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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
151/219

共同戦線5

 花月亭前の三叉路(さんさろ)の広場には、近衛騎士や村の人達が沢山集まっていた。


 どうやら、キツキは早朝からスライムを捕まえて来たらしく、その中型サイズのスライムを入れる箱が無いために、木工所のおじさん達が大慌てで、その場でスライムの大きさを見ながら箱を作り上げていた。

 その横では仕上がった箱に塗料を塗ったり、網に入ったままの中型スライムを箱詰めしようと、数人がかりでスライムを押し込んでいる。

 周辺は手伝うおじさん達や、それをおもしろそうに見学している子供や女性達で溢れかえっていた。


 花月亭の前は即席木工所が誕生し、お祭り会場と見紛(みまご)うほどの賑やかさだった。

 おかげで三叉路の隅は木片や木屑でいっぱいだ。


「これは片付けが大変そうだな」

「そうだね」


 それにしても、あんな大きな箱をどうやって運ぶのだろうか。

 セウスの胸まである大きな木箱が作り上げられていく様子を、二人で眺めていると、少し遠くからこちらを見つめている女性達と目が合った。私よりは年上なのだけれど年は若く、何よりも噂話と男の子の話が好きな女性三人組だった。

 そういえばあの人達はキツキが好きだったな、なんて思うものの、さっきから私を睨むようにじーっと見ている。


 やだな、あの視線。

 ずっと昔から私に向けられていた視線だ。


 私が視線を下げた事に気が付いたのか、セウスは繋いでいた手を私の肩に置き直すと、ぐっと体を引き寄せて周囲を見回す。セウスは原因がわかったのか、その女性達に向かって睨みを利かせた。

 彼女達はそれに気が付いたのか視線を逸らせる。


「ったく、無遠慮すぎるよなアンナ達は。気にするなよ、ヒカリ」


 セウスが人を睨むのは珍しいからか、彼女達は慌てている。

 でもやっぱりまだ怖くて、セウスの服をぎゅっと掴んだ。


「怖くなったら言うんだよ? 無理はしない約束だ」

「うん、ありがとうセウス」


 私はセウスの服をぎゅっと握りながら、落ち着いて呼吸を整えた。それに気がついたのか、セウスが私の背中を優しく撫でる。



「セウス様」


 後ろから声をかけていたのは、私の近衛の隊長であるハムイだった。

 実は私はハムイと顔を合わせるのは、まだ両手の指の数にも満たない。初めて顔を合わせた日にキツキと大喧嘩をして北城に連れて行かれ、次に会ったのはオンドラーグ地方での視察だった。その時だってハムイは夜の担当だったから数回しか顔を合わせなかった。

 そんな彼がセウスを呼び止める。セウスも誰だろうという顔をした。


「誰?」

「私の護衛の隊長さん」

「へえ」

「ご挨拶が遅れました。私、バシリッサ公爵付き近衛分隊長のハムイ・ロンバースと申します。バシリッサ公爵がこちらにいる間は貴方様の指示に従うようにと、リトス侯爵から指示をいただきました。何かありましたらお申し付けください」


 とてもゆっくり丁寧な説明いだったのだが、セウスは混乱している。


「えっ、……バシ…?」


 やはりそこか。

 私はセウスに二人の爵位名だと伝えると、爵位があるの? と驚いていた。頂戴したというよりかは、押し付けられたに近い名前だ。


「はあ。まあ村にいる間は僕が近くにいますから、大丈夫ですよ。ヒカリの護衛は、僕がいない時とか、村の外に出かける時にお願いします」


 セウスがそう言うとハムイはセウスに向かって礼をした。


「ああ。顔合わせが出来ましたか?」


 キツキが私たち三人の横からやってきた。少し顔の白いキツキの肩から、網に入れられた中型スライムがぶら下がっていた。

 キツキの様子が心配になって具合が悪いのかと聞くと、昨夜はミニスライムと寝たからと答えた。

 なるほど、魔素を吸われたのか。


「今ね。この村でヒカリ一人にこんなに大層な護衛はいらないと思うけど」

「そう言うと思っていました。こっちの国の決め事だと思って我慢してください。スライムの輸送で人手が足りなかったら手伝わせて良いですので」

「護衛って言うけど、彼らの腕っ節はどのぐらいなの?」

「少なくても、シキさんレベルです」

「へぇ〜、そうなの」


 さっきまでは穏やかな顔をしていたセウスは、シキの名前を聞いた途端に、笑顔に青筋を立てる。器用だなとその顔を横から眺めていた。


「さっき、コエダおばさんにはヒカリの宿泊については説明して来ました」

「そう、それは助かるな。僕はコエダさんには弱くてね。叱られるのを覚悟の上だったんだ。ありがとう」

「いえ。それとですね、もう一人こっちに置いて行きます。俺が直接雇っている護衛なんですが………。おーい、フィオン!」


 キツキは大きな声でフィオンを呼ぶ。

 セウスは直接? と首を傾げていたので、近衛は国からで、フィオンはキツキが直接雇っていると説明すると、君達はややこしいところに連れて行かれたんだねと、半分呆れた顔で言われた。

