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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
13/219

スライムの住処6

 (かまど)には大きな鍋が並び、グツグツと湯気を立てている。さっきまで肌寒かった部屋は、いつの間にか暖かくなっていた。庭の見える扉の隙間からは、今日捕獲したスライムが網の中でわさわさと揺れ動いているのが見える。全ては工房には入らなかったので、網が杭に固定されている状態で庭に一時保管されていた。


 夕方になる前に何とか村に到着した私達は、工房へと来ていた。同行していたセウスは村に着くなり、奴の持っていたスライムを私に押し付けてどっかへ行ってしまった。だけど悪魔がいなくなったおかげで、私達は椅子に座りながらゆっくりと今日の収穫を見守ることが出来た。


「あらあら、鉱石が出てきたわね。なんの石かしら」

「あら、こっちはヒヨコ。一羽はもうダメかしら」


 今日捕獲したスライムを、コエダおばちゃんが(さば)く。横に座るキツキの顔を見れば、今日の成果は合格点だったようで、満足気に作業を眺めていた。


 私は立ち上がると、おばちゃんが取り出したヒヨコの様子を見に行く。三羽いる内の一羽の息はすでに無く、残り二羽は液体まみれで弱々しく動くけれど何とか生きていた。

 スライムの落とし物の中には、時々こうやって生き物が紛れ込んでいる事がある。その場合は必ず生きて出てくるわけではない。今回のヒヨコ達は運が良かったのだ。


 私は生きているヒヨコを持ち上げると、火が()べられている竈近くの台に(かご)とタライを置く。そのタライの中に魔素でぬるま湯を浅く作って布巾を濡らすと、ヒヨコの体に付着した体液をふき取り、綺麗になったヒヨコを順に籠の中へと入れた。

 それを黙って見ていたキツキも立ち上がってこちらに近付くと、籠の中に片手を入れてヒヨコに手を添える。キツキの手がふんわり光ると、さっきまで動きの小さかったヒヨコ達はぴょこぴょこと軽快に動き出した。


「その子たちは倉庫に連れて行って、引き取り先を探してもらいなさい」

「わかった、コエダおばちゃん」


 動物を倉庫に連れて行くと、種と同じように育ててくれる先を探してくれる。おそらくは村にあるニつの牧場の内のどちらかに引き取られるだろう。

 どちらの牧場主さんも温和だ。

 大きくなったら美味しい卵を産んでねと、ヒヨコの頭を指で撫でる。


「あらあら。今日のスライムは大きいから皮が採れるわね。これで新しい外套(がいとう)が作れそうだわ」


 おばちゃんは目を輝かせると、スライムの皮に切り込みを入れて平らにする。そして今度は檻の向かいにある大きな板の上にスライムから採れた透明な皮を乗せて、木製の長い丸棒で伸ばし始めた。


 スライムの皮は()いでから早めに伸ばすと、薄くて丈夫な質の良い素材になる。

 これを布や革と併せると、撥水(はっすい)効果のある布となる。主に外套やブーツなど水避けの衣類に使われることが多く、さらには保温効果がとにかく優れているから、雪山や沼地に行く時には、大量に必要となる貴重な素材だ。

 だけど、小さいスライムでは薄すぎて素材にならず、中型以上のスライムからしか採れないから希少価値の高いアイテムでもある。

 そんな物が大量に採れるのだから、おばちゃんは大忙しだ。


「ちょっとミネ、手伝って頂戴! 今日は大量よ」


 一人では手が回らないと踏んだのか、おばちゃんは近くの扉に向かって叫ぶ。すると扉から、私たちより一つ年上の従姉妹(いとこ)がひょこっと顔を出した。長い茶色い髪を一つにまとめていたミネは私達には目もくれずに、わさわさと柵や庭で動くスライムに目を奪われる。


「げっ、本当に大量だ」


 ミネの顔は歪む。

 どこか諦め気味に仕方ないなと呟くと、ミネは前掛けをしながら隣の部屋から出てくる。ミネは工房が忙しくなると手伝わされるので、獲物が大きかったり数が多かったりすると、あからさまに嫌な顔をする。今だって声をかけるのも(はばか)られる程の不機嫌(つら)だ。

 これは絶対、絶好調で機織りをしていたな。

 彼女は裁縫が得意で、特に服を作っている時に手を止められるのが嫌いだ。だけどミネに手伝おうかと聞くものなら、「あなた達は狩りで疲れているんだから、そこに静かに座っていなさい!」と叱られる。

