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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
110/219

移り変わる世界2

挿絵(By みてみん)


 ****





「え、ラシェキス?」

「アトラス?」


 シキと赤髪の男性は目が点になっている。

 私の乗った馬車と数十の騎馬は何もない道のど真ん中で立ち往生していた。

 先程、前方から馬で走ってきた彼らが、馬車と私を見るなり驚いた顔で通り過ぎたかと思えば、しばらくして引き返してきたのだ。そしてそのまま馬車の周囲を囲まれた。

 服装からして帝国騎士だろうか。

 けれでも彼らの衣装はシキの制服とはと違って、首元と手首の装飾が銀ではなく金色だった。


「どうしたのかな?」


 馬車の中でおとなしく待っていたけれど、しばらくしてもシキも帝国騎士達も動こうとはしない。シキは目の前の赤髪の人と周囲にいる数人と顔を見合わせている。窓を叩いて護衛に扉を開けてもらいひょこっと外に顔を出すけれど、シキはまだ周囲の騎士達と話をしているようだ。


「どうしてバシリッサ公爵がここに? リトス侯爵は? というか、なんでラシェキスが一緒にいるんだ?」

「俺はリトス侯爵に頼まれて、リトス邸まで戻られるバシリッサ公爵の護衛だ」


 シキがそう言うと「入れ違いだな」という声が漏れてきた。


「そうか……。どうしましょうか、隊長」

「クシフォス宰相補佐官からはキツキ殿下がいらっしゃる西の拠点に向かえとの命令だ。ここは一度西へ向かおう。先ずはリトス侯爵との顔合わせを済ませてからだろう」


 なんだか私達の話をしているなと馬車から降りて、ぴょこぴょことシキに近付いていく私に気がついた騎士達は、何故か一斉に馬から降りて私に向いて礼をする。

 ひぃ、なんでよ!

 その圧に小心者の心臓は跳ね上がる。

 そんな状況にシキが気が付いたのか、馬から降りて私に近付いてくる。 


「待たせてすまない、ヒカリ。話は終わったからすぐに馬車を動かすよ」


 シキの顔をみてほっとしていると、先程、騎士達に隊長と呼ばれた人が私に近付いて来る。


「進路を塞ぎ大変失礼を致しました、殿下。いずれまた正式にご挨拶をさせていただきます」


 私に丁寧に礼をして頭をさげる。

 私は事情がわからずに呆気にとられていると、シキが手を差し出した。


「ヒカリ、大丈夫だ。俺達はこのまま帝都に戻ろう」


 私はシキの差し出された手の上に手を添えると、馬車に戻された。シキは周囲と少しだけ話をして馬に跨る。

 帝国騎士達は馬車の左右一列に綺麗に分かれ、礼をしたまま頭を上げない。

 その間を私を乗せた馬車は進み出したのだった。





「あれ、何だったの?」


 お昼の休憩で向かいに座るシキに聞く。

 目の前のご飯が美味しくて、シキに話しかけつつも食べる手は止まらない。


「彼らは帝国の近衛騎士だよ。どうやらキツキとヒカリの専属になったようだね」

「え、近衛って護衛の事でしょ? めちゃくちゃ多くなかった?」

「あれが普通だよ。国の行事にでもなれば騎士兵士達に囲まれるよ」

「冗談はやめてよー」

「ははっ。疑うんだったら、その時に自分の目で確かめてみるといいよ」


 シキは信じようとしない私の様子を可笑しそうに笑う。


「話からして宰相補佐……カロスからキツキのところに向かうように命令が下ったようだね」

「なんで?」

「……皇位継承順位が更新されたようだ」

「皇位継承順位?」

「そう。キツキに決まったんだろう。」

「決まったって何が?」

「キツキの皇帝位だ」


 シキはどこか満足気に目を細めた。


「とは言っても皇太子に即位してからになるだろうし、その正式な発表ももう少し後だろう。でも、ヒカリもそのつもりでいた方がいい」


 シキは真剣な面持ちで私を見る。

 シキの真剣な顔は綺麗だけど、私はその顔を向けられるのが好きではない。ダウタ城の時を思い出して、どうしても私と一線を画して離れようとするシキの姿が思い出されてしまい、私を不安にさせる。シキがすぐ目の前にいてもだ。


