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光と闇の少女たち  作者: 飛騨仇義
第一章 地球少女
1/41

1-1

 この二年一組の教室に、転入生がやってくる――そう言葉を漏らしたのは、わたしの親友であり、わたしの思い人である星野光輝ほしの・こうきだった。

 そう耳にしたのはいい。

 けれど、しばらくの間、わたしは身じろぎできなかった。

 あまりに話題のすり替えが巧みだったからだ。

 当時、わたしは寒さ対策だと頑なに言い張る、光輝の着こなす第一ボタンまで留められた学生服を見つめていた。

 寒いのならば、教室内で一つだけ全開にしている窓のすぐ横なんかにいなければいい。あるいは窓を閉める、といったこともすればいい。とにかく、やりようはいくらでもあるのだ。

 そこまで考えるや否や、わたしは、

「寒いのなら、とりあえず窓から離れたらいいわ。窓を閉めてもいいわね。あるいは上着を着る、とか……とにかく、やりようはいくらでもあるはずよ」

 と口早に述べた。

 すると彼は、

「そういや、うちのクラスに女の子の転入生がくるんだってさ。まぁったく、十一月という微妙な時期に転入してくるだなんて、なんか不気味だよな……って、おれは思うよ」

 というように、完璧な話題のすり替えをしてしまった。

 そのため、わたしは光輝の口車に乗る形で、「詳しい情報は?」と彼の目を合わさずに、聞くだけ聞いた。

 思い人である彼が異性である転入生の情報を掴んでいる……その事実が気にくわなかったため、わたしは聞くだけ聞いたのだ。

 自分では、これが“嫉妬”と呼ばれる類の感情だということに気づいていた。

 わたしらしからぬことだ。一体、今日はどうしたというのだろう。

「そ・れ・が、だな。分からないそうだ。ただ一つ、おれが分かることは……天下の『救世主』である清水光凛しみず・ひかり様がこの情報に食いついた、という事実だけだな」

 途中、光輝はにたりといやらしい笑みを浮かべ、不快なことにもその話が終わるまで、彼は下卑た笑みのままだった。

 それがたまらなく不愉快だったため、わたしは目にもとまらぬ速さで光輝の頭を叩くことにした。

「いてえな……暴力はよくないことだって、学校の先生から教わらなかったのか?」

「人の噂をする暇があるのなら、少しは立派な男になったらどうなの? 今のあなたは実に不愉快だわ」

 わたしはそれだけ言うと、光輝から目を背ける。

 わたしと光輝だけが静寂に包まれる一方、教室内のクラスメートらの喧噪がやたらうるさく聴覚を刺激した。

 わたしは自分のひねくれた性格に、存分とうんざりする。

 すると舌打ちと共に光輝がぼそっと呟く。

「なんだよ……つまらない女だな」

 つまらない女――その言葉の鋭利さに、どきりと心臓が跳ね上がる。

 さぞかし、わたしの瞳孔は開かれていたことだろう。

 いつの間にか、教室の喧噪はただの音と化し、わたしの聴覚と自然に融合していた。

 この穏やかではない状態がもしもまだ続くようなら、わたしは光輝に突っかかっていたと思う。

 つまりは、

「つまらない女って、どういうこと? ねぇ……言いたいことがあるのなら、はっきりと言いなさいよ」

 そう言うなり、有無を言わさず、彼の頬に平手打ちをするのだ。

 ふたたび、クラスメートらが発するやかましい声が聴覚に突き刺さり、わたしは我に返った。

 いざ想像した通りのことを行おうと光輝のほうへ視線を向けたとき、まさしく救世主が現れた。

「光輝さん、駄目ですよ。光凛さんが悲しんでいます。ともかく、謝ってください」

 わたしと光輝は揃って、声がしたほうへと振り向く。

 声の主である彼女――砂原水希すなはら・みずきは目を怒らせ、かわいく頬を膨らましていた。

 わたしは頬を緩めると共に、彼女の存在を心の底から感謝した。

 しばらくの間、光輝と水希は馬鹿みたいに睨み合っていた。

 すると前触れもなしに、光輝がわたしへと視線を移した。

 わたしは光輝の真剣味に満ちた瞳を見て、彼が仲直りをするのだとすぐに察した。

「不愉快にさせたのなら、謝る。悲しむまで傷つけたのなら、気が済むまでおれを平手打ちするなり、なんなりしてくれ。なんだったら、おれを無視してくれても構わない。本当に悪かった。ごめんな」

