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勇者の従者は秘密のアサシン   作者: SHO-DA
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LONG GOOD BYE AND GOOD EVENING

 いつも不機嫌な俺の親友、リュイは10歳のお嬢様である。フキゲンでワガママで、エラそうで、俺に羞恥な遊びを強要する問題児。見てくれだけなら三国一の美少女なんだが、性格以外にも問題ありすぎで、嫌われ者だ。

 だが、俺が素でいられるのはこいつの前だけだし、こいつが不機嫌で無くなるのは俺といる時だけ。俺たちは互いに弱みを握り秘密を知っている。

 だからこそ、年齢も性別も関係ない、対等の親友でいられた・・・。


第6章 LONG GOOD BYE AND GOOD EVENING


 その日の夜。バキッ。いきなりリュイが俺に鉄拳をふるう。

 誘拐された人たちを落ち着かせ、必要なことを聞き取って、家まで送る。結構かかった。で、昼間帰っちまったリュイの所に顔を出したら、いきなりこれだ。

 部屋に案内してくれた侍女さんは、あきれ顔だが。俺は暴れるリュイを抑えながら、まるで誘拐犯のように抱きかかえ、部屋の中に運んだ。

「パシリ!よくも今日僕を、放置したな。」

「悪かった。すまねえ。申し訳ない・・・。」

「全くだ・・・おい、僕の前でそのヘラヘラ笑いは止めろ。」

「おっと・・・そうだな。じゃ、素に戻るよ。」 

「だいたい、お前のいつものヘラヘラは似合わない。」

 そういって自由な方の手で俺の頬を引っ張る。

「ひゃあおみゃぁむぉ・・・じゃあ、お前もその不機嫌な顔をやめろ。」

「っぐ・・・わかった。部屋に入ったらやめるよ・・・いつもいつも不機嫌で悪かったな。」

 ち。『読む』なよ。 


「パシリ。ひざ。」

「はいはぁい。」

 二人きりになると、いつもの羞恥プレイの続行だ。リュイは自室にテーブルと椅子を運ばせ、夕食を食べる・・・ウンザリしている俺の膝に乗って。

「パシリ・・・ア~ン。」

 俺に食わせろ、と幼児語を使って命じる。

 黙って俺はスプーンでスープを小さな口元に運ぶ。

「パシリも。ア~ン。」

 ハズイ。ホントに、いつも大人ぶってるこいつが、なんで遊び方は年よりも幼いままだろう。きっとそんな風に遊んだことがない、遊ぶ相手がいなかった反動なんだろうが。

 俺は、顔が赤くなってると自覚しながら、口をあける。俺のスプーンを取り上げたリュイは、俺の口にスープを運ぶ。

 そんな疲れる食事が終わると、見計らったかのようなタイミングで侍女さんが入ってきた。片付けながら、時々俺を見る目が冷たい。そりゃそうだ。

 はたから見れば俺なんて、わがままで世間知らずなお嬢様に取り入る害虫だ。

 良くて財産狙いの小悪党、悪けりゃ幼女趣味の変態だ・・・いや、待てよ。超最悪、両方と思われてるかもな。それはイヤすぎるけど、きっとそう見られてる。

 あげくに侍女さんの去り際にリュイがこんなこと言ったもんだから、その目が、もう冷たいのなんのって。ワタシケイベツシテマスって顔に書いてるね。

「パシリ。一緒に寝よう。」


 はあ。いつも以上に甘えたがりだな、今日は・・・。ま、放置されたてだから当然か。それでも俺はおままごとやお馬さんごっこにつきあわないだけラッキーだと思ってしまう。ち・・だいぶ飼いならされちまったな。

「ん・・・遊び足りないのか、パシリ。」

 ぶんぶん。全力で首を振る。

「とぉんでもない。おままごともお馬さんごっこも、もういい年なんだからやめようや。」

 本気でそう、忠告する。もちろん、こいつのため&俺のちっぽけなプライドのためだ。

「じゃあ、ベッドで新婚ごっこだ。」

「それは却下だ・・・十年早い。」

「せめて5年と言え・・・わがままだな。」

 お前が言うな。それでも、そっと毛布をかけてやる。リュイは俺に甘えるように頭をこすりつける。俺は軽く抱いてやる。

「僕は最近、よくねむれない。寝不足だ。」

「そうか・・・それでナチュラルハイになってて、俺にいきなりパンチ、と。」

「うるさい。」

 そう言いながらも、頭をすりつけてくるその仕草。反則級にかわいい・・・。俺たちは毛布の下で、互いに体に腕を回して自然に抱き合った。まあ良く言えば抱っこなんだが。

 俺はこいつに秘密を握られている。こいつは俺に命を助けられた恩がある。

「だから、僕とお前は貸し借りなしの対等な関係だ。」

 たとえ10歳の、女の子でも、こいつの前では、俺は素のままの自分でいられる。この街、いや世界中で、俺が笑顔を作らなくていいのは、アルデウス様とリュイの前だけ。そして、その父娘は絶縁状態。世の中って、ホント、ままならないね。

