ホルゴスの『影守』
ミュシファさんは頑張ってると思う。けっこう器用だし敏捷だ。素質はあると思うんだけど、性格がなぁ・・・いじめられっ子属性とドジっ子設定までついてる、不幸の豪華版だ。
かわいいとも思うけど、どうも扱いが面倒くさい。やはり思春期特有の、情緒不安定ってやつか?すぐにどもって無駄に指示代名詞の連発、コミュ障か?時々変に赤くなってるし、妄想過多?
何より、自分が『傷物』だって、卑下しているのが一番気に入らない。でも事情は人それぞれで、俺は立ち入ったことは聞かないし聞く気もない・・・人の秘密なんて聞くべきでもない。『仕事』以外では。
第4章 ホルゴスの『影守』
「じゃ、パシリくん。しばらくは仮契約で。うちの隊に採用します。お仕事の合間でいいから、調査をお願い。物資は当分大丈夫だし。これは前金・・・今週の分も。できれば、隊の専属になってほしいけど・・・そのうち宿屋と衛兵はやめられないか、考えておいて。」
そう言って俺はコルンさんから銀貨20枚を受け取った・・・大金だ。今は使い道が浮かばない。なにしろ給料10週間分だ。
「あ、肝心なことを言い忘れていたわね。仲間が集まるのは今夜。そこであなたのこともみんなに報告するわ。」
部屋数から考えると、女性が多かったな。女5に男2の7人パーティー。
「実際にあなたを管轄するのはわたしだけど、リーダーは別だから、最終的にあなたをどう扱うかは、ゴメン。まだ決定じゃないの。でも今さら口封じなんかしないから。多分ね。」
ぶっ。『多分』かよ。そこ笑うとこ?いい根性してるなぁ。でも、勇者様ってどんな人だろう?
「俺は、とりあえず各城門の衛兵隊に、不審な人の出入り・・・特に馬車を使った商人の動きを聞いて回ります・・・ただ俺の配置は北門ですが、気になった件はさほど・・・怪しいのはまず森林へ向かう街道がある西門。次にエムス川の河川港につながる南門。東門はあまり関係ない気がしますが、まあ一通り調べますよ。で、城内の噂も仕入れます。」
「助かるわ。ただ・・・調べたことは日中ミュシファに伝えて。後、夜はできるだけ毎日顔を出して。」
「わかりました・・・ミュシファさん、最近引っ越して来た町娘設定で、お願いします。」
冒険者の風体だと少々怪しまれそうだし。そう思って提案した。単に見てみたいという趣味に基づいた提案ではない・・・ないけど。
「え、あの・・・うん、頑張る!」
両こぶしを前に出して強く握るミュシファさんだが、いや、あんまり気合入ると逆にばれそうなんだけど、キミの場合。
「デリウエリさん。あいつ、無事帰った?」
「ええ。パシリは女の相手で忙しいからって。いつも通りのご機嫌斜めでしたが。」
何か、デリウエリさんにも非難されている気がする。気のせいだ。いや、リュイの機嫌を取らなかったことへの非難ならわかるけど、それはそれでいつも俺に頼るなと言いたい。
リュイは「黄金の大山塊亭」の一人娘だが、父親は多角経営に手を出し、忙しくて屋敷にもいない、そういうことになっている。そのせいか、あの異常な不機嫌さと言うか大人びた言動と、実際親しくなった時の子どもらしさの落差がすごい。あの物言いで俺にはお馬さんごっこやらおままごとやら羞恥な遊びを要求してくるのだ。明日は何をやらされるやら・・・。今日の内に機嫌とっとこうかな。俺が悪かったんだし・・・口止めもした方がよさそうだ。
「パシリさん。主から、娘のことでお礼をしたい、との伝言です。」
考え事をしていると。デリウエリさんが俺にしかわからない程度に微かに口調を変え、話しかけてきた。他の従業員は全く気づくまい。『仕事』モードだ。
「それから・・・『仕事』以外のお前は甘すぎる。いつも言ってるだろう。」
師匠の青い目でにらまれた。怖いんですけど。マジで。
「パシリウスくん・・・あのお客さん方は?」
アルデウス様だ。リュイのオヤジさんで、『黄金の大山塊亭』の主。
