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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
166/219

深淵4

 ****





 なあ、エルディ。


 街の中央に時計台ってものを造ってみたい。

 街のどこにいても時間がわかるぐらいに、大きい時計台を造ろう。


 帝国には市場っていう名の、大きな倉庫があるんだろ?

 それも造らないとな。


 俺達がつくってきた道を、大きな馬車がたくさんの荷物を抱えて行き来するんだ。


 多くの人が訪れるようになれば、あの宿場町はきっと賑やかになるんだろうな。


 食堂だって街に並ぶんだろ?

 今度こそ、俺は一人で入ってみたい。

 その時は、エルディはついてこなくて良し。

 それで俺の好きな料理だけを注文して、相席になった知らないおじさんと雑談をするんだ。


 そのうち街に働きに来た大人に、子供も一緒について来るかもしれない。

 だから、誰でも入れる学校も準備しよう。


 公園の噴水は、いずれは帝都に負けないような彫刻の美しい噴水台に変えて、どこよりも華やかな公園にしたいんだ。


 おばあさまの名に恥じないように、どこよりも美しい街にしよう。


 郊外に畑が出来れば、遠くから食料を運ばずに済む。

 いずれはその周辺にも家々が立ち並び、色鮮やかな木々や実をつけた麦が誇らしく揺れるんだ。


 人々が食べ物に困らない生活をさせてやりたい。



 エルディ、手伝ってくれるだろ?

 エルディ。

 エルディ………。

 …………。



 エルディ。お前の姿が見えない………。





 ー エルディがナナクサ村に到着する五日前 ー





 西の拠点、リヴァイア城を離れて二週間。

 俺達はリヴァイア城と帝都の中間に位置するルーア城に滞在していた。


 領地邸であるルーア城は、流通の拠点としても大活躍していて、多くの運び屋や商人が宿泊所として使っていた。

 とはいっても、彼らが泊まっているのは城中央の建物ではなく、領地邸として多くの騎士や兵士が泊まれるために作られた宿舎や別館側だ。そちら側にもそれぞれ食堂はついているので、食事で彼らと同じ席になることはない。

 城の上階から窓辺に腰を下ろして、彼らが元気に動き回る姿を眺める。



「キツキ様、こちらもお願いします」

「はいよ」


 俺は小さな魔石を手に持っては、袋に入れる作業をしていた。

 宿泊する彼らの水や湯のための魔素を入れているのだ。


 帝都へ戻るついでに、拠点の状況を見つつ、必要だと思われる魔石の数を追加していた。そしてその作業をしながら、上階から拠点の状況を偵察するのが最近の日課となっていた。


「そろそろ、領地邸の近くに宿泊所を作らないとですね」

「そうだな。いつまでもこっちだけの負担は大変だな」


 俺達や帝城から依頼されてやってきた馬車や作業員はともかく、最近では西の道を往来する人達を目当てとした行商人が出没し始めていて、そんな彼等も領地邸の宿泊所を無料で使っていると言うのだから、こちら側の負担が大きいなんてもんじゃない。


