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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
150/219

共同戦線4

 ****





 ノクロスおじさんのお別れ会を早めに切り上げてセウスと帰ってきた。村長はまだ花月亭だ。

 あのあと、セウスは動かなくなってしまった。

 セウスが拗らせてしまった仲をゆっくりと元に戻そうと模索していた矢先に、ノクロスおじさんが急遽帝国に帰ることが決まってしまった。それがセウスにはこたえたようで、居間の長椅子に腰を降ろさせた後も、ずっと項垂れたままだった。


「大丈夫? お風呂でも準備してこようか?」


 そう聞くけれども、セウスからの反応はない。

 その様子を見て、私はセウスの隣に座ると、顔を覗き込みながら背中を(さす)る。

 項垂れた頭を私の肩に乗せたセウスの体が、小刻みに震えているのがわかった。


「いつか、一緒に帝国に行ってノクロスおじさんに会おう? 今生(こんじょう)の別れじゃないよ?」


 そう伝えるけれど、セウスの体は震えていた。

 大丈夫大丈夫と唱えながら、摩る手を止めてセウスの体をぎゅっと抱きしめると、今度はぽんぽんぽんと背中を軽く叩いてあげた。それでもセウスの震えはしばらくの間、止まることはなかった。

 他になす術もなく、ぎゅっとし続けてしばらくした頃だろうか。落ち着いたセウスはありがとうと顔を上げた。

 彼の目も顔も赤い。今まで見たことのないセウスの顔だ。


「お風呂の準備をしてきてあげるから、入りなよ」


 立ち上がろうとする私の手をセウスは掴んだ。


「……一緒に入る?」

「入りません」


 弱った表情が少し心配だったけれど、冗談を言うのを見て、もう大丈夫そうだなと思いながらセウス宅のお風呂場に行くと、お風呂の準備をする。

 お湯を沸かすのなんか、水を張った浴槽に火魔素を(まと)った手を突っ込むだけだけど。


「お風呂の準備できたよー」


 居間に戻って、また俯いていたセウスに声をかける。セウスはゆっくりと顔を上げると、固かった表情が少しずつ柔らかくなる。


「ねえ、やっぱり一緒に入らない?」

「入りません」


 そんなこと出来る訳がないし、する気なんてさらさら無い。

 冷める前にさっさと入って来なさいと叱ると、セウスは「ちえっ」と呟きながら、渋々と立ち上がってお風呂場へ向かった。


「あんな冗談が言えるようになれば、もう大丈夫ね」


 セウスの背中を見送りながら、腰に手を当てて、ふんっと鼻息を荒く吐き出す。

 セウスが大人しくお風呂場へ向かったのを見届けると、私は北城から持ってきた鞄を持ち上げて、自分の荷物の荷解(にほど)きをするために二階へと行こうと歩き出す。

 滞在の間、村長宅の二階の一室をお借りすることになった。


 階段を登ろうとした時に、ちょうど村長が帰ってきた。

 村長が帰って来たという事は、ノクロスおじさんのお別れ会が終わったのだろう。お帰りなさいと言うと、私に気がついた村長は、ただいまと優しい笑顔で答えてくれた。


 優しい笑顔を向けてくれる村長だけど、ここに居候させてもらう話をセウスがした当初は、大反対をされた。

 だけど、私の抱えている問題を説明すると、村長はしばらく考えてから許可を出してくれ、私をこの家に置いてくれることになったのだ。

 それにはとても感謝している。


「セウスは今お風呂に入っていますから、次どうぞ」

「ヒカリちゃんは入ってないの? 私は最後でいいから、先に入りなさい」


 居候の身で申し訳ないけれど、ニコニコ顔で言われると断りづらくもあり、わかりましたと答えた。

 荷解きをさっさと終えた私はすぐにお風呂場へ向かう。用事を思い出したからだ。お風呂場の近くでセウスと遭遇した私は、一悶着(ひともんちゃく)はあったものの、村長に言われた通りお風呂を先にいただいた。


