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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第三章
178/219

村の護衛 ーフィオン視点

 空から差し込む日差しは、少しずつ強くなるが、周囲は森に囲まれて意外と涼しい。

 エルディ坊っちゃんが来てから半月近く経ったが、あれからどうなったのだろうか。一度だけ帝城に無事に着いたと伝書鳥の便りが届いたけれど、それ以降、笛を吹いても連絡は来ない。帝都にあるダウタ邸で飼い慣らされた鳥だったから、返す時には鳥の足に簡単な返信の手紙をつけた。それから一度もこっちに向けて鳥は飛ばされていないようだ。

 青い空を見上げるけれど、それらしい鳥の姿は今日も見えない。

 それを少し残念に思うと、倉庫へと向かった。


「あ、フィオン。これを木工所まで運んでくれ」

「フィオン、さっきフォアさんが探していたぞ」

「おーい、フィオン………」


 この村に来てから三ヶ月。ヒカリ様達を送り出してから半月と少し。

 確かにセウス様の代わりをすると言って村に残ったけれど、仕事量が尋常ではない。彼が働き者だという証拠でもあるが、常に警備や坊ちゃんの遊び相手だけで過ごしてきた自分としては、仕事が多岐に渡り過ぎて頭の切り替えが間に合わない程だ。

 彼の代わりが務まる人間なんているのだろうか。


「あー! 外したぁ!!」


 そして、今は訓練所でジェノさんと約束していた弓の腕比べの最中だ。今日は一点差で勝っている。少し前までは倉庫の在庫の仕訳け作業の手伝いをしてたいのに、本当目まぐるしい。


「今日も私の勝ちのようですね、ジェノさん」

「くっそ~。弓の腕には自信があったのになぁ。剣も弓も得意ってずるいだろ」

「練習しましたので」

「はぁ、練習不足かぁ」


 そうは言っても、ジェノさんは最後の一本だけを真ん中から少し外してしまった程度だが。本当、寒気がするほどにこの村の自警団の人達は意識が高い。流石(さすが)、帝国の近衛騎士の二人に育てられた人々だけのことはある。帝国の地方の私設軍ならすぐに軍団長にでもなれそうな程だ。


「この村の人達は、本当に武術が得意ですね」

「得意ねぇ。双子の取り巻きとフィオン以外の外の人間を見たことがないからなぁ」

「あ、近衛騎士は基準にしては駄目ですよ。あの人達はエリートですので」


 エリート、何それ? とジェノさんは鼻で笑う。


「フィオンは昼飯を食べた?」

「ここ一時間程、ジェノさんと腕比べをしていましたが」

「ははは。そうだよな? じゃぁ、花月亭にいくか」


 午後は俺は当番なんだよとジェノさんは的に向かって歩き出す。二人で的に刺さった矢を引き抜くと、管理棟に道具を返してから花月亭へと向かった。


「村には慣れた?」

「はい。皆さん知らない顏の私にとても親切で」

「ここは定期的に漂流者が来るからな。新しい人の受け入れには慣れているんだよ」


 漂流者とは、スライムでとある場所から運ばれてきてしまった人の事を指すらしい。村ではスライムの疑いは以前からあったもののそれが確証に代わったのは、キツキ様がスライムに飲み込まれて連れ去らわれた後に、村まで戻ってきてからのようだ。

 ジェノさんが花月亭の扉を開くと、今日も美味しそうな匂いが広がっていく。


「あら、いらっしゃーい」


 カウンター近くに立っていたアカネさんが元気に声を掛けてくる。


「空いてるところに座って~」


 お昼時という事もあり、花月亭の席は半分以上は埋まっている。


「カウンターでもいいか?」

「はい」


 ジェノさんはカウンターの二つ空いている席へと向かう。二人で席に座ると、カウンター上に掲げられた今日のメニューを見上げる。


「今日は卵料理はないのか」

「魚ありますね。私は魚料理で」


 花月亭のメニューは簡単で、仕入れのあった素材名だけのメニューとなっている。魚が入れば魚料理、肉が入れば肉料理。鳥だろうがイノシシだろうが肉は肉料理として書かれている。


