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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
107/219

砂漠に咲く道6

 肌寒い屋外とは相反するような湯気のこもる浴室のお湯で、体の隅々についてしまった砂を一斉に洗い流す。タオルで頭を拭きながら、浴室のカウンターの上に出されていた服を横目に見るが、そのまま素通りして寝室への扉を開く。部屋にあるクローゼットを開くと、中から飾りのない楽な服を選び、おもむろに袖を通した。


 よし。簡易な服が一番だ。

 エルディが来ないうちにと満足気に準備を終えると、俺はすぐに部屋を出る。

 意気揚々と廊下を歩き出すと、部屋が近かったシキさんとばったり廊下で会った。


「あれ、シキさんも今から食堂ですか?」

「ああ、そうだ。キツキもなら一緒に行くか?」


 シキさんが笑顔で俺を誘うので、喜んでシキさんの横に並ぶ。

 そんな時に、俺の部屋の二つ隣の扉が開いたかと思えば、そこから悲鳴に近い声が聞こえてきた。


「な、キツキ様ー?! お出ししておいたご衣装と違うではないですかぁ!!」


 ちっ、もうバレたか。

 後ろを振り向くと、いつもよりも華やかな衣装に身を包んだエルディが、蒼白顔で立っていた。


「ああ。でもシキさんと一緒に食堂に行くから、もう着替えられないな。残念だ、エルディ」


 俺は勝ち誇った顔で、エルディに手を振ったのだが。


「あ、いやキツキ。着替える時間はまだあるよ。エルディ殿が困っているようだから、着替えようか。キツキ?」


 シキさんは笑顔で俺の両肩をガシッと掴むと、ズンズンと怖い顔で近付いてきたエルディに俺の身柄を引き渡そうとする。


「は? え、シキさん。裏切りですか?!」

「いや。人助けだ」


 そんな訳ないでしょう!


「今日は宰相補佐もいらっしゃっています。こんな簡易な服で食事に行かれでもしたら、私の首が飛びますよ!」


 なんで俺の側近の人事権をカロスが持ってるんだよ!

 しかもその判断基準が俺の服装って、どう考えてもおかしいだろ?


 俺はエルディに不服顔を向けるが、そんな事はお構いなしに俺の背中をグイグイとエルディは押して、部屋へと押し戻した。



「はあ、やはりキツキ様は、何をお召しになられてもお似合いになりますね」


 上機嫌のエルディが再び部屋の扉を開く。


「何でも似合うのなら、白のシャツ一枚だけでも問題無いだろう」

「それとこれは別問題です」


 別問題って何だよ。

 結局、スカーフの様なヒラヒラしたタイをつけた上質な折襟シャツの上に黒のウエストコートと、その上には襟や袖が金糸で装飾された浅葱色のコートを着せられた。それでも重いのに、更に上からもチャラチャラと揺れ動く装飾品を肩や胸に付けられたのだ。たかが夕食にだ。

 廊下で待っていたシキさんと目が合う。


「ああ、着替え終わったのか。良い服じゃないか」


 シキさんはエルディの選んだ服をまじまじと見ると、それを褒める。

 かく言うシキさんは、シンプルな立襟のシャツと、淡い色の生地に目立たない刺繍が少しだけ入った騎士団の制服のようなシンプルな詰襟の上着だけだ。ずるい。


「いや、どう見ても派手でしょう?」

「そうか?」


 シキさんはしれっと俺の不満をかわす。くそう。


「必要ないですよ、こんな飾りの付いた華美な服は。ナナクサでの俺の姿を知っているでしょう? シキさん」

「そういえば自由に生きていたな」

「そうですよ、自由に服が選べていましたよ」


 ぶつぶつと文句を垂らしながら、俺は廊下を歩き出す。

 その横を苦笑いするシキさんが、俺達の後ろからはエルディが満足気な顔でついてくる。三者三様の心持ちの俺達は、階段を下りて食堂へと向かった。







 俺達が食堂前の小ホールに辿り着く頃、小ホールのとある一角を遠巻きに囲むように、人の壁が出来上がっていた。


「一体何だ?」

「さあ。クシフォス宰相補佐とのお約束までには、まだ時間はあるのですが……」


 エルディにも、何が起こっているのか分からないようだ。


 (いぶか)し気に人集りの後ろから覗き込むと、小ホールの長椅子にヒカリが座っていた。それだけではない。ちゃっかりとその横に座るカロスが、嬉しそうにヒカリの右手を取っているではないか。