ため息をつきながら、そっとリュイの髪を撫でる。

「それはまだだ。頭は後で、だ。今だと、話しをする前に寝てしまう・・・全くお前の手は女泣かせだ。僕以外の女に使ってないだろうな。」

 失礼な上に、事実からかけ離れた疑いだ。

「どうせ知ってるだろう。俺が子どもの髪や頭を撫でるのは」

「妹や弟を寝かしつけるため、だったな。」

 俺たちの母は、妹たちが4歳の時に死んでしまった。親父は高名な猟師で弓使い。時々はトロフィーハンティングで留守にする。だから妹と弟の世話は8歳の俺の大事な仕事。母さんを恋しがって泣く二人を寝かしつけるために、俺は毎晩頭を撫でた・・・。

「そう言えば、弟もだったな・・・お前、両手利きの上に両刀使いか!」

 違うだろ。おかしいだろ。その腐った発言・・・。

「で、だ。お前が12歳前後の思春期の相手を苦手にしているのはそういうことなんだが、気づいているか?」

 ん?俺がその年代の子たちを苦手にしてるのは、その年代が感情的で不安定で扱いが面倒だからだ。妙に自信なくておどおどしたり、逆にうぬぼれて暴走したり。いちいち極端だ。あのミュシファさんだってコミュ障で、変な時に赤くなって・・・。

「お前、昼間、その面倒くさい思春期の娘を相手になかなかの力説だったな。」

「お前こそ、絶対に事情わかってて言ってるだろ。」

 そう。こいつは、リュイは人の心を「読む」。人の秘密を「知って」しまう。そして、時には人の未来を「見て」しまう。生まれつき、そんな力がある。

 そのせいで、こいつの母親は家を出て行った。屋敷の者たちはこいつを恐れている。そして、父であるアルデウス様は、自分の秘密を隠すために娘と会えなくなった。

 逆に身バレどころか全部バレしてしまった俺は、今さら隠すことは「あまり」ない。

 だから、こうしてこいつと素のままで一緒に居られる。

 だから、こいつも、俺の前では少し不機嫌じゃなくなる。

 だから、俺たちは対等な親友でいられる。

「まあ、そうなんだが、その原因も、もとはと言えばお前の思春期相手嫌いのせいで、さらにその原因がお前の妹と弟にある、と言うことなんだが。」

「・・・もう一年も前のことだ。」

 俺が、妹も弟も見殺しにしてしまって一年。妹の頭を吹っ飛ばして、一年。

「まだ一年だ・・・お前の症状、また悪くなってるぞ。さっき抱いてやったのに、今もこのざまだ・・・お前はその痛みを忘れるために影守になって人を殺すようになったが・・・今日は何人やった?」

「4人。間接的にはもう一人。」

 自白させようとしたら、自害した奴が一人でたという知らせがあった。

「間接的なのは、この際どうでもいい。」

 10歳の少女と、人の生き死にがどうでもいいという会話をする人殺しの俺。でも俺たちの間では、きれいごとも隠し事も無用だ。

「通算、61人、か?」

「そうなるかな・・・アルデウス様は影守一番の腕とほめてくれたよ。」

「ち。くそ親父。年端も行かない傷心の田舎者に何をやらせているんだ、まったく。」

「リュイシュウス様、アルデウス様の悪口は・・・」

「うるさい。僕をその名で呼ぶな。お前だけは・・・。それにあいつはくそ親父だ。あいつは、お前の苦しみにつけこんで、ホルゴスを守ることが妹たちの死に報いることだとかなんとか言って、お前に人殺しをさせている最低の人間だ!」

 俺はこの父娘の二人とも尊敬しているし大好きだが、娘はいつもこんな感じだ。

「パシリ・・・お前、もう影守はやめろ。」

「どうして?俺は平気だぜ。今日なんかガンナー・・・・拳銃使いになったから、それこそ何にも感じなかったし。」

「またか・・・3回目のアサシンガンナーか・・・それも今はいい。問題は、その何も感じていないというお前が、今、こうして僕に甘えているということだ。」

「お前が俺に甘えているんだろう。」

 そう言い返しはしたが、言われてみればいつの間にか俺の頭はリュイに抱きかかえられていて、その固くて平べったい胸にくっついている・・・ペッタンコめ。

 パシッ!叩かれた。だからいちいち「読むな」。

「お前は密偵や人殺しに向いていない。人を助けるために人を殺す、街を、人族を救うために悪事をする、そんなことをお前はしちゃいけないんだ。このままじゃ、お前は壊れる。」