「ああいうのを、“商魂(たくま)しい”って言うのか?」

「いえ、図々しいと言うのです」

「まあ、まだ宿泊所がないから仕方ないよな。ああいった商売人がいれば、いずれは他の仕事に従事する人間だって次第に増えやすくはなるだろ。服とかも売ってるんだろ?」

「ええ。昨日見て回ってきましたが、衣類や日用品、それに携帯できる食べ物などを売っていましたね」

「それはたしかに、領地邸からは持ち出せ無い物だからな」


 道具の貸出はしているが販売はしていないし、それに食事もその場で食べるものしか提供はしていない。

 そういったものが道中にあれば助かるだなんて、そこまで考えが及ばなかったな。

 商人ってすごいな。


「新たな商機を見つけたんでしょうね」

「さっさと宿泊施設を各領地邸周辺に作っていかないとな」

「きちんと税を落としてくれる方法にしましょうね」


 笑うエルディの目は全然笑っていない。むしろ獲物を狙う獣のような目をしている。


「許可証制が一番簡単ですよ」

「そんなのがあるのか」

「はい」


 どうやらその街だけに効力のある、期限付きの販売許可証を行商人に売るらしい。

 そういったものも領地の収入になるのだとか。


 許可証の価格も販売可能な品目も、領主が決められる。

 領地の生産品と同じものを他所から運ばれて安く売られると、価格が暴落して領民が大変な思いをするから、そういった商品を制限するのも領主の大事な仕事のようだ。


「大きな街になればなるほど、許可証の価格も高くなっていきますね」

「へえ」


 税の掛け方は、そこの領主に任されているらしいが、限度ってものを国が決めているので、税が重過ぎるってことはないらしい。

 覚えることはまだまだありそうだ。


「キツキ様、そろそろお召替えを」

「もうそんな時間か」


 今夜は協力してくれた領主や貴族方を招いてのお礼の宴なんだけど、既に城に到着している招待客のために昼食会を準備していた。

 気兼ねのない簡易的な立食形式で、もちろん招待主の俺も参加する。

 俺は窓辺から腰を上げると、エルディに促されるまま、私室へと向かった。


 私室には数人の従者と侍女がいて、今日の衣装の準備をしていた。

 今日もなかなか華美な衣装だな。

 昼の衣装を見てため息をつくものの、仕方ないなと上着を脱ぎ始めた。


 俺は机に置かれた今日の招待客の一覧を、もう一度目を通しながら服を着替え始める。


「えっと、エヴゲネス子爵が3万金貨(クリュス)の寄付。アプリーリス伯爵が8万金貨(クリュス)で……」


 ぶつぶつ言いながら、俺はシャツのボタンを外す。


「ネロー男爵が十名の使用人を貸し出してくれて………」


 指が止まり始めた俺の服を、エルディが代わりに剥ぎ取り始めるが、俺の独り言は止まらない。


「アフクソン男爵が………」

「キツキ様、お袖を」

「次が……あれ、このセリーニス伯爵って、俺の近衛の家かな?」


 確か彼の氏族名がセリーニスだった気がする。

 エルディは手を止めると、ヒョイっと横からリストを覗き込んできた。


「そうですね。アーノルドさんのご実家ですね。直系が途絶えたから、おばあさまのご実家であった爵位を、彼の父親が継いだはずですよ」

「ふーん」


 すごいな。貴族達ってそんな他所の内情まで筒抜けなんだな。

 俺なんか、木工所のパドックさんと自警団のレリックさんが兄弟だって、村を出る少し前に知ったのに。

 それにしても、近衛の実家も支援してくれていたのか。使用人を二十人も貸し出してくれている。

 後で彼にもお礼を言っておかないとな。

 ふっと柔らかい息がこぼれるけれど、感慨にふける暇はなく、目の前の招待客のリストはまだまだ続く。


「……ぶつぶつぶつ……」

「次はこちらを」


 あれやこれやエルディに指示されるままに、俺は体を動かす。

 従者が運んできたスツールに腰をかけると、エルディにブーツを剥ぎ取られる。そのままズボンも。


「……このロクソン伯爵は回顧派だったよな? 高額の寄付と多くの使用人を貸し出してくださっている。エルディ、お顔はご存じか?」

「はい、フィレーネ城で何度かお会いしたことがございます」

「そうか」

「キツキ様、しばらくそのままで」


 カチャカチャと金属がぶつかる軽い音がする。


「よし!」

「こちらも良しです」


 エルディがすすすっと姿鏡を運んでくる。そこには細やかな飾りのついた盛装姿の自分が。


「少し派手じゃないか? 昼用の服だろ? もう少し飾りをだな……」

「何をおっしゃいますか。このぐらいご皇族の方々でしたら普通ですよ。どちらかといえば地味目です。早く慣れてくださいね」

「ぬぅー」


 鏡に映る自分の姿に納得は出来ないけれど、招待した俺が場所に似合わない格好をするわけにはいかないから、渋々エルディに従う。


「キツキ様が派手がお好きでないのは存じています。ですが上に立つ人間が美しい衣や装飾具を身に着けるにも意味があるのですよ」

「見た目の問題だろ?」

「いいえ。財のある人間がお金を投じることで、始めて美しいものや繊細なものが作ることが出来るのです。作るにも手間暇がかかり、その分経費もかかります。売れないのならば作る必要はなくなります」