「フィオンは村にはもう慣れた?」


 人懐っこいアカネさんが、声をかけてきた。今日もアカネさんは元気だ。


「はい。皆様のおかげで」

「あら、良かったわ。キツキもセウスもいなくなって、心配だったけれど、フィオンが残ってくれたから安心だわ」


 そう笑顔で言われると、なんとなく恥ずかしくて下を向いてしまう。

 坊っちゃんのお稽古事の隙間時間には、遊び相手として常に相手にされていたけれど、こんなに老若男女様々に頼られることって人生で初めてだった。


「私がお二人分のお役にたてるかはわかりませんが」

「俺に弓で勝った人間がよく言うよ」

「あら、ジェノに勝ったの?」

「あ、ええまあ」

「あらあら。この村でジェノに弓で勝てるのってそういないわよ。同世代ならキツキぐらいじゃない?」

「俺のほうが上手ですー」


 これは譲れないとばかりに声を張り上げたジェノさんの子供っぽい言い方に、アカネさんはカンラカンラと笑う。


「じゃあ、うちのソウパパよりも?」


 負けじと前屈みの姿勢だったジェノさんは、アカネさんの質問にたじろぐ。


「ソウさんは、あれはないわー」

「あら、失礼ね」

「だって一人だけ変わった弓を使っているのに、ちょこまかと動く遠くの小型の獲物だって一発であっさりと仕留めるんだぜ?」

「すごいでしょ?」


 自分の事のようにえっへんと反り返るアカネさんを苦々しく見ると、それ以上は言い返せないのか、ジェノさんはカウンターに頬杖をついて無言になる。


「アカネー。料理出来たから運んで」

「あ、はーい。じゃ、フィオン。ゆっくりしていってね」


 ジェノさんに勝ったのが嬉しいのか、満足気に手を振ったアカネさんは、エレサさんの手伝いに向かう。その後ろ姿を見ながら、無言のジェノさんは悔しそうだ。

 今日は厨房にはエレサさん以外に三人の女性が厨房を手伝っていた。そんな賑やかな厨房の奥にある扉が不意に開く。勝手口のようだけど、アカネさん達の住居用の玄関で、そこからは白髪半分黒髪半分の髪を一纏めにした四、五十ぐらいの男性が入ってきた。

 見ない顔に誰だろうかとじっと見ると、あちらも気がついたのか男性と視線が交わる。俺を見た男性は、少し驚いた顔をした。


「あら、お帰りソウ」


 男性に気がついたエレサさんのその言葉で、アカネさんが異様なまでに反応する。


「えっ! ソウパパ?!」

「アカネ。先に運んできなさい」

「えー、んん。はーい。パパ待っててね」


 アカネさんには珍しく、仕事よりもその男性の元へと行きたいようで、エレサさんの注意に渋る。急いでテーブルに料理を運んでいくと、彼女は大好きなおしゃべりもせずにすぐに厨房へと戻ってきた。


「パパ! お帰りなさい!!」

「ああ、ただいま。アカネ」


 そう言って男性は子供のような顔をしたアカネさんの頭を撫でる。


「誰ですか、あの人」

「さっき話していたソウさん。エレサさんの旦那さんだよ」

「ああ、あの人が」


 ここに来て三ヶ月になるのに、初めて会ったな。


狩人(ハンター)でね。いつも数日出かけるから、週に数回しか帰ってこないんだ。ひどい時は週に一回」

「帰ってこないって?」

「森に入るとしばらく帰って来ないって事」

「森って魔物が出るんですよね?」

「ああ。夜は特に危険なんだけど、ソウさんは毎回怪我をせずに獲物を大量に獲って帰ってきては、道具を揃えて翌日にはもう出掛けているって感じ。あの人が来てからは、村で食用の肉に困ることは滅多に無くなったんだって」

「来てからは?」

「ソウさんは三十年程前に村に流れて来たらしいんだけど、それからってことかな?」

「流れて来たって、あの人も漂流者ってことですか?」

「そう。村の半分近くはそう思っていて間違いないよ。うちは親が流れて来た者同士」

「へえ」


 二人でそんなことを話していると、アカネさん越しに俺をじっと見ていたソウさんは、アカネさんに「また夜な」と言って、そのまま何もなかったかのように階段を上がっていった。何だろうと思うものの、新顔なのだから、単に俺の顔が珍しかったのだろう。

 にっこにっこ顔のアカネさんが帰ってくる。


「うふふ。うちのソウパパ、渋いでしょ〜」

「ええ、渋かったですね」


 アカネさんはあれこれと父親を褒め始める。


「また夜くれば、ゆっくりとソウパパを紹介するわよ。お昼は忙しいだろうからって、厨房には長居しないのよね。夜に少し遅くくれば、パパはここでお酒飲んでいるはずだから」


 アカネさんはどうやら自慢の父親を紹介したいようだ。


「わかりました。では夜にまた伺いますね」

「うん!」

「アカネー。出来たから運んでちょうだい」

「はーい。ジェノ達の料理が出来たみたい。ちょっと待ってて」


 アカネさんはそう言って軽快に振り返ると、料理を取りに向かった。







 ジェノさんと何気ない会話をしながら昼食を食べ終わり、立ちあがろうとしていたところに後ろから声をかけられた。


「お、ここにいたか、フィオン。今日の午後は空いてるか?」


 振り向くと、俺に声をかけてきたのは倉庫番の若い人達の中でも兄的な存在のアンドレさんだった。


「午後は倉庫で棚の移動の手伝いがありますが」

「あ、それはいい。他の奴らで出来る作業だ。午後は倉庫はいいから、フィオンに護衛の仕事をお願いしたい」

「護衛ですか?」

「ああ、薬局からの依頼でな」

「薬局?!」


 横で一緒に聞いていたジェノさんが声を張り上げる。いかにも関心ありますという顔をしているが、これから彼には仕事が待っているはずだ。


「ジェノさんは午後から自警団の当番でしょ?」

「今日は休もうかな」

「こら。護衛の仕事は手が空いている人に依頼するのが基本ルールだ。仕事があるなら、そっちを優先してくれ」


 アンドレさんに叱られたジェノさんは、悔しそうに口を閉ざす。アンドレさんはそんなジェノさんを見ながら、やれやれとため息をついた。


「あ、でな。フィオン。依頼の内容なんだが、傷薬の在庫が少なくなってきたらしいんだ。村の生産分は次のが大きくなるまでは収穫できないらしくてな。それまでの間に在庫が尽きそうだから、森に代わりになるものを探しに行きたいそうだ」

