帰郷
キーシルドさん。勇者隊の最年長者30ん歳。天界主教の司祭で帝国出身だ。帝国は大陸の北方にあり、文化や技術なことは一番進んでるんじゃないかな。そのせいか、キーシルドさんは族長連合ではちょっとウイている。それに性格的にも精霊を奉じる三姉妹とは・・・というか、十代の女子という難解な生き物を相手するのは苦手らしく、セウルギンさんかコルンさんと一緒のことが多い。一番多いのは一人だけど。大きな体に強面で、普段は無表情ついでに無口・・・通りすがりの子どもが泣くぞ。
でも、一度話すとよくわかる。この人は本当に、真摯に人のことを思いやる聖者だって。ある意味、勇者隊にふさわしい人かもしれない。でも、やはり人を信じすぎだと思う。もっと人を見極めるべきだ。俺なんかを信じちゃいけない。お人よしだ。
第7章 帰郷
さて、俺の「情報」に基づいて、隊員たちの会議が始まった。リーダーの勇者様はなにしろ人語をお話にならないので、まあ象徴リーダー制かな。ご聖断をあおぐって時以外はあまり口は挟まない・・・比喩だけど・・・みたい。まあ、天然ポイって気もするから丁度いいんじゃないかな。なんかおやつ食べてるし。ちょっとゲンメツ。
で、議長と言うか進行役は勇者様の後見役、護姫様だ、落ち着いてみんなの意見を冷静に、公平に吟味しようとしいて、内心あのシル姉が?と感心しきりだった。
議論の中心は陣法師のコルンさん。やはり、相当できる女性だ。のんびりした外見と丸みを帯びた柔らかい声でだまされそうだけど、勇者隊の頭脳は間違いなくこの人。
一方、要所に絡むのは、さすがの魔術師セウルギンさん。コルンさんとは昔からの知り合いらしく、息もあう。まあ時々変なことわざを出すのは場を和ませるためらしいけど・・・初めての話し合いに固くなってた俺に「話し合い 三人に寄れば もんじゃ焼き」って・・・ねえ?ことわざってより川柳だろ。で困ってた俺に、おいしいものを食べてるつもりで気軽にしたほうがいい考えが浮かぶって言いたいらしい。でも、「ああ、説明が必要でしたか・・・ワタシもまだまだです・・・」って落ち込むさまは・・・あんた、イケメンという限られた資源を無駄遣いしているよ・・・もったいないと言うか、うらやましいと言うか。
で、話し合いにほぼ無関心なのは戦姫様で、「要はやるか、やらないか?いつやるか、どうやるのか?」にしか興味がない・・・あ、さいですか。
で、参加しないのが教義と大義にしか関心ない様子の聖教師キーシルドさんと、参加できないのがコミュ障気味のミュシファさん。キーシルドさんはずっと怖い顔をしたままだし、ミュシファさんなんか自分に当てられませんようにってひたすら存在感を消そうとしている。シーフかよ・・・スカウトだった。
・・・意外にアイデアの層が薄い。まあベテラン戦士長が不在ということもあるかもしれないし、これで充分なんだろうけど。
で、結論。
「では、誘拐された人がいるであろう村跡を急襲する!一時間後に出立だ。」
早い早いよ。と言いたい気もするが、
遅くなれば誘拐した馬車が来ないことで警戒が強まる。犠牲者も増える。
その場所が牧場かの確証は100%ではないが、行けばわかる。行かなければわからない。
相手が、百とか千なら、戦力は、これで充分。城の援軍も不要。
あ、そう。さすが勇者隊。フルメンバーでなくともそのくらいはできるっと。
だけど・・・俺があまり目立っちゃいけないんだけど・・・でも・・・。
「あのぅすみません。二つだけいいでしょうか?」
恐る恐る、恐れ多くも、発言許可を求める・・・なに?ミュシファさん、何で捨てられたような目で俺を見るの?戦姫様もかよ・・・思春期症候群どもめ。大人は言うべき時にいうんだよ。
「もちろん。お前が最も事情に詳しい。新入りとて遠慮はいらぬ。」
コルンさんとセウルギンさん、興味深そう。俺がどんな変なこと言うか期待してるな?