 どうもリュイの様子がおかしい。こいつがこんなことを言うのは・・・。

「なんか・・・『見えた』のか?」

 その問いに、リュイは直接には答えなかった。

「・・・パシリ。今日の出会いが分岐点だ。あの女たちとの出会いがお前を変えられるかもしれない。そうでなければ、お前は・・・多分、僕も。」

「リュイも?」

 自分の未来は見えない、そうこいつは言っていた。ただ、自分の近いヤツの未来が、自分に関わることはある。そうも言っていた。

 そして、未来の結論をうかつに口に出してもいけない、そう悲しそうにつぶやいたんだ。かつて何も知らない幼い自分が、してしまった過ちを悔いながら。

 それでも、今おぼろげに伝えようとしているのは、俺の末路にこいつを巻き込んでしまう、そういうことだろう。

「パシリ・・・僕も、あと一年もすれば、お前の嫌いな思春期の娘になる。」

「お前は別格だよ。」

 バカだな。お前は大丈夫だと本気で思うんだが。

「黙って聞け・・・お前は、僕の中に妹を感じて、思い出すことを恐れ、会いに来なくなる。そうなれば、お前は誰にも弱さを見せず、心を開けず・・・もちろんこうやって甘える相手もいなくなる。」

 リュイの、俺を抱きしめる力が一層強まった。

「そうして、お前は、過去の痛みと、自分の弱さと罪の重さに耐えられなくなる。」

 リュイは・・・震えているのか?俺の未来を『見て』。

「いつしか、お前は前世のお前のように、心をなくし、人を助けるために人を殺すんじゃなくて、ただ殺すために殺すだけの、そんな存在になり果てる。そして、僕は・・そんなお前を・・・。」

 リュイが見ている未来は、明るいとは言えないかもしれない。でも、前世の俺がただの人殺しなら、今の俺は中途半端な人殺しだ。そんなに変わらない。

「違うぞ、パシリ。僕は親友をただの人殺しになんか決してしない。お前には似合わなすぎる。お前なんか、ずっとこうして、僕に甘えていればいいんだ。」

 リュイは更に強く俺の頭を固くて平らな胸に押しつけた。正直痛いんだが。

 パシン!さっきより強くたたかれた・・・だから「読む」なって。

「だが、僕ももうじきお前の嫌いな思春期になる。」

 そんなこと起きるわけがない。俺がリュイから遠ざかるなんて決してない。そう言おうとした。

しかし、それを遮るように、リュイは宣言したのだ。

「・・・だから僕は結婚するよ。」

 俺の頭が白くなった・・・今、何てった?こいつ・・・ケッコン?

「だから、結婚することにしたんだって・・・相手は何とかっていう街の領主の弟の息子で・・・名前?覚えてない。」

 場所も名前もどうでもいい相手かよ。そんな結婚を、俺のリュイがするのか?

「なんと、二歳年下だぞ!ぼくはどっかのヒヒジジイにこの体を自由にされると覚悟していたが、年下ならこっちがいろいろ仕込んでやれる!」

 ・・・実の夫相手におままごとやお馬さんごっこはしないよなぁ・・・きっと。正直、まだ頭の中は回復してなくて、変なリアクションしか浮かばなかった

「だから、パシリ、僕の秘密を夫にチクってみろ・・・そんなことはしないよな。」

「ははは・・・もちろん。」

 だから、『読む』な。ちょっと顔がひきつった。

「パァパ・・・くそ親父は僕を遠ざけたがっていた。結婚も話だけなら3年も前からあった。でも、今回のが一番僕にとっていい条件だ。」

 場所も名前も知らない相手とする結婚がかよ。

「だから、結婚する。僕も、お前も、もうお互い一人歩きしなきゃ・・・自分で自分の居場所を作らなきゃいけない。だから、お前は、僕から離れて、今日会った女の所に行くんだ。」

 ・・・・そうさ。俺はコルンさんとミュシファさんの所に、勇者様一行の所行く。でもそれは影守の密偵として『仕事』としてだ。正体を隠して仲間のふりをして、動向を探るために。