 頭を下げず、面と向かって精一杯謝ってみせる光輝。

 恍惚と光輝を眺めるわたし。

 わたしと光輝の身長差は七センチメートル。距離はわずか十五センチメートル……。

 これなら、いつ彼がわたしの唇を上から奪っても不思議ではなかった。

 そんなありもしない妄想に浸っていると、それをあざ笑うかの如く、にょきっと横から手の平が現れた。

 我に返るわたし。

 わたしはこの悪意ある手の平を持つ人物を端から睨みつける魂胆で、真横に振り向いた。

 直後、あらゆる感情というものが逆流した気分になる。

 なぜなら、わたしの妄想をあざ笑い、なおもそれが愉快だと言わんばかりに目の前で微笑んでいたのは、滝川夜魅たきがわ・よみだったからだ。

「朝っぱらから、イチャイチャして楽しい?」

 夜魅は妖艶さながらに喘いでみせ、それから馬鹿みたいにばっちゃけて笑い出した。

 わたしは夜魅の動向を両目で注視し、こっそりと彼女を心理分析してみた。

『自己中』、『欲求不満』、『ビッチ』、『寂しがり屋』、『人格(または性格)異常』、『犯罪者的思考』――漁れば漁るほど、数え切れないほどに負の分析結果が出てきた。

 よく布団を叩けば叩くほど埃が出てくるわけだが、まさしく彼女のそれはこの現象と同一だった。

「それはそうと、夜魅。『征服者』であるあなたを置き去りにして、いつもの二人はどこで道草を食っているとでもいうの。今日は欠席?」

 夜魅はゼンマイが切れた人形のように、ぴたりと笑うのをやめた。

 それがあまりにもとうとつだったため、わたしは思わず尻込みした。

「校門まで一緒だったんだけれど……いつもの二人が喧嘩を始めたから、ひとまず置き去りにしたの。だから、すぐ教室までくると思うな」

「ちなみに、どういう喧嘩ですか? あの二人のことですし、やっぱ痴話喧嘩ですかね」

 さきほどの感謝を忘れ、夜魅との会話に口を挟んだ水希をわたしは一瞥する。

 余計なことを言って、夜魅の機嫌を損ねるな。この馬鹿女め。

 案の定、夜魅はあからさまに顔を歪めると、水希になにやら呪文のような言葉を唱え出した。

 それを最初は馬鹿にしていた水希だが、次第に顔色が悪くなり、ついに卒倒してしまった。

 間一髪で、崩れ落ちつつある水希を支える光輝。

 それを見て、わたしの中の水希像が邪悪なものへと変わった。

「あぁん? なんだか楽しそうにやってんな。おれらも混ぜろよ」

「滝川さん……呪術が法令で禁止されていないからといって、親友に呪術をかけていい理由にはなっていませんよ。呪術をかける際は、人気のないところで行うべきです」

 ついに登場したか。

 わたしは新たに教室へ入ってきた親友二人を交互に見据える。

 二人は教室に入ってきたばかりだというのに、存在感に満ちていた。

 一人は校則違反でありながらも、髪を銀髪に染めている荒くれ者のような男性。

 大橋影勝おおはし・かげかつ

 もう一人は眼鏡が似合う知的美人の女性。

 安藤暗夢あんどう・あむ

 密かに、わたしはこの凸凹コンビが赤い糸で結ばれることを願っていた。

 もっとも、影勝は暗夢ではない女性と付き合っているため、それは叶いそうにない願望ともいえた。

 わたしはそこまで思考すると、夜魅に侮蔑の眼差しを向けた。

 なにはともあれ、二人の登場――正確には影勝の登場――により、夜魅は呪文を唱えるのをやめ、顔を綻ばした。

「ダーリン、今の聞いた? んと……それと暗夢もね。この能なし水希が、あなたたちが痴話喧嘩をしていたっていうのよ。全く……質の悪い冗談にもほどがあるわよね」

 夜魅はその言葉を言い終えるなり、またも馬鹿笑いをした。