 そりゃそうだ。


「売れない、使われないとなると、その美しいものを作り上げる技術の継承が出来なくなるのです。職人にも生活がありますからね。防具や武器、それに建物も同様です。購入する人間がいないのならば、優れた技術は廃れる一方なのです」


 エルディの顔は真剣だ。


「積み重ねてきた技術というのは、一朝一夕では作れないのです。一度消えた技術を再興させるには並々ならぬ努力が必要になります。そしてすぐに使えるものほど、すぐに使えなくなるのです」

「なんだか難しい話だな」

「例えるのであれば、木の棒を削っただけの武器よりも、何度も焼いて叩かれた鋼鉄剣の方が長持ちしますし、いざと言うときは役に立ちます。丈夫で良いものは作るにも時間が掛かる。そしてお金もかかるのです。ですが、その裏には長年培ってきた技術が継承されてきた土壌があったからで……」


 こりゃ、長くなりそうだな。


「わかったよ、エルディ。時々は盛装をして、手のかかる装飾品や服を着るよ」

「わかっていただければ良いのです。更にキツキ様が時折、民族衣装も着ていただければ、尚のこと帝国の服飾産業は安泰ですね」


 エルディは笑顔になる。

 俺一人分で安泰になるとは思わないけどな。


「民族衣装って? これが帝国の衣装じゃないのか?」

「おや、ご存じありませんでしたか? このようなコートとズボン型の衣装は第二大陸から伝わった衣装なのです。動きやすいのであっという間に第一大陸に広がったそうですが。皇帝陛下やクシフォス宰相補佐官がお召しになっている衣装が、本来帝国で建国当時から来ていた衣装になりますね」

「あのゆるっとした衣装か」

「はい、“マティア”と呼ばれています。正装を“スタニマティア”と。キツキ様達が爵位継承式で着ていたものですよ」

「……ああ、あれね」


 首と肩が痛くなったやつか。


 チラッと時計を見る。

 いつの間にか開始時間に近づいていた。


「そろそろ時間か? エルディ」

「そのようですね。行きましょうか」


 俺とエルディは、侍従の開けてくれた扉から部屋を出て、会場へと向かった。







 ルーア城のメインホールでは、既に多くの招待客が会場入りしていた。


 近衛騎士全員が会場にいて、俺の後ろにいる四人以外は会場の警備にあたっている。それと今日は上級騎士の三分隊が警備のために来ているのだが、半分は屋外の警備へと回っていた。


 本番は夜なので、まだ招待客全員が到着しているわけではないけれど、招待した大半はもうルーア城に到着していた。


 昼の会場に選んだルーア城のサブホールは、高い窓が何枚も連なり、等間隔に並ぶ彫刻の美しい柱には色彩鮮やかな花が飾られ、リヴァイア城の会場よりも一際明るく華やかな会場となっていた。