「はい。王国出身の陣法師と不慣れなスカウト。まだ肝心の勇者様方にはお会いしていません。しかし持ち込んだ一件は予想外でした。」
俺はコルンさんとミュシファさんとの一件を全て報告し、当分従僕としての仕事以外に、勇者の一行に雇われそうだということを伝え許可を求めた。
「それが事実であれば、ただならぬことですが・・・あなたも、わたしですら知らないうちに・・・もしもそれらが事実なら、わたしたちの足元に大きな穴が開いている。」
「まさか。俺たちの中にもいる、と?その裏切者が?」
「そうでなければ、このホルゴスの影守として無能すぎるでしょうよ。もっとも裏切者がいるのなら無能どころではすみませんが。」
ホルゴスの影守。ホルゴスを陰ながら守る秘密組織。密偵、隠密、破壊活動、暗殺の類を行っている。
ここホルゴスは30年ほど前の亜人戦争で敗れた後、族長連合が築いた城郭都市だ。技術的に後進国である族長連合が、築城先進国である王国の支援を受けてようやく完成させた、この国唯一無二の近代要塞だ。
それでも人が住むからには、単なる守城戦にとどまらない様々な問題が起こる。軍事的なこと以外の諸問題も察知し、解決するのが影守の設立理由だ。
アルデウス様は、その頭領をなされている。一年前リュイを救ったときに俺を見込んでスカウトしたのもアルデウス様だ。以来アルデウス様の命で俺は多くの『仕事』をした。
「パルシウスくん。この一件、まずは十分に調べてください。そのために、その娘たちに協力する許可を与えます。従兵はもう切り上げ時ではないですか。専属として入隊していいですよ。ですが、その者たちが真実を語っているのか十分に吟味して。それがホルゴスのためになるのか、見極めるのです。頼みます。」
一年前、リュイを救ったのは偶然だが、その後、この影守にスカウトされたのは必然だったかもしれない。
あの夜から、俺は以前と変わっていた。周囲の情報がわかる視野、飛躍的に上昇した身体能力、そして新たに身についた知識と技術に加え、時々頭に浮かぶ、知らないはずの常識。そんなものがあっても、俺自身には生きる目的がなく無気力だった。正直持て余していた。
俺の身のこなしから一目で何か感じ取ったアルデウス様は、俺にいろいろと教えてくださった。ただ、格闘術と短刀術、潜入術を今の俺に教えることのできる者はいないとも言われた。
そのかわり徹底的に叩き込まれたのは笑顔だ。周りの警戒心を解き、交渉につなげる技術として今は第二の天性になっている。当然思考も人に察知されないよう、相手の害のないことを考えずにいられる。
次は、実力の隠し方。歩き方など動作一つで「強い」と思われてはいけない。なるべく一般人と思われるようにスキを残した。
そして、その技術を逆に使った、他人の見極め方。衛兵の仕事、そして非番の日はこういう技術の実践に努めるため、街を歩きまわっていた。
そして、それは・・・そう、この街を守ることが人間族を守ることで・・・妹や弟や、親父、村の人たちのような人を出さないことだって思ったから。そう教えてもらったからだ。だから、ホルゴスを守るために、何人も殺したが、それは仕方のないことだ。もちろん、人間よりはオーガを殺したい。他のトロールやゴブリンとかの亜人でもいいけど。でも今の俺ができるのは、人殺し。あとは密偵かな。そう、俺はホルゴスを守るアサシンだ。
「アルデウス様。お任せください。このパシリウス、お役に立ってみせます。」
「ははは、キミはとっくに役に立っていますよ。なにしろこの一年で影守一の使い手になった人ですから。」
アルデウス様はそう言って笑ってくれた。その顔はわからないが、笑顔のはずだ。
その後、最近娘に会っていないアルデウス様に乞われて、最近のリュイの様子を・・・俺が恥ずかしくない範囲で・・・お話しした。娘の話を聞いているアルデウス様は、きっとどこにでもいる父親と、そう変わらない。