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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
124/219

狂飆の爆炎と灰と1

狂飆(きょうひょう)

 



 ………これが一番いい方法なんだ。



 俺は自分に言い聞かせるように何度何度も心に唱え、ボロボロになった城の外で拳を握りしめると、さっきまで人影があった焼き焦げた場所を眉を顰めたまま目を逸らすことなく見つめる。

 城は炎に焼かれ、窓も屋根も元の形を留めてはいない。

 外にあったはずのバルコニーの足場はどこもかしこも崩れ落ちてしまっていた。


 夜が深くなってきた暗い空の下では、消火しきれていない城を燃やす炎が俺の歪んだ顔を照らす。護衛や近衛騎士達が状況を把握するために走り回る足音や叫声が城のあちこちから響き渡っていた。


 後悔にも無念にも近い闇夜のような先の見えなくなる感情に押しつぶされないように、俺は目を固く瞑った。






 時は数時間前、夕刻時。


 その日は長らく降り止まらなかった雪が止み、久しぶりに再開出来た道づくりの進捗をいつもの面々と夕食を取りながら確認していた。現拠点であるハメルーン城には帝国のエリートである近衛騎士が到着し、食堂はいつもよりも華やかで活気があった。


「イリヤ、近衛騎士の部屋も頼む。相部屋でいいだろう。極力、俺達の近くにしてやってくれ」

「はい」

「ティノ、道はどうだ?」

「今日一日だけでも従来の予定に近付きました。ただ、これから先は勾配が発生しますので、馬車が坂に耐えられるように蛇行した道にする必要が出て来ます。そのことも見込んだほうがいいかもしれません」

「そうか、それは確かに少し時間がかかりそうだ。日程の修正が必要になるかな。エルディ、今後の日程の修正を。三日が限度だな」

「承知しました」

「ヘイブ、街灯の作業は再開できそうか?」

「はい。ただ、帝都からの資材の搬送に遅れが出ていますので、道の除雪を優先させたいと思っていますが」

「わかったそれで頼む」


 輸送の遅れは命取りになりそうだなと、ヘイブの案を了承する。

 課題はまだ残るけどなんとか従来の予定に近付けることは出来そうだし、上手くいけば遅延した分も取り戻せるかもしれない。


 心配事が薄れて、俺は少し浮かれていた。


 テーブルに置かれたお茶に口をつけると、食堂をぐるっと見回す。

 ご令嬢達が揃いも揃って休憩中の近衛騎士に熱視線を送りながら黄色い声を静かに上げている様子を見て苦笑すると、作業員や城の手伝いをしている子息達の落ち着いた様子を見て問題はなさそうかなと息をついた。


 ……あれ、そういえば。


「なあエルディ。ヒカリとフィオンはどうした? 姿が見えないが」

「私も戻って来てから見かけておりませんが、まだお部屋か探検中なのではないでしょうか?」


 そういえば、ヒカリにそんな事を朝言ったな。

 城だから見ようと思えばいくらでも見るところがある。どうせヒカリのことだから目を輝かせて行けるところまで行っているのだろう。

 魔石への魔素入れはだいぶ終わっている。明日からはヒカリにも道づくりを手伝わせるか。あいつに真っ直ぐな岩を作り出せるかはわからないが、いないよりは手があったほうが良いだろうな。



 そんな時、フィオンが食堂に入って来た。

 いつもはヒカリから離れないのに、そのヒカリがいない。

 様子がおかしい。

 フィオンの顔は無表情とは違い、どこか引き攣っていて険しい。国境越えもケロッとしていた奴がだ。フィオンのその顔を見ると、さっきまでの浮かれた気持ちが消え去り、どこからともなく現れた不安に覆われる。


「どうした、フィオン」

「キツキ様、ヒカリ様の事で至急お耳に入れたいお話がございます」

「……わかった」


 フィオンは珍しく焦っている。その様子を見ただけでも何か異常な事態が起こったのだと悟ると、今日の打ち合わせは終了するとエルディを連れて三人で俺の執務室へと向かった。

 一緒に付いてきた近衛には廊下で待機するように指示をし、エルディとフィオンだけを部屋の中に入れる。部屋の奥にある執務用の机に寄りかかって振り向くとフィオンの顔はピリピリとしていた。