 面倒くさがりなのか、面倒見が良いのか。


 そんなミネの登場に私とキツキは体を小さくして、すすすっと気配を消しながら逃げるように椅子に座った。それと入れ替わるように不機嫌なミネは竈の前に立つと、コトコトと音を立てるスライムの体液が入った鍋をゆっくりとかき混ぜ始める。

 私とキツキが静かに工房の作業を眺めていると、不意にキィッと工房の玄関の扉が開いた。


「こんばんは。キツキとヒカリはここに来ていますか?」


 走って来たのか、血色の良いセウスが工房に飛び込んで来た。


「あら、セウス。ええ、ここにいるわよ」


 玄関扉の近くにいたミネはセウスを見るなり、先程とは打って変わって可愛らしい笑顔で対応する。セウスにそんな笑顔を見せるなんて勿体ない。後でミネには注意をしておこう。

 セウスはミネにお礼を言って中に入ってくるなり、扉近くの椅子に座っていた私達に視線を向ける。目が合うなり、こちらも笑顔ではあるものの、どこか胡散臭い似非(えせ)笑顔で近寄って来た。来るな。


「今日の事について、村の重役達に話を聞いてもらおうと声をかけておいた。今から一緒に花月亭に行けるかい?」

「私も?」

「当然でしょ。ヒカリが見つけた洞窟だからね?」


 好きで見つけたんじゃない。


「あ、でも、まだ三匹しか解体が終わってないから後からでいい?」


 今日は珍しく中型スライムを五匹も捕まえたのだ。スライムが何を落とすかここで見ていたいではないか。

 そう思っていると、後ろで話を聞いていたコエダおばちゃんが口を挟む。


「行っといで、行っといで。セウスがわざわざ迎えに来るのなら何か重要なことだろ。あとはこっちでやっとくよ。でも鉱石とヒヨコだけは行くついでに倉庫に持って行っておくれ」


 おばさんのセウスに対する信頼は鉄壁なようだ。


「そうよ、セウス。後はやっておくから気にしないで。ふふ」


 ミネはミネで別人かと思うような笑顔で対応をする。


「なんか私達、二人に売られていない?」

「セウスさんの前じゃ、みんな形無しだろ?」

「………」


 こそっとキツキに相談をしたけれど、ぐうの音も出ない返事しか返ってこない。確かに笑顔のセウスに対抗出来るのは、うちのおじいちゃんか私ぐらいで、普段から淡々としているキツキでさえこの諦め顔だ。つまりは村の中でセウスに逆らうなんて無駄な抵抗に近い。


「ありがとうございます。じゃあ二人とも、行こうか?」


 セウスは満面の笑顔でおばちゃんとミネにお礼を言うと、私達に動くように促す。売られた私達は渋々と立ち上がり、三人で鉱石と鳥籠を持つと、湯気の昇る工房を後にした。







 倉庫にスライムの落とし物を届けた私達は、花月亭の扉を開ける。

 屋内には既に美味しそうな匂いが漂っていて、帰って来てからまだ何も食べていない私のお腹を刺激した。空きっ腹でこの中にいるのは拷問に近い。

 既に食事にありついている村人に羨望の眼差しを向ける私に気づいたのか、後ろを歩いていたキツキにさっさと進めと小突かれた。

 キツキだってお腹すいているくせにと、私はキツキを肩越しに睨む。


 花月亭は入って左手側にはエレサさんとアカネさんのいる厨房があり、その反対である右手側の奥には、腰ぐらいの高さの壁で区切られた集会席がある。

 集会席には既に数人のおじさん達が座って待っているのが見えた。頭の形から判断するに村長、自警団団長と副団長、倉庫番長、ハンター代表、木工所所長、そしてノクロスおじさんと、うちのおじいちゃんだろう。

 それを離れたこの場所から見るだけで顔が歪む。なんとも近寄り難い席だ。華がない。

 私は青ざめるが、よくよく考えれば集会席は十席なのに、すでに八席も埋まっている。これはチャンスとばかりに私はセウスに問いかけた。


「男の人ばかりだから、私はこの席で待ってていい? 席も一つ足りなさそうだし」


 上手い言い訳を考えて、逃げるように集会席に近い円卓の席に座ろうとしたのだが。


「何言ってるの。今日一番の功労者でしょ? ヒカリが掘り当てた魔物の巣だよ?」


 セウスが許してくれるはずもなく。

 好きで魔物の巣を掘り当てたわけではない。さらに言えば掘ってもいない。落ちただけだ。

 笑顔を崩さないセウスに首根っこを掴まれ、私はなす(すべ)もなく、引きずられるように集会席まで連れて行かれた。キツキは助けるどころか、仲が良いねとおかしな事を呟きながら後ろをついて来る。


