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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
15/219

新たな流れ者1

 

 ダダーンッ!

 ダダダダンッ!


 東の森に響き渡る不気味な破壊音。

 というか、発生源は私だ。

 さっき振動に驚いたスライムが逃げていくのが見えたけど、今日は違う仕事をしているから、それを目で追うだけである。


「ヒカリちゃん、お疲れ。おかげで予定より早く進んでいるよ」

「そうですか?」


 そりゃ、よかった。


「大変なら休憩しても良いんだよ?」

「ぜーんぜん大丈夫です!」


 ここのおじさんお兄さん達は優しい。

 心配してくれる彼らに向かって笑顔で答える。

 だけど、まだまだ足りぬのじゃ。


 恨みを込めるように手をぐっと握って、拳に風魔素を(まと)わせる。それを渾身の力で殴りつけると、衝撃波で木は根本からビキビキに割れて倒れた。

 コツはとにかく全てを出し切る事である。

 少しでも心が揺らいだら、木は一発では倒れない。

 出来るだけ下を狙いたいところだ。


 別に八つ当たりではない。

 別にキツキに置いていかれたから()ねている訳ではない。

 護衛だって大事な仕事だ。


 決して。

 決っっっして、八つ当たりなんかではない。

 そんな事を何の落ち度もない木に対してする訳が無い。

 私は心の中でそう言い訳をし、自分を懸命に正当化する。


 私は村から半刻以上歩いた東の道作り工事の最先端にいた。

 つい先日も、スライム狩りをした時にお世話になった東の道だ。

 そんな場所に仕事として十人程の村人達と来ている。木を切る木工所所属の木こりさん、切った木を加工して道の左右に柵を作っていく大工さん、石を加工する石工(いしく)さんなどだ。

 そして私はその護衛を任されていた………はずだった。

 はずだったが、特に魔物の姿も見えないので、大変そうな木の伐採を手伝おうと始めた事だったのに、意外にも爽快で同時にみんなが手放しで褒めてくれるものだから、私はこの快感から抜け出せずに何本も何本も木を薙ぎ倒していた。


 だけど振り向けば、ギザギザになった切り株があちこちに散乱する。それは大きなスライムでも通ったのかというような惨状で、やり過ぎてしまったなと思った私は、キツキを()した木の討伐はここでやめておくことにした。


 私はふうっと一息つく。

 落ち着いて周辺を見渡せば、私が倒した木の切り株……いや、無惨に割れた木の根元を木工所のお兄さん達が引き抜いている。そして穴が空いてボコボコになってしまった地面を、今度は大工さんがシャベルで土を平らにした後、取手の付いた(きね)のような道具で叩いて固めていた。

 東の道づくりはこんな手作業だから、一日にわずかな道しか出来上がらない。そして天候と人員が揃っている条件下でしか作業をしないから易々と進まないこの道づくりだけれど、それでも村から長い道が出来上がっている。 

 終着点はどこかさえわからないが、長い間おじいちゃん達の代から村の住人が積み重ねた結果がこの道なのかと思うと、胸に迫る思いだ。


 切り倒して余った木材は一箇所に集められて積み上げられる。

 これは放置しているのではなく、休憩所を作るために所々で保管をしているらしい。

 東の森は北の森に比べれば魔物の発生数は少ないけれど、やっぱり村から離れると危険は伴う。それに、村からここまで来るのに一刻近くはかかってしまうから、そろそろこの辺りに魔物から身を隠せる小屋などを建てて、安全に休憩が出来る場所を確保したいのだそうだ。


「そろそろお昼かな」


 今日の工事のリーダーである大工さんは手を止めて周りの様子を確認すると、周囲に聞こえるような大声を上げた。


「おーい、休憩にするぞ!!」


 それを聞いた作業中のおじさんおにいさん達は手を止めて戻ってくる。一箇所に集めておいた鞄をそれぞれ手に持つと、今度は皆できょろきょろと座れそうな場所を探し始めた。

 彼らの視線の先には、横に積み上げられた丸太。横から見れば綺麗な三角形に積まれ、座るには丁度良い段差になっている。丸太の大きさも大人が座るには丁度良く、おじさん達もそう思ったのか、皆わさわさと丸太の山に向かって動き出す。

