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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
138/219

故郷をつなぐもの1

挿絵(By みてみん)

 ****





 穏やかな坂を上り、毎日倒れる一歩手前まで調整しながら魔素を身体中から取り出して、くったくたになった俺の目の前に現れたもの。

 それは山の山頂に辿(たど)り着いた時に見えた。


 砂漠と砂の色のない世界に慣れてしまった俺の目は、目覚めたかのように色を取り戻す。

 光を伴う青が眩しい。


「海ですね」


 俺の横にいたエルディが呟く。

 そこから吹き上げてくる風は少し強く、海の匂いも運んでくる。

 なんだか急に別の世界に到達した気分だ。

 ゆらゆら動いている水面の青は浅くも深くもなり、気を緩めるとずっとそれを目で追いかけてしまう。


 ようやく西の海にたどり着いた。


 砂漠の道を作り始めてから既に一ヶ月以上が経とうとしていた。

 大貴族院で宣言をしてから、期限の半分以上を使ってしまっている。


 帝都から真西にある西地についたからといって、時間の余裕はない。


 雪や寒さが収まり、最近では少し暖かい陽気の日も出て来た。

 もう少しで春がやって来そうだ。

 俺は海の上の空を見上げた。





 俺達は、最後の拠点となる高台の上に建つリヴァイア城に到着した。山頂から少し下がったところにその城はあった。

 周囲は依然と砂や岩だらけなのだが、それでも遠くまで海を見渡せるここは絶景だ。

 リヴァイア城から海までは、登って来た東側の穏やかな坂とは違い勾配がキツそうだが、そのおかげで城から海までの距離はそう遠くはない。


「あと少しですね」

「ああ」


 リヴァイア城に入る頃には、俺達の一行は大集団になっていた。

 道づくりの人員以外にも、建築で呼んだ人や船に関わる人など、最終的な人員が合流し、更には誰が送ってくれたのかはわからないが、帝城から上級騎士の小隊もリヴァイア城に到着した。

