スライムの住処5
私達を追いかけてきた魔物達はキツキの氷の槍に貫かれ、砂となって消えていく。
助かったと思った私は、安堵の息を漏らした。
「来るの、早かった?」
突如として現れたキツキが冷ややかな声でそんなことを聞くものだから、こっちは死ぬところだったんだって顔で訴える。だけどそんな私の心なんか興味はないのか、目を細めたキツキはこっちに向かって指をさした。
何よ、その目は。
「何それ?」
「何って………」
キツキの指先は私ではなくて若干ズレた場所を指している。
何を指しているのだろうかと、視線でその先を辿ってみると、私の右腕の行く先を指しているようなのだ。
「……あれ?」
なんか私の右腕はおかしなところへと回っている。
「え………」
私の右腕は、目の前にいたセウスの体を抱え込んでいた。
魔物が見えた瞬間、あろうことか私は右手をセウスの背中に回して庇っていたのだ。
つまりは抱きついている。セウスに。
それに気がついて、私は顔を上げた。
「………」
「……………」
やけに静かだと思えば、当のセウスは私の顔を見ながら石の様に固まっていた。
状況を理解した私は、慌てて右手をセウスから放す。
「あ、こ、これは不可抗力で……」
「そうか?」
誰に言い訳をしたのかわからないけれど、半ば混乱している私にキツキの言葉は冷たい。どうやらキツキは妹を信じていないようだ。酷い。
セウスが魔物にやられそうだったから庇っただけだい。
ぷんぷんと顔を膨らませてキツキの態度に憤っていると、暗闇の奥からバキバキッと氷を割る音が聞こえてきた。キツキの登場で、すっかりあちら側のことを忘れていた。
「ああ、氷だけじゃダメだったか」
澄ました顔のキツキは、氷が割れる音に向かって手を振る。すると今度は氷の槍ではなくて巨大な岩が、地面や壁から生まれ出てきたかの様に隆起していく。天井からも岩が隆起していき、私達の目の前で幾重にも重なった岩は、敵の声が聞こえてくる闇を閉ざした。
最後にズシーンと重い音が響き渡ると、洞窟の中は再び静寂を取り戻す。
「で、二人で何していたの?」
機嫌の悪そうなキツキの視線は、再び私達に向いた。
私達三人は、火柱を立てた落下地点へと戻ってきていた。
キツキと合流してから、別れた後の説明をしていた。
「へぇ、そんな大物がいたの。拝んでみたかったな」
キツキは私達の身に起こった事の始終を聞きながら、手を淡く光らせてセウスの怪我を治療している。セウスはもう大丈夫だと言っていたけれど、当のキツキはダメですとセウスの遠慮を突っぱねて、半ば無理矢理怪我を治療していた。
私はというと、怪我の治療は自分でやるようにとキツキに命じられ、一人で苦手な回復に四苦八苦していた。手からポワポワと生暖かい光を出すけれど、面倒臭い私はこれでいいかと、血が止まったのを確認して、そこで止めた。
おばあちゃまは”回復“が得意だったようで、キツキはその能力を引き継いだようだけど、私にはその素質がなかったんだと思う。いっつも上手く出来ない。キツキは性格の問題だと言って否定をしていたけれど。
ん? 性格で回復が上手くできないとは………、まさか雑ということか?
「キツキ。僕よりもヒカリを看てあげてくれないか?」
「大丈夫です、あれは頑丈なんで。それに回復を怠けていても、おばあさまの形見の耳飾りに回復がかかっているので、そのうち勝手に治ります」
そうなのだ。10歳になる年に、私達はおじいちゃんからおばあちゃまの形見を受け継いだ。
それは花が模られている青とも水色とも言える石で出来た装具品で、おばあちゃまが生前に自動的に回復する術をかけてくれていたのだ。
キツキは指輪を、私は耳飾りを受け取り、それを肌身放さないようにとおじいちゃんに言われ、キツキは右手中指に、私は耳に装着した後、落ちないように魔素でくっつけた。
ただ小さな宝飾品なこともあって流れ出てくる力は小さいから、一気に全回復なんてしないけれど。
「……あれ?」
一息ついた私はとある事に気づいた。そういえば。
「ねぇ、キツキ。私、魔素のマーキングを失敗していたんだけど、どうやって私達の居場所が判ったの?」
「……あ?」
私からの質問に、キツキはあからさまに不機嫌になる。何よ。
「まさか忘れているのか?」
「何が?」
「はあ。さっきの魔物の巣に、お前を投げ捨ててきたくなってきた」
何をそんなに怒っていらっしゃるのか。
「昔、魔素の交換をやっただろう」
魔素の交換………?
