をしているのか。


「わかった。ねえ、エレノアは?」


 着替えならそろそろ終わるだろうと待っていたのだが。


「少し熱を出されたみたいです」

「え、熱?!」

「北城の専属医が今診ていますので、ご心配には及びません。お疲れになられたのでしょう。このまま彼女は客室でお休みいただいたほうが宜しいかと。殿下が行かれますと気にされますので、今はそっとして差し上げてください」


 エレノアは怖がってはいなかったから大丈夫かと思ったけど、そうだよね。普通の令嬢があんな剣や弓を持ったおじさん達に囲まれて怖くなかったはずはない。そう考えれば、呑気にお茶を飲んでいられる自分の頑丈さが恨めしく思う。もっとエレノアの心に寄り添えば良かった。

 ランドルフの言う通りにすぐに私が逃げれば、賊に挟撃(きょうげき)されるなんて怖い思いもすることはなかっただろうに。


「うん、わかった。報告をありがとう」


 せめてこれ以上は護衛達には心配をかけないようにしよう。シキの言う通りに、北城で静かにしていよう。


「今後は交代で護衛を中に入れます。お召し替えの時には北城のメイドに来ていただきますが、私達が顔を知っている古参の者だけを通しますので」


 私は首肯する。


「では、私はこれで。状況が変わりましたら報告に参りますので、それまではお体を休めてください」

「うん、わかった」


 素直に返事をすると、シキは安堵した顔をして部屋から出て行った。

 私がふうっと息をついて長椅子にもたれていると、あまり休む間もなく扉をノックされた。入れ替わりが早いな。

 どうぞと返事をすると、入って来たのはランドルフだった。


「なに、護衛の係?」

「係? いえ。係も何も、私は殿下の護衛ですので」


 そうか。ランドルフは近衛や騎士とはまた所属が別だったっけ。


「ランドルフも少しは休んできたら? 私を抱えたんだから、疲れてるでしょ? 今のところ安全だし」

「ええ、重かったのは確かです」

「む?」


 一言多いな。

 私は飲もうとしていたお茶をテーブルに置き直す。


「だから休めば良いのに」


 素直じゃ無いな。


「一つだけ、確認したいことが出て来まして」

「確認?」


 何が出て来たんじゃと、ランドルフの顔を見上げる。


「殿下は本当にセウス殿と恋人の関係ですか?」

「なっ?!」


 なんでバレているのか。


「な、ななな何でそう思っているのよ?」


 思わず立ち上がってランドルフに背中を向けながら「ラブラブうふふに決まっているでしょ」と意味不明なことを言いながら、ランドルフから離れるように窓辺まで歩くと、窓枠にぎゅっと握った拳を置く。

 動揺するな、私。言葉が疑問形ということは、まだバレてはいないはずだ。ここでバレてしまったら大変な事になる。

 ランドルフにバレたら、それこそ結婚の話が強引に進められてしまう。今はセウスよりも強い男性としか結婚しないと宣言したから、セウスのおかげで沈静化されているけれど、ここで防波堤のセウスが実はハリボテの恋人でしたなんてバレると、大変なことになるのは私の頭でだってわかる。

 これは絶対にバレてはいけない重大な秘密!


「殿下の目は、常に違う男性を追っていますよね?」

「え? 違うって??」


 顔を上げた私の背後から、ランドルフが近付いて来る音が聞こえる。


「俺と同じ銀髪の男………」


 そう言って私の後ろ髪を(すく)う。

 どっきーん。

 落ち着け、私。セウスにだってそれはバレているだろう。いや、バレたというか、教えてもらったというか。セウスのおかげで、意識してその人を見てしまっていたようだが、とにかくここは拒否だ拒否。

