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季節の花と情景

作者: 葵 佑月

ーー季節の花と情景ーー


私の働く職場の近くのバーで後輩の中谷と青春時代の思い出を語り合っている、というより私が彼女のマシンガントークに付き合っている。と言った方が正しい。彼女の話には抑揚がないから苦手だ。聞いていても正直楽しくはない。かと言って彼女が嫌いな訳でもないのだ。彼女の抑揚のない話を聞いていて自分の高校時代のことを思い出した。

私は当時家の近くのコンビニでバイトをしていた。

ーーー


「ありがとうございましたー」

19時30分。店のドアが開いて入店音が鳴る。

このくらいの時間にいつも私と同じ高校の制服を着た身長180センチくらいで大柄。猫っ毛の男の子がお店に来る。高校で見かけたことは一度もない。

入店音と同時にドアが開いて大柄の猫っ毛男子がスタスタとお店に入ってきた。私は思わずクスッと笑ってしまった。いつもの事ながら彼は何を考えているのかわからない。彼は買うものもいつもと同様、パックのミルクティとミルクチョコレート。見かけには想像もつかない、甘々なセットだ。彼はミルクチョコレートを食べながらミルクティを飲んでいるのだろうか...。それではミルクティの甘さが分からなくなるのではないか...。なんてどうでもいいことを考えながら彼の商品のバーコードをレジに通した。「108円が1点。108円が1点。合計で216円です。ストローはお付けしますか?」「はい。お願いします。」

彼の声を聞いてなぜだか、私は少しテンパってしまった。「か、かしこまりました。」

彼のクルッとした長い前髪の隙間から見える瞳をじっと見つめてしまった。彼はニコッと笑って制服のカーディガンから少し見える長く色白の指で500円玉を私に差し出した。

「500円お預かりします。」

私は手馴れた仕草でレジを打って見せてお釣りとレシートを渡した。動揺しているのを悟られないように...。「284円のお返しです。」

お釣りを受け取る彼の手はやはり色白で大きく指は長かった。


ーー


私は彼の名前も知らなければ学年もクラスも知らない。同じ制服を着ているから同じ高校に通っていることは確かなはず。あの日からだろうか、彼のことをもっと知りたいと思うようになったのは…。


いつも通り学校が終わってバイトに向かおうと自転車を走らせ、気分でいつもと違う道を通った。

線路沿いのベンチしかない広場。その広場のベンチにスケッチブックを持って何かを必死に描く彼の姿があった。私は無意識に彼に声をかけていた。

「絵を描いてるの?」

彼は視線をスケッチブックの方から私の方に移して私の目ををじっと見つめてこくりとうなづいた。

「何を描いてるの?」

「ここから見える景色」

そう答えた彼はどことなく嬉しそうな顔をしていた。

「ここからの景色。街全体が見渡せて、空が近くて雲の上にいるみたいだね。」私はなんとなく思ったことを口にしてみると彼がキラキラした瞳で答えてくれた。「わかる?そうなんだ。ここからの景色はまるで空から街を見ているようで他から見える景色とは一味違った感覚で凄く好きなんだ。」

彼のこんなキラキラした笑顔を見たのは初めてだった。名前も知らない彼に惹かれてしまうのはおかしなことだろうか。でも、彼の色が白く長い指。長く癖のある前髪。隙間からたまに見えるキラキラした瞳。その全てに惹かれているのはまぎれもない事実だ。私はどうしても彼の名前が知りたくなった。

「あのさ‥。」

「ん?」

彼の声が耳の近くでする。彼がすぐ隣にいるのを実感すると、言葉が喉の途中で突っかかってうまく声が出てこない。心拍数が上がってるのが自分でわかる。「名前。名前教えて」