「……もしそうなったら、シキには会えなくなっちゃうの?」

「そんな事はないよ。そう遠くない所に必ずいるよ」

「本当?」

「……ああ」


 ダウタ城の時とは違い、優しく微笑むシキの顔が見れてホッとする。

 よかった。


「そうだヒカリ。明日、帝都の城下町を歩いてみるかい? 行きたかったんだろ? 街に」

「良いの?」

「少しの時間ならね。勝手をして迷子にさえならなければ良いよ。でも、キツキには内緒だ」


 私は力一杯に首肯する。


「明日の昼には帝都の城下町に着くだろうから昼食も城下町で食べよう。その後の残った時間だけ街を自由に回ってみようか。でも夕方までにはリトス家に着くように帰るからね?」

「うん!」


 帝国に来てから、私は一度も普通の人が出歩く“街”という場所にまだ行った事がない。馬車の窓から通り過ぎる街の姿をただ眺めるだけだった。


「ありがとう、シキ!」

「そうと決まれば、明日は少し早く出発しようか?」

「わかった!」


 私は子供のように喜ぶと、シキも優しい笑顔を返してくれた。





 パナギオティス西領邸を出発してから三日目。

 帝都外壁を越えると、帝都の城下町は平日にもかかわらず、馬車の窓から見える街は賑やかだった。様々な色の外套を羽織った人々の顔はどこか明るく見え、通り過ぎるお店は活気に溢れていた。

 今までは遠い無関係な景色を諦めた気持ちで眺めていたが、今日は違う。直に見に行ける。シキが連れて行ってくれると約束をしてくれたのだ。


 はやる気持ちを抑えつつ、目を凝らしながら通りすぎるお店を眺める。次第に馬車は速度を落とすと、とある大きな広場で馬車は止まった。

 ここで降りるのかなと興奮した顔で窓の外を眺めていると、シキが馬車の扉を開けて馬車の中を覗き込む。


「準備は良いかい? あ、スライムは馬車に置いていってね」

「うん!」


 ぽよんぽよんしているミニスライムを座席に置くと、馬車から飛び出さないように注意しながら馬車から降りる。

 自分の足で立って見ると、城下町の広場は思っていたよりもずっと広かった。広場を囲うように建ち並ぶお店や建物の大きさに圧倒される。そしてそれらの屋根の向こう側には帝城の一部が見えていた。こんな広場が帝都の城下町にはごろごろあるのだと言う。


「すごい……」


 思わず呟く。


「俺達は昼食を取ったらそのまま街へ行ってくる。三時間後までには戻ってくるから馬車とスライムを頼む」


 シキは護衛達にそう言う。


「ラシェキス様、我々はヒカリ様から離れることは出来ません。お二人では……」

「大丈夫だよ、危険なところへは行かない。ヒカリに自由に街を見せてあげたいだけだ。護衛がわんさかついていったら、ヒカリが見世物になるって判るだろう?」

「ですが……」

「ヨーシェフ、私の技量は知っているだろう。私がそんなに信用ならないか?」


 シキが強い口調で年長の護衛騎士に問い詰める。


「……いいえ、ラシェキス様。そんな事はございません。ですが……」

「では、馬車を頼んだよ」


 シキは押し切るようにそう言うと、私の左手を掴んで大通りに向かい歩き出した。



「護衛の人と知り合いだったの?」

「ん? ああ。あの護衛四人は全員知り合いだ」


 意外だ。カロスの家の護衛騎士と知り合いだとは。


「将軍の邸宅にも北城にも子供の頃から入り浸りでね。昔からいるの使用人や私設騎士なら殆どが顔見知りなんだよ」

「え、そうなんだ。意外」

「はは。俺は将軍に剣も魔法も教わったからね」


 それならばシキとユヴィルおじ様は、キツキとおじいちゃんのような関係なのだろう。きっとシキはユヴィルおじ様には頭が上がらないのだろうな。そう思いながら私の手を引くシキの背中を眺めていた。