「フリじゃない!本当の仲間になるんだ!」

「それはムリだ・・・俺は影守だ。アルデウス様の部下だ。」

「・・・バカめ。まぁ、それも含めての僕の結婚なんだが。」

「何だよそりゃ?隠してるな、なんか、俺に隠し事か!」

 こいつと俺は、隠し事がないはずだ。もちろんいちいち細かいことまでちまちま報告するってことじゃないが、今の様子だと敢えて俺に言っていないことがあるんだ。

「人は人にヒミツも持つ。互いに隠していることがあるから一緒にいられるんだ。僕とお前じゃ、秘密の意味がなくて、だから親友でいられたけど・・・。それでも、お前に言えないことなんかいくつもあるさ・・・一つだけそれを打ち明けよう。今、一番大切な、一つだけ。」

 リュイは、両掌で俺の頬をはさんだ。その右手が、微かに残る左頬のやけど跡を優しく撫でた。

「僕の、パシリ。パルシウス・・・愛している。」

 え?ちょっと俺たちは親友。年齢も性別も超えた、対等な・・・。

 リュイの小さな唇が、俺の額に・・・その柔らかい感触が伝わる。

 ・・・。

 唇がゆっくり離れる。小さなリュイの顔が少しだけ遠ざかって、一瞬、俺たちは見つめ合った。こいつは、女の子らしく恥じらいだして。とてもかわいい、そう思ってしまった。

しかし、次の瞬間、不思議そうに俺を見つめなおし、更に見る見る般若の顔になって烈火のごとく怒りだした。SFXどころじゃない。魔法か?心霊現象か?しかし、なぜに?

「お前!・・・この浮気者め!」

 急展開過ぎる上に身に覚えがなさすぎる。ツイテイケナイ。俺は茫然とするだけだ・・・。

「幼女、いや童女趣味!僕のファーストキスを返せ!モゲロ!」

 何の罵倒だ?俺が悪いのか?いや、前世じゃ児ポがどうとかって・・・何じゃそりゃ?

「不覚だった。まさかお前がファーストキスハンターだったとは!」

 すいません。もう、そのわけわかんねえ上に不名誉極まりない、事実無根の変態的なあだ名はやめてくれ!ついでにベッドの上で暴れるな。これじゃ、誰かに見られたらホントの変態だ。

「暴れるなってば、この史上空前のわがまま娘、驚天動地のじゃじゃ馬!」

「うるさい・・・この・・・屈辱だ・・・こうなったら!」

 おい、またかよ。

「二連続は、僕だけだ!だから僕の勝ちだ!」

 何の勝負になったんだよ・・・ん・・・っ・・・。

 しばらくそんな感じで感動も何もなく二人でドタバタしていたが、それが収まるとリュイはまた俺に甘えるようにその頭をこすりつけてきた。気まぐれな猫みたいだな、全く。

 俺はその髪をそ~っと撫でる。

「うん・・・そうだ。そんな感じ。お前の手はまるで魔法だ・・・しっかりと撫でられてるって安心感があって、でも優しくて、強弱が絶妙だ・・・時々耳やうなじとか、ほっぺた?うん・・・いいよ変化があって・・・。」

 まだ幼かった妹や弟をねかしつける、そのために身につけた、ただそれだけの・・・。でも今はリュイのためだけに。

「少しずつ・・・そう少しずつ、より優しく、ゆっくりと・・・うん・・・眠い。僕、眠るよ・・・パシリ・・・まだいなくならないで・・・してる・・・」

 リュイは眠った。リュイの寝顔は、本当に無邪気で、幼くて、かわいい。

 しかしちょっといろいろいっぺんに起こりすぎて、正直俺は混乱から解放されていなかった。切ないような、うれしいような、苦しくて、悲しくて・・・いろんな感情が入り乱れて・・・。だから、こいつの寝顔を見ながら、俺も一度寝ることにした。寝れば、結構気分が切り替わる。『仕事』でも、それ以外でも。

 本当。こいつの寝顔・・・幸せそうだ。俺が側にいなくても、こうなんだろうか?

そう考えながら、俺も目を閉じた。そう言えば、おれこそ寝不足だ。自覚した途端、あっと言う間に眠りに落ちた。


 珍しく熟睡したらしい。目が覚めると、夜明けだった。リュイがいつもの不機嫌な顔で俺を見下ろしていた。そして、エラそうに告げる。

「起きたか。パシリ。本当にお前の寝顔は子どもだな。」

「お前が言うな、十歳児。」

 いつものようなリュイ。いつものようなやり取り・・・さっきのことは夢じゃないか、良くも悪くもそう思いそうになった。しかしリュイはあらためて冷たく不機嫌に言った。

「ふん・・・パシリ。これでお別れだ。僕たちは別々の道を行く。僕は結婚する。お前は影守をやめて、昨日の女たちの仲間になれ。・・・いいな、もう会わないぞ。」

 リュイ・・・あの人たちの仲間にはなるけど、でもそれはフリなんだ。影守はやめられないんだ。しかも、もうリュイに会えない?