「ええと・・・そこにはさらわれた人が大勢いますよね。まず最悪人質とかにされたらどうしますか?後、救出に成功した場合、その人たちをどうやって安全な場所に連れて行きますか?」
コルンさんは、それを聞いてニヤリと笑った・・・悪い笑顔だ。セウルギンさんは普通に考えこんでた・・・「金メダル 急がば回れ 五回転」・・・ゴメン、普通じゃなかった。
なぜかキーシルドさんが顔を上げてた。
で、コルンさんが答えてくれた。
「人質をとられないためにも、急襲というより奇襲なの。もちろん向こうに行って状況は確認するけど。」
これはその通りと思った。俺が慎重すぎた。無策で突撃するように見えるが、相手に策を立てさせないと言うのが大切で、主導権さえとれば移動中にも向こうで状況確認してからでも作戦は立てられる。それが人質をとらせないために大切だとコルンさんは言っている・・・さすが、としか言いようがない。素直に感心した。
「兵は神速を貴ぶ・・・その極意を教わりました。」
と俺が頭を下げると、逆にコルンさんがびっくりした。
「あの説明でそこまでわかったのね・・・しかもその例え・・・ねえ陣法師にならない?」
いやいや恐れ多いし、俺はただのアサシンですから。秘密だけど。でも軍師とアサシンは共通点が多いかもしれない、とちょっと思った。
「それから、二つ目は、そうね。たしかに配慮が足りなかったわ。食糧庫だから最低でも食料、多分馬車くらいは、と思っていたけど・・・。」
そう、その食料の正体がわからない。最悪、食っちゃいけないものを更に食わせられるんだったらかわいそうだ。輸送手段だってあやしい・・・それに子どもだってきっといる。コルンさんは俺の言いたいことを、あの短い言葉でわかってくれた。ホントに賢い人だ。
「わかった。こっちで手配しましょう。手配ルートは・・・パシリくん、お願いできる?その他の物資は『萬』さんで私がやっておくから。」
「はい。一時間で手配します・・・出発は同時。物資が目的地に到着する前にこっちは救出を終わらせる。それでいいですね。」
「最高よ!それに貴重な意見ありがとう。今なら、わたしの弟子入り確定よ!」
だから、遠慮しますって。でも、いつも一人で考えて一人で行動している俺が、自分以上に考えている人と一緒に行動できることに、ちょっとワクワクした。
この人たちの話し合いに役立つことができて、何よりも、それが人を助けることにつながることが実感できて、すごくうれしかった。だけど・・・。
会議が終わり、俺が物資の手配に向かう前に、キーシルドさんが俺を呼び止めた。この人大きいし、顔怖いし無口だし、かなり威圧感ある。そう言えば会議で俺が発言した時急に顔を上げたな・・・何か、俺身バレすること言ったか?ちょっと警戒する。しかもとても自然に、俺は手をつかまれた。しまった逃げられない・・・?
「パルシウス殿。拙僧、感服しました!」
「は・・・い?」
あの怖い顔が、なんか涙を浮かべている・・・。
よくわかんないけど、聖職者で最年長でしょう、あなた。そんなに簡単に・・・人を・・・俺なんかを信じちゃだめだよ。
「拙僧は、誘拐犯などという卑劣な奴らを懲らしめることだけを考えておりました。しかし、貴殿は誘拐された人たちを救うことまで考えておられた・・・なんという気高さ!!拙僧は恥ずかしい。今後は貴殿を見習い、悪人を倒すのみならず、より人を救うことを、みんなのためになることを志しますぞ!」
キーシルドさんは、感激して、俺の手を取って振り回した。でも俺は・・・やりきれなくなって、慌てて逃げ出したんだ。
聖職者がアサシンを見習うな!だいたい・・・俺は誘拐よりもっと悪いことをたくさんしてきた。それを知ったら、この人は真っ先に俺を退治しに来るだろう・・・そう思うと。さっきまでの昂揚感も全てふっとんだ。俺はこの人たちと違うんだって。『仲間』どころか、退治される立場なんじゃないかって。なぜか、それが急につらくなったんだ。だから、急ぐふりをして慌てて逃げた。そんな俺をキーシルドさんは見送ってくれた。
くそっ!なんで、こんなにイライラしてるんだろう・・・。
フロントの前を通る。
「パシリ・・・さん?」
デリウエリさんに呼び止められた。・・・なんか、あったかな?