 私達が階段を上ると、集会席にいたおじさん達の視線は一斉にこちらを向いた。

 怖い。

 村長以外ムキムキで、今にも私が狩られそうだ。

 それなのにセウスは逃さないとばかりに、放心している私の両肩を掴んで席に座らせた。キツキも余っている席に腰を下ろすと、そこから立ったままのセウスを見上げる。セウスだけは座らずに、皆が揃っているのを確認すると今日の出来事の説明を始めた。


「お集まりいただきありがとうございます。今日、僕達は北の森へ行き………」


 セウスは今日の出来事を語り出す。その口調はとても落ち着いていて、若輩者と感じさせないぐらい安定している。そんなセウスの説明に対しておじさん達は誰も口を挟まずに、真剣にセウスの言葉に耳を傾けていた。


「……と、いうことがありました」


 セウスが今日見て来た一連の報告を終えると、村の雁首達は揃いも揃って重たい表情を浮かべる。それを見ただけで、事態はだいぶ深刻なのだと私にもわかった。


 村からそう遠くない場所に魔物の巣があり、そこでは巨大スライムが魔物を次々と産んでいる。それは大元(おおもと)である巨大スライムを排除しない限りは永遠に続いてしまうだろう。

 だけど、あの洞窟にいたスライムは大きすぎた。

 捕獲なんて出来ないだろうし、討伐をするにしてもスライムには魔素の類いは効かないので、剣や弓の物理だけでの対応となる。それと同時に、周囲にいた魔物も一緒に倒さなければいけないだろうし、倒したスライムの体内からさらに魔物が出てこないとも限らない。相当な危険が伴う。

 あれほど大きなスライムの生態は私達には未知で、実際にどうなるかなんて想定すら難しい。

 村の人達が一丸となって倒せるかどうか。

 でも、いずれはそれをしないといけないはずだ。

 だって私達が通ってきた道はキツキが土魔素で塞いだけれど、別の出口があるかもしれない。もしそうなれば、いずれはあの魔物達は外へ出てきてしまう。

 あの大きさと数の魔物達がだ。

 私は魔物達の気味の悪い目を思い出すと、ブルっと身震いをした。


「先ずは北の森への移動は制限をかけたほうが良いでしょう」

「そうですな」

「冬を前にして、森の実りを収穫する時期だというのに」

「今年は北の森からの調達は諦めるしかないだろうな」

「まずは安全です。彼らが落ちた周辺以外にも地面に穴が空いていないか調査が必要でしょうな」

「湖から引いている用水路の点検だけは定期的に行わないと。水を途絶えさせるわけにはいかない」

「制限がかかった状態で点検となると、自警団に依頼するしかないのでは」

「しかし、自警団員の多くを点検に駆り出されれば、今度は村を守り切れなくなる」


 誰かが(せき)を切ると、皆各々に懸念している事を口に出す。

 北の森は他の森とは比較にならないほどの食料の宝庫で、村にとっては恩恵の強い場所だ。

 そして最も重要なのは、北の森にある湖は村の用水路の原水でもあるという事。村の命とも言える用水路は絶対に手放すわけにはいかない。それはここにいる全員が思っているだろう。


 普段から北から流れてくる用水路は、魔物を警戒するために護衛を伴って木工所職員や大工さんが定期的に見回りをしているが、今回のことで北の森を警戒区域にするならば、入れるのは武術に自信があり組織立った自警団員だけになってしまう。だけど村は常に自警団員不足で、用水路の点検にこれ以上人員を割けない状況でもあった。


 魔物には色々な種類がいる。

 獣のような四つ足の魔物、甲殻類のように尖った手を持つ魔物、翼を持った空を飛ぶ魔物。

 倒す方法はスライムよりは簡単で、体を裂く事さえ出来れば刃物でも魔素でも倒せるが、魔物は獲物を見つければ体が動く限り何度も襲ってくるから、遭遇してしまえば少しの油断さえも出来ない。


 二百人程のこの村には四十人程の自警団員がいるが、魔物が村に入り込まないように東西南北の門に自警団員を置きつつ、村を囲う塀を沿うように巡回もしている。それを日夜交代でやっているために常に人員はギリギリ。それでも飛行能力のある魔物が空から侵入する場合もあるから、自警団員だけではなく、うちのおじいちゃんも村の中央にある塔の上で毎日のように村全体を見張っている。

