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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
100/219

祖父母からの継承5

 ****





「私、この部屋にします!」


 私はリトス邸本館の二階で自分の部屋を決めていた。

 薄い水色の壁紙が可愛いこの部屋を、自分のものにすると宣言をしたのだ。

 部屋には専用のバスルームが繋がり、ベッドとクローゼット、それにテーブルセットなど十分すぎる家具がついていた。その家具も女の子好みの可愛らしいものだった。

 建物の東南側で日当たりもいいし、専用のバルコニーも付いている。

 贅沢で夢のようなお部屋だ。


 今日、私とキツキは帝城からリトス邸へお引っ越しをした。冬とは思えないぐらいよく晴れた今日は絶好のお引越し日和だ。とは言っても、これと言った荷物もなく身一つだけで来たようなものだけれど。


 大叔父様は私達のために、リトスの爵位を受け継ぐという報告をした次の日から補修も兼ねた邸宅の内装の改装工事をしてくれていた。大工事だったようだけど少しずつ終わり始め、私とキツキは帝城から移ってきた。

 本館二階の東側の部屋を女性が好みそうな色合いに、西側の部屋を男性が好みそうな色合いに今回の工事で変えたようだ。

 本館の二階だけでも部屋数が優に十部屋は越えていて、更に東側はどの部屋も色合いが可愛くて迷った。


 私は迷いに迷って東角部屋の一つ隣を選んだ。

 角部屋は大きすぎて、流石に居候の私が使って良い部屋には思えなかったのだ。


「ヒカリはここにするのか?」


 様子を見に来たキツキが部屋を覗き込む。

 キツキは既に使う部屋を決めていたようで、おじいちゃんが使っていた部屋を貰うそうだ。角部屋の大叔父様と部屋は近い。それにしてもどこまでおじいちゃん子なのだろうか。


 ただ、おじいちゃんは元々は跡取りの長男だったので部屋が半端なかった。

 豪華なローテーブルと長椅子のセットがある“居室”の左右に、壁一面の本棚がある“執務室”と、大きな天蓋ベッドがついた“寝室”が繋がっていて、三部屋が続き扉で廊下を介さずに移動ができる。その上、執務室とベッドルームにはそれぞれに“バスルーム”がついているのだ。おじいちゃんの部屋だけでナナクサの家の一階よりも広く、とてもじゃないが個人の部屋とは思えない。

 そんなところで寝起きしていた人が、ナナクサ村の狭い塔の中でほぼ毎日見張り番をしていたなどと誰が思うだろうか。

 私達も驚きの連続だったけれど、おじいちゃん達から見ても急転直下な人生だったんだ。


「部屋を決めたら下でお茶をしようと大叔父様からの言付ことづけだ。もう行けるか?」

「うん」


 キツキに連れられて玄関ホールの階段から降りる。ここも壁や床などが綺麗に改修されたんだけど、変わったのはそれだけではない。

 玄関ホールの壁に、おじいちゃん達の絵画が掛けられていたのだ。初めて来た時に奥まった廊下に掛けられていたおじいちゃん達の子供時代のあの絵だ。

 前回の暗い場所で見た暗い表情とは違い、玄関ホールに降り注ぐ太陽の光に照らされたおじいちゃん達は笑っているように見えた。同じ絵なのだから変わるなんて事はないとは思うものの、私にはそう見える。


 あの絵は、おじいちゃんが行方不明になってから先々代……おじいちゃんと大叔父様のお父さんが家族の絵を表立った場所から、客人から見えない光の当たらない通路に移動させたのだという。憶測だったとは言え、帝都を始め国内に広まったその噂は、おじいちゃんとリトス家の名誉を地に落とすには十分だったようで、おじいちゃんに関わる全ての物が館の奥に隠されていたのだ。