 小隊と言っても百人を超える上級騎士達が合流し、顔合わせが済むと半分を残して分隊となって各拠点である領地邸へ護衛に赴いてくれた。

 おかげで安全面の心配はだいぶ軽減された。



 これからは道だけでは無くて建物の建築に入る。


 無理を押してまで、西の海までやってきた理由は簡単だ。

 ここに『港』と『街』を作る。

 いずれは交易というものが出来れば良いが、今はそんな理由ではない。

 『スライムが祖父母とシキさんを連れ去った』という、シキさんのあの大貴族院での発言を証明するためだ。


 そのためには……


 食事の時間外であるリヴァイア城の食堂で、中央の大きなテーブルに座りながら、手からセウスさんの魔素を出す。

 帝都からは西に流れているように見えたが、ここからでは若干北に流れた。


「ティノ、この辺りに港を作って、この平地が多い場所に街を作りたい」


 テーブルに地図を広げて、指でさしながら地形士のティノに俺の希望を伝える。

 ティノは地図と手持ちのメモを交互に見ると、白い紙を地図の上に載せて、地形に沿いながら簡易な図を書き出したかと思えば、海側に何やら突き出した構造体を描いていく。


「ティノ、それはなんだ?」

「波止場です。大型のキャラックが停まると聞いたので、少し大きめに作ったほうがいいかと思いまして」

「結構な材料が必要そうだな。エルディ、材料の発注は出来ているのか?」

「はい。おおよその範囲でですが、このサイズでしたら材料は足りそうです。ただ」

「ただ?」


 エルディは俺に笑顔を向ける。


「材料費を抑えるために木材や石材類の発注は少し抑え目にしてあります。ですので、キツキ様。足りない分はよろしくお願いします」

「はいはい、作ればいいんだろ」


 どちらにせよ時間がないから、船を停めるための最低限の埠頭の建造物は魔素で一気に作るつもりでいた。正式なものは後で作ればいいと。

 エルディは俺の使い方がわかってきたようで、最近では俺が作り出せるものは準備をしておかない。その度に経費を抑えるためだという。

 確かに当初あった寄付金は尽きかかっているが、回顧派の貴族達がだいぶ手を回してくれたようで、少しずつ各方面から寄付が流れて来ていてこの状況を維持できている。


 街灯に使うための魔石に火魔素を入れる作業は中止している。

 ヒカリがいない今、俺だけではお湯にするための魔素だけでギリギリだ。道づくりで地魔素を出すのに体を酷使することもあって、これ以上の無茶は出来なかった。



 今後の打ち合わせが終わって執務室に戻ってくる。

 ここも注文通り、イリヤは落ち着いた家具で整えてくれたようだ。

 息をついて執務机の椅子に腰をかける。

 席の近くにある窓からは青い海が見える。風のない室内から見る海はとても穏やかに見えた。


 やっと最終拠点まで到達出来た。それと同時に港と周辺の施設の建設が始まる。

 そろそろカロスを呼んで、船を移動させる予定と算段を相談しないといけないだろう。

 天井を見上げながらふーっと息を吐く。

 そういえば、あいつをどうやって呼び出せば良いんだ?

 今はヒカリもいない。

 落ち着いて考えてみれば、一番重要な事を準備していなかった。

 今から帝城に使いを出して間に合うだろうか。


「キツキ様、スライムはいかがしますか?」


 クシフォスの護衛がミニスライムを抱えて部屋に連れてくる。


「ああ、この部屋に放っておいてくれ」


 護衛の手から放たれたミニスライムは、自由になると部屋の中をポーンポーンと跳ね出す。それを目で追うと自然と体は立ち上がってミニスライムに近付いていく。今度はしゃがみ込んでむぎゅむぎゅっと無心でミニスライムを触りだした。

 ミニスライムが少し嫌がっているようにも見えるがお構いなし。


 最近はこれが癖になってしまって気持ちがいい。


 馬の手綱や、時々現れる黒い人間を斬るため剣を持つことが多くなり、厚くなってしまった手の皮を、スライムの皮は柔らかい体で癒してくれる。

 でもミニスライムを触る時間が増えたのは、それだけではないのかもしれない。

 いつも側にいた、言い合いをする相手がいなくなった寂しさを埋めてもらっている。それにミニスライム相手に話しかけることが多くなった。スライムなのに。


「お前はどこにもいくなよ」


 ぽつりと呟く。


「寂しいことをおっしゃいますね」


 後ろから声がする。誰もいないはずの部屋の中から。

 バッと振り向くとそこには黒いローブを着た人間が、屈みながら腕を組んで俺とミニスライムを見下ろしていた。ミニスライムは俺が手を離した隙に逃げ出す。


「うわっ! カ、カロス?!」

「そろそろかと思って参りました」


 俺の驚いた姿を見てふっと笑う。

 その前に、勝手に部屋に入るなよと睨むが、この男にはそんなことは通じないだろうな。


「よくわかったな」

「帝都から流れる物資や人の流れを見れば大体」


 こいつには俺達の状況は筒抜けか。


「………ヒカリは元気か?」

「……一応」

「そうか、手を煩わせて悪いな」

「そう思うのでしたら、彼女をくださってもいいのですよ? あんな中途半端な手紙ではなくて」

「はは、あれが限界だ」


 俺は力もなく笑った。


「近衛の試験はもう少しか?」

「……あと二ヶ月後ですね」

「そうか」


 俺はそんなことをカロスに聞いてどうしようとしたのだろうか。

 こんな気持ちのままじゃ駄目だよな。

 ぐっと気持ちを持ち上げるとカロスを見上げる。


「船を移動させる予定を組みたいんだが、いつ手が開く?」

「予定、ですか」

「そうだ。数日かかるだろうから、おまえの……」

「半日かかりませんよ」

「そうか、はんにち…」


 ん?

