故郷をつなぐもの4
トントントントンッ
俺は今度は一体何を見せられているのかと思いながら、食堂の様子を木箱に腰を掛けながら眺める。
頭に三角巾をつけたフィオンが流れるような包丁捌きを見せているのだ。
エルディにあれこれ取って来てと命令を下し、二人はいつもとは真逆の立場を見せていた。
シュパッと切った材料を鍋に流し込む様は流石の一言だ。
水魔素の入った魔石をおたまでココンッと叩いて水を出すと、ちょうど良いところでもう一度コンッと叩いて水を止める。
近衛四人を船の甲板の見張りにして、残りは食堂で夕食の準備を始めたのだが、船に載せられる人員に限りがあったため、ここには専門の料理人を連れてきてはいない。料理を作れる人間なんか考慮していなかったなと心配していたのだが、意外と近衛の中には料理が出来る人間がいた。そしてうちの護衛も。騎士と言っても仕事柄こうやって野宿する場合もあるので、騎士学校で炊事の基本は習うらしい。
乗組員の中にも料理担当者は数人いたが、フィオンの手捌きを前に絶句して全員ひっこんでしまった。
俺に料理の才能はない。
頬杖をつきながら、船の食堂で食事が作られていく様子をみんなの輪から離れて眺めていた。
そういえばおじいさまも料理は出来ない人だったな。もしや俺の料理スキルが壊滅的なのは、おじいさまの遺伝なのだろうかと、フィオンの包丁捌きや手際の良さを眺めながら、責任転嫁のような考えを肯定しながら自分を慰めていた。
もう一度台所に目を向けると、フィオンが近衛相手に台所を仕切り始める。火加減が弱いとか、混ぜ方が弱いとか、塩味が足りないとか、何分後にこのハーブを入れるとか。余りの細かさに何者なんだよと心の中でツッコミを入れつつ、フィオンの奮闘ぶりを眺める。
「フィオン、お前は台所の仕切り屋だったんだな。知らなかったよ」
「? いいえ。自分で作れば好きなものが食べられるではないですか。嫌いなものは入れません」
仕切り屋でも監督でもなく、ただの子供のわがままだったのだと知ってしまう。
俺が呆れた顔で今度は大きな魚を捌き始めるフィオンを眺めていると、エルディが寄ってきた。
「フィオンの奴、料理が出来るんだな」
「ええ、マルコも出来ますよ。ダウタ砦では二ヶ月に一度は野宿や野外戦の模擬戦もしますからね。食材だって探してきます」
「そんな事もするんだな」
「混乱した戦場では食料が届くとは限りませんのでね。特にうちは前線です。日頃から最悪の状況は覚悟しておかなければいけませんので」
にっこりと笑うエルディの口からは生々しい話が出てきた。
確かにダウタはサウンドリア王国と隣り合っていて、国境を守っている領地だ。エルディだってフィオンだって有事の際には剣を持って戦うのだろう。それが当たり前の場所で育ってきたんだと、改めて思い出させてくれた。
台所にいるフィオンに目を向けながら、俺がダウタを戦場にさせないよとぼそりと言うと、エルディは声をあげて笑った。
「美味い」
俺の顔は輝く。特に魚の揚げ物が上手い。
「オカワリありますから」
三角巾をつけたままのフィオンが俺の皿に揚げた魚を追加で入れる。そのままトングをカチカチとさせて俺のように魚を平らげた皿を探して歩き回っていた。
人員の半分が先に食事をしている。交代交代での食事だ。
俺達はともかく、上品そうなカルディナ伯が、こんな野戦まがいな船での食事をどう思っているのかと気になって目の前に座る彼の様子を盗み見るが、無言でフィオン達が作った料理を口に運んでいた。
「カルディナ伯爵、明日は船を降りて森の中を歩きます。しばらく歩くことになりますので、出来るだけ動きやすい服でお願いしたい。荷物も一泊程度の荷物でお願いします」
「わかりました、リトス侯爵。お気遣いありがとうございます」
カルディナ伯爵は、端正な顔を更に整えた笑顔で返答をしてきた。
本当に何だって彼はこんな魔物がいる場所に来たがったのだろうか。興味本位だったのなら、鬱蒼とした島を見るなり船に残ると言いそうなものなのだが、彼は森で覆われた島を目の前にしてもそれを驚くどころか、その奥に早く進みたいと言わんばかりの顔で、船から島を眺めていた。
その様子は少し気になるが、堅実的で伯爵位の彼が、何を求めてここまでついてきたのかを知りたいという興味が少なからず湧いてきていた。
食事を終えた俺は甲板に出る。
夜だから魔物が来ていないか気になったからだ。