 けれど私達の帰還とキツキの爵位の継承で、おじいちゃんの不名誉な噂は間違え(デマ)だったという話が急速に国内に広がった。特にあの帝城での儀式と宴は効果抜群だったのだろう、始皇帝似のキツキが誘拐犯だの出来損ないだのと噂されていたリトスの名を継承したことは貴族達には衝撃的な話だったようで、世論は一気に手の平を返した。まだ疑っていたお年寄りには私がいかにおばあちゃまがおじいちゃんラブだったのかという逸話を何個か話すと、少しずつではあったが疑心は溶けていったようで、それを何人かに話すといつの間にか会場ではその話があちこちで囁かれていた。

 私、良い仕事したなと、面倒な事はすべてカロスが受け持ってくれていた事を忘れて、自分を褒めに褒めた。

 これでおじいちゃんの不名誉が消えてくれれば良いのだが。


 そんな事情で今までは世間の目を恐れて表に出せなかったおじいちゃん(ゆかり)の絵が、本館の中央に移動して来たという訳なのだ。

 私の前を歩くキツキは、階段を降りると丁度目に入る位置にあるその絵を見て立ち止まり、しばらく眺めると足を進める。おじいちゃんが描かれた絵が、日の当たる場所に移っていたのがキツキにとってはとても嬉しかったようだ。キツキの顔を見なくても、背中を見てそう思った。





 お茶の席は屋内ではなく、家族用の食堂から続くテラスの先の庭に設けられていた。ここは玄関先から臨める南側の壮大な庭とは違い、箱庭のようにそう大きくはなく、冬なのに紅色と白色の花が満開になっている花樹が並ぶ可愛らしい東側の庭の中だ。

 陽を遮るものがないテーブル席は、春のような暖かい陽射しが降り注ぐけれど、時々冷たい風が吹き抜けるので執事のポールは私達に膝掛けを掛けてくれた。

 私はドーラが入れてくれた暖かいお茶を口に運ぶ。


「落ち着きましたか?」

「はい、部屋を決めました。荷物もそうありませんのでほとんど終わりました」


 そう答えると大叔父様は嬉しそうに笑う。

 大叔父様もドーラの入れてくれたお茶を一口飲むと、おもむろに話出す。


「お二人にお願いがあるのですが、実は玄関の正面にお二人の絵を飾らせていただきたいのです。絵師にはすぐに来させますので、もし時間がありましたら今日か近日にでもお願いしたい」

「俺達は今日の午後は空いていますので大丈夫ですよ」


 キツキは笑顔で答える。いつの間にか私の予定も把握済みのようだ。

  大叔父様はキツキの返事に更に顔を緩めると、おじいちゃんに似た笑顔になる。キツキもその顔を見ると幸せそうだ。

 そう言われれば玄関ホールの真正面は何も飾られてはいなかった。あそこに私達の絵を飾りたいのだろうか。私にはその意味もわからなかったけれど、お願いされた事は断れない性格なので異論はない。



 私はお茶のあと昼食の時間まで、本当にどこまで続いているのかと思うほど広いリトスの敷地を探検しに出掛けた。ポールの話だと、私達が生活をする本館以外にも、別館と本館の五分の一ほどの別邸が二軒、使用人専用の館と家に、馬車小屋や私設護衛兵用の兵舎などの建物があるそうだ。それがナナクサ村の半分が入ってしまいそうな大きさの敷地内に入っている。ただ、リトス家を終えるつもりだったので本館以外は今は使っていないそうだ。


 歩いて見たものの、お昼までには西側の半分も見られなかった。西に見える可愛い屋根の別邸を目掛けて歩いたのだが、思っていたよりも距離があった。

 後ろからついてきたポールの息子のリックが、別邸の内の一つを開けて見せてくれたので中を覗かせてもらったのだが、中の家具には白い布がかぶせられていたが、すぐにでも生活が出来そうなぐらいに家具が揃っていた。

 この別邸を一体何に使っていたのかと聞いたところ、遠くから来た客人のゲストハウスだったり、歴代では夫婦喧嘩をした奥さんの逃げ場所に使っていたこともあるのだとか。その話を聞いた私は“困った時に使う家”なのだろうと理解した。

