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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第三章
182/219

奇妙なお茶会4

 目の前にはロクサーナ様似の女性。

 お母様だからか、ロクサーナ様にも引けを取らないほどの美人だ。


「急なお誘いを受けてくださって、感謝申し上げますわ」


 女性の中では国の頂点とも言える皇后が、おっとりと私に感謝を述べる。

 白の宮殿の庭で私は皇后陛下と向かい合っていた。

 そう、皇后のお茶会が先程から開始したのだ。

 内城にある宮殿の中でも最も北側に位置する白の宮殿に、皇后のお茶会の会場は準備されていた。白く丸いテーブルには全部で四脚の椅子が置かれ、そのうちの二脚には誰も座っていない。椅子を多めに出しておいたのだろうか。


 皇后陛下のお出ましだからか、周囲の警備は万全のようで、少し離れた場所にもちらほらと、騎士と思われる人の頭や体が花や葉の隙間から見え隠れする。皇后陛下の一番近くには、息子のユリウス皇子が護衛として控えていた。

 一方の私は、ランドルフが席から一歩離れた場所に立ち、近衛達は少し離れた庭で警備をしている。


「こちらこそ、お気遣いいただきありがとうございます」

「先日はアリアンナ妃が、バシリッサ公爵のお茶会の邪魔をしたと聞きました。本当にごめんなさい。私からもキツく注意を入れておきましたわ」

「あ、いえ。そんなに気にしていませんから」

「ですが、今後もアリアンナが何かしてくるようでしたら対処しますので、言ってくださいませ。私に言いづらいのでしたら、へーリオス補佐官……リシェルにでも」

「わかりました」


 なんとか皇后と会話が出来ているものの、私の体は緊張でバリバリのガチガチだ。


「気を楽になさって。ああ、そうだわ。私と二人よりかは、知り合いに間に入ってもらった方が気が楽かしら?」


 知り合い?

 誰だろうと皇后からの提案に首を傾けていると、皇后は私の背後に視線を流す。


「ラシェキス。護衛は他の者に任せて、こちらの席へ。バシリッサ公爵とは護衛以前からのお知り合いなのでしょう?」


 皇后は私の護衛として立っていたシキにそう言うと、ニッコリと笑う。

 その瞬間、私のガチガチだった体は割れそうになる。

 待って、それは待って!

 そんな心の悲鳴なんか、この場で曝け出すことなんて出来ない。出来るはずもない。

 思わず胸辺りまで持ち上げた手の行き場がなくて、宙を彷徨う。


「バシリッサ公爵も彼をご存じですよね? 兄であるリトス候とラシェキスは仲が大変よろしいと聞いていましたのよ」

「あ、ええっと。……はい」


 仲良しはキツキなのに、何という飛び火。

 笑顔の皇后の前にして、心の準備が出来ていないので嫌ですなんて断れない。

 そしてそれは護衛達も同じようで、皇后の申し出に誰も異議を唱えずに、仕事中だったシキは列から外れると、皇后に言われた通り、私達の席へと近付いてくる。その足音が近付くにつれて、私の心音も大きくなっていく。


 私と皇后の前まで来て「失礼します」と礼をしたシキは、皇后が指定した私の左側の席に着いた。そのカタンという音にドキドキする。

 揺れるシキの銀の髪が目の端に映ると、急に現実味を帯びてきて、私の心は慌てふためく。どうしよう。顔、おかしくないかな?

 私は持ち上げていた手で顔をさする。


「ふふ。ありがとう、ラシェキス」


 席に座ったシキを見て、皇后は満足そうに微笑む。


「バシリッサ公爵。慣れない帝城暮らしはお寂しいでしょう? 話し相手に娘のロクサーナがいればよかったのですが、あの子は今小さな子がいましてね。ですからその代わりにバシリッサ公爵と年齢の近い女の子を呼んでいますの。彼女とお友達になって下さると嬉しいですわ」

