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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
131/219

漆黒と白銀2

 ****





 カタンカタンと小さな音に気がついて目を覚ます。

 遠くで誰かがどこかの部屋の扉を開け閉めしている音だなと、ボ〜ッとした頭で考える。

 部屋の中は薄暗い。けれども夜中という感じでは無いのはわかる。


「今、何時だろう」


 そう思って外の明るさを見ようと窓を探して首を横にすると、山になっていたであろう数個のクッションが崩れかかっていて、寄りかかっているのか埋もれているのか判らない状態のカロスが私の隣で寝ていた。

 ベッドのヘッドボードと彼の体の間にクッションが挟まっているのを見ると、寝る前まではそこに寄りかかりながら座って書類を見ていたのだろう。意識の無いカロスの手からは書類が(こぼ)れている。

 彼の膝は書類で覆い尽くされ、私の上にも数枚流れ落ちてきていた。


 窓の外は明るそうだ。カーテンの隙間に見える外の色は部屋の中よりも明るい。

 周囲を見回してどこにも燃えた形跡がない事を確認すると私はほっとした。


「良かった」


 少し疑っていたけれど、“魔力を吸魔させる方法”で自然と飛び出てしまう魔素の発生を抑えたようだ。

 私の声に気が付いたのだろうか、カロスの体がピクリと動く。

 うっすらと開いた目蓋の奥の黄金色の目と私の目が合うが、カロスはポーッとしている。


「おはよう、カロス」


 挨拶するけれどカロスから返事は返ってこない。

 目を少し擦ったカロスは私をもう一度見る。


「おはよう、奥さん」


 どんな寝ぼけ方をしているのだろうかと私は眉を(ひそ)めるが、それでもカロスは私に優しく微笑むと、キスをしようと顔を近付けてくる。


「あ、だめ! カロス」


 布団から片手を出してカロスの肩を押すがカロスは引かない。カロスの顔はゆっくりと近付いてきたけれど、一歩手前で動きが止まる。


「ん?!」


 カロスの口の前には魔法円程の魔法壁が。寝ぼけていたカロスは驚いた顔をする。


「コホンッ」


 咳払いが聞こえた方を見ると、ベッドの近くで騎士のお兄さんが立っていた。

 どうやら見張りをしていた彼が出した魔法壁のようだった。





「油断も隙もない」

「何の話でしょうか、父上」


 ユヴィルおじ様が朝食の席でカロスを睨みつける。

 起きてから朝食の席までの時間は短かった筈なのに、もう既に今朝のカロスの話がユヴィルおじ様の耳に入っているようだ。さすがはおじ様。騎士達は将軍閣下の配下だということを、私は朝食のパンをもぐもぐと食べながら再認識していた。