「・・・何かありましたか?」
いや、それ、俺のセリフ・・・。
「なんかあったように見えます?・・・・いや、取り消します。これパス。」
「・・・パス?」
と首をかしげながらも、渡されたものを見てデリウエリさんは微笑んだ。
「行ってらっしゃい。」
・・・渡したのはもちろん、勇者隊の顔ぶれと会議の内容だ。俺たちは一時間後に出立するってその他もろもろ。いつものことをしただけだ。うっかり素通りするところだったな。
俺は廻船ギルドに向かうことにした。ホルゴスの南門はエムズの河川港に面している。村跡からちょっとは歩くけど、何十、何百の人を輸送するなら、船の方がいい、そう思ったからだし、商業ギルドや馬車の運送ギルドよりは、人手も少なくて済むし口も堅い。特に運送ギルドは、昨日のことを考えるとヤバイ気がした。
歩きながら、あの頑固なおやっさんをどうやって口説こうか考えていた。
途中リュイの屋敷の前を通った。部屋の窓は閉じたままだ・・・未練だな、俺。
手配は済んだ。昨日の誘拐騒ぎはけっこう広まっていたから、それをうまく利用して、
「事情は言えない、さらわれた人の安全のために察してくれ、親方!」
で押し通した。義侠心に厚い人だし、俺も嘘は全くついていないからまあ、よかった。コルンさんのことだから、お金とか細かい打ち合わせは何とかなるだろう。俺はルートの確保だけなのでこれでいい。戻ってコルンさんに事情を話したが、もちろんオッケーだった。
物資の手配も、出立の用意も済んだ。南門から船が出るのは遅れそうだが、船だから大丈夫。おやっさんも信頼できる。そちらを待たずに出立することになった。
西門のほうが近いが、なにしろ裏切者の牙城だ・・・敢えて北門を使う。門番には隊長のファザリウスさんがいた。事情は・・・俺が話さないといけないし、勇者隊と行動を共にするからには、もう衛兵はできなくなる。きちんと言わなきゃいけない・・・一年間お世話になったみんなに。
「・・・パシリ?どうしたんだ?急な報告でも?」
そうだった。リュイと別れて、宿舎に行って、宿屋に行って・・・。そして。
「あの・・・隊長。えっと・・・」
俺がコミュ障だ。声が震えている。思ったより衛兵を抜けることは俺にとってつらいことだったらしい。今頃気づいた。
「・・・まず、俺ですが、今日から急に雇われることになって・・・近いうちに衛兵をやめなきゃいけません・・・今まで・・・ほんとに・・・」
「パシリ?お前・・・」
挙動不審な俺を見かねて、護姫様が出て来てくれた。
「ファザリウス殿か。2年ぶりだな。我を覚えておるか?」
「は!?シルディア様・・・これは・・・お懐かしい。あの時のご活躍、忘れはしません。」
知り合い?そう言えば2年前の戦いに隊長も参加したとは聞いていたけど。
「貴公も健勝で何よりだ・・・で、これから言う件は内密にしてくれれば、ありがたい。」
懐かしそうな隊長だが、いかつい顔が怖い顔になっただけだけど。
「わかりました。護姫様が何用でございますか?」
護姫様は、急な用で城外に出るため開門前だが秘密理かつ迅速に通してくれという件、そして俺を案内人として雇うことになった件を俺の代わりに言ってくれた・・・正直情けなかった。従者の仕事を主人にさせているのである。
「・・・護姫様の申し出、承りました・・・ただ、一つ、お願いがあります。」
ファザリウスさんが、護姫様に対し、恐れげもなく言った。驚いた。ここの城主はゴウンフォルド家の将の一人。だから護姫様は主筋も主筋。その相手にお願い?どんな勇者だ、この人・・・いや、本当の勇者様は俺の後ろで、クッキー食べてるけど。
「急なことで、隊のみんなもパシリがやめることを知りません・・・今度一日、そいつを貸してください。挨拶くらいはちゃんとして別れたいんです。」
「承知した・・・従者パルシウスは、みなに好かれておったのだな。」
俺は無言で護姫様に、そしてファザリウスさんに頭を下げた。結構長い時間下げたままだった。隊長がそんな俺の頭を叩いて
「大出世だな。今度、必ず武勇伝を聞かせろよ!」
と言った。俺は鼻水交じりの声で
「はい。必ず・・・」
そう答えるしかなかった。だがここで時間を費やすわけにはいかない。俺も隊長も、一度にらみ合い、そして別れた。隊長の指示で、迅速に楼門の人員が動き出す。