「あ、ありがとうございます」


 皇后はそんなところまで私のことを気にかけてくださったのかと思うと、感激してしまう。


「彼女を呼んできてちょうだい」


 皇后が近くにいた女性にそう声をかける。

 一体どんな女の子だろうとワクワクする私とは対照的に、横にいるシキの顔がいつも以上にピリピリしていて、どうしたのだろうかと気になって話しかけようとした時だった。


「ご同席のお許しをいただき、ありがとうございます」


 そう可愛らしい声が聞こえる。

 どこかで聞いたことがある声だなと右側を向くと、私の顔は青くなった。


 そこでドレスを少しだけ持ち上げて礼をしているのは、以前帝城で見たシキと婚約の噂があった女性だった。







 四つあった席は全て埋まり、四人で白い円卓を囲む。

 シキの正面に座った女性は、私の記憶通りとても可愛らしかった。頬を染めて、目の前に座るシキをチラチラと見る。シキの事が気になるんだって、それを見ただけでわかる。

 目の前の皇后はそんな彼女の姿が可愛いのか目を細めて微笑むけれど、一方の私は一体何の罰なのかと思うほど、喉をぐっと掴まれたかのような気分だ。


「バシリッサ公爵、姪のロレッタです。バシリッサ公爵の一つ上になるわ。どうぞ仲良くしてあげてくださいませ」

「……はい」

「ロレッタ・エティーレと申します。どうぞよろしくお願いします」


 右手側に座った女性は可愛らしく微笑む。ハナもエレノアも可愛いけれど、それとはまた違った可愛らしさだ。儚さも伴っていて、こう助けたくなるような可憐な美少女って感じで、元気が取り柄の私とは全くの逆。遠くから見てても可愛らしかったけれど、近くで見ると尚更可愛い。