「このお店でいいかい?」


 シキはとある店の前で立ち止まる。中はどうやら食堂のようで、何組かの客が既に席に座っていた。


「何が?」

「昼食だよ」

「……良いけど」


 なぜ私に決めさせてくれなかったのか。


「おや、不満そうだね。サウンドリアの時は、聞いてもわからないみたいだったから聞かなかったけど、もしかして自分でお店を決めたかった?」


 私は首肯する。


「そうか、それは悪いことをしちゃったね。じゃあ30分以内に決めてね」

「え?」

「時間を決めておかないとお昼ご飯も食べずに出発ってなりそうだからね」


 シキは笑顔だ。

 確かに私もそんな気はする。ここが帝都のどの辺りなのか、どこに食堂があるのかも知らないのだ。こんな広い街で、気にいる食堂がそう早く見つかるわけがない。


「生意気言いました。このお店でいいです」


 私が頭を下げるとシキは笑顔のまま、私の左手を引いてお店に入っていった。





「美味しい!」

「たんとお食べ」


 向かいに座るシキは頬張る私を笑いながら見ている。


「シキは食べないの?」

「食べるよ。でも、何度か来ている店だから味は知っているよ。それよりもヒカリを見ている方が楽しいよ」


 なんですか、それ。

 食べているところを見ているのが楽しいとか、やっぱり未だに番犬(ペット)扱いなのだろうか。私の頬は膨れる。

 確かに少しずつではあるが、シキは目の前の料理を食べていく。

 昼はあまり食べないのだろうかとシキの様子を眺めていたけれど、ある事に気がついてハッとする。


「あ、ねえ。早く食べて、お店を回ろうよ。シキも早く食べて!」


 そうだった。今日の目的はご飯じゃなくて街を見ることだ。


「ははっ。お店は逃げないよ」

「時間が逃げるんですぅ」

「それは厳しいな」

「自由に出歩かせてもらえないから、こんなチャンスなかなか無いもん。今日はたっぷり見なきゃね!」

「キツキにも街に出して貰えないの?」

「あれが筆頭で過保護なの」

「そういえばそうだったな。甘やかすなと言いながら、キツキが一番ヒカリを甘やかしているよな」


 そうだろうか。常に扱き使われている記憶しかないが。


「キツキに甘やかされた覚えはないけれど、変なところで過保護なんだよね」


 シキはふっと笑うと水の入ったグラスを持ち上げて口をつける。カロスもそうだけど、やっぱりシキも所作が綺麗だ。思わず見惚れてしまう。


「おっと」


 窓に目を向けたシキは急に顔を反対側に背ける。


「どうしたの?」

「いや、同僚だ。やはり大通りは危険だったな」


 危険とは。

 先ほどシキが見ていた窓の先を見ると、確かに帝国騎士の黒い制服を着た男性二人が並んで歩いていた。


「巡回中のようだな。あまり大通りを歩かない方が良さそうだ」


 そう言うとシキは椅子を少し斜めに向け、窓から顔が見えないように座り直していた。





「さて、何が見たい?」


 食事が終わり、楽しみにしていたお店巡りである。

 シキに聞かれてよくよく考えてみれば、私は帝国に何があるのかよくわかっていない。うーんと考えるけれど、そもそも知識が無いのでわかるはずもない。帝国に関しては私は無知に等しい。

 行きたい行きたいと言いながら、私はただ漠然とお店を見て廻りたかっただけのようだ。


「無いのなら、とりあえず歩くか」


 私が答えを出せずにいると、シキはそう言って私の左手を握り歩き出した。私は繋がれた手を凝視していると、それに気がついたシキは肩越しに私を見る。


「迷子避けだよ」


 サウンドリア王国でも同じ事を言われたな。そうは言うけれど、それは拘束するようなぎゅっと力の入った握り方ではなく、ふわっと手を優しく包み込むように、逃げようと思えばいつでも逃げられてしまうような優しい握り方だった。かと言ってシキと反対方向に行く気なんて無いけれど。

 兎にも角にも子供扱いされていることだけはよーくわかった。

 でもその一方で、繋がった手から流れてくるシキの暖かい温度に少しドキドキもしていた。


 大通りから曲がると道の両脇にはお店が並ぶ。ほんとうにお店屋さんしかない通りだった。


 珍しい果物が並ぶお店に、パンやパイが店内に綺麗に並べられているお店。

 カラフルなリボンと生地が売っているお店にその向かいは服屋さんだろうか。

 大きなスティックを持った動物のぬいぐるみや、ドレスを着た人型の模型が窓辺に置かれたお店。

 謎な形のブーツが飾られた靴屋さん。


 ナナクサでは見たことが無い物ばかりで、シキに手を引かれていることに甘えて歩く方向なんかこれっぽっちも見ずに、首をあちこち回して素敵なお店を通り過ぎる度に私は興奮をしていた。確かに私のやっていることは子供の所業かもしれない。でも、シキが手を繋いでいてくれているお陰で迷子にはなっていない。そんな時に急にシキの足が止まる。どうやら上に見えるお店の看板に目を奪われているようだ。