 そんなおじさん達に目を()りながら、私も自分の鞄を取りに行く。


 今日は平和だ。


 そんな事を考えながら鞄を持ち上げると、私も座れそうなところを探し始める。

 みんなが見つけた丸太の席はもはや満員御礼で、小娘の私にはそこで年上の男性達と密着しながらご飯を食べるには少し抵抗があった。


 どうしようかと悩みながら動かした視線の先に、とあるものが目に映る。

 それは開拓の最先端にあった、まだ引き抜かれていない切り株。

 木工所のお兄さんが切り倒したであろうそれは、高すぎず低すぎず、そして私の作り出したギザギザな切り株とは違って、切り口はとてもなだらかで、座るには丁度良さそうだ。

 私はみんなから離れ、その切り株に腰を下ろす。


 私の前方にはご飯を食べ始めているおじさん達。そして背後には午後から開拓する予定の森がある。

 ここならご飯を食べながら、みんなの安全を一目で確認出来るわ。

 今日は護衛で来ているし、こんな良い席はない。さすがは私ね。


 おじさん達が美味しそうにお弁当を食べる姿を見ながら私もと、今朝作ったお弁当を広げる。

 丸いパンの間には、味付けした肉を中心に、野菜と卵のペーストが挟まっている。

 よし、今日も美味しそうだ。

 出来栄えに満足しつつ、パンにかぶりつこうとしたその時だった。

 私は目の前がざわついている事に気がついた。ご飯を食べていたはずのおじさんたちが急に立ち上がって血相を変える。

 どうしたんだろうと皆を観察していると、リーダーの大工さんが叫ぶ。


「ヒカリちゃん、後ろー!!」


 後ろ?

 私はハッとする。


「………まさかっ?!」


 私は慌てて振り返る。

 前方ばかりを気にしていて、背後は安全とばかり思っていた。

 そんなわけない。ここは魔物が出る森に囲まれた場所。だから護衛が必要だったのに。

 おじさん達が焦ったのも頷ける。薄暗い森から飛び出てきたのは二体の魔物。一体は羽を持ち、もう一体は四本足の獣型。


 少し迷って風魔素を手に集める。一瞬得意な火魔素を使おうとしたけれど、“山火事”という惨事(さんじ)が頭をかすめて咄嗟に切り替えた。

 ここにキツキはいない。

 自分で慎重に判断しないといけなかったために、出遅れてしまった。

 それが災いした。

 腕を伸ばし、飛行型の魔物を鋭利な風で切り裂いたが、もう一体は出遅れた風魔素を易々と避ける。逃れた獣型の魔物は、間髪(かんぱつ)入れずに私に飛びかかってきた。


「くっ!」


 木に挟まれていた私は後ろに回転して敵の一撃を回避する。

 だけど次の瞬間、穴に落ちたかのようにガクンと視界が下がった。気付けば私はバランスを崩して尻餅をついていた。

 後ろに回避した際に、切り株の根っこがあったことに気付かずに思いっきり踏んでしまい、バランスを崩したのだ。


 それをチャンスとばかりに、魔物はもう一度牙を向けて襲いかかって来た。

 こんな至近距離で。

 飛び跳ねた魔物の体は、空を照らす太陽と重なる。私はその影に覆われ、縛られたかのように身動きが取れなくなってしまった。


 一撃を喰らう。


 だけどそう思った瞬間、魔物の体は宙で止まった。

 私は細めた目をそっと開くと、止まってしまった魔物の体をまじまじと見つめる。逆光で見えづらいけれど、魔物の右側に長剣が突き刺さっているのが見えた。その横には人影が。

 長剣で体を貫かれた魔物は、粉々になって風に散っていく。


 大工のおじさんが助けてくれたのだろうか。

 その人影も逆光で顔がよく見えない。

 剣を持っていた人影を見やると、銀色の髪が垂れ下がっているのが見えた。

 よくよく見れば、見たことのない質の良さそうな黒い服。

 こんな人、村にいただろうか?