 どうやら、いつもは無表情のカロスが無防備にも笑っている姿を晒しているので、ここにいる人達はそれを珍しいもののように遠巻きに見ているようだ。

 それにしても、カロスが笑うだけで人集りができるって、今まであいつはどうやって生きて来たのか。


「ヒカリ、これを君につけていて欲しいんだ」


 小さな赤い石のついた指輪を、カロスは持ち上げていたヒカリの右手の中指にはめる。


「これ、何?」


 ヒカリは右手を広げて、キョトンとする。


「私との連絡手段だ」


 カロスは自分の右手中指についた赤い石の指輪を見せる。

 ちょっと待て。何でお揃いなんだよ。

 だけど肝心なヒカリは、興味なさ気に「ふーん」と指にはまった指輪を珍しそうに眺める。


「深い意味はなくて残念だが、お守りだと思ってくれ。肌身から離さないで欲しい」

「深い意味って?」

「……お守りだ」

「そうなんだ」


 カロスに言いくるめられるヒカリを見て、そんな言葉で納得するなよと呆れてしまう。

 ヒカリの素っ気ない態度に、カロスは残念そうにため息をつくけれど、指輪を眺めているヒカリの頭を軽く引き寄せると、耳の上辺りに軽くキスをした。それを見た俺の眉間には皺が出来る。

 カロスの奴、シキさんの目の前で何してくれている。

 ムッとした俺は、力任せに人の群れをかき分けて、二人の前に立つ。


「ヒカリ、それを外せ」


 俺はヒカリの右手にはまった指輪を睨む。


「でも、お守りって言われちゃうとねぇ」


 ヒカリは指輪を外そうとしない。

 それどころか、さっきからカロスに付けられた指輪を物珍しそうに眺めている。

 おばあさまの形見とは意味が違うんだぞと説明をするが、当の本人は全く気にしていないみたいだ。


 おじいさま達は付けられていたけれど、ナナクサ村には夫婦お揃いの指輪をはめる習慣が無かった。無いと言うよりかは、お揃いの耳飾りだったり腕輪だったりと、出身国の慣習に合わせてその夫婦で様々だったのだ。だから余計にヒカリには指輪の持つ意味合いが伝わりづらいのかもしれないが、ここ帝国ではとても意味があるんだ。


「キツキ、深い意味はありませんよ。ただの連絡用の指輪です。相手の感情がこちらに流れてくる特殊な石でしてね、何かあった時にはふんわりとですがヒカリの居場所までわかるのです。それに何かあればヒカリから私を呼び出すことも出来ますから、有事の際の護身用です。特に深い意味はありません」


 カロスが笑顔で二度も同じ言葉を使ったのだ。絶対にあるだろう、“深い意味”が。


「カロス、ヒカリにくっつきすぎだ。離れろ」


 ヒカリに近寄り過ぎているカロスを睨むが、奴は驚くことも警戒することもなく、飄々(ひょうひょう)とした顔を俺に向ける。


「遠回しは駄目なのでしょう?」


 カロスは俺を挑発するように口端を上げる。

 一瞬、睨む目に力が入るが、確かにそんな話を昨夜カロスにした。自分で言っておいて、やめろと言うのも変な話だ。

 俺はカロスに口惜しくも押さえ込まれると、二人に背を向けた。


 後ろを向くと、押し黙ったままのシキさんの姿が目に入る。二人を見るその表情からは、彼の考えていることは読み取れない。シキさんは気を抜いていない時は、感情や思考を隠すのが上手い。ちょっとした変化を読み取るのが得意な俺でも、シキさんが感情を隠し始めると、何を考えているのか読み取れないほどだ。