 もう一度カロスの顔を見る。見開いた目で。


「何が、半日だ?」

「船の移動に半日もあれば十分ですと言ったのです」

「は?」


 俺は硬直する。

 東の港町とはだいぶ距離がある。だいぶというよりも、国の東西真反対にある場所だ。今まで作ってきた道なんかよりも長く遠い距離だ。

 何を考えているのだろうか、この男は。


「本当に半日か?」

「くどいですね。半日ですよ」


 カロスは俺を冷ややかな目で見る。


「本当に?」

「もう(やかま)しいと言ったほうが良いですか?」


 カロスは次第に面倒臭そうな顔になっていく。


「何でしたら一日休みをとって、半日はそのスライムをお借りしてもよいのですよ?」


 こいつはまだ俺のミニスライムを諦めていなかったのか。


「わかった。でも念のため一日空けておいてくれないか?」

「忙しいのですが仕方ありませんね。余った時間はそのスライムをお借りしますからね」


 俺もくどいが、こいつもくどい性格だ。







 所変わり。

 暖かかった部屋とは違い、海から吹き上げる冷たい風が頬を叩き目を細める。

 カロスには今日の午後にもう一度顔を出すようにお願いをしておいた。

 スライム革の外套のフードを深くかぶせて寒さも風も遮るが、顔面までは防ぎきれなかった。

 顔が痛い。


「エルディ、体は大丈夫か?」

「少しの間でしたら」


 そう答えたエルディは寒そうだ。視線を周囲に流しても、他の者も寒さが辛そうだ。

 特に今日は風がどうも強い上に、空は雲が集って陽の光を遮っている。

 こんな時に、スライムの外套か革布を配ることが出来ればなと思うものの、それはこの帝国では夢物語だろうとため息をつく。こんな天候で寒さが厳しい日なのに、それでも工事を止めることは出来ない。


 もう少しなんだ。 


 目の前は波の音が途切れることを知らない。近くにいるとそれが余計にわかる。強い波が岩に叩きつける音と、岸まで乗り上げて来た細波(さざなみ)の音が寒さに拍車をかけている。

 皆を疲弊させてしまう作業は早々に済ませてしまいたい。


「ティノ、ここでいいか?」

「はい、まっすぐお願いします」


 俺は手をまっすぐに出すと、海から飛び出る石の円柱を岸から海に目掛けて左右に並べながら等間隔に造り出す。


「こんなもんか?」

「良い大きさです。あ、あそこの石を………」


 俺はティノの持っている設計図を見ながら二人であーだこーだと言いながら、桟橋に必要な土台を築き上げていく。


 俺達の後ろでは先に用意しておいた材木で、作業員達がすでに桟橋の足場を作る加工作業に入っていた。

 彼らの周りには何箇所かにレンガで囲って簡易に作った暖房用の焚き火がガンガンに燃えているのだが、俺も火の勢いが止まらないようにと、時々魔素で薪を作り出しては放り投げる。

 それでも申し訳ないぐらいに寒い。

 俺は外套から手を出せないほどだ。


 だいたい冬はヒカリの出番で、俺は家の暖炉の前でくつろいでいるのが本来の冬の正しい過ごし方だ。ヒカリは体に火魔素が有り余るせいか、俺よりも寒さに強い。逆に夏は弱く溶けた氷のようにだらんとしている。


 土台を作り終えた俺は、作業員達が作り終えた桟橋の板を、風魔素で持ち上げて陸から土台に向かって材木を下ろしていき、数枚板を置いたところで作業員達が釘や紐で繋ぎ合わせていく。


「リトス侯爵、あとはこちらでやります」

「そうか。簡易でいいんだが明後日までに使えるようにして欲しい。できるか?」

「はい」

「では頼んだ」


 俺はヘイブに工事の指揮を任せて、エルディ達と城に向かう。


「エルディ、船に載せる荷物の準備と船に乗り込む作業員と関係者への声掛けをしてくれ。数日で出る」

「かしこまりました」

「あと、今日と明日は外泊をする。明後日の昼までここを頼むな」

「え、どちらにお泊まりになるのですか?」







「はい?」


 カロスは約束通りに昼には来てくれた。

 俺の肩には鞄が掛けられている。シキさんがナナクサ村から持ってきてくれた鞄だ。それに宿泊用の荷物と少しのお金を入れた。

 カロスは俺の姿を見て疑問を投げかけたのではなく、俺の依頼と予定に対して疑問を投げかけてきたのだと思う。


 カロスには東の街に送って欲しいと伝えた。そして二日は東の街にいるとも。船の様子を見に行きたかったからだ。ヒカリは今いないので派遣もできない。


「護衛はどうされるのですか?」

「二日だけだ。そう大事(おおごと)にするな」

「大事ですよ」


 カロスの眉間に皺が寄る。


「近衛をせめて二人は連れて行ってください」

「二人でいいのか?」

「ええ、今日明日は私が護衛をします」


 なんだと?


