中学2年生の夏 吐き出す思い
「あずみ、今日は元気ないね。どうかした?」
私が買ってきたお馴染みのお祭り四点セットに舌鼓を打ちながら、彼は私にようやく訊ねる。
別に聞かれるのを待っていたわけではなく、本当にただ気持ちが沈んでいたのだ。そんなブルーな気持ちでもこの場所に来たのは、やっぱり誰かに話を聞いてほしかったから。
むしろ私の日常を知らない彼にこそ、聞いてもらいたかった。
「今日はって……、別に今日だけ特別元気ないわけじゃなくて、一年間殆ど元気ないから」
「憎まれ口を叩けるくらいの元気はあるみたいだね。で、どうしたの?」
私の八つ当たりを闘牛士ばりに華麗にスルーして、彼は改めて訊き直した。私の口から溜息が自然と溢れる。
「学校でちょっとね……」
聞いてもらいたいくせに具体的なことは言いたくなくて、言葉を濁す。
「学校? ああ、学び舎か。また、イジメられたのかい?」
「イジメられてない! ただ無視されたり、勝手に噂流されたり、物隠されたりされるだけ」
「それをイジメられてるっていうんじゃないの?」
「私は別に負けてないもの。だからイジメられてない。嫌がらせをされてるだけ」
声を大にして反論したところで意味はないのに、ただ面倒くさい奴って思われるだけ。
だけど彼は嫌な顔を一切することなく。
「まあ、それならそれでいいけどさ。なんで、にん……じゃなくて、人って奴は寄って集って誰かを貶めるような事をするんだろう?」
「人ってそういう生き物なんだよ。保身の為に共通の敵を作って攻撃することで、輪の中での安全を確保したいんだわ」
達観した物言いもただ本を沢山読んで培った偽りの知識。経験もしていないのに分かったような事をいう自分が嫌になる。
それでもあの人たちの気持ちなんてわかりたくないけど、何となくわかってしまうのは私も同じ人間だからだろうか。もし、私が逆の立場だったとしても、きっと同じように保身に走るんだと思う。イジメられてる子をかばい立てれば次の標的は自分になるのだから。
善意も正義も集団の力の前では為すすべがない。だから、標的にされた時点でもう仕方ない。
「ふーん、負けてないって言ったけど、あずみは凄く悲しいし辛いんだろ?」
口を真一文字に噤んだのはその言葉を認めたくなかったから。
「いいんだよ? 正直に話して。どうせ僕とあずみは一年に一回会うだけの仲だ。僕は誰に言うこともないしね。心の内を吐露するといい」
いつも飄々と話す彼の声色がとても優しく聞こえた。親には心配をかけたくないから話せないし、私の話を聞こうとしてくれる人なんていなかった。だけど、目の前の男の子は私の声に耳を傾けようとしてくれている。
その優しさに絆され、頑なな心が溶けて涙が頬を伝った。
不覚にも零れ落ちた涙を咄嗟に拭ったが、後からとめどなく溢れてくる涙に心のダムが決壊する。
「ふっ、うっう、辛いよ。今日で夏休みが終わっちゃう。明日から学校が始まっちゃう。学校に……行きたくない」
ずっと我慢してきたその言葉。
咽び泣き、震える私の肩を彼はぎこちなく、だけども力強く抱いてくれた。そのまま彼は私が落ち着くのをただただ待っていてくれたのだった。