 残念ながら時間切れのため、リックを連れ立った午前の探検はここで幕を閉じたのだった。



 昼食のあと、大叔父様お気に入りの絵師が来て、私達は絵のモデルとなった。

 キツキは椅子に座らされ、私はその後ろに立たされたのだが、これがキツい。帝城で見た歴代の皇帝達の絵はどのように描かれているのかと思っていたが、こうやって描かれていたのかとその疑問の答えを身に刻むこととなった。私は二時間立ち続けていたのだ。

 終わった時は座っていたはずのキツキも少し青い顔をしていた。


 その二時間で絵は完成したわけではないそうなのだが、大体の構成や色味が整ったので今日はここで終わるそうだ。今後も時々確認に来るとは言っていたけれど、ポールの話では記憶力の良い画家さんで、他の人よりも確認する回数が少ないので大叔父様のお気に入りなのだそうだ。衣装は今日着ていた物とは別のものを描くそうなのだが、そんなことが本当に出来るのであろうか。





「つっかれた〜」


 短くも長かった一日が終わると、お風呂から出て来たわたしはベッドに飛び込む。天蓋のついた可愛らしいベッドだ。

 ふかふかで触るだけでも気持ちがいい。

 疲れた原因は絵のモデルで立ちっぱなしだったこともあるけれど、興味本位で歩き回って来た探検ごっこがいけないのだとは思う。実は絵のモデルが終わった後も少し歩き回って来たのだ。現に足のあちこちは筋肉痛という呪いにかかり始めていた。痛くて足を上手く動かせない。


 私の体はこんなにもクタクタなのに、キツキはというとなんと部屋で勉強をしているのだ。おじいちゃんの部屋の本棚の本を端から読むのだそうだ。さっき少しだけ見せてもらってきたけれど、おじいちゃんがここに住んでいたのは25歳ぐらいまでなので、本棚の中は少年用の読み物ではなく、領地の運営方法や税金、それに法律に関する難しそうな本だらけで私は背表紙のタイトルを見ただけで疲れが増したので、キツキに「一緒に勉強するぞ」と言われる前に部屋に逃げ帰って来たのだ。

 もう、今日はこのまま寝てしまおう。


 ただ、足が痛いからと言って不幸なんて思ってはいない。

 明日からは目覚めと共におじいちゃんの生まれ育った家で新しい生活が始まるのだ。

 私は久しぶりに幸福感いっぱいで、今からとてもワクワクしている。


 今日体験した色んなことに想いを馳せながら、私は気だるい感覚が体を襲って来たことに気がついた。

 私は左側を下にしながら横になり、両手は頬の下に添える。

 慣れないことをして疲れたのだろう、私はあっという間に眠りについた。





 …………………。



 キィ

 パタン



 ギシッ



 ………あれ、部屋に人の気配がする。

 誰か来たのだろうか。

 キツキだろうか。何かあったのかな?


 そう思って眠い目を薄らと開ける。

 黄金色の瞳を持った整った顔が、ぼやけつつも隣にいるのが見えた。


 キツキ?


 ぼーっとそんな事を思っていると黒い髪がさらりと数本、顔を流れ落ちるのが見える。


 ……黒髪?


「えっ?!」


 驚きのあまり寝ぼけていた目は一瞬で開く。

 視界の先にいたのはカロスだった。

 呆気に取られて声が出ない。

 目が覚めたばかりで頭がまだ寝ているせいかもしれない。

 カロスはあろうことか私のベッドに横になって私の隣で寝転んでいるのだ。


 手で頭を支えながら私を嬉しそうに眺めていたが、私が目を覚ましたのが分かると、口の上に人差し指を立てて「シーッ」と言う。


「何してるの?」


 驚いているのか呆れているのか自分でもわからないが、取り敢えず指示通りに小声で質問する。


「残念、起きてしまったか。もう少し寝顔を見ていたかったけれどね」


 本当に何してるんだ、この人。

 カロスの予測不可能な行動に呆れていると、カロスは横寝していた体を起こすと私の背中側に片手と片足をつく。カロスは私の上に覆いかぶさる。

 のんびり眺めているカロスに油断していた私は咄嗟のことに驚きつつも、上を向いて手でカロスの体を押しのけて防御しようとする。体格差を考えてもそんな簡単には押しのけられないのだが。