北門が開き、内跳ね橋が降ろされた。しかし、まだ外ではない。ホルゴスの北門と西門にはバービカンがある。バービカンとは、堀の中に築かれた出丸の一種で、内跳ね橋はここまでつながる。しかしこのバービカンにも跳ね橋があって、堀の外に通じる外跳ね橋はここから降ろされる。バービカン自身は堅牢で独立した城外門楼であり、落とし格子や殺人孔といった防御設備を備えている。もともと北は、亜人戦争で放棄した旧都と王国につながる大道があり、西はオーガ族に備えるため、ホルゴスでも特に守りが堅い・・・。
北門・・・ゲイトハウス(楼門)を出る。内跳ね橋を過ぎ、バービカンのゲイトハウスへ。
守衛に目礼をして、外跳ね橋を渡る。ようやく城外に出る。振り向いて、あらためて北門を眺める。巨大な城郭都市。それを最前線で守っていた、俺の仲間たち。
昨日見た時とはまるで違う想いで、俺は門を見上げた。跳ね橋が上がり・・・俺たちは足を速めた。もう一度、護姫様に一礼し、俺は隊の先頭に立った。
俺が先頭なのは案内人の立場上だ。装備は騎馬だから短弓を用意した。後は愛用のイアードダガー。衛兵の給料のかなりを費やして買った。後は革ヨロイくらいだね。ソフトなヤツ。軽装が俺の信条だし。職業柄。
馬は普通の茶色い奴で、特に特徴ないけど、よくいうことを聞いてくれそうな素直な目と、長い時間走るための太い脚を持っていた。鬣がちょっと短かったけどかわいい奴だ。
一応予定としては半日で目的地を目指す。到着は今日の昼過ぎ頃だ。まあ敵が、馬車戻らないから本格的に怪しむギリギリに間に合うかなってとこだ。
・・・あれ?ミュシファさん?なんで俺の後ろに乗るの?急ぐんだけど?
「あの、その・・・ゴメン・・・あたし、馬苦手で・・・」
マジか?それでよくやってられるな・・・街中専門か?『迷子』のくせに?
「でも、もっと他に誰か・・・。」
助けを求めて見まわす。・・・ち。みんな目を背けやがった。
体重や装備を考えれば戦姫様・・・論外だな、あの態度じゃ。後は、勇者様かコルンさん・・・勇者様の馬って馬じゃねえし。ユニコーンだし!いたか、そんなの?いや馬小屋にはいなかった。召喚獣か。ユニコーン・・・この子「傷物」って言ってたけど処女だって・・・聞くのもなんだか・・・「ねえキミ、ユニコーンに乗れる?」・・・立派なセクハラだろ。そりゃ。
で、コルンさんは、ああ、荷物多そう。何積んでんだか。眼鏡は外してるのか、残念。いや、今そこじゃないから、俺。
「あの・・・ゴメンさない・・・ゴメンなさい・・・でも。」
コミュ障か?コミュ障だろ。全く。だから思春期症候群は・・・。ふう。でも、ま、背中の感触がうれしい。つつましやかだけど、持ち主の性格よりは自己主張がある。オッケーだ。この子も好きで俺を困らせてるわけじゃない。
「わかったよ。じゃ、ちゃんと俺につかまって。」
「うん・・・ありがと。」
と、多少の問題はあったが、勇者隊一行は出立した。
ふと空を見上げる。かなり朝月が膨らんでいた。そう言えば来月だったな、聖月。あと一か月ほどで、年に一度の満月・・・俺たちが召喚された夜がまた来る。
異世界から召喚された4人が、こうして一緒にいて・・・4人目がいるのを知ってるのは俺だけだけど・・・。ふん。同じ転生者でもえらい違いだ。
「火の精霊の加護」と「剣術の大才」二つの才能を持つソディが戦姫様。
あらゆる武術の才を持つ、まさに「武芸百般」のシル姉が護姫様。
「全ての精霊の加護」を受けた「行者」にして「戦士」エンが勇者様。
そして・・・何の才もなくて追い出され、弓使いも失格。落ち着く先がスパイでアサシンの俺、か・・・。人の秘密を探って時には殺す。それがホルゴスのために、みんなのために・・・死んだ妹や弟や親父のためになるのなら・・・なってるんだよな?そうでなかったら、俺は・・・。
だけど、今のままじゃ、俺が壊れるってリュイが言った。あいつに会えなくなると壊れる・・・ただの人殺しになるって。その後どうなるんだろ?あの「拳銃」出してる時の、アサシンガンナーの俺になるのか・・・あれは好きじゃないけど、あまりいろいろ考えないし感じないのなら悪くもない・・・。
でも三か月前、アサシンガンナーの俺は、リュイを殺そうとしたんだ。
誘拐されたリュイを助けに行ったのに、助けた後で「顔見られたな、面倒くさい・・・やっちまうか。」って・・・バカ過ぎだろ、俺。・・・ああなるのか?あの時、戻ってなかったら、ホントの親友になる前に、リュイを殺してたんだ。
ああはなりたくない・・・なっちゃいけない。あいつの・・・10歳のくせに。泣き顔も見せなかったな。
・・・ん?