「さて、皆集まってきたようですね。このままここで新人の紹介をしましょうか」


 カロスはそう言いながら、ゆっくりと椅子から立ち上がった。







「へえ、地形士。そんな職業があるの」


 目の前には、俺達とそう変わらなさそうな年齢の女の子。

 カロスが人集りから呼び寄せたのは、地形士である“ティルティノ・ライトリバー”だった。

 ヒカリよりかは背は低く、ヒカリのような膝上のズボンにブーツ姿で、背中までの長い茶色の髪を二つに分けて編んでいた。


 地形士とは、地形の変動や新しくつくる道など、地図と様変わりした場所を調査して地図に訂正を入れていく職業で、今回は大規模に俺達が道をつくっているものだから、地形士が欠かせなくなった為に連れてきたとカロスは説明する。彼女が従来とは変わってしまった地形や道をチェックして、それを地理局という帝国領土の地理全般を担っている機関に報告を出すのだそうだ。


「道をつくるときに相談をするといい。簡単な建造物ならば、彼女がすぐに計算をしてくれる」


 それは便利だな。


「よろしく」


 俺は握手をしようと手を差し出すと、ティルティノは戸惑った顔をした。エルディの時もそうだったが、ここ帝国には、握手をする文化が無かった事を思い出すけれど、まあいいかとティルティノの腕を掴むと、半ば強制的に握手をさせた。


「これ、キツキ。容易に未婚の女性に触るのはやめなさい」


 俺達の握手を、背中から覗き見ていたカロスに咎められる。

 先程まで未婚の俺の妹の手を取っていた事を、カロスはもう忘れてしまったのだろうか。呆れた顔をカロスに向ける。


「お前だってヒカリに触っていただろう」

「私はヒカリに関しては責任を取るつもりでいますからね。あなたとは事情が違います」


 カロスは当然と言わんばかりの面をした。



 ティルティノの紹介が終わると、全員食堂へと移る。

 新しく拠点となるパナギオティス西領邸から、食事の配膳の方法を変えてもらった。

 どのように変えたかというと、使用人が配膳をする貴族の家特有の方法から、砦の兵士達がやっていた、各々が食事の配膳と片付けをする自己配膳型へと変えたのだ。

 ダウタ砦や、ここに来る途中に寄った西砦でやっていた食事の配膳方法で、自分でトレーを持って食具や食事を必要な分だけトレーに乗せて机まで運び、食べ終わった後も自分で指定の位置まで食器やトレーを運んで片付ける方法だ。これなら拠点で働く使用人の負担も減らせるし、これから増えるであろう人員に合わせて、拠点の使用人を極端に増やさなくても良くなる。もちろん俺達も例外なく自分でやる。


「ありがとう、イリヤ。俺の依頼通りだ」


 イリヤに礼を言うと、イリヤは手を胸に当てて礼をする。

 それにしても、短期間で道具をよくここまで揃えたものだと、感心しながら食堂を眺めていると、とある一角に目が止まった。

 そこには例の二人が。


「自分で配膳をやるのかい?」


 食堂の端で、納得のいかない面持(おもも)ちの人間が一人。名をカロスと言う。

 そういえば、今日は面倒な奴が来ていたな。


「うん、そうよ。はい、カロスのトレーね」


 ヒカリは不満顔のカロスにずいっとトレーを手渡す。

 最近ヒカリはエルディをはじめ、周囲からやたらと尊敬を集めている。

 その原因はカロスだ。

 カロスを柔軟に操っている姿が、どうやら驚くべき功績のようなのだ。


 例えば、今ヒカリからトレーを手渡されたカロス。

 貴族内で誰よりも多くの家臣や使用人達にかしずかれて育てられたであろう奴は、普段は使用人の道具であるトレーを渡されて怒るどころか、顰めっ面を緩めて、仕方ないと大人しくヒカリの後ろについて歩く。

 この時点で、食堂にいる人間の目は二人に釘付けだ。

 ヒカリは途中で寄った西砦で経験しているのでやり方がわかるのか、隣に並ぶカロスのトレーに、食具や料理が盛られた皿を乗せ、お肉ばかりはダメよと、カロスが食べるはずの料理を勝手に決めて皿に盛っていくのだが、カロスは怒りもしない。

 それどころか、世話を焼くヒカリが気に入ったのだろうか、頬を緩めた黒髪の男は、次第に高い背を屈めてヒカリの首元に擦り寄っていく。その顔にはほんのりと笑みを浮かべてなんだか幸せそうだ。ヒカリは何を食べるのか、これはどういった料理なのかと顔を近付けて聞いていた。