 わたしはその下品でいやらしい夜魅の笑い声に、顔をしかめる他なかった。

 ふと、わたしは横にいる光輝を盗み見した。

 彼はこの祭りムードな状況から一歩距離を置き、その場の行く末を楽しげに見守っているようだった。

「おれが暗夢の尼と痴話喧嘩だと?」

 心底、胸くそ悪いという影勝の怒気が含んだ言葉に、わたしは本能的に彼を見る。

 言葉こそ怒気が含んでいたが、影勝の表情は愉快そのものだった。

「よ~し。水希のアホはどこだ? とっちめてやるぜ」

 影勝の本気とも冗談ともとれる言葉に、たまらず水希が卒倒から復活する。

「アホ女、発見!」

「ぼ、暴力反対です……誰か、誰かお助けください!」

 こういう事態になるのは毎度のことであり、仕方のないことだと、わたしは諦めていた。

 わたしとしては、「違う方向で盛り上がって欲しかった」というのが本心である。

 その違う方向――今からわたしが率先して、その方向へとみんなを導いてみせよう。

 わたしは唇を強く結び、それを一気に解くと、自分を見失った光輝と水希に喝を入れた。

「光輝に水希。あなたたちはそれぞれの役割を忘れでもしたの? 思い出しなさい! あなたたちは『救世主』の配下なのです。栄誉ある救世主陣営なのです。『従者』に『執事』、それがあなたたちの役割です。……思い出しましたか?」

 その鮮烈な呼びかけに、『従者』の光輝と『執事』の水希の顔色が変わった。

「はは……『救世主』である光凛にそれを言われたら、おれも『従者』らしく振る舞わないといけないな。ふっ、御意」

「いきなりのことで、なにがなにやらですが……とにかく、『救世主』である光凛さんにふさわしい『執事』でいろ、ということですね。――承知いたしました」

 水希は影勝の腕を振り払うと、わたしと光輝がいる窓際の隅まで俊敏に駆け寄り、守備を強固にする。

 救世主陣営は揃った。あとは征服者陣営である夜魅たちがどう動くかだ。

 夜魅はくすくすと愉快そうに笑うと、それから笑うのをぴたりとやめた。

「古来より、光がいれば闇もいると相場が決まっているの。光という『救世主』がいるなら、闇という『征服者』もまたいる、ということね。つまり、『征服者』のわたしは『救世主』の光凛とは、敵対関係にある。……そうでしょう? 『将軍』、『女史』」

 夜魅の呼びかけに対し、『将軍』こと影勝はにんまりと微笑んだ。

 それと同じく、『女史』こと暗夢は愛用の四角型フレームの眼鏡を押し上げた。

 その後、二人はそれぞれの言葉で夜魅の呼びかけに応える。

「応よ!」

「答えは、『イエス』。……それ以上でも、それ以下でもありません」

 救世主陣営と征服者陣営――両陣営とも、睨み合いが続く。

 けれど睨み合えば睨む合うほど、己の中にくすぶる羞恥のため、わたしたちの睨み合い合戦は次第に笑い合戦へと変わった。

 わたしたちは存分に笑うだけ笑い、からかうだけからかった。

 自然な流れで、話題は『救世主・征服者』、『従者・執事』、『将軍・女史』についての話となった。

 このような話になると、始まりである『救世主』のわたしと『征服者』の夜魅以外のメンバーはこぞって、わたしたちに「『救世主』とはなにか?」、「『征服者』とはなにか?」を尋ねてくる。

 それはこの日も同様だった。

「わたしが『救世主』と名乗りだしたきっかけは、小学校低学年の頃に見た夢だったわ」

 この歳になっても、夢の内容は覚えていた。

 夢の中――わたしは地球の代弁者である老人から、「あなたは『救世主』だ。あなたがこれから歩む未来は、『救世主』としての過酷な人生が待っているだろう。それを忘れるな」と、当時では難解な言葉で告げられた。