「ここに移っていたのか。知らなかったな」


 シキの視線の先には薬の材料を取り扱っているお店の看板が掲げられていた。看板から流れるように目を動かすとその母体は立派で大きな建物だった。ナナクサ村にある薬局なんか比べ物にならないほど大きな建物だ。

 ”パルマコス薬材店”

 パルマコス、どこかで聞いた名前だ。

 シキは何事もなかったように前を向くと、再び歩き出した。



 シキは私が興味深そうにお店を覗き込む度に、お店に入るかと聞いてくる。

 お店はそれぞれに可愛いし興味を持つが、かといってこれといってお店に入ってまで見たいものではなかった。シキからもどこかに入ってみないかと促されもしたけれど、私としては入るまでには至らなかった。


「欲しいものも本当にないの?」


 少し呆れ顔のシキが私に聞いてくる。漠然と「街を歩いて見たい」という気持ちだけだったから欲しいものなんかない。でも納得をしないシキがじーっと私を見てくるのでもう一度欲しいものはないか考えてみた。

 欲しいもの、欲しいもの………。やっぱりない。

 私はなんて淡白なやつなのかと少し自分が嫌になるけれど、とある人の顔を思い出すと、ハッとしてシキの顔を見上げる。


「そうだ! 大叔父様に何かお土産を持っていきたいな」

「リトス卿へのお土産ね。そうしたらお茶なんかどうだろうか」


 お茶か。確かに大叔父様はお茶が大好きだ。午前と午後にお茶の時間を設けている。

 私が頷くと、シキは方向を変えて歩き出した。





「ありがとうございました」


 お茶の瓶が入った紙袋を持ちながら、様々な柔らかい香りのするお店を出る。

 壁いっぱいの多種のお茶が入った大きな瓶が並び、その壮観な品揃えに驚いてだいぶ迷ったけれど、お土産には花の香りのするお茶と茶葉の香りが深いお茶を選んだ。とは言ってもお茶のラベルを見てもそれがどんなお茶なのかわからない上に、時間の都合上一つずつ試飲する時間もなかったので、結局はシキのおすすめの中から選んできた。


「シキ、ありがとう。それで、その………」


 シキを目の前に私はもじもじする。

 わたしは今とても恥ずかしい。

 シキと一緒に商品を選んで瓶に小分けにしてもらった後、袋に包んでもらおうとカウンターまで持って行ったまでは良いのだ。

 だが、“お会計”という聞き慣れない単語を聞いて、その時に初めて私は気がついた。



 私は「お金」なるものを持っていなかった。



 ナナクサにはなかったものだったし、サウンドリアでも帝国でもお金を使う機会は無かった。

 そもそも自分のお金があるのかどうかさえ知らない。……いや、無いだろう。

 固まっている私の後ろから、シキがひょいっと支払いを済ませてくれたのだ。


 ここに来てからご飯も服もメイドさんも用意されていた。

 不自由なく過ごしていた。

 聞いてはいたけれど、すっかりお金という存在を忘れていたのだ。

 私は赤面したまま項垂れて、シキの顔が見れない。


「ああ、大丈夫だよ。キツキとそう話をしていたし、ヒカリは持っていないだろうとわかっていたから」


 そう言ってシキは笑う。

 なぬ? キツキは最初から私にお金を持たせる気は無かったというのだろうか。

 シキも知っていたのなら、教えておいて欲しかった。

 膨れる私を見てシキはどうして膨れているのかわかったのだろう。子供みたいな顔だと笑うと、また私の左手を掴んで歩き出す。


「そろそろ、戻ろうか」


 シキは空を見ながらそう言う。

 そういえば食事が終わってからだいぶ歩き回っていたし、先程のお茶のお店で大叔父様の好きそうなお茶を探すのに苦戦をしていた。

 まだ少し早い気はしたけれど仕方がない。シキは約束を果たしてくれたのだから不満なんてない。


 だけど。

 ふと、私の足が止まった。


「可愛い」


 思わず口に突く。

 明かりが煌々とついた窓の中の片隅に目が止まる。指輪ぐらいの輪状になった銀素材の上に、月から光がこぼれ落ちるかのように付いた数個の小さな宝石がキラッと輝いていた。


「あれって首飾りかな」


 村では見たことの無い繊細な作りと宝石だった。

 どうやらここは女性が身につける貴金属で出来た装飾品を扱うお店のようだ。

 窓の中央には、重厚で大きな宝石がついた首飾りやら、重そうな腕輪やらが飾られていたが、私の目についた物はそれとは反対に端に飾られていた華奢な物だった。


「すごく可愛い。あんなに細いのどうやって作るのかな」

「気に入ったの?」


 後ろからシキに聞かれ頷く。

 後日キツキにおねだりして買って貰おうかな。手伝ってるんだからこのぐらいは買ってくれるよね?