だけど、思っていたよりも安定していた外の状況に胸を撫で下ろし、気を緩めない近衛達の横顔を見ると、俺の出番は少なそうだと甲板のど真ん中で仰向けになって寝転ぶ。
星が綺麗だ。月の大きさも少しずつ元の大きさに戻ってきていた。
今はナナクサ村のある島の、東の海岸近くに船を寄せている。
カロスのおかげで渡るのに苦労するだろうと思っていた海も、難なく超えてこられた。あっという間で、ここと帝国が離れているだなんて思えないほどだった。
波がぶつかるたびに揺れる船の揺れに身を任せると、肩にかかっていた力が少しずつ緩んでいく気がした。
もう少しでナナクサ村に帰れる。そう思って目を閉じた。
「へっくしゅんっ!」
「おや、キツキ。風邪ですか?」
「大丈夫だ。少しむずむずしただけだ」
朝早くからカロスが船にやってきていた。
寝ぼけた頭でカロスの声を聞いた俺は、条件反射のようにベッドから飛び起きて服がはだけていないか確認をしたのだ。
流石はカロスだ。たった一回で俺の寝起きの悪さを治した。
昨夜はあのまま、エルディが迎えに来るまで外の甲板でうたた寝をしてしまっていた。スライムの革布で出来た外套を着ていたので、そう寒くはなかったのだが、隙間から入った冷たい風が体の局部を冷やしてしまったようだが、熱は出ていない。
体は大丈夫だ。
島へ渡る準備を始める。
明け方に見張りをしていた四名は船に置くことにし、そのまま船の護衛をしてもらうことにした。
俺についてくる近衛は八人で、内の二人を魔物の心配から、カルディナ伯爵につけた。
カロスになんて護衛は必要無いだろうし、エルディとフィオンも自分の身ぐらいは守れるだろう。
「じゃ、いくか」
それぞれに荷物を持った俺達は、魔法陣の足場を作り出して島に降り立つ。
昨日、カロスが切り倒した木々の先を見据える。
遠くまで見えるけれど、ずっと森だけが続いていた。
村までは遠そうだ。
セウスさんの魔素を取り出すと、カロスが切り開いた道を真っ直ぐに流れていく。
「このまま進めば良さそうだな」
だけど、歩くのに邪魔な木々を倒してくれたのはいいが、地面には切られた丸太と切り株が大量に残っている。これは歩くのが大変そうだと思っていると、近衛の一人が手を前に出して、俺達の足元に魔法陣を作り出して次々に浮かす。それを見ていたもう一人の騎士も浮遊魔法を発動させていく。どうやら全員を浮遊させてそのまま移動させるつもりのようだ。確かにそれなら、丸太と切り株に躓く心配はないし、疲労もしない。
ここからどのぐらいの距離を歩くのか分からないから、大いに助かる配慮だった。
「カロスも手伝えよ。風魔法使えるし、魔力も有り余っているんだろう?」
スライムに吸わせたいほど魔力が有り余っているカロスに手伝いを要請するが、私をそんなことに使うのはあなたぐらいですよと、トゲトゲしい視線を俺に送るだけで対応しようとしない。昨日は頼みもしない面倒な船の移動をしてくれたのだが、全くこいつのやる気スイッチはわからない。
俺は魔法陣を出している近衛二人の横に移動すると、彼らの肩に手をかける。
「何をなさっているのですか?」
カロスは不思議そうな顔で聞いてくる。
「お前が手伝わないから、俺の魔力を渡そうとしてるんだよ」
「は?」
「は? じゃない。二人でこの人数を運んでたら魔力が尽きてしまうだろうし、尽きてもらっても困る。だから俺の魔力を渡して、彼らに補充してもらうんだ」
「そんな能力がおありなのですか?」
「ああ、生まれた時からな」
相当変なことを言ったのか、全員が俺を見て押し黙る。
「後でその能力を確認させてくださいね」
「働かないお前に魔力は分けてやらん。もったいない」
手伝わないと言った奴に配魔してやるほど俺もお人好しではない。カロスは悔しいのか意味ありげな視線を俺に送ってきていた。
あっという間に村の東の道の最先端に辿り着いた。
俺たちは足を地につける。
所々に切れていなかった森の木を、カロスは進むごとに切り倒してくれたのだが、カロスは木を切る度に配魔して欲しいのか、俺の顔をチラチラと覗き見ていたが、俺は見なかったフリをした。
「キツキは意外とケチですね」
カロスはミニスライムを撫でながら沈んだ顔で東の道を歩く。
「俺の配魔は、働く奴にしかやる気はない」
「私の華麗な伐採を見ていなかったのですか?」
言葉的にはあまり頑張った感じはしないが、上陸地点から村の近くである東の道まで邪魔になる木々を切り倒してきたのだ。お礼にやってやっても良いのかもしれないけれど、大きな船を一人で操ってきた奴がその程度で魔力が尽きるとは思わないし、それにカロスに植え付けられた反射的な朝の目覚めに恨みがあるから、今のところはカロスの要望に応える気はない。