「ちょ! 待って」

「本当はそうしたいのだけどね。ああ、もう少しかな」


 慌てふためく私とは対照的にカロスはどこか楽しそうだが、何かを待っているのか目は時々扉のある廊下側を気にする。


「ああ、でも足代ぐらいはもらってもいいかな? ヒカリのキスでいいよ」


 そう言って笑うとカロスはゆっくりと顔を近づけてくる。

 あ、足代って何のこと?

 そんな事を考えている間にもカロスの顔は近づく。

 待て待て待て!


「ちょっと、まっ…………」


 その瞬間、カロスは急に顔を上げると扉側の手を横に出して大きな魔法陣を作り出す。



 ドガガーーーンッ!!



 轟音と同時に部屋の扉とその先にあった部屋の窓ガラスが全部吹き飛ぶ。

 私の目の前を氷の塊が吹っ飛んでいく。

 カロスの出した魔法(へき)に巨大な氷岩が激突すると、音を立てて砕かれていく。

 でもその破片だけでもすごい勢いで魔法壁の後方や壁、さらには私の寝ているベッドの天蓋へ刺さる。

 氷岩が砕ける衝撃波にあたり、勢いと共にその冷たさに一気に頭も冷める。冷たい!


 誰の仕業か一目瞭然だった。

 廊下には怒髪衝天のキツキがいた。

 魔素が体から漏れだし、キツキの体の周りを漂ってはキツキの立っている足元を凍らせながら下から上に伸びる氷柱が出来上がっていく。超常的なその姿はもはや人には見えなかった。


「何をしてる! ヒカリから離れろ、殺すぞ!」


 激昂しているキツキの右手は氷を纏って固まっている。

 暴走する一歩手前だ。


「ああ、ようやくきましたか。遅かったですね」


 カロスはベッドに膝をつきながら上半身を持ち上げるが、私の体をまたいだままだ。のんびりと会話していて良い格好には見えない。

 その様子が余計にキツキを怒らせたようだ。


「出ていけっっ!」

「ええ、大体わかりましたので今夜は私は帰ることにしますよ。また明日の朝、来ます」


 そう言って笑顔で答えるとふわりとベッドから降りる。

 本当、何しに来た。


 カロスはベッドから少し離れ、真横に三角形の魔法陣を出すと、三角形の魔法陣は回転し始める。

 キツキが手先に集中して氷岩を飛ばすと同時に、カロスはその魔法陣に吸い込まれるように消え、カロスに当たる予定だった氷岩は部屋の壁にぶつかった。


「消えた?」


 キツキは消えたカロスを見て呆然とした。

 一方。

 扉は消え去り、窓ガラスは割れ、壁紙は氷の破片がぶつかりあちこち傷跡が残り、ベッドの天蓋には大きく長い氷が刺さったままだ。もらったばかりのお気に入りの部屋はメチャクチャになり、元の姿を留めない姿に私は唖然としていた。