 お風呂から上がった後、居間にいた村長に声をかけて一階にあるセウスの部屋へと向かう。部屋には寝巻き姿のセウスが待っていた。


「あれ、凄いね。その寝巻き」


 セウスは私の寝巻き姿を見て少し驚いた声を上げた。

 凄いねって何がだろうか。

 私が着ていた寝巻きは、帝国から持って来た足首まで長さのあるお腹を絞めないドレス型の寝巻きだった。

 要は楽ちんなので、この形の寝巻きはお気に入りなのだ。


 セウスはへーっと言いながら服の上から私の肩を触る。


「凄いって何が?」

「ナナクサの生地とは全く違うね。光沢が凄い。それに柔らかい生地で……」


 セウスは視線を上にしたかと思えば、「やっぱりなんでもない」と言って締め括っていた。

 最後まで言わないなんて珍しい。

 しばらく触っていたセウスは触り心地に満足したのか、手を離すと「さてと」と私の顔を見る。


「髪の毛をちゃんと乾かした? じゃあ、そろそろ……寝る?」

「……うん」


 ドキドキする。上手く出来るだろうか。

 セウスはベッドに先に入ると、布団を持ち上げて私を招き入れる。

 私は壁側だ。

 ベッドにゴロンと横に寝転がる。


「えっと、確認するけれど、問題が発生すれば、手に魔力を流せば良いんだよね?」

「うん。ダメだったらほっぺたを思いっきり叩いて起こしてくれて良いから」

「わかった。唇にキスするよって耳に囁くよ」

「ちゃんと起こして!」


 それでは起きれる気がしない。

 そして起きられなかったら最後だ。

 セウスは私の反応がそんなに可笑しかったのか、声を出して笑う。相変わらず正体は悪魔だ。


 私はセウスの胸の上に左手を当てると、セウスはそっと私の背中に腕を回した。


「ふふっ、幸せだ」


 セウスは嬉しそうに呟く。

 別にセウスに好き勝手やらせているわけではない。

 これは昨夜、セウスに引きずられるかのように、うっかり寝てしまった時の体勢。


 あの時、私は北城にいた時のように魔力を手の平に当てられていたわけではないのに、驚いたことにどこにも魔素が飛び出ていなかった。


「ねえ、ヒカリ。このまま僕と夫婦になっちゃおうよ」

「なりません」

「おやすみなさいのキスでもする?」

「しません」

「ふふ、堅いなぁ」


 セウスは体が暖かくなってきたのか、少しおっとりとした声で世迷い言をいい出す。


「今日、村のおじさん達と少し話せたね」

「ああ。やっぱりヒカリに手を繋いでもらっていて良かったよ」

「次は自警団と話せるようになるよ」

「……だと良いけどね」

「ゆっくりいこうね」


 そう言うと体が暖かくなっていたセウスは少し動いて私の頭にキスをする。


「ねえ、誰も見ていないから、キスなんてしなくて良いんじゃない?」

「僕がしたかったの」


 そう言って頭を元の場所に戻すと、もう目を開ける力もないのか、セウスからはすーっと寝息が聞こえ始める。私もその声にやられたのだろう。次第に目が重くなる。

 本当、良い気持ちだ。

 寝る時にこんなふうに思ったのはいつぶりだろうか。


 私とセウスは子供のような顔で夢の世界に落ちていった。








 ゆっくりと目を開ける。

 部屋の中は薄らと明るい。

 そっと目を天井へ向ける。どこも焼けていない。

 それに私の目の前にいるセウスもぐっすりと眠っていた。


 良かった。

 今日も問題なく眠れたんだ。


 目を頭上に向ける。

 セウスのあどけない寝顔が目の前にあった。



 一昨日の仮眠から起きた後、私達は色んな話をした。

 私は村を出て行った後の話を。

 セウスは私が村からいなくなった後の話を。


 お互いの話で問題として出てきたのは“睡眠”が安全に取れなくなってしまったことだった。

 だけど、その前の仮眠では二人の問題はさして出てきていなかった。

 私は魔素が飛び出ていなかったし、仮眠とはいえどセウスは夜なのにぐっすりと眠れていたのだ。

 そのことに気がついた私達は、もしかしたらということで、朝までもう一度その体制で寝てみた。

 結果は仮眠の時と同じように“熟睡”出来た。

 目が覚めた時にはお互いに信じられない顔を突き合わせていた。


 特に私はシキの婚約者の女性の顔を見てから、寝ている時に放たれる魔素の量が増えてしまっていたようで、それはカロスも周囲も手を焼いてしまっていた。それでなくても色んな人を夜中に働かせてしまう申し訳ない事態なのに、これ以上はと私は北城に居るのが辛くなってきていた。