 全くその通りで、当の本人達が一番ややこしくて困っている。

 二人で困り顔を突き合わせていると、人の合間からフィオンがやってきた。


「セウスさん、こいつフィオンっていいます。彼には魔力は無いですけど、剣の筋は良いですから、面倒を見てくれると嬉しいです」


 フィオンはセウスに礼をする。

 その後ろから、何故だかエルディさんが暗い顔で妬ましそうな目でフィオンを睨んでいた。


「わかったよ、暇な時ならね。彼にも色々お願いしていいの?」

「はい、フィオンは魚釣りも料理も出来ますから。何かのお役には立つとは思います」

「はは、よろしくなフィオン」

「じゃ、俺たちはそろそろ行きます。その、ノクロスさんと挨拶は……?」

「ああ、ここでみんなと一緒に見送るよ」

「……そうですか。ではお手数かけますが、中型スライムの輸送をよろしくお願いします」

「ああ、わかってるよ」


 セウスがキツキに向かって軽く手を振ると、キツキは私達に背中を向けて近くにいた近衛達に指示を出し始めた。

 どうやらスライムの入った大きな箱は浮遊魔法で運んでいくようだ。

 箱詰めが完了した箱から順に、浮遊魔法で一列に並べられていくさまを横目で見る。

 どうやら、キツキが背負っている残り一匹を梱包したら出発のようだ。


「ねえ、セウス。今のうちにノクロスおじさんに挨拶に行こう?」

「……いや、いいよ」


 セウスは私から目を背けるけど、その目はノクロスおじさんのところに行きたいと言っていた。だけど、セウスの心の傷が彼を足止めしている。


「行こう!」


 私はぐいっと力一杯セウスの腕を引く。

 途中で遭遇した倉庫番のお兄さん達やおじさん達に冷やかされながらも、私はセウスの腕を引っ張るのを止めない。


 ここで私が負けちゃいけない。

 こればかりは譲っちゃいけない。


 近衛達に囲まれていたノクロスおじさんを見つける。探すときは背が高いとありがたい。

 ぐいぐいっと引っ張る私の力は増す。


「ヒカリ……」

「大事な人との別れだけはしっかりやろう。人生の節目はしっかりケジメをつけなさいっておじいちゃんも言ってた。怖いかもしれないけれど、これが終われば後で好きなだけ撫でてあげる」


 これが正しい方法かはわからない。でも昨夜のセウスはノクロスさんに沢山言いたい事があったのに、上手く言えずに言葉を喉の奥で潰していたんだ。

 このまま終わらせてあげたくはない。


「ノクロスおじさん!」


 おじさんを呼び止める。

 こっちを向いたおじさんは嬉しそうな顔を見せる。


「殿下、お見送りに来てくださったのですか?」


 うん?


「あーー! ノクロスおじさんも敬称敬語禁止! 今まで通りじゃないと口をきいてあげないから!」

「あ、え? ……はい」


 近くにいた近衛騎士もノクロスおじさんも私の絶叫に驚いて目が点になる。

 だけど私がプンプン怒った顔を取り下げないのを見て、本気で怒っているとわかってくれたようだ。わかったわかったと、なだめてくる。

 でも、小さい頃からお世話になっているノクロスおじさんにまで、ダウタ城でのシキのような態度を取られるのはとても嫌だった。


「あー……ええっと。二人で見送りに来てくれたのか?」

「うん、挨拶に。私は時々帝国に行かないといけないのかもしれないけれど、セウスとはもう会えるかどうか分からないでしょ? だから」

「そうか。ありがとうな、セウス」


 ノクロスおじさんは優しい笑顔でセウスに向くけれど、セウスは視線を横に流してしまった。

 それを見た私はセウスの背中を(つま)む。

 摘むと言っても、私みたいな柔らかい贅肉はなかったんだけど。それに気がついたのか、セウスは私の手を取るとぎゅっと力を入れる。


「……あ、あの。今までお世話になりました」

「ああ。体に気をつけるんだぞ? 無茶をしてみんなに心配をかけるなよ?」

「……はい」


 セウスはうまく視線を合わせられずに目は泳ぐが、それでも逃げ出さなかった。その間も、私はセウスの手をぎゅっと強く握り返してあげる。


「セウス。この人な、俺の息子のハレスだ」

「え?」

「え?」


 セウスと一緒に私も驚く。

 だって、息子って?