 良い報告ではないのはそれだけでわかる。


「で、どうしたんだ?」

「はっ。ヒカリ様のお耳にヘーリオス侯爵御子息であるラシェキス様の噂話が入ってしまいました」

「噂ってまさか……?」

「はい、エティーレ公爵令嬢ロレッタ様との婚約話です」

「なっ!」


 俺の目は見開く。

 その衝撃に口は半開きになり、背中には冷たいものが流れる。

 カロスに叱られた時とは比べ物にならないぐらいの重圧と息苦しさを感じる。


「まさか……」


 ここは帝都からだいぶ離れた西の地だ。どうやってそんな話が耳に入ったのか。

 近衛騎士達が余計なことを話したとも思えない。


「どこから入った話だ?」

「手伝いに来られている令息令嬢達のお茶の席でです」


 俺は力なく項垂(うなだ)れる。

 忘れていた。

 そういえば楽しそうに彼らは休憩時間に集まってお茶をしていた。年頃の男女で他人の恋話とか結婚話噂話は確かに好きそうだったな。


「………話の内容は?」

「ラシェキス様とロレッタ様が今年の春にも婚約、結婚をされるという内容でした」


 重たい息を吐き、目を瞑る。

 それは事実とは違う。だが、本当になる可能性の高い話なのだ。

 俺はもう顔を上げられない。


「ヒカリは?」

「私の判断でヒカリ様には直ぐにご退席いただきお部屋にお連れしましたが、その後は力なく過ごされています」


 目に見えるようだ。

 チラッと上目でフィオンを覗き見る。


「何か聞かれたか?」

「……私も知っている話か、と」

「そうか。フィオンは知っていたのか?」

「………はい」


 本当に誰でも知っている話だったのだな。

 カロスが血相を変える理由がわかった。

 カロスを信じていなかったわけではない。けれど人の住んでいない帝都から遠いここなら大丈夫だろう、もう少しなら大丈夫だろうと、俺の甘さが産んだ結果だ。


 フィオンにはシキさんに関する全ての事を、ヒカリの耳にも目にも入れるなと指示を出していた。


「あと、もう一つ」


 これ以上はもう聞きたくない。


「この婚約話の前に、近衛騎士の護衛対象との恋愛禁止の話も聞かれております」


 ……絶望的だ。

 ヒカリに会うのが怖いが、行くしかないだろうな。


「ありがとう、フィオン。手間を………」


 ギクッとする。

 フィオンの後ろにある執務室の扉がノックもなく開いたのだ。

 そこに立っていたのは、顔に色も表情も無いヒカリだった。


「ヒカリ?」

「キツキ、話があるの……」

「……わかった。エルディ、工事に関わる全ての書類をここより真反対の北の部屋に移動させろ。直ぐにだ!」

「え?」

「フィオンはエルディを手伝って書類を運んでくれ。ヒカリ、俺たちはバルコニーで話だ」


 俺はそう言って翻ると、暗闇しか映さないバルコニーへの扉を開けた。






 外は寒い。

 それはそうだ。先日まで雪が降っていたのだ。

 バルコニーにもその名残が僅かに残っていて、それを見るとスライムの外套を持ってくれば良かったなと呑気な事を考えてしまう。

 ヒカリが出てきた事を確認して扉をしっかりと閉めると、扉から離れたバルコニーの手摺(てす)りまで歩いて手を置く。

 ひんやりとした感触を感じると、ふうっと一息吐く。白い煙のような息が闇夜に消えていくのをしばらく眺めると、俺は意を決して振り向いた。


「どうした、ヒカリ?」


 ヒカリの顔は青白い。目は虚ろで、目の中の赤色がより鮮明に見える。

 どうしたという質問は兄としては失格なような気はするが、どこから話し出して良いかもわからなかった。

 何のことでヒカリが俺を訪ねてきたのはわかっているくせに、ヒカリに対してはどうも臆病になるようだ。

 ヒカリは表情も変えずに俺を見上げる。


「ねえ、キツキ。キツキはシキが結婚するって話を知ってた?」


 俺は手摺りに寄りかかると上を向いて目を閉じる。やはりその話か。

 覚悟を決めると、目をゆっくりと開いてヒカリを見据える。


「それはまだ決定した話ではない」

「知ってたのに、黙っていたの?」


 表情を変えないヒカリが俺を見上げる。

 目は虚ろだ。


「ああ、黙っていた。近衛騎士の試験に合格すれば無くなる話だ。完全な話ではない」

「………」


 シキさんが突きつけられている条件は、最年少の二十歳で近衛騎士の試験に合格すること。