しばらく考えて、「あっ!」と思い出す。
「思い出した!」
「遅いわ!」
スライムハンターを始める前に、お互いの居場所が判るようにと魔素を少しずつ交換していたことを思い出した。
私は有り余っていた火の魔素をキツキに、キツキは氷の魔素を私に渡している。
例えば必要な時に私がキツキの魔素を呼び出すと、出てきた魔素は元の身体であるキツキの元へ戻ろうと、キツキに向かって魔素がふよふよと流れていくのだ。
つまり、交換した魔素が相手の迷子探知をしてくれる。
「必要な時に忘れていたら、前準備しておいた意味がない」
おっしゃる通りで。
私は口を閉ざす。
「へえ、そんな事をしていたの? 便利でいいな。僕も二人と魔素を交換させてよ」
セウスが私達の話に入ってきた。
「セウスさんとですか?」
キツキはセウスの希望に対して、すぐには頷かずに考え込む。
「交換は良いのですが、元々体に入る魔素の量が少ない人に誤って僕達の魔素を入れすぎてしまうと、体内に収まり切れずに体を傷つけてしまう可能性があります」
「……そうだね。二人の魔素量は規格外だからね」
「ですが、セウスさんのコアに収まる程度の量でしたら良いですよ」
諦めかけていたセウスの表情は明るくなる。
「やった。じゃあ、キツキよろしく!」
セウスは嬉々として手をキツキに差し出す。
体に入る魔素や魔力の量は個々が持っている核の大きさで決まると言われている。セウスが言うように、私とキツキのコアは他の村の人と比べても相当大きいようで、村の人とは比べものにならない程の魔素を体に溜めている。遺伝だろうとおじいちゃんは言っていたけれど。
そもそも魔素を武器のように使える人間というのは少ない。松明に火をつけたり、髪を乾かす程度の風を出す人なら村には少なからず存在しているが。
セウスは私達に比べるとやっぱりコアは小さいけれど、それでもセウスはコアが消えていく60歳の満齢手前だったノクロスおじさんから、彼のコアを譲り渡されている。だから村の人よりは、セウスのコアは大きいはずなのだ。
「考え事? 次、いい?」
セウスが私の顔を覗き込む。
それでなくても先程の戦闘で神経が尖っていたのに、突然目の前に悪魔の顔が出てきたものだから、驚きのあまり正面に向かって拳を突き出してしまう。だけどあちらの反応も良く、寸前で私の拳を左手で受け止めた。
「欲しいのは拳ではなくて、魔素の交換だよ?」
似非笑顔のセウスは、掴んだ私の拳をギリギリと締め上げていく。
女の子だろうと容赦無しだ。
「わわわ悪かったから! 悪気はないってば! 放して! イタイー!」
所業が悪魔という名にふさわしい。
相手は年上の男の子だけあって、力比べでは断然不利だった。
セウスは満足したのか私の手を離すと、さてとと仕切り直す。右の掌を上に向けると、さっきまで拷問をかけていた私の右手をその手の平に合わさるように重ねた。
「じゃあ、ちょうだい」
そう言って朗らかに笑った。
なんだかやられっぱなしで悔しいな、なんてイタズラ心が出てくる。意趣返しに魔素を強めで渡してやろうかと思ってニヤついた瞬間、右肩にガッと重力がかかった。
「絶ぇぇっ対にやめろよ、無駄に出すのわぁぁぁ。冗談ではすまなくなるからなぁぁ」
鬼のような形相をしたキツキが私の肩に圧をかける。バレたか。
「………やるわけないでしょ?」
やろうとしていたけど。
仕方ないと気を取り直して目を瞑る。手を合わせたまま、心を落ち着かせ集中した。
セウスも目を閉じて、雷魔素を私に送ってくる。
微量の魔素を取り出すことは、大雑把な私には少し難しい。
セウスの手の平にそっと置くような気持ちで火魔素を送った。
完了したことを感じると、目を静かに開ける。
「ふふ、ヒカリの魔素はこそばゆいね」
目の前のセウスは笑っている。そんなに交換が嬉しかったのだろうか。変な奴。
「ええ、俺のは冷たいですからね」
キツキはニヤッとした顔でそんなセウスを見ていた。
「そうだね。キツキのはひんやりしてて気持ちいいよね。暑い時にちょっと使わせてもらうよ」
「……あ、いえ。あまり量がないので、緊急用にとっておいてください」
キツキは先ほどとは違い、なんだか負けたような顔になっていた。
「じゃ、帰ろうか」
ご機嫌なセウスは立ち上がって地上を見上げる。釣られて私も見上げた。
頭上の穴からは、落ちた時には無かった蔓植物で出来た茎が、編まれるように交差して伸びている。
誰が先に登るかで少しの揉め事はあったものの、キツキの魔素で作られた蔓を頼りに、私たちは無事に地上へと生還を果たしたのだった。
<更新メモ>
2024/01/13 加筆、人物メモの削除
2021/06/13 文節の修正