 後ろから見るその光景は、ヒカリが黒い猛獣を餌付けしているようにしかもう見えない。

 怖いもの見たさで二人を見ていた周囲の目は、もはや神を見ているかのような崇敬する目で猛獣を飼い慣らすヒカリを見ていた。

 そろそろ、ヒカリ教が生まれるやもしれない。



 実況はこのぐらいにして、気を取り直して後ろを振り向く。


「他に問題は?」


 後ろに立つイリヤに状況を聞く。


「今のところ、食堂の席と光熱の問題が。席についてですが、今後の領地邸を含め、食堂だけではご依頼のあった人数が入り切る程の席は設けられそうにありません。やはりホールや集会用の部屋などを活用していく必要はあります。ですがそうなりますと、光熱の問題が一層深くなってしまいます」


 そうなのだ。

 ここでは水も足りないが、火を起こし続けるための薪や燃料も足りない。そんなところで、今後増えるであろう作業人口を見越して、少なくても三十人が同時に入る食堂の席を作ってくれと依頼をしている。

 その理由はエルディだ。

 仕事を抱えているエルディ一人では、短い時間で作業担当者を捕まえることは難しいし、作業場所はそれぞれに違う。作業場所が異なる人間を捕まえるのなら、同じ時間、同じ場所に人を集めるのが一番手っ取り早いと思ったのだ。ナナクサ村では固定の場所で働いていない人を捕まえる時は、村を闇雲に探し回るよりも、花月亭で待って捕まえるほうがはやかったから、それの応用だ。


 貴族の食堂は基本家族が食事をするためだけに作られているので、そう大きくはない。特に城ではなく館では、宴に使うための部屋ではない限り、三十人の席なんて並べられそうにはない。だけど、人を呼んで宴の会場ともなるホールを利用しようとすれば、とても広くてこの寒い時期では大量の暖房用の燃料が必要となってしまう。それはそれで新しい問題が出てしまうのだ。頭が痛い。


「そうだな、今後は続き部屋やホールも食堂の一部にしたほうがよさそうだな。光熱の問題はまた食事の席で聞こうか」

「はい、承知いたしました」

「ではイリヤも食事に入れ」


 イリヤはもう一度俺に礼をすると、俺と一緒に料理を取る列に並んだ。







「ふーん。足りないんだ」


 隣に座るヒカリがキョトンとした顔で俺とイリヤとの話に加わる。

 全くもって事の重大性を認識していない様子だ。


「ヒカリ、ここを何処だと思ってるんだよ。砂に手がつけられなくなって、人が逃げ出した土地だぞ?」

「そおだねえ」


 横に座るヒカリ、は口にパクリと食事を運んであむあむと頬張る。料理が美味しかったのか、ヒカリの顔は緩む。


「はあ」


 どんな真剣な話をしていても、ヒカリが入ると緊張感が消えていく。緩んだ顔をするヒカリを前にすると、なんだか体から力も抜けていく。


 ここから先は人が住めないほど、植物も水も枯れた地なのだ。

 それに今はもう冬だ。周囲には薪にするほどの木々も燃料もない。タイミングの悪い時期と言えばそれまでだ。

 ではどうするのかと言えば、帝都からの輸送に頼るしかない。

 これが予算を大きく圧迫していた。


 少なくとも各部屋の暖炉、料理を作るための焜炉、風呂の湯沸かしの為の炭や薪が必要になる。それを順次増えていく道作りに携わる作業員と拠点で働く使用人の分を確保しなくてはいけない。