 そんな彼女を前にしてシキはどう思っているのかなとチラッと反対側を覗き見ると、シキの表情は淡々としていた。

 さっきまでピリピリとした顔つきだったけれど、今は涼しい顔をしている。ロレッタ嬢の愛らしい挨拶すらも、聞いているのかどうかといったような感じで興味は無さげだ。


「ロレッタは、近衛騎士の制服を着たラシェキスの姿を見るのは初めてでしたね」

「はい、陛下。いつも以上に凛々しくて素敵ですわ」


 皇后に質問されたロレッタ嬢は頬を染めてシキを褒め(そや)すけど、シキは視線を伏せながら「ありがとうございます」と答えるだけだった。


「ああ、ごめんなさいね。バシリッサ公爵。この二人も知り合いなの。その方が話が弾むかと思いまして」

「そうですか」


 今、私の顔は笑えているだろうか。

 知り合いも何も、婚約する直前の仲だったのだから、ただの知り合いではないことは私だってわかる。

 私はいつの間にか口にぎゅっと力を入れていた。


「どうですか? ラシェキスはきちんと近衛騎士として働けているかしら?」


 皇后は嬉しそうに私に質問をしてこられたけれど、私の頭は真っ白になる。

 近衛騎士として……。

 シキが専属になってからのことを考えるけれど、私は常にシキを視界の中央には入れては来なかった。


「あ、えっと。すみません、あまり見ていなくて。はは……」


 視界になんか入れたら頭が爆発するから、仕事中だとしても観察なんて出来ない。瞬間に垣間見るだけでも、勇気がいるのだ。


「ヒカリ殿下………」


 シキはガックリとするけれど、わざとじゃ無いもん。無理なんだもん。


「えと、女性騎士に囲まれているのは見ていたよ」

「それ、仕事を褒めていませんから」

「まあ、バシリッサ公爵の気にも止まらないなんて、ラシェキスは護衛としてはまだまだのようですね」

「面目もありません」

「あ、あの。そのうちゆっくり観察しますので」

「まあ」


 何かおかしかったのか、皇后がくすくすと笑う一方で、シキは後味の悪そうな表情をする。


「気に留めていただけますように、精進しますよ」


 皇后と同じように可笑しそうに柔らかく笑ったシキの顔が目に映る。あ、久しぶりにシキの笑顔を見たな。


「バシリッサ公爵は、帝城での生活は慣れましたか?」


 ポーッとシキの笑顔を眺めていた私に、右手側から神々しいばかりの笑顔でロレッタ嬢が私に質問をしてくる。


「あ、はい。皆様とても親切でよくしてくださいます」

「それはよろしゅうございました。私も時々登城しておりますのよ。是非とも私とお友達になっていただけますと嬉しいですわ」


 両手を軽く合わせながら、右隣の女性は微笑む。


「えっと、あの」


 すぐにうんと言えなかった。

 その言葉に妙な違和感があったから。

 それに友達となれば、きっと時々は彼女に会うのだろうし、その度に彼女の視線の先を気にしなくてはいけない。またあの時のような胸の痛い思いをするのかと思うと、それがとても怖くて私は即答出来ずにいた。

 なんとも狭量な自分が嫌になる。

 返答に困って押し黙ってしまった私の左側から、「ご友人と言えば……」と助け舟を出すように柔らかい声が聞こえた。


「ヒカリ殿下のご友人であるエレノア嬢は大変謹厳な御令嬢ですね。慣れない帝城でも物怖じなさらない。そのうえ良く気が利かれる。彼女のような方がお側にいれば、寂しい帝城の生活でも、さぞ心強いでしょう」


 助けてくれたのはシキだった。


「まあ、そのような御令嬢が?」

「フィレーネ侯爵の御令嬢です。兄であるキツキ殿下がお呼びになられたとか」

「あ、はい。エレノアはとても働き者で機転が利くんです。私が気が付かないことも、先回りしてやっていてくれてるみたいで助かっています。それに帝国でのわからない事も沢山教えてくれます」

「頼もしいご友人が側にいて、良かったですね」

「うん!」


 窮地でシキが柔らかく笑いかけてくれるから、思わず強く頷いてしまった。


「あの、ですが侍女なのでしょう? 侍女が友人だなんて」


 ロレッタ嬢は困惑した顔をする。

 え、友人が侍女をしていたらおかしいの?

 私は彼女の言葉の意味がわからずにまごまごとする。


「体面は侍女ですが、召使いというよりかはヒカリ殿下のお手本であり、良き友人でいらっしゃるようにと兄上様がお願いをしたようですね。ですので、この場合は友人と言っても過言ではないでしょう」

「まあ、そうでしたか」


 シキの説明に納得したのか、ロレッタ嬢はうっとりとする。

 まあ、確かにシキの説明は丁寧だし、いい声だし、きっとロレッタ嬢だけじゃなくて、他の御令嬢でもきっとうっとりしちゃうんじゃないかな。かく言う私も、シキの声に聞き惚れちゃってるけれど。


「でしたら、私もバシリッサ公爵のお側付きになりとうございますわ」

「えっ?!」


 なんで急に。

 お友達から側付きになりたいって、そんなに私の事が好きだとも思えない。なんで私にこだわるのだ。

 動揺しているのは私だけではない。目の前にいる皇后もシキも驚いた表情だ。


「まあ、ロレッタ。いくらなんでも側付きだなんて、そこまでしなくても」

「ですが」

「帝城での仕事は確かに尊い事かもしれませんが、それでなくてもあなたはエティーレ公爵家の後継ぎあのですから、帝城での仕事を持ってしまうと大変ですよ。時々登城して、私や公爵の話し相手ぐらいがちょうど良いでしょう」


 皇后のその言葉に、「わかりました」と答えたロレッタ嬢は俯く。その様子を見て、皇后もどこか安堵したような顔をされた。


「驚かせてしまいましたね、ごめんなさい。この子は少し思い詰めてしまうところがありましてね。時々で良いのですが、この子とお話し相手になっていただけないかしら?」

「あ、……はい」

「まあ、良かった。ロレッタは気弱なところがありますから、友人をつくるにも気後れしてしまって。ほほほ」

「はははは」


 何で笑っているのかわからないけれど、一緒に笑わないといけない気がした。あれだけ押してくるご令嬢が、気後れなんてするのだろうかと余計な事を考えてしまう。敷居が高い以前に、皇后のお茶会は精神的に大変だ。皇帝陛下とは少し違った緊張が体を巡る。