 今日はとにかく助力のお礼と、砂漠の道が完成した祝いが目的なので、昼食会なれど軽めのお酒も出すことにした。


 会場入りすると昼食会の挨拶もそこそこに、俺は色々な人に取り囲まれる。


「リトス侯爵。本日はお招きいただきありがとうございます」

「こちらこそ、遠いところをお越しいただきありがとうございます。どうぞ、ごゆるりとお寛ぎください」

「ご立派な道を造られましたな」

「ありがとうございます。一重に皆様のご協力を得られたから成し遂げられたことです」

「ははっ、ご謙遜を。リトス侯爵のお力があってこそでしょう」


 片手にグラスを持ったほろ酔い気分の領主達が、俺を取り囲みながら笑顔で話かけてくる。

 まだ慣れない言葉使いだが、ここにいるのは俺を手伝ってくださった方々だ。慣れないからといって、恩に対して非礼をするわけにはいかない。

 エルディが澄ました顔のままということは、今のところボロは出て無さそうだ。


 招待にはご家族一同を招いているので、会場にいるのは老若男女様々だ。

 だから招待客から娘を紹介されても何のことはない。リヴァイア城でもこんな事はあったから、もう驚きすらしない。笑顔で当たり障りなくかわす。


「キツキ様、さすがですね」


 エルディがこそっと話しかけて来る。俺も小声で返す。


「シキさんの真似だ。とりあえず笑顔で『素敵な御令嬢ですね』を繰り返しているだけだ」

「お見事です。ですが、やり過ぎにご注意ください。始めてお会いしたご令嬢方のお顔が、皆様逆上(のぼ)せております。夜の宴でキツキ様を取り合って、死闘が繰り広げられない程度にあしらってください」

「難しいことを言うな」


 それぞれ一言二言しか話してないのに、死闘になるほうがおかしいだろう。カロスみたいに手にキスだってしていないんだぞ?

 帝国はそういったところは面倒だな。


 時々、こちらへ手伝いに来てくれていた子女達も会場にいて顔を合わせる。

 顔見知りだとやっぱり話しやすいし、拠点に残って仕事をしている子女ともなると、信用もしているので安心して話が出来る。

 しばらくの間、顔見知り同士で談笑をすると、今日は家族とゆっくり過ごすようにと伝え、彼らから離れた。



「あれ、エルディが消えたな」


 俺が子女達と長い話をしていたせいか、その間に側にいたはずのエルディが消えていた。

 トイレか?