「いや、そんな待遇(サービス)はいらない」


 かなりいらない。背中に冷や汗が流れる。


「いくら私でも十人以上の人間を遠くの同じ場所に送るのは大変です。そこまでやる義理はありませんから」

「なら、お前が護衛をやる義理もないだろう」

「いい加減、ご自分の立場をおわかり下さい。あなたに何かあれば責任が私にも及ぶのですよ。他人事ではないのです」

「でもお前、民間の宿泊施設に泊まれるのか?」

「何をおっしゃいますか、領地邸ですよ。それ以外は許しません」


 カロスは当然と言わんばかりの顔だ。

 領地邸、それは遠慮したかった。

 肩っ苦しいご飯は嫌だ。

 俺はヒカリとフィオンのみたいに、この国の民間の食堂に入ってみたかったのだ。

 二人の土産話を聞いてから、そういえば俺はこの国に来てから自由に店を選んで、食事も買い物も宿泊もした事が無いことに気がついた。


 あのヒカリだって、シキさんやフィオンに手伝ってもらいながらやったんだ。

 俺だってヒカリが出来たことが出来ないだなんて嫌だ。

 そして少しは目新しい事を体験したい。

 俺は決意するとグッと目の前の強敵を睨む。


「自由に街を歩かせてくれ。それがお前を護衛にする条件だ」

「なら帰ります」

「わぁ! 待て、じゃあ、夕食だけでも!」

「帰ります」

「わぁぁ! 駄目か?」

「駄目です」


 カロスの表情は変わらない。

 やはり俺の睨みでは倒せなかった。


「では、一日スライムを貸し出してやる。それでどうだ?」


 カロスの顔色が変わったかと思うと、直立したまま動かなくなる。どうやら深く考え込んでいるようだ。

 その間にもカロスの睨みは鋭くなる。

 まだ返事は返ってこない。どうやら相当悩んでいるようだ。


「……今日の夕方と夕食だけですよ。あと一人行動は許しません」


 カロスが折れた。

 俺の睨みよりもスライムの魅惑ボディの方が強かったようだ。


 フィオンに俺の部屋からスライムを連れて来るように指示を出す。

 その間に、アデルに連れて行く護衛を決めさせた。

 フィオンが戻ってくると、連れてきたスライムをカロスに手渡す。


「もう一度説明するが、剣や尖ったもので刺すなよ。あと魔力は吸収するからな。」


 スライムを手に持ったカロスはその感触に驚いたのか、ミニスライムを凝視する。

 暫くするとミニスライムを揉み始める。その手は止まらない。


「ほら、貸したんだから早く東の街へ連れて行ってくれ」


 カロスは思い出したかのように俺を見ると、脇にミニスライムを抱える。しばらくすると四人の足元にいつもより大きな三角形の魔法陣が出現した。

 足元の魔法陣が回転したかと思った瞬間、目の前にいたエルディ達が見守っていた城内の景色は暗闇に変わった。


<人物メモ>

【キツキ】

 ヒカリの双子の兄。祖父の実家を継いでリトス侯爵となる。

 大貴族院での発言以降、西の砂漠地帯に道をつくり続けて、とうとう帝国の西の海へ到達した。


【ヒカリ】

 キツキの双子の妹。祖母の爵位を継いでバシリッサ公爵となる。

 恋愛に対しての謎防御力の強い女の子。今はカロスに預けられて北城にいる。


【カロス/黒公爵(カロス・クシフォス)】

 帝国の宰相補佐。黒く長い髪に黒い衣装を纏った男性。魔力が異次元すぎて一部から敬遠される。キツキを陰ながら補佐している。

 ヒカリに好意を寄せる将軍の愚息。


【エルディ(エルディ・ダウタ)】

 カロスに引き抜かれてキツキの側近となる。辺境伯であるダウタ伯爵の次男。何事も器用にこなす働き者。キツキの一つ年上。


【フィオン(フィオン・サラウェス)】

 ダウタの元兵士。キツキからの依頼でエルディに呼ばれ、ヒカリの護衛役となる。

 今はヒカリがいないので、キツキ付きの護衛をしている。


【アデル・ポートラー】

 キツキ専属の近衛分隊長。


【ヘイブ・ロベール】

 砂の道では作業管理者。


※添え名は省略



<更新メモ>

2022/01/15 加筆、人物メモの修正

2022/01/11 人物メモの修正

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