「それに今日はラシェキスの前だから、少し緊張していましてね。おかしな言動はお許しください」

「……はぁ」


 では、何故彼女をシキのいるこのテーブルに同席させたのか。

 それでなくても、私の心臓は壊れそうなのにと私の頭の中はもやもやする。


「皇后陛下のお茶会の席なのですから、必然と緊張はなさるでしょう。陛下の美しさの前に私の存在など霞んでしまいますよ」

「まあ、お上手」


 皇后はシキのお世辞を面白そうに笑う。


「あなたは昔からそうやって女性からのアプローチをかわすのがお上手でしたわね」

「アプローチなどありましたでしょうか。私は女性の心の移り変わりがわかるほど、女心に機微ではありませんので」


  皇后と和かに話をしていたシキの視線が一瞬私に向けられた気がしたけど、……気のせいか。


「おっしゃること。リシェルもそうですが、良縁を端から蹴るのですもの。兄弟揃って手に負えませんわ」

「血筋かもしれませんね」

「まあ! ………でも、そうなのよね。カロスもそうですし、ユリウスだって。皇位継承権を持っている殿方が揃いも揃って何を考えているのかしら。陛下も何もおっしゃらないから、焦ることもなさらずに。どうすればあなた達の良いお仕置きになるのかしら」


 皇后はやるかたない表情で天を睨みつける。

 後ろに控えていたユリウス皇子は、自分も嫌な話題に入ってしまったせいか、視線が泳いでいた。


「よもや皇后陛下がそのようなことをお考えになられていたとは」


 お茶を飲みながらクスッと笑うシキを、皇后は憎らしそうに軽く睨む。


「何とかしたいのは山々ですけど、癖の強いあなた方をどうにか動かせるなんて思っていなくてよ? ですけど、もう少し私の顔を立ててくだされば、悩んで私の肌が荒れることもないですのに」

「そんなことはありません。本日も皇后は大変美しいですよ」

「まあ、この子は」

「………シキって継承権を持っているの?」


 あまり考えたことがなかったけど、今の二人の会話でふと気づいてしまった。


「あ、ええ。今は継承権十一位になりました」

「……本当に皇族だったんだ」


 ダウタから帝都へ行く時に、カロスがシキの事を“皇族の末席”って言っていたけれど、全く末席に思えない。


「カ、カロスは?」

「彼は今は六位じゃなかったかな?」

「そうなんだ………」


 親戚なんだから、そうなるよね。私達は当たり前のように継承権を持っている者同士の集まりという事を今更ながらに感じる。かといって、急に実感も湧かないけれど。

 そもそも、何も出来ない私が継承権を持っていること事態が嘘のような話だけど。


「バシリッサ公爵からもおっしゃってくださいませ。近衛試験にも受かったのですから、いい加減に身を固めなさいと。もう二十歳を超えたのですよ?」


 皇后はチクチクした視線をシキに向ける。


「まだ近衛の仕事を始めたばかりですので、あと三年ほどは仕事に専念したいと思っています」

「本当、困った子達だわ」


 皇后はため息をついてカップを持ち上げると、少しだけお茶を飲まれて再び静かにカップを置いた。


「ねえ、ラシェキス。結婚の意思がまだ無いかもしれませんが、婚約者は決めておいて良いと思うのです」


 皇后のその言葉にシキはピクリと反応をする。


「……三年後はどうなっているかわかりませんので」

「結婚は三年で終わるものではないわ。今はその意志がなくとも、今から相手を決めてお互いの事を知っておく三年でも良いと思うのよ」

「………陛下、そういったお話はここでは」


 シキの流した視線の先を見た皇后は、「そうね」と諦めたように言葉を吐き出したけれど。


「でももし、あなたの心を射止める女性がいないのなら、もう一度考え直してくださらないかしら」


 シキの表情がさっきまでのようにピリピリし始める。


「しつこいことはわかってはいるわ。でも、妹の愚かな考えで良縁を駄目にしたことは本当に悔しく思っているのよ? 二人は本当にお似合いだと思っているわ」


 皇后の訴えにシキは淡々とした表情で聞いているように見えたけれど、眉間には力が入り、握り締めた拳は何かに耐えるように力が入っていた。そのシキの向かいに座るロレッタ嬢は、皇后の言葉に目をキラキラさせている。

