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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
165/219

深淵3

 

「そろそろ落ち着いたかな?」


 セウスは玄関扉をそっと閉めると、奇跡的に無事だった長椅子に座る私の横に腰を掛けた。


「さっきの話は口外禁止だって、飛び込んできた彼らに伝えておいたから」


 確かに、家に入ってきた近衛達には、セウスとのやり取りは丸聞こえだったよね。

 そのことを気恥ずかしく思うけれど、今の私は脱力をしていた。


 さっき、セウスが私に気づかせてくれた事を頭の中で考える。

 不安で苦しかった理由、そして魔素が溢れるように飛び出てしまう理由がゆっくりと、そして鮮明に頭に浮かび上がってきた。



「私、失恋したんだね……」



 しんみりとその言葉をこぼした。

 きっとそれは、私が気づきたくなかった言葉。

 セウスの半ば強引なやり方で、ようやく私はその現実と向き合えたのかもしれない。


 その言葉を聞いたセウスは、無言で私の肩に手を回して体を引き寄せると、頭を撫でた。

 それが脱力してしまった体を(いたわ)ってくれているようで、なんだか心地が良かった。


 窓は割れずに何とか無事だったものの、目の前の居間は半焼に近い。

 床は焦げて、カーペットやカーテンだってほとんどがまだらに焦げている。それを見ると、余計に体から力が抜けて行く。

 なんてことをしたんだろうか、私。


「ごめんね。家を燃やしちゃった」

「大して燃えていないよ。それに石造りだから、燃えてもそんなに壊れるとこもない」

「村長に謝らなきゃ」

「僕がそうさせたんだから、僕が謝っておくよ」

「でも……」

「気にしないで」


 セウスのまっすぐな瞳に、何も言えなくなってしまった。


「でも、ヒカリが自分の気持ちに気がついて良かったよ。鈍感過ぎてヤキモキしてたからね」

「……そんなに?」

「いつまで経っても、ヒカリと話が擦り合わないからね。恋愛事に超鈍感なヒカリの気持ちを、自然にわかるようになるまで待っていられなかったよ。僕の生命が尽きてしまう」


 むむむ。聞き捨てならないな。


「失礼ね! 自分のことには鈍感だったかもしれないけれど、私だって女の子なんだから、周囲の恋愛事には敏感よ!」

「じゃあ、キツキの好きな子は?」


 ん?

 んんん??


「えぇ?! いるの??」

「ほら。毎日一緒に生活していたキツキのそういった事にも気が付かなかっただろ?」

「何でセウスが知ってるのよ?」

「僕は最近知ったけどね」

「えー。誰誰??」


 セウスが知ってて、私が知らないだなんて、なんか悔しい。


「敏感なら、すぐにわかるでしょ?」

「ええーー。ケチーーー。あ、女の子??」

「うわっ、そこから?」


 キツキが好きな子……。

 いや、同い年とか年下とは限らない。

 年上かも。

 キツキの目の色が変わる人と言えば……。まさか!


「シキとか?!」

「うーわー。本気でやめて」


 セウスは顔を青くさせながら、両手で顔を隠す。

 そんなセウスからしばらくの間、悲鳴が聞こえると、力尽きたのか静かになった。

 背もたれにもたれると、顔から手を除けて私の顔をじっと見る。

 その顔はどこか疲弊している。

 一体何に疲れたのだろうか、セウスは。


「……ほらね、ヒカリは壊滅的にそういった事がわからないんだ」

「むむむー。ハズレってことね?」

「ハズレなんてもんじゃないよ」


 呆れ顔のセウスを見ながら、腕を組んでむーっとした顔で口を尖らせる。

 おっかしいな。

 いままで普通の女の子として生きてきたはずなのにな。多分。

 なんでキツキの相手に気が付かなかったんだろう。


 うーんうーんと悩む。

 きっと私が気付きづらい相手なんだ。

 近くにいて、キツキと並んでいても自然で、意外な人物よ。きっと。


 意外な……。


 ちらりとセウスの顔を覗く。


「え、まさか。キツキの相手だった?」


 私は顔の似ているキツキの表向きの身代わりとか?