 首飾りを食い入るように見ながらそう考えていた。


「そう、じゃあ入ろうか」


 そう言ってシキは私の手を引いてお店に入っていく。

 がらんとした静かな店内に置かれた少し古めかしいカウンターの前にいた店主に、シキは窓辺にあった首飾りを指差ししながら話しかける。

 店主は首飾りを窓際の棚から持ち出すと、シキに全体を見せて確認をしていた。シキは首肯した後、何かの書類にサインをしている間に、店主は首飾りを箱に詰めていく。シキは包装は簡易でいいよと店主に伝え、首飾りが仕舞われた箱だけを持つとじゃあ行こうかと私を伴ってお店を出たのだ。

 あっという間の出来事で、少し頭が追いつかない。


 店を出ると通行の妨げにならないように私を歩道の端に寄せて、シキは箱を開けるとおもむろに私にその全容を見せる。それは私がお店の前で眺めていた丸いペンダントトップのついた首飾りだった。


「これで合ってる?」


 シキの手に持っている首飾りを見て私は頷いた。合ってはいるけれど………。

 私が驚いた顔を向けているけれど、シキは何も無かったかのように私の首の後ろに手を回す。シキが手を離すと、無いに等しいほどの重みが首に掛かるのがのがわかった。


「ああ、綺麗だね」


 シキと目が合う。

 下を向いて、首にかかったペンダントを右手で持ち上げる。リングに数個付いている小さな宝石が太陽の光に反射してそれぞれにキラキラと輝く。

 可愛い。私は小さな高揚感に頬が緩む。

 あれ、でもこれってシキが買ってくれたって事だよね? そうだよね?

 だって私はお金をもっていないのだから。

 近所から野菜などの貰い物をしたらまずはお礼を言いなさいと小さい頃からおじいちゃんには言われていた。だから、先ずはお礼を言わなくちゃって、私は顔を上げる。


 その瞬間、頭の後ろから軽い力がかかった。


 私の目の前にはシキ。

 もう片方の腕を腰に回されると、急に前のめりになった体を支えようと慌ててペンダントを持っていない左手を目の前にいるシキの胸板に突く。

 いつの間にか私の体はシキの片腕に支えられるように立っていた。


 でも、そんなことを考えてる暇なんてない。

 シキの体が少し()()ったかと思えば、シキの唇が自分の唇に重なっていた。

 顔を少し離して私に熱い吐息を吹きかけると、もう一度唇を重ねる。

 何が起こったのかはわかっていた。けれどもちっとも嫌じゃなかった。不思議なことに、シキの胸板を突いていた左手は、いつの間にかシキの服を握り締めるように掴んでいた。

 シキは何も言わず、私も何も言わない。


 私の初めての口付けは、人の行き交う賑やかな街の中だった。


<人物メモ>

【キツキ】

 男主人公。ナナクサ村出身。ヒカリの双子の兄。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持つ。祖父の実家を継いでリトス侯爵となる。


【ヒカリ】

 女主人公。ナナクサ村出身。キツキの双子の妹。恋愛に対しての謎防御力の強い女の子。祖母の爵位を継いでバシリッサ公爵となる。

 

【カロス/黒公爵(カロス・クシフォス)】

 宰相補佐。黒く長い髪に黒い衣装を纏った二十歳ぐらいの男性。魔力が異次元すぎて一部から敬遠される。

 ヒカリに好意を寄せる将軍の愚息。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 へーリオス侯爵の次男。帝国騎士。ヒカリを帝国に連れ帰ってきた。双子の再従兄弟でもある。


【アトラス】

 シキの3歳年上の幼馴染み。帝都の家がお隣同士。去年近衛騎士の試験に合格して昇格した。赤髪に青碧(せいへき)の瞳をもち、水と火使いである。※使い=魔法を使うという意


<更新メモ>

2021/11/03 画像追加

2021/10/18 加筆

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