「夢が覚めると、わたしはいつも以上のエネルギーに満ちていたの。それ以上のエネルギーを出すことができないほどに、ね……」

 聞き飽きるほど聞かせたこの逸話ではあるが、夜魅を除く四人は違った。

 興味津々を通り越し、感嘆としている。

 わたしの話が一段落すると、今度は夜魅が『征服者』になったきっかけを話し出す。

「光凛とは違って、わたしは自分の意志で『征服者』になろうって決めたの。お告げなんかじゃなくて、ね。ふふ! だからね、光凛から自分は『救世主』だって聞いて、これは運命なんだなって、そう感じたわ」

 みんなの前で楽しげに説明をする夜魅。

 わたしはそんな夜魅を様々な感情を封じ込めた上で、見つめていた。

 夜魅はわたしのことが嫌いなのかもしれない――いつからか、わたしはそんな風に考えていた。

 もしかすると、夜魅がわたしのことを嫌っているのではなく、わたしが夜魅のことを嫌っているのではないか……そう疑心暗鬼になり、自己嫌悪に陥る日さえもある。

 むしろ、そのような状態にならない日はないと言えるだろう。

 不穏な関係である。

 けれど、一時的ではあるものの、『救世主・征服者』の話題になれば、少なくともわたしは夜魅のことが好きになれる。

 知ったかぶりできる。

 現在では、それが夜魅とわたしを繋ぐ唯一の架け橋だった。

 それがなくなることなど、考えられない。否、考えたくない。

 そう結論づけ、唇をぐっと噛みしめたとき、気が抜けるような校舎のチャイム音が脳内に響き渡った。

 我に返って教室を見渡すと、すでに幾人かのクラスメートは着席していた。

 そんな呆然としているわたしの顔を光輝は覗きこむと、こちらの肩をポンと叩いた。

「お~い、『救世主』。予鈴だ。席に戻るぞ」

 光輝を見ると、彼はすでに学生服の第一ボタンと第二ボタンを外し、いかにも寒そうにしていた。

「なぁ……そんなアホ面して、なにが楽しいんだ?」

「……そんな格好して、寒くないのかしら」

 すると、彼は涼しげに答えた。

「寒いぞ」

「やせ我慢はよくないわ。第二ボタンでもいいから、留めなさいよ。なんなら、わたしが留めてあげる」

「お、おい……光凛!」

 わたしは光輝の胸に手を当て、第二ボタンをきちんと留めてあげた。

「第一ボタンは? 留めるわね」

 有無を言わさず、わたしは彼の首元を弄り、時間をかけて第一ボタンをぴったりと留めた。

「これで、よし……あら、光輝ったらどこへ行くの? じきに本鈴よ」

 わたしは教室を出ようとする光輝を取っ捕まえる。

 彼の目は右往左往に泳いでいた。

「どこへ行くの?」

 念のため、もう一度聞く。

 なぜなら光輝がなにをしにいくのか、わたしは女の勘で察していたからだ。

「どこへ行くの?」

「と、トイレだよ! つまりは小便だ。いい加減、腕を離せったら……」

 わたしはずいっと光輝の顔に迫り、見据える。

「嘘でしょう?」

「嘘なものかよ。はは……なんなら、漏らしたっていいんだぜ?」

 光輝の冗談はともかく、わたしは嘘が大嫌いだ。

 だから、わたしは彼を追い詰める。

「あなたが本当はなにをしようとしていたのか……言ってもいい?」

 光輝が生唾を飲みこみ、それにより彼の唇がわたしの唇と触れそうになる。

 教室にいるクラスメート一同が、わたしたちの行為に気づき始めた。

 野次が湧く。

「…………」

「…………」

「……あら、どうして後ろに一歩下がったの?」

「……嘘をついて、ごめんなさい」

「素直ね」

 わたしが光輝を解放すると、彼は紅潮した頬を隠すように自分の席まで戻っていった。

 なにを勘違いしたのか、わたしたちを冷やかすクラスメートの好奇に満ちた声がわたしの耳にへばりつき、なんとも耳障りだった。

「…………」

 わたしは教室の後方の引き戸側に位置する自分の席まで戻り、乱暴に着席した。

 付近にいるクラスメートが驚き戸惑っていたが、それには我関せず、わたしは彼らに一切視線を向けなかった。

 本鈴が鳴るまで、わたしは自分に欲情した光輝を妄想内でたっぷり平手打ちをしたのだった。

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