無駄に魔力を渡す必要もないだろう。
東の道を半分ほど歩き終えた頃、俺は先頭を歩くとアデルに伝える。
そろそろ村の東門の櫓が見えてくる。知らない人間の集団が近付いてきたら驚くだろうから、俺が前を歩くと言ったのだが、近衛達から危険だと反対の声が上がる。あっちからもこっちからも収集のつかない反対の声が上がり、俺は面倒臭いとばかりに大声を出す。
「俺が先頭だ!」
睨みつけると全員押し黙る。
本当に手がかかる殿下ですねと、ミニスライムを撫でながらカロスはカルディナ伯爵と共に、俺たちから一歩離れて見ていた。
先頭を歩く権利を手に入れ俺は意気揚々と歩き出す。後ろからは不満顔の護衛達がついてくる。
「先に言っておくが、この先に人間がいるとすれば俺の出身の村人だけだ。だから彼らが俺に近付いて来ても止めることも襲うことも許さない。いいな?」
不満顔の護衛達は、不満顔で返事をした。
過保護達め。
村の東の櫓が見え始める。
知らぬうちにドクンドクンと胸が高鳴りをあげていた。自分の村に帰ってくるのに、こんなにも緊張するだなんて思ってもいなかった。
櫓の上に見知った顔が見えると、俺は右手を高く揚げる。すると、櫓にいた自警団員も少し時間はかかったものの、俺だとわかってくれたのか同じように手をあげてくれた。その姿が嬉しかった。
東門に到達する前に扉が開く。
そこからノクロスさんが血相を変えて出てきたかと思えば、走って俺達一行に近付いてきた。
俺はあげていた右手を斜め下におろすと、後ろの護衛達に手を出さないようにと制止の合図を送る。
少ししか経っていないはずなのに、ノクロスさんは少し老けたように見えた。
俺の前まで走ってくると、膝をつき右手を胸の前にかざす。
「お帰りなさいませ、キツキ殿下」
「やめてください、ノクロスさん。今まで通りキツキと呼んでください」
ノクロスという言葉に反応したのか、後ろの集団がざわつく。
「このお姿を、ライラ殿下とオズワードさんにお見せしたかっ……」
顔を上げたノクロスさんの目には涙が溜まり、口は震えて声を詰まらせる。ノクロスさんは口元に手を当てると目を固く瞑り、何かを言いたげだったが押し寄せてくる感情を整えるのに必死な様子で、上手く喋ることができなかった。
俺は膝をついてノクロスさんを立ち上がらせようとした時だった。
後ろの列から俺達の元に駆け寄る男性がいた。
その動きに驚き、誰かと思いその顔を見るとカルディナ伯爵だった。顔は涙で濡れている。
俺はその姿に呆気に取られたが、後ろの近衛達の動きを察知し直ぐに制止する。それぞれの手には剣と魔法が発動する寸前だった。カロスの手にもだ。
彼らが止まったのを確認し、目の前で膝をついたカルディナ伯爵をもう一度見る。
ノクロスさんも急に目の前に現れたカルディナ伯爵に驚いた表情を見せた。
カルディナ伯爵は、ノクロスさんの手の上に自分の手を重ねる。
伯爵がぐっと目を瞑ると、彼の目から大粒の涙が溢れ落ちた。
「お会いしたかった……父上………」
涙で顔を濡らし、項垂れたカルディナ伯爵の口からは、俺とノクロスさんの再会以上の衝撃的な言葉がこぼれ落ちたのだった。
<連絡メモ>
短いのとキリがいいので、投稿します
<人物メモ>
【キツキ】
ヒカリの双子の兄。祖父の実家を継いでリトス侯爵となる。今回、生まれ故郷であるナナクサ村に戻って来た。
【カロス/黒公爵(カロス・クシフォス)】
帝国の宰相補佐。黒く長い髪に黒い衣装を纏った男性。キツキの故郷の村に一緒について来た。
【エルディ(エルディ・ダウタ)】
カロスに引き抜かれてキツキの側近となる。辺境伯であるダウタ伯爵の次男。何事も器用にこなす働き者。キツキの一つ年上。
【フィオン(フィオン・サラウェス)】
ダウタの元兵士。キツキからの依頼でエルディに呼ばれ、ヒカリの護衛役となる。
今はヒカリがいないので、キツキ付きの護衛をしている。意外にも料理が得意。
【カルディナ伯爵(ハレス・カルディナ)】
キツキの砂漠の道へ多額の寄付をしている伯爵。資源豊かな領地を持っている。今回のキツキの目的地であったナナクサ村に一緒に連れて行って欲しいとお願いをしていたが、その理由が少しずつ明らかとなってきた。
<更新メモ>
2022/01/14 修正忘れを修正……