4-3
「立つのもなんだし、光凛……わたしの横の席に座りなさいよ。そうよ、それがいいわ!」
てきぱきと夜魅は自分の席の横に学校机と椅子をセットした。
そして、こちらへ手招きをする。
断る理由もなかったので、わたしは夜魅が指定した席まで移動し、深く椅子に腰かけた。
お互いがお互いを見づらい状況……まさしく、それは今のわたしたちに酷似していた。
「なんだか、こうしていると全て忘れちゃうね」
「……そうね」
けれど、とわたしは矢継ぎ早に言い足す。
「光輝や水希……影勝に暗夢、それに載鐘くんが寝てしまったという事実は忘れられないわ。決して、忘れられない」
わたしが夜魅のほうへ顔を向けなかったため、夜魅の顔は窺えなかった。
けれど、夜魅の雰囲気から漂ってくるもの……ずばり、それは哀愁だ。
その彼女が口を開いた。
「みんな、みんな……眠っちゃったね」
「そうね」
「一人残らず、人類は眠っちゃったね」
「……そうね」
ねぇ、光凛――そう夜魅は尋ねる。
「わたし、ね。死にたい、かな……!」
途端に夜魅は過呼吸寸前まで陥ってしまった。
すぐさまわたしは椅子を吹き飛ばし、夜魅の背中をさすった。
息絶え絶えになりながらも、夜魅は言葉を発していた。
「『救世主』、あなた、邪魔、したくて、わた、『征服者』に……」
「しっかりしなさい、夜魅!」
ここであの言葉を言わなくてはいけなかった。
最終兵器である、あの言葉を――。
「『救世主』なんて、いないの! 『征服者』なんて、いないの! この世に『救世主』なんか、『征服者』なんかいないのよ、夜魅! それらは存在なんて、しない!」
「……え?」
次第に夜魅は症状が和らぎ、とうとう正常な呼吸になるまで落ち着いた。
「だって、光凛……あなた、自分は『救世主』なんだって、ずっと前から言っていたじゃない。そう、名乗っていたじゃない!」
「もうね、違うのよ」
わたしは安堵のため息をつくと、自分の席に戻った。
「載鐘くんは言っていたわ。『常に、この世の善と悪は均衡に保たれていて、この世はそれ以上・それ以下の善と悪を必要としていない』――そう言っていたの」
だからね、と今度は夜魅を見たまま、話を続ける。
「この世は『救世主』や『征服者』なんていう存在を必要としていないのよ。けれど、わたしたちはそんな存在を崇め、その存在になってしまった」
「光凛……」
夜魅は今にも泣きそうな顔をしていたが、構わずわたしはしゃべり続けた。
「載鐘くんはこうも言っていたわ。『それ以外のなんらかの勢力さえも必要としていない』――つまり、『死女』という存在もこの世は欲していないのね」
「ご名答。さすがは『救世主』」
わたしは茶々をいれる『死女』を睥睨すると、ふたたび夜魅に向き直った。
「今回、人類が滅んだ原因はあなただけではない。わたしも原因の一つだし、『死女』だってそう。だから、夜魅……自分を責めては駄目よ」
わたしは夜魅に向けて、精一杯、慈愛あふれる微笑みをしてみせた。
今や、夜魅は救われたかのように次から次へと涙を流しており、その表情は悪がするものではなかった。
やがて、夜魅の口が開かれる。
「光凛……いつだってあなたは、わたしの先を行くわね」
「……ええ」
「いつだってあなたは、わたしに救いの手を差し伸べてくれる」
「……ええ」
「わたしね、そんな光凛のことが大っ嫌い……とっても大っ嫌い!」
夜魅はわたしを見つめたまま、とめどなくあふれる涙をそのままにさせた。
とうとつに夜魅は椅子から立ち上がり、かと思えば猛然と教室を抜け出した。
「待って、夜魅!」
わたしは夜魅を追いかけるため、椅子を跳ね飛ばす。
もつれる足をそのままに、わたしは教室から廊下へ出た。
すでに夜魅は階段を上っているらしかった。
「まさか、屋上……?」
そのとき、わたしの脳裏にさきほどの夜魅の言葉が駆け巡る。
――わたし、ね。死にたい、かな……!
自殺未遂をしたことがある夜魅、自身が人類滅亡の戦犯だと罵られた夜魅……。
今まさに、彼女は屋上から飛び降りようとしていた。
そんなこと――。
「させない!」
わたしは教室の引き戸に頭を強くぶつけ、それを何度も続ける。
それで頭がクリアになり、わたしはそれを機に廊下を走り出す。
階段を上り、上り、上り、踊り場で唾を吐き、それからまた上る――。
屋上の扉は開かれていて、わたしはすぐにそこから屋上へ入った。
「夜魅!」
すでに、夜魅は柵の向こう側にいた。
わたしと夜魅の距離はおよそ十メートル。
けれど、その短い距離をあざ笑うかのように、ほどよい高さの柵があった。
「駄目よ、夜魅……こっちへ戻りなさい!」
わたしが呼びかけても、夜魅は振り返らない。
痺れを切らしたわたしが、柵を登ろうとしたとき――。
「ねぇ、光凛」
わたしは柵に掴みかかりながら、固唾を呑んで夜魅を見守った。
夜魅が振り向く。
その瞳には、愛情が込められていた。
彼女は言った。
「さっき、わたしったら嘘をついたわ。光凛のことが大嫌いだって……でもね、それは違う」
――だって、わたしは光凛のことが大好きなんだもん。
そう言って、夜魅は何十メートルもある高さから身を投げた。
引き止めるまでもなかった。
なぜなら、あっという間だったからだ。
滝川夜魅は、校舎の屋上から身を投げた――。