 だからそれだけで問題なく眠れた昨日の朝は、セウスが救世主に見えたほどだった。


 村長が最初大反対したのは、同じベッドに寝るからと伝えたからだ。当然だろう。

 

 相手が誰でも良いのかどうかまではわからない。

 でも、セウスは私が寝られるのならばと承諾してくれた。

 いや、どちらかといえば私と一緒に寝たいからかもしれない。


 でも、寝られなかった二人が寝られるなんて、なんて合理的な方法なのだろうかと嬉しくさえ思う。お互いに睡眠を取るだけだから、相手にも負担を掛けない。最良の方法だ。

 安堵の息を漏らしていると、セウスの目蓋が動く。

 少しもぞもぞっと動くと、はっと目を覚ます。おや、朝の目覚めは良い方なのだろうか。


「あ、おはよう。ヒカリ。それで………」

「ああ、そうだったね」


 セウスと約束した内の一つに、朝は私が先に起きるという約束をさせられた。何でだろうと思ったけれど、特に考えずにベッドからもぞもぞと出ると、二階の部屋へ着替えをしに向かった。

 着替えが済むと一階にまた戻る。



 さてと、と私は台所に立つ。

 居候(いそうろう)をするのだ。もちろん働かせていただきます。

 手に持った包丁がキラリと光る。


 以前、一度だけここを使わせてもらったから、勝手は少しならわかる。

 食料棚から食材を探して台に置いていく。作るのは三人分だ。今までやっていた量と同じだから材料の使う量はわかる。ヤカンを火にかけると、今度は茶葉と器具を探す。わかりやすい場所に道具が置かれていて助かる。

 さすが優等生の家だ。きちんと整理されているなと感心する。


「おはよう、ヒカリ」


 セウスが後ろから抱きついてくると頭にキスをした。セウスも着替えてきたようで、もう寝巻きではなかった。


「何を作るの? 手伝うよ」

「本当に作れるの?」

「お、信じてないな?」


 私の家族の男達は双方作れなかったから、セウスが料理をするという話を話半分で聞いていんだけど、セウスは私の疑惑を解消するかのように、慣れた手つきでフライパンに薄切りの燻製肉を敷くと、その上に片手で卵を割っていく。塩をひとつまみしてパラパラッと撒く量は丁度良い塩梅だ。

 以前キツキに味付けを任せたら大変なことになった。

 セウスが料理が出来るという話はどうやら本当のようだ。


「ねえ、パンはコンロで軽く炙る? それともフライパンで焼いてるの?」

「うちは軽く焼いてからバターをつけて食べてるよ」

「ふーん。具材は挟む?」

「あー、それもいいね。確か葉物野菜が少しカゴに残っていたような………」


 セウスは後ろの棚にあったカゴの中を探すとあったよと台に置いた。


「ああ、二人ともおはよう」

「あ、おはようございます」


 村長が起きて来たようで、台所にひょいっと顔を出す。朝から村長はニコニコしていて、本当に良いお父さんという感じだ。


「あ、セウス。お皿はどれを使えばいいの?」

「ああ、えっとね……」


 セウスはここにあるよと棚から取り出してくると、手際良く食器を並べてくれる。

 セウスと二人で作るからそう時間がかからずに作り終えた。半分の時間で準備出来ちゃうとか忙しい朝には嬉しい限りだ。


 食卓では今日の予定を親子で話をしていて、午前はキツキ達の見送りをした後、セウスはどうやら倉庫にいくようだ。しばらくそっちの仕事を疎かにしていたから、せめて顔だけ出してくると言っていた。


「じゃあ、朝の片付けが終わったらノクロスさん達の見送りに行こうかね」


 食事を終えた村長はよいしょと腰を上げた。


<独り言メモ>

 長いから2つにわけました。


<人物メモ>

【ヒカリ】

 キツキの双子の妹。帝国のバシリッサ公爵。セウスと付き合うことになった。


【セウス】

 ナナクサ村村長の息子。死人のようだったけれど、ヒカリと付き合うことになったからか、以前のような好青年に戻る。


【村長】

 セウスのお父さん。おだやかな性格。



<更新メモ>

2022/02/04 誤字修正

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