「ミュシファさん?起きてる?」
「ふぇ・・・はひっ!」
寝てたな・この子。危うく手が外れるところだった。よく眠れるな。朝から。
「ミュシファさん、頼もしいよ。こんな時に眠れるなんて!」
「そ・・・そんな。あの・・・からかわないで。」
少し辛気臭くなってた俺は、しばらくミュシファさんをいじって、胸の感触もちょっとだけ意識しちゃって、気分転換させてもらった。
男ってのは単純な方が幸せだ・・・親父が言ってたな。俺には、かなり難しそうだが。でも、今はなるべく単純になろう。
人を助けるために、村跡に行く。
悪い奴がいたらやっつける。
女の子とタンデムしてることを楽しむ・・・思春期相手だけど、戦姫様よりマシ。
これで行こう。
で、昼過ぎ。村近くに来ると、なんか俺は昔に戻った気がして・・・もちろん錯覚だけどさ・・・懐かしくなってた。
で、街道から少しわき道に入ると村のはずだが、その入り口。
よくよく見ると、うまく偽装してはいるがわき道に轍の跡がある。つまり定期的に馬車が通っているということだ。誰もいないはずの村跡まで。
馬から降りてそれを確認した俺は、追いついてきたみんなにそれを告げた。
「パシリくん・・・レンジャー?」
「は?」
コルンさんが轍ってどれだろうって眼鏡をかけなおして探してるけど、かけた方がかわいいけど、轍は見つけられないらしい。
「ほら、ここがこうなってて・・・・。」
って説明すると、戦姫様、護姫様、セウルギンさん、コルンさんが『おお~っ』って・・・まさかレンジャーもいない?スカウトが『あれ』なのに?あれって悪いけど。
ちなみに勇者様は『よきにはからえ』的な感じで、おやつを食べていた・・・。食いすぎ。キーシルドさんはまだよくわからないみたいで・・・。
ミュシファさん、目をそらしたな!知ったかぶりするな!俺はミュシファさんにもう一度懇切丁寧に説明した。もし何もなくて無事に俺がこの隊を抜けた後、この子がしっかりしなきゃ、大変だ。どんなに強くて賢くても目や耳がしっかりしなきゃダメな時もある。ミュシファさんはどうして自分だけって目で訴えて来たけど、みんなはわかってくれたらしく、戦姫様ですらその間黙って待っててくれた。短時間でできるだけ痕跡の見つけ方や野外での追跡を教えた。
「・・・うん・・・あの・・・あ、うん。わかった!わかったよ!」
わかった時のミュシファさん。うれしそうだった。それで、つい妹の時みたいに髪に手を伸ばして撫でてしまった。
「えらいぞ、ミュシファさん。やればできるんだね。」
って、少し撫でていると・・・
「いい加減、そろそろ行こうぜぇ、パシ公!」
おっと、戦姫様、今までよく待っててくれたな。なんかジト目・・・コルンさんも?あれ、そう言えば・・・。
「・・・。」
ミュシファさんが真っ赤になって何かに耐える目をして俺を見ていた・・・お、俺はこの子に羞恥なプレイを強要していたのか?あいつみたいに?しまった!自分がされたら嫌なことを人にするなんて・・・。親父に怒られる!もう死んでるけど
「ゴメン。俺、つい妹みたいに・・・イヤならイヤって言っていいんだからね。」
って慌てて謝ったが、ミュシファさんはうつむいてしまった。
「別にイヤじゃ・・・。」
よく聞こえない・・・コミュ障だ。ま、俺が悪いんだし、追及せずスルーだ。
で、コルンさんに、ここを通ったら絶対途中で見つかる、ここは素通りしますって告げ、しばらく直進した。
で、少しだけ広い場所に出る。馬を止め、ここから森に入ることにした。
「パシリくん、村の様子なんだけど、知ってることはある?または予想されることは?」
・・・俺は少し考えて、話すことにした。
「俺は、ここの猟師の息子で弟子でした。だから、一年前の村も森の様子もわかります・・・・。」
レンジャーと言われればそうだろう。駆け出しだけど、アーチャーよりは納得がいく。
地面に地図を描こうとしたが、コルンさんが大きな石板を出したのでそれに書いていった・・・これ、呪符物だよな?いろいろ刻んでるし・・・。ま、いいや話しながら続ける。
「さっきのわき道は南に行けば、前まで木材を運搬するのに使ってたエムズ川の船着き場にでます。廻船ギルドの船はそこに待機することになっています・・・北に進めば村。子どもの足で村から川まで2時間くらい。」
