種 ーセウス視点
最近、夜を持て余している。
寝ても変な夢しか見ないし、それに昼に起きていたってヒカリには会えない。
気がつけば、僕の活動時間は太陽が沈んでからになっていた。
「セウス、ついていかなくていいのか?」
西門前でジェノがしつこく聞いてくる。
「大丈夫だって。いつもぐらいに戻ってくるよ」
その返事にジェノは満足しない。彼が心配してくれるのは結構だが、ここで引き止められるのは本当に嫌だ。早く離れてくれないだろうか。
こんな事をしている間にも、他の自警団の視線は揉めているこっちへ向かう。その視線がとにかく苦痛なのだ。
「心配性だな、ジェノ。ちゃんといつも帰ってくるだろ? 大丈夫だ」
少し強めにいうけれど、ジェノは引こうとしない。
「ジェノ! いい加減にしてくれ!! 僕の言葉がそんなに信じられないのか?!」
居心地の悪さから、ジェノに対して強い口調で怒鳴りつける。それはジェノはもちろんの事、俺達を見ていた自警団員も驚いた顔で更にこちらを見る。
その周囲の重たい空気を感じると項垂れる。
また、失敗した。
最近、自分でも制御出来ない感情の起伏がある。平静を装いたいけれど、自警団がいる場所では特に制御が効かなくなる。
思わずため息をつく。
「あ、いや。怒鳴って悪かった。でも、本当大丈夫だから。もういくよ」
納得いかないジェノを尻目に、僕は西門を開けて暗い西の森へと足を踏み入れた。
あの襲撃の時以来だろうか、村から少し歩いた西の森にはぽっかりと大きな穴が空いた場所が出来ていた。これがシキが言っていた魔物の襲撃の元凶となった洞穴だ。
シキは残っていた魔物を掃討してきたと言っていたが、最近また村の西側から魔物がちらほらと姿を現しはじめていた。ここを巣穴とする魔物の数が増えてきたのだろう。
穴の溝は土や岩がむき出しになっていて、階段のようにもなっているような段差もあれば、尖った岩だけが飛び出ている場所もある。
村から持ってきたロープを岩にくくりつけながら地形を利用して下まで降りていった。
とんっ、と穴の最深地点である丸い広場に足をつくと上を見上げた。
今日も月が見える。
あの日の時ほど月は大きくも丸くもないが、美しい光を放っていた。
この場所はヒカリと見た巨大スライムが鎮座していた場所だろうが、今はスライムも魔物もいない。
ヒカリと一緒に魔物の巣から逃げ出した時のことを思い出してくすりと笑うと、広場の中央まで歩いて四方八方の壁に空いた奥へと続く洞穴をぐるっと見回す。
あの時は崖の上からで見えなかったけれど、魔物達がいた崖の下には奥へと繋がる洞穴への入り口があったのだ。
さてと。
昨日までには三つの穴を探索済みだ。
どれも行き止まりまで歩いたけれど魔物の巣穴には辿りつけなかった。
魔物が増えているということは、どこかにあの時のような大きなスライムがいると思う。
今まで魔物はどうやって増えているのかは誰も知らなかった。
だけどヒカリとこの場所につながる穴に落ちたことをきっかけに、スライムが魔物を生み出している事を知った。だから今回もそのスライムを見つけて潰さない限りは魔物が増え続けるのだろうなと予想している。
じゃ、今日はこっちに進んでみよう。
特に何かがあった訳では無いけれど、なんとなく魔物がいそうな洞穴に方向を定めて僕は歩き出した。
今日は当たりだな。
これはすぐには終わらなさそうだ。
暗闇の中ではっきりと見えるのは赤い目だけ。
それを目掛けて剣を振るう。
星が空に瞬くこの時間は魔物達の動きも早い。
一切気を抜けない。
剣を振る腕も足も止まることはないし、それと同時に呼吸も脈も早くなる。
そんな危険との背中合わせの中に身を置くと、固まりそうな身体にまだ生きているという感覚を教えてくれる。