「俺、薬の知識は大してありませんよ」

「ああ。だから、薬局の娘さん……ハナちゃんが外に探しに行くから、彼女の護衛が今日の依頼だ」

「ハナ……ちゃん……?」


 あれ。セウス様の事が好きなキツキ様の想い人だった女の子が、そんな名前だった気がする。

 まだ仕事に向かおうとしないジェノさんは、俺の横でやっぱりハナの依頼だったかと、とても悔しそうに絶望している。わかりやすいな、この人。


「承知しました」

「午後からすぐに行きたいそうなんだが、セウスとノクロスさんが抜けて、自警団は人手が薄くなって余裕がないし、ハンター側も双子が抜けて、戻ってきたソウさんは徹夜しているから護衛は怪しいと言われてな。で、フィオンはどうだって話が回ってきたんだ。承諾してくれて助かるよ。腕はセウス太鼓判だから安心して任せられる」


 セウスさんは一体何を言っていかれたのだろうか。気になるところではある。


「あ、この周辺の地形は大丈夫か?」

「そう遠くないところでしたら、大体把握はしています」

「そうか。ハナちゃんはいつもの場所って言っていたから、場所はハナちゃんが知っているはずだ。後は魔物に追いかけられて、方向を失わなければ大丈夫だろう」

「気をつけます」

「じゃあ、準備が終われば北の門へ向かってくれ」

「北の門って、北の森?」


 横で聞いていたジェノさんが口を挟む。


「そうだ。目的の薬草は綺麗な水が流れる場所でないと育たないらしいんだ。北の湖の近くって言っていたから」

「こんな時間からで大丈夫なのかよ?」


 もうお昼は過ぎている。時間が気になるようで、ジェノさんは訝し気な表情をする。


「とは言っても、早めに薬を調達したいらしいんだ」

「私でしたら大丈夫です。野宿も慣れていますから」

「フィオン、ハナに野宿なんかさせたら許さないからな?」


 俺をギロッとジェノさんが睨んだ瞬間、ジェノさんは首根っこを掴まれて後ろへ倒れかかる。


「ジェノ。仕事の話をしているんだ。邪魔するのならお前は早く持ち場へ行け」

「だってぇ」

「だってじゃない。お、丁度いいところに」


 ジェノさんの首根っこを掴んだままのアンドレさんは、花月亭でご飯を食べていた体格の良い自警団長のフォアさんにジェノさんを引き渡す。フォアさんの隣に座らされたジェノさんはフォアさんが怖いのか、急に大人しくなると「ハナを護れよ!」とこっちに口パクを向ける。

 なかなかの執念だなと思いつつも、仕事だし特にキツキ様が大事に思われている女性なので、気を抜く気はない。

 俺はジェノさんの執念に答えるように手を軽く振ったけれど、何故かジェノさんはムキーッと顔を赤くした。どうやら俺の意図は伝わっていないらしい。坊っちゃんの時みたいに上手くいかないなと、もう一度と合図を送ろうとしていると、アンドレさんが再び説明を始めたために、視線はジェノさんから外れた。


「北の湖でしたら、一度行ったことがありますので大体の場所は把握していますし、あの距離でしたら夕方までには戻って来れるかと思います」


 以前魚を大量に釣った湖だ。あの距離なら、移動して採集して戻ってくるのに、夕方までにはなんとか戻ってこられそうだ。


「そうか。それなら任せられそうだ。さっき話した通り北の門でハナちゃんと合流してくれ。日が長くなってきたとはいえ、早めに戻ってこいよ」

「はい」

「じゃ、頼んだぜ」

「承知しました」


 アンドレさんと話が終わったので振り向く。さっきまでそこで食べていたフォアさん達はいない。


「……失敗したな」


 アンドレさんから説明を受けている間に、どうやらジェノさんはフォアさんに引きづられながら仕事へ向かったようで、彼にもう一度合図を送ることは出来なかった。 







 北の門で待っていたのは、やっぱりあの日花月亭に来ていた女の子で、ヒカリ様と抱き合いながら、顔をぐちゃぐちゃにして謝っていたその印象とはかけ離れるように、今日の彼女の顔はフワッと笑顔が溢れる柔らかい表情だった。

 そんな彼女の足には長いブーツ。暑くなって来たけれど服は長袖を着ている。肩からは皮の鞄を斜めに掛け、背中にはそう大きくはない籠を背負い、いかにも今から採集へ行きますと言わんばかりの格好をしていた。


「あ、ヒカリの護衛の人ですよね?」


 そう明るく聞かれて頷く。


「急にすみません。今日はよろしくお願いします」


 そう挨拶をされるので、こちらも手を胸の前に置いて礼を向ける。


「わぁ。何だか不思議な感じがしますね」

「不思議?」

「あ、いえ。なんでもありません。行きましょうか」


 そう言ってはにかむように北を指差した女の子は、自警団員に行き先と護衛がいることを説明し門を開けてもらう。

 彼女は薬草が纏まって群生(ぐんせい)している場所まで行きたいですと話し、足早に歩き出す。小さな体で一生懸命歩くのだが、残念ながら自分の普段の速度とそう変わりはなかった。それでもそんな事には気付かずに、「道案内は任せてください」なんて元気よく先頭を歩く姿が、少しだけヒカリ様に似ているな、なんて思いながら彼女の後ろを歩いていた。


 一時間以上歩いた辺りで目的地についたようで、湖から少し離れた水が浅く流れる場所にたどり着いた。その周辺には、茂る程では無いが新緑色の葉を靡かせる植物が群生していた。


「ありましたね。すぐに採ってしまいますね」


  そう言って、ハナ様は採集を始める。水が僅かながらに流れる地面から生えている葉や花を見ながら、これは採れるこれは違うと選別を始める。

  周辺には小さなスライムが移動している姿が見えるが、魔物の姿は見えない。ぐるっと周辺を見回した後に目を戻すと、ハナ様の姿は少し遠くにあった。いつの間に離れたのだろうか。体は小さいが、行動力はあるな。