 いつもフキゲンでエラそうでワガママで、羞恥なプレイばかり要求してくる、俺の親友の、不機嫌姫リュイ。さっき俺に・・・。10歳のくせに、マセガキ!

 そんなリュイにもう会えない?どんな残酷な未来よりもそれは耐えられない。

「泣くな、パシリ。男だろ。年上だろ!」

「ずるいよリュイ。今までずっと性別も年齢も関係ない親友だったのに、急に・・・あんなことして、急に結婚するって、急にもう会うなって・・・最後に男だの年上だの・・・全部、ルール違反だよ!・・・わけわかんねえ・・・。」

 俺の声は裏返って聞きにくかったと思うけど、リュイには全部わかってる。

「もう・・・この甘えん坊め。」

 リュイは、その唇で俺の涙を吸い取り、そして、もう一度、額にキスしてくれた。

「3度だ。もう3回もキスしたんだ。二度僕にこんなことさせるな・・・お前は僕を3度も救ってくれた。いつも僕のワガママを聞いてくれた。本当にいてほしい時は必ずいてくれて、僕に甘えて、僕を甘えさせてくれた・・・僕のパシリ、大切なパルシウス。お前はきっと僕が世界に誇れる男になる!今みたいにしみったれた甘えん坊はもう卒業だ。そして、もし、いつかもう一度会うことがあったら・・・その時はお前の口で、本当の秘密を教えてくれ・・・じゃあな・・・行け、行くんだ!」

 そう言って、リュイは俺を部屋から追い出した。最後まで泣き顔は見せまいとして。

俺は、その後どうやって兵舎に戻ったか覚えていない。さすがに何もする気がない。兵舎のみんなは俺がいつの間にか帰っていて、だが様子が変だってなんか騒いでるやつがいたが、放っておいた。そして俺は、あの言葉に追い立てられるように、兵舎を抜け出し、黄金の大山塊亭へ向かった。もう日は昇り、朝食の時間は過ぎていた。今日も暑くなりそうだった。

「昨日の女たちの仲間になれ。」

 その言葉だけが、俺に残った『何か』だった。何となくリュイに捨てられたような俺にとって、今は、他にすがるものがなかった。単なる『仕事』以上の何かに。

 大山塊亭の前で、俺は笑ってみた。大丈夫だった。ちゃんと笑える。いつも通り、訓練通り。笑顔を浮かべていれば、舐められることはあっても警戒はされにくい。今じゃ笑顔は俺の第二の天性だ。そして、俺には笑顔でない顔を向ける相手がもういない。これからはずっと笑顔だけ。他の表情は・・・もう、使わないんじゃないかな。

「こんばんは、デリウエリさん・・・昨日のお客さんだけど、お仲間って来てる?」

 デリウエリさんは、俺の『お仲間』だけど、油断は禁物である。何しろ俺たちの足元に大穴が開いているかもしれない。自然に、しかし油断せず。この街で俺が信用できるのは、もうアルデウス様だけになっちまった。それでもデリウエリさんから必要な情報が俺に伝わる。今は信じるしかない。いや。俺は師匠を信じたい・・・あいつらの目的地は俺の村跡!やはり。

 コルンさんのお部屋に行き、ノックする。大丈夫、いつものテンションで。

「パシリで~すっ!こんばんはぁ~。」

 あきれた顔のコルンさんが、扉を、それでも慎重に開いた。


「誘拐?昨夜?・・・なんてタイムリーな。」

 驚いてるけど、ちょっと喜んでるでしょ、コルンさん。

そういうわけで、たまたま北門に通報があって、誘拐された人たちを救出したっていう公式見解に基づいた情報を伝える。まあ・・・多分ムリはない・・・かな?

 そして、架空の目撃者の情報で、誘拐された人たちを乗せた馬車が西門を通るとき、時間的に厳しく行われるはずの検問がほとんどなかった、ということを付け加える。

「パシリくん、つまり、誘拐犯は西の街道に向かっていた、誘拐された20人は北門に保護された、西門の衛兵が裏切りっぽい、そして目指した場所は予想通りの場所。こんなところね。」