 歩くたびに招待客に捕まるが、だいぶ慣れてきたのでエルディがいなくても自然と応対は出来るようになっていた。


「リトス侯爵、本日はお招きいただき……」

「ようこそいらっしゃいました。本日は……」


 作り笑顔にも慣れてきた。

 明日には顔が筋肉痛になっていそうだけどな。


 出会う人で会う人皆、口を揃えて砂漠に突如として現れた道を誉めてくださる。

 それと、領地内の緑化。

 全てが砂漠に化した土地だったはずなのに、領地邸周辺だけとはいえ、緑が戻っていたことに、驚いていた領主達が多かった。

 自分達の領地で砂漠化が始まっている不安を口々に出されるのを聞くと、思わずスライム事業の話をしてしまっていた。


「でしたら、私がお手伝い出来ると思います」

「おお、そうですか。でしたら、そのお話を……」

「貸し出しという形でですが………」

「それで領地内の砂漠が消えるのでしたら……」


 思っていた以上の食いつきで、俺が押されてしまうぐらいの勢いだったけれど、準備が整い次第に始めることを伝え、領地に戻ったら手紙を送ってくれるようにと伝えた。



「キツキ様、お待ちを」



 次の人と話をしようと、移動している最中にエルディに呼び止められた。

 エルディの顔はスッキリしただけではなくて、どこか嬉しそうだった。


 話しかけてきた男性達に少しお待ちくださいと伝えると、エルディと人の少ない場所へと移動した。


「長かったな、トイレ」

「違いますよ!」


 エルディはコホンと咳払いをすると、仕切り直したいのか、崩れた顔を再び真剣な顔に戻した。


「大事な(しら)せです。お耳を」


 エルディは、こっそりと俺に耳打ちをする。

 改まってなんだろうなと耳を貸すと、俺の目は大きく開く。

 その内容は、はち切れんばかりの驚きと喜びを伴う知らせだったからだ。


「本当か?!  エルディ!」


 俺は周囲から集まる視線を他所に、会場中に聞こえるほどの大声を上げる。

  エルディは口角を上げ、真剣な顔で頷いた。


「何処からの情報だ?」

「クシフォス宰相補佐官です」

「カロスが?」


 それはこれ以上無い位の、信用ある情報源だった。

  決定したんだ。


「おめでとうございます」


  俺の顔を見て察したエルディからの祝いの言葉だ。

 本当に、これ以上嬉しい事なんか然う然うに無いだろう。



  シキさんが近衛の試験に合格した。



 あの難関だと言われていた試験に一発で合格したのだ。

 つまりは、公爵夫人に迫られていた強引な婚約話を退けることが出来る。

 早くヒカリにも教えてやりたい。

 セウスさんから聞いていなければ、シキさんの婚約話をまだ勘違いしたままだろう。

 もう遅いかもしれないけれど、それでもシキさんがヒカリを騙した訳では無いことを伝えることができる。


「カロスは帰ったのか?」

「いえ、まだ会場にいらっしゃいます。昼食会を少し楽しんでから、帝城に戻られるそうです」

「そうか」


  後で礼を言わなければ。

  わざわざ自分の恋敵の朗報を知らせに飛んで来てくれたのだ。


 俺の嬉しそうな顔を見た周囲は、「何か良いことがありましたかな?」と聞いてくる。

 個人的な話はかわすところだが、今はそうもいかなかった。顔が緩むのを自分でも止められない。


 嬉しい。様々な理由を抜きにしても純粋に嬉しい。

 早く会って、シキさんに祝いの言葉を贈りたい。


「ええ。砂漠に作った道の完成と同じぐらい、素晴らしい朗報です」


 何が起こったのか分からないけれど、俺の顔を見た貴族達から、めでたいのなら一緒に祝いましょうと、気を利かせた男性達が新しい飲み物の入ったグラスを周囲に渡す。

 俺も近くにいた配膳係から、新しいお酒のグラスを受け取った。

 誰かの乾杯の声と共に杯を高く掲げると、皆で一気にそれを飲み干した。



「ぐっ?!」



 体に激痛が走ったかと思えば、俺の口から血が飛び出る。

 周囲は血の気のない顔で俺を見ていた。


 自分の手を見ると鮮血に染まっている。

 何だこれはと思うのと同時に呼吸が出来ない。

 周囲から悲鳴が上がる。


「キツキ様!!!」


 エルディの青い顔と共に、俺の視界は暗闇に落ちた。





 ****





 ー 同日ルーア城 エルディ ー


 主人が血に染まっていく。

 彼の口からは止めどなく血が溢れてきたのだ。

 そんな彼と目が合ったかと思えば、崩れ落ちてしまった。


「キツキ様!!!」


 周囲は騒然とし、悲鳴が上がる。

 駆けつけて倒れ込もうとする彼の体を支えるが、口からは泡を含んだ血が流れ出る。体はずっしりと重く、頭をぶつけないようにキツキ様の体をゆっくりと床に下ろした。

 だけど、今度は追うようにキツキ様の体が痙攣し始める。


 毒だ………


 何度もキツキ様の名を呼ぶ声が掠れていく。

 近衛分隊長のアデルさんはこの状況を見ると、すぐさま部下に解毒剤の指示を出す。


 解毒剤。


 もしこの会場に有ったとしても、盛られた毒の成分に適合する薬がなければ、一命を取り留める事は出来ない。

 自分の呼吸を忘れ、目の前が霞む。



「ダウタッ! そこをどきなさい!!」



 目の前が暗くなりかけた私の肩を、グッと掴んで後ろに押し退けたのはクシフォス宰相補佐官だった。

 宰相補佐官はキツキ様の近くで膝をついて体に手を向けると、床から浮かび上がるように、大きくそれでいて見たことのない魔法陣がいくつも発動する。丸型であったり三角型であったり。発せられる色も模様もそれぞれにバラバラだ。