「あまり離れると危険ですよ」

「あ、すみません。つい次から次へと目が移ってしまいまして」


 恥ずかしそうにこめかみを指で撫でる。じゃあこの辺りを探しますからと、ハナ様は指でその範囲をなぞって見せると、頷いた俺を見て採集を再開した。

 ハナ様は大層仕事熱心なのか、探し始めると夢中になる人のようで、草や樹木を眺めながら、飽きる事なく日が傾くまでそれを続ける。約束した時間になっても終わる気配が見られないので、忘れているなと声をかけると、もう少しだけと拝み倒された。


「ですが」

「そこをなんとか! あのあたりに熱に効く薬草が見えるの! 子供にも使える薬草なの!!」


 傷薬だけではなかったのか。

 そこまで熱心に言われてしまうと、それを強く拒絶することも出来なくて。こういう真っ直ぐなところもヒカリ様にどことなく似ている。ミネ様も仕事に夢中になると、飲まず食わずで作業をされるし、あの村の女性は皆こういう性分なのだろうか。


「はあ、少しだけですよ。その薬草がある程度採れましたら戻りますからね?」

「ありがとう! えっとフィオンさん?」

「フィオンとそのままでお呼びください」

「あ、じゃあ私はハナって呼んで」

「いえ、それは……」


 そんなことをしたらキツキ様に刺されそうだ。


「んん? 私には年上のフィオンさんを名前だけで呼ばせて、私には様付けなんですか? おかしくないですか?」

「ですが、キツキ様とヒカリ様のお知り合いですので」

「友人です! でも、友人だからって私が王様になった訳じゃないでしょ? だから様は要りません。私はただの村人ですー!」


 んもうと、腰に手を当てながらハナ様は説教を始める。


「では、ハナさん」

「さんもいらないですけど」

「これ以上は譲りません」

「あ、結構頑固ですね?」


 そう言って睨んでくるけれど、しばらくお互いに譲らず睨めっこをしているとハナ様は吹き出す。


「ふふっ、わかりました。でも、村に馴染んできたらハナって呼んでください」


 そうおかしそうに笑うと、彼女は採集の続きを始めた。

 そしてその一時間後。採集量に納得したハナ様はようやく村を目指してくれた。


「はー。沢山採っちゃった」

「採っちゃった、じゃありませんよ。少し急いで帰りましょう」


 空は明るいけれど、日差しが傾き始めてきたためか森の中はもう薄らと暗くなり始めていた。思っていたよりも地上は暗く、やっぱり無理矢理引きずってでも帰れば良かったと後悔をする。


「うん、こっち」


 そう言いながらハナ様は足を進める。

 だけど来た時とは違い、周辺の様子は穏やかではない。あちこちから気配を感じる。動物なら良いがと視線を流すが、どこにもその姿が見えないから余計にその気配は不気味に感じた。

 やはり急いだ方が良い。


「ハナ様、こちらの籠は私がお持ちします」 

「あ、また様って」

「今はその議論をしている暇はありません。急ぎましょう」


 押し問答をする余裕の無い俺は、真顔でじっとハナ様を見る。さっきとは違って有無を言わそうとしない俺に気づいたのか、ハナ様は大人しく籠を渡してきたので、それを片方の肩に背負った。背に負わなかったのは剣を抜く事態になったときに邪魔になるかもしれないと考えたからだが、その状況になるにはそう遅くはなかった。


 歩き出してから帰路の半分も進まない内に、気配は自分達を取り囲んでいた。

 空はまだ暗くはないけれど、森の中はそれとは違う。

 失敗したな。

 ダウタの森よりも数段深い北の森は、暗くなるのも早かったか。湖近くは森が開けていて気にならなかったが、村までの道中の森が思っていたよりも深かったようだ。村の人達に早めに帰れと言われた意味を、こんな時に知るなんて。


「ハナ様、離れないでください」


 前を歩いているハナ様の腕をグッと掴む。


「え、あ。うん。どうしたの?」

「周辺が囲まれています」

「え、囲まれてる?」

「はい。このまま進みますが、私から離れないように気をつけてください」

「私も少しは剣が扱えるよ」


 そう言ってハナ様は腰につけていた短剣を見せてくる。これを良しと考えていいのかはわからないが。


「ですが、油断をせずに進んでください」

「わかった」


 さっきまで柔らかい表情だったハナ様は真顔になると、腰にある短剣を気にされながら進み始める。

 村まであと半分。この深い森を抜けるまではあと三十分といったところか。

 人が踏んで出来た道はまだまだ先へと繋がるが、その先を森の木々にかき消されてしまっている。


「ちょっと灯りをつけるね。獣()けにもなるし」


 そう言って鞄から簡易な燭台を取り出すと、そこに蝋燭を立てて手からわずかな火を灯す。この村の人はほとんどが魔素を使えると知っているから、手から火が出て来たところで見慣れ始めていた自分は驚かなかった。

 これで良しと言いながら、ハナ様はそれを持ち上げると前を照らしながら歩き始める。小さな光だったけれど、それでも有ると無いとではだいぶ違っていた。

 けれども周辺の気配はさっきからそう変わらない。やはり獣ではなくて、火が怖くはないモノ達なのだろうと考え始める。

 ハナ様は来る時よりも歩む速度は早く、俺の言葉を理解してくださったのだと感じる。

 あと少しだと思った辺りで、いよいよ気配は遠慮なく近付いてきた。森の中はもう夜だと言っても良いほどに暗い。その状況に舌打ちすると、ハナ様にお待ちくださいと声をかけて剣を抜いた。