俺も昔は水くみが仕事だった。村はいい井戸がないので、この川が主な水源だ。
「村は森の中の小高い丘の上にあって・・・こんな感じに空堀に土塁、柵で囲んでいて、東に正門があって・・・ここに矢倉が。」
「この辺で多いヒル&フォート型・・・その中では強固なつくりの村ね。」
コルンさんが俺の知らない用語を言った。おそらく集落の防御のことなんだろう。
「で・・・すいません。一年前に村を焼いちまったバカは・・・俺です。」
村が襲われて、焼かれたことはみんな知っている。誰がやったかは言わなかったけど、でもみんな察してくれていたらしい。それでも何か雰囲気が暗くなった。
ポクッ。軽く頭を叩かれた・・・戦姫様?
「ち・・・辛気臭え・・・ま。いろいろあらぁな。」
「はぁ・・・。」
リアクションに困った俺だが、
「ははは。従者パルシウス、これでもこいつは気を遣ったんだ。わかってやってくれ。」
それを聞いた戦姫様が真っ赤になって・・・何か年相応にかわいく見えたんだけど・・・
「なんだよぉ、シル姉!俺は別にぃ!」
赤くなった戦姫様は、そのまま背中に手を伸ばして・・・まさか?ひいいっ!やめて、ここでその無双の大剣をふりまわさないで!ヤンデレか?ヤンデレってなんだ?うわっなんで俺に来るの!
そこに、間に入った勇者様があっさり大剣を受け止めて・・・『め~っ』て感じで妹をにらんで・・・収まった。あぶねえ・・・。この姉妹の輪に入るのは、命の危険が伴う・・・。
でも、なんかみんな慣れてるっていうか、騒ぎが始まったとたんうまく避難してた。あのキーシルドさんですら。意外だ。もちろん逃げ遅れていたのは俺以外に一人いたけど。
「あ・・・あの・・・こわかったね~。」
ち・・・鍛えがいがありそうだな。この先輩。
「で、もし、ここに・・・まあ、もう、もしじゃないんですが、何かを作るなら、この辺の・・・そう北側から北東にかけて、この辺りの木を切って建材にするでしょう。」
石の方がそりゃ頑丈だけど、この森に運ぶとさすがに目立つ・・・もしも商業ギルドや運送ギルド、廻船ギルドが付いていたとしても、この規模じゃ目立ち過ぎだ。しかも、この辺の木は建材としてホルゴスに運んでいたわけで、充分使える。村の木こりはそれが生業だった。
「で、一方、南側と、東側は、道から隠すために木は切らないはず・・・だから、こんな地形になってると思います。」
「なるほど・・・じゃ、ここから森を通って村の裏側、南西側に着くっと。で、そこから森に沿って、偵察しながら反時計回りに・・・で、正門近くまで行く・・・。」
「はい。それが一番安全で、かつ偵察に有効なルートだと思います。」
俺がそう言うと、コルンさんは微笑んだ。ああ、眼鏡、似合うなあ。
「話が早く済んでよかったわぁ・・・ホント今回は楽。」
と言いながら、俺から石板を預かってなんかいじってた。石板の情報はもうあの地図に転送され、コルンさんの脳内にも刻まれたのだろう。
「あと・・・すみません。」
散々目立ってるので、これ以上言うべきかどうか悩んだが、今は救出優先なので、結局言ってしまった。あまり潜入の不安を言うと職業的にばれそうなんだけど。
「ただ・・・村の周辺に探知や検知系の魔術があるかもしれないんですが・・・。」
誘拐に使った馬車には何らかの魔術が使われていた。ならば、ここの敵も術を行使しているはずだ。おそらく村周辺に、侵入した敵を感知する魔術くらいは。
アサシンとしては、土系の精霊魔術「結界」が一番ありそうで、厄介だと思ったが、そこまでは言えない。が、
「ま、大丈夫でしょ・・・セウルギンさん・・・ルーン系で常時、検知系の呪文を使うと、この地形と広さじゃ大変じゃない?」
コルンさんは魔術の専門家に聞くと、その通り、という返事。範囲内のあちこちにルーンを刻むことになるらしい。魔力も大変だって。
「で、検知魔術を使うとしたら、地形的に精霊系だと思うんだけど・・・そこで、この御方!」
突如勇者様を指さすコルンさん。勇者様はかわいくエッヘンのポーズ・・・?口元におやつのカスついてるけどな。・・・え~と?