 ノクロスさんの後ろに控えていた私達よりも一周りも二周りも歳が上の男性を紹介された。

  帝国のカルディナ伯爵だという。

  確かにノクロスおじさんと同じぐらいの背に深い茶色の髪と瞳。ノクロスおじさんよりは少しがっちりした体型でもあるが、よく似ている。


「ノクロスおじさん、子供いたの?」

「はは。今まで知らなかったよ。けれど彼の話を聞いてな、合点がいったよ。今回国に帰るのは命令もあるけれど、相手の女性と一緒に暮らそうと思っていてね。だからこっちにはもう戻ってはこない」

「結婚するの?」

「それは分からない。どんな形でもいいから、残りの余生を一緒に暮らしたいんだ」


 そう言ってノクロスおじさんの顔は柔らかく綻ぶ。


 おじさんのこんな顔を初めて見た。

 少し惚気(のろけ)も入ってるよねと、思わずまじまじと見てしまう。

 更に孫もいるそうで、ノクロスおじさんは家族と暮らすことを選んだようだ。

 きっと幸せな時間になるのだろう。


「おっと、そろそろ出発のようだ。じゃあ、達者でな。セウス」


 ノクロスおじさんが、そのまま翻ろうとした時だった。


「! ノクロスさん! ……ご迷惑を、おかけしました」


 セウスのその言葉を聞いたノクロスおじさんは驚いたようだったけれど、眉を下げる。


「お前のことは何一つ、迷惑だと思ったことはないよ」


 ノクロスおじさんは嬉しそうに笑うと、手を差し出す。それを見たセウスは少し戸惑ったけれど、おじさんと手を重ねると、ぎゅっと握手をした。


「じゃあな、幸せにな」


 しばらく二人は手を握りあっていたが、キツキ達が移動を開始すると共に、おじさんの手は力を弱めて、ゆっくりとセウスから離れていくけれど、翻る最後の最後までセウスを目で追っていた。

 私は足元が揺れ始めたセウスを背中から手を回して支える。項垂(うなだ)れそうなセウスに「最後まで見送ろう」と背中を(さす)りながら励した。

 彼らの背中は小さくなり、次第に見えなくなっていった。







 家に戻って来た私達は、居間の長椅子に身を寄せ合うように座る。

 私の肩を抱きながら、セウスは私の肩に頭を乗せて項垂れていた。


 私はセウスの背中を摩り続ける。

 辛そうではあるが、それでもセウスは少しずつ落ち着きを取り戻していた。


 この様子では午後に倉庫へは行けそうになかったので、明日には顔を出すとイワノさんに伝えて帰って来た。セウスの様子を心配していた周囲には、ノクロスさんとの別れで(へこ)んでいるからと吹聴してきた。