 しれっとした態度のカロスの目の下には、血行が悪いのか肌の色が薄らとくすんでいるのがわかった。

 昨日は本当に寝ていなさそうだ。


「カロス、ごめんね。寝不足なんじゃない?」


 そう聞くと、カロスは私に柔らかい笑みを返す。


「ヒカリが寝られたのならそれでいい」

「でも……」


 今日はおじ様もカロスもお仕事に行く日だ。

 こんな体で本当に仕事なんて出来るのだろうか。


「ねえ、カロス。今日はカロスの仕事を何か手伝おうか? お茶汲みでも荷運びでも何でもするから」


 おじ様とカロスは目を見開く。


「いや、ヒカリ殿にそんなことをしていただく訳にはいかない」

「そうだヒカリ。君を帝城になんて連れて行けないよ」


 二人揃って私の手伝いの申し出を反対する。

 なんでよ。

 そんなに大失敗でもしそうに見えるのだろうか。


「じゃあ私は二人がいない間に何をしていればいいの?」

「ゆっくりしていればいい。お茶でも菓子でもいくらでもメイド達に申しつけてくれ」


 いやいや。

 何もせずに食べるだけの生活をしていたら、私は肥えてしまうではないか。


「仕事もせずにお菓子もご飯もいただけないわ。なんでもいいから仕事をちょうだい。何も仕事をくれないのなら、今日はお城の掃除をするわ」

「いや、それは……」

「……はあ。わかったよヒカリ。放っておくと本当にしそうだ。では今日は帝城で私の秘書をお願いしよう」

「うん!」


 カロスは私の説得を諦めたようだ。

 秘書はなんぞやと思うものの、頷いたからには後には引けない。

 だがカロスは急に何か深刻な顔で考え出す。


「いや、まずいな。確か今は……」


 カロスはぶつぶつと独り言を言い出す。その姿は珍しい。

 どうしたのよ、カロス?


「……よし。では、私の側にいてくれるだけでいい。手の届く場所に居てくれ」

「は?」


 それは仕事なのだろうか。

 おじ様も若干呆れた顔でカロスを見ている。


「何か言いつけてよ。仕事にならないじゃない」


 私の反対にあい、カロスは残念そうな顔をする。


「仕方ない。では、書類の配達だけさせよう。場所も覚えられるし、危険な場所には行かせない。君に護衛もつけよう」

「危険な場所?」

「父上のいる軍務省だ。絶対に行ってはいけないよ?」


 真剣なカロスの顔の横には、顔を真っ赤にしてカロスを睨んでいるおじ様の顔があった。





「……父上の嫌がらせだろうか」


 カロスは帝城の執務室の机に肘をついて頬杖をついている。カロスでもこんなキツキみたいな姿勢をするのね。

 帝城の執務室の席に座るカロスとその横に立つ私の目の前には、黒い騎士服に身を包んだ金色の髪と瞳を持った男性が胸に手を当てて立っているんだけど、カロスはその人物が気に入らない様子で先程から睨みつけている。


「将軍閣下の御下命により、本日ヒカリ殿下の護衛に参りました」


 私たちの目の前には、先日の北城の夜会で顔を合わせたエレーミア侯爵家次男のアレスが。

 あの時におじ様が騎士団に入ったと紹介をしていたことを思い出した。


「よろしく、アレス。あ、名前でいいよ。アレスも再従兄弟(はとこ)なんでしょ?」


 そう言うとアレスは私に笑みを返したが、そのやりとりがカロスは面白くはなかったのだろう。私に簡単に人を信用してはいけないよと横からボソッと忠告する。

 なによそれ。

 カロスの中では一体どんな理由があってエレーミア侯爵家の人間を毛嫌いしているのだろうか。夜会の時だってその理由は教えてはくれなかった。


「謀反を起こす気などありませんよ。この忠義心をいずれお見せしましょう」

「………」


 アレスはカロスを真っ向から見据える。カロスも眉間に皺を寄せながらアレスを品定めするような目で見ていた。


「どうやら不躾に見過ぎたようだな」


 カロスは軽く息を吐くと姿勢を正してアレスに向き合う。


「ではアレス・エレーミアよ、本日のバシリッサ公爵の護衛を命じる。ただし、いかなる理由でも彼女を軍務省には近づけるな。それと関係者にもな」


 カロスは冷ややかな目と口調でアレスに命令を下す。いつも私に向ける締まりのない顔とは全く違っていた。そんな顔で仕事をしているとは思ってはいなかったけど、こうまでカロスの違う顔を間近で見ると、私も気が引き締まる思いだった。