 手早く話をまとめてくれるコルンさん。

「地図、お借りします・・・ここら辺に馬車があって、もう聞き取りが終わって返しましたが・・・。」

 で、救出した人たちが話しそうな内容を、コルンさんに伝える。

「上出来よ。パシリくん。まあナゾの正義の味方がよくわかんないけど、偶然でも初日でここまで成果を挙げてくれたのは予想以上よ。」

 正義?そんなんじゃあない。そんなもの、見たこともない。

「ミュシファ、みんなを集めて・・・パシリくん、この後、付き合ってくれる?」

「はいっ、このパシリ、コルンさんとなら、どこまででも!」

 はっ。ミュシファさんがジト目でにらんでいる。顔に「こいつチャラい」って書いている。

 まあ、そういうノリでやってるんだけどね。まったくこの世ん中、真面目にやっちゃいられないのさ。ふと自分の額に触れた俺を、ミュシファさんが不思議そうに見ていた。


「黄金の峰」。俺の職場であるこの宿でも、ここに入ったことはあまりない。一種の離れになっていて、ここの部屋の作りは更に別格・・・警備もだがね。

 部屋の作りも調度品も超高級らしいんだけど、俺はそっちの方は一通りしかわからない。で、今俺の前にはコルンさんとミュシファさん、そして俺と同年代らしい3人の少女と年長の男二人がいる。

 これがコルンさんの仲間なのだろう。この並びだと、上座の3人娘、特に中央の少女がリーダーなのかな・・・勇者様?

 

 金髪かと思ったその髪は、角度によってさまざまな光を放つ、まるで流れながら光る虹のようで、俺は見とれてしまった。その虹色の髪と同じ色の瞳の少女。俺はそんな子を知っていた気がする。

 コルンさんが、俺にひじうちをする。あ、いけね。

「エンノ様。彼がホルゴスで従者として雇ったパルシウスくんです。でも交渉ごとに加え、情報収集にもかなり長けています。今回の一件でも既に有益な情報を入手してくれました。」

 いやあ、人に褒められると背中がむず痒い。顔が緩むねえ。自然に・・・エンノ?

 しかし、あの輝き、最近どっかで・・・。

「そいつぁ、よかった。何しろ情報収集は今やうちの穴だったからな。」

 小柄な少女・・・背に不似合いな大剣を背負い、ちょっと露出多めな藤革甲・・・が荒っぽい口調で言うと、ミュシファさんが暗くなった。

「ソディア様。あの子はまだ・・・。」

「ふん。足引っ張りはいらないんだよ。だいたいこの前だって、あのエルジュウエスってやつのこと調べるのに時間がかかりすぎて結局先こされちまったかねえか!」

 あ!この獰猛な殺気に、この顔・・・。あいつだ。俺は・・・ばれてないはず。ここでばれたら台なしだ。ばれたら、きっと即死。なんて理不尽な『仕事』だ。

 幸い向こうは気づいていないが・・・?ここはなるべく目立たず、穏便に・・・。

「こんなスカウトじゃ、この後俺たちはやっていけねえっつうの!これで新入りに負けでもしたら、もう用済みだからな!」

 ソディア様とやらが吠え、ミュシファさんが肩を震わせてうつむいていた。

 ぷちっ。切れた。オンビン?くそくらえ。思春期症候群どもめ。

「ソディア様でしたか。たまたまここが地元で俺が耳長だからって、仲間をそうくさしたんじゃ、俺も働きづらくなるし、当然ミュシファ先輩も実力が出せない・・・つまりは」

 俺はソディア様という、紅金の髪をショ-トカットにした少女の前に出る。かわいい顔立ちだけど、表情が狂暴で台なしだ。小さいけど・・・ソディア?

「仲間の足を引っ張ってるのはどっちでしょうねえ?」

 言ってやった。目と目が合う。ガンつけだ。そらしてたまるか。

「てめえ!いい度胸だ。」

 ソディア様とやらは俺の顎ほどもない身長なのに、俺の胸倉をつかんで持ち上げた。バカ力だ。短気だ。ヤンキーか?ヤンキーってなんだ?

「・・・顔色一つ変えねえな。さっきまでのヘラヘラ顔よりよっぽどいい面だぜ。」

「ありがとうございます。ソディア様。」

 俺は、高い高い状態からそっと降ろしてもらった。

 ち、笑い損ねたか。さすがにばれないか不安だったか、思春期相手が面倒になると地顔になっちまうのか・・・気をつけよッと。しかしバカだねぇ、俺も。

 だが、ソディア様は獰猛に、にやりと笑った。ライオンの女王が笑うとこんなだろう。

「オーケーだ。仲よくしようぜ、パシ公。」

オーケー?なんか意味伝わったけど。しかし体はお子様でも態度はでかいね。最年少じゃないかな。15歳?嘘だろ大人か!・・・ちなみにミュシファさんは14歳だって。

「従者パルシウス。妹の無礼を詫びる。我はシルディアだ。人は護姫と呼ぶが。」

 赤い髪をベリーショ-トにした長身の女性は、全身を覆う頑強なプレートアーマーを着ていた。大きなナイツシールドとロングソード。護姫・・・シル?