 セウスの青かった顔が更に青くなる。


「どんな想像を膨らませてるの!!」

「出来もしない推理はしなくていいよ!」

「考えただけでおぞましい!!」


 セウスに怒涛のごとく怒られた。


「えー、当たったかなと思ったんだけどな」


 目の据わったセウスに、両耳をぎゅーっと引っ張られる。


「あーれぇ、この耳は飾りだったのかな? 再三、ヒカリへの思いを伝えてきたと思っていたんだけどな? それとも全部筒抜けてた?」

「あだだだだ!」


 セウスはもたれていた上体を起こして、耳を引っ張りながら顔をグイッと近付ける。

 怖い。セウスは本気だ。そして手加減はない。


 座っていた長椅子の座面に寝転がるように逃げるけれど、セウスは私を追うように覆いかぶさり、耳から手を離そうとはしない。


「悪かったから! 許して! 手を離してぇ!」

「もう変なこと言わない?」

「言わない! 怪しむだけにするからっ!! いだだだ!」

「怪しむのも禁止だ!!」

「横暴〜〜!」


 想像も妄想も個人の自由でしょうに。

 セウスは私を下敷きにしたまま、耳をぎゅーっとして離さない。


「ちょっ! 重いからどいてよ」

「………」

「……どいてよ」

「………」


 セウスが私をにらみつけたまま、私の上から退こうとはしない。


「……やだよ」


 そう一言だけ呟くと、セウスは、身動きが取れない私に顔を近付ける。


「セウ………ッ」


 近付いてくるセウスの顔を阻止しようとした時だった。



「………りつぎをっ!!」



 家の外から叫ぶような声が聞こえてきた。正確には道路側だ。

 あまり聞き慣れない声で、村の人ではないのはわかった。


 セウスにもそれが聞こえたのか、顔を近付けるのを止めると、上体を起こして椅子から立ち上がる。

 窓の外を見ているようだ。


「ちょっと、様子を見てくる」


 セウスは壁に立てかけてあった剣を手に持つと、玄関の扉を開いた。

 私も何だろうと思って、寝転んでいた長椅子から立ち上がると、窓から外の様子を窺った。


「あ、あれ?」


 外にいた人を見て、思わず私も外へ出た。



「セウス様! ヒカリ様はこちらですか?!」

「落ちついて。一体どうしたの?」


 玄関から顔を覗かせて、セウスと向かい合う人物の顔を見ると、やっぱりと確信をする。


「エルディさん? どうしたの??」


 玄関から出てきた私に気がつくと、エルディさんの険しかった表情が少しだけ緩んだ。


「……ご無事で良かった」

「うん?」


 ご無事?

 さっきまで、セウスに色々とやられてたから、耳だけは無事じゃ無いけれど。

 セウスに引っ張られた耳がまだヒリヒリと痛む。


「ヒカリ様、急ぎ帝国へお戻りください」

「え? 帝国??」

「ロンバース隊長、すぐに隊の招集と出立のご準備を!」


 エルディさんが、玄関前に待機していたハムイにそう告げると、周囲はざわつく。私の心もだ。


 エルディさんはハムイに近付いて小声で何かを話すと、ハムイの表情は重くなる。

 今度はハムイが一緒にいた近衛に何やら指示を出すと、その近衛達一斉に動き出した。


 一体何だ?

 状況がわからない。

 なぜ一方的に戻るように言われているのか。

 それに、まだ帰れるほど気持ちの整理は出来ていない。

 ようやく体から魔素が飛び出てしまう原因を、自分が知ったばかりだというのに。


「戻るってどこへ? リトス邸?」

「帝城にです。お急ぎください」


 帝城は私の家ではないのだが。なぜ帝城なのだ。


 ちょうどそこへ、エレノアを工房に送っていったフィオンが戻ってきた。

 フィオンもエルディさんの姿を見て驚いたのか、「ぼっちゃん?」と一言だけ発して止まった。


「フィオン、エレノア嬢とユーシスを呼んできてくれ。帰り支度をすぐに整えるようにと。今日中に船に乗る」


 あのエルディさんがこれっぽちも笑わない。

 それどころか今までは見たことがない、眉間に皺を寄せて重い表情をしながら、周囲に語気の強い指示を繰り返すばかり。

 彼のこんな姿を見るのは初めてだ。

 その姿を見たフィオンは口答えもせず、表情を変えて(きびす)を返すと走り出した。


 私とセウスだけがこの状況を理解出来ずに、ただただ周囲が動き出す様子に視線を向けるだけだった。

 私の隣に立っていたセウスが、私以上の焦りを見せてエルディさんの肩に手をかける。


「待ってくれ、エルディ。どうしたんだ、急に」 

「早急にヒカリ様には帝国に戻っていただきます。これは国からの指示です」

「国から?」


 なんでそんな指示を帝国から出されているんだ?