「……大丈夫ですか?」


 声をかけられ、手を差し伸べられる。

 私は放心しかけていて、何も考えずにその手を掴んだ。

 相手は手を掴むと、私を立たせるつもりで腕を引っ張ったんだと思う。


「いたっ!」


 腰を浮かせようとした私の体は、足首あたりから鋭い痛みが走る。


「………まさか」


 これはキツキが怒るやつだ。

 こんな時にでもキツキの怒った顔が思い浮かぶ。


 骨にまで影響している怪我の場合、キツキの回復ではすぐには治せないからキツキはとても嫌がる。

 傷は時間を問わなければ治せるらしいのだが、骨は治せないとサジを投げる。

 治す速度を早める事と痛みを和らげることしか出来ないそうだ。

 あと風邪や病気は治せないから寝ろと言われて終わる。


「もしや、足を痛められましたか?」


 私を助けてくれた人は、驚いたような声を出すと膝をついてしゃがんだ。

 さっきまで逆光でよく見えなかった顔が目の前に現れる。



 ………うわぁ。



 黄金色の瞳に銀色の髪、スッとした鼻筋に細く艶やかな唇、感情があまり見えない表情。キツキの顔を見慣れている私でも、一瞬(ほう)けてしまった。

 名誉のために申し上げておくが、自画自賛ではない。


 そう、綺麗な人なのだ。

 大人というよりは、お兄さん達ぐらいの年齢だろうか。青年と呼ばれる年齢の男性が、じっと私を見つめる。その目に不覚にもドキッとしてしまう。

 私が固まっていると、おじさん達が駆けつけて来た。


「ありがとうございました! 良かった、ヒカリちゃん。怪我は………あ、動けないのかい?」

「うん、足が」


 みんなで私の足を見る。動かせないのは左足のようだ。


「……この近くに街がありますか?」


 青年は上目遣いで大工さんを見る。なぜか大工さん達の顔が赤い。


「ここから一刻ほど歩いたところに、我々の村があります」


 青年は少し考えると、立ち上がって私の横に移動すると、もう一度膝をつく。

 手を私の背中と膝の下にまわしたかと思えば、私を一気に持ち上げた。


「え?!」


 突然のことに驚いてしまう。

 こんな抱っこをされたのは初めてだ。

 おばあちゃまから子守唄代わりに聞かされていた、王子様とお姫様の物語の出来事のような事が自分の身に起きている。

 普段から女の子扱いなんてされない私はドキドキするけれど、抱き上げている男性は当然といった様子で知らぬ顔だ。


「私が彼女を運びますので、案内をいただけますか?」


 私を軽々と抱える青年は淡々とした表情で周囲に呼びかける。だけど数人のお兄さん達は眉間に皺を寄せ、何処か気まずそうにお互いの目を見交わす。

 私としては恥ずかしいから降ろして欲しいけど、帰る手段が他に見つからないから大人しく従うしかない。


「お、おいっ! 撤収するぞっ!!」


 リーダーの大工さんの慌てた声に、みんなは一斉に撤収作業を開始する。あちこちに散らばったままの道具は一箇所に集められ、広げられたお弁当も荷物もまとめられる。 

 帰り支度はあっという間に済んでしまったけれど、今日の工事がここまでになってしまったのを目の当たりにすると、私の胸には悔しい思いが広がる。いつになれば人に迷惑をかけずに一人前になれるのか。

 そんな私の顔を見て勘違いしたのか、さっきまで淡々とした表情だった青年は「痛みますか?」と、心配した面持(おもも)ちで私の顔を覗き込む。


 ………近い。


 村の女の子達がキツキを遠巻きに見て、頬を赤らめたり黄色い声を上げているのを今まで奇異(きい)なものの(ごと)く見ていたけど、謝ります。ごめんなさい。

 これは赤くなる。


 迫る青年の顔に、自分の顔がどんどん熱くなるのが嫌でもわかった。

 初めての体の変化に、自分でも戸惑ってしまう。

 そうか。キツキを見ている女の子達はこうなるのか。

 妹の私には全く、全然、微塵もわからなかった。

 私はこれ以上青年と目を合わせられずに、目蓋を下げた。


 家族とノクロスおじさん以外の男性に抱き上げられるのは、生まれて初めての経験だったからなのだろうか。

 私の体は血が走り、胸は高鳴りをあげ、心はざわついた。 

<人物メモ>

【ヒカリ】

ナナクサ村のスライムハンター。変わった能力「魔素」を操る。


【キツキ】

スライムハンター。ヒカリの双子の兄で、ヒカリと同様「魔素」を操る。


【謎の青年】

東の森で突如と現れた銀髪金眼の青年。



<更新メモ>

2024/01/13 加筆、人物メモの更新

2021/06/12 文章の修正



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