 一方の私はというと、一人蚊帳の外でお茶を飲んで良いのか悪いのかさえわからずに、微動だせずに聞き耳だけを立てていた。

 何の話かは、なんとなくわかってしまった。


「自分の決断を覆す気はありません」


 シキの言葉に、皇后は諦めたようにため息をつき、ロレッタ嬢も視線を下げてしまった。


「……そうね、関係のない話をごめんなさいね、公爵」

「あ、………いえ」


 まだシキを諦めていないんだって、ロレッタ嬢の様子からなんとなくわかった。そして皇后も。

 私はどうすればいいのだろうか。

 視線を落としてしまった私を、皇后が申し訳なさそうに見ていて、ここは何か喋らないといけないかなと、あたり触りのない言葉を探すけれど、上手く見つからない。


「大丈夫ですか?」


 耳元でランドルフの声が聞こえる。後ろに立っていたランドルフが小声で聞いてきたのだ。


「何でよ」

「さっきから、固まったり震えたりしていますよ」


 背中しか見えないはずなのに、よく見ているな。

 前屈みになったランドルフに皇后は気づかれたのか、視線は私の後ろへと流れる。


「そういえば、クラーディ公子はバシリッサ公爵の婚約者候補に名が上がったそうですね。確かにそうやって並ばれると、とてもお似合いだわ」

「ありがとうございます。皇后陛下」


 ランドルフのお礼に、皇后は満足げな笑みを見せる。

 あ、なんか嫌な流れだ。


「まあ、そうでしたの? 素敵なお相手で羨ましいですこと」


 ロレッタ嬢も驚いたように開いた口を手で隠す。

 やっぱり変な勘違いをされたな。私はランドルフと婚約をするつもりもないし、違うと答えようとした時にランドルフは口を挟む。


「ですが、私はまだその立場にも立たせてもらっていません。今後とも、目に留めていただけるように努力を重ねていきます」

「まあ、あなたほどの人が?」

「ええ。先日、まだまだ未熟だと痛感いたしました」

「……公子は少し変わられましたね。以前はもう少し、その、我の強い方でしたのに」

「もし変わったのだとしたら、きっとそれは彼女との出会いがあったからでしょう」


 その言葉に、何故か皇后とロレッタ嬢は頬を染めて、あらあらと私に視線を送ってくる。


「バシリッサ公爵は素晴らしい人に想われていらっしゃるのですね。羨ましいですわ。どうすれば、そのように愛されるようになるのでしょうか」


 桃色に染まった頬に手を添えたロレッタ嬢は、目を細めて私を羨ましそうに見るけれど、私はこれっぽっちも嬉しくはない。

 そもそも、ランドルフがどうしてここまで変わってしまったのか、私にはわからないし、どちらかと言えば奇妙な怪奇現象にしか見えない。


「あ、えと」


 なんでランドルフとの間柄について釈明のようなことをしなくてはいけないんだと、私の頭はもやもやする。そもそも、周囲が勝手に話を持ち上げているだけで、私は了承をした覚えすらない。

 どう返事をするのが一番良いのかわからずに、言葉が詰まる。

 シキの目の前で、勘違いが広がるような事を言いたくはない。

 ぎゅっとドレスを握った時だった。



「ご無礼をお許しください、皇后陛下!!」



 会場の近くから大きな声が聞こえる。

 皆が視線を向けると、警備をしていた護衛に阻まれた文官の姿が見える。

 それを見ると、皇后は「よい」と言って手をスッと上げる。それを見た護衛達は文官を中に入れた。よくよく見ればカロスの秘書だった。以前、美味しいお菓子を調達してもらった事があるから彼の顔は知っている。