 翌日、彼の最後の言葉通り、朝からカロスがやって来た。

 父親の将軍であるユヴィルおじ様と一緒に。

 朝食から機嫌の悪かったキツキだったが、玄関でカロスを追い払おうと出て行ったら目の前に将軍がいたので手を出せなくなったようだ。


 執事のポールは彼らを応接間に通した。

 どうやら私にも同席して欲しいとの要望を受けて同席する。

 応接間の椅子に座ったキツキは今にも殺しそうな目でカロスを見ているが、将軍であるユヴィルおじ様の手前、大人しくしているようだ。



「で、なんですか? 謝罪?」


 キツキの態度の悪いことよ。

 昨夜のことを考えると仕方ないと言えば仕方ない。


「ヒカリの部屋を壊したのはキツキだろう?」


 笑顔で返答をするカロス。

 その言葉に再び爆発しそうなキツキ。

 空気が怖すぎてこの場に居たくない。


「でも、私からヒカリへのプレゼントとして、壊れた部屋や家具を私好みにしてこちらで直させてもらうよ」


 カロスは爽やかな笑顔で私を見る。いや、私の好みにして返して欲しい。


「うちの愚息がどうやら昨夜、ヒカリ殿の部屋に忍び込んだとか。本当に申し訳ない」

「父上、何度も説明しているではないですか。ヒカリ殿の警備警衛の確認ですと」


 父親に謝らせておいて飄々と話をするカロス。

 愚息と呼ばれる理由がわかった気がする。


「弁明も無しか」

「弁明。そうですねぇ」


 カロスはおかしそうに笑うと目をこちらに向ける。

 先ほどの飄々とした態度とは打って変わって眼光が鋭い。その目はキツキを睨みつける。

 その変貌ぶりに私だけではなくキツキも息を呑む。


「何度も申し上げていますが、警備警衛の確認ですよ」


 口元は笑っているけれど、出てくる声はいつもよりもトーンが低い。その口調のまま、カロスは話を続ける。


「既にサウンドリア王国でも似たことがあったと記憶していますが。

 昨夜、私が玄関からお邪魔した後、君がヒカリの部屋に来るまでだいぶ時間が掛かりました。

 あれだけ時間があれば間者がヒカリを連れ去ることは容易でしょうね」


 キツキはピクッと反応する。


「仮に他国がヒカリを(さら)って行き、ヒカリにそっくりな子供が他国で産まれた場合ですが、その子を使って帝国の皇位継承権を唱えることができます。

 父親が他所の国の人間でも平民でも、直系に近く皇位継承順位の高いヒカリが母親であれば、その子供は一気に次期帝国の皇位継承権順位の高位に着くことになるでしょう。

 ヒカリに酷似(こくじ)したのなら更に事態は重い。

 他国がこの帝国の根底をひっくり返して、全てを奪う事だって可能なのですよ。

 帝都の中で危険を冒してまで、ヒカリを攫う価値はあるのです」


 カロスはキツキを睨みつけた後、今度は私に柔らかい視線を向ける。


四宝殿(しほうでん)に移ってもらいたいが、駄目かい?」

「……ここがいい」


 おじいちゃんの思い出の家だ。せっかくここまできたのに離れたくはない。

 そう言うとカロスは下を向いてため息をつく。


「大事な姫を守るこの屋敷の警備は余りにも(つた)なすぎる。ヒカリは我が国にとったら一介の貴族令嬢の比の扱いではない。

 一国による間者だった場合は、一介の侯爵家で担う警備だけでは到底守り切れないだろう。

 それに、自国の人間が汚い手段を使わないという保証もない。ヒカリを巡る敵は内外共に多いのだ。

 キツキ。兄だと申されるのであれば、それを心されるが良い」


 カロスの口調は厳しかった。

 キツキは何も言い返せず沈黙する。


「私が言いたかったのはそれだけです。本当はヒカリには警備の厚い四宝殿に移って欲しいのですがね」


 カロスはもう一度軽くため息をついた。

 カロスがしつこく四宝殿に移って欲しいと言ってきた理由はわかった。

 自分が誘拐などと事件に巻き込まれるなんてさらさら考えたことはなかった。

 一筋縄ではいかないにしても、私が寝ていれば確かに抵抗は出来ないかもしれない。


「ですが、昨夜のような問題が一度でも発生したら、その時は必ず四宝殿に移ってもらいます。これは個人ではなく宰相補佐としての命令です」


 カロスの顔は真剣だった。

 これ以上断ると強硬手段を取られそうだったので私は頷くしかなかった。カロスはチラッとキツキを見た。


「それとキツキ。君も同じ状況になり得る。知らない女性には気をつけてください」



 もう何も言葉が出なかった。

 キツキも私も、自分達を巡る想像を遥かに越えた国家間での権力争いなんて思いもよらなかったからだ。

 部屋の中が沈黙すると、カロスは薄らと笑みを浮かべる。


「そうだ。この屋敷の警備が整うまで、我がクシフォス公爵家から私設騎士団を派遣しよう。我々は今、四宝殿の北城に住んでいます。私邸にいる彼らは手が空いているのですよ。