「御意」


 それを聞いたアレスはカロスに礼をした。





「では、バシリッサ公爵。これをお願いしますね」


 隣の応接間でカロスの秘書官から依頼されたのはお茶受けの机の上に積み上がった書類の入った封筒。

 これが午前分らしい。

 封筒の表には宛先が書かれているので中身を改めなくてもわかる上、重要な書類なので絶対に開けたり無くしたりしないでくださいと再三注意をされた。


「場所は私が分かります。ご案内します」


 アレスは私の後ろからにこやかな顔で私を安心させてくれる。

 私は数枚の封筒を持ち、アレスが残り大半の封筒を持っていざ仕事開始とばかりに意気盛んにアレスを引き連れて部屋を出る。

 まずは皇帝省の次官宛てね。


「ねえ、アレス」

「はい、何でしょう。ヒカリ殿下」

「その、『殿下』って何なの?」

「何と申されますと?」

「なんか急にそう呼ばれるようになったんだけど」


 アレスは上を向いて少し考える。


「ああ、もしかしたら皇位継承順位が変更になられた事をご存知なかったのですか?」


 皇位継承順位。

 そういえばシキもそんな話をしていたな。

 キツキが「次期皇帝位」だと言っていた。


「この帝国で『殿下』とは基本的には皇帝陛下の嫡出子や嫡子家族など尊い方々につける敬称なのですが、キツキ殿下とヒカリ殿下のように、時々初代皇帝に似た御子が皇族の中に現れます。その場合、その方達の皇位継承順位が上がります。ここまではご存知ですか?」


 わたしは頷く。カロスに教えてもらった事だ。


「なんで初代皇帝似がそんなに大事なの?」

「初代皇帝はこの国を作った神のような存在です。それに、初代皇帝に似た御子は魔力が大変強いとも言われていますし、国が安定するとも言われております。皇帝の能力が高いという事はすなわち国の統率力も自然と強くなりますからとても大事な事です。キツキ殿下もダウタ砦やアルマダ砦をお一人で大きな穴が開くほど破壊されてきたと聞いております。初代皇帝似(アフトクラート)の能力の高さは伝承だけの話では無いのは確かかと」

「アフトクラート……」

「はい。初代皇帝プロトスの特徴に似た皇族はそう呼ばれます」


 ふーん。アフトクラートねぇ。

 確かにキツキはあちこち破壊していたわね。

 目を上にしてダウタ砦に開いた大穴を思い出す。


「話を戻しますが、帝国では直系ではない家系からアフトクラートの御子が生まれる可能性を考えて、皇位継承順位が三位まで入られる場合は『殿下』の敬称がつくように決められています。ですのでアフトクラートのご皇族であれば自然と『殿下』の敬称がつくようになりますね。まだ公表はされませんが、内々で既に知っている帝城の人間はお二人のことを『殿下』と呼んでいらっしゃるのだと思います」

「公表っていつなの?」

「来年の春になったとは聞いています。お二人がもう少しこの国に馴染まれてからと。国の中もバタバタしていますしね。それに伴ってキツキ殿下は皇太子即位の儀を執り行うことでしょう」