「いいえ、俺こそすみませんでした。」

「いや、本来ソディが君とミュシファに詫びるべきなのだが、ああいうやつでな。」

「シル姉、ああいうやつってなんだよ!」

 一度さがったソディア様が間に入ってきた。

「そういうやつだ。短気。けんかっ早い、素直じゃない・・・非を認めても謝れぬ。だからこそ、従者パルシウスのように諫めてくれる者が必要だ。」

 シルディア様は俺を見て軽く頭を下げた。18歳の、落ち着いた感じの美女。何か「騎士」っぽい感じの礼儀正しさだ。

「いやいや、困ります。護姫様にそのようなことをされては・・・あの、護姫シルディア様に・・・戦姫ソディア様、なんですよね?」

 一応確認だ。世間の評判くらいは知っているぞ。勇者様の他に・・・大物過ぎるだろ。

「あれえ、まだ言ってなかったっけぇ?」

 何だよ、コルンさん、わざと黙ってましたっていうようにしか聞こえないんですけど。

「そう。ゴウンフォルド族長の3人の娘、戦姫ソディア様と護姫シルディア様。」

 俺は真ん中の、虹色の髪のきれいな少女をもう一度見つめる。全身が藤革甲で覆われたしなやかな肢体。・・・あの夜の、虹色の光の人?

「そして、すべての精霊の加護を受けた奇跡の行者にして、勇者エンノ様よ。」

 勇者様が俺に向かって微笑んだ。勇者という呼び名にはあまりに不似合いな、優しく無邪気な笑顔で。

 数日前に見た、あの虹の輝きが、今、目の前にあった。何故だろう。俺はその美しい光から眼をそらすことができなかった。見とれてしまった俺は何も考えずに、勇者様の前に膝をつき、右腕を胸にあて、首を垂れていた。

 勇者様は、ごく自然に俺に右手の甲を伸ばす。俺もためらわずその白い手を取って神聖な思いを込め、口づけをした。本当に、それが当たり前に俺がするべきこと、そう思えた。

 俺が顔を上げると、勇者様の可憐な唇が動く。多分、よろしくね、と言っている。あのソディア様なら夜露死苦だったろうけど、それはイヤ。ふとそう思った。

「勇者様は、精霊に愛され過ぎている・・・ウワサ、本当なんですね。」

 体を起こしながら、側にいた護姫様に聞いてしまう。護姫様は、俺と勇者様がごく自然に主従の契約をした光景に驚いたようだが、それについては何も言わなかった。

「・・・ああ、妹は精霊語を話すが、人間の言葉は話さない・・・理解はしているがな。」

「エン姉自身は困っていないみたいだぜ。困るのはだいたい従者だ。」

 え、そうなの?って俺?本人はまだニコニコしてる。会話の内容わかってるよね?


 ふと三人の少女たちを見つめなおす・・・?シルディア、エンノ、ソディア・・・?

 マジマジと、また見てしまい・・・頭ン中がうずいて・・・ぶっ!気づいちまった。

 俺の元「姉妹」たちじゃねえか!12年前に別れた!

 俺の一年前に召喚されていた、世話焼きのシル姉!

 俺の一年後に召喚された、鬼娘の泣き虫エン!

 俺の二年後に召喚された、お兄ちゃん子のかわいいソディ!

 変われば変わったというか、化けたというか、ソディに至っては変わり果てたというべきか・・・。俺は混乱した。懐かしさの反面、悔しさがこみ上げてきたからだ。俺は無能だって捨てられて、残った妹たちは勇者様ご一行。あんまりじゃないか!・・・いくら才能があるったって、族長連合の切り札、ゴウンフォルド族の勇者隊。人族の決戦兵器・・・希望だ。

 つい、恨みがましくも、あらためて三人を見て、なんとなく口元に目が行って・・・。

 乱暴で生意気で大口叩く癖に、唇は小さなソディア様。

 よく見れば微笑む口の脇にクリームが付いたままのエンノ様。

 固く結ばれ、一文字の、少し渇いた感じの唇のシルディア様。

「・・・ああっ!」

 急に叫んでしまった俺を、みんな驚いて見ている。怪し過ぎ、俺。密偵失格だ・・・。

「すみません、何か、今さら、勇者様方の従者になったって実感しちゃって。しかも護姫様に戦姫様も一緒なんて、コルンさんもミュシファさんも何も教えてくれなかったんで・・・その。」

 もっともらしく、責任を二人に押し付けながら、俺はつい自分の唇を抑えてしまった。

そういうことかよ。リュイ。ファーストキスハンターって!