 それは五重にも六重にも重なり、魔法陣の眩しいほどの光が二人を包んでいた。そして隙間なく囲うようにキツキ様の体の上にも無数の魔法円が光っていた。


 それは誰も見たことのない光景だった。


 こんな一同に多種の魔法を出すことが出来るのは、クシフォス宰相補佐官以外この国には存在しない。


「魔法陣に入るな! 出ていけ!!」


 宰相補佐は近くにいた貴族や近衛達を睨みつけて魔法陣の上から人を散らすと、再びキツキ様に視線を戻す。

 その顔は義憤に耐えかねたような悔しそうな顔だった。


「ちっ! こんな時に!」


 クシフォス宰相補佐官は何かに気がついて舌打ちをすると、表情が一層重くなる。

 そのまま鋭い視線をアデルさんに向けた。


「帝城にこの事態を知らせに行かせろ。残りの者は出入り口を封鎖。この城から誰一人として出すな。城から出た者はいかなる者でも連れ戻せ。行け!」


 宰相補佐官から命令を下された近衛達は翻ると行動を開始する。クシフォス宰相補佐官はそれを見届けると、今度は鋭い視線のまま私に移した。


「ダウタは今すぐバシリッサ公爵を迎えに行け。公爵付きの近衛に警戒を怠るなと伝えろ」

「ですが!」


 主人がこんな時に、側近である自分がキツキ様の側から離れたくはなかった。


「今すぐに行けっ! 狙われたのがキツキだけとは限らない!!」


 いつもよりも険しい顔を向けるクシフォス宰相補佐官の怒号で我に返る。誰よりもヒカリ様を迎えに行きたいのはこの人のはずだ。

 それに。



 ー もし俺がいない間に何かあれば、リトス邸と家族を守って欲しい



 キツキ様の声が聞こえた気がした。


 腰をついていた体をバッと持ち上げて走り出すと、警戒中の会場から飛び出る。

 廊下を駆け抜け出入り口を塞いでいる近衛に宰相補佐命令だと扉を開けてもらうと、厩舎まで走り、ダウタ砦から連れてきていた愛馬に飛び乗った。


「頼む、頑張ってくれ」


 馬の背を撫でると、西へと馬を走らせた。




 そして。

 事件がまだ(おおやけ)になっていなかったこの日、今回の事件を示唆すような不可解な手紙が三通、帝城に届けられていた。



<連絡メモ>

 二章本編終了です。

 続きは夏頃に開始したいと考えています。

 開始の連絡はあらすじの上か、活動報告で連絡します。


 なお三章開始までの間に、誤字脱字その他もろもろ気になる部分を修正します。

 ストーリ変更はしませんが、ニュアンスが変わったり情報追加が発生するかもしれません。


 登録されている方には何度も通知が飛んでしまうとは思いますがご了承ください。

 

 一章の時と同様、気まぐれで二章の脱線話やフラグ話を入れていきます。

 これは前連絡はしませんので、時々アップしているかのぞいてみてください。


 

<人物メモ>

【キツキ/リトス侯爵(キツキ・リトス)】

 ヒカリの双子の兄。祖父の家の爵位を継いでリトス侯爵になる。

 シキが近衛試験に合格したとの一報がキツキの元に入った矢先、人々を招いていた宴で血を吐いて倒れた。


【ヒカリ/バシリッサ公爵(ヒカリ・リトス)】

 キツキの双子の妹。バシリッサ公爵。故郷のナナクサ村にいる。セウスと付き合うことになった、のだが?


【セウス】

 キツキの故郷であるナナクサ村の村長の息子。


【カロス/クシフォス宰相補佐官(カロス・クシフォス)】

 魔力が異次元な筆頭宰相補佐官。将軍の愚息で皇帝の甥っ子。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 銀髪の美丈夫で帝国の騎士。ナナクサ村へ漂流してきて、ヒカリと一緒に帝国へと戻った。

 公爵令嬢と無理矢理婚約されられようとしていたが、条件であった近衛試験に合格したため、どうなるのかはまだわかっていない。


【エルディ(エルディ・ダウタ)】

 キツキの側近。辺境伯であるダウタ伯爵の次男。何事も器用にこなす働き者。


【アデル(アデル・ポートラー)】

 キツキ専属近衛分隊の隊長。



<更新メモ>

2022/05/15 加筆、独り言メモの削除

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