「そうなの」


 私は視線を上に向ける。


「じゃあ、バシリッサ公爵ではなくなるの?」

「いいえ。ヒカリ殿下でもあられますし、バシリッサ公爵でもあられるのですよ」


 なんだか複雑そうだ。


「ヒカリ殿下、こちらを曲がりますよ」


 アレスは角を止まり、手をその方向へ向ける。

 おっと。

 考え事をしながら早足で歩いていたら行き過ぎてしまった。


「ねえ、アレス。再従兄弟(はとこ)だし、殿下はいらないわ。ヒカリだけでいいよ。堅苦しいのは好きじゃ無いの」

「え? ですが……」

「再従兄弟だから怒られないわよ。私もそう言っておくし。だからシャリーズにもそう言っておいて」


 シャリーズにも『殿下』なんて呼ばれたら一気に距離が開いた気分になり、悲しくなってしまうだろう。


「分かりました、ヒカリ様。シャリーズにも、そう伝えておきます」

「あ、“様”もいらない」


 私はぷくっと膨れる。

 それを見たアレスは困ったなと顔を斜め上に向けたが、しばらくして視線が合うと私がまだ膨れている顔を見るとアレスの口からプスッと空気がもれる。


「わかりました、ヒカリ」


 そう言ってアレスも笑った。





「これはこれは! 殿下御手ずから運んでくださるとは」


 最後の届け先である財貨省大臣の部屋の前にいる。

 秘書官にささっと渡そうとしたのだが、大臣ご本人が部屋から出てきてしまった。


「お渡しするだけです。大したことではありませんよ」


 ユヴィルおじ様ぐらいの年齢の男性を目の前に、少し大人びいた話し方で対応する。

 先程から封筒を運ぶだけの仕事なのに偉い人がわざわざ机から離れてこちらまでやってくる。

 私としては渡すだけ渡して帰りたいのだが。


 大臣は手渡された封筒を眺めると何かに気がついたように私に聞く。


「もしやクシフォス宰相補佐の手伝いですかな? 仲がよろしいようですな」

「ええ、今日は私のせいで寝不足にさせてしまったので」

「ねぶそ………えっ?!」

「あっ! ヒ、ヒカリ殿下! 時間がありません。次へ参りましょう」


 もう持つ封筒が無いアレスは、慌てながら私の背中を押す。大臣は一点を見たまま止まってしまっている。

 アレスにぐいぐいと押されるがまま歩き出したが、人通りのない廊下で足を止めてアレスに聞く。


「何かまずかった?」


 アレスの顔は蒼白色だ。


「ええ、明日には大変なことになってしまいますので、先程のような話はなさらない方がいいですよ」

「え、どうして?」


 アレスは私を見ながら困惑した顔をする。


「お分かりになりませんか? ヒカリの話し方ですと、未婚の男女が一緒に一夜を明かしたと言う意味合いでしか聞こえないのですよ」


 一緒に一夜を明かす………。

 それの何がおかしいのだと顔を顰めて首を傾げ、頭の上には大きな疑問符が浮く。

 私はこの歳までキツキと一緒の部屋で寝ていたし、熱がある時は寝はするもののキツキが夜が明けるまで面倒を見てくれた事もある。それの一体何が問題なのだ。


「そうは言っても、昨日はカロスと同じベッドで寝たわ。ん? でも先に寝ちゃったから一緒に明かしたわけじゃないのかしら」


 私は真剣に悩む。言葉の難しいところである。


「………ご冗談ですよね?」


 アレスの上品な顔は固まり、しばらく動かなくなってしまった。





 執務室に戻るとカロスが待ち構えていた。


「お疲れ様、ヒカリ。午前はそれでお終いだ。食事にしよう」


 今日も質の良い黒い衣を纏ったカロスは私をぎゅーっと抱きしめるが、アレスがいたことに気がつくとまた冷淡な顔に戻る。


「ああ、アレス卿、ご苦労だった。貴殿はここで待機されよ」


 アレスは礼をすると、壁の近くで待機を始めた。片や命令したカロスはと言うと、緩めた顔で昼食に行こうと私の手を引っ張る。


「え、ちょっとカロス。アレスは?」

「騎士は一食抜いたぐらいじゃ倒れない。そんな柔な騎士は帝国にはいらないよ」


 しれっとカロスの口から最低発言が飛び出る。

 そんなカロスに因果応報の巡り合わせが到来でもしたのだろうか、カロスの楽しみにしていた昼食は望まぬ形となったのである。





 斜め横にいるカロスの顔が怖い。

 黒い髪に黒い衣装の上、黒い影を纏って瘴気を身体中から放っている。

 黒公爵の名に相応しい仕上がりだ。

 目は冷ややかで、口は横にきつく結ったままピクリとも動かない。

 彼は目の前にいる父である将軍を睨み続ける。

 一方その将軍、もといユヴィルおじ様は何処か勝ち誇ったような表情をカロスに向けていた。

 そして私の目の前には綺麗に飾られた花を挟み、カロスのような白のローブと肩掛けを羽織った皇帝が座られている。


 ……何故こんなことに。


 あの後、昼食に向かおうとするカロスの手に引かれて廊下に出ると、待ち構えていた皇帝からのお遣いの集団に二人して捕まった。


「ヒカリ殿下とクシフォス宰相補佐官に陛下より昼食を同席するようにとの伝言です。陛下は渾天の間でお待ちです。さあ、ご案内致します」


 その時のカロスは石になったかのように一瞬動かなくなっていた。眉間に皺を寄せて一言だけ何だと? と呟くと、あのカロスが抵抗もせずに渋々お遣いに囲まれるように歩き出したのだ。