 その瞬間、薮から黒いものが飛び出す。以前セウス様を探しに行った時に何体も見たアレだ。

 その一体を切るとすぐさま左を見た。次がもう飛び出して来ている。ここまでタイミングが良いと、連携技でも持っているのだろうかと思えてしまうほどだ。

 そんな事を考えている間にも切り付けると、周辺を見渡した。

 さっきまでの気配が無くなり一時の安堵を覚えたけれど、油断は出来ないなとハナ様に前に進むように促した。だがその瞬間、急激に近づいてくる気配と共に、背中側から黒い生物が数体飛び出して来たのを感じた。振り返って一体を仕留めるが、それと同時に背中に隠していたハナ様の悲鳴が聞こえた。

 しまったと振り返り返った瞬間に左腕に痛みが走ったが、ハナ様を襲おうとしていた魔物を切り付ける。すぐに振り返ると、自分の腕を傷つけた動きの速い四本脚の魔物は、自分の胸元を狙って至近距離まで飛びかかって来ていた。


 間に合うか? そう思った瞬間だった。


 魔物の体が目の前から忽然(こつぜん)と消える。

 正確には、横から飛んできた矢に体を刺され、そのまま近くにあった木に(はりつけ)になっていた。追い討ちをかけるように二本目の矢が刺さると、黒い魔物の体はサラサラと粉になって流れていく。周囲にまだ残っていたはずの気配も、いつの間にか消えていた。

 その出来事に驚いて矢の飛んできた方向を見ると、少し遠くに男性の影が見えた。


「仮眠が取れたから様子を見にきた。奴らに囲まれた時に剣だけで立ち向かえるのは、ノクロスさんかセウスぐらいだよ」


 近付いて来た人影をハナさんの持っていた蝋燭の炎が照らす。


「あ、ソウさん」


 俺達を助けてくれたのは、花月亭で見たアカネさんのお父さんだった。ハナ様は知り合いに助けられてホッとした顔をされていたが、目の前の男性の眉間の皺は深い。


「こーらー、ハナ! 北の森は日が落ち始める前に引き返しなさいと言われているだろ?」

「あ、……ごめんなさい」


 ハナ様は男性の前で小さくなる。


「ハナのことだから採集に欲を出したんだろう? 新人を困らせるなよ?」

「その通りで………はっ、そうだ! フィオン、傷を見せて!」


 二人はこちらに気が付く。


「いえ。大丈夫ですよ」


 ハナ様は傷の治療をされようと、バッグから道具を出し始めていたけれど、俺は首に下げていた魔石を軽く指で弾いた。魔石からは白く柔らかい光が放たれる。魔石から出てきた柔らかい光は、血を流している腕に集まると、魔法円のような円形を形取り、そこから放たれる光でみるみると傷は塞がっていく。

 この魔石の首飾りは、北城へ行かれたヒカリ様からのお土産でいただいたもので、中には回復魔法が入っていた。魔法を使えない俺のために、ヒカリ様が準備して下さったようだ。


「あ、ヒカリの回復?」

「そのようですね」

「ふーん。そっか」


 所在なさげなハナ様は俯く。そんな寂しそうな顔の上にポンッと大きな手が乗っかった。


「彼が怪我による熱でうなされたら、ハナの出番だろ?」


 ソウさんにそう諭されたハナ様は、どこか嬉しそうに笑っていた。







 倉庫に報告へ行く前に、薬局までハナ様を送り届ける。

 別れ際、ハナ様は扉を開かずに、軒先でこちらに体を向けたまま押し黙ってしまった。

 目は下を向いてもじもじしているけれど、俺に何か言いたいようだ。どうしたのか。


「ハナ様? 何かお忘れものでも?」


 まだ採集し足りなかったと言われたらどうしよう。

 なかなか話し出さないハナ様から目を離せず、涼しくなって来た時間帯なのに額に汗が伝う。

 何か失敗しただろうか。いや、失敗はしたな。護衛が怪我をしたんだから、今日の仕事は成功とは言い難い。

 口を閉ざしていたハナ様は、小さく気合を入れると、顔を上げた。


「あの……。今日はごめんね、フィオン。怪我をさせてしまって」


 ハナ様は薬局の入口前で、申し訳なさそうな顔で謝罪をされる。なんだそんなことかと、こわばっていた表情から力が抜けていく。


「いえ。これはただ単に私の力不足なだけです」

「でも」

「ハナ様にお怪我が無い事が一番の事です。ですから、気にされないでください」

「……あの。今日は、ありがとう」


 そう言ってハナ様はどこか照れ臭そうな顔で笑うと、一礼して薬局に入られていった。

 彼女の後ろ姿を見ながら、気を使わせてしまったな、なんて思いつつ、倉庫へと向かった。



 倉庫へ報告が終わった後、ソウさんに花月亭での食事を誘われていたのでそのまま向かう。

 厨房近くの円卓に座り、テーブルには注文もしていないのにさっきから様々な料理が運ばれてくる。お皿はどれも小さいが、それぞれ別の料理で数が多い。


「パパは残り物係でね」


 そう言いながら、あかねさんは嬉しそうに料理を置いていく。残り物係とは、花月亭で残ってしまった食材で作った料理を、端から平らげていく係のようだ。つまりはテーブルに並ぶのはまかない料理といったところだろうか。