 それは炭や薪だけでではなく、水も同様だ。水を陸路で運ぶのだ。大量に必要な上に水は重い。運ぶための荷馬車の数もその分増えていく。

 それだけでも大変な量なのに、馬車を引く馬の食料と水も確保する必要がある上、西へと道が延びる度にその量だって増えて行く。

 ……考えただけで頭が痛い。


「はあ」


 二度目のため息をついた俺を、横に座るヒカリは不思議そうな表情で見ている。


「ねえ、キツキ。薪と水はそんなに必要?」

「はぁ?」


 呑気な事を言い出すヒカリを俺は睨む。


「だって、魔石に火魔素を入れておけば、燃やすための薪もそんなにいらないだろうし、水に関してもキツキが魔石に入れておいて、拠点の人に渡しておけば良いだけでしょ? それにお風呂だって、魔石に火魔素と水魔素を半々ぐらいに入れた魔石を、みんなにそれぞれ渡しておけば、自分達でお風呂に入れるんじゃないの? あとはメイドさん達のお皿洗いとか、お掃除にも持たせても良いかもね。もう寒いしね」


 俺の目は点になる。

 そのつもりで魔石を準備していたわけではないが、確かに小さいしそれぞれが持ち歩けるだろう。風呂に関しても魔石が小さいとはいえ、半分水魔素を入れれば十回分の湯量は軽く入りそうだ。考えもしていなかった。

 そしてそれは材料だけではなく、湯を作り出すための人員と経費も他に回す事が出来るようになる。

 ヒカリの言葉は、一番圧迫していたが外すことの出来なかった水と熱の問題を一気に解決させた。


「お前は天才か?」

「何〜? 今更気がついたの?」


 ヒカリは照れる様子もなく、当然と言わんばかりの笑顔を俺に向ける。


「魔素が使えてよかったね!」

「そうだな」


 俺は笑うヒカリの頭にポンッと手を置いた。


「そういえば私、明日帝都に帰るんだよね」

「ああ、大叔父様のご様子を見てきてくれ。それとこちらの事は心配無いと伝えて欲しい」

「わかった」

「帰路はシキさんに任せたから」


 その言葉に、ヒカリは目をパチクリと見開く。そして口を横に強く一文字に結ぶと、微妙に尖らせた。

 小さい頃から、俺や周囲に秘密にしたい嬉しいことが起こるとやる仕草だ。不貞腐れた時に口を尖らす動きとは少し違うから判りづらいから俺しか知らないが、見ればすぐにわかる。ヒカリの気持ちが。


「あ、ええっと、私は明日は馬車? 宿泊場所は?」


 シキさんが一緒に帰ってくれると知ったからか、急にいそいそとヒカリは明日の細かい事を聞いてくる。


「お前は馬に乗れないだろう。馬車だ。宿泊場所はシキさんに任せるけど、領主のところには依頼していないから、街にある民間の宿泊所になるだろうな」

「ふーん、そっか」


 その話を聞いて反応を示してきた奴がいる。


「民間の宿とは正気ですか? キツキ」


 俺とは反対側のヒカリの横にいたカロスが口を出してくる。


「ああ、急な訪問は迷惑だろう」

「警備のない場所は危険だと以前説明したと思いますが?」


 ヒカリの頭上から俺を睨み付けてくるカロスに対して、冷ややかな視線を返す。


「問題はない。帰りはシキさんが護衛についてくれる。それに危険なのはヒカリが寝ている時と人質を取られている時だけだ。それ以外はヒカリはそんじょそこらの騎士の軍団にだって負けない」

「何を……」

「俺だって、剣がなければヒカリには敵わない。心配なら、戦わせてみるか? ここにいるクシフォス公爵の騎士達と」


 俺とカロスの空気を察してか、周囲は静まり返り、誰一人として口を開かない。

 カロスの眼光は、一層増して俺を睨みつける。

 俺とカロスに挟まれながら、私を化け物のように言わないでよとヒカリは呑気に膨れ、俺の目の前に座るシキさんは、この状況に動揺することもなく、水の入っているグラスに口を付けていた。