 大丈夫です、彼らにかかる経費費用の一切は全てこちらが受け持つので心配はありません。どうでしょうか、父上」

「あ、ああ。良いのではないか。確かにカロスの言う通りこちらの警備は薄いようだ。うちの騎士団を送る事に異論はない。」


 ユヴィルおじ様も息子の勢いに押されているようだ。



「ついでにこちらの屋敷に仕える使用人の募集も手伝いましょう。先代がほとんどの人間を解雇されたようですからね。

 キツキは新当主になられて覚えることも多く、色々と忙しかろう。

 細かい使用人の出自の確認はこちらで全てやります。

 大丈夫です、全て私が目を通します。変な輩の書類はこちらには回しません。それと人が整うまでの間、当家の使用人をこちらに寄越しましょう。ご安心ください」


 気がつけばカロスのリトス家への介入を一気に許していた。

 そして拒めない理由を先に突きつけられているからキツキも何も言えないようで、さっきから不貞腐れた顔でカロスを睨みつけている。あのキツキが何も言い返せないのだ。どうやら宰相補佐という地位は伊達ではなさそうだ。

 カロスがなぜ黒公爵と呼ばれているのか、わかった気がしてきた。


「それはヒカリの行動を監視するの間違いではないのか?」


 キツキが少し呆れた顔で聞く。


「そんな私的な理由な訳がなかろう。全ては帝国の安全のためですよ」


 カロスは当然と言わんばかりの顔でキツキに返事をする。ボロは出さない気だ。


「では、順次準備が整い次第始めさせてもらいます。今日は朝から失礼しました」


 一方的に話をしたカロスは満足顔で立ち上がり、部屋から出て行く。ユヴィルおじ様も追うようにして部屋を出ていった。

 カロスは何故ユヴィルおじ様を連れてきたのだろうか。まさかとは思うが公爵家の私設騎士団をリトス家に使う許可を得るためだけに、同席をさせたのだろうか。

 いや、もう一つ。キツキからの防衛のためか。盾として連れて来たのだろう。

 親を使うあたり、やっぱりちゃっかりしている。





 (しばら)くの間、私とキツキは二人だけになった部屋の中で動けずにいた。放心状態だ。


「……なんだかすごいね、あの人」

「お前、早くあいつに断りを入れないと、あっという間に取り込まれるぞ」


 足を組み頬杖をつきながらキツキは何か諦めた顔をする。

 私とキツキは嵐の去った後を、二人でずっと眺めていた。


<連絡メモ>

 明後日水曜日の投稿で投稿をお休みします。


<人物メモ>

【キツキ(キツキ・リトス)】

 男主人公。ナナクサ村出身。ヒカリの双子の兄。皇太子だった祖母を持つ。


【ヒカリ(ヒカリ・リトス)】

 女主人公。ナナクサ村出身。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持った女の子。謎防御力の強い女の子。


【カロス/黒公爵(カロス・クシフォス)】

 宰相補佐官。黒く長い髪に黒い衣装を纏った二十歳ぐらいの男性。魔力が異次元すぎて一部から敬遠される。

 ヒカリに好意を寄せる。将軍の愚息。


【将軍(ユヴィル・クシフォス)】

 帝国の将軍で皇帝の弟。クシフォス公爵。神隠しの皇女を探し出す事に人生をかけていたのには理由があった。


【ヨシュア・リトス】

 おじいちゃんの弟。リトスの家を今まで一人で守って来た。前リトス伯爵。


【ポール】

 リトス邸の執事。代々家系がリトスに仕えている。


【リック】

 リトス邸の執事見習い。ポールの次男。


【ドーラ】

 リトス邸のメイド長を勤めていた女性。56歳。メイド歴40年。代々家系がリトス邸で働いていてリトス邸は実家も同じ。


<更新メモ>

2021/08/09 脱字の修正、加筆、誤字修正

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