「勇者様は、奇跡の行者よ、パシリくん。」
え?・・・ああっ!勇者エンノ様はすべての精霊の加護を受ける・・・そういうことか!もしも敵の精霊使いに使役されている精霊がいたとしても、その精霊ですら、行者のために働く・・・精霊を通して使う 「検知」「結界」なんか働かない!・・・きったねえ。チートか!チートだろ!チートってなんだ?きっとズルいんだろう。あの無邪気な顔でズルされたらたまんないって。
そして、俺たちは森に入っていった。・・・一年ぶりの森。しかもここは「俺の森」だ。
親父と一緒に狩りをした場所。妹や弟と枝を飛び渡って鬼ごっこをした場所・・・。懐かしくて・・・ち。つい感傷的になっちまう。あ、あそこ・・・。
「すいません。30秒だけ。」
俺は超駆け足で、その場所に行き、膝をついた。
一年前に俺が仕掛けた罠に、鹿がかかっていた。もう骨だけだったけど。
「ごめんな。ちゃんと仕留めてやれなくて。苦しまずに逝かせてやれなくて・・・せっかくひっかかってくれたのに食べてやれなくて。」
偽善なのはわかっている。でも自然の中で暮らしていたかつての俺も、自然の一部として連鎖の中にいた。それが言わせた言葉だった。
そんな俺をみんな非難せずに待っていてくれた。だから、戻るときも超駆け足だった。
「すいませんでした・・・わがままですよね。」
「・・・なんか、その・・・パシリ、すごい。」
「ホント。さっきから、何ていうか・・・ザ・レンジャーみたいな感じね。」
複雑だ。猟師としても結局半端物で、だから自分はこの程度だけど、隊の中にレンジャーがいないとそう見えるのかな・・・。ただ呆れられているって気もするけど。
そんな猟師の弟子気分がぶり返してきたころ、ついに俺たちは村の裏側に着いた。
一年ぶりに帰ってきた場所は、もう、違う場所だった。わかってはいたつもりだが、いざ現実に見たその景色は、やはり悲しかった。悔しかった。そして憎かった。
すべて焼いたはずの村だが、以前にも増して分厚く高い塀が巡らされ、南側には高い塔がそびえていた。塔には見張りが二人ほどいた。これは、砦だ。
「随分大きなモット&ベイリー型ね。木製で急造だし旧式だけど、ここじゃピッタリの築城術・・・空堀を一層深くして、その土を南側に高く盛る。その上に天守となる塔を築いた。」
俺の隣で、優しくまぁるい声がする。思わず見てしまった・・・俺を見るコルンさん。ち。また気を遣わせてしまったらしい・・・。
「すいません。俺、様子が変でしたか?」
「・・・ちょとね。なんか一人でも突入してやろう、みたいな。」
「ハハ・・・笑えませんね。」
カシャ。重く冷たいものが俺の肩に乗った。重厚なガントレットだ。その鋼の感触は俺の革ヨロイを通しても、俺の心を落ち着かせた。
護姫様だった。
「従者パルシウス・・・故郷を汚されたお前の無念は、我らの無念だ。」
まるで、俺はその声に促されるように周りを見渡した。
凛々しく語り掛けた誇り高い女騎士が、
獰猛に笑いかけるライオンの女王が、
優しい笑みを浮かべた虹色の精霊の主が、
ちょっと悪だくみをしている眼鏡美人が、
無駄にオロオロしている思春期症候群患者が、
何かいいことわざがないか考えこんでいるイケメンが、
その強面に似合わず涙を浮かべている屈強なスキンヘッドが、
みんな、みんな、俺を見ていた。まだ会ったばかりなのに・・・俺は・・・俺の視界がぼやけて・・・ち。ちょっと泣けた。泣いちまった。ちくしょう。密偵が、これじゃ、こんなんじゃいけないのに。これでも俺は腕利きのスパイでアサシンなんだぞ。帰郷が俺を素に戻しているのか?それとも『姉妹』といるせいなのだろうか?いけない。慌てて笑顔にもどす。