 そんなシキさんが、静かにグラスを机に置く。


「心配いりません、クシフォス宰相補佐官。帝都への戻りの宿泊は全て領地邸に依頼をします。民間宿にバシリッサ公爵を泊める事はしません」

「え、シキさん?」

「当然だ」


 シキさんの言葉に、気持ちが(たかぶ)っていたカロスは静かに息をついた。シキさんはそのまま何事もなかったかのように、料理に口を付け始める。


「ヒカリを甘やかさなくてもいいのに」

「甘やかしではないよ。危険は少ないに越したことはないんだよ、キツキ」


 それは確かにそうだけど。

 カロスに同調するシキさんをムーッと見るけれど、シキさんに腹を立てる事は出来なくて、俺もそのまま流されるかのように食事を再開した。







「あ〜、まだ少し熱いな」

「じゃあ、もう少し火魔素は抑えて入れてみるね」

「そうだな」


 食事が終わった後、カロスは機嫌を損ねたまま帝城へと戻っていった。

 俺とヒカリは食事の終わった食堂で桶を借りると、魔石にちょうど良い温度の湯になるようにと量を調整しながら魔石に魔素を入れる作業をしていた。これで三度目なのだが、まだ少し熱い。

 シキさんは後ろから俺たちの作業を眺める。


「はい、キツキ」


 ヒカリが火魔素を入れ終わった魔石を俺に渡す。俺は目一杯に魔石に水魔素を入れると、桶の上で魔石に魔力を飛ばした。魔石からは湯気を出しながらお湯が溢れ出てくる。


「お、丁度良いな」


 俺は魔石を握り締めて湯を止めた。


「そっか。ならこの割合で入れるね」


 二人で納得をしていると、小ホール側からヘイブが声をかけてくる。手に書類を持っているので、仕事の進捗の話のようだった。さっきはカロスとのいざこざで、食事中に仕事の話が終わらなかったので、別途問題があれば持ってくるようにと管理者には伝えていた。


「シキさん、少し席を外します。すみませんがヒカリを見ててください。目を離すと、何するかわかったもんじゃないので」

「私は子供じゃありませんよー」


 俺に歯をいーっと出すが、その後にヒカリは嬉しそうな顔をする。本当、素直じゃない。 


「またせたな、ヘイブ」


 小ホールにいたヘイブからは明日からの人員の増加についてと、作業方法の変更についての相談だった。明日には帝都からの追加の作業員が到着するので、今後は今居るヘイブの補佐達をリーダーとした作業班に分けて作業を進めるようなのだが、そこで問題になるのが。


「昼食か……」

「ええ、馬車も班の数分はありません。まずは作業員を乗せて、それぞれの作業場所に各班を置くのですが、遠い作業場所の班では、昼食のために拠点まで戻らせると、大した作業時間もなく、一日が終わってしまうのです」

「確かにな」


 領地邸と領地邸の間ぐらいの場所から昼食を取りに戻ると、移動時間で作業する時間が大きく削られてしまう事は自分も懸念していた事だった。


「わかった、これはイリヤとエルディに相談する。明日は仕方ないので、この予定で進めておいてくれ」

「はい」


 ヘイブは俺に礼をすると戻って行った。

 軽く息を吐くと俺は振り返る。

 食堂の中に入ろうと足を進めようとしたが、いつの間にかシキさんはヒカリの横の席に座っていた。

 楽しそうに話す二人の背中が並ぶ。


 ……おっと。

 これは邪魔者にしかならないやつだ。


 笑うヒカリの横顔を見ていると、ふわっとこそばゆい気持ちが込み上げてきて、気がついたら俺の顔はにやけていた。

 もう一度二人の背中を見ると、俺はそっと翻り、小ホールを後にした。


<人物メモ>

【キツキ】

 男主人公。ナナクサ村出身。ヒカリの双子の兄。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持つ。祖父の実家を継いでリトス侯爵となる。


【ヒカリ】

 女主人公。ナナクサ村出身。キツキの双子の妹。恋愛に対しての謎防御力の強い女の子。祖母の爵位を継いでバシリッサ公爵となる。

 

【カロス/黒公爵(カロス・クシフォス)】

 宰相補佐。黒く長い髪に黒い衣装を纏った二十歳ぐらいの男性。魔力が異次元すぎて一部から敬遠される。

 ヒカリに好意を寄せる将軍の愚息。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 へーリオス侯爵の次男。帝国騎士。ヒカリを帝国に連れ帰ってきた。双子の再従兄弟でもある。


【エルディ(エルディ・ダウタ)】

 カロスに引き抜かれてキツキの側近となる。辺境伯であるダウタ伯爵の次男。何事も器用にこなす働き者。キツキの一つ年上。


※添え名は省略



<更新メモ>

2022/06/26 加筆

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