 ノクロスさんだけが成し遂げた偉業を、立場の強い相手側が婚約を承諾しないシキさんに課した意地の悪い条件だ。

 それが出来なくば、婚約しろとシキさんに迫っている。

 将軍の話では、皇后の実妹であるエティーレ公爵夫人が、一人娘のためにシキさんを無理にでも婿に迎え入れようと躍起になっていると言っていた。

 無茶苦茶な話だ。

 だけど世間からは近衛試験の結果を見ることもなく、二人はもう結婚をするものだと思われている。


「一度で合格する人はいないって……」

「シキさんだぞ? 合格しないわけないじゃないか」

「……近衛騎士になったら、護衛対象と恋愛はしてはいけないって聞いた。護衛対象って……私も入るんだよね?」

「それはだな……」


 もちろん入る。


「シキのこと、何も知らなかった。一人で馬鹿みたいに……浮かれてた………」


 ヒカリの肩が震えだす。

 婚約者がいても駄目だし、近衛騎士になってもヒカリは恋愛対象にはならないと言われれば、恋愛ごとに鈍いヒカリとはいえどその意味がわかったのだろう。


「婚約者がいるのにシキは何でキスしたのかな? 私、騙されていたの? ……それとも揶揄(からか)われていたんだと思う?」


 シキさんがそんな事をするわけが無いだろう。

 ヒカリは肩を震わせていたが、考えが悪い循環にはまっているのだろうと俺は少し冷ややかな目でヒカリを見る。

 それでも今までは相手からの好意は謎防御力で破壊してきたヒカリが、自身の恋愛はそれなりに鈍かったけれど俺が思っていたよりかは自分の心はわかっているんだなとヒカリの新しい一面を見れて安心した。

 こんな状況なのにそれが少し嬉しいだなんて変かもしれないが。


「……なんで教えてくれなかったの? シキとのことはキツキにも話をしていたでしょ?」

「………言う必要がないと思ったんだ」


 (うつむ)いていたヒカリがばっと俺を見上げる。


「必要がないって……! 浮かれている私を見るのがそんなに面白かった? 私がシキに相手にされる訳がないって……思ってたの?」


 ー ラシェキスの話はヒカリに伝えておくべきだ。

 ー そうなった時にヒカリが、傷つきますよ


 カロスの忠告が胸に刺さる。

 彼の言う通り、すぐに教えておくべきだったのかもしれない。


 眉間に皺を寄せ、ヒカリを見据える。

 俺はシキさんを信じている。でも、だからといって言い訳はできない。

 ヒカリの耳に入れないように指示をして、隠蔽をしたのは確かに俺だ。

 傷ついたヒカリを目の前にして、俺は何も言えなくなってしまった。



 足元に炎が揺らめくのが見える。

 どうやら話し合いは終わってしまったようだ。

 俺の無言を肯定と捉えたのだろう。ヒカリは俺に憎しみの目を向けていた。

 手に力が入る。



 ………来るっ!!



 俺は魔物の軍団とも巨大スライムとも違う、格の違う相手の襲撃に全神経を集中した。


<連絡メモ>

 毎年、年末年始はめちゃくちゃ忙しいです。

 ので、12月〜1月中旬までの間は時間があればアップする「きまぐれ方式」にします。

 よろしくおねがいします。



<人物メモ>

【キツキ】

 ヒカリの双子の兄。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持つ。祖父の実家を継いでリトス侯爵となる。


【ヒカリ】

 キツキの双子の妹。祖母の爵位を継いでバシリッサ公爵となる。恋愛に対しての謎防御力の強い女の子。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 へーリオス侯爵家の次男。銀髪の帝国騎士で近衛騎士を目指している。ヒカリにキスした事で本人のいないところで大事件に発展中。


【カロス/黒公爵(カロス・クシフォス)】

 帝国の宰相補佐。黒く長い髪に黒い衣装を纏った二十歳の男性。魔力が異次元すぎて一部から敬遠される。ヒカリに好意を寄せる将軍の愚息。


【エルディ(エルディ・ダウタ)】

 カロスに引き抜かれてキツキの側近となる。辺境伯であるダウタ伯爵の次男。何事も器用にこなす働き者。キツキの一つ年上。


【フィオン(フィオン・サラウェス)】

 ダウタ兵団の兵士でエルディの子供の頃からの遊び相手。キツキからの依頼でヒカリの護衛役となる。


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