 あのカロスでもやはり陛下には逆らえないのか。


 渾天の間と呼ばれる円形状の部屋にやってきたら皇帝陛下とユヴィルおじ様が既に席に座られていたのだ。それがわかった時のカロスの顔は言葉には言い表せないほど恐ろしかった。


 目の前には美味しそうな料理が並んでいるのだが、緊張と恐怖でなんだか食べられる気がしない。


「今日はヒカリが登城しているとユヴィルから聞いてな。どうせなら一緒に昼食をと思ったのだ。キツキの状況も知りたいしな。何、そう緊張はしなくても良い。何ならユヴィルのようにおじ様と呼んでくれても構わぬのだよ」


 陛下とユヴィルおじさまは私ににこにこした嬉しそうな顔を向ける。なんだか良く似た兄弟だ。いかつい顔をしているが、意外と中身はかわいいおじ様達かもしれない。

 不機嫌顔のカロスは咳払いをして、陛下をチラッと見る。


「はは、冗談だカロス。だが話をしたかったと言うのは本当だ。どうだ、ヒカリ。西への道は進んでるのか?」

「は、はい。おかげさまで資材も人も十分に回っていると思います。あと10日もあれば道は西まで繋がるようです」


 本当は詳細はよく知らない。

 食事の席でキツキはそう言っていたからそのままの内容を伝えただけだ。

 ご飯を食べながらの私の聞き耳スキルはなかなか高い。伊達に聞きたくもないおじいちゃんの過去の戦闘話を聞き流せなかっただけのことはあるのだ。


「そうか、それは良かった。本当に一ヶ月で道をつなげるとはな。私もその魔素とやらを見てみたいものだ」

「はは、便利なような、不便なようなものです」


 そのおかげでわたしは北城の部屋を焼いてしまったのだ。

 コントロールが出来なくなったのは久しぶりだった。私は自分の手をチラッと見る。


「どうして今北城にいるのだ? 誕生日パーティではキツキとの約束だったと聞いていたが。そう何度も来れるのなら、帝城にも泊まりに来れば良い」


 そういえば私はどうして北城にいるのだろうか。目が覚めた時にはカロスが側にいた。

 私はお茶の席での話をキツキに相談しようとして………。

 手を額に当てて記憶を辿るがうっすらとした景色しか思い出せない。

 久しぶりにキツキを本気でぶん殴りたい気持ちになった事だけは覚えている。

 

「北城にいる理由は実は私も知りません」


 私は笑って答える。本当に知らない。


「キツキ殿下に頼まれたのですよ」


 横からカロスが答える。

 キツキに頼まれた?

 どうしてだろうか。魔石の魔素入れだってまだ全部は終わっていないし、忙しいだろうに。

 私はそんなにもキツキを怒らせてしまったのだろうか。

 私がカロスに質問しようと身を右横に寄せた時だった。


「………それは、そういう意味なのか?」


 陛下の顔がパッと明るくなる。 


「どこまで許可されたのかは分かりませんが、ヒカリを私に任せていただけると」

「そうか! それは良かったではないかユヴィルよ。で、婚約式はいつになるのだ??」


 皇帝陛下は嬉しそうな顔でおじさまに聞くが、聞かれたおじさまは仔細は知らないと慌てている。


「い、いえ、陛下。まだ、そこまでの話では………」

「え?! 婚約??」


 話についていけない者がここに2人。


「気が早すぎますよ、陛下。まだそちらの正式な承諾をいただいたわけではありません。彼女も驚くので突拍子もない話は避けてください」

「なんだ、そうなのか」


 つまらなさそうな顔でカロスの話に納得しない陛下は今度は私に視線を流す。

 う、緊張する。


「カロスは見た目は怖いがそう悪いやつじゃない。仕事もそつなく出来るし、能力も高い。何よりこの国で一番信用がおける人間だ。困る事と言ったら国内の令嬢達の嫉妬の的になるぐらいだろう。もし、そなたに好いた男性がおらぬのなら、カロスとの結婚を真剣に考えてやってみてはくれぬか」