私は喉に突っかかっていた言葉を吐き出すように投げた。彼は「夏樹。」とだけ答えた。

そのまま夏樹は何かを考えた様子で広場から去っていく。私は咄嗟に呼び止めてしまった。

「夏樹!明日香!」

「え…?」

「私は明日香。」

夏樹は無邪気に笑ってボソッと私の名前を呼んでくれた。

「明日香。」

「ん?」

「今日はバイトないの?」

「あ!!やばい。」

私の慌てた顔を見てクスクス笑う彼はなんだかいつもより可愛く見えた。



ーーーーー


「今日もまた景色を描いているの?」

「うん。同じところから見える景色でも毎日違う。」

「違うの?」

「空の色とか匂いとか。」

「言われれば確かに違うね。」

「風が吹けば草木が揺れる。葉っぱも落ちる。雨が降って上れば水が溜まる。俺、だから絵が好きなんだ。」

そう言いながら彼は白く細い指で少し芯のやわらかい4Bの鉛筆をスケッチブックに滑らせていく。

彼の横顔をこんなに近くで見たのは初めてかもしれない。まつ毛が長くて、少しゴツゴツした細い首。

彼のことをもっと知りたい。

「絵はいつから描いているの?」

「わからない。物心ついた時には絵が好きだったんだ。母親に良く絵を教わったのは覚えてる。」

「お母さんも絵が好きなんだね。今も描いているの?」「母親は病気で死んだ。」「そっか…。ごめんなさい」「俺も小さかったしあんま覚えてないからそんな気にしてない。だから謝んな。」

そういって彼は優しく私の頭を撫でた。

少し寂しいのとなんだか照れくさいのと色んな感情が混ざり合って私は夏樹のことをもっと知りたいと思った。

「ねぇ夏樹。夏樹は学校でも絵を描いてるの?」

「あぁ。俺滅多に学校行かないから。」

「私と夏樹同じ高校なんだよ。夏樹が私のバイト先のコンビニに来てくれた時にうちの高校の制服着てて、その時からどんな人なのかなって思ってた」

私は心に溜まっていた伝えたかった沢山の言葉を一気に夏樹にぶつけた。

「ごめん。ほんとは知ってた。水島 明日香でしょ?うちのお店にも良く来てくれてる。」

私は夏樹の言っている言葉の意味がよく理解できなかった。「え?どうして私の苗字を知っているの?」

「窪田生花店。俺の親父の店。」

窪田生花店は私がよく行く近所の花屋さん。

私は部屋にその季節の花を飾るのが趣味の一つで、頻繁にお店に足を運んでいた。

でも彼の姿をお店で見かけた記憶はない。

「え??あの花屋さんの?」

「うん。」

「あのお店、夏樹の家だったんだね。でも私お店で夏樹のこと見かけたことないよ。」

「親父がよく言ってた。お前と同じ学校の制服を着た女の子が来るって。それで、何回か明日香がうちの店の花を持ってここの公園通るの見たから。うちの店の花くらい俺にはわかる。俺だって一応あそこの店の息子だから。明日香の苗字知ってんのはコンビニで名札見たから。」

今日の夏樹はなんだか凄く饒舌だ。でも素直に嬉しい。

「私のことちゃんと見てくれてたんだね。ありがとう。もう一つ聞いてもいい?」

「ん?何?」

「夏樹はどうして学校に来ないのにいつも制服なの?」

「親には学校行ってないの秘密にしてる。ってよりも行こうとは思うんだけど、ここ通るとどうしても絵が描きたくなって気づいたら夕方になってんの」

夏樹は絵が好きすぎるあまり周りを見れない性格のようだ。

「絵も大事だけど、高校、卒業できなくなっちゃうよ?私と一緒に学校行こう!」

「明日香と一緒なら頑張れる。」

そう言って夏樹は向日葵のような笑顔で笑った。


ーーーー

後輩の中谷の抑揚のない話はほとんど右から左へ流れていた。

「中谷ちゃん。私そろそろ帰るね。」

少し飲みすぎてしまったかもしれない。後輩と呑むのも悪くはないが中谷はやっぱり話が長い。

「あ、すみません。お子さんもいるのに遅くまで。」間もなく日付が変わろうとしていた。

「大丈夫よ。もう高校生なんだから。うちの息子、夫に似たみたいで身長ばっかり伸びて、もう175超えてるんじゃないかしら。」

中谷が私の話に食いついてきた。

「旦那さんも180以上ありますよね。旦那さん花屋さんなんですよね?羨ましいなぁ。」

このままだと話が終わらなそうだったので私はすかさず店員さんを読んだ。

「お会計お願いします!!」


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