「今はここにヒカリ様を置いておくことは出来ません」

「ここに置くことは出来ないって、それはまた連れて行くってことか? 勝手なことを!!」


 セウスは掴んだ肩をグッと押すと、一瞬だけエルディさんは顔を顰めた。


「セウス! 落ち着いて」


 セウスの腕を掴む。

 でもセウスは顔を真っ赤にさせて激昂したまま、エルディさんを睨みつける。

 何が起きたんだろうか。

 帝国側の人間だけが、エルディさんの言葉を理解しているみたいだ。


「……キツキはどうしたの?」


 キツキの側近であるエルディさんが、キツキの指示なしでここにいるのは変だ。

 彼はさっき、キツキからではなくて“国の指示”だと言っていた。


 その質問に、強張っていたエルディさんの顔が歪んでいく。

 彼の手が震えているのがわかった。

 エルディさんは視線を流して周囲を確認すると、近くにいる私達に聞こえるぐらいの潜めた声を出した。



「……キツキ様が、倒れられました。生死は、……不明です」



 キツキの生死が不明?

 この言葉がとても信じられない。

 瞳孔が開く。


「どういうこと?!」


 私は思わず叫び声をあげた。


「詳細は後々。すぐに帝城へ戻るご準備を」

「待ってくれ。それは許可出来ない」

「でしたら、力づくでも連れて行くまでです!」

「……何だと?!」

「セウス様。今差し迫っているのは、個人的な話などではありません! 国家の問題なのです」

「だからと言って、ヒカリは渡せない! そちらの都合に、これ以上ヒカリを巻き込むな!」


 エルディさんはキッと鋭い視線をセウスに向ける。


「キツキ様が倒れられたのは、疲労でも病気でもありません! “暗殺”されたのです」

「なっ?!」


 その言葉でセウスの勢いは削がれる。

 私もだ。

 体から力が抜けていく。


 何で?

 何でキツキが?


「キツキ様のお身体は、今は帝城に運ばれているはずです」

「……本当に? ……キツキが?」

「先にも申しましたが、生死は不明です。私はそれを確認する間も無く、飛び出しました」


 エルディさんは悔しそうに視線を落とす。


「キツキ様を殺そうとする勢力がいるのです」

「勢力?」

「その目的が何なのかはまだ分かりません。ヒカリ様、これから貴方様の周囲は厳重な警備体制が敷かれます。知っている顔でも油断をなさいませんようにお願いします」


 再び顔を上げて私に向けたエルディさんの表情は、普段の柔らかい笑顔とは程遠い、鬼気迫る顔だった。


<人物メモ>

【キツキ/リトス侯爵(キツキ・リトス)】

 ヒカリの双子の兄。祖父の家の爵位を継いでリトス侯爵になる。今は祖父の故郷である帝国にいる。


【ヒカリ/バシリッサ公爵(ヒカリ・リトス)】

 キツキの双子の妹。バシリッサ公爵。セウスと付き合うことになった。のだが?


【セウス】

 キツキの故郷であるナナクサ村の村長の息子。

 人望が厚く、働き者のうえに剣の達人。帝国では伝説のノクロス・パルマコスの唯一の弟子。

 妹のヒカリのことが好きで、一度結婚の申し込みを断られたはずなのに、今はヒカリと付き合っていることになっている。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 銀髪の美丈夫で帝国の騎士。ナナクサ村へ漂流してきて、ヒカリと一緒に帝国へと戻った。

 婚約者と噂される女性がいる。

 

【エルディ(エルディ・ダウタ)】

 キツキの側近。辺境伯であるダウタ伯爵の次男。何事も器用にこなす働き者。今回、ナナクサ村に一人でやってきた。


【フィオン(フィオン・サラウェス)】

 ダウタの元兵士。エルディの小さい頃からの遊び相手。キツキからの依頼でヒカリの護衛役となる。基本、無駄口は叩かないけれど、時々冷静な言葉を発する。


【エレノア(エレノア・フィレーネ)】

 フィレーネ侯爵の次女。小動物のような可愛らしい見た目とは違い、中身はしっかり者。キツキからの依頼でヒカリの侍女になった。


【ユーシス(ユーシス・ラングル)】

 ダウタ領の隣にある、ラングル領の領主であるラングル伯爵の三男。帰還途中で出会ったヒカリに一目惚れした。よく働く姿がキツキの目に止まって、ヒカリの従者に任命した。今回も影が薄い。



【ハムイ(ハムイ・ロンバース)】

 ヒカリ専属近衛分隊の隊長。落ち着いた性格の褐色肌の男性。



※添え名は省略


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