 彼は皇后の近くまで行くと、片膝をついた。


「何かありましたか?」

「申し上げます。今しがた帝城内で賊の侵入を確認しました。陛下及び殿下には至急安全な場所への避難をお願いしたく参りました」

「賊? 帝城にですか?」

「はい。確認が出来たのは内城南西側と帝城一階にて発見され、私は伝令のために直ぐにここへ派遣されました」


 周囲がざわつく。

 ここは内城の北側で、帝城から離れているが。


「皇后はこのまま白の宮殿へお逃げください。ヒカリ殿下は帝城には戻らず、北城への避難をクシフォス補佐官から指示されました」

「北城?」


 カロスと将軍であるユヴィルおじ様の居城だ。伝令は真剣な顔で頷く。


「賊はそれほどまでに大勢なのか?」


 シキが横から口を挟んだ。


「おそらく」

「おそらく?」

「どういうことだ?」


 今度はランドルフが口を挟んできた。


「内城全ての調査は終えていません。ですが、私の知る限りでは各所で二十人から三十人ほどの小規模な賊軍が現れたのですが、それと同時に帝城内で急に暴動が発生しました」

「暴動?」


 伝令の表情は重くなる。


「警備にあたっていたはずの兵士数名がその騒ぎに乗じて、賊の手引きを始めました。それどころか、賊に加勢する兵士も」

「何?!」

「想定になりますが、数カ所から現れるかと」

「内部に内通者がいたか」

「それも一人二人ではなさそうだな」

「ああ」


 ランドルフとシキは目を見合わせる。


「私とクシフォス宰相補佐官の見聞きした範囲でしか今は報告が出来ません。ですから、この事態が収まるまでは、殿下には急ぎ避難をしていただきたい。すぐにここが見つかるかもしれません」

「見つかる? もしかして目的は……」

「賊は口々に“アフトクラートを探せ”と」

「……殿下を狙っているのか」

「帝国軍の兵士が賊側だった以上、今は誰か敵なのかは明確にはわかりません。殿下は近衛を連れてすぐに北城へお逃げください」


 文官はキッと私の顔を見上げる。

 それは大変な事になった。


「まあぁ! こうしてはいられないわ。急ぎ避難しましょう」

「はっ」


 皇后の声に一同は立ち上がって、護衛達は避難先を定め出す。


「ラシェキス、あなたにはロレッタの護衛を命じます」


 その声で周囲の空気は一瞬凍る。


「……皇后陛下、お言葉ですがラシェキスはヒカリ殿下の近衛です」


 周囲が何も言えない中、ランドルフが皇后に言葉を向ける。


「ですが、公爵には他にも護衛が多くいらっしゃるでしょう。それにクラーディ公子がいればなお安心だわ。ですが、ロレッタには護衛がいません。今だけロレッタの護衛に回って頂戴」


 皇后陛下の周囲にいる大勢の護衛ではダメなのだろうか。

 皇后からの命令に、これ以上は誰も言えないようだ。


「承知しました、皇后陛下」


 シキはそう言ってロレッタ嬢の手を取る。その瞬間、心の中で「待って!」と叫ぶ声が聞こえたけれど、実際の私は硬直しただけで、片手をぎゅっと握っていただけだった。


「皇后陛下はこちらへ。白の宮殿へ参りましょう。ロレッタ嬢も」


 近くにいたユリウス皇子は母である皇后陛下の近くに侍り、周囲に行くぞと声をかける。


「我々も急ぎましょう、殿下」


 近衛が私の周囲を取り囲み、ランドルフが私を促すけれど、私は動けない。


「殿下?」


 ランドルフは動かない私を訝し気に見てくる。


「……大丈夫、行くわ」


 私の視線は消えていくシキの背中だけを追っていた。



<連絡メモ>

遅延連絡をしたつもりでしたが、更新されていませんでした。すみません。

少し追記しようとしたのですが、長くなってしまったので次に回しました。

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