1-3
昼休みのため、授業から解放されたクラスメートは皆、『地球』の元に殺到した。
どのクラスメートも、『地球』と馴れ馴れしくしゃべっている。
「……ちょっとウザいわね」
それを眺めるのはさほど苦痛ではなかったが、不快ではある。
わたしが舌打ちをすると同時に、影勝や暗夢に囲まれた夜魅が席から立ち上がった。
それを見て、反射的にわたしも席から立ち上がった。
そのときにわたしは勢いよく椅子を引いてしまい、結果的に椅子がひっくり返ってしまった。
不幸中の幸いにも、わたしの席は最後列だった。
だから、誰かに椅子をぶつけてしまうということはなかった。
椅子が床に叩きつけられると共に、教室にいたクラスメートの大半がシンと静まりかえった。
あちらこちらから飛び交う視線が痛い。
「夜魅」
こちらを訝しむように見つめてくる夜魅のほうへ、わたしは何歩か進み出る。
目の錯覚かもしれないが、わたしの瞳には夜魅が息を呑んだように映った。
「夜魅」
夜魅に呼びかけると、動悸と共に息切れがした。
理由は分かっていた。けれど、こうしなくてはなにも始まらない。
いや……もしかすれば、この行動こそが『終わりの始まり』なのかもしれない。
どっちにせよ、こうなれば自棄あるのみ。
「さきほどのこと……話し合いましょう」
固まった。
夜魅が固まった。動かなくなった。
硬直した。
けれど、それはほんの一瞬のことだ。
夜魅はあらゆる哀しみという感情がこめられた眼差しと微笑みをわたしに向けた。
わたしの心の支柱にヒビが入る。
この夜魅の表情――まるで、わたしとの友情を反故にすると言わんばかりの表情ではないか。
「夜魅……?」
わたしと決別するつもりか。
そんなこと――させない。
「光凛? おい、光凛!」
間合いがあるのをいいことに、わたしはわずかな距離で助走をつける。
そして一気に、上履きを履いた足の裏で夜魅の腹部に蹴りをいれた。
だから、険しい声音に豹変させた光輝が言葉を発したとき、すでにわたしは夜魅に鋭い一撃を与えていたのだ。
遅い。遅すぎた。
光輝は『従者』失格だ。
夜魅は苦悶に顔を歪めると、教壇近くの床に仰向けで倒れこんだ。
人に普通ではない暴力をした。生まれて初めて、酷い暴力をしてしまった――。
ワンパターン遅れて、不安を煽るようなクラスメートの悲鳴と怒声が轟いた。
そのとき、後頭部に鈍痛が駆け巡った。
今度は人間の本能から絞り出された悲鳴が一斉に上がる。
背後を振り返ると、手で掴んだ椅子を床に引きずったまま、わたしを蔑んだ瞳で睨む人物――影勝が立っていた。
後頭部を燃やされたかのように後頭部が熱い。
わたしはその部位に手を押し当てる。
激痛。
あわてて手を引っ込め、その手を見た。
どろりとした感触がする赤一色の神々しい液体――そう、血液だ。
わたしはよろけながらも、夜魅が横たわっている方向に足を動かした。
瞬間、息を呑む。
「よ、夜魅……」
口が張り裂けているのではないかと錯覚してしまうほど、夜魅はにちゃりと笑っていた。
それはさきほどの悲哀に満ちた微笑みではなく……悪魔がするような微笑みだった。
そこで、視界がぐらつく。
意識を失うのだと、わたしは察した。
視界が暗転。
意識を失う直前、わたしは全てを悟った。
夜魅はわたしと決別し、正真正銘の遊びであった『征服者』に、彼女は本気で目指すのだと――。
止めなくては。
夜魅を止めなくては。
夜魅の暴走を止めなくては。
夜魅を救い出さなくては――。