剣を突き刺すと赤い目も黒い体も砂となって崩れるように消えていく姿は、見る度に得も言えぬ達成感のような快楽で体を埋め尽くしてくれた。
僕の目の前は、赤い目を持った黒い生き物達で一杯だ。
体をゾクゾクとした冷たくも痛いような感覚が走り抜ける。
もう目の前のこと以外が考えられなくなる。
まだ終わりたくない。
まだ相手をしていたい。
村には帰りたくない。
そう思うけれど、次第にその数は周囲から消えて行った。
村には真夜中には戻ったと思う。
今日は数カ所の傷。どれもそう深くはないし痛みもあまり感じない。
けれども、西門で待っていたジェノには細かく傷をチェックされてしまった。
そう深くないと何度も説明をしても納得をしないジェノに痺れを切らして、彼の手を振り払って家に戻った。
まだ明け方にもならない時間にベッドから起き上がる。額に手をあてると、さっきまで目の前にあった幻を思い出して項垂れる。
「くそっ」
今日こそは寝れるかもしれないと家に戻ってすぐにベッドに潜ったけれど、それからあまり時間は動いてはいなさそうだ。
まだ頭の中に残る残像と戦いながら目を瞑る。
違う、違う……。
あれは夢だ。事実ではない。
誰も僕をそんなふうには思っていない。いないけれど……。
頭の脳裏にはあの時の最悪な状況が思い浮かんでしまう。
銀色の髪の男が、ヒカリを攫っていく記憶。
手を伸ばすけれど、自警団員の腕に遮られて彼女を止める事が出来なかった。
ー ヒカリ! ヒカリ!
誰もヒカリを止めてくれなかった。
何で彼らは僕よりもシキを優先したのか。
少しでもヒカリと話をする時間を僕にくれなかったのか。
それどころか、僕には内緒でシキがヒカリを連れて村を出る準備を手伝っていたのか。
仲間だと思っていた。信頼していた。
けれども、あれから僕の心の中に小さくもひっそりと住み着いた不審の種は、少しずつ芽を出し、根は体を埋め尽くさんばかりに蔓延り出したのだ。
気がつけば、もう村の誰にも背を預けられなくなってしまっていた。
隣にも後ろにも、誰にも近づかれたくはない。
自警団だけだったのが、いつの間にか村の人達からも裏切られてしまう夢に似た錯覚を起こすようになってきてしまった。いや、あれは夢だったのだろうか。それとも………。
首を振ってもその残像は頭から消えない。
夜にだけそんな夢をみる。
「もう、夜寝るのは無理かな………」
ベッドから立ち上がると、窓辺に置かれた鉢植えに近付く。そこには数枚の葉をつけた芽が出てきていた。
ー で、ヒカリだけハントした結果がコレ、と
ー ああ、そうだね。今日の成果はコレだけだったしね
彼女が持ってきたスライムの落とし物の種が、まだ春には少し早い時期だったけれど芽を出していた。
あの日、彼女を揶揄った後にポケットに入れっぱなしで、倉庫に納め忘れていたのを数日後に気がついた。倉庫には報告はしたけれど、そのまま持ち帰っていいと倉庫番長に言われて、家に余っていた鉢植えに種を蒔いたのだ。そのまま陽の当たる場所に置きっぱなしだったのだが。
村から姿を消した彼女と入れ替わるように淡い緑色の芽は出てきた。
心の中に蔓延る黒い芽とは違う美しい色の芽。
「慰めてくれているのか?」
小さな芽に僕は重い言葉を投げかける。
とうとうここまで落ちたかと自分の姿に失笑すると、剣を持って部屋を出た。
<独り言メモ>
思い立って急にぶち込んだ話。
先週のこともあり、ギリギリの調整となりました。後で手直しする可能性大です。
もう一話アップしたいのですが、お昼までにアップ出来なければ無くなるかもです。
<人物メモ>
【セウス】
ナナクサ村村長の息子。剣の使い手で村人から信頼されていた彼だったが、ヒカリがシキと消えた後から様子がおかしくなった。