「この野菜が痛む前に使い切りたくって」


 厨房で料理をするエレサさんもご機嫌だ。その料理を一口食べると「お、美味いな」とソウさんは感想を漏らす。


「今日はありがとうございました」

「ああ、二人共無事でなによりだ。腕はもう痛まないのか?」

「はい。お見苦しいところを」

「いや、気にするな。北の森にあの時間に護衛一人で行って依頼者が傷一つ無かったのなら大したものだ。ハナには注意しておいたし、自警団にも今一度村人に周知してもらうことにしたから」


 なんだか、申し訳ない事態になってしまった。


「北の森だけは、村人がゴネたとしても引きずってでも帰ってくるのが吉だ。お前さん、魔素は使えないんだろ?」

「はい」

「魔法も?」

「はい」

「そうか。それなら北は尚更油断出来ない場所だ」

「肝に銘じます」

「そうしてくれ」


 ソウさんはお酒のはいったコップに口をつけると、じっと俺を見てくる。


「……何か?」

「あ、いや。君の髪色が自分と同じなのかと思っていたのだが、少し違うようだな」

「あ、ええ。黒髪ではありません」


 黒というよりかは青みがかった鈍色(にびいろ)だ。母は「お父さんと同じ深いオーシャンブルーの髪ね」と言っていたけれど。


「そうか。久しぶりに見たかと思ったんだがな。まあ、こればかりはな」


 そう言って取り分け皿に入れた料理を口にする。


「あ、君も食べてくれよ。えと、名前は………」

「フィオンと申します」

「そうか、フィオン。私はソウだ。よろしく頼むよ」

「はい」

「いつ漂流してきたんだ?」

「あ、いえ。私は漂流ではなくて、船でやってきました」

「……船?」

「はい、キツキ様達の国からです」


 ソウさんは視線を上にする。


「ということは、オズワードさん達の国からか?」

「はい。私はヒカリ様の護衛としてこの村に来ました」

「そうだったか」


 厨房からアカネさんが両手に料理を乗せて、嬉しそうな顔で再びやってきた。


「おまたせ〜。追加だよ〜」

「ありがとう、アカネ」

「しばらく休んでおいでって言われたから、隣座っても良い?」

「もちろんだよ」


 ソウさんは笑うと、アカネさんに隣の席を勧めた。意外にも笑う人だったか。最初会った時からずっと眉間に力が入りっぱなしのような顔をしていたから、あの宰相補佐官のように笑わない人だと思っていた。


「そういえば、うちの国で黒髪の人が一人だけいますね」


 軽く話したつもりだったのだが、ソウさんの目の色が変わる。


「どんな人?」

「国の高職ですが、真っ黒な髪の男性です」

「男性か。瞳は?」

「たぶん金色かと」

「そうか」


 黒い髪には興味を示したけれど、瞳の色を聞くと急に意気消沈をしてしまったようだ。話が途切れてしまったけれど、その隙間を埋めるようにアカネさんが嬉しそうにソウさんに話しかける。


「私もパパのような黒髪も良かったな〜」

「はは。こればかりはな」


 そう言えば、ソウさんは黒髪でエレサさんは金髪だ。アカネさんと髪色が違う。そんな俺の不躾な視線に気づいたのか、ソウさんは眉を下げるとおもむろに説明を始めた。


「アカネは養子でね。森に流れて来たところを、巡回していたオズワードさんが発見してくれたんだ。この子が村に来た時には、子供の出来なかった私達の為に来てくれたのかと思ったほどだよ。だって奥さんによく似てるだろ?」

「はい。元気なところとか」

「だろ?」


 ソウさんは嬉しそうに笑う。


「可愛い子だ。だからこの子に気安く手を出したらタダではおかないからな?」


 さっきまでは優しい父親の顔をしていたのに、急に獲物を狙う狩人の顔になった。狩られる。


「ソウパパ! そうやって年頃の男の子にそれを言って回るのやめて!」

「だってな」

「ソウパパが一番だって言ってるじゃない!」

「だけどな」


 段々と狩人から父親の顔に戻る。そしてアカネさんが叱る度に、言い訳をしながら小さくなっていく。そんな姿を見ながら密かに笑いを堪えると、少しだけ気になることを聞いてみた。物心がつく前にはいなくなったとは聞いていたから、このぐらいの年齢の人なら知っているのだろうか。


「そういえば、キツキ様達のお父様ってどんな方だったのですか?」


 仲の良い父娘を見ていると、何となく聞いてみたくなった。

 行方不明とは聞いていたが、ここに来てからお二人のお父様の話は全くと言っても良いほど聞かない。

 その質問にさっきまで小さくなっていたソウさんは元に戻る。


「ロイスか。俺も流れて来たから一緒にいた期間は短かったが、そうだな。一言で言えば甘い(ツラ)をしていたよ」

「なになに、美形ってこと?」


 アカネさんはこの話に興味を持ったのか、ぐいっと前のめりに横から入ってくる。


「そう。村のほとんどの女性が気になっていたんじゃないのか?」

「へぇ、なんだかキツキと変わらないね」

「はは。そこは親子だろうね。セウスもなかなかの好青年だが華やかさが違っていたよ。まあ、とある国の皇女の息子と言われれば、確かになって思うぐらいには華やかで気品があったね」