コルンさんがあの軍配を出した。眼鏡に軍配、なんか絵的にすごいしっくりくる眺めだ。
真言を唱え九字をきると、光った軍配から大きな鳥・・・きっと鷲・・・が現れ、砦の周りを悠々と飛んで、戻ってきた。軍配の上で、鷲はいつの間にか光っていたコルンさんの目と見つめ合い、そして光とともに軍配に吸い込まれた。コルンさんは目を閉じる。再び目を開けた時は、元に戻っていた。
「門はやはり正門だけね・・・居住性より機能重視のつくり。」
おそらく、この時にはコルンさんの脳裏には、砦の図面とその攻略図が完成していたんだろう。俺が
「正門は固いでしょう。どっか塀を乗り越えますか?それとも壊しますか?」
って聞いた時には、人の悪い笑顔でこう言ったんだ。
「まさか。正門を通るわ。」
「いや、でも大変ですよ。砦を落とすなら・・・。」
「パシリくん。わたしはあんな砦に興味はないの。わかる?」
そう聞かれた時、俺も遅ればせながら理解したんだ。
確かに軍事拠点として、砦を制圧するなら、正門は空ける。不利になったと思ったとき、敵が自発的に逃げ出すように退路をつくるのが戦術の常道だ。
しかし、これはそういう戦いじゃない。目的は、人だ。さらわれた人の救出と、さらった奴らの、特にリーダーの捕獲。だから、逃げ道、この場合は正門はかならず塞ぐべきだ。
「三面包囲はあてはまらない・・・。さすがです。ですが」
ですがって、次に俺が言う前に
「抜け道はないし、転移魔法は、今から封じるわ!」
と、先回りされた。もう俺の不安なんて、全てこの人の前では検討済み事項だったんだ。
こと戦いに関することで、この人は敵にまわしてはいけない人だ。あらためて思った。
セウルギンさんは、「ヤレヤレ」と言う感じで魔術儀式の用意を始める。
「一時間後に完成するようにしますから、みなさんは先に行ってください。」
って言って、ミュシファさんに前もって準備していたらしい『お札』を渡した・・・ルーンを刻んでるだって。これをあの塔の四方に張り付ければ、一時間くらいはあの塔内での魔術の行使を妨げられるそうだ・・・渡された相手が不安だが、これも修行なんだろう。
つまり俺たちはこれから二時間以内に正門を突破して塔を制圧する必要があるってわけか。
「いい読みね。セウルギンさん。」
「先んずれば、すなわちセーフです。」
うわあ、この二人、息が合うけど、勝負師だ。もっと安全マージンを・・・でも人質を取られることを考えれば、そうなのか。
「もしもの際には隊章で、連絡します。」
「わかったわ。」
・・・隊章?何だろ?
「後で教えてあげる。」
あ、これも先読みされた・・・顔に書いてたのかなぁ?
急いで森を移動する。それでも時々砦の様子を確認するが、作り的に付け足すこともないし、砦も動きはない。まだ俺たちの接近はばれていないようだ。そろそろ正門が見えて来た・・・。
「きゃあ~ヘビィィィィ!」
・・・。それやる?そういうお約束・・・ここで?スカウトのあんたが!
「あたし・・・街中屋なの。屋外はムリなのぉ、ヘビはダメなのぉ、虫もきらぁい!」
なんか関係ないカミングアウトもあったけど、あんたのブーツはヘビじゃなかったのか?・・・あとで聞いたら、死んだのは平気なんだってさ。あ、そ。
正門の城兵たちが動き出した。聞こえたな、絶対・・・俺はめまいがした。ところが、
「これだけ近づいたんだから、むしろ不審に思って門から出てきてくれたほうが好都合よ。」
突発的な事件発生も、それを有利に変えるのが名将ってことか。
「機に臨んで変に応じる・・・なるほど・・・勉強になるなぁ。」
「勉強熱心な子は、お姉さん好きよ・・・私と戦術についてお勉強しない?」
いや俺アサシンなんで。違う勉強なら喜んで。でもそのセリフ、どっかで聞き覚えあるんだけど?