いつか二人で
田んぼの畦道を抜けた先にある行々神社。あの古ぼけた立入禁止の看板と解れたトラロープは撤去されており、代わりに『工事関係者以外立入禁止』と大きく書かれた真新しい看板が堂々と置かれている。
石の階段には泥のついた靴跡が残されており、人の往来があることを物語っていた。たったそれだけでも、私と彼だけの秘密の場所だった去年までとは違う雰囲気を感じずにはいられなかった。
石段を登り切り小さな鳥居をくぐると、そこにはぼろぼろのお堂が姿を現す。まだ手付かずの状態らしく、去年までと同じ姿のお堂に些かほっとする。
だけど、夏祭りの日だというのに、その前に彼の姿はなかった。何となくわかっていたことだが、やっぱりいなかった。
いつも隣り合って座る同じ場所に腰掛け、ポッカリと空いているそこを目を細め、見つめる。
私が持ってきたりんご飴やチョコバナナを嬉しそうに頬張る彼の姿が見えるような気がした。いつもありがとう。と、にっこり微笑んでくれる青白い顔がそこにある気がした。
同時に私は無意識の内にもう彼に会えることを諦めていた自分を認識する。
「手ぶらで来ちゃった。ごめんね」
そこにある顔が残念そうに歪むのがわかる。不貞腐れてぷいとそっぽを向いてしまう彼。そんな様子が可愛くて、私はその背中にぴとと抱きついた。
そんな妄想を抱いた……。
「――ずみ」
暗闇から声が聞こえる。
「あずみ、起きてよ」
彼の声が聞こえる。どこ? どこにいるの?
「全く、こんな所で寝るなんて何を考えてるのかな。危ないじゃないか」
ああ、なるほど。私は寝てしまったんだ。そして、夢の中に彼が来てくれたんだ。
だって、きみにどうしても会いたかったんだもの。不吉な噂話も聞かされたし。
それより、早く見たい。きみの顔を早く見たいのに、この夢ずっと暗いな。それに、声もでない。
「なんか幸せそうに寝てるし、まぁいっか。起こしたら可愛そうだもんね。それじゃ、僕は行くよ」
え? そんな、ちょっと待って! 一年に一回しか会えないのに。いや、違う。もう二度と会えないかもしれないのに! 夢の中だけでもきみと話したい! 笑顔が見たい! きみに触れたい! 待って行かないで!
「待ってぇ!」
覚醒した私の耳に、自らの発した叫び声の残響がこだまする。瞳から零れた涙は頬をゆるりと伝い、顎の先から落下する。静寂に私の呼吸がうるさかった。
「せっかく、夢の中で出会えたのにな……」
「夢の中で出会えたって、ひょっとして僕に?」
「え?」
私の隣に……さっきまでぽっかりと空いていたその場所に……半袖短パン姿で銀髪が目立つ愛嬌のある顔が……私が一番会いたくて見たかった笑顔が輝いていた。
「どうして……」
目の前の現実が信じられなかった。もう二度と会えないと心の中で諦めていた。彼という存在が、もうこの世にはなくなってしまったのだと思っていた。
だけど、目の前には確かに彼がいる。無意識に、咄嗟に、私は彼に抱きついた。
「よかった、よかった」
それ以外の言葉はでてこない。どうしているの? 無事だったの? 等疑問は沸いてくるのに、それ以上の安堵が心を満たしていく。
「閻魔大王も粋な計らいをしてくれたものだよ」
私のことを優しく受けとめ抱擁したまま、彼はひとりごちる。
「二つも禁忌を犯したからね。どんな厳罰も当たり前だけど、不死身の肉体は失われ、病魔に侵される脆弱な肉体を代わりに与えられた。おまけに強大な魔力も根こそぎ無くし、その上で妖魔界からの永久追放。正に妖怪にとっては地獄以外の何ものでもないね」
私は彼の言っている意味がよくわからず、何て答えるべきかわからなかった。
「ねえ、あずみ。僕と抱き合って何か気付かない?」
その問いにも私は答えを見つけられない。困った雰囲気を察してか、彼は更に付け足した。
「感じたままでいいんだよ。どうかな?」
感じたまま……。大好きな彼に抱きしめられ、胸が満たされる想い。それにとても温かくて、安心感を与えてくれる温もり。
……温もり?
彼の真っ黒な瞳を覗き込む。さぞ私は狼狽の表情を浮かべていたのだろう。彼は可笑しそうに目尻にしわを寄せ、血色のいい顔でにこりと微笑んだ。
「ね? 閻魔大王様も粋な計らいをしてくれただろう?」
その台詞が彼らしい皮肉だとわかった時、私も心から満面の笑みを浮かべた。目から溢れる涙は悲しくなんかないのにとめどなく溢れる。
こんな軌跡が本当に起こるなんて。
「今年は手ぶらで来たんだね?」
チラと私の手元に視線を落とした彼が探るように言った。
「あっ! ごめんね、すぐに買ってくるわ」
「違うって」
慌てて立ち上がろうとした私の手を、彼のほっそりとした温かい手が掴んだ。
「去年約束したろ? いつかなんて曖昧な約束なら、遠くない未来の方がいい」
拭った涙がまた溢れる。目元に溜まった水たまりを、今度は彼の指がそっと拭ってくれた。
「さあ、行こう! あずみと僕が大好きなお祭りに。これからは毎年一緒に」
「うん」
二人一緒に行々神社を後にする私達の顔は、きっと夜の闇すらも照らすほどに眩しく輝いているに違いない。
だけど、きみは気付いているかな?
いつか一緒にお祭りに行きたいって、私はきみと友達になった小学三年生の夏からずっと思ってたんだよ。
だから私にとって今日この日はずっと願っていた日。
きみと初めて会ったあの日からずっと抱いていた念願が叶った日。
いつか二人で。
それが叶った日。