 お会いしてみたかったわと、アカネさんは何故か幸せそうな顔だ。


「そうなんですね」

「性格はオズワードさんに似て、用意周到で……あ、だが」


 顎を撫でるソウさんは、何か思い出したか話の途中で視線を上げた。


「一度だけ、しくじっていた事があったな」

「しくじる?」

「ああ。スライム狩りを専門で始めたのはロイスなんだが、ある日スライムの大物を捕まえてくると言って数日帰って来なくなった事があったんだ。心配になったオズワードさんからの依頼で、ハンターと自警団数人でロイスの向かった北側の森に探しに行ったんだが、その森の中でボロボロになったロイスを見つけたんだ」

「ボロボロですか?」

「そう。魔物にやられたのか服も体もボロボロで、一人では立ち上がることすら出来ずに、数人に担がれるようにして帰ってきた。暫くうなされたみたいだが、コハナの看病でその後は元気になったみたいだな」

「コハナ様ってたしか……」

「キツキ達の母親だ。彼女に怒られたのか、それからはあまり遠くには行かずに、村の建築を時々手伝うようになってたな」

「へえ」

「そう言えば、その時からかな?」


 ソウさんは首を傾げる。


「何がでしょうか?」

「あ、いや。私も彼とは年が一回りも違っていて、付き合いもあまり無かったからそう詳しくは知らないが、村の中の手伝いを始めた頃からロイスが魔素を使うところを見るようになったなと」

「今までは無かったのですか?」

「んー、暖炉に火をつけるぐらいのことはしていたけれど、魔力があったからあまり使っていなかったのかもな」

「魔力ってなにー?」


 不思議そうに聞いてきたアカネさんに、ソウさんが「残念ながらアカネには無いものだ」と説明すると、興味を無くしたのか、あら残念と言いつつ目の前の料理を美味しそうに食べ始めた。


「魔力……お父様もやっぱりお持ちだったんですね」

「父親の氷属性と母親の水属性だったな」

「氷と水………」


 おや。では火属性の力が強いヒカリ様の力はどこから受け継いだものなのか。


「お母様が火属性をお持ちだったのですか?」

「ん? ああ。ヒカリの話か。いや、コハナはほとんど持ってはいなかったな。ま、ヒカリだけ先祖返りでもしたんだろう」

「魔力の世界にもそんなことが?」

「ああ。容姿だけじゃなくて、時々祖先の持っていた力が出てくる子供もいるから、それなんじゃないか?」


 確かにお二人はアフトクラートなのだから、伝説のような力があってもおかしいことは無いかと、ソウさんの説明に納得する。


「俺が知っているのはこの程度だよ」

「すみません、変なことを聞いてしまって」


 野暮な質問に、あの二人と関わっているのなら気になるのだろうなと、ソウさんは笑いながら納得してくれた。話に一区切りつくと、ソウさんの横で大人しく食べていたアカネさんが、待っていたかのように、話し始めた。


「ねえねえフィオン。フィオンが出かけていた午後に、キツキ達の国から人が来たみたいなんだけど、何か聞いてる?」

「人? 帝国からですか?」

「そういえば、東門を担当していた自警団員がそんなことを言っていたな」

「東門ですか」

「なんか色々言って、入ろうとしたところを止めたらしくて」

「それは無理矢理入ってこようとしたって事ですか?」

「そこまで詳しくは聞いてないけど、相当困ったことになったみたいよ」

「そうですか」


 帝国からこの村に人が勝手に来ないようにと、キツキ様はクシフォス宰相補佐官に伝えていたと思ったのだが。

 船が西の港から行き来しているから、それを知らずに来ているか、それとも興味本位でお二人の故郷の村に来たのか。

 俺とアカネさんの会話を聞いていたソウさんが口を挟む。


「自警団が困惑しているようだから、明日話を聞いてやってくれないか?」

「わかりました。明日の朝、事情を聞いて来ます」

「ああ、よろしく頼むよ」


 ソウさんは安堵した顔をすると、再びお酒を口に入れた。







 翌朝、昨夜花月亭で聞いた帝国から来た人間について倉庫で話を聞いてみた。この村の倉庫は、意外にも村の情報を常に網羅している。


「そうそう。なんだか、東門で少し騒ぎになったようでな。キツキが着ていたような変わった服を着た人間が十人近くも来たそうだよ」

「十人も?」


 そこまでくると、知らずに来たとも思えない。何か計画立って来たのだろうか。


「今はセウスもノクロスさんもいないから、そういう時の対応できる人間がいなくて困っていたんだ」

「東門に行って来ても良いですか?」

「うん、いいよ。自警団も困っているだろうから、フィオンが行けば安心するだろ。村長は入れても良いとは言っているけど、数が多過ぎてな。急に人間が増えると、何かあった場合に対処できないからな」

「対処?」

「漂流者の中にもな、友好的ではない人間っていたんだよ。そういう人間が一人二人来ただけでも、村は大騒ぎになるのに、その十人全てがそうだった場合は、大混乱するからな」