 いつもは表情のない皇帝陛下は私に柔らかい眼差しを向けてそう諭す。


「見た目が怖いは余計ですよ」


 カロスが頬を染めて視線を下へ向ける。そんなカロスを見た陛下もおじさまもにやにやした顔でカロスを見ていた。





「はは、今日は面白いものを見せてもらったな。ヒカリよ、また登城した時には昼食に誘わせてもらうよ」


 陛下はもう次の仕事があるようで途中で席をお立ちになった。

 ゆっくりして行きなさいと部屋を出て行かれたけれど、カロスは帰りますよと食事中の私を急かす。その一方でユヴィルおじ様はまだゆっくり食べて行きなさいと私を止める。


「父上は仕事が遅いのですから早くお戻りになられた方が良い。まだ来季の兵団の組織表と予算表がこちらにあがってきておりませんよ」

「それは私ではなく兵団が遅いのだ。食べた後は少しゆっくりしないと早く老けるぞカロス」

「ですから父上はまだお若いのですね」

「ああ、そうだ!」


 また始まったと私は呆れた顔で二人の顔を見る。

 こんな二人が帝国の文官武官のトップだなんて誰が思うだろうか。

 おじいちゃんだってきっとびっくりだよ。それになんだか花月亭のキツキとアカネさんの喧嘩に近い。どんぐりの背比べというやつだろう。

 そんな光景を眺めていると、先ほどカロスの執務室前の廊下で私達を呼びに来た男性の一人が入ってきた。


「クシフォス宰相補佐官。陛下の執務室でお待ちになるようとの伝言を承っております」

「すぐにか?」

「はい」


 カロスは絶望の表情を浮かべる反面、ユヴィルおじ様は勝ち誇った顔をする。


「それはそれはお忙しいですな、クシフォス宰相補佐官殿。では私がヒカリ殿を宰相補佐官殿の執務室までお連れしましょう」


 ユヴィルおじ様が嬉しそうにカロスに向かってそう言うと、カロスはキッと父であるユヴィルおじ様を睨みつけながら悔しそうな表情を浮かべる。

 余計な事はしないでくださいとか、軍務省に連れて行ったらただでは済まないとかユヴィルおじ様に散々注文をつけたカロスはふんっと体を翻して渾天の間を出ていった。


<人物メモ>

【キツキ】

 ヒカリの双子の兄。リトス侯爵。


【ヒカリ】

 キツキの双子の妹。バシリッサ公爵。恋愛に対しての謎防御力の強い女の子。キツキと大喧嘩してカロスに北城へ連れてこられた。


【カロス/黒公爵(カロス・クシフォス)】

 帝国の宰相補佐官。黒く長い髪に黒い衣装を纏った二十一歳の男性。魔力が異次元すぎて一部から敬遠される。ヒカリに好意を寄せる将軍の愚息。


【ユヴィルおじ様/将軍(ユヴィル・クシフォス)】

 現皇帝の弟でカロスの父。将軍職。お節介の専門家と息子に揶揄される。親戚の子供達に甘い。


皇帝陛下レクスタ・ワールジャスティ

 プロトス帝国の現皇帝。


【アレス・エレーミア】

 金の髪と瞳を持つエレーミア侯爵家の次男。こちらも双子の再従兄弟(はとこ)にあたる。

 将軍のすすめで騎士団に入る。

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