 凹んでいるのは嘘ではないのだけれど、セウスが抱えているのはそれだけではない。


「ヒカリ、ありがとう」

「良かったね。ノクロスおじさんと話が出来たね」

「……ああ。ヒカリが助けてくれたからね」

「私も助けてもらったから」

「はは、そういう約束だからな」

「うん」


 そう、セウスとそういう約束をした。


「そろそろ大丈夫そうだ。ありがとう、ヒカリ」

「お互い様だよ」


 私とセウスはお互いに弱々しく笑い合う。

 良かった。逃げ出さずになんとかここにいられる。


「……セウス、ありがとうね」

「何? 急に改まって」

「セウスが言い出してくれなかったら、私はきっとナナクサ村にいられなかったから」

「今日は怖くなかった?」

「うん、なんとか。セウスが助けてくれたから、心強かった」

「そう。力になれて良かった」


 一人だったらあそこにはいられなかったし、帝国のことで忙しいキツキに助けを求めるわけにはいかなかった。


「僕も一人だったらノクロスさんを見送れなかったよ……。それか、外にすら出られなかったよ」

「今日も大丈夫だったね」

「そうだね」


 セウスはぎゅっと私の手を握る。

 だけど、その手はまだ少し震えていた。


「明日にはスライムを捕まえにいかないとね。半日も潰しちゃったから頑張らないと」

「そうだね。あ、フィオンにも手伝ってもらお? そうしたら早く捕まえられるよ」

「ヒカリが足を引っ張らなければ、誰がついて行ってもいいよ」

「引っ張らないわよ!」

「はは!」


 セウスは私を揶揄(からか)うように笑う。 

 その顔を見て、やっとナナクサ村に帰ってこれたんだって実感が出てくる。

 セウスのおかげで、少しずつだけど心が穏やかになってきていた。


 帝国にいれば、いつかはシキがあの可愛らしい女性と結婚したという話を耳にするのだろうかと思う度に、私の心の中はぐしゃぐしゃになっていった。

 それは自分の心を(むしば)んでいく終わりの来ない黒い感情で、自分ではどう律していいのかわからずに、視察から帰って来た私はずっと北城の部屋に籠っていた。それが余計にカロスに心配をかけてしまったんだけど。

 今でもシキのことを考えるだけで、自分を見失いそうになるんだ。


「明日から覚悟しておいてね、ヒカリ。短期間で中型スライムを必要数捕獲しないといけないからね?」

「望むところよ!」


 ここに帰ってこれて良かった。帝国よりも、まだ自分らしくいられるから。

 そして、ここで生活が出来るぐらいには自分を保てている。

 セウスのおかげだ。


「ヒカリは、落ち着いて考えられるようになった?」

「……まだ……無理かな」


 私は視線を逸らせる。


「ゆっくりでいいよ。だけど逃げちゃ駄目だ。君を苦しめているものが何なのか、理解していかないと」

「うん……」


 何故かセウスは少し寂しそうな顔をすると、私の背中に腕を回して頬に優しいキスをした。


「誰も見てないよ?」


 セウスはくすっと笑う。


「僕がしたかっただけだよ」

「家の中まで演じなくていいのに」

「あれ、そっちに考えちゃうの? これは確かに手強いはずだよ」


 セウスは呆れた表情を浮かべると、ふーっと息を吐き出した。



 あの日の夜、沢山の話をした私達に浮かび上がった問題は睡眠だけではなかった。

 だからそれらを解決するためにも、私達は『おつきあい』をすることにしたのだ。


 わざわざそんな関係をでっち上げたのは、お互い支え合うのに“友人”のままでは難しいから。

 寝るにせよ、手を繋ぐにせよだ。


 そのためにセウスはキツキには私達は“結婚前提”だと言ったし、だからこそ一緒に寝る許可ももらえた。

 この関係を続けるための取り決めとして、家族であれ誰であれ、この関係をバラさない事。周囲にそれらしく見せる事。あとは無理強いをしないとか、唇へのキスはセウスからはしないとか。二人で細々と決めた。


 視線をセウスに向ける。

 彼は私に柔らかい笑顔を見せた。

 何故だか、その顔に私はほっとする。


 私達の『おつきあい』は愛でも恋でもなく、先に進めなくなってしまったお互いを守り合うための、小さな『共同戦線』だった。


<連絡メモ>

遅くなりました。なんとかアップ出来ました。

そろそろ色々と厳しくなって来ましたが、二章本編のラストまで頑張ります(・∀・)ノシ


<人物メモ>

【キツキ】

 ヒカリの双子の兄。リトス侯爵。生まれた地であるナナクサ村に戻って来た。セウスと付き合うことになったヒカリを複雑な心境で見守っている。


【ヒカリ】

 キツキの双子の妹。バシリッサ公爵。セウスと付き合うことになった。のだが?


【セウス】

 ナナクサ村村長の息子。ヒカリと表向きは付き合うことになった。


【ハムイ(ハムイ・ロンバース)】

 ヒカリ専属近衛分隊の隊長。落ち着いた性格の褐色肌の男性。


【エルディ(エルディ・ダウタ)】

 キツキの側近。何事も器用にこなす働き者。村に残ってセウスの指南を受けられるフィオンが妬ましいらしい。


【フィオン(フィオン・サラウェス)】

 ダウタの元兵士。エルディの小さい頃からの遊び相手。キツキからの依頼でヒカリの護衛役となる。基本、無駄口は叩かないけれど、時々冷静な言葉を発する。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 現在、近衛騎士試験を準備中の銀髪の美丈夫。公爵夫人の娘と無理矢理婚約させられそうになっている最中。



<更新メモ>

2022/02/15 加筆(主に修正)

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