「そうですね。確かに」

「じゃ、様子を見て来てくれ。場合によっては今日は倉庫は休んで良いからな」

「承知しました」


 そう勧められて、東門へと足を向けた。

 東門に着くと、昨日警備をしていた自警団員に話を聞く。


「昨日の午後にな。余りにも性急で変な感じがしたから、止めたんだ。そうしたら、村の外で一夜を過ごしたらまた来るって言って戻っていったよ」

「どんな人達でした?」

「半分近くはキツキがこの前村に戻って来た時に着ていたような服で、半分は俺たちみたいな動きやすい格好をした人間だったよ」


 一体何の集団だろうか。

 半分は服装からして貴族だろうか。そして残りの半分は平民だろうか。なんか変な組み合わせだ。


「許可を貰っていると言っていたが、一体何の許可かは俺達も知らなくてな。フィオンも聞いてないだろ?」

「ええ。何も」


 あれから坊ちゃんからの連絡は来ていない。空を見上げるけれど、ダウタ家の飼っている鳥の姿も見えない。帝国で何が起こっているのだろうか。


「では………」

「あ、おい! 昨日の奴らが来たぞ!!」


 櫓の上から、見張りをしていた自警団員が声を上げる。慌てて梯子を登り、見張り台の手すりから身を乗り出すと、確かに東から十人ほどの人間がやってくる。先頭の数人は徒歩だが、残りは手押し車のような荷台に何かの資材を載せて引いてくる。話の通り、数人は貴族が着るような服で、残りは作業着だった。だけど、平民ではなさそうだ。

 一体、何の集団だ?


「私が外に出て話を聞いて来ます」

「悪いな、頼むよ」


 下へ降りると、門を開けてもらう。その隙間から外へと出ると、近付いてくる小集団に視線を向けた。あちらの先頭を歩く人間は、門から出て来た俺を見ると立ち止まって礼をする。帝国の礼だった。

 それを見ると、こちらも何もせずに突っ立っているわけにはいかずに、彼らに礼を向けた。


「帝国の兵団の関係者だとお見受けしましたが」


 先頭の凛々しい顔をした男性が話しかけてくる。


「元々は。私はリトス侯爵の(めい)でこちらに滞在されていたバシリッサ公爵の護衛をしておりました。今はバシリッサ公爵の許可をいただき、お二人に代わって村の護衛を」


 それを聞くと、俺を兵団の人間だと油断していた相手の表情が変わる。


「殿下達の、でしたか」

「はい」


 なにかまずいのか、ぐっと口を閉じると視線を逸らして黙考する。相当に悩んでいるようで、しばらく何も言わずに立ち尽くす彼に話しかけようとした時だった。


「我々がここに来た事は、しばらくの間お二人に内密にしていただきたいのです」

「しばらくとは?」

「半年ほど」

「ですが」


 そんな勝手な話を受けるわけにいかずに詰め寄ろうとした時に、相手は鞄から取り出した巻物を広げて見せる。


「これでも、でしょうか?」


 そこに書かれていた文面と、書状の上部に描かれていた印を見ると絶句する。


「なっ………」

「どなたのご命令で我々がここに来たのか、おわかりになりましたでしょうか? どうぞ、ご内密に」


 さっきと打って変わって物腰の柔らかかった男性の態度は硬くなる。そうならざるを得ない人からの指令書だった。


「ですが」

「こちらの村の方との話はついていると聞いていましたが、まだ連絡は来ていませんか?」

「話? いえ、私も村人も知りません」

「おかしいな………。ですが、我々も遅くなることは避けたいのです。何とか中に入れさせていただけないでしょうか?」

「ですが」


 出発するヒカリ様から村を頼まれている身としては、お二人に内緒で入り込もうとしている相手に首を縦に振れない。

 ピリピリとした空気が伝わっているのか、櫓の上からはカタンカタンと弓を準備している音が聞こえるが、目の前の人達は正式に帝国からの指示でやってきている。

 受け入れるも、追い返すも、どちらにも転べない状況だ。


 判断出来ずに立ち尽くしていると、彼らの背中から薄らと人影が見えた。


「あ………」


 櫓でもそれが見えたのか、構え始めていた弓を自警団員達が下げ始める。

 タイミングよく現れたのは、この事態の収拾を図れる男性だった。


<連絡メモ>

 次回から投稿曜日を水曜辺りにします。



<人物メモ>

【フィオン(フィオン・サラウェス)】

 ヒカリの護衛だったが、帝国へいくセウスの代わりに村に残った。同年代の村人と仲良くなり始めている模様。


【キツキ/リトス侯爵(キツキ・リトス)】

 ナナクサ村で育った帝国皇女の孫。祖父の家の爵位を継いでリトス侯爵となる。

 人々を招いていた宴で毒を飲み、血を吐いて倒れた。帝城で保護されている。


【ヒカリ/バシリッサ公爵(ヒカリ・リトス)】

 ナナクサ村で育った帝国皇女の孫娘。キツキの双子の妹。しばらく故郷のナナクサ村にいたが、キツキの一大事で帝都へ戻っていった。


【セウス】

 キツキの故郷であるナナクサ村の村長の息子。キツキとヒカリが心配でヒカリについて帝国へ行った。


【エレサ】

 花月亭のいつでも元気な女性店主。


【ソウ】

 ナナクサ村の狩人。あまり村には帰ってこないけれど、帰る時には必ず獲物を捕まえて帰ってくる。黒髪半分白髪半分の男性。エレサさんの年の離れた夫。


【アカネ】

 赤茶色の髪をした元気な花月亭の看板娘。


【エルディ(エルディ・ダウタ)】

 フィオンの幼馴染でフィオンの故郷の領主の次男坊。今は帝国にいる。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 銀髪金眼。ナナクサ村に漂流者として現れ、しばらく滞在していた。帝国へヒカリを連れて戻る。


【クシフォス宰相補佐官(カロス・クシフォス)】

 魔力が異次元な筆頭宰相補佐官。将軍の愚息で皇帝の甥っ子。



※添え名は省略



<更新メモ>

2022/10/24 加筆、連絡メモと人物メモの修正

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