 そりゃ、子どもの時だ、確かにこいつら3人とはキスしたよ・・・お互い赤ん坊みたいな時だけど。12年前か?もっと前か。

 それを言えば、村の妹や弟ともキスしたさ・・・。それでやきもち焼くか?あのバカ。

 とは言え、俺は少々不自然に顔が赤くなっていた。どうも、それは年若い従者としては自然な反応だったらしく、

「パシリく~ん、黙っててゴメンねえ。でも素で、いいリアクション、ごちそう様。」

 とか

「その・・・やっぱりふつうは驚きますよね。誰もが知ってる勇者様に戦姫様、護姫様の三姉妹が目の前にいるんですから・・・。あたしも、もっとお役にたたなければ。」

 とか、まあ、怪我の功名ってやつか。むしろ自然に打ち解けてしまった気がする。まあ、よし。俺も、何かさっき感じた、恨みがましさというか、みじめな思いを忘れることにした。

 だが、油断はできない。俺がここにいるのは・・・あくまで密偵としてだ。例え勇者様だろうと元『姉妹』だろうと、俺の任務は変わらない。

 俺は密偵で、この人たちの消息をアルデウス様にお伝えするだけだ。

 そういう任務だ・・・リュイ、わかってくれ。俺はこの人たちの、本当の『仲間』じゃないんだ。しかも、先日鉢合わせして、殺し合うところだった。ばれたら、終わりだ。


 多少俺のリアクションのせいで間が開いてしまったが、隊の仲間の紹介はまだ続いた。さすがにさっきほどのインパクトはなかったけど(あったらさすがに心臓が持たない)、普段なら充分変わった人たちだ。

「さて、ワタシはセウルギンです。見ての通り、王国出身の魔術師です。27歳。独身。これはキミには関係ない情報かな。」

 ・・・関係ねえな。しかしすげえイケメン。深い紫色の瞳はシャレにならないレベルだ。女だったら重要だろうけど、俺ノンケだし。俺に負けずに軽そうな人だが、セウルギンさんは俺より背が高く灰色の髪をしている。そういや、魔術師って白とか灰色とかの髪が多いんだよな。でも魔術師ってイメージからすれば随分話しやすそうな人だ。

「拙僧はキーシルドといいます。」

 メンバーで一番背が高い。セウルギンさんより10cm以上は高いね。青灰色の瞳で顔のホリが深い。シブい。年は30過ぎ・・・で最年長か。平均年齢低いな、この一行。でもこんなものか。キレイに剃った髪に聖衣を着ている。聖職者とか見ればわかるだろう的な感じで自分から言おうとはしない。聖印は天界主教・・・帝国の人か。いかにも頑固で無口、強面。

「じゃ、あらためて、陣法師のコルンお姉さんで~す。」

 コルンさん、今は眼鏡をつけている。・・・眼鏡似合いすぎ。普段外しているのはもったいない。コルンさんのメガネ姿は後世に遺すべき人族の遺産です。残り少ない人類史っていうけど。

「あの、さっきは・・・。ミュシファ。スカウト兼従士だよ。」

 ミュシファさんは、隊の熟練スカウトが引退して、代わりに入隊し日が浅いそうだ。でしょうねえ。ちなみに正採用が従士で仮採用が従者。俺はミュシファさんの下なのだ。当然だけど。

 で、これが、ゴウンフォルド族が誇る勇者隊の一行か。

 2年前、オーガ四氏族の一つ黒爪族とゴウンフォルド族の決戦の場で、わずか20人程度の戦隊が後背から敵本陣を急襲して、そのまま族長を討ち取った。それがこの勇者隊だ。

 ってことは、今はフルメンバーじゃないってことか。素直にそう聞いてみた。

「戦士長が率いる、戦士隊と従士たちはまだ合流していない・・・さすがにあまり大人数では今以上に目立ってしまう。」

 というシルディア様・・・護姫様のお言葉だった。なぁるほどっ。


 こんな流れで、俺はまずは、仮の従者として勇者様ご一行に入ることになった。しかし、勇者様以下三姉妹は俺の元「姉妹」だし、俺は「密偵」として参加してるアサシンで、戦姫様とは先日殺し合いした仲である。リュイは本当に仲間になれっていうけど、絶対無理だと思う。

 正直、自分でもどうみんなと接すればいいのか、不安だが、いつも通り、明るく、軽くやっていこうとは思う。俺にとってはどんなに複雑な関係でも、人類の決戦兵器の勇者様である。ホントは『影守』としてもご協力できれば、そう思ったが。


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