 窓に薄らと映る自分と頷き合いながら決意を固める。


「み、見てないわよ、シキの事なんて」

「そうか、やっぱりラシェキスか」

「はっ?!」

「殿下の周囲に銀髪の男性は他にもいますよね? リシェル兄とか、世話をしている帝城の官の中にだって数人いる」

「わ、罠?」


 窓に映る自分と驚き合っていると、ランドルフはプッとおかしそうに噴き出す。窓に映るランドルフに揶揄(からか)われているようで、何だか悔しい。

 くそう。


「あいつは確かに見目麗しいし、性格だって基本穏やかだ。程々賢いし、武術の腕だって一族の中でも秀でている。それに殿下は知らないかもしれないが、女性との噂が常に絶えない」

「え、絶えないって?」

「以前は公爵令嬢と、その前は伯爵令嬢と。今度は令嬢達を集めてパーティだ」


 な、何それ。

 私が驚いていると、背中に重みを感じた。ランドルフの身体だった。


「俺、ラシェキスに似ているでしょう? 髪質も体格も。身長だって同じだ」


 そう言いながら、ランドルフは私のお腹の前に腕を回す。


「……あいつの代わりでも良い。だから俺をあなたの傍に置いて下さい。俺はあなた以外は目に入らない」


 そう言って動かなくなったランドルフが、少しだけ腕に力を入れたのがわかった。


「好きです、殿下」


 ランドルフはそっと耳元で囁く。

 その声が、少しだけシキに似ていた。





 ****





 ー 帝都城下町 邸宅 ー


 広いエントランスホールから、お茶の時間を知らせる時計の鐘の音が響き渡る。静まり返る邸宅の奥まで、それは聴こえてきた。


「そろそろ、時間か」


 二階にあるバルコニーのせいか、日差しが大して入り込まない部屋の中で、伝統的な応接セットの長椅子に座ったあどけない面影を残している金髪の青年は、砂が全て落ちてしまった砂時計を見ながらポットからお茶をカップへと注いだ。暖かい時期にはなってきたけれど、湯気はまだ薄らと淡く見える。

 青年は一口お茶を飲むと、満足気に笑む。

 お茶の味にも満足したけれど、他にも理由はあった。


「今頃、帝城では大層賑やかなお茶会(ティーパーティ)が開かれているのでしょうね」


 お茶に映る自分を見ながら、青年は独り言を呟く。


「あっ、そう言えば」


 青年は何か思い出したかのように、薄暗い部屋を見上げた。


「セルゲレン地方に新手の調査団が向かっているって侯爵に言い忘れていたな、あちゃあ。でもまあ、そんなことは俺が気にする事じゃ、……ないよね?」


 自分の言葉に納得した青年は、どこか面白そうに笑った。





 ****


<独り言メモ>

人物メモですが、長くなるのでタイトル毎で書く事にしました。「奇妙なお茶会」のどっかに書かれていたら、同じ登場人物の説明は書いていません。



<人物メモ>

【ロレッタ嬢(ロレッタ・エティーレ)】

 皇后の姪にあたる公爵令嬢。元々シキと婚約を結ぼうとしていた令嬢だが、シキの近衛騎士試験不合格を条件としていたため、それを機にシキ側からの申し入れで婚約の話が無くなってしまった。


【イケル・エステベス】

 ヒカリの近衛騎士。隊の変更で分隊長になった。皇后のお茶会で護衛としていた。


【ニキアス・ペトラ】

 ヒカリの近衛騎士。皇后のお茶会で護衛としていた。


【リカルド・グロリアス】

 ロモと交代するようにヒカリの専属になった。以前は陛下付き。皇后のお茶会で護衛としていた。


【アトラス・ルーギリア】

 ヒカリの近衛騎士。シキとはご近所の幼馴染。赤髪に青碧の瞳で火と水使い。シキとは三歳差。忠誠心の高い人間で時々融通が効かない。


【ジルベール・アルエット】

 ヒカリの近衛騎士。


【エドガー・アブラーム】

 ヒカリの近衛騎士。


※その他省略

※添え名省略



<更新メモ>

2023/01/01  加筆(修正、人物メモ修正)

2022/12/31 加筆(修正、後半ストーリー追記)

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