第1章 第16話
落ち着いた小夜香と一緒に夕食の準備を済ませ、食卓に着く。
『食べながら話をしようか。病院の帰りからの事を聞きたいし、
僕もキミに伝えなきゃならないことがある。』
「そうよね。高山先生から少しだけ聞いたけれども、
あなたから詳しく説明してほしいわ。」
どうやら俺が倒れた後、すぐに高山先生が脳波モニタから気付いてくれたらしい。
緊急連絡先にしていた小夜香に連絡が入り、
お互いのGPSを登録しているスマートフォンのおかげで、
倒れている場所はすぐに分かったそうだ。
もともと家に来てくれていたおかげもあり、
すぐに見つけて家まで運んでくれた、ということだった。
高山先生が言うには、
"肉体的な異常では無いこと"
"事情により一度意識が無くなると数時間は目覚めないこと"
"遠隔でモニタリングできていること"
等の事情から、病院への入院ではなく自宅で寝かせておいた方が良い
との話だったそうだ。
当然異常があれば、すぐ連絡して病院に連れてきてもらうという条件はあるが。
そして、自分の状況についても言葉を選びながら小夜香に伝える。
"身体の快復は順調であること"
"意識不明になっているのは、後遺症のようなものでは無いこと"
"誰が何の目的で行ったのは分からないが、チップのようなものが埋め込まれていること"
"状況からだが、杉田先生が怪しいので探そうと思っていること"
"ゲームに強制ログインさせられ、ログアウト出来るようになるまでに3時間かかること"
"強制ログインさせられる切っ掛けが分からないこと"
"まだ3回だが、今後も続くだろうこと"
『とにかく、あと半年はリハビリに充てられるから、
その間にチップを無効化するか、ゲームの運営会社に連絡して
ログインされないようにしてもらうか、
杉田先生を探し出して訳を聞き出して止めてもらうか。
日常が落ち着くまでには時間も方法も色々あるから、
もうしばらく小夜香にも迷惑をかけるかもしれないけれど
付き合ってくれるかな?』
「もちろんよ。結婚までの条件が一つ増えちゃったわね。」
『いやいや、これが解決できなきゃ仕事の復帰もできないしね。
条件は同じようなもんだよ。』
そうやって笑いながら、あとは他愛も無い雑談を交わしながら夕食を楽しんだ。
強制ログインさせられたゲームの中の話も、笑い話として話すことができた。
そう。
この頃は…
まだ事態の深刻さが…
分かっていなかったのだった。
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スッキリと目が覚めた。
眠気は微塵も無く、今すぐ走り出せるくらいの爽やかな目覚め。
その爽やかな心を祝福するかのような快晴だ。
雲一つ無い空から、柔らかな光が降り注ぐ。
『…このパターンは初めてだな…もうなんだってありか。』
睡眠中の強制ログインはさすがに初めての経験だった。
強制ログインが始まって半年が経とうとしていた。
しかし、一向に日常を取り戻せる様子は無い。
とりあえず、今は何時だ?
『command view time now end』
[05:27:41]
『command view time play end』
[04:58:32]
今は5時半手前。ログインしてから間もなく5時間か。
眠りについて間もなく強制ログインさせられたってことになる。
この半年の成果は酷いものだった。
チップの無効化はやはりできなかった。
手術での除去も、電磁波の照射等での破壊も、どちらも危険度が非常に高い
ということで実現しなかった。
ゲームの運営会社への問い合わせもしてみたが、
チップに記載されたシリアル番号が無いと
どうにもならないという事だ。
キャラクターネームや装備、熟練度等を詳細に伝えて
ぴったり一致するアカウントがあるはずだ
と、何度も交渉してみたが、
シリアル番号が無ければどうにもできない
と一蹴されてしまった。
そのチップが取り出せなくて困っているというのに。
杉田医師も追ってみた。
こっそりと見せてもらった名刺の情報から、まずは病院に問い合わせてみた。
「そんな名前の医師は、過去も含めて在籍していない」
という驚くべき返事が返ってきた。
それと同時に、何らかの目的を持ってチップを埋め込むような人物が
誰でもすぐにたどり着ける痕跡など、残すわけが無いと納得する部分もあった。
しかし、当初どうにかなると考えていた手段は全てどうにもならず、
唐突にログインさせられては3時間拘束される。
仕事に復帰どころか、そのための手続きさえままならない状態が続いていた。
かろうじて得られたものと言えば、強制ログインの間隔は最低1時間は空くことが分かったこと。
逆に言うと現実世界でやるべきことは、ログアウト後1時間の間に済ませておかないと
後はいつログインさせられてもおかしくない状況ということだ。
ゲームの隠し要素として音声コマンドが存在することも知った。
現在時刻や、ログインしてからの経過時間などは、音声コマンドで知ることができた。
一般プレーヤーにとってみれば大したことのない情報かもしれないが、
この時間把握用のコマンドのおかげで、いくらか心が救われたものだ。