 そして自警団員に病気やお休みの人が出ると、セウスのような腕に覚えのある住民が人員不足の穴を埋めていた。

 学校で子供達に武術を教えるのは、村にこういった背景があるからだ。

 だから今回のように、手薄な自警団員を定期的に何人も投入するとなると、人手不足に拍車がかかるのは目に見えている。


「だが、しかし………」

「それでは………」

「………………」


 さっきから大人達の意見はまとまらない。

 村の防衛を維持するために水路と地面の点検は従来通り村の人に委ねるか、それとも村の防衛を手薄にして自警団員に依頼するか。はたまた点検自体を諦めるか。


 どれを採択しても、村が危険な事には変わりはない。

 それがわかっているから、みんな次第に押し黙っていく。

 そんな中、私の隣にいたキツキが口を開いた。


「それなら、オレ一人でやりましょうか?」


 ひょいとキツキは手を挙げる。

 その無謀とも思える提案に長達の視線は集まるものの、その提案がキツキだと知るや否や、皆は急に表情を和らげて出しかけた言葉を飲み込んだ。


「しばらくは俺が北の見回りをしますよ。二日に一度は用水路のチェック、もう一日は地面の穴や洞窟の調査をしま……」

「え、一人で?」


 驚きの余り、キツキの話を遮る。


「そう、一人で」

「私は?」

「ヒカリは足手(あしで)まとい」


 キツキは冷たい視線を送ってくる。

 酷い。

 確かにキツキは魔素の素質については村の中でも抜きんでているし、剣術だって弓術だって師であるおじいちゃんから太鼓判(たいこばん)をもらっている。魔物相手でもスライム相手でも遅れなんてとらない。


「でも………」 


 でも心配だ。

 何も言えなくなって下を向いていると、キツキは私の頭に手を乗せた。


「お前は(しばら)く休んでろよ。暇なら東の道作りや村の収穫を手伝っていろ」


 東の道作りとは、村の東門から東へ向かってひたすら道をつくる工事の事だ。森を切り開いて違う村や街に繋げるのが目的で、おじいちゃん達の代からもう四十年近くやっているけれど、未だ達成されていない工事だ。北の森ほどではないが、東の森にも魔物は出るから工事の進みは遅い。


 キツキの言葉に納得はしていないけれど、今は村の危機を乗り越えることが大切だってことは分かるから、私はこれ以上何も言えずに視線をテーブルに落とした。


「小さな空洞であれば、俺の方で地面を補修しておきます。地面の穴の調査は、北門から北上して北の湖周辺までで良いでしょうか?」


 キツキは立ち上がると、テーブルの真ん中に広げられていた周辺の地図を指差しながら説明する。


「そうだな。それ以上は村の人間も滅多に行かないからな」

「では、地面の点検が完了したら、順次北側を開放ということで」


 大人達はキツキの言葉に頷く。


「僕も時々キツキを手伝うよ。一人で調査は大変だろ?」


 セウスも心配したのか、キツキの補助を申し立てたが。


「いえ、魔素を使うので大丈夫です。だから、セウスさんは村をお願いします。セウスさんが村を離れるのは、何かあった時にとても危険ですから」

「だけど………」

「大丈夫です。俺はヒカリとは違いますので」


 んん?

 それはどういう意味じゃ。

 だけど驚いた私とは違って、セウスはキツキの言葉に納得したのか静かに頷いた。

 その様子が腹立たしい。何故頷いているのか。


「わかった。だけど、危険だと判断したら僕もついていくからね」

「……わかりました」


 キツキも仕方ないという表情でセウスの言葉に頷いた。


「ああ、助かるよ。村の防衛に一杯一杯でな。君達に大きな負担をかけてすまないな」


 村長は申し訳なさそうに語りかける。


「警戒する区域をまずは北門より北側全体とし、詳細は追々決めましょう。キツキ、悪いが明日からは報告のため夜の集会に参加してくれ」

「わかりました」

「では、今日はここまでとします」


 村長の言葉に、(おさ)達は各々立ち上がる。

 そんな中、私は一人呆然としていた。

 キツキに連れて行ってもらえない寂しさからなのか、それとも役に立たない自分の無力さ故なのか。

 一人、ぐっと目を(つぶ)った。

<更新メモ>

2024/01/13 加筆、人物メモの削